五車学園は対魔忍育成機関としての面を色濃く持つものの、他にも民間の中に突然変異的に生まれてしまった異能者の保護及び能力の制御のための教育機関としての面も持つ。
そういった人員は毎年少数ながら存在し、大抵は対魔忍と関連のある企業等に就職するか、業界の闇(主に生オナホ的な意味)に埋もれて消えるか、或はごく少数ながらも市井へと戻っていく。
無論、市井に戻った所で能力自体は消えないため、必ず定期的な報告等が義務化されるが。
だが、そうして市井に戻れるのは極々一部であり、学園で優秀な成績を示した者は大抵対魔忍としての道を歩む事になる。
まぁ対魔忍やってる限り、生オナホから逃れられはしないのだが。
……………
五車学園 校長室
「…何やってるんですか校長先生…。」
はっきり言って倉土灯はドン引きしていた。
だってさ、仕方ないじゃん。
「どうか、どうか卒業後の進路は対魔忍へ就職してください。」
呼び出し食らったと思ったら、自分とこの学校の美女校長が全裸土下座してるんだから。
これは幾ら何でも酷い(白目)。
「私一人抜けた所で大した違いなんて無いですよ。後、見苦しいし話しづらいので服着て下さい。」
「いいえ!貴方がうんと言ってくれるまでは頭を上げる訳にはいかないわ!」
(その意志力はもっと別方面で発揮しろや。)
と青筋立てて怒鳴りたいのをぐっと堪えて、灯は努めて平静を保とうとした。
「で、どうしてまたそんな事をしたんです?」
「だって、若手最優秀の貴方が卒業後は出ていくって言うから…。」
「逆に聞きますが公営生オナホ工場である事に気付いて就職したがる奴とかいます?」
「…………。」
「何とか言ってください。」
超辛辣だが事実過ぎて困る。
「お願い!お願いだから残って!後方勤務でも実働部隊でも好きなポスト上げるから!要望は可能な限り叶えるから!」
「んじゃ窓際部署作ってください。365日ダラダラ出来て給料出るようなの。」
「お願いだから働いてよぉぉぉォォォォォォォッ!!」
全裸のまま泣きながらアサギが足に縋りつこうとするのを背後に跳んで回避する。
端的に言ってエロさ以上にキモイ。
「と言うか、実働ならもう若手最優秀の凛子先輩とユキカゼとかいるじゃないですか。後方勤務も山田先生とパートの時子さんが来てからは大分楽になったと聞きますよ?」
なお、山田太郎先生とはふうまのお館様の偽名である。
対魔忍が潰れない程度に仕事しつつ、情報と人材をガツガツ抜いてふうま再興のために役立ててるそうな。
「貴方みたいに人間不信クラスに用心深くて隠密と撤退が巧い人がいないの!教導だって班員全員生き残らせつつ実戦経験積ませてくれるって人気なの!頼むから残ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「それを教えるのが教員の仕事でしょうが!」
「出来ないから言ってるのよぉォぉォぉォォォォォォォ!!」
それが出来ない非正規戦専門の組織って…と言い出すと悲しい事にしかならないので、もう今更くどくどとは言わない。
だが、その辺が分かっててこんな組織に所属する奴は頭おかしいと思う(小並感)。
「で?私に何をしてほしいんですか?」
「教導を主にしつつ情報収集全般。貴方なら何処でも入れるし、逃げれるでしょ。」
灯の異能は表向き透過であるとされている。
学園に登録されている能力の中でも上位とされる彼女は、それを活かした単独での敵地への侵入・離脱を得意としている(と言う事になっている)。
その上で非正規戦を行うに相応しい技量と用心深さを兼ね備えた人材と言うのは……今の対魔忍の中には誰一人いないと言って良い。
アサギでも思いつくのは、嘗て自分を追い遣ろうとした祖父位な者と言えばその希少さが分かるだろうか?
曲がりなりにも魔族と国家相手に組織を十全に運営し、率いていた男の有能さを失った今になって実感するのも皮肉でしかないが。
「じゃ、失礼しますね。」
「待 ち な さ い。」
「離して下さい。どう考えても過労死フラグじゃないですか!?」
実際、ガバガバどころか敷居すらない対魔忍の諜報網をどーにかこーにかしつつ教導?
あの脳みそスポ〇ジボブで「オレ対魔忍オレ強い」な知能対魔忍共をどうにか矯正しつつ実戦を経験させる?
ふざけるのも大概にして頂きたい。
「離して!離してください!私には年老いた祖父母を介護しつつ在宅で仕事すると言う夢があるんです!」
「凄い具体的で小さな夢ね…。でも離さない。貴方がうんと言ってくれるまでは…!」
対魔忍TOPの実力なだけあって、こうした揉み合いではアサギの方が勝っている。
まぁ傍から見れば完全に痴女とその被害者な図なのだが。
「お姉ちゃーん、どうしたの?なんかすっごいドタバタしてるけ、ど…。」
「さく、ら?」
そして重要人物であるアサギのいる校長室の周囲に、誰もいない筈がなく。
騒ぎを聞きつけた井河さくらが様子を見にやって来て……カオスな室内を見て、アサギはアサギで妹に自分の恥部を見られて互いに彫像の様に固まった。
「、戦略的撤退!」
この隙を見逃さず、灯は咄嗟に能力による転移でこの場を離脱した。
後日、灯は正式に離脱を表明し、表向きは資産家の祖父母の世話をしつつ、真っ当に暮らす事となる。
裏向きは勿論傭兵稼業に精を出している事は言うまでもない。
……………
「先生、指定された銃の分解整備終了しました!」
「よろしい。次は整備した銃で射撃訓練を各50セット。後に分解整備を行い、どの部分に特に負荷がかかり、整備を重点的に行うべきか報告せよ。」
「了解しました!」
表向きがあれば裏向きがあるのは当然で、灯は裏で相変わらずレインコートとしての活動を続けていた。
とは言え、依頼の殆どは弟子一号ことブーツ(長靴)に任せて、現在は他のセーフハウスの奴隷達に訓練を付けている。
「照準が遅い。狙撃なら兎も角、拳銃に頼る状況ではそれは遅すぎる!」
「はい先生!」
どんな武器にも最適な使用距離と言うものがある。
銃は全般的にそれ以外の武器に比べて射程距離が長めだが、拳銃や散弾銃、突撃銃や短機関銃の様な比較的短い距離で使うものは構えと照準、そして射撃をほぼ同時かつ瞬時にこなす必要がある。
とは言え、奴隷達の中には銃弾並に速く動ける者もいるので、全員が全員銃を使う訳ではない。
それでも対銃撃のための学習としては大きな意味があるので、例外なくやらせているのだが。
「馬鹿者!対物ライフルを立射するな!反動で怪我するぞ!」
「でもご主人様ー、にゃーはこれ位でこけないにゃー。」
「…大抵の敵はそれを伏射で撃つから、勉強の意味で伏射にしなさい。」
だが、多様な魔族が居るので、個別にカリキュラムを組むのが面倒だったりする。
……………
ヨミハラでも東京キングダムでもない、普通の東京都内某所。
そこで珍しく、灯は開放的なカフェテラスでコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいた。
恰好も学生時代のそれではなく、皮のブーツに紺のロングスカート、白のセーターと肩掛けのバッグと言う、垢抜けたものになっていた。
「相席、よろしいかな?」
「どうぞ。」
視線を向けずに返事をすると、向かい側の席にスーツを纏った老紳士が座った。
周囲にたくさんの空席があるにも関わらずに、だ。
「良い日だ。そうは思わないかな?」
「貴方にとって、日光とは不快なのでは?」
目の前のモノ、その正体に見当を付けながら灯はあくまで穏やかに返す。
表向き、自分は五車学園を優秀な成績で卒業しながら、対魔忍に就かなかった狙い目な人材だ。
そう考えれば、何処かの組織から声がかかるのはおかしくはない。
しかし、目の前の大御所中の大御所が来るとは予想していなかった。
「ふむ、一目で私の変身を見破る眼力、私と知って怯えもしない胆力。実に素晴らしい。」
そして、本来なら偽装をバレた場合に抱く警戒もなく、本当に面白そうにこちらを眺める、不死者特有の無防備さ。
本当に何でこんな所に来ているのだか。
「どうかね、我がノマドの一員にならないかい?」
「結構です。」
きっぱりとNoを突き付ける。
何せ味方となった所で何時戯れに切られるか分かったものではないし、無茶振りされて魔界騎士()さんの様な苦労を背負い込みたくはない。
別に金で困っている訳でも無し。
まぁ、祖父母に手を出されたらとことんやるが。
尚、私に両親はいない。イイね?
「ふむ…。」
不意に、ギラリと老紳士に化けた吸血鬼の眼が赤く光る。
吸血鬼の持つ魔眼、特に魅了による暗示等がよく知られるそれは、流石は不死の真祖だけあって凄まじい効果だ。
だが、その手の状態異常は私には意味が無い。
以前は薬による自死を用いたリカバリーによって無効化していたが、今はもうそんなものを使わずともレジストできる。
こういった成長を考えると、灯が過ごした五車学園の地獄の様な日々も無駄ではなかったと言える。
そして、自身の魔眼が無力化されたのを見た怪物は、ニンマリと満足気な笑みを浮かべた。
「惜しい、実に惜しい。」
くつくつと、喉の奥から余裕たっぷりに漏れる笑い声。
自身が優位だと疑っていない、強者の驕りがこれ以上なく含まれたそれに、灯は何時でも撤退できる様に身構えていた。
此処でこいつとやり合うつもりも、する義務も無い。
既に自分は対魔忍ではなく、一介の傭兵であり、買った奴隷達を使役しつつも養う立場だ。
得る物の無い戦いなど、実にナンセンスだ。
「ではさらばだ。」
そして、老紳士に化けたエドウィン・ブラックを中心に、局所的重力異常が発生した。
その日、東京都内某所の喫茶店を中心に、爆破テロの発生と多数の死傷者の発生が報じられた。
だが、その中には倉土灯の名は無かった。
……………
「顔は覚えた。また会うとしよう。」
その独白は闇夜に消え、偉丈夫の姿へと戻った真祖は己の塒へと戻っていく。
また楽しみが増えた、と嗤いながら。
「殺す機会が来たら、確実に殺すとしよう。」
そして、手に握った銃火器を虚空へと収納しながら、傭兵たる女性もまた闇夜の中へと消えていく。
ノマドの創始者にして不死の真祖、エドウィン・ブラック。
世界最高峰でありながら未だ正体不明の傭兵、レインコート。
共に個人と組織の双方で裏世界の圧倒的強者に立つ二人が全面的に対立するのは、まだ先の事だった。
何事も「ま、いいや」と書き続けるのが作家に必要なスタイル