最近、何かと裏の業界で噂に上るレインコートに、ある噂が増えた。
それは、あのレインコートが弟子を取ったと言うもの。
別にこの業界であっても弟子を取ると言う事は探せばある。
長命の魔族なら兎も角、人間なら、と付くが。
つまり、レインコートの種族は人間なのか?
そんな憶測も飛び交ったが、如何せん確かめようが無いのでそれ以上話は発展しなかった。
また、レインコートの名が知られるようになってからまだ5年と経っていないので、後継者を必要とする年齢なのか、それとも単なる趣味なのかも不明なのだ。
それはさて置き、話題の焦点はその弟子となった。
こちらの方は完全に正体不明な師匠と違い、情報通の者達から割と直ぐに正体が割れた。
元対魔忍の下忍であり、任務に失敗して奴隷市に売られている所をレインコートに買われ、その教えを受けて傭兵を始めたのだと言う。
腕としては始めたばかりにしては良く、師匠の存在もあり、今後が期待できると言われている。
しかし、師匠と違って、未だに未熟だ。
そうすると必然的にレインコートの弟子としての色眼鏡で、つまりはレインコートに恨みを持つ者達の標的にされる事になる。
実際、その情報を得た者達の多くは少なからずそれを考え……殆どは妄想だけで終わらせた。
何せあのレインコートである。
最大組織たるノマドすら依頼とあれば敵対し、幾度となく報復と襲撃を退け、その得体の知れなさに行方を掴めずにいるプロ中のプロの傭兵だ。
敵対したらどうあっても無事では済まない。
そう考え、殆どの者は手を引いた。
だが、それは殆どの者に過ぎない。
何時如何なる場所でも、身の程知らずと言う者は存在するものだった。
……………
今回の依頼はどう見てもこちらを誘き寄せるためのものだった。
無論、すぐに弟子である少女は気付いたが、師であるレインコートから「これも勉強だ」と言われたので仕方なく受ける事になった。
なので、弟子である私はこの地雷依頼を受け、尚且つ最低でも生還しなければならない。
所謂「騙して悪いが…」な依頼だが、当然ながらそんなものを出す連中は信用を失う。
そのため、大抵は偽装に偽装を重ねてこんな依頼を出す。
その偽装を見破り、そんな命知らずに代価を払わせる。
これはそのための勉強なのだ。
無論、ある程度は師匠からのフォローがあるだろうが、それを前提で動くのは不安過ぎる。
何せ訓練とは言え毒物を極普通に摂取させる御人だ。
余りにも無様を晒せば、それこそ見捨てられるだろう。
となれば、無様を晒さないためにも最低限依頼そのものをある程度達成しつつ、向かってくる敵戦力や罠等を打破する必要がある。
正直、素直に依頼を受けずに過ごしたい。
が、それも出来ない。
なので…
「仕方ない。禁じ手を使うかー。」
そして、私は依頼を出そうと通信端末を手に取った。
……………
素直に驚くべきか、教育に成功した事を喜ぶべきか、判断に困る。
正式に弟子となった元対魔忍少女だが、今回の修行としてこちらを陥れるための偽依頼への対応を課題とした。
無論、失敗すればそのまま肉オナホルート一直線であり、もしかしたら彼女が辿っていたであろう末路になる。
これで普通に自分の腕を過信して進む程度ならある程度見切りをつけるが、彼女はそんな事はしなかった。
寧ろ依頼を受ける前の段階でちゃんと気づき、それをこちらに提示してきた。
ちゃんと情報収集してから、受ける依頼を取捨選択しているのだ。元対魔忍が。
対魔忍の存在を知る者からすれば、自分がどれ程の驚きを感じたかを分かってくれると思う。
その上で、彼女は自分の腕前を過信する事なく、更なる情報を収集した上で、この手の依頼に対して禁じ手とも言える手で依頼に臨んだ。
何と、多数のオーク傭兵を事前に雇い、正面から突撃させたのだ。
これにより、対魔忍を想定してエロトラップ等を仕掛けていた依頼者側は半壊、更に催淫ガストラップに引っかかって普段以上の暴走状態となった敵味方双方のオーク達により多数の被害が出た。
その混乱を横に指定された施設に侵入、指定された重要物資(発信器付きだったので外してから)を入手し、更に各所にタイマー付き爆薬を仕掛け、混乱が冷めやらぬ内に離脱した。
そして、後はタイマーが設定された時刻に起爆、施設を完全に倒壊させた。
なお、この時既に雇われていたオーク傭兵達は殉職しており、後払い分は丸々儲ける形になったそうな。
とは言え、問題はある。
「余りこの手を活用すると、信用を失うぞ。」
「ごめんなさい…。」
反省会でその点をがっつり言っておく。
この業界、そうした裏切りや味方の全滅前提の行動をすると、頭の足りない輩には特に問題はないが、割と頭のキレる連中からは信用を失いやすい。
更に言えば、半分前払いの傭兵の雇用費も数が多ければ結構な額になる。
とは言え、安全マージンと言う点では完璧なので、今後も指導を続けるつもりだ。
「が、可能な限り自分の安全を確保する手段は間違っていない。これには過剰と言う事は無いからな。」
「では?」
「取り敢えずは合格だ。使える戦力の確保は今後の課題とする。」
と言う訳で、
「来週、奴隷市がある。それまでに新規人員への教育カリキュラムの再検証を行う。」
「それって…。」
そう、証明は既に成されている。
例え対魔忍でも、しっかりと教育を受ければ、一端の非正規戦闘員に、一人の人間へと成り得る事を。
魔族と高い親和性を持ち、それ故に魔族からの誘惑に弱い対魔忍であっても、邪悪を成す人と魔へのカウンターへと成り得る事を。
「今後は教育を多数へと広める。その中には、魔族の血を引く者やお前の様な対魔忍であった者もいるだろう。」
だが、それには心身を鍛え上げる必要がある。
それを広げ、対魔忍本来の役割を、人界の守護をさせるためには、現状のままではいけない。
と言うか、本来最も危機感を持っておくべき連中が持っていないので、こんな迂遠な手しかできない。
ならば、在野に広げるべきだろう、そうした教育を受けた人材を。
そうすれば、僅かながらとは言え、魔族側へのカウンターに成り得る。
とは言え、余り攻めてあちらに本気になられても困るので、そちらはそちらで対応を考える必要もあるのだが。
「行くぞ。これから忙しくなる。」
「は、はい!」
「それはそれとして、ケジメを付けに行く。一度セーフハウスに行き、装備を整える。」
(あ、やっぱりその辺はきっちりやるんですね。)
後に、この世界で初となる異能者で構成された傭兵団レインギア(雨具)の始まりだった。
次回から番外編になります。