第四北神戸市にある鳴川高校の放課後は、中々に騒がしい。男子が校庭でサッカーを繰り広げていたり、ヤンキーみたいな男子同士がしょうもないことで喧嘩をしていたり、カップルがイチャイチャしていたり、そんな感じである。今日は特別午前授業だったため、余計だ。
そんな中、ユラノ・呉島は一人教室の自分の席に座って、スマホを眺めていた。ユラノがほぅ、と息をつく時は、大抵がスマホでLINEを見ている時だ。チャット上でお喋りをし終わった時、ユラノは幸福感とでも言えばいいのだろうか、そういう温かい感覚に、全身をふわっと包まれる。ユラノはその感覚が好きだった。
たとえ、それが一瞬だけであったとしても。
教室の後ろの方から聞こえてくる、昼休み時によくありがちな、女子同士ならではの陰湿で根深い関係によって成される光景。
「呉島さん、またなのね」
「本当、気持ち悪いわねぇ」
「ねぇねぇ、ああいうの、何て言うか知ってる? レズだよレズ! レズビアン! 女の子なのに、女の子が好きなやつのこと!」
「そんなことぐらい常識でしょ」
「女ならさ、テケトーに男好きになって、テケトーに付き合って、テケトーにセックスすればいいのにね。ほんとあれだけは分かんないわー」
アホな男子が引き寄せられそうな言葉を、平気で言う女子。
「さ、そんなのを相手にしている暇は無いわ。行きましょう」
教室から出て行く、口の悪い、不良女子軍団数名。
ユラノはため息をついて、iPodを取り出し、音楽を聴き始めた。
音楽は、自分の心を癒してくれる。要するにアロマだ。
目を瞑り、お気に入りの音楽を流し始める。
そうすると、昔のことがまるでつい先日のことかのように、鮮明に視界に浮かぶ。
1年前。ユラノ17歳、真奈18歳の時のこと。
二人は幼馴染で、いつも一緒だった。小学校も、中学校も、高校も、いつも同じ。成績が違っていたが。
ある日、ユラノが高校に登校した時、真奈が校舎裏にガラが悪いということで下級生の間でもかなり噂になっていた不良女子グループに引きずられていくのが見えた。ユラノはそれを追いかけた。
そこでユラノが目にしたのは、真奈への酷い虐めだった。冬のことだった。ホースから勢いよく出る水は、見ているだけでも凍ってしまいそうなぐらいに冷たく、痛いものだった。女子たちは遠慮なく、真奈に水をぶっかける。
次に不良女子グループは、真奈から鞄を取り上げて、鞄の中身を全部出そうとしら。
けど、中身は意外なことに空っぽだった。
「おい立原。財布どこだよ」
女子たちの狙いは金だった。だがユラノは知っていた。真奈が貧乏な家で、共働きで、自分もバイトで家計を支えていたということを。
だから、真奈がそんなまとまった額のお金を常に持ち歩いているとは思えない。
しかし、そんなことを、あの女子たちが知っているとは思えない。いや、知っているはずがない。
真奈は何も答えなかった。
「蹴りな。顔は駄目だよ、目につく」
そこからは、もう酷いというものではなかった。
真奈は蹴りに蹴られて、どういう体勢を取ったら一番楽なのかも分からなくなった。制服が汚れ、血を吐き、それで相手の靴を汚し、また蹴られ、血を吐き、自分の制服を汚し、気持ち悪いと蔑まれ、また蹴られる。
もうユラノは見てられなかった。これ以上真奈を蹴ったら、真奈が死んでしまう。
ユラノはダッと走り出した。女子たちは丁度並列に並んでいたので、タックルを喰らわせた。
思いっきり吹っ飛んだ不良女子グループ。ユラノは真奈に声をかける。
「逃げよう、真奈! このままだったら死んじゃうよ!」
真奈は何か言おうとしていたが、結局ユラノには何を言おうとしているのか分からなかった。コ声を出すに出せない感じだった。
多分、いや、確実にこれは酷い状態だとユラノは思い、真奈の肩を担いで、逃げようとした、が、
「どこに行こうとしてるのかしらぁ? 下級生のゴミクズさん」
ユラノの茶色に染めたポニーテールをガシっと掴み、強引に連れ戻す不良女子。ねっとりとした言い方は、ユラノは大嫌いだった。
ユラノと真奈は、その場で何度も何度も蹴られた。次第にユラノも、血を吐くようになっていた。少しずつ、意識が遠のいてきた。
ここで、死ぬのかな。
ユラノはそう感じた。けど、そこに教師が偶然通りかかった。
「何やってんだお前らは!」
そう怒鳴り、不良女子グループは教師に捕まらないよう、バラバラに散った。
「こんなことを、あいつらは……! とりあえず、すぐ保健室に行こう!」
教師はユラノと真奈の肩を担いで、保健室に行った。
保健室の教師がユラノたちを見た途端、とりあえずベッドに寝かせて、応急処置をし、救急車を呼んだ。救急車が来るまでは、絶対安静だと言われた。
ユラノは隣のベッドで横になっている真奈を見た。真奈もユラノを見ていた。真奈はユラノに微笑みかけた。
「普段ビクビクしてるのに、凄いね、ユラノ」
真奈の言葉。真奈の褒め言葉。真奈の感謝の言葉。頭の中がグルグルと駆け巡る。真奈のことでいっぱいになる。
ユラノは精一杯頑張って、声を出した。
「……真奈だから、出来たんだよ」
目を開き、視界に映るものを現実に戻す。と言っても、ユラノはもう二度とあの虐めの現場だけは思い出したくないと思い、しかし、思い出したいとも思っていた。
iPodの再生を止め、ユラノは家から持ってきた弁当を取り出し、一人で食べ始めようとしていた。
「ユーラーノっ」
教室のドアから、別のクラスのまぁまぁ仲の良い女子、間倉美里加がテンション高めで入ってきた。あだ名はミカ。ユラノの前の席に座り、ユラノの方に向きながら、自分の弁当を出す。
「大丈夫、ユラノ? また何か言われてたみたいだけど……」
「うん……」
ユラノは弁当の方に向いたまま、答える。
ユラノにとってあれはいつものこと。つまり日常でしかない。そして自分がそういう人間なのかもしれないというのもまた、受け入れようとはしているが、あまり受け入れてはいない。やはりどこかで、この気持ちがかなり変であるということは自覚しているからだ。
いつもはガツガツと勢いよく弁当を食べるミカだが、今日は違った。少し、ほんの少しだけ遅かった。それに、会話も無い。無言の食事。ユラノは気まずかった。
先に口を開いたのはユラノの方だった。
「あのさ、ミカ。今日、三宮の方まで遊びに行かない? 今日、授業終わったし。それに、ゾグマもここの所、出てきてないし。プラモデル屋さんとかも付き合ってあげるよ」
ゾグマが、いつ、どのタイミングで神戸の攻撃を仕掛けるかは、全くの不明である。何せ、相手は未知の巨大不明生物。解明出来ているのは、ゾグマにとって脅威となる「力」を、本能的に排除すること。今の学校で学べるのはそれだけである。
「言い方はかーなーり気に食わないけど、それいいね。行こう行こう!」
ユラノはホッとした。ミカが心配してくれいるのは分かっていたが、正直なところ、あまり心配してほしくなかった。
さっさと弁当を食べて、鞄の中身をチェック。高校を出て、神戸電鉄で新開地まで出て、阪急に乗り換えた。もうあとは、ただ電車の揺れに任せて待つのみ。5分もすれば要塞都市神戸の前線都市「第一中央神戸市」の三宮だ。
第三東神戸市に置かれている陸上自衛隊の前線基地は、第一種戦闘態勢が発令されていて、慌ただしかった。基地の外に置かれている10式戦車と90式戦車、16式機動戦闘車のエンジンが次々と唸りをあげる。
第一種戦闘態勢。つまり、ゾグマがかなり近くまで、この要塞都市神戸に接近しているという合図である。
戦車部隊の隊長である山村は、先ほどまでの訓練で疲れ果てて、眠っていた隊員を次々と起こしている最中であった。
「貴様ら、死ぬなら戦場で死ね! 我々には、民間人を守るという使命があるのだぞ!」
何とかして隊員を叩き起こした山村は、全員を戦車格納庫前に集合させた。全車両のエンジンが動いているため、非常にうるさい。山村は大声で言った。
「貴様ら! 訓練通り、上手くいくなどと思うなよ! 相手は未知の生命体であるゾグマだ、兵器ではない! そこのところをしっかりと理解し、誰一人として死ぬことの無いよう、全力でゾグマを撃滅しろ! 民間人の安全は、他の隊がやる! 貴様らは攻撃だけ考えておけ! いいな!」
目の前の何百人もの隊員から、「了解!!」と声が上がる。まるで怒号のようだと山村は思い、これなら少しは安心出来ると感じた。
全員が戦車に搭乗する。
山村は、基地の司令部に向かった。戦車隊の隊長とは言っても、直接戦車に乗るわけではなく、後方から的確で、確実な指令を出すのが、山村の仕事だ。
「第一、第二地上隊、出撃!」
ジャラジャラジャラとキャタピラ独特の音を。超重量の車体を載せたタイヤがアスファルトの上を走る音を響かせながら、50台以上の地上部隊が、基地から第一中央神戸市に向かって行く。ゾグマは決まって、何故か第一中央神戸市の神戸湾に侵入することが多かった。
山村の仕事はまだ終わっていない。当然、地上戦力だけでゾグマに対抗出来るはずがない。
「第四北神戸市の空自に連絡! 戦闘機全機と戦闘ヘリ隊全機の援護要請を出せ! それと対Z兵器開発局に連絡! 出せるのなら出してくれと要請しろ!」
時は同じく第四北神戸市の航空自衛隊基地も、陸上自衛隊の前線基地と同じくせわしなく動いていた。地上部隊の山村からの要請だ。
空中部隊隊長の黒田は、司令室で各機の機体状況を訊いていた。
オペレーターによると、出せる機体はF-4EJ改が10機、F-15J改が15機、連絡機のT-4が3機、AH-64Dアパッチ・ロングボウが1機、AH-1Sが4機だと言う。
少ない、と黒田は頭の中で舌打ちをした。ただでさえ実弾兵器は殆ど足止めにしかならないというのに、その数ではあまりにも足止めには少なすぎる。他の機体は、と黒田が尋ねると、殆どが改修中、修理中、予備の物で、使い物にならないと言われた。黒田は、出せないより少しは出せる方がマシだと妥協した。
「全機、爆装準備! ミサイルが切れたからと言って、戻らず、バルカンで少しでも侵攻を防げ! 我々には、一刻の猶予も無い!」
スピーカーを掴み、怒鳴るように黒田は言う。
黒田のインカムに「了解!」と意気の良い返事が返ってくる。
これで少しは安心出来るというものだ。
滑走路から順次機体が轟音を上げて飛んでいくと共に、戦闘ヘリがそれを追いかけるように飛翔を開始する。その音を聞く度に、黒田は不安に駆られる。がすぐに先ほどの返事が頭の中で反響する。
黒田はマイクを切って、呟いた。
一人でも多く、ちゃんと生きて戻ってこい、と。
第四北神戸市にある対Z兵器開発局の作戦室は、他の基地と違って、少しは静かであった。怒号も飛び交ってはいない。
「浪尾司令! 第三東神戸市陸上自衛隊前線基地から、対Z兵器発進要請が入りました」
髪がボサボサで、とても自衛隊員とは思えないオペレーターの如月が、対Z兵器戦闘指揮官である浪尾に報告する。
「よし、ケイスを呼べ」
「了解」
しばらくすると、浪尾が座っている席の前に設置されているモニターに、短髪が似合うボーイッシュで、青色の瞳を持った、少しだけあどけなさを残す女性が現れた。
『いきなり呼び出して何。ガミエルはまだ――』
「ケイス・ベレレン3等陸尉。ガミエル発進だ」
『……正気なの? 浪尾』
「俺は常に冷静沈着で、正気だ」
『テストはどうするの。いきなり実戦?』
「そうだ。前線の陸自から連絡があってな。本当は1号機のグラインバードと戦闘機隊との連携が相応しいんだが、生憎あれはまだ調整中でな。すぐには出せない。今すぐ動かせる対Z兵器はガミエルしかない」
『文句を言っている暇も無さそうね。すぐに向かうわ』
「頼む」
通信は終わり、モニターは真っ暗になる。
「浪尾司令」
作戦室にいた真奈が、浪尾を呼ぶ。
「何です、主任?」
「ぼくも連れて行ってください」
「……何を馬鹿なことを言い出すんです」
浪尾の言うことは当然であった。実戦経験はおろか、ゾグマとの戦いも生で見たことの無い人間が戦場に向かったところで、何が出来る。何も出来ず、ただ死ぬだけに決まっている。浪尾は真奈を睨んだ。立場上、真奈は特別陸尉で、浪尾は2等陸佐なので、問題無いはずだ。
だが真奈は全く怯むことはなかった。
「浪尾司令。いくらガミエルが完璧と言っても、所詮は人が造り出した物にしか過ぎません。それもテストをせずに、いきなり実戦。どこかに不具合を出たとしてもおかしくはありません。勿論、そんなことは無いように開発、建造は進めました。しかし、どこで、どんなタイミングで不具合が生じるかは分かりません」
「つまり、自分の目で確かめたい、と?」
「そうです。開発者がこの目で見なければ、具体的にどこが悪いのかは、分かりません。ここに来たのは、そのためです」
浪尾は片手で頭を抱えた。目の前にいるのはガミエルの開発者。しかしその実態は、まだ遊び盛りであるはずの19歳の子供。そんな子供を、司令として、いや、一人のまともな人間として、送り出したいとは思わない。
だが、浪尾の目に映る少女は――真奈は、迷いが無いように見えた。
「……こちらへ。監視ヘリを用意します。そちらに乗ってください」
「ありがとうございます、浪尾司令」
そうして浪尾は、真奈を前線に送り出した。浪尾は真奈がいなくなった作戦室で、大きくため息をついた。
阪急三宮に着いて、さぁ遊ぼうとテンションの上がっていたミカだったが、突如として怪獣接近警報がスマホから鳴れば、テンションが下がるのも当然のこと。スマホには「神戸湾から侵入してくる可能性があるため、民間人の皆さんはシェルターに迅速に、且つ落ち着いて、避難してください」と表示されていた。隣にいたユラノも、それをスマホで見ていた。
「はぁ~あ、よりによってこんなタイミングで……」
「仕方ないよ、シェルターに行こう」
ユラノは至って学校にいた時とテンションは変わっていない。周りのゾグマの襲来に怯えている人たちに混じって、ユラノとミカは近くのシェルターに移動しようとした。が、もうゾグマはすぐそこまで来ているらしく、第一中央神戸市の防衛システムが起動していた。街の偽装ビルから、レールガンやミサイルランチャーが幾つもせり出てくる。更には10式戦車と90式戦車のキャタピラの音、F-4EJ改とF-15J改、T-4のジェットエンジンの轟音が聞こえた。
「もう、始まってる……!?」
それが、戦闘開始の合図であった。
レールガンによる長距離攻撃。レールガンに必要な莫大な電力は、偽装ビルそのものが発電システムとなっているため、シェルターなどに回す電灯の電力は使わない。
何十門とあるレールガンが、絶え間なく超高速の弾丸を発射する。しかし、ゾグマには効かない。ゾグマはまず、その強烈なまでに強固な皮膚のせいで、長距離のレールガンの弾丸なら、殆ど効かない。弾丸がめり込む、ということも無く、カンカンカンと弾かれるだけである。だが、ダメージが通らないだけであって、少しだけなら侵攻速度を遅くさせることは可能だ。
続いてミサイルランチャーが発射される。ミサイルは電波ホーミング誘導のパッシブ方式を採用している。ゾグマは生物。生物は必ず微弱な電波を発している。内部のコンピュータにゾグマの発する電磁波パターンを記録させ、後は発射ボタンを押すだけ。つまり、発射すれば自動でゾグマの方に飛翔する。
凄まじい数のミサイルが、網目状となってゾグマに襲いかかる。しかし、それが殆ど無駄であることは承知済みである。
ゾグマの電磁波吸収フィールド。これによって、パッシブ方式は当然、どんな電波ホーミング誘導を採用したミサイルも、ゾグマのフィールドによって記録されていた電波パターンが無効化されてしまうため、意味が無い。当然、レールガンの電磁波も吸収されてしまい、弾丸はゾグマに辿り着くことなく、ゾグマの前に落ちてしまう。ならばロケットランチャーという手も当初はあったものの、そもそもフィールドすら張っていないゾグマの皮膚を貫らぬけなかったため、意味が無いということで使われなくなった。
しかしミサイルも、効かないというわけではない。落ちた際の衝撃によって信管が作動し、爆発を起こす。それで、ゾグマの侵攻は多少防ぐことが出来る。
だがゾグマは、多少足が遅くなりつつも、確実に第一中央神戸市に近づいてきていた。
レールガンとミサイル攻撃が続く中、爆装したF-4EJ改とF-15J改、AH-64DとAH-1Sによる爆撃、第三東神戸市の陸自基地から来た10式戦車と90式戦車、16式機動戦闘車の混合隊による砲撃が一斉に開始される。絶えることなく続く地上の砲撃、空中からの爆撃。
だがどれも全て、ゾグマに対しての効果はあまり無い。だからこそ、日本は対Z兵器を急いで開発した。
第一中央神戸市の特徴は、神戸市営地下鉄の全てと、対Z兵器開発局の地下に敷かれたレールが全て一体化され、対Z兵器2号機「ガミエル」を迅速に運搬するためのものになっている。現在、ケイスが搭乗したガミエルは、基地のレールから直結している神戸市営地下鉄海岸線方面に向かっていた。
輸送の間、インカムから作戦室の声が聞こえてくる。戦況が分かるため、ありがたいが、仲間が死んでいくというのも分かるため、中々辛い。
そして自分も、今から戦死した者たちへ仲間入りするかもしれないと思うと、恐ろしくて全身が震えそうだった。しかしそれを、今からテスト無しとはいえ、世界中の技術と人間を集めて建造したこのガミエルで、人類を救えるかもしれないと思うと、ケイスは女ながらも興奮せずにはいられなかった。
運搬用列車が停止し、天井が次々と跳開橋のように開いていく。ガミエルは運搬用ベッドに仰向けの状態になっている。ベッドがゆっくりと直立する。第一中央神戸市第二の特徴。一定の位置に、ガミエルが地上に出るためのカタパルトがあること。
インカムからガミエルの機体状況チェックオペレーターの赤木と、脊髄神経接続システム同調数チェックオペレーターも担当している如月の声が聞こえる。
『運搬固定ロック、解除。カタパルト接続』
『パイロットの脊髄神経接続システム、良好。いけます』
コックピットのモニターに機体のロックが順調に解除されていくのが表示されていく。
『ケイス、いけるな?』
浪尾がケイスに最後の確認を取る。
「いけるわ。出して」
『よし。ガミエル、射出!』
『了解。ガミエル、射出!』
地下から地上に直立で展開されたカタパルトを、1秒で昇り切る。その際にパイロットにかかるGは凄まじい。ガミエルは脊髄神経接続システムを扱った、パイロットの動きに合わせて機体が同じように動く、トレースシステムを採用している。そのため、コックピットは広い空間となっており、椅子などは無い。微妙な操作が必要な時のための伸縮式のケーブルを繋いだ操縦桿しか、コックピットにはない。そのため、パイロットは発進の際、一時的に脊髄神経接続システムをカットしている。
ガゴン! カタパルトレールが頂点に達し、ガミエルは地上にその姿を現す。
天使の名を冠した、人類が開発した現時点で最強の巨大半人型ロボット。その姿は天使の名を冠していても、あまり人型とは言えない。最低限、人型を保っている程度。腕は腰より下にまで長く伸びており、足もおおよそ歩くための設計をしたのかと疑うぐらいのハイヒールとなっている。頭部には天使の羽のような二つのアンテナ。そして、人間で言うところの脊髄の部分に繋がっている、通信用の光ケーブル。ゾグマの発する電磁波吸収フィールド内では、光ケーブル通信が確実である。
その異形な希望のロボットが、悪魔のような怪獣、ゾグマと対峙するのは、これが初めてだ。
『ケイス、頼んだぞ』
「ま、何とかしてみせるわよ」
ケイスは軽い口調で言った。そうでもないと、自分の今の緊張、恐怖、興奮の全てが拭われずに、戦闘に支障をきたしそうだったからだ。
『最終安全ロック解除。対Z兵器2号機、ガミエル、発進!!』
『了解。最終安全ロック解除。ガミエル発進、どうぞ!』
「ケイス・ベレレン、ガミエル、行くわよ!」
全身の安全ロックが解除され、ガミエルは少し猫背になる。
『超振動大剣を出す! 装備しろ!』
現在のガミエルの装備は、左腕に装備された小型シールドと、固定兵装の頭部80mmバルカン砲のみである。と言うのも、ガミエルの超振動大剣はサイズがかなり大きく、別の方法で運搬しないことには街中で使用することが出来ない、ある意味で欠陥兵器なのである。
ケイスはガミエルの太もも部分まである長い腕を使い、ビルの中から現れた超振動大剣を腕に固定する。
超振動大剣にはハイパー・レーザーライフルが内蔵されており、シミュレーションでのゾグマとの戦い方は、ハイパー・レーザーライフル及びバルカン砲で牽制しつつ、ゾグマの皮膚を斬り裂くだろう大剣で攻撃を仕掛けるというものだった。
前線では戦車隊と戦闘機隊が何とかこれ以上の侵攻をさせまいと、ゾグマに怯むことなく攻撃を続けていた。
「ホバリング開始! バーニア出力全開! 邪魔物なんて無いんだから!」
要塞都市神戸で一番ゾグマの襲撃に遭う第一中央神戸市の最大の特徴。それは、装備を施していない街を一旦地下に格納することが可能であるということ。また、街の至る所に退避用シェルターがあるということ。これによって、ガミエルは遠慮なくゾグマに攻撃を仕掛けることが出来る。
ケイスはガミエルをゾグマに向けて突進させながら、内蔵レーザーライフルを連射する。
レーザーを直撃したゾグマの皮膚が、少しだけ焦げた。効いている。ならば、と更にケイスはレーザーライフルを連射する。
地上部隊の止まる事の無い連続砲撃、空中部隊による爆撃の嵐、そしてガミエルのレーザー攻撃はかなり効果があった。ゾグマの侵攻が一旦止まり、少しだけ後退を開始していた。
だがそれは、皆が忘れていた悪夢の前準備でしかなかった。
ゾグマは一旦海上に後退、その場で行動を停止したかと思われた。が、それは違った。
ゾグマは口を開き、内部が虹色に輝いていた。内部で何度も光の線が反射する。
「あれって……まずい! 戦車隊と戦闘機隊は全機後退! アッシリアビームが来るわよ!」
しかし、ケイスがそう警告した時は既にゾグマのアッシリアビームが発射されていた。
アッシリアビーム。ゾグマが体内で生成した超高出力超高密度超速ビームのことだ。その熱量は人類の計測器で測ることは不可能なレベルであり、どんな物でも一瞬で溶かし、また爆破させてしまうという恐ろしいものであった。ゾグマの口内には幾つものレンズのような物があり、そこでビームが恐ろしい速度で反射、運動エネルギーを溜め、出力を上げるという原理となっている。アッシリアというのは、古代遺跡から発掘された中に現代のレンズと殆ど変らない鏡「アッシリアのレンズ」から由来されている。
アッシリアビームが、地上の戦車隊を、空中の戦闘機隊をまるで剣のように薙ぎ払う。地上と空中の爆発によって、ガミエルは視界を失った。そのまま突っ立っていては、ゾグマのアッシリアビームを直撃するだけ。ケイスはとりあえず、ガミエルをランダムに動かした。
爆炎の中から、アッシリアビームが襲来する。
黒々と鈍い輝きのビーム。ガミエルはそれをギリギリ肩に当たるか当たらないかのところで回避した。
「そこね! 超振動大剣、起動!」
超振動大剣。その名の通り、人間には見えないレベルの速度で刃を振動させ、チェーンソーの要領で斬り裂くという武器である。
腕に固定しているハイパー・レーザーライフルモードの超振動大剣をブレードモードに切り替え、右手でしっかりと保持する。
物質は必ず、僅かながらにも振動している。この超振動大剣は、ゾグマの振動数に合わせて、完全に斬り裂くことが出来る設計になっている。
アッシリアビームの弾道をサーマルセンサーで特定し、背部メインスラスターを最大出力で噴射させ、一気に近づく。
「喰らえぇ!」
ケイスが腕を振り上げると、ガミエルも同じように、腕を振り上げる。そして、一気に振り下ろす。その手には、超振動大剣がある。
超振動大剣が、ゾグマに触れる。ゾグマは何もしてこない。
しかし。
「ッ……!?」
超振動大剣は、ゾグマの体表で、斬り裂くことが出来ていなかった。考えるまでもなかった。単純に、ゾグマの振動数が前回の偵察の時と、違っていただけだ。
「ならッ!」
ケイスは超振動大剣を、右手で保持したままハイパー・レーザーライフルモードに移行した。ハイパー・レーザーライフルは直接引き金を引く必要は無い。電気信号を伝達させるだけで、発射することが出来る。超振動大剣が、剣の真ん中からパカッと開き、内部からハイパー・レーザーライフルの銃身が現れる。
発射しようとしたその時だった。
ケイスの左腕に、強烈な痛みが走った。あまりの激痛で、一瞬目を開けることが出来なかった。
モニターの左側を見てみると、ガミエルの左腕がごっそり消え去っていた。よく見ると、地面に落ちていた。正面を見る。
ゾグマの尻尾が、三つに分かれていた。うねうねと尻尾に関節でも入っているかのように、細かく動いていた。ゾグマの尻尾は元から三つではなく、一つだ。それが三つに分かれているということはつまり。
「蛇腹尻尾剣!?」
アッシリアビームの脅威に、その存在をケイスはすっかり忘れていた。ゾグマは遠距離戦だけではなく、近距離戦にも対応した怪獣だ。ケイスは痛恨のミスを犯していた。
『ガミエル、左腕全損!』
『脊髄神経接続システム、パイロットに過負荷! 司令、このままでは!』
インカムから自分とガミエルの情報が聞こえてくる。
『ケイス、一度撤退だ。今グラインバードを発進させた。すぐに着く。あとはこちらに任せろ!』
「出来るわけッ、ないでしょ! こんなッ、ところで!」
痛みを堪えつつ、何とかケイスはガミエルを立ち上がらせたが、すぐさまガミエルの蛇腹尻尾剣の第二波が来た。ガミエルの装甲表面を斬り裂かれた。もう痛いどころの話ではない。ケイスは何とか意識を保っているのが限界であった。ゾグマが突進してくる。ガミエルは後方、三宮駅の方に吹き飛んだ。
「何なの!? あのロボット!」
三宮駅の方に吹っ飛んできたガミエルを見て、ユラノはそう叫んだ。アニメなどで多少巨大ロボットを見たことはあったものの、現実にこのような巨大ロボットがあるとは思ってもいなかった。
ミカは相変わらずの調子だった。元々ロボットアニメ大好きな女オタクのミカは、スマホで倒れたガミエルをパシャパシャと撮影していた。
「うっひょー、モノホンの巨大ロボットだー! 燃えるー!」
「ミカ、危ないって!」
ユラノはミカの腕を引っ張りながら、シェルターの方へと移動する。
改札を抜けて、丁度外が見える位置で、ユラノは人類が5年前から戦い続けている悪魔の姿を目の当たりにした。
ゾグマが、かなり近くにまで接近してきていた。ガミエルは動かない。そもそもガミエルが何なのか、ゾグマがどういう生物なのかを知らないユラノにとっては、双方共にただただ恐怖の対象でしかなかった。
ゾグマが開口し、アッシリアビームを空中に向けて発射する。急いで駅の外に出ると、空には戦闘機隊と攻撃ヘリ隊がいた。その戦闘機、攻撃ヘリ隊が、アッシリアビームの直撃を受けて、空中分解を起こして爆発する他、燃料に引火し、空中で爆発する機体もあった。幸い、地上に落下する戦闘機は無かったものの、どう見ても、パイロットが脱出出来たとは思えなかった。
地上から戦車の砲撃の音が聞こえたため、戦車隊までもが出動していることは分かった。しかし、ゾグマの進軍を止め切れていないのは目に見えて理解出来た。
そこに、突如六甲山の方から轟音を響かせながら飛んでくる普通とは違う形の戦闘機があった。
「ガミエル、応答しろ! ケイス! 如月、ケイスの状況は!?」
「脊髄神経接続システム、正常! ですが、ベレレン3等陸尉の容体は不明! 司令、このままシステムを繋いでいては!」
「システム強制解除! 緊急脱出ポッド作動! グラインバードに回収させろ!」
対Z兵器開発局の作戦室は、ガミエルが大破したことで慌ただしくなっていた。ゾグマに唯一対抗出来るであろう究極の兵器が、あっさりと敗れた。それも、パイロットの生死も分からない状態で。
浪尾はとにかく、ケイスの救出を優先しようとした。だが。
「駄目です、強制解除出来ません! 緊急脱出ポッドも完全に破損! 外部からの信号も受け付けません!」
赤木からの最悪の報告。浪尾は舌打ちをした。
「近くの陸自に救護を要請! 急げ!」
「司令!」
「何だ、赤木!」
「立原主任の搭乗したヘリが、撃墜されたとの報告が、今……!」
「~~~~~ッッ!!」
浪尾は頭をボリボリと毟るように片手で掻いた。やはり行かせるべきではなかった。浪尾はどこかで、こうなるのではないかと思っていた。
フッと作戦室の巨大なメインスクリーンに目をやると、全くもって信じられない光景が、そこには映し出されていた。それは浪尾だけが思ったことではなく、如月も、赤木も、作戦室にいる人間全員が驚愕していた。
「が、ガミエル、行動再開……」
「お、恐らく、ベレレン3等陸尉から無意識に送られる脳波を読み取って、勝手に……」
赤木と如月が震えた声で浪尾に報告する。
「オカルトか、あのロボットは……!」
ガミエルは残った右腕で立ち上がり、侵攻してくるゾグマと対峙した。最早どんな行動を取るかも分からない。そもそも、どこまでのシステムが生きているのかも分からない。まともに戦えるのかも分からなかった。
ガミエルは超振動大剣を持ち、ホバークラフトではなく、ハイヒールの足で走り出した。
「が、ガミエルが……」
「走った……」
ゾグマがガミエルに向けて、アッシリアビームを発射する。アッシリアビームの速度はレーザーと同等で、普通ならば回避出来ない。
しかし今のガミエルは違う。本能で動く、野獣のようなものだ。アッシリアビームを、脚部に備えられた緊急の際、何かに使えるだろう補助ブースターと背部のメインスラスターで完全に回避した。ガミエルはそのままゾグマに突進し、超振動大剣を振り下ろす。やはりゾグマの強固な皮膚に弾かれる。それでもガミエルは攻撃を止めなかった。何度も何度も何度も何度も、超振動大剣をゾグマに振り下ろす。サブスクリーンに表示されるガミエルの機体状況を見ると、超振動大剣からエラーが発生していた。超振動大剣はもう本来の能力を発揮することは出来ない。
つまり、今の超振動大剣は、最早ただの殴るだけの、剣の形をしただけの、何千年も前に作られた棍棒のような鈍器であった。
振動剣ではダメージは無かったものの、鈍器としての超振動大剣ではダメージが通っているようにも見えた。ゾグマは痛みを感じているのか、咆哮を上げる。そして、ゼロ距離の状態で、ガミエルにアッシリアビームを発射し、ガミエルの右腕を完全に破壊、再度吹き飛ばす。幾つものビルや建物を破壊しながら吹き飛ばされたガミエルは、ようやく動きを完全に止めた。
「が、ガミエル、バッテリー残量無し、完全に沈黙……」
「パイロット保護を最優先! 陸自に向かわせろ! ゾグマの電磁波吸収フィールドは!?」
「完全に死んでいます!」
「よし、グラインバードのありったけの火力で追い払え!」
「了解!」
そうして赤木が、三宮の上空を自動飛行で待機していたグラインバードを、リモートコントロールモードに移行させ、操縦する。
グラインバードの操縦はある程度戦闘機を動かせるなら容易である。違うのは、機動力と装備の重さである。グラインバードは対Z兵器1号機であるため、高出力レーザー・カノンを2門、機首部分にレーザー・ロングキャノン、更には翼下に無誘導ロケット弾と、ありったけの装備を施している。速度は戦闘機並なものの、その取り回しの尋常じゃない悪さから、空自からは「出来損ないの爆撃機」などと呼ばれていた。しかし、調整を受けたグラインバードは違った。シミュレーターで発揮していた本来の力を、しっかりと今、現実で発揮することが出来ていた。
連射が可能な2門の高出力レーザー・カノンでゾグマを確実に下がらせつつ、翼下のロケット弾を全弾発射。貫通こそはしないものの、表面で爆発が起きれば、流石のゾグマも怯んでいた。
「赤木、全門一斉射!」
「了解、全門一斉射!」
浪尾の指示通り、赤木が残っている兵装をありったけ発射する。無数のレーザー攻撃が、ゾグマを襲う。ゾグマは確実に神戸湾から瀬戸内海の方へと下がっていた。
そして遂に、ゾグマは背中を向け、第一中央神戸市から去った。
「ゾグマ、撤退を確認……」
如月がまだ緊張に包まれた声で浪尾に報告する。
「状況、終了……。負傷者の保護を急がせろ……」
浪尾はそう指示した後、自分の椅子にドカッと座り込み。
「このままでは、やつには勝てない……このままでは……」
ガミエルの暴走と、グラインバードの一斉攻撃を思わず見ていたユラノとミカは、避難指示が解除された今頃になって、シェルターの方へと歩き出していた。今更行っても意味は無いのだが、何故か足がシェルターへ自然に向かっていた。
向かう途中、空中で爆発した戦闘機の残骸や、パイロットの肉片が落ちていた。そういうのをアニメやドラマでとはいえ見慣れているはずのミカですら気分が悪いと言っているので、ユラノにとってはもっとキツイ状況であった。
その途中、墜落したヘリからうつ伏せの上半身が見えた。その髪型は、どこか見覚えがあった。ユラノは減りに近づいた。
「ユラノ、そっちは……」
ミカが止めようとしても、ユラノは聞こえていないのか、ひたすらヘリに向かって行った。仕方ないなぁといった感じで、ミカもユラノに着いて行く。
ユラノは上半身しか見えない人を見た。どうやら下半身はしっかりくっついているようだ。しかし、出血が酷い。未だに出続けている。下半身が上を向き、上半身が下に向いていた。出血箇所が分からない。周りには自衛隊員がいない。他の人命救助に当たっているのだろう。とりあえず、ユラノはその人をミカと一緒に、ヘリから出した。そして、顔色を見るために仰向けにすると。
「……嘘、でしょ?」
ユラノの声が、絶望に包まれていた。ミカも震えた声で。
「……真奈さん、なの?」
全身にガラス片が刺さり、腹部には椅子の器具のようなものが突き刺さ差って大量に出血していた。先ほどの体勢でずっといたのか、顔が血で汚れきっており、顔色が分からない。いや、この出血量なら、血で覆われていても、どんな感じかは容易に想像がつく。
このままでは、真奈は死ぬ。確実に。それが分かった時、ユラノはもうどうしたらいいのか分からず、ただ真奈の名前を何度も呼ぶしかなかった。
ユラノには両親がいない。正確には、両親は既に事故で他界している。ユラノは今、第四北神戸市の郊外の祖父母の家で暮らしていた。
あの戦いから1週間。高校も当然休校となり、いくら安全な第四北神戸市でも厳戒態勢がしかれていた。最低限生活で必要な物を買いに行く以外、家から出ることの出来ない状況であった。ユラノにとっては関係無かったが。
ユラノは食事の時以外、ずっと自室に引き籠っていた。真奈からのLINEはあの日から途絶えたままだ。それはつまり、あの顔が血で覆われた人が、真奈に間違いないということだ。あの時は思わず叫んでいたが、後になって、あれは真奈ではなく、真奈に似た別の人かと思っていたが、時間が手加減などしてくれるはずもなく、あれが真奈だと言ってきた。
もうどうしたらいいのか分からなかった。ミカからも「大丈夫?」とLINEは来るのだが、それに返答する気力も出ない。
そんな1週間を過ごしていた、ある日のこと。
郵便が来た。祖父母はそれぞれやっていることで手が離せず、ユラノを呼んだ。
赤い紙の郵便を受け取り、リビングに放置した後、ユラノは再び部屋に戻ろうとした。が、祖母に呼び止められ、開けるように言われた。
鋏で赤い紙を開けると、そこには「翌日13:00に、第四北神戸市対Z兵器開発局に来ること。来ない場合、厳罰を下す」と書かれていた。
それをユラノが読み上げると、祖母は泣き出した。ユラノには、これがまだ何なのか分かっていなかった。