まずは男になって、全員の怪我の治療に当たることにした。
先生は自分の怪我を治すので手一杯なので、俺がほぼ全部やることになった。
先生に比べるとまだ随分と下手で時間がかかったけど、どうにか目立った傷跡を残さないように治療することができた。
治療が済めば、次は大事な話の時間だ。
一番はカルラ先輩から。
彼女は、自らが仮面の女として活動していた理由を全員に話した。
そして深く詫びるとともに、自首することを誓う。
ミリアはやっぱりかなり事情がわかっていたようで、自分にしたことに対してはあっさりと許していた。
たぶん俺と一緒の気持ちだろうと思う。
元々彼女を蛇蝎のごとく嫌っていたアーガスはというと、ずっと険しい顔をして、でも黙って彼女の話を聞いていた。
ただ最後に一言「まったく理解できないわけじゃない。だが絶対に許されることではないし、オレは一生許す気はない」とだけ言って、それ以上の追求はしなかった。
先輩は彼の言葉を慎んで受け止めていた。
まあ俺やアリスやミリアが甘いだけというのはわかっている。
彼女のやってしまったことは、世間的には決して許されることではないのだから。
こういう厳しい言葉もあってしかるべきだろう。
仮面の集団に大事な家族をやられたと、治療したときにアリスから聞いた。
俺にとっても知らない人たちじゃない。訓練の折、何度かお世話になった。
そのくらいの関係性でも心が痛むのに、ましてアーガスはどれほどの心痛だろう。
そんな彼としては、むしろ最大限温情ある采配に違いなかった。
あえて一言だけ、立場として、誰かはかけるべき言葉だけをかけたのだと思う。
そんなところに、アーガスの隠し切れない優しさを感じたし、人としての大きさをも感じたのだった。
次は仮面の集団の生き残りの扱いだ。
カルラ先輩に身元の裏を取ってもらった後、一旦拘束するということでまとまった。
彼らは命が助かっただけでもありがたいと思っているようで、抵抗せず大人しく従ってくれた。
カルラ先輩自身については、彼女の良心を信じ、あえて拘束はしなかった。
代わりに、サークリスを間もなく襲うであろう未曾有の危機に対して、力を貸してもらうことになっている。
彼女は女子寮で取りまとめ役を務めているだけあって、学校ではかなり顔が効く。そのコネを使って、学校の後輩たちに協力を呼びかけてくれることになった。
さらには、仮面の集団筆頭幹部としての裏の顔も活用する。他に残っている集団の構成員たちに話を付け、味方に引き入れることも約束してくれた。
敵のときは恐ろしかったけど、味方に付けばこれほど頼もしい人も中々いない。
それから、六人で情報交換及び作戦会議を行った。
まず俺から、トール・ギエフが自らべらべら語った野望について話す。
空中都市エデルの復活と世界支配。サークリスを滅ぼそうとしていること。
反応は様々だったが、総じて奴は許せない、この町は守るという点で一致した。
アーガスからは、仮面の集団についての詳しい話が聞けた。
クラム・セレンバーグとトール・ギエフの詳細な経歴などがわかった。
あまりの詳しさに、カルラ先輩も「よくそこまで調べたわね」と舌を巻いていた。
「だから消されたんだがな」と彼は怒りを滲ませながら、自嘲気味に締めくくった。
そして今回、まさに命を張って値千金の重要な情報を得たのが、他ならぬイネア先生だ。
「クラム・セレンバーグ。奴の持っている能力の正体がわかった」
「本当ですか!?」
「なに!? ぜひ教えてくれ!」
身をもって奴の恐ろしさを体験していた俺とアーガスは、思わず身を乗り出す。
「まあ落ち着け」
先生は俺たちを制してから、端的に言った。
「時間操作魔法だ。奴は時間停止と時間消去ができる」
「時間停止と、時間消去だって!?」
「なんだと!? そんなことができるのか!?」
時間操作。
定番の強能力として、ゲームや漫画で一応見たことはあるけど。
まさか本当にそんな真似ができる奴がいるなんて……!
だけど、それなら辻褄が合う。
まったく認識できない一瞬で動いたことも。ナイフがすり抜けるように奴を通過していったのも!
時間停止にしろ時間消去にしろ、使われている間は一切認識できないはずだ。
それを見抜いた先生は、やっぱりすごいと思った。
と同時に、自分たちが戦おうとしている敵の強大さを改めて思い知る。
そんなの、一体どうやって勝てばいいんだ?
驚愕する俺たちをよそに、先生は続ける。
先生の恐るべきさらなる観察眼を示す内容だった。
「効果時間は約2.1秒。これは時間停止でも消去でも一緒だ」
「すごいな。効果時間まで突き止めたのか」
アーガスに完全に同意だ。
どうしてそこまでわかるんだろう。
「時間停止の場合、停止中に奴が動ける射程は約十一メートルだ。その間、有利なはずの飛び攻撃を一切しなかったところから判断するに、停止中には奴自身と奴が所持しているものしか動けないと見ていいだろう」
鳥肌が止まらない。
たった一度の戦いで、そこまで読み取るなんて。
俺じゃ絶対にここまではわからなかった。
「一度使用した後には、数秒のインターバルが要る。ただし、日に一度だけだが、間を置かず二回連続で使用できるそうだ。私はそれで虚を突かれ、やられてしまった」
肩の斬られた跡(といっても先生自身の治療は完璧なので、もう服の裂け目だけになっていたが)をなぞり、先生は悔しさを滲ませる。
この人も負けず嫌いだからな。
けど、すぐに気を取り直して補足した。
「まあその場合の二度目は、効果時間がより短いようだがな。現に最接近していた私にさえ、攻撃が届く寸前に時間停止の効果が切れてしまった。それで咄嗟に身を引いたから、致命傷にはならなかったのだ」
俺は感心のあまり、すっかり目を丸くして、ぽかんと口を開けていた。
凄過ぎる。ほぼ能力が丸裸じゃないか!
戦闘能力だけじゃない。優れた洞察力。初見の攻撃への対応力。
すべてが高水準で備わっているからこそ成せた業だ。
一体どれほどの経験と修練を積めば、ここまでのレベルに達することができるのだろうか。
俺にもいつか真似できるだろうか。
まだまだだし、頑張らないとなと改めて思う。
一方、仇の重要情報を噛み締めたアーガスは、忌々しげに舌打ちした。
「道理で手も足も出なかったわけだ。時を止められちゃ、どっちも出しようがないんだからな」
けれども、どこにも絶望した様子はない。
むしろその瞳は、仇討ちへの情熱で燃え上がっているように見える。
「だがタネがわかってしまえば、対抗策は練れる。恩に着るぜ」
「ああ」
イネア先生は、自身の見解を総括する。
「伝えた通り、奴は時間を操る。奴を中心にして、半径約十一メートルもの即死領域が存在するのだ。接近しなければ威力を発揮できない気剣術主体の私では、絶望的に相性が悪かった。残念ながら、私では奴に勝てない」
それは、「超人」である先生が、俺の前で初めて、自らの限界を明確に認めた瞬間だった。
つまりそれほどの相手だったのだ。
能力を丸裸にしてしまうほど、真っ向に良い勝負をしておきながら。
相性の悪さ。
その一点ゆえに勝てなかった無念は、どれほどだろうか。
「だから。魔法が使えるお前たちの力で、どうにか奴を倒して欲しいのだ。どんな困難を前にしても挫けなかったお前たちなら、きっとやれると信じている」
その想いと奴を倒すという課題は今、先生の期待とともに俺たちに託された。
クラム・セレンバーグ。
敵は強大だけども、俺たちで勝たなくてはいけない。
どうにかして攻略法を見つけるんだ。
俺は力強く返事をした。
「はい! やってみせます!」
「うむ。その意気だ」
それで。
相方をちらりと見ると、アーガスは難しい顔で首を捻っていた。
「しっかし。聞いたこともないぞ。時間を操る魔法なんてよ。そんなものあったか?」
「へえ。アーガスでも知らない魔法があるんだね」
「オレだって何でも知ってるわけじゃねえよ」
「私、聞いたことがあります」
そこに、意外なようで意外でない人物が名乗りを上げた。
実はロスト・マジックに造詣が深いミリアだった。
「たった一つだけ。今の説明に該当する魔法がありました」
「ほんと?」
「マジか」
彼女はしかと頷いて、続ける。
「時空の超上位魔法《クロルウィルム》。時を支配すると言われる――あらゆる時空魔法の中でも最強と謳われていたロスト・マジックの一つです」
「ほう。最強ときたか!」
「何かわかることはある?」
俺の問いかけに対し、彼女はまたも頼もしく頷いてくれた。
「はい。時間消去についてはどうしようもありませんが。時間停止に対しては、完全ではありませんが、一応の対処法があります。皆さんもよく知ってる魔法ですよ」
彼女はお得意のいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「えー? なんだろ」
「わかんないなあ」
本当に思い浮かばなかった。
アリスも俺と一緒になって首を捻っている。
「おい。もったいぶらずに教えてくれよ」
アーガスが急かすと、ミリアはちょっぴり得意な顔で答えを言ってくれた。
「光魔法《アールカンバー》です」
「え? あれって視界が悪いときに見通しを良くする魔法じゃないの?」
アリスの疑問ももっともだ。俺だってそんな魔法という認識だった。
とは言え、ミリアは代々光魔法が伝わる由緒正しき家系の貴族。
詳しさで右に出る者はこの場にいない。
彼女は丁寧な口ぶりで説明してくれた。
「前に話したことありませんでしたか? 一般に、光魔法の対とされているのは闇魔法ですが、実は闇魔法というのは光魔法の亜種であって、本当に対となっているのは時空魔法だって」
「いや、そこまでは聞いたことなかったな。闇が光の亜種に過ぎないってのは聞いたけど」
こっちの世界で言えば驚くべきことなのかもしれないけど、地球人なら常識だ。
闇とは光がない状態に過ぎないのだから。
「そっか。光魔法の対は、時空魔法なのか」
「はい。どちらもどういうわけか、ロスト・マジックとして対照的な複雑さを持っているのです。ゆえに、ロスト・マジックの二大系統とされてきたんですよ」
そう言えば。
最初の授業のとき、なんで時空魔法に比べたら簡単そうな光魔法がロスト・マジックなんだろうって。
そんなことを思ったことがあったっけ。
へえ。似ているのか。だから難しいと。
――ん!? 似てる?
そこで引っかかることがあった。
待てよ。そんな話、どっかで聞いたことがあるぞ。
ああ! 光の対が時空だって!? まさか!
「《アールカンバー》を使えば、たとえ時間停止中に動くことはできずとも、使用者の動きは見えるはずです。それだけでも結構違うんじゃないでしょうか」
「違うどころの問題じゃない! 大違いだぜ!」
アーガスが目を輝かせていた。
俺もそう思う。認識すらできないのと、認識だけでもできるのでは大違いだ。
だけど。
それも重大なことには違いないんだけど。
それよりも気付いてしまったことがあって、言わずにはいられなかった。
「わかった気がする。どうして光魔法の対が時空魔法なのか」
「本当ですか?」
興味ありありと尋ねてきたミリアに対し、俺は頭の中でアイデアを整理しながら答えた。
「相対性理論だ」
「ソウタイセイ理論?」
間違いない。これしか理由は考えられなかった。
もしこの世界でもこの理論が成り立つとするなら。
ここにこそ、時空魔法を打ち破るヒントがあるはずだ。
「地球の偉い学者が言ってたことなんだけどね。光と時空には、切っても切り離せない密接な関係があるんだ」
「何だかミリアの話と繋がってきたじゃないか! おい!」
持ち前の好奇心から、ますます爛々と目を輝かせるアーガスを尻目に、俺は続ける。
「光の速さというものを絶対基準に、時間という概念は観測者によって相対的に決まる。そのことを述べた理論を、相対性理論と言うんだよ」
「ユウって時々、ほんとわからないことを言うよね」
「はあ。それはまた初耳ですね」
こういう地球産の小難しいことを話すと、アリスはさっぱりといった調子で早々に降参し、ミリアはやや疑いながらも興味を示すのが定番の反応だった。
「実に興味深いぜ! 後で聞かs」
「オッケーわかった」
そして毎度のごとく関心たまらず、詳しく聞かせろとのたまうアーガスの口を一旦封じて。
俺は、今回の話で大事そうなところだけを切り取って説明した。
特殊相対性理論はともかく、一般相対性理論なんてまともに話してたら日が暮れるからね。
「まあ難しい理屈を抜きにして言うと、ある物体が光速に近づいていくと、その物体に流れる時間は周りに比べて次第に遅くなっていくんだ」
丸めた拳をボールに見立て、徐々に減速させていくジェスチャーを交えつつ、核心を語る。
「そして、ついに物体が光速に達したとき。理論上、時間は停止する」
「時間停止! それって!」
ぴたりと止めた拳に理想的な反応を示したアリスに、俺は力強く頷いた。
「そう。時間操作魔法の効果の一つだ。光速すなわち時間停止。つまり、時間に唯一対抗できるものがあるとするなら――それは光だ」
そしてここからは、地球の物理理論を超えた魔法の世界の話。
この世界の魔法でも、光と時空に一定の相関があるとするなら。
理屈じゃないけど、何となくある予感があった。
「それで、これは単なる予想なんだけど。もしかして、強力な光攻撃魔法なら、停止した時間や消し飛ばされた時間の中でも届くんじゃないか?」
他の人は何も答えられず押し黙っていたが、ミリアだけははっきりと同意してくれた。
「確かに。一部の光魔法には、時空魔法に対して特効があると言われています」
「ほら、やっぱり!」
だが、彼女の表情は浮かないものだった。
「ですが……。それも時間遅延までです。時間停止や消去にまで対抗できる魔法となると……」
そうか……。まいったな。
光弾の中位魔法《アールリット》や上位魔法《アールリオン》では、おそらくダメなんだろう。
ただ、それのさらに上となると、さすがに聞いたことがないけど。
「あ!」
ミリアが、突然思い付いたような声を上げた。
「どうした?」
「そう言えば、家に一つだけありました。時を貫くと伝説に記された魔法が」
「本当か!?」
「ええ。確か恐ろしく発動が難しくて。我が家の歴史上、誰一人習得できなかったものですが……」
彼女は俺をじっと見て、認めるように頷いた。
「ユウ。あなたなら、覚えられるかもしれません」
「それはどういうものなんだ?」
ミリアはごくりと唾を飲むと、その魔法の名を告げた。
「時を貫く光の矢。光矢の超上位魔法《アールリバイン》」