ゾグマVSガミエル   作:折井昇人

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Third Process「ユラノは揺らぐ」

 真奈の声を聞き、真奈の名前を見て、ユラノは錯乱していた。当然であろう。インカムから、真奈の生々しい悲鳴が聞こえれば。それも、ユラノが今までに聞いたことのないような痛みの声。それも、ガミエル2号機の左腕がゾグマの蛇腹尻尾剣によって斬り裂かれてすぐに聞こえたのだ。

 何かある。この、ガミエル2号機というロボットには。

 だが、今は目の前のゾグマからすぐに離れて、戦車隊、戦闘機隊、グラインバードからの援護を受けながら、基地に撤退しなければならない。でないと、脊髄神経接続システムに直結したままのケイスが命を落とす。が、そんなことを考えられる余裕は、今のユラノにはあるはずがない。

 泣き叫ぶユラノ。痛みを堪えるケイス。

『呉島特別陸尉! 聞こえるか!』

 浪尾だった。怒鳴っている。

『説明は戻ってからいくらでもしてやる! 今は撤退することだけを考えろ! 今、ガミエル2号機を操縦出来るのは貴官だけだ! それともそこで、何も知らないまま死にたいのか! 答えろ、呉島特別陸尉!』

 理論は正しい。この状況なら、誰もがそうしろと言うだろう。

 しかし、やはりユラノはまだ今の状況を呑み込めていなかった。いや、理解は出来ている。ガミエル2号機に、何かが隠されているということだけは。ゾグマに攻撃されれば即死するということを分かっていないのだ。

 ただただ涙を流し、叫び続けるユラノに、ケイスは苛立ちが積もりに積もった。そして、今のユラノにはガミエル2号機の操縦は到底不可能だと考えた。

 何とか痛みを堪えながら、ケイスはユラノの前にあるHUDを弄り、ガミエル2号機を対Z兵器開発局へのオート帰還モードにする。

 瞬間、ゾグマの口が開口し、アッシリアビームが発射された。帰還モードに入っていたガミエル2号機はアッシリアビームの熱源を感知、オートで補助スラスターを点火させ、回避する。しかし、完全に回避出来たとは言えず、右肩が僅かに溶けた。当然、まだ脊髄神経接続システムが繋がっているケイスにも疑似痛覚は伝わる。

「グゥ……!」

 アッシリアビームが、地面を砕き、戦車隊を薙ぎ払い、都市防衛機構のビル群に装備された武装が他のビルの武装と連鎖反応で爆発を起こし、果てには、上空の戦闘機隊の半数を撃滅した。そんな状況だが、ユラノは変わらない。

『早く離脱しろ!』

「言われ、なくても……!」

 ガミエル2号機は、機体運搬用の地下鉄がある道路へと向かう。

 機体運搬用地下鉄には、ただ単にガミエル2号機を戦場に持って来るだけでなく、緊急時にすぐさま脱出出来るようにもなっている。

 対Z兵器開発局に直通の第一中央神戸市にある神戸高速地下鉄の、機体運搬用ハッチの前にガミエル2号機が立つ。

 ずっとガミエル2号機の行動を確認していた浪尾が、ヘッドセットの向こうで、

『ハッチ解放! 機体固定ハンガー起こせ! 高速エレベーター急がせろ!』

 いくら緊急用と言っても、1秒で回収が完了するわけではない。ケイスはガミエル2号機を、いつでもハンガーに固定出来るようにする。

 その間、残った戦車隊、戦闘機隊、防衛機構、そしてグラインバードの戦闘が見えた。

 

 

 

 

 

「ガミエルが、やられた!?」

『ああ、間違いない。部下から通信が入った』

 黒田からの連絡を聞いた山村は、もう人類が生き残る望みは無いと思った。戦車の砲弾も、地上車両、戦闘機、攻撃ヘリのミサイルも通用しない、そしてガミエルの持つ現状最強の兵器が殆ど効かなかったとなれば、そうもなろう。山村は、もう残存戦力を基地に戻したいぐらいであった。

「どうする気だ」

『どうするって、やるしかないだろ。撤退するわけにもいかない』

 当たり前の質問に、当たり前の回答。当然、山村も徹底抗戦しなければならないのは分かっていた。だが、山村は、多くの部下を、このゾグマとの何度もの戦いで失っている。ゾグマの初上陸の際から、山村はずっと前線基地で指揮を執ってきていた。

 もうこれ以上、部下を、仲間を失いたくなかった。

 しかしそれは、山村だけではない。黒田も山村と同じ、初上陸の際からずっと共にゾグマを相手に戦ってきた、所属は違えど、戦友である。

 だからこそ、感じる痛みは同じである。山村だけではない。黒田も、その部下も、山村の部下も同じ気持ちだ。

『状況は絶望そのもの。だが、やるしかない。でないと俺たちは、いや、人類は滅ぶ。あの訳の分からん生物によってな』

「……お互いの仕事に戻ろう」

 山村はそう言って、黒田との通信を切った。

 全人類の存亡を賭けた戦い。それだけを聞くと、格好いいものであるが、実際戦場に部下を送り出している者からすれば、それはただの強烈で重圧なプレッシャーにしか過ぎない。

 それでも、やるしかない。

 山村は前線の部隊に、再び指示を出し始めた。

 

 

 

 

 

 残った都市防衛機構のビル群によるレールガン攻撃、ミサイル攻撃。地上と空中に残された僅かな戦車隊と戦闘機隊の砲撃と爆撃。現状最強のガミエルのレーザー火器ですら殆ど効かなかった相手に、旧世代の攻撃など無意味であった。だが、足止めにはなる。だからこそ、攻撃は続行された。

 そして今は、ガミエル2号機の代わりに、対Z兵器1号機であるグラインバードの大出力レーザー火器もある。ガミエル2号機のハイパー・レーザーライフルよりも出力は高いものの、どこまで出来るものか。

 ケイスは痛む体を抱えながら、そんなことを考えていた。

 地上からの戦車による砲撃は、流石の自衛隊といったところか、一点集中攻撃を見事にこなしていた。それどころか、空中の戦闘機隊による爆撃も、地上の戦車隊が狙っている腹部を狙っての爆撃を、ピンポイントで当てている。

 怯まない人類側の攻撃に、流石のゾグマも怯んでいた。しかし、怯むなど、全戦力を投入すれば可能だったこと。今回はガミエル2号機のレーザー火器が殆ど効かなかったとは言っても、殆どであり、僅かながらにはダメージが通っていた。ゾグマの腹部には微かに傷が出来ていた。

 しかし。

 ゾグマが、その口を開口させる。

 絶望の光が、口の中で何度も反射する。

 絶望の光が、どんどん大きくなる。

 絶望の光が、戦車に、都市防衛機構に、航空戦力に向けられて発射される。

 ゾグマの不気味な黒と紫色を帯びた鈍光のビームは異音を発しながら全力で放つ。

「この、体、が、動いて、くれれ、ば……!」

 ケイスは、自分の体が動けば、ガミエル2号機が完全な状態であればアッシリアビームを防げると思っていた。

 だがその言葉は、自己犠牲そのもの。

『馬鹿なことを言うんじゃない! 脱出用のハンガーと列車が着いた。とっとと退避しろ!』

「……浪尾」

『まだ口答えする気か!?』

「そう、じゃなくて……。め、メイン、モニターに、現状を、映して……。アタシが、言うのも何だけど、心配、なのよ……」

 インカムの向こうで、浪尾の息を呑む音が聞こえた。

『……呉島特別陸尉は?』

「……さっきから、放心状態、よ」

『分かった。映像、回すぞ』

 正面メインモニターに、ゾグマと交戦している映像が映し出される。

 ゾグマの蛇腹尻尾剣が、大地を抉り、戦車隊を次々に破壊していく。

 一つ一つの戦車に、一つ一つ違う命があり、それがあっさりと消え去っていると思うと、対Z兵器パイロットである自分たちは一体何をしていたのだろうかという情けない想いを、ケイスは味わった。それだというのに、このユラノという突如対Z兵器パイロットに選ばれた彼女は何なのだろうか。先ほどから目は虚ろで、どこを見ているのかさっぱり分からない。何故この少女を、浪尾は選んだのだろうか。ケイスには理解不能であった。

 その理解不能の中でも、戦闘は止まることなく常に続いている。必死に逃げ回りながら砲弾を発射する戦車隊。アッシリアビームを回避出来ず、直撃して蒸発してしまっているヘリ部隊。戦闘機隊も被弾しているため、似たようなものだ。

 このままでは全滅する。ケイスは痛みを堪え、脊髄神経接続システムを再度接続しようとした。

 その時、ゾグマにこれまでの戦車砲弾や戦闘機のミサイルでの爆発ではない、巨大な爆発が生じた。モニターのカメラは対Z兵器開発局から送られてくるものだ。しかし、ケイスの首の動きとシンクロしているかのように、カメラは上を向いた。

「遅い、じゃない……グラインバード」

 六甲山から飛翔してくるグラインバード。前回の出撃よりも速度が落ちているように見えた。それは、新たに耐アッシリアビームコーティング装甲を採用しているためだ。アッシリアビームを直撃しても、数発は耐えることが出来る。その間に完全装備された火力をありったけ放ち、そして、耐アッシリアビームコーティング装甲の耐久度が限界点に達した時点で戦線から全力で離脱。それが、新しいグラインバードの戦法だ。

 人型であるが故に、レーザー火器の火力をそこまで上げることの出来なかったガミエル2号機だが、グラインバードにはコックピットは無い。そのため、その分機体のレーザー火器出力アップのためのジェネレータを増設することが出来ている。

 グラインバードから、強烈な光のレーザー攻撃が放たれる。前回の出撃から、更に改良を加えているため、レーザー兵器に耐性の付いたゾグマに対しても、ある程度の効果はある。そこにおまけと言わんばかりのミサイル、無誘導ロケット弾を絶えず発射する。

 地上、空中の残存戦力も、残っている火力全てをゾグマに放つ。ゾグマに着弾する度に、爆発が生じ、流石のゾグマも少し怯む。

 これを機に、と地上部隊が前進する。

 ケイスは無謀だと思った。

「なんッ、で、前に、出るの、よ……!」

 やはり、と言っていいものなのか、地上部隊は蛇腹尻尾剣の薙ぎ払いによってあっさりとその残存戦力を全て失った。

 集中砲火が少なくなり、動きやすくなったゾグマは開口、闇の光を口内で連続反射、強烈なアッシリアビームを、まず都市防衛機構のビル群に向けて発射する。

 耐アッシリアビームコーティングを施していないビル群は一瞬にして蒸発の後、大爆発を起こし、ビルとビルが連鎖反応で大爆発を起こした。

 更に放ち続けているアッシリアビームを、次は空中に剣のように向ける。その際、六甲山の一部が焼け焦げた。空にいた戦闘機隊は、アッシリアビームを回避出来ず、翼を捥がれるか、コックピットに直撃し、パイロットは蒸発、最終的には爆散しながら第一中央神戸市の市街地に落下した。

 グラインバードは微かに被弾しただけで済んだため、何とか高度を保ちながら、対Z兵器開発局へ戻るため、旋回を開始した。

 それと同時に、ようやく緊急機体回収用の列車が到着したため、機体固定ハンガーが展開された。

『ケイス、出来るか!?』

「やらなきゃ、死ぬだけ、よ……!」

 痛む箇所を押さえながら、ケイスはユラノの両脇にあるL字型操縦桿で、ガミエル2号機をハンガー、高速エレベーターに固定させる。

『固定完了!』

『エレベーター起動!』

 地下鉄へのレールに沿って、高速エレベーターが移動を開始する。正面メインモニターは既にガミエル2号機のメインカメラに切り替わっている。

 地下に降りる瞬間、闇の光が、ガミエル2号機の頭部に喰らいついた。地上のハンガーは大破、ガミエル2号機の頭部も一部蒸発してしまい、サブモニター部分しか見えなくなっていた。

 

 

 

 

「この損傷具合、酷いもんだなぁ」

「けど、呉島特別陸尉とベレレン3等陸尉は無事だったんですし」

「けどなぁ間倉整備班長よ、流石に脊髄神経接続システムは廃止した方がいいんじゃないか?」

「何を言うんですか。これが無いと、まともにガミエルは動きませんよ。だからこそ、二人が無事だったんじゃないですか」

「戦闘機みたいに、操縦桿とフットペダルとかだけで何とかならんのか」

「可能には可能ですけど、その前に人類がゾグマに抹殺されますね、間違いなく」

 チッ、と元整備班長はミカに気づかれないよう舌打ちをした。

 ミカがやって来てほぼ一週間。その間に、元整備班長の考えもつかなかった事が起きた。

 ミカの機械工学の知識が、完全に素人のものではなく、プロ、それも軍人レベルのものにまで達しているということ。そして腕も確かであった。本人曰く「ロボットアニメとかでのメカの整備シーン見てたら、何となくで分かりますよ」と屈託ない笑顔で答えた。

 それが気に食わなかった。何がロボットアニメだ、メカアニメだ。現実とアニメを一緒にするな、と言いたかった。今すぐにでも。

 しかし、と元整備班長は踏み止まった。どうせ言ったところで、適当に流されるか、上層部に報告され、左遷されるか、どのみち良い方向に物事が走ることはあり得ない。それに、家族のためにも安定した収入は必須である。

 自分の娘とほぼ同年代の者にいちいち腹を立てても、意味がない。余計疲れるだけだ。

「で、整備班長さんや、どうする?」

「上から指示は出てます。とりあえず、ゾグマのやつ、一週間は活動しないだろうとのことです」

「それで?」

「このガミエル2号機とグラインバードを、強引にでもいいから、合体させてガミエルそのものに完全な飛行能力と大火力兵装を載せろ、とのことです。スーパーロボット物ではよくある強化改造プランですね」

 スーパーロボット物、というミカの発言に、元整備班長はほんの少しイラッとしたが、我慢だ我慢、と自分に言って踏み止まった。

 

 

 コックピットでは完全に失意に溢れていたユラノだったが、作戦室に入り、浪尾を見た途端、その雰囲気は赤い怒りに変貌していた。

「何で、何で真奈の声が聞こえるんですか!」

 作戦室内は今、ユラノと浪尾の二人だけである。時刻は21時45分。丁度交代の時間であった。

 浪尾は作戦室にユラノ以外誰もいないことをいいことに、煙草を吸っていた。

 ユラノからは、まるでどうでもいいことを訊いてくるような馬鹿だと対応されているような気がしてならなかった。

「浪尾さん!」

 短くなった煙草を、ポケット吸殻に捨てる浪尾。口の中に残っていた煙をフゥ、と吐き出す。

 それから浪尾は、重々しく口を開いた。自分の発する言葉の意味を、再確認でもするかのように、しっかりと、ゆっくりと。

「ガミエルのOSには、立原主任の脳と脊髄が使われている」

「……どういう、ことですか?」

「簡単なことだ。人間の脳と脊髄を使って、あの巨大ロボットは動いている」

 そこから浪尾は、脳と脊髄から送られる信号がどうたらこたらと、ユラノにはさっぱり分からない、詳しい解説を始めた。

 だが、これだけは言える。

 ここの人間は、真奈を利用した。兵器として。

 浪尾の説明はまだ続いていた。

 ユラノの拳はワナワナと震え、涙も流れ始めていた。

「……何で」

 ユラノの様子に気づいた浪尾は、

「俺だって、こんな非人道的行為、したくなかった」

「……え?」

 ユラノは頬を伝う涙を拭わず、顔を上げる。

「主任の意識がある時の最後の言葉は、『ぼくの使える部分は全部使ってください』だった。それからガミエルの整備、及び改修をしている時、機械のOSじゃとてもじゃないが、ゾグマには対抗出来んという結論に辿り着いた」

「だから、瀕死の真奈の体を……」

 浪尾は項垂れながら、

「……誰も使いたくて使ったわけじゃない、ということだけは知っていてもらいたい」

「……はい」

 ユラノと同じく、浪尾もまた、被害者だった。人間の脳と脊髄だけを利用し、残りの部分は用無しという非人道的行為に反対だった。

 だが、やらなければ人類が滅ぶだけ。

 仕方がなかった、では済まされない。しかし、まずはあの悪魔を殺さなければ、全てが灰燼に帰すだけ。

 罪は、必ず背負わなければならない。今の浪尾には自分でも、その覚悟があった。

「そもそも、どうして私のような素人がパイロットに選ばれたんですか? 別の自衛隊員の方を採用した方が、こんなことにはならなかったのでは……」

「……それは、今は言えない」

「……そうですか」

 浪尾の濁し方から、ユラノは真奈関連のことだろうと推測した。というよりも、真奈の脳と脊髄をOSとして採用している時点で、関係無いはずがないと、ユラノは思っていた。

「医務室に行ってやってくれ。ケイスが医務室で治療を受ける前、君に何か言いたいことがあったそうだ」

「……分かりました」

 作戦室から出るユラノを見送る浪尾。

 若干18歳の、これまで高校生だったユラノの背中は、何だか小さく、頼りなく見えた。

「……それでも、彼女に託すしかない」

 それがどんなに酷で、どんなに悪魔がやるようなことかは、浪尾も重々承知していた。

 とにかく、彼女に託さなければならない。そのために、自分は何としても、全ての責任を負わなければならない。

 何としてでも、ユラノを平和に戻してやりたいと思っていた。

 そのためには、とにかくゾグマに勝利するしか他は無い。

 浪尾はガミエルの格納庫に聞こえるマイクを手に取った。

 

 

 医務室に行ったユラノは、自分は一体何を考えて行動しているのだろうと愚弄したくなるほどの、想像を絶する現実を見せつけられた。

 痛みで呻いている者や、大量に輸血をしている者、心臓マッサージをしている医師、中には民間人の姿もあった。看護師に訊いてみると、どうやら海側の地下の収容施設、医療施設では到底賄えなくなったため、対Z兵器開発局の医務室にまで運ばれてきたらしい。

 とにかく、ユラノは吐き気を催した。これが現実なのか、これが自分のミスから生まれたものなのか。

 そう考えると、ケイスに会わずに、今すぐにでもどこかに逃げ出したい気分であった。

 だが。

「ユラノ」

 聞き覚えのある声。振り返ると、そこには松葉杖をしたケイスが立っていた。こんな状況下であるというのに、何故か顔は笑っていた。

「ケイス、さん……」

「ちょっと、外にでも出ない?」

「え、でも……」

「看護師さん、別にいいわよね?」

 と、ケイスは多少手の空いている看護師に声をかけた。

「そんなに重い怪我じゃないとはいえ、あまり遠くに行かないでくださいね、3等陸尉」

「分かってるわよ。行きましょ、ユラノ」

 そうしてケイスに着いて行ったユラノは、対Z兵器開発局の外に出た。正確には、ベランダに出た。洗い立ての、真っ白なシーツが大量に干されている。空からは太陽光が照らしていて、不自然なぐらいに綺麗な青空であった。

「綺麗な青空ね~」

「……」

 ユラノは、何と答えたらいいのか分からなかった。ケイスをこんな怪我に負わせたのは、自分の責任だ、そう、感じていた。

「ユラノも見なさい、この青空。目に染みて、気持ちいいわよ。何だか嫌なこと、全部洗い流してくれるみたい」

「えっ……」

 見透かされているような気分に陥った。自衛隊員ともなれば、やはり相手の感情などある程度は分かるようになるのだろうか。

「顔に書いてある。ユラノの今の気持ち」

 やはり、何と答えればいいのか分からない。ユラノは無言を貫いた。

「何で黙り込んでんのよ」

「その、何を話したらいいのか、分からなくて……」

「何だっていいじゃない。青空が綺麗だとか、シーツが真っ白だとか、酷い状況になっちゃったね、とか」

 酷い状況。それは紛れもなく、ユラノが作り出したもの。先の戦闘の際、ちゃんとケイスを補助していれば、まだこんなことにはならなかったかもしれない。だからこそ、中途半端なことを言うことは出来ない。

「ガミエル。あれ、誰が開発したか、知ってる?」

「……いえ、全然」

「立原主任よ」

「それって……」

「どうやら浪尾からOSのことは聞かされたようね。そうよ、立原主任は、自分の開発したロボットの欠点を補うべく、自らを捧げたのよ」

「そんな……」

 それは何というやつなのか。宿命、とでもいうものなのか。それが真奈の運命だったのだろうか。だとすると、それはあまりに酷い。真奈だけでない。ユラノにとっても、過酷過ぎる宿命であった。

 自分の一番の親友の脳と脊髄がOSとして組み込まれたロボットに、親友が乗り込むなど、まるで漫画みたいであった。漫画で済めばいい話であった。しかしここは現実だ。架空の世界ではない。

「過ぎたことよ、くよくよしないの」

 それはケイスの不要な発言。ケイスは過去のことだと思っているが、ユラノにとってはそうではない。

 ユラノはケイスに突っかかった。

「ッ……!」

 だが、言葉を発することが出来ない。いや、発する勇気が無い。

 ケイスに反抗する勇気が無い。相手はれっきとした自衛隊員だ。特別扱いされているユラノと言え、反抗的になればどんな処罰を受けるか分からない。

 それに、ケイスが言ったことも、また事実。

 真奈がガミエル2号機のOSになったのも、真奈の人生に敷かれた運命という名のレールに則ってのことなのかもしれない。

 それが仇となって、ユラノは何も言えず、その場に膝から崩れ落ち、涙を流し始めた。

 悔しさを噛みしめながら。懺悔を噛みしめながら。憤りを噛みしめながら。自分の弱さを噛みしめながら。

 

 

 しばらくして、ユラノはある程度落ち着きを取り戻した。立ち上がって、近くにあるベンチにゆっくりと座る。

「すいませんでした……」

 ケイスがユラノの隣に座る。目線は青空のままだ。

「気にしてないわ」

 その言葉は、果たしてユラノが泣いたことに対してなのだろうか。それとも、ケイス自身がユラノに言ったことなのだろうか。ユラノはチラッとケイスの顔を見たが、その表情から何を考えているかまでは読み取れなかった。

「ユラノ」

 青空を見たままのケイスが、ユラノの名を呼ぶ。先ほどまでとは違う、緊張感のある真面目な声だった。

「は、はい」

 思わずユラノも声が裏返る。何か処罰でも受けるのではないだろうかと。

「アタシ、あなたに一目惚れしたの」

「はい……って、え!?」

 あまりに唐突だったので、ユラノは大声で声が裏返った。

 対してケイスは、依然真面目な表情を保っていた。が、よく見れば、頬が少しだけ赤くなっているのが分かった。

「まぁ、そういう反応を取るのが普通よね。よかった、あなたが普通の感性を持っていて。これで驚く、泣く以外の反応を取られたらどうしようかしらと思っていたの」

「いや、普通、ああいう反応に……」

「だからこそ、アタシはホッとしてる。それと、あなたに一目惚れしてよかったと思ってる。だって、あなた、引きはしなかったもの」

「……それは」

「それってつまり、誰か他に好きな人がいたってことよね。とても身近で、とても信頼出来ていた人」

 ユラノは黙って頷くしかなかった。

「立原主任、よね?」

 再びコクリと。しかし今度はゆっくりだった。

「アタシの言いたいこと、分かって?」

「私、普通じゃない、です。だって、その……」

「その? 何?」

「……真奈のこと、好きだから」

 ケイスはフーッと息をつく。まるで煙草の煙を吐くような吐息であった。

「どうして、異性じゃなくて同姓のことが好きになったの?」

「……昔、父親にされかけたことがあるんです、私」

「……」

「それ以来、男の人、駄目になっちゃって。今では会話は出来るようにはなったんですけど、そこから先は無理で……。全部、全部あのクズな男のせいなんです! あんなのがいたから、私……!」

「逆ね。その男がいたからこそ、アタシはあなたに惚れることが出来た。アタシの女に相応しいと思った」

「!? どういう……」

「同性を好きになるようになった。日本じゃ結構酷い目で見られることもあるけど、アタシの生まれ、まぁアメリカではあんまりそういうことは無いわ。だから結構勇気のいることよ、それ」

「……でも私、あなたのことを好きにはなれません。だって、真奈のことを考えたら……そうしたら、胸がふわふわするような感じがしたり、キューっと締め付けられるような感じにもなったりして……」

「燃えるわね。血が滾るわ。あなたをアタシの女にしろと、アタシの心がね」

 ケイスの目線は終始青空であった。

 何故、どうしてここまでハッキリと言えるのか。どうしたらそんな禁断的なことを、堂々と人に言えるのか。

「同性だろうと異性だろうと、誰かをそういう風に好きになるのは、人として当たり前のことでしょ? 違って?」

「……どうして、そこまで言えるんですか」

「そりゃああなた、アタシがあなたに惚れたからに決まってるじゃない。簡単なことよ」

 ストレートな一言だった。凄いと思った。素直にかっこいいとも思った。同じ女性なのに、ここまで違うものなのかと自分が少し嫌になった。

 それでも。

 何をどう言われようと、ユラノの脳裏にはいつも真奈が過っている。嘘偽り無く、ユラノはいつも真奈のことを想っていた。

 真奈と遊んだ時間。真奈と勉強した時間。真奈と一緒に時を過ごした時間。

 そう、ユラノは真奈と過ごした時を常に忘れずに、想っていた。

 だから、今回の生体OSの件は許せない。どんなことを言っても、言われても、この対Z兵器開発局が行ったことは、人道に反した大罪である。それが、現在神戸湾で眠っている悪魔を滅ぼすべく、いや、滅ばさなければならない、人類史上最大の敵であるということは、ユラノも重々承知している。

 やらなければ、やられるだけ。

 それは、ゾグマだけのことではない。私生活に置いても、同じことだ。ケイスが本気だということは、ユラノも分かっている。だからこそ、ケイスの気持ちも大切にしたいが、ユラノはそれ以上に真奈のことを考えていた。

 もう二度と戻らないであろう真奈。そんな彼女は今、何を想っているのだろうか。

 答えは簡単に見出せた。

 みんなに幸せになってほしい。そう想っているに違いない。

 だがユラノはもう幸せにはなれない。何故なら、ユラノの愛する女性(ひと)は、もういない。厳密にはまだいるのだが、いないに等しい。体は無いのだ。

 もう、真奈の手を握ることも、抱きつくことも出来ない。それを知った矢先に告白をされても、それに対する答えなど、言えるはずがない。

「惚れるならアタシに惚れなさい。……過去のことは、もう忘れるしかないのよ」

 ケイスの言うことは少々自己中心的だが現実的で尤もなことだ。ユラノにもそれは容易に理解出来ることだ。

 それでも、ユラノは真奈のことを忘れるなど出来はしない。仮に忘れたとしたら、それは己の死を意味しているような気がして怖かった。

 だから、ケイスに何も言うことが出来なかった。言えば、それまでの自分を自らの手で殺すことになるからだ。それだけはしたくなかった。

 だが現実は冷酷なもので、ユラノたちの前に浪尾と北岡が現れた。

「来てもらいましょうか、呉島特別陸尉、ベレレン3等陸尉」

 北岡は不敵な笑みを浮かべていた。

 それに不信感を抱いたケイスが、ユラノの前に出た。

「どこへ?」

「格納庫です。テストを行います」

「テスト? 何のよ」

「決まっているでしょう? ガミエル2号機改の操縦テストですよ、ベレレン3等陸尉。あなたの怪我は大したことはないはずだ。やってもらいますよ」

 北岡の後ろに立っていた浪尾は、何か言いたげであったが、北岡の雰囲気に負けて、終始立っているだけであった。

 

 

 ガミエル2号機が格納されている格納庫では、整備員がせわしなく動いていた。先の戦闘でかなりの損傷を受けたガミエル2号機の修理をしているためである。元整備班長がマイクで大まかな指示を出し、ミカが細かな部分をチェックするというフォーメーションだった。

 ガミエル2号機の変貌した姿を見て、ユラノとケイスは驚いていた。

「この背中の巨大なウィングって……」

 ケイスがガミエル2号機の背部に装備された巨大ウィングを指差して言った。

 北岡は待ってましたと言わんばかりの笑顔と饒舌で語った。

「君の予測通りですよ、ベレレン3等陸尉。そう、その通り。このガミエル2号機改は、現在自己飛行能力を獲得するために、対Z兵器1号機であるグラインバードとの合体改造作業を行っているのです」

「前回の戦闘で、グラインバードが損傷したから? でもあの損傷なら……」

「そう、外見上は特に問題は無い。だが肝心のOSが、あの時のアッシリアビームによってイカれてしまっていましてね。それなら決戦兵器であるガミエル2号機に取り付けて、ガミエル2号機そのものに飛行能力を与えれば、勝機は高まる。そして、ガミエル2号機の最大の欠点であった、火力の増強にもなります。まぁ、重量が凄まじいので、ガミエル2号機とグラインバードのバーニアを最大出力で吹かしても、飛行可能時間は理論上5分と限りなく短いのですがね」

 淡々と語る北岡だが、ユラノはそれを聞いてはいたものの、あまりにも他人事のように言う彼に、悔恨の念を抱いていた。

「……どうして」

 と、ユラノが呟いた。それなりに大きい、怒りを含んだ声だった。

「ん?」

 北岡が反応する。何も気づいてないかのような反応だった。

「あなたは、真奈のことを考えたことは無いんですか?」

「立原元主任のことですか? 考えていますとも、しっかりと。ガミエル2号機改の大切なOSですから――」

「そうじゃない!」

 ユラノは叫んだ。対Z兵器開発局に来て、初めて人に向かって、それも上官に向かって叫んだ。反抗した。

「どうしてそう、真奈の命を兵器みたいな扱いをするんですか!? 確かに真奈の体は無くなって、脳だけになった。けど、生きてるんですよ!? 人間なんですよ!? なのに、その扱いは、人道に反した、軍人らしからぬものですよ、そんなの!」

「呉島特別陸尉」

 と言って、北岡はユラノの胸倉を掴み上げた。

 その目は、己の考えを完全に否定され、怒られ、納得のいかない子供の目そのものだった。

「発言には注意してほしいものですな。特別陸尉なんて、所詮飾りにしか過ぎない。その気になれば、君なんてあっさり殺せる、と思っておいてもらいたい」

「だったら殺してください。真奈と一緒に殺してくださいよ」

「……君という人間は、もう少しマシだと思っていたのだが、私の思い違いのようだ」

 ユラノを突き放した北岡は、懐から拳銃を取り出し、ユラノに突き付けた。

「君が死んでも、代わりはどうとでもなる」

 拳銃の撃鉄を起こし、トリガーに指をかけ、引こうとしたその時。

「あのー。すみません」

 先ほどまでガミエル2号機改の整備をしていたミカが、北岡に声をかける。

「何の用ですか、間倉整備班長。私は今忙しい――」

「ガミエル2号機改の調整、最終段階に入りたいんですけど」

「了解しました。ではベレレン3等陸尉」

「それが~その~」

 ミカは頭をポリポリと掻きながら、言いづらそうに言葉を濁していた。

「何か?」

「誰の指示かは知らないんですけど、あの2号機改、呉島特別陸尉の神経波長パターンをOSに登録してしまってるんで」

「……それはつまり」

「まぁユラノにしか動かせないってことですね」

 ミカは右手で頭をポンッと叩き、舌を出して笑いながら言った。

 拳銃を持っていた北岡の手が震える。

 その震えた手で持った拳銃を、今度はミカに向けた。

「何故だ!? 何故そんなことをした!?」

「いやだって、上からの命令ですし」

「断ればいいだろう!」

「でも~、断ったら即極刑だって言われて~」

 極刑という言葉を使っているのにも関わらず、ミカは相変わらずの笑顔を保っていた。

 北岡はすぐに舌打ちをした。自分を対Z兵器開発主任から引き摺り下ろすための工作だと思った。

「ならばプログラムを書き換えればいいだけの話だろう!」

「今回はユラノのデータがあったからすぐに終わりましたが、ベレレン3等陸尉のデータは生憎、先の戦闘で失われてしまったので、一からテストし直さなきゃならないんですよ」

「どこまでも使えない屑だな、ガミエル2号機改の開発主任は私だぞ!」

「誰がそんなこと認めました?」

「……!?」

 北岡は息を呑んだ。自分は確かにガミエルの開発主任の後継者となった。それは上からの指示でそうなった。ならば、自分が間違ってものを言っているということはない。

「まだ分からないんですか? アタシたち全員ですよ。ここにいる、整備班の皆と、浪尾司令官、国枝2等陸佐、ケイス・ベレレン3等陸尉。そして、ユラノ・呉島特別陸尉」

「……!」

 北岡は周りを見渡した。

 ハンガーにいる皆から、浪尾から、ケイスから、そしてユラノ。

 全員から睨まれている。

 まるで、自分を存在していることすら罪な蟲を見るような目で。

「貴様ら、後で覚悟しておけ!」

 北岡は捨て台詞を言い残して、格納庫から出て行った。

 全員がホッと安堵をついた。特に整備班の安堵が大きかった。

 ユラノはミカに近づいた。

「ありがとう、ミカ」

 ユラノはミカの手を取って言った。

「なーに言ってんの。ああいう面倒くさい上官はね、ロボットアニメとかでもよく出てくるからさ。何をどういう風に出まかせを言えば、退くかは何となく分かってたから。ただ、こんなに上手くいくとは思ってもみなかったけどね」

 と、ミカはニッと八重歯を見えながら笑った。

 しかし、北岡が出て行っても、ユラノの顔から不安の色は拭われず、肩を落としたままだった。

 ユラノの雰囲気に浪尾は気づいた。

「呉島特別陸尉。君の気持ちも分かる。だが今は」

「分かってます! 乗らなきゃ、人類が滅びることぐらい! でも……!」

 真奈の脳が、機械のOSの代わりに載せられている。即ちそれは、真奈を人間として見なしていないということ。人間として扱わないということ。人間として生きた立原真奈は、もういないということ。

 けど、もし真奈の意識があったら。

 真奈はそんなことは望まない。むしろ、皆が生き残れるのなら、喜んでその身を投げるだろう。昔からそうだった。そういう子だった。とても正義感の強い子だった。

 対して自分はどうだ。いつも陰から物事を見ていただけで、表立って動いたことなんて殆ど無い。ただの弱虫だ。

 そんな弱虫が、人類を救うたった一つの希望を託されてもいいのか。

 いや、よくない。いいはずがない。

 もう普通の弱虫な人が生きることは出来ない。

 強くなるしかない。そのためには、闘うしかない。

 それ以外に手段は無い。

「……私、やります。ガミエルに乗ります」

 ユラノは浪尾に告げた。その目に揺らぎはない。

「……そう言ってくれると、ありがたい」

「だって、これがきっと、真奈が私に望むことだから」

 そう、真奈が望むこと。悪魔の魔の手から、人類を救うこと。

 ユラノは、それだけを考えて動くことにした。

 しかし悪魔というものは、空気を読むことはない。むしろ、希望に満ち溢れた空気を破壊してくるものだ。

 開発局全体にアラートが鳴った。

 浪尾がインカムのマイクで監視員に尋ねる。

「何事だ!」

「ゾグマ、活動再開! 街を蹂躙しています!」

 

 

 

 

 

「おいおい、冗談じゃねえぞ」

『予想以上に早いゾグマの活動再開……。まさしく悪魔だな』

 黒田とインカム越しに話していた山村は、思わず黒田の言ったことに怒鳴りそうになった。だが、ここで黒田に怒鳴っても、ゾグマは止まることは無い。暴れ続けるだけだ。

「そっちのレーダーではどうだ? あの悪魔は今、どの辺りにいる?」

『三次元レーダーではないから高低差は分からんが、現在神戸湾に侵入したところ、といったところか』

「そっちの残存戦力は?」

『もう殆ど無い。AH-1Sが5機、F-4EJ改が一個編隊だけだ』

「成す術無し、か……」

 第三東神戸市の設置されている陸上自衛隊基地の残存戦力も、航空自衛隊と同じく先の戦闘でその殆どを失っていた。現状では出撃させてもゾグマに対しては焼け石に水程度で、部下を犬死させるだけだった。それは、航空自衛隊の方も同じで、一切戦力を投入していなかった。

 今、ゾグマに対抗している戦力は、第一中央神戸市に僅かに残された、都市防衛機構のみである。

 山村のいる基地には、ゾグマを迎撃する第一中央神戸市の残存都市防衛機構の映像が、メインモニターに映し出されていた。

 数は少ないとはいえ、戦艦を一撃で破壊すると想定されているレールガンの攻撃や、大量のミサイル、ロケット弾攻撃を難なく耐えている。むしろ、映像を見る限り、効果があるのかどうかすら怪しいぐらいだ。

 山村の基地に、対Z兵器開発局から通信の報告が入った。

 山村は一旦黒田との通信を切り、回線を対Z兵器開発局に繋げた。

「こちら第三東神戸市陸自基地の山村」

『こちらは、対Z兵器開発局戦闘指揮官の浪尾です。そちらの力を借りたいのですが、よろしいでしょうか?』

「今更何を。貴様らの開発した巨大ロボット兵器でどうにかならんのか。大体こちらは、もう殆ど戦力が無いんだぞ」

 山村が恨みを込めて浪尾に言う。それが何の意味も成さないということは分かっていても、山村は言わなければ気が済まなかった。

 しかし浪尾の返答は、山村の予想とは違った。

『旧JR鉄道の路線管理は、そちらで行っているのですよね?』

 あまりにも予想外の質問だったため、山村は言い淀んだ。

「あ? ああ、そうだが」

『現在新大阪の方から、長距離砲撃型新幹線『のぞみ』を新神戸駅まで運んでいます』

「我々が考案した、最初のゾグマ防衛兵器……」

 長距離砲撃型新幹線。新幹線の最大速度を維持したまま、かつての戦艦クラスの砲撃を可能とした、試作対Z兵器である。当初、ゾグマの侵攻は長距離砲撃型新幹線で防ごうとしていた。だが、その「新幹線」という限定された取り回しの悪さから、二度実戦に投入されたものの、殆ど活躍出来なかった代物である。

 そんなものを引っ張ってきたということは、いよいよ人類も滅ぶ時が来たのだな、と山村は思った。が、相手の浪尾はそんなことはサラサラ思っていないらしく、至って真面目な声で言葉を続けた。

『山村3等陸佐。残存戦力を全て、のぞみの防衛に回してください。空自の方にも連絡を取っています』

「黒田が……」

『それと、のぞみの砲撃遠隔操作用の部屋があるはずです。あれは、長距離砲撃型新幹線開発時にどこの基地でも操作出来るよう、追加で設置しているはずです』

「つまり、俺にのぞみの操作をしろと」

『お願いします』

 一瞬、空を切る音がインカムに聞こえた。恐らく、浪尾が通信越しに頭を下げたのだろう。

 そこまで言われて、やらないわけにもいかないと、山村は決意した。

 浪尾に了解し、残っている90式戦車6台を新神戸駅に向かわせた。

 人類を救う希望の一つ、長距離砲撃型新幹線「のぞみ」を防衛するために。

「人類の『のぞみ』を俺たちで守る、か」

 山村は、長距離砲撃型新幹線「のぞみ」の砲撃遠隔操作室に入りながら、そう呟いた。

「やってやろうじゃねえか」

 

 

 

 

 

「全く、対Z兵器開発局も大概滅茶苦茶なこと言ってくるものだな」

 既にAH-1S五機と、F-4EJ改一個編隊を新神戸駅の上空で待機するよう指示した黒田は、航空自衛隊基地に物置き部屋として使用されていた長距離砲撃型新幹線の操作室に来ていた。黒田の役割は新幹線の操縦である。

 そんな黒田も、浪尾から連絡が入った当初は、遂に対Z兵器開発局の人間も壊れたか、と思っていたが、ガミエル以外の迎撃能力が無い今、この長距離砲撃型新幹線「のぞみ」にある程度、人類の未来を委ねるしかないと覚悟した。

 それに、よくよく考えてみれば、「のぞみ」という普通新幹線が人類の希望の力となるのは、完全な偶然ではあるが、全力で守りたくなってしまう。

 日本人だなと、黒田は思った。

 こんな危機的状況であるというのに、まだ望みを捨てきれない。

 ただの語呂合わせにしか過ぎない、欠陥兵器であるというのに、だ。

「けど、この偶然こそが、やる気を出してくれる」

 日本人でよかったと、黒田は心底思った。

 黒田はインカムで山村を呼び出した。

『何だ黒田』

 黒田ははにかみながら、

「あの最強の欠陥兵器で少しでも、あの悪魔に一泡吹かせてやろうじゃないか」

『そんなの、当たり前だ』

 そういう山村の声も、黒田と同じく、少しこの危機的状況には似合わない明るさが含まれていた。

 これなら大丈夫だと、黒田は確信した。

 でなければ、人類はただただゾグマによって滅ぼされるのを待つだけ。

 そんな未来は死んでも御免だ。

 ならば、のぞみとガミエルに全てを委ねてもいい。

 それで、人類が救われるというのなら。

 

 

 

 

 

 ユラノは格納庫で眠っているガミエル2号機改を、下から見上げていた。

 既にガミエル2号機改の説明は受けている。

 ケイス用の脊髄神経接続システムのデータが、先の戦闘で失われてしまっており、現状データがあるのはユラノがサブパイロットとして搭乗していた時の僅かなデータのみ。そのデータを真奈の脳にインプットし、動作するように調整した。ただ、あまりに少ないデータなので、細かい動作はサブパイロットを務めるケイスに委ねられている。が、それでも乗るしかない。やるしかない。

 やらなければ、やられるだけ。

 それはユラノやケイス、対Z兵器開発局のメンバーも同じであり、何よりガミエルのOSとなってしまった真奈が、それを一番望んでいない。

 だからこそ、これが最初で最後。

 そして、あの悪魔を必ず倒す。

「ユラノ」

 通常の黒のスラっとしたパイロットスーツを着たケイスが、ユラノに声をかける。もう松葉杖はついていなかった。

「大丈夫……なわけないわよね」

 ユラノはガミエルから目を離さず、

「でも、やるしかないんです。私が、やるしか」

「……ごめんなさい」

 ケイスは突然、ユラノに頭を下げた。

「どうして、謝るんですか?」

「民間人を、巻き込みたくなかった。最初の出撃の時、立原主任を助けれていれば……」

 噛みしめながら、ケイスは言葉を続けようとした。

 ユラノはそれを止めた。

「言わないでください。今更真奈を蘇らせて、なんて駄々をこねても、真奈は蘇らない。あの子は、私のためだけには蘇らない」

「……」

「真奈は、私なんかよりもっと強くて、優しい子なんです。だから、もし真奈に意思がある状態でガミエルのOSになれと言われたら、状況次第ではやったかもしれません」

「……あなた、本当に主任のこと、好きなのね」

 ケイスが情けない笑顔で言う。

 ユラノは当たり前のことのように、

「私が一番好きなのは、真奈なんです。他の誰でもなくて」

 ユラノはこの状況にはとても似合わない、しかし、この状況だからこそ必要な、眩しいぐらいの笑顔で答えた。

 ケイスはポツリと、

「……敵わないわね」

 ユラノの耳にはケイスが何か言ったことは分かったが、何と言ったまでは分からなかった。ユラノが怪訝な表情をすると、

「何でもないわよ。さ、行きましょう。最終調整は終わったみたいよ」

「……ケイスさん」

「何?」

「これで、これで最後にしましょう」

「当然よ」

 

 

『さっきも説明したように、基本操作は問題無く呉島特別陸尉、いや、ユラノでも行える。だが、本当に細かい操作に関してはケイス、頼んだぞ。それと、全ての兵装の形は同じだが、中身は全てビーム兵器。つまり別物だ。それと全身には耐アッシリアビームコーティングジェルが搭載されているが、量は少ない。その辺りの取り扱いも気をつけてくれ』

 コックピット内のメインモニターに浪尾が映り、スピーカーからは最終チェックの指示が飛んできている。

『ユラノ。敢えて細かいことは言わない。ゴチャゴチャしたことも言わない』

「何ですか?」

『……人類を、頼んだ』

 人類。その言葉がどれだけ重いことか、最早誰もが分かっていることである。

 この世には、もう真奈の体は無い。でも、意思は残っている。

 こういう時、真奈は何を考えるか。何を思うか。

 そして、そこからどういう行動に出るか。

 ユラノは長年ずっと一緒だった真奈のことを考えると、自然と答えが視えた。

 だからユラノは、その重みを笑顔で受け止めて答えた。

「敢えて言わせてもらいます、浪尾司令」

『何だ?』

「死ぬつもりなんて、サラサラありません。そんなこと誰も望んでいないし、何よりガミエルのOSになった真奈が、一番そんなことを望んでいない」

『……そうだな。では、こちらも敢えて言わせてもらうよ』

 浪尾はサングラスを外した。

 意外と普通の中年男性の顔だと、ユラノは思った。だがよく見れば、その顔には一筋の傷跡があった。やはり対Z兵器開発局と言えど、自衛隊員ということだろう。

『三人とも、死ぬなよ』

「「了解!」」

 真奈は声を出すことは出来ないが、ユラノと意思は脊髄神経接続システムで繋がっている。

 ユラノは、真奈も自分たちと同じように威勢よく「了解!」と答えていることだろう。ユラノは頭の中で、そのような感覚がした。

『ガミエル2号機改、電磁カタパルトに接続。機体安全ロック解除。巨大ジェットブラストディフレクター展開。カタパルト接続状態正常。電磁レベル、パワー最大。進路クリアー』

 赤木からの、人類の希望、ガミエル2号機改の状態報告が入る。

 ガミエル2号機改はその重量から、レールガンを応用した電磁カタパルトでないと、空中に飛ばすことが出来ない。自力で大地からの飛行は可能なものの、凄まじい量の推進剤を使用するため、それは短時間だけとはいえ空中戦を可能にしたガミエル2号機改の最大のポイントを殺しているようなものだ。

 ユラノとケイスは身構えた。

『メインパイロット、呼吸、脈拍数、神経同調数安定。サブパイロット、呼吸、脈拍数正常。ガミエル2号機改、いけます!』

 如月からの身体機能の報告。特に問題は無いことに、ユラノとケイスはほんの少し安堵し、良い緊張感を保てた。

「ハイパーブースター、点火!」

 ケイスがガミエル2号機改の背中に取り付けられたグラインバードと本体のハイパーブースターを起動させる。

 ブースターと機体のエンジン音が、ユラノの耳に入る。

 これが、最後の出撃。この音を聞くことはもう無い。

 真奈の鼓動を聞けるのは、これが最後だ。

 ブースターの音が変わる。出力が最大になった証だ。

「ユラノ、いいわね!」

「はい!」

『よし、ガミエル2号機改、発進!!』

「「了解! ガミエル2号機改、発進!!」」

 電磁カタパルトの脇にあるGOサインが出た瞬間、カタパルトはガミエル2号機改を一気に前へ動かした。

 そうして、人類の希望を託された翼を持った天使の名を持つ巨人は、悪魔を葬るべく空へと飛翔した。

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