フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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4「気剣術のイネア」

 アリスの言った通り、私はサークリス魔法学校の入学式前に滑り込みで入れることになった。

 普通は試験を受けて合格した者でないと入学できないんだけど、相当の素質ありと認められた者は例外的に受け入れるというのが学校の方針らしい。それで特別に取り計らってもらった。

 魔力値一万というのは、それほどの素質ということみたいだ。

 ただし、無条件で合格というわけではなかった。

 面接もあったし、結局一応ということでちゃんと学力試験も受けさせられた。

 その学力試験だけど、算術と読解、そして歴史の三科目だった。

 うち前の二つは軽く解けたものの(元々勉強はかなりできる方だ)、歴史だけはさっぱりわからなかった。この世界の歴史なんてまったく知らないから当たり前なんだけど。

 どうせ粘っても無駄だからと、試験開始直後に白紙で提出した。

 そしたら、試験官にとても驚いた顔をされてしまった。

 答案はその場で採点された。

 ほどなく終わると、今度は採点官にまで驚かれてしまう羽目になった。

 なんでも、難しい算術と読解は満点なのに、点数の取りどころであるはずの歴史が零点というのは前代未聞だそうだ。

 ともかく、通常の学力試験として見ても合格点はギリギリで超えているということで、何も問題はなく即時合格となったのだった。

 ちなみに面接のときに暮らす場所もお金もないと言ったら、すぐに入寮と奨学金を認めてくれた。

 これもアリスの言った通りで、本当に助かった。

 

 

 ***

 

 

 というわけで、今日は入寮手続きをするついでに、せっかくだから校内を見て回ろうと学校まで足を運んだわけだ。

 サークリス魔法学校は、サークリス剣術学校と合同で運営されていて、校舎も同じ敷地内にある。

 正門から入って左手が前者で、右手が後者だ。

 この二つが同じ場所にあるのは、魔法と剣術の切磋琢磨による教育の相乗効果を期待してとのことだそう。

 でも実際は仲良くとはいかなくて、時に対立して問題が起こったりもする。あまり良いことばかりではないらしい。

 まずは正門から見ていこうか。

 正門の上方には、立派な校章が描かれている。剣術の象徴たる剣と、魔法の象徴たる杖が交差しているものだ。

 そこから入って歩いて行くと、すぐ左手正面に第一校舎がある。普段は講義等を行うところで、私が試験を受けたのもここだった。

 それに隣接しているのが第二校舎。ここは魔法実験設備が充実していると聞いた。

 そしてさらに奥には、数多くの一般書及び魔法書が収められている魔法図書館に、常時対魔の結界が張られた広大な演習場がある。

 他にも色々と施設はあるみたいだけど、メインはこんなところだろうか。

 さっきも言ったように、正門から右手は剣術学校側になっている。

 こちらも歩いて見てみたところ、ちょうど建物は魔法学校と対称的な位置関係になっていた。剣術校舎があり、演習場の代わりに大きな修練場がある。

 全体として建物は石造りで、それだけ見れば荘厳な雰囲気が漂っている。

 でも同時に、色とりどりの植物や、校舎中央部にある美麗な噴水などが、堅苦しい雰囲気を和らげて華やかさも醸し出している。そんな印象だった。

 一通り歩き回って、再び正門の前に戻ってきたところで。

 ようやく意を決して女子寮に向かうことにした。

 女子寮は第一校舎の手前、つまり正門からすぐそこに建っている。

 実は位置的には始めに行けたのに、ずっと後回しにしていた。

 本来なら行くべきじゃない私がそこへ行くというのは、まあそれだけ気が重いわけで。

 けど、いつまでも逃げてたら進まないよね……。

 正直やっぱり、私が女子寮に入るのはまだ悪い気がしている。とても。

 ただ、この身体でなければ魔力がないという残念な事実も判明してしまった。

 結局のところ、魔法を学ぼうと思うなら男のままでは不可能だ。

 女子として学生生活を送るより他はない。

 そうしなければ、この先も私はずっと弱いまま。

 ちょっとしたことで簡単に死にかけ、下手すれば本当に死んでしまうかもしれない。

 このままじゃいけない。必死で強くならなくちゃいけない。

 他に方法がわからない以上は、手段を選んでいる場合なんかじゃない。

 だからこれは――女子になりきって過ごすのは――生きるためなんだ。

 仕方のないことなんだ……。

 私は、そう思うようにもなっていた。

 

 女子寮は三階建てで、隣の男子寮より随分新しく綺麗に見えた。

 それは気のせいではなく、管理人に中を案内されてみれば、さらに差は歴然だった。

 男子寮にはないカードキーでセキュリティは万全。内部にはサウナ、薬湯付きの浴場(男子寮はただの銭湯らしい)、マッサージチェア付きのリラクゼーションルーム(男子寮にそんなものはないそうだ)と至れり尽くせりだ。

 どうなってるんだ。この格差は。

 それとなく管理人に聞いてみると、近年は女子学生の勧誘に力を入れていて、修学しやすい環境を整えたということらしい。

 ああ。日本でもそういう取り組みがあった気がする。

 それにしても男子涙目。入寮する身としては綺麗でよかったとも思うけど、半分男の身としては同情せざるを得ない。

 寮では二人一部屋で生活することになっている。希望したら、アリスと一緒の部屋にしてもらえた。

 私たちの部屋は203号室。

 今日クリーニングが終わって、明日から入れるということだ。

 新しい生活、楽しみだな。

 

 

 ***

 

 

 一通り説明も聞いて用は済んだので、管理人に改めて挨拶をしてから寮を出た。

 入寮は明日。入学式は明後日だ。

 女として、今までと違う形ではあるけれど、失われたと思っていた学校生活をまたやり直せることが嬉しかった。

 本当に心から楽しみで。

 つい足取りも軽くなり、鼻歌交じりに気分上々で帰り道を歩いていた。

 すると、近くを歩いていた男性の声に呼び止められた。

 

「君。随分と楽しそうだね。見かけない顔だけど、新入生かな」

 

 振り返れば、青い髪をした講師風の中年男性が、こちらへ柔らかく微笑みかけていた。

 人当たりの良さそうな、穏やかな顔つきをした人だ。

「随分と楽しそうだね」という言葉に、どんな風に見えていたのかなと考えて急に恥ずかしくなった。

 でも、すぐに気を取り直して挨拶する。

 

「このたびこちらで学ぶことになりました。ユウ・ホシミです」

「ユウ君ね――あー、名前を聞いたことがあると思ったら。特別合格した子だったかな。君は」

 

 彼は得心がいったようにふむ、と頷いた。

 私もちゃんと彼の目を見て頷き返す。

 

「はい」

「私はトール・ギエフだよ。魔法考古学を研究している。講義は魔法史を担当しているよ」

「魔法史、ですか」

「うむ。それで君、なんでも歴史が零点だったそうじゃないか。大丈夫かい。私の講義は厳しいんじゃないかな?」

 

 実際、見た目の印象通りに講師だった彼は、少しからかうような調子で笑った。

 そんな彼のフレンドリーな態度に合わせておどけたりなどはせずに、私は素直に言葉を返した。

 まあ初対面だし、礼儀はきちんとしておくに越したことはないと思って。

 

「実は、これまでまったく歴史を学んだことがないもので。不勉強ですみません。今後はしっかりと勉強するつもりです」

「そうかい。まあ、期待しているよ。では失礼するよ」

 

 彼は軽くお辞儀をくれると、正門を抜けて足早にどこかへと行ってしまった。

 

 へえ。あの人が魔法史の先生か。なんだか親しみやすそうな人だったな。

 ああいう先生たちに教えてもらえるんだとしたら、ますます学校生活が楽しみになってきたよ。

 

 さて、このまま帰ってもいいんだけど。

 どうせだから近くをぶらぶら見て回ってから帰ろうかな。探検とか、結構好きなんだよね。

 そう考えた私は、入ってきた方向とは逆に、中央の噴水を突っ切って裏門まで歩いて行った。

 裏門は正門よりもかなり小さく、非常にぼろっちかった。

 塗装もほとんど剥げていて、あちこちが赤く錆びついている。

 押してみると、ギイ、と金属が軋むような音がして開いた。

 外に出てその場で振り返り、裏側からざっと校舎を眺めてみる。一緒にぼろぼろの裏門も目に入った。

 ふと、正門にあった校章とは少しだけ違うマークが描かれていることに気が付く。

 それは、杖と「白く光り輝く」剣が交差しているものだった。

 あれ。なんで正門のと違うんだろう。別バージョンだろうか。

 不思議に思ったけど、考えて何かわかるようなことでもない。

 まあいいか。ちょっと気になるから、後でアリスにでも聞いてみようかな。

 

 しばらく学校裏の大通りを中心に歩き回って、様々なお店や施設を見つけた。

 中々楽しい散歩だった。 

 多少の土地勘を得た私は、もうちょっと冒険してみようという気になって、小道に入って行くことにした。

 それは本当に何気ない行動だったのだけど、そのことが再び私の運命を大きく変えることになったのだった。

 

 

 ***

 

 

『サークリス剣術学校 気剣術科』

 

 小道の途中で、そう書かれた古臭い木の看板を見つけてしまった。

 どうしてこんなところに別校舎が?

 アリスからも学校関係者からも、こんな建物があるなんて聞いてないけどな。

 一階建ての建物は、かなり古びていた。

 一見して質実剛健で広々とした造りをしていて、校舎というよりは、何かの道場と呼ぶのが相応しいような感じがする。

 先ほど見てきた、古風ではあるが手入れがきちんと行き届いている壮麗な校舎たちと比べても、雰囲気の差は歴然だった。

 それに、あの絵。

 入り口の扉の上には、裏門に描かれていた光り輝く剣そのものが描かれていた。

 単体で、それもでかでかと。

 そんなものを見てしまうと、興味がそそられて、ますます気になってきた。

 ここは一体どういうところなのだろう。

 それに、気剣術ってなんだろう。

 気。気ってあの気のことだよな。

 たまにテレビとかでやってる、あの胡散臭いやつ。

 あとは――そうだな。

 気と言えば、小さい頃漫画で読んだあれ。あの波―ってやる有名なやつ。

 そのくらいのイメージしかないけど。

 そんなもので剣術って、どうするのだろうか。

 その場にぼーっと突っ立ったまま、気剣術というものに対するイメージをあれこれと膨らませていた。

 そのとき、

 

「おい」

 

 うわっ!

 

 急に後ろから、やたらドスの効いた女の声がかかる。

 びっくりして振り返ると、そこにいたのは、金髪を後ろに束ねた綺麗な女性だった。

 胸元の開いた服装や、どこか艶めかしさを感じさせるすっとした顔つきが、妙齢らしい大人の雰囲気を醸している。だけど実際には、まだまだ若いようにも見える。

 そんな彼女はなぜか、まるで敵対する者でも前にしたかのような鋭い睨みをこちらに利かせていた。

 どういうわけだろう。私のことをかなり警戒しているみたいだけど……。

 さっぱり心当たりがなくて、戸惑ってしまう。

 

「お前は何者だ」

 

 滅茶苦茶怖そうな人だな。

 それが、彼女に対する失礼な第一印象だった。

 前の私なら、こんなにガンつけられたらそれだけでびびり上がっていたかもしれない。

 でも、あいつのあの恐ろしい眼を体験した後なら、まだ人間らしさが感じられるだけ全然マシに思える。

 なので怖そうだからと言って、気遅れすることはなかった。

 

「サークリス魔法学校の新入生です。こんなところに校舎があったなんて知らなかったもので、つい」

「そんなことを聞いたわけではないのだが……まあいい」

 

 私の呑気な言葉を聞いて、彼女は警戒を和らげてくれたみたいだ。

 身にかかる威圧が明らかに緩まった。

 とりあえずほっとする。

 ただ彼女の眼光鋭い目つきは元々のものなのか、そのままだった。

 

「見ての通り、ここは気剣術科だ。私はイネア。ここで講師をしている。まあ講師とは言っても、このところ数十年は弟子を持ったことはないのだがな」

 

 数十年というのは驚きだった。

 どう見たって二十代、よくても三十代にしか見えないのに。この人は本当はいくつなのだろうか。

 とても気になるけど、とりあえず相手が名乗ったからには私も名乗らないと。

 

「ユウ・ホシミです」

「ユウか。ホシミとは、変わった名字だな」

「確かに珍しいかもしれませんね」

 

 元は日本語の姓だからね。

 この星の人たちにすれば、翻訳されたものでもきっとかなり奇妙に聞こえるんだろうな。面接のときも同じようなこと言われたよ。

 

「それで、いきなりこんなこと尋ねるのも変なのですが」

「なんだ」

 

 やっぱり気になって仕方がなかったので、意を決して聞いてみることにした。

 

「聞き間違いでなかったら。先生は今、数十年も弟子を持っていないと言われましたよね?」

「そうだが」

 

 イネアさんは、ごくあっさりとした調子で答えた。

 やっぱり言い間違いじゃないのか。ますます奇妙に思える。

 

「でも先生は、かなりお若いように見えるのですが……」

 

 すると彼女は、クスリと小さく口元を緩めた。

 その何気ない笑みでさえ堂々としていて、様になっていると感じた。

 

「若い、か。確かに我々の種族としてはまだ若い方だな。だが私は、もう軽く三百年は生きている。ネスラだからな」

「ネスラ?」

 

 聞いたことのない言葉に首を傾げると、彼女の眉根がわずかに寄った。

 

「知らないのか? まあ、私のように人里で暮らすのは珍しいからな」

「そうなんですか?」

「うむ。ネスラとは、人間たちが長命種に分類する一種族のことだ。平均寿命は千二百年ほどで、普通は森の奥深くでずっと暮らしている」

「へえ。そんな種族がいるなんて、初めて知りました」

「それは私の台詞だ。お前のような奴は初めて見た。正直、我が目を疑っている」

 

 突然彼女から飛び出した予想外の発言に、私はきょとんとしてしまった。

 

「私が?」

「そうだ。お前は一体何者なんだ? お前からまったく気が感じられないのだが、なぜだ? 普通の生物である以上、それは絶対にあり得ないはずだ」

 

 強い口調で断言するイネアさん。

 あまりの爆弾発言に、頭をガツンと殴られたようなショックを受けた。

 

「どういうことですか!? それは」

「どうやら自覚がないようだな。少し探らさせてもらうぞ」

 

 こちらが了承する前に、彼女は私の額に手を当ててきた。

 それから目を閉じて、何やら集中している。

 何をされているのだろう。

 呆気に取られているうちに、やがて終わったのか、ゆっくりと手が離れた。

 そして、彼女が浮かべていたのは――驚愕の表情だった。

 

「まさか……信じられん!」

 

 動揺を隠せない様子のイネアさんは、私のことをじっと見つめて言った。

 

「お前、中にもう一人いる(・・・・・・)だろう?」


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