エデル王宮殿。
トール・ギエフは一人、無人の王の間に佇む。
立派な玉座に座り、ほくそ笑んでいた。
ようやく、彼の半生をかけた念願が叶ったのである。
圧倒的な力を世界に誇示し、自らが世界の支配者となるときがついにやって来たのだ。
そんな彼にとって、余計な部下はもはや邪魔であった。
偉大なる叡智を冠するのは、自分一人だけで良いと彼は思っていた。
だからこそ、彼は容赦なく部下を始末したのである。
ただ一人、例外はクラム・セレンバーグという男であった。
自分が非力であることは、彼自身が一番よくわかっていた。
バリアも張られ、守りも万全なこの国に、まさか侵入できる者はいないだろうが……。
万が一の事態のためだ。
自分一人だけで良いという信念を多少曲げてまで、切り札だけは手元に残しておいたのだった。
その彼はつい先ほど、王立図書館に向かって行った。さらなる力を求めて。
結構なことだ、とトールは思う。
彼がより完璧な強さを手に入れてくれるなら、これほど心強いことはない。
いずれ落ち着いたら、自分もさらなる叡智を求めてそこへ通うことにしよう。
読む本が尽きない楽しい将来を思い描いて、トールは満足気に頷いた。
だが、まず今はやるべきことがあった。
目と鼻の先にある目障りな町は、大したものではない。
数々の魔導兵器を試運用しつつ、直接兵力で叩き潰し、その様を眺めて楽しむとして。
これまでずっと様子を伺いながらこそこそするしかなかったが、そんな日々もついに終わりだ。
エデルの力をもってすれば、彼にとって最も厄介な勢力であった首都ですら、簡単に滅することができる。
エデルが復活してから、丸一日が過ぎようとしていた。
トール・ギエフは、サークリスを攻める兵力の準備を行いつつ、ある兵器の使用準備を進めていた。
チャージには一日もの時間を要するが、何度でも使用可能な超魔導兵器。
その威力は、町一つでさえ跡形もなく消し飛ばす。
魔導砲《ヴァナトール》。
偶然にも自分の名前を冠するこの兵器を、彼は非常に気に入っていた。
とうとう自らの手でこれを自由に運用できるときがやってきた。
至上の喜びを感じながら、彼は発射準備が整ったことを知らせる独特なブザー音を聞き取った。
発射スイッチは、玉座の右袖にある。
肘掛けの蓋を外すと、誤って簡単に押さないように、透明な材質でできた硬いカバーに覆われた状態で備え付けられていた。
あとは撃つだけなのだが、その前に。
彼は玉座の左肘掛けの蓋を外し、水晶モニターのスイッチを入れた。
玉座の間上部にある巨大な水晶球が光る。それは彼の望むままの景色を映し出してくれた。
今、水晶球は、浮島の下部に備え付けられた主砲の姿を、闇夜の中でも鮮明に描いていた。
白銀の滑らかなメタリックフォルムの先端に、大きく開いた砲口。
芸術的美と実用的美を兼ね備えたデザインを目の当たりにし、彼は人前ではまず見せることのない、うっとりとした表情を浮かべた。
いよいよこいつを使うときが来た。
彼は子供のように心を躍らせながら、発射スイッチへ拳を振り下ろす。
勢いでカバーをぶち割り、叩きつけるようにスイッチを押した。
砲口に、濃厚なエメラルドグリーンの光が急速に集まっていく。
高度に凝縮された純粋な魔素は、空の色と同じ輝きを示す。
かつて彼が読んだ文献に記されていた、まさにそのままの事実が、今眼前のモニターにありありと映っていた。
標的は首都ダンダーマ。
住人共は苦しむことなく、一瞬で息絶えるだろう。
その分、もがき苦しんで死ぬサークリスの連中よりは幸せかもしれないな。
そんなことを思いながら、彼は邪悪に口元を歪めた。
間もなく、それは放たれた。
空駆ける眩い光が、闇夜を貫く。
光線は遥か遠く、首都ダンダーマの方角へ真っ直ぐに飛んでいき、そして――。
地平線の彼方に、濃緑色のキノコ雲を作った。
それは夜の闇を一瞬で塗り潰し、昼に変えてしまうかと思われるほど強烈な光を伴っていた。
地の果てまで届く轟音が、その威力の凄まじさを克明に物語る。
やがて静寂が戻り、キノコ雲も掻き消える。後には何も残らなかった。
まるで地図からマークを消すかのようにあっけなく、それは達成された。
首都ダンダーマは、滅びた。