第三東神戸市の陸自基地の被害は甚大であった。先ほどのゾグマ爆散の際に発生した爆風で、基地のガラスは砕け散り、隊員も何十名と負傷した。
しかし、勝った。
あの悪魔に、ゾグマに。
人類は、勝利した。
山村は長距離砲撃型新幹線「のぞみ」の砲撃遠隔操作室の壊れた自動扉を力づくで開けて、外の様子を見た。
確かに、あのゾグマがいた神戸の匂いではない。
あの悪魔がいた神戸ではない。
瓦礫で溢れかえってはいるが、平和だった頃の神戸の雰囲気に似ている。
「勝った……」
まだ信じられない。山村の呟きは、そんな気持ちを含んだ声だった。
だが、これは真実だ。
長距離砲撃型新幹線「のぞみ」の遠隔操縦室から黒田が出てくると、空自基地全体が盛り上がっていた。まるで祭りのようだった。
黒田は管制室に行き、生きているモニターで第一中央神戸市の様子を見た。
そこには、ボロボロになりながらも、原型をそれなりに留めている人類の希望を乗せた天使、ガミエル2号機改の姿があった。
代わりに、悪魔であるゾグマの姿は確認出来なかった。
「ゾグマは……?」
黒田が喜び合っている管制員に訊く。
管制員は笑顔で答えた。
「勝ったんですよ、俺たち! あの悪魔に!」
管制員はそのまま管制室から出て行った。
黒田は未だに信じられなかった。なので、頭に付けていたインカムで山村を呼び出した。
「生きてるか、山村」
山村からの返事はすぐにあった。
『勝手に殺すな、黒田』
「……本当に、勝ったのか?」
『……ああ』
「逃げられた、とか、そういうオチじゃないよな?」
『ああ』
「あの悪魔を、俺たちは倒せたのか……」
『実は俺も実感が湧かなかったんだが、段々そうだと思えてきたよ』
山村の声は少しずつ、嬉々を含んでいった。
そのことで、黒田もゾグマを倒したという実感と現実を掴めてきた。
それは、誰もが何にも変え違い喜びであった。
対Z兵器開発局も、それなりに被害は出ていた。爆散の衝撃で天井が幾つか落ちて、機械が壊れてしまった。奇跡的にメインモニターだけは生きていたが、肝心の六甲山に仕込まれたカメラは死んでいた。
だが、ゾグマの爆散を、メインモニターで確認は出来ていた。
浪尾は赤木に尋ねる。あの映像を、もう一度出せるか、と。
赤木はすぐにそれを行動で示した。メインモニターに、ガミエル2号機改の超振動大剣に内蔵されたビームライフルが発射され、爆散する映像が映し出される。
爆散の途中からカメラが壊れたのか、ぶつ切りで映像は終わっているが、確かにゾグマは爆散した。
つまり、倒せた、ということだ。
「ガミエル2号機改からの生体反応、確認……」
如月から更なる連絡が入る。震え、涙を堪えた声だった。
「……状況、終了。確認班、救護班、急がせろ」
浪尾は淡々と指示を出した。それと同時に、基地中から歓喜の声が響いた。
そして、後ろに衝撃で倒れてしまった国枝を起こした。
「……勝ったのか?」
国枝は信じられないような声で浪尾に尋ねた。
「……勝ったよ」
「本当か……」
「ああ、本当だよ。皆、よくやってくれた……」
国枝は起き上がり、メインモニターに映し出されているゾグマ爆散の瞬間の映像を見て、少しずつ、顔が綻んでいった。
だが、その顔はすぐに真剣な表情に戻った。
「しかし、立原主任は……」
そう。ガミエル2号機改の頭部は、メインモニターの映像を見る限り、かなり損傷している。そして、立原真奈の脳を搭載しているのは、ガミエル2号機改の頭部だ。
申し訳ない、で済まされる行為ではない。重罪を自分たちは犯した。よくて終身刑、普通なら極刑だろう。
だが、そうでもしなければ、あの悪魔には勝てなかった。彼女がOSとなってくれたからこそ、人類は悪魔に勝利することが出来た。
「そうだな……」
浪尾が呟いた。
「我々は、罰を受けなければならない」
「どうだろうな」
「どういうことだ?」
「彼女は、立原主任は、そんなこと望んでいないんじゃないのか?」
国枝には浪尾が何故そういう考えを持てるのか、理解出来なかった。
「何故だ?」
「彼女は、誰よりも人類の光溢れる希望の未来を望んでいた。だからだよ」
「分からん……」
「頭で考えるな。彼女は、多分ユラノがやったことに、感謝していると思う。そして、俺たちにも死んで欲しくないと思っている」
「俺たちみたいな人間が、か?」
「俺たちだからこそ、だろうな。人類を救った者として、最後までやるべきことを果たしてください……彼女なら、そう言う気がするよ」
「……そんなこと、主任なら確かに言いそうだな」
「だろう?」
「で、あんたはいつになったら上官である俺との話し方を敬語に戻すんだ?」
国枝は冗談半分に浪尾に言った。
浪尾は少し笑いながら答えた。
「いつに戻しましょうかねぇ、国枝2等陸佐」
「やっぱり気色悪いから普通に話してくれ」
浪尾と国枝は、今までにないぐらい、笑った。
『ガミエル2号機改、ガミエル2号機改、応答してください! 呉島特別陸尉、応答を! ベレレン3等陸尉! ……もしかして』
「勝手に殺さないの」
如月からの通信を遮るように、ケイスは答えた。
ケイスはメインの操縦系統をサブパイロット側に移し、仰向けになって倒れているガミエル2号機改を、ゆっくりと起こした。もう背中の脱出ポッドは必要無いため、邪魔だったのでパージした。あちこちバチバチと火花を散らしながら、無理矢理機体を起こしていた。
悪魔を葬り去った希望の天使が、いつまでも倒れ込んでいたら画にならない。ケイスは何だかそんな半分どうでもいいことを考えて動かしていた。
ガミエル2号機改は両脚部を失っていた。かろうじて残っているのが殆ど壊れた右腕だけで、機能が生きているのはサブパイロットの操縦系統と、一部の補助スラスターだけだった。
もう、天使を動かすことは出来ない。動かす意味も無い。
ケイスは操縦をオートにして、気を失っているユラノを起こしに行った。意外とユラノはすぐに目を覚ました。幸い、脊髄神経接続システムは、先ほどの衝撃か、真奈の意思によって強制解除されていた。
「……ケイス、さん?」
「大丈夫? ユラノ」
「……勝った、んですか?」
「ええ、勝ったわ。勝ったのよ、アタシたち」
それを聞いて、ユラノは微笑んだ。ケイスは初めて、ユラノが微笑んだ顔を見て、思わず目線を逸らした。
ユラノのインカムに、ミカのうるさい声が響く。
『ユラノ、勝ったよ、勝ったんだよ、アタシたち!』
「ごめんミカ、ちょっとうるさい」
しかしそのユラノの文句は、優しさに包まれていた。
『何だよー。折角頑張って回線復旧させたっていうのにー』
インカム越しで顔は見えていなかったが、ミカは顔を膨らませて、笑顔でいるのだろう。ユラノは高校時代、ずっと一緒にいた勘で分かった。
「うん、ありがとう」
『それだけ!?』
「お疲れ様」
『うーん。まぁアタシも忙しいから、それじゃ』
ミカとの通信が終わり、ユラノは立ち上がった。
何となくサブパイロット席のHUDに目をやると、そこに『ゆらの』と文字が表示されていた。直感で真奈だとユラノは分かった。
ユラノは急いでHUDの前に行き、声をかけた。
「真奈!」
名前を呼ぶと、『アリガトウ』と今度は表示された。
ユラノは感極まった声で、
「そんなの、私の方こそ……。こんなに傷つけちゃって、痛い想いも、辛い想いも、させちゃって……」
ユラノはHUDを優しく抱きしめた。まるでHUDが真奈に見えているかのように、ケイスは見て取れた。
ケイスは気づかれないように、コックピットハッチから外に出た。このうるさいハッチ開放音に気づかないユラノを見て、
「完全にアタシの負けね。これは。あの子主任にメロメロだわ」
煙草でも吸いたい気分だった。危険なため、持ち込んでいないが。そもそも吸わないが、どうにもケイスはそういう気分だった。
だが、それで悔しくない、というわけではなかったが、どこか気持ちは晴れ晴れとしていた。
「ま、気持ちは言えたからよしとしますか」
ユラノはずっとHUDを抱きしめたまま、真奈と話していた。
少しずつ、HUDの文字出力がされなくなる。
「真奈、待って、行かないで!」
ユラノは悲痛に叫んだ。次の表示が最後かもしれない。そう覚悟せざるを得なかったが、出来なかった。
しかし、真奈の気持ちの言葉を見て、ユラノは今まで堪えていた涙を流した。
『ダイスキ』
「……そんなの、私だって……。大好きだよ、真奈。いつまでも」
それを最後に、HUDからは何も表示されなくなった。
ケイスが外にいることに、ユラノは気づいた。
「……いつから、外に?」
「さっきよ。それよりも顔、台無しじゃない」
「す、すみません……」
「まぁ責めてるわけじゃないから。ほら、最後に顔でも見たら?」
そう言われて、ユラノはガミエル2号機改の頭部を見た。
ボロボロだった。目は片方が破壊され、天使の羽のような二本のアンテナは壊れている。祖駆動部からはバルカン砲の弾帯がはみ出ている。
しかし、その悪魔のような顔は、どこか人類の希望の光の役割を精一杯果たした、満足気な顔だった。
その満足気な顔が、ユラノにはどこか真奈に見えた。
夕陽がガミエル2号機改の頭部を照らす。夕陽がガミエル2号機改の顔を、真奈の笑顔に魅せているようにユラノは見て取れた。
ユラノは涙を流しながら、笑顔で言った。
「さようなら……。本当にありがとう、真奈……」
FIN