フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

73 / 537
46「気剣術のイネア VS 英雄クラム・セレンバーグ 2」

 私は舌打ちした。

 やはり正解だったか。最悪の正解だ。

 時間を操作すると言ったが、正確には二つのことができるようだ。

 

 一つは時間停止。

 私の心臓を狙ったときや、ナイフの結界から出たときに使用したものだ。

 射程は奴の周囲約十一メートル。

 この領域に何の対策もなしに踏み込めば、即死が待っている。

 

 もう一つは時間消去。

 ナイフが瞬時に奴の後ろへ通過していったときに使われたものだ。

 こちらもおそらく同じ時間だけ消し飛ばすことができ、その間に起こったことは奴に一切の影響を与えない。

 

「貴女が初めてだ。今までこの魔法を見抜けた者は誰一人としていなかった。何しろ一切使用を悟られないのだからな」

「ふん。褒めているつもりか」

「ああ。マスター・メギルが言った通りだ。貴女は油断ならない」

 

 と口では警戒しつつ、奴は上からの余裕を滲ませて、愉快に笑っている。

 

「くっくっく。私は今、とても満足している。これほどの強敵と出会えたことに。貴女を倒せば、私はより高みへと到達することができるだろう」

「よくそんな魔法が使えるものだ」

 

 私はこいつの下らんステータス願望など、無視して言った。高みだの何だのには興味がない。

 取り合わなかったこと自体、奴はさして気に留めていないようだ。

 まるで自分に陶酔しているような口ぶりで答える。

 

「確かに私は、ほとんどすべての魔法を苦手としている。だが唯一、これだけは奇跡的に適合したのだ。まさに天の意志だった。この力で高みを目指せと。そして私は英雄となった」

 

 なるほど。よくわかった。

 この男が妙にちぐはぐな理由が。

 どう考えても龍には敵わないであろうこの男が、最強の黒龍を瞬殺できたわけが。

 簡単な話だ。

 時間を止めている内に、心臓を一突きした。それだけのこと。

 そんな卑怯な攻撃をされれば、強靭強大な龍であれ、どうしようもないに決まっている。

 つまり、実力で勝ったわけではない。単に時間操作魔法がすごかったというだけのことに過ぎない。

 剣の腕が素晴らしいわけではない。この男は、ただ強力な魔法の上に胡坐をかいているだけの半端者だ。

 それで英雄だのと持て囃されているのだから、滑稽なことだ。虚しくはないのか。

 私は侮蔑を込めて問いかけた。

 

「貴様は、そんな能力で龍に勝って満足か。英雄と呼ばれて満足か」

 

 痛いところを突かれたか、奴は顔をしかめた。

 反論の声もやや荒くなる。

 

「黙るがいい。貴女のような持つ者には、持たざる者の苦しみはわからんのだ。どんなに剣を振るっても、決して才溢れる者に届かぬ者の苦しみが。高みに届かぬ者の苦しみが!」

「随分と剥き出しだな。コンプレックスが貴様の原点か」

「今は違う。私は強くなった! ……そうだ。誰もが認める英雄になった」

 

 己が名声に縋り、平静を取り戻す偽りの英雄。

 飽くなき野心ばかりが肥大している。

 

「だが私は満足しない。より強くなるためなら、どんな力でも求めるさ。マスターすらも利用し、さらなる高みを目指すつもりだ」

「かつての貴様の苦悩に、同情はしないでもない。だが一つ言っておく」

 

 英雄願望に狂い、歪んでしまった男に。

 私は人生の先輩として、せめてもの誠実を込めて告げる。

 

「そんなものは、本当の高みでも強さでもない」

 

 これは剣士の誇りを失った奴への――かつては剣に生きようとした同類への――心からの忠告だ。

 

「チートだ。ずるをしているだけだ。貴様もいっぱしの剣士ならわかるだろう? そんな力のどこに誇りがある。いい加減目を覚ませ!」

 

 しかし奴は、素直に忠告を受け入れるには大人過ぎた。汚れ過ぎていた。

 奴はただ、屈辱を受けたと肩を震わせるばかりだ。

 ついに口元を憤りに歪め、いっそう声を張り上げた。

 もはや最初の落ち着き払った堂々たる様はない。

 英雄という名の仮面が、剥がれ落ちた瞬間だった。

 

「そんな偉そうな台詞は、この私に勝ってから言うんだな! どうせ不可能だろうがな!」

 

 奴は怒りに身を任せ、剣を掲げて猛然と迫ってきた。

 射程内に入らないよう距離を取りつつ、作戦を考える。

 引き付けて爆弾という同じ手は、さすがに二度と通用しないだろう。

 奴が不可能と言う通り、確かに形勢は厳しい。

 時間を操作するなどというとんでもない能力に、直接対抗する手は浮かばない。

 どうにかして、あの魔法を使っていない隙を狙うしかないな。

 何度か使用された状況から判断する限り、奴の魔法は連続では使えないようだ。一回ごとに多少のインターバルをとる必要がある。

 ならば、奴が使わざるを得ない状況まで持っていき。

 使用直後に、息吐く間もなく攻撃すれば――。

 よし。この組み立てでいこう。

 奴に時間を操作させるには、それ以外では避けられない遠距離攻撃をぶつけるしかないが……。

 爆弾はあと三つ。ナイフも残り二本。これらが生命線になる。

 投擲武器が尽きれば、もはや私に勝ち目はない。

 しかも長引けば、それだけ射程内に入るリスクが上がってしまう。

 次の一手で決めるしかないな。

 私は覚悟を決めた。

 

 通常の限界を超えて、気力強化をかける。

 

《バースト》

 

 こいつは長くは保たない。使用後は反動で全身にガタが来る諸刃の刃。

 だがどうあれ、ここで決めなければ負けるのだ。出し惜しみはすまい。

 気というものを知らぬ奴には見えないだろうが、強力な白いオーラを身に纏った私は、目にも留まらぬ速さで奴を翻弄していった。

 機を見計らい、爆弾とナイフを惜しげもなく投下していく。

 先刻隙を突いて逃げ場のない攻撃をしたのを、今度は自らの高速でもって実現した形だ。

 奴も私と同じだけ素の実力を持っていれば、当然こんな芸当などできはしないのだが……。

 この半端者に対しては上手くいったのである。

 

 

 !?

 

 

 追い込んだところで、やはり時間が消し飛ぶ。

 タネさえわかっていれば、動揺もしない。

 改めて奴の移動先を確認し、さらにギアを上げて、最高速で背後に回り込む。

 この間、一秒もない。

 時間を操作するには今少しかかる。

 右手の気剣に、最大限の気力を込めた。

 刀身は白から、目の覚めるような青白色に変わる。

 

 一撃で確実に仕留め切る!

 

《センクレイズ》

 

 

 !?

 

 

 認識が飛んだと理解したとき。

 

 私の目には――。

 既にこちらへと振り向き、剣を振り下ろす奴の姿が映っていた。

 

 混乱の最中、慌てて跳び退く私の肩に刃が食い込む。そこからわき腹にかけて、血肉の裂けていく感触がした。

 

 そんな、馬鹿な……!? なぜ……?

 

 斬られた私は、その場に踏み止まることができず、崩れ落ちて仰向けに倒れた。

 不幸中の幸いには、奴にとってもギリギリのタイミングだったのだろうか。

 斬撃は比較的浅く、内臓にまでは達していないようだ。

 

 だが、致命傷も同じか……。

 

 もはや立つことができなかった。

 奴がもう一撃を加えれば、この命は確実に絶たれる。ほんの少し命が延びたに過ぎない。

 滴り落ちる血の嫌な粘り気を感じながら、私はユウをこの手で助けられなかったことが無念で仕方なかった。

 

 

 ***

 

 

 ふと、師匠の顔が浮かんだ。

 厳しさの中にも、いつも優しさと温かさをもって、私を包み込んで下さった師匠。

 せめてもう一度だけでも、お会いしたかった。

 そして、伝えたかった。

 あなたは命を賭してまで、私を守って下さったというのに。

 私は……情けないです。

 愛する弟子をこの手で助け出してやることもできない。

 すみません。師匠。

 私は、本当に出来の悪い弟子でした。

 

 

 ***

 

 

 クラム・セレンバーグは、すっかり元の英雄然とした調子に戻っていた。

 勝ち誇りながら言う。

 

「連続での時間操作魔法の使用は、日に一度しかできない。私にここまでさせるとはな。認めよう。我が生涯最大の敵であったと」

「…………」

「さて。このまま止めを刺しても良いのだが……。どうせ貴女はもう動けまい。マスターが用意した余興に、絶望しながら死んでもらうとしよう。この私を愚弄した罪は重い。楽には死ねんぞ」

「……余興だと。一体何をするつもりだ」

 

 奴は、私を見下しながら嗤った。

 

「間もなくわかるさ。要するに貴女たちは、ここに乗り込んだ時点で詰んでいたということだ。では、もうすぐ時間なのでな。さらばだ」

 

 傷付き倒れた私に悠々背を向け、気配は遠ざかろうとしている。

 この場限りは助かる形にはなったが、しかしどうすることもできない。

 

 絶望が心を支配しかけた――そのときだった。

 

 信じられないことに、ユウの反応が戻ったのだ。

 しかも、元気に動き出したではないか。

 なぜかはわからない。

 とにかく、ユウは無事だった。

 ああ。よかった……。本当によかった。

 無事がわかっただけで、こんなにも救われるものなのか。

 私の心には、再び希望の灯がともっていた。

 

「待て。貴様にもう一つだけ言っておく」

「なんだ」

 

 奴が怪訝な顔で振り返る。

 この戦いで感じた率直な想いを、私は告げてやった。

 この男は、時間操作に頼り過ぎている。そこに致命的な隙がある。

 

「覚えておくがいい。そんな能力に頼り切りでは、いつか足元を掬われることになるぞ」

 

 それを聞いた奴は、心底呆れたような顔で苦笑した。

 おそらく、ただ負け惜しみを言っているだけだと思ったのだろう。

 

「ほう。一体どう掬われるというのだ」

「そのうちわかるさ」

「そうかそうか。それは楽しみなことだな! はっはっは!」

 

 高笑いを上げながら、奴は今度こそ去っていった。

 その後ろ姿を見つめながら、私は奴に届く可能性を想った。

 

 近距離攻撃主体の私では、絶望的に相性が悪かった。

 だが、ユウならば。

 あるいは仲間たちと協力して、勝機を見出せるかもしれん。

 あいつは弱くて情けないところもあるが、芯は強い子だ。

 あいつは相手がどんなに格上であろうとも、果敢に立ち向かっていく勇気と、心の底では容易に諦めない執念を持っている。可愛い顔をして、天性の負けず嫌いだ。

 それが時に、思いもよらないような成長や爆発力を生み出してきた。

 そんなあいつの姿をずっと見てきた私には、わかるのだ。

 たとえ今は弱くとも、あいつは師と同じ立派なフェバルだ。

 この世の条理を覆せるような、立派な心を持っている。

 たとえこの先どんな困難が待ち受けていたとしても、あいつはきっと最後まで足掻くだろう。

 そしてどんなに傷付いても、足掻いてしまうだろう。

 そうなのだ。

 あいつはいつも不器用で一生懸命で、見ていられないところがある。

 だからこそ力になりたいと思うのだ。

 たとえ師との約束を抜きにしたとしても、あいつはとっくに私の愛する弟子なのだから。

 

 私は残された気を使って、傷を塞ぎ始めた。

 動けるようになるには相当時間がかかるが、何もしないよりはましだ。

 ユウが動いているのに、師である私が真っ先に諦めてどうする。

 形はどうあれ、せっかく奴が見逃してくれたのだ。

 これから何が起こるのかはわからないが、最期の瞬間まで諦めるな。

 全員をここから無事脱出させる。そのことに力を尽くせ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。