ドアの前で少しの躊躇いが生まれた。俺と、川内しかいないこの鎮守府で、その川内の部屋に入るというのはとてつもなく大変なことである。でも、神通から言われたしなあ……
「は、入るぞ……」
「お、提督じゃん」
川内は自分の酸素魚雷の整備をしていた。
「え?川内、風邪をひいたんじゃなかったのか?」
「あ、風邪ね。もう治った」
「治った、だと!回復が早いな!」
艦娘だと回復が早いのだろうか?それとも川内が丈夫なだけなのだろうか。
「で、提督は神通に言われてきたんだね」
「よくわかったな!神通から言われたのか?」
「いーや。言われてないけどさあ。ほら、姉妹だし、言わずとも伝わることがあるんじゃない?」
確かに姉妹の結びつきが強い艦娘は多い。長門と陸奥が良い例だろう。
「まあそういう事なら、俺は邪魔なだけだな。まあ、せっかく非番扱いなんだし、自由に一日使えば良いだろう」
「あ、ちょっと待ってよ」
出て行こうとする俺を川内は呼び止めた。
「提督も暇なんでしょ。じゃあ一緒にどこか行こうよ、ね?まあ忙しいならいいけど……」
「ぐっっ」
本人は無意識のうちにやっているのだろうが、使う上目遣いがやけに色っぽい。普段の言動からは想像できないほどにだ。
「ま、まあ俺も暇だしな。うん。着替えるから、少し待っててくれ」
言ってしまった。だが、やるしかない。緊張しているのが自分でもわかる。だが、向こうにその人を認め、努めて明るい声を出した。
「よしっ!じゃあ行こうか、提督!」
「あ、待たせたかな、すまない」
「別にいいよ。いざ、水雷戦隊、出撃!」
「こ、これは出撃なのか?」
神通や那珂と出かけた時は意識して見る事はなかったが、改めて意識してみると、街にはカップルが溢れている事がわかる。そしてふと、提督の手を見つめた。それこそ色々な漫画とかである、いわゆる軍人のゴツゴツした手ではなかった。細くて綺麗な手をしていた。握ろうとしても体が動かない。これじゃあ今までと同じだ。
神通が頑張って提督と私以外誰もいない、というシュチュエーションにしてくれた。最後は私の努力だ。もう環境を言い訳にはできない。
「ここで退いては三水戦旗艦の名折れ……」
「え?」
「それっ!」
両手でもって提督の手に飛びついた。提督が「ひゃっ!」と驚きの声をあげる。
「せ、川内、俺の手は冷たいぞ。熱を奪ってしまうから、やめておけ」
「ううん。全然冷たくない。むしろ……」
暖かい。暖かいくらいだった。
「ねえ提督」
「ん?」
「もう少し、手、握ってていい?」