「今度の作戦は君の進退がかかっているぞ。あの口調だと、失敗したら君はもうこの鎮守府にはいられまい」
「自分の事は良いです。兎に角、キス島は自分の判断で獲ったものだから、けじめはつけないと……」
「……まあいい。この続きは明日だ。これ以上は儂が持たん」
そう言って山口中将は部屋を出た。
まずい状況になっている。何より、奴が焦っている。自分で獲ったキス島に対して、負い目を感じている。そのような雑念は作戦を考える上での邪魔にしかならない。
「いかん、いかんな……」
「あ、多聞丸じゃん、どうしたの?」
そこには愛すべき娘がいた。
「おお、飛龍、お前が使えればなあ」
「え?どうしたの、いきなり。何かあったの?」
「い、いや、何でもない」
危うく作戦の事を漏らしてしまいそうになった。流石にまだ公表していないことを話すのはまずいだろう。自分もここまで焦っていたとは。
「なあ飛龍、この鎮守府にとってあの提督とはどのような存在だ?」
「提督?そうだねぇ、まあ、私が来た時にはもういたし、この新生鎮守府の最初の提督だし、言うなれば、この鎮守府の建物そのもの、かなあ。なんか、提督がいないとこの鎮守府は存在しないって感じ」
「そうか。ならば頑張らんとな」
「え?」
「飛龍、もし儂が倒れたら、あとは全て提督に頼りなさい。必ず、お前は幸せになれる」
「多聞丸?」
「大丈夫だ。そんな簡単に死ぬ気はない。最近はやりの『終活』をしてみただけだ」
そう言って飛龍の不安を取り除いておいた。流石に艦娘にまで混乱が広がったら困る。
翌朝、早くから奴の姿が参謀室にあった。参謀室は作戦を考える場所である。防音が施され、許可された者しか入ることはできない。この参謀室に入ることができるのは自分と奴だけである。
「おい、提督さん。働きすぎはいけんぞ」
「多聞中将が『提督』と呼ぶとは珍しい」
「そんなことはどうでも良い。何か思いついたか?」
「思いつき、というわけではありませんが、一つだけ可能性が出てきました」
「聞こうじゃないか」
そして奴は話し始めた。
「零戦に燃料たっぷり積んで、低速で飛んで、落下タンクまでつければ、何とかキス島まで飛ばせます。3000キロです」
「しかし、ここからキス島までは明らかに3000以上あるぞ」
「そこがこの作戦の肝です」
そう言って奴は机上の地図を示した。
「この択捉島、単冠湾。ここに基地があります。ここまでまずこの鎮守府から零戦を飛ばします。そして燃料を限界まで積んで、キス島へ飛ばします。キス島上空での戦闘時間は精々15分でしょう。そして、陸軍に事前に要請して、アッツ島に急ごしらえの滑走路を造ってもらいます。そこに着陸して、燃料を急いで補充。離陸して、単冠湾に帰ってきます」
「却下」
「えー、何でですか」
「3000キロ飛ばしてその後格闘戦って、どんだけパイロットに負担かけるつもりだ。しかもアッツ島が艦砲射撃受けたら終わりじゃないか」
「でも、そしたら相手に何の損害も与えずに制空権を与える事になりますよ」
「夜に突入して頑張るしかないだろう」
「無理です。日没から、日の出までに、制海権をとって、輸送船を突入させて、兵を収容して、海域から脱出。時間的に無理です」
「ならどうすれば……」
まさに五里霧中だった。
「ん?五里霧中、五里霧中……」
「多聞中将、どうかしましたか?」
「おい、五里霧中だ!五里霧中」
「ええ、確かに何も思いつかない今は五里霧中ですけど……」
「違う違う、霧の中を突入して、制海権を取り、夜にゆっくり兵を撤収すればいいじゃないか」
「霧はそんなに頻繁に起こりませんよ。そんなことに期待する位なら、やっぱり零戦を飛ばした方が……」
「そんな綱渡りなことができるか!」
「そもそもこの作戦自体が綱渡りなんだから仕方がないでしょう!」
朝から鎮守府にはいい大人二人の大声が鳴り響いた。彼らは忘れていたのである。「ドアを閉める」という簡単な行為をだ。
参謀室のドアには多くの艦娘が群がっていた。この場合、彼女たちに責任はない。悪いとすれば、朝から大声で言い争う男二人である。
「……熱くなりすぎたようだな」
「多聞中将、その通りです……」
「よく考えたら十分な情報もないままに議論をしていたな」
「このままでは全て机上の空論にしかなり得ませんね」
しかし、状況が状況なので海軍省に尋ねてもどこかで艦隊司令部長に握りつぶされてしまうだろう。
「私が陸軍省まで言ってAL方面部隊の状況を聞いてきます」
「提督たる者が鎮守府をそんなことで開けるのか!」
「いない間は多聞中将、よろしくお願いします、何日東京にいるかわかりませんが、帰る前日には連絡します。あと、緊急事態の時も連絡するので大丈夫です」
「全く、強引な……」
こうして提督自らが陸軍省に行くことになった。
「護衛の戦闘機はいらないのか」
「ありがとうございます、多聞中将。でも、大丈夫です。護衛なんてつけるだけ無駄ですから」
「……良い情報を頼むぞ」
「必ず……」
そして、数分後、一式陸攻は強烈な油の匂いを残して飛び去っていった。