登り始めた朝日を背に、人々は少数精鋭のエデル突入班と大多数のサークリス防衛班に分かれて、整然と並んでいる。
私はエデル突入班の中に加わった。
元々ゲートからしか進入できる可能性がないので、そもそも大人数で攻め入ることはできないのだが、エデル突入班が少数精鋭にならざるを得ない事情は、こちら側にもあった。
空戦という概念が発達していないこの世界では、連絡や移動用にしか人が乗れるような大鳥は使われていない。それもあって、魔法隊と剣士隊を足してもわずか八羽しかいなかったのだ。
そもそも大鳥はどの種類であっても龍と同様誇り高い生物で、かなり人には懐きにくい。飼われていること自体が非常に珍しいのだ。
一般からも募り、すべてかき集めたところで、その数はアルーンも含めて十五羽にしか満たなかった。
乗れるのは一羽につき四人ずつ、計六十人が限度というところだ。
残りの大部分、約千二百人の人たちは、サークリスの防衛や地上からの援護に当たることになる。
私、アリス、ミリア、アーガスは、アルーンに乗って向かうことになった。
カルラ先輩とケティ先輩は別の同じ種の鳥に乗り、ディリートさんがまた別種の大鳥に乗る。
地上では、イネア先生が剣士部隊の、バルトン先生が魔法部隊の指揮を取る。
「アルーン。今回はとても危険なの。それでも行ってくれる?」
アリスがアルーンの頭を撫でながら、真摯に問いかける。
賢いアルーンは、やはり今回のただならぬ空気を敏感に感じ取っているようだ。全身の毛を逆立て、注意深く周りの様子を窺っている。
危険を承知で、それでもアルーンは、任せろと主のために力強く鳴いてくれた。
アリスを先頭に、ミリア、私、最後尾にアーガスの順に乗る。
「こうして近くで見ると、結構綺麗な髪してんのな」
後ろにいたアーガスが、私の後ろ髪に触れてそっと手ですいてくる。
常々思うところがあった私は、振り返ってこいつに言ってやった。
「そのナチュラルな口説きやめろ。だから勘違いする奴が出てくるの。わかる?」
「そうなのか?」
とぼけたような態度のこいつは、どこまでも無自覚なイケメンだ。罪深い。
「そうだ。お前の女だとか学校で言われて困ってるんだよ。ファンクラブの人には目の敵にされるし」
前の方でくすくすと笑い声が聞こえる。アリスだ。
「はん。誰がお前みたいな男だか女だかわかんない奴と付き合うんだよ」
彼が笑いながら言ったその何気ない言葉が、ちくりと心に突き刺さった。
「ちょっと傷付いた。気にしてるのに」
私はどうせ中途半端だよ。もう。
少し機嫌を悪くして、顔をぷいっとしたところで、ミリアが味方してくれた。
こちらへ振り返り、彼を非難する口調で言う。
「アーガス。ユウに謝って下さい」
アーガスも悪いと思ったのか、頭をぽりぽりと掻きながら、ばつの悪そうな顔で謝ってきた。
「ああ……。悪かったよ」
「いいよ。べつに。事実だし」
まだちょっと機嫌が戻らずむすっとしていると、彼はなぜか私の顔をじっと見て惚けたような顔をしている。
「なに?」
「いや、ユウも結構女らしい仕草をするようになったなって」
「なんだよ急に」
私は全然普段通りなんだけどな。
でも彼は、妙に感心した顔をしていた。
「
そこでミリアのみならず、アリスまでもが振り返り、膝歩きでこっちに来た。
二人でにやにやしながら彼に言う。
「あたしたちが半年かけてじっくり仕込んだもの。ね~!」
「はい。結構やりがいがありましたよ」
「へえ。色々教えてやったわけだ」
「面白いわよ。男のときは全然変わらないのに、こっちは染めれば染めるだけしっかり女の子らしくなっていくんだもん」
私の頬を人差し指でつんつんしながら、アリスは実に楽しそうな顔をしている。
「色々調べたんですけど。やはり自称だけではなくて、心の性別もきっちり切り替わるみたいなんですよね。だからこっちのユウは、正真正銘立派な女の子なんですよ」
やっぱり「私」のおかげなんだろうなと思う。残念ながら、まだ起きてはくれないけど。
同時に、何をどうやって調べたんだよと、突っ込まざるを得なかった。
お風呂のあれとか寮でのそれとか。確かに色んなことされたもんね……。
つくづく私の扱いって……。
「あのさ。人を弄りがいがあるみたいに言うのは……」
「だって弄ると可愛いんだから。しょうがないじゃない」
「ふふ。大人しく可愛がられて下さい。悪いようにはしませんから」
二人の表情は純粋に楽しさに彩られていたが、瞳の奥にはいたずら好きな妖しい光が宿っていた。
「はは……」
「おう。ついてけねえわそのノリ」
アーガスは、私たち三人を見て呆れていた。
大丈夫。私もついていけないよ。
「いいの? こんなに緊張感なくて」
ふと、そんな言葉が口を衝いて出る。
相手があのエデルだってこと、忘れてないか。
頭ではそう思うけれど、私もすっかり先ほどまでの絶望感を削がれていた。
「いいのいいの。もうすぐ始まるんだから。今だけはね」
表情をちょっぴり引き締めたアリスは、やる気に燃えている。
私から離れて、アリスが元の位置に戻ったところで、アーガスが聞いてきた。
「ところでお前、男にならないのか?」
「どうして?」
「いや……。また女ばっかりだなと思ってさ」
彼はちょっと居心地の悪そうな顔をした。
そっか。空にいる間、彼はアルーンの上という逃げ場のない狭い場所で、ずっと女子たちに密着するわけだ(一番近いのは、男だか女だかわかんない私ですけどねー)。
こいつはモテモテのイケメン野郎だけど、別に女好きというわけではない。人並みに気まずさは感じるらしい。
「空で何か対処するなら、こっちの方がいいでしょ?」
魔法を使える女なら、空でも容易に攻撃できるからという単純な理由を挙げると、彼はすぐに納得したようだ。
「なるほど。そういう理由なら仕方ないな」
魔法と言えば。これだけは言っておかないといけなかった。
「昨日も言ったけど、《アールリバイン》はかなりの魔力を消費するんだ。できれば魔力は温存しておきたい。空での敵への対処は、なるべくみんなに任せてもいいかな」
「オッケー」
「わかりました」
「まあいいだろう」
三者三様の返事を貰ったところで、もう私たち以外の全員も大鳥に乗り込んでいた。出撃準備ができたようだ。
アーガスが声を張り上げて、突入班全員に呼びかける。
「よし! 目指すはあの空中都市だ! オレたちで必ずエデルを落とすぞ!」
「「おーーー!」」
次々と大鳥たちが空へと舞い上がる。
アルーンもその大きな翼を羽ばたかせて、風を切るように空を駆け上がっていった。
間もなく、眼下で異変が起きた。
敵の兵士と思われる銀色の鎧を着た者たちが現れたのだ。
そればかりではない。あのライノス、そしてとにかく狂暴なことで知られるリケルガーまでもが、忽然と大量に姿を現す。
その数は、ぱっと見ただけでも、サークリス防衛班の倍以上はあった。
正直、情勢はかなり厳しいように思われる。
それでも先生たちなら、きっと何とかしてくれる。そう信じて、私たちは空を進むしかない。
それぞれがそれぞれの役割を果たさなければ、町は、そして世界は決して守れないのだから。
地上からも勇猛なる雄叫びが上がる。
魔法部隊の人たちが一斉に火の魔法を放ち、先制攻撃をかけた。
だが敵軍の魔法耐性が総じて高いのか、偶然魔法が集中して当たった奴を除けば、あまり効いているようには見えない。
続いて剣士部隊の人たちが、弓を放つ。
ごく一部のライノス及びリケルガーに命中して、その動きを鈍らせた。
だが大部分は止まることはなく、猛然と襲いかかってくる。
日がその全体を澄み渡る大空に晒した頃、両軍の激突から壮絶な戦いは本格化していった。