日本において、数少ないソロかつプロの傭兵として名の売れているレインコート。
その成功率に比して、彼に依頼を出す事、それ自体は難しくはない。
何故か。
それはネット上に依頼専用のサイトがあるからだ。
サイト名は「雨合羽」、そのままである故に分かり易い。
依頼内容は基本的にはターゲットの名前と依頼料のみだが、望むシチュエーション等も希望は出来る。
但し、支払いを値切ったり拒否した場合は報復不可避だが。
注意事項として、シチュエーションがどうやっても達成不可能である場合等もあるため、完全に望み通りにならない事もある。
時には依頼そのものを受け付けない事があり、その時には丁寧な文面で依頼を受けられない理由が記載されたメールが依頼主に届くと言う。
また、依頼人がレインコートを嵌めるための偽依頼を出した場合、関係する者は誰一人の例外なく皆殺しにされているため、間違ってもその手を使ってはならない。
他にも、レインコートに多数の依頼を出して自分への暗殺依頼を受けられない様にした者も過去にはいたが、レインコートはどうやったのか、その全ての依頼を熟した上で、その多数の依頼を出した者の暗殺依頼も請け負い、苦も無く成功させている。
こうした異常性と高い成功率から闇の住人達、取り分けノマドや米連等からは要注意人物としてマークされており、暗殺するにしても味方に引き入れるにしても常に身柄を探されているが、名を売り出して数年経った現在になってなお、その行方は誰にも掴まれていない。
……………
元対魔下忍、現奴隷にしてレインコートの弟子である少女が受けた依頼は、レインコートの依頼サイトにあった比較的重要度の低いものだった。
だが、それにしたってレインコートに出された依頼であり、簡単なものではない。
娼館への情報収集だが、妙に警備が厳重であり、数も多い。
こちら側では珍しくないオーク傭兵等は言うに及ばず、中には米連製の装備に身を固めた正規兵崩れの傭兵、一部にはサイボーグに魔族まで見られる。
どっからどう見ても娼館の警備ではない。
(じゃぁ正面から潜る以外のルートを探そうか。)
なので、馬鹿正直に突撃したり潜るのは避ける。
先ずは警備の陣容及び娼館そのものの構造や営業内容等を調べる。
無論、軽い下調べ程度は師であるレインコートが行っているが、本腰入れてのそれではない。
幸い、期間は十日程なので、じっくり腰を据えてやることが出来る。
一々焦りや苛立ちを感じていては、裏稼業等できはしないのだ。
(対魔忍やってた頃に知りたかったなぁ…。)
等と若干遠い目になりつつも、現奴隷の少女は一先ずの拠点を確保しつつ、先ずは外からの情報収集に励んだ。
……………
(うん、此処までは合格かな。)
弟子の元対魔下忍少女の仕事ぶりを存在を希薄にした状態で観察しながら、レインコートこと灯はそう評価していた。
これが自分や一部の魔族や対魔忍の様に隠密やそれに類似する能力持ちだったら、もっと簡単に済むのだろう。
しかし、多少強力な火炎放射能力しかなく、しかも使い捨ての下忍として教育もそこそこであった彼女が、此処までしっかりと熟しているのなら、それはもう合格と言って良い。
無論、満点ではないのだが。
(変装技術や話術とかも仕込んでおくべきだったかな?)
風魔の頭領程とは言わないが、その手の技術もあって困る事はない。
特に能力を使わずにこういった任務に臨む際は。
だが、その手の技術は灯もそこまで得意ではない。
寧ろ拷問とかそっちの方が、好きではないが得意な位だ。
まぁ対魔忍世界だけあって、エロ調教した方が情報は集め易いんだけどね!
(さて、そろそろ事態が動くか。)
外から採れる情報は凡そ集め終わった。
客を入れず、一部の者だけが入れる重要そうな区画の特定も終わった。
問題なのは此処から先だ。
(この程度で躓く程度なら、やっぱりリリースかなぁ。)
一応兵士として動ける程度には仕込んだ。
だが、単独で裏稼業が出来るかと言えばそこまででもない。
銃火器の扱いに体力、そして諜報戦の技術。
仕込んだと言えばそこまでで、自分の様なソロの傭兵として生きていくための用心深さや疑い深さはまだまだ足りない。
まぁ己の様に周囲全てを悪意だろうが善意だろうが疑ってかかるようになれとは言わないが。
それでも、彼女には是非とも頑張って証明してほしかった。
例え対魔忍として生まれても、ちゃんとした教育を受ければ、真っ当な人間として活躍できるのだと。
……………
(うーん。)
自分の師匠兼ご主人様が付きっ切りで見ている事に気づけないまま、元対魔忍現奴隷の少女は頭を捻っていた。
凡そ外から出来る調査は終了した。
問題はここから先だった。
(潜入するべきだよね。幸い、警備体制はもう分かってるし。)
分かっていないのは重要区画内とそこに入るためのドアを開くパスコードだ。
そのドアには常に監視の人員が二人と監視カメラがあり、ドアを開けるには備え付けのキーボードへパスコードを入力する必要がある。
その内容が分からない。
正確に言えば毎日変わる上にその共通点等が掴めないため、実質分からないのだ。
だが、付け入る隙はある。
(三日ごとに必ず資材の搬入がある。その時だけは外部の人員が中に入れる。)
一応この娼館もノマドの系列(孫の孫の甥っ子程度だが)なので、上納金を集めに来る上役の者もいるらしいが、そちらは不定期なために利用は出来ない。
となると、利用するとなればやはり物資搬入の人員だろう。
(とは言え、頭の回る奴ならそれをデコイにするかもだし…。)
客も入り込める場所なら、客付きの嬢に成り済ます事も、誰にも気づかれずに情報を集める事も出来る。
しかし、此処から先は気付かれる可能性が高すぎる。
(依頼内容は情報収集だけど…。)
ここから先は、明らかに死地である。
少なくとも、自分にとっては。
(昔の同僚や上役の対魔忍だったら、間違いなく突っ込んでるんだろうけど…。)
だが、師の教育を受けた彼女にとって、その選択によるデメリットを思えば、決して取りたくはない選択肢だった。
無論、それ以外に活路が無ければ行かねばならないのだが。
(となると私がすべきことは…。)
そして、彼女は選択した。
……………
「よく戻った。」
指定の回収場所に戻って来た現奴隷にして弟子である少女に対し、雨合羽の傭兵はそう告げた。
「でも、私は肝心な情報は集められませんでした…。」
しょんぼりと告げる少女に、レインコートは否と告げる。
「リスクとリターンを最後まで天秤に掛け、お前は無用なリスクを負う事を避けた。」
彼女は結局あのドアの向こうに潜入する事は無かった。
だが、搬入される物資及び搬出されるゴミ、そしてゴミの中に偽装されていた一部の荷物を綿密に調べ上げ、凡そドアの向こう側で何が行われているかをかなり正確に把握してみせた。
「女の胎から卵巣を摘出、それを下級魔族の精子で受精させ、人間の汎用性と下級魔族の生命力と繁殖力を持った人造人間とし、更に外部からの記憶の植え込みと急速成長剤による兵士としての促成培養。女と下級魔族は兎も角、記憶干渉のための機材が特殊過ぎたのが良かったな。」
別に女が下級魔族に犯され、その子どもを産む事は裏側では珍しくもない。
しかし、両親の特性を受け継ぐ事、それを安定して大量生産できる事を活かし、更には兵士としての情報を脳に直接書き込んで兵士とする。
実用化できれば現在のパワーバランスが崩れかねないものがある。
そして、こんな物量任せの計画を本気で推し進める組織は大抵一つだけだ。
「行くぞ。次の依頼は今回の娼館に出資していた米連の高官及び研究者とそのデータの抹消だ。油断するなよ。」
「ッ、はい!」
元々正義感の高い対魔忍、少女は次の依頼の内容に疲れながらも元気よく返し、立ち去っていく師の後を追う。
レインコートの訓練を受けた今の彼女は下忍程度だったスペックも中忍程度まで向上しているため、自分で無理と無茶の境界に気づけない可能性があった。
だが、彼女は最後までリスクとリターンを測り、よりリスクが少ない上に得られるリターンが安定して多い策を選んだ。
「喜べ。お前はもう唯の対魔忍じゃない。」
それは通常の対魔忍には出来ない事だった。
唯の対魔忍から、この世界の法則から逸脱した少女を、レインコートは先達として祝福する。
良くぞそこまで成長してくれたと。
(これで希望は芽生えた。)
自分の様な異端でなくても、対魔忍として生まれても、ちゃんとした教育さえ受ければ、プロにも成り遂せる。
その確信を、レインコートは漸く掴む事が出来た。
大げさだと思う?
でもマジなんだよなぁ