フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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間話10「マスター・メギルの誤算」

「そんな馬鹿な……!」

 

 水晶モニターで、グラス片手に余裕たっぷりで戦いを見物していたトール・ギエフは、まさかの結末にひどく動揺した。

 彼の手からグラスが滑り落ちた。

 ガシャンという惨めな音を立てて割れ、中身が絨毯に染み込んでいく。

 絶対の信頼を置いていたクラム・セレンバーグが、負けた。

 あの黒龍を斬ったほどの男が。

 

「があっ!」

 

 彼は玉座を力任せに叩き付けた。

 

 甘く見ていた……!

 

 たかが学生だと思っていた。それがいつの間にか、ここまで強大な敵となろうとは。

 

 貴様ら、どうやってあの爆破から生き延びた!

 

 そればかりではない。

 絶対に進入不可能であるはずのエデルに入り込み、ついにクラムまで手にかけた。

 完全に舐め切っていた相手に、今やこの自分が追い詰められようとしている。

 彼はいつになく狼狽していた。

 誤算に次ぐ誤算が重なった結果が、今のこの状況である。

 このままでは、自分は確実にやられてしまう。

 彼にはどうしてこんなことになってしまったのか、まるでわからなかった。

 焦りで目を血走らせた彼は、慌てて玉座から立ち上がり、駆け足でエレベーターに向かう。

 走りながら、思考の渦が目まぐるしく回っていた。

 

 今からでも魔導巨人兵を使うか。

 いや、無駄だ。

 あれはあくまで拠点殲滅用だから、小回りが利かない。

 仮にここで使えば、都市が滅茶苦茶に破壊されてしまうだけだ。

 しかも奴らの狙いは、あくまでこの私なのだ。

 木偶人形を据え置いたところで、到底足止めになるとは思えん。

 

 彼から、皮肉気な苦笑が漏れる。

 

 ふん。魔導兵や魔導強化兵どもなど、所詮役には立たぬか。

 奴らがしっかりしていれば、ここまで進攻を許すこともなかったのだ!

 

 ――仕方ない。あれを使うしかないか。

 

 本当に万が一のときのため、用意しておいた奥の手だった。

 まさかあればかりは、決して使うことはないだろうと思っていたが。

 

 魔人化。

 

 エデル王族のみに伝わる、人体強化の秘術である。

 龍よりも強靭な肉体と圧倒的な魔力を、一時的にだが得ることができる。

 その代わり、反動も凄まじいものがある。

 効果が切れた後は動けないほどひどく衰弱してしまう諸刃の刃。寿命さえ縮めてしまうほどのものだ。

 王自らが戦うのは本意ではないが、もはや状況は一刻の予断も許さない。

 他に選択肢はなかった。

 

 あれを使うためには、北にある祭壇に向かわなければならない。

 そこまで辿り着くことさえできれば――。

 

 この私自らが最強の魔人となり、貴様らを葬ってくれよう。

 

 彼は絶体絶命の危機に内心激しく焦りながらも、自らの手で侵入者を蹂躙する様を思い描いて、嗤った。

 ついに自分自身が力を手にするときが来たのだ。

 彼のコンプレックスは、ネスラという種族であるがゆえに、非力であることであった。

 イネアという化け物はいるが、あれは例外中の例外だ。

 そもそも転移魔法こそ、非力な彼らが外敵から逃げるため、進化の過程で得たものなのだ。

 こそこそ逃げ隠れて生活するしか能がない閉鎖的な同族を、彼は心底見下していた。

 

 彼は生まれつき、転移魔法が使えない異常なネスラだった。

 非力である上に転移魔法まで使えないとなれば、いざというとき身を守るものは何もない。

 異常であることが判明すると、彼は同族の中で孤立した。

 誰の協力も得られず、すべてのことは自分一人でするしかなくなった。

 

 そんなある日、まだ彼が十代前半の頃である。

 ネスラの里に、盗賊の集団が現れた。

 彼らは里にある装飾品などを強奪し、あわよくばネスラを捕らえて売り物にしようとしていた。

 周りの同族のほとんどは転移魔法で逃げられたが、まだ練度の低い一部の子供たちは逃げ遅れて、次々と捕まった。

 そして、そもそも転移魔法が使えない彼は。

 ただ走って逃げるしかなかった。

 だが抵抗空しく、今にも捕らえられようとしていた。

 そこに偶然現れたのが、大型肉食獣リケルガーの群れだった。

 そいつらは瞬く間に人攫いの集団を蹂躙し、食い尽くしてしまったのだった。

 それが人攫いであろうと、ネスラの子供たちであろうと、獣は平等だ。区別などしない。

 子供たちも、やはり同様に食われていった。

 そして満腹になったリケルガーたちは、余計な殺戮もしない。

 運良く捕食対象として選ばれなかった彼――怯えるトールを一瞥だけすると、何もなかったかのように去っていった。

 命からがら助かったトールは、がっくりとその場に膝をついた。

 いつの間にか失禁していたが、それが情けないと思う心の余裕すらなかった。

 力のない者は、ゴミのように死ぬしかない。

 世界の厳しさを悟った彼は、それ以来強く力を求めるようになった。

 そんな彼を魅了したものは、森の外の人間の知識だった。単純な力ではなく、叡智を武器として進歩を続ける人間の姿。

 彼はそこに光を見たのである。

 彼は人に憧れた。ネスラにおいては禁忌とされる人の知識を求めた。

 森に訪れた人間と交流し、書物などを得て学び始めたのだ。

 ついには転移魔法の実験を行い、その性質まで解明してしまう。

 だがこの実験は、さすがに同族の怒りを買った。同族を弄んだ罪として、森を追われることになった。

 だが彼にすれば、望むところであった。

 森を追われてなお、力に憧れて知識を求め続けた。

 人の汚さを知り、いつしか身は欲望に染まり。

 そして辿り着いたのは、エデル。

 この地に彼は、理想を見た。望むものを見た。

 

 ――こんなところで、終われるものか。

 必ずや人の上に立ち、自らの存在と叡智を世界に示すのだ!

 

 エレベーターに乗り、地下一階へと降りる。

 すぐに王族用のグランセルナウンへ乗り込み、スカイチューブを走らせた。

 彼の目に宿る野望の光は、まだ消えていなかった。


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