瓜生戦は遊星にある変化が――
夜――人工の灯りが街を色鮮やかに照らすネオ童実野シティ。
そこに一人の少年が立っていた。
紫の瞳に瞳と同じ紫の髪。麿眉のような眉が特徴的だった。
少し長めな髪は後ろで一つに結ってあり、それが風に揺れる。
少年は光輝く街を見ながら「はっ」と笑った。
「気持ち悪さ通り越してもういっそ清々しいくらいに邪気が蔓延してやがる。おまけに邪神クラスの奴までいるっぽいな。俺が呼ばれた意味がわかったわ」
「どうする
無表情でまるで死んだ魚のような目の少年が問いかける。
誠刃と呼ばれた少年はニヤリと笑うと言った。
「相手の情報集めて追い詰める。いつものやり方だ」
「それなら俺らはいつも通り人形撒いて相手を探る網を張るってことでいーのか?」
「今回はサテライトってとこも範囲だ」
「うわ、別の地区とかもやるってダルい」
それぞれ勝手に発言する少年達を誠刃は纏めあげながらニヤリと笑う。
「それじゃあ、お仕事といきますか」
暗い世界に俺は立っていた。
闇しか見えない世界、そこに立っていた。
耳鳴りが酷い。
ザーザーという耳障りな音が耳を突く。
――ザッ……ザザッザー…………ザザー
うるさい。
――ザザザー……は……ザザザザッ…………ザー……な……ザーッ
うるさい。うるさい。
――お……ザザッ……あ……ザッー…………
耳鳴りの向こうで誰かの声が聞こえる。
俺は必死で耳を塞いだ。
聞きたく、ない――。
それだけが俺の頭に広がった。
――おま……ザーッザザッ…………だ。
どんどんハッキリしてくる声に言葉を漏らした。
「黙れ……」
――……ザー……はザーッ……あ…ザザーッだ。
「煩い、黙れ、黙れ」
――ザザッ……ザー……をもたらす……ザザーザッ……まだ。
「――黙れといっているだろう!?」
叫ぶ俺とは裏腹に声はどんどんハッキリして聞こえるようになる。
おかしくなりそうだった。
俺は怖くなって手を暗闇へと伸ばした。
――ザッザおザえは……はか……まだザザーッ……ザザー
「ルシア、ルシア、助け……!」
そのとき、俺の腕をひんやりと冷たいナニカが掴み耳元で息づかいが聞こえた。
――オ前ハ破滅ト悲劇ヲモタラス悪魔ダ
ゆっくり、おそるおそる顔を背後にいる何からナニカに向ける。
そこにいたのは――
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁ!?」
「なんだぁ!?」
『遊星!?』
俺は眠りから飛び起きた。
カタカタと体が震えて収まらない。
あがった息を深呼吸して整えていると心配そうにこちらを覗きこむ仲間達と目があった。
「遊星……大丈夫?」
「あ、あぁ。少し夢見が悪かっただけだ」
「驚かせんなよなあ、たくっ」
「大丈夫か遊星」
「大丈『な、わけないですよね遊星?』っ!?」
仲間と話していたら突如意識が引っ張られる感覚がある。
最近は慣れてきたがいきなり交代するのはやめてほしい。
俺だって種族特性である程度だが異能の力は使えるようになったんだからもう自分の身は最低限守れるというのに、ルシアはどこか過保護だ。
心配してくれるのはありがたいが。
「それで、何が大丈夫ですか?」
表に出たルシアがその紅い瞳にどこか怖い光を宿したことに俺は精神体となりながらも仲間達と息を飲んだ。
「……これを見てください」
ルシアが手袋を取り、袖をまくりあげた。
そこに現れた痣に全員が驚愕する。
腕にくっきりと残るのは青い痣。
その形はまるで人の手が掴んだような痕だった。
ルシアは絶対零度とも呼べる視線で俺を見据えて首を指差す。
そこには『死鎖』が巻きついている。しかし、今日は違う。
巻きついている『死鎖』が増えており、それは暗いエメラルドグリーンの色をしていた。
「これが見えますか? 『呪鎖』というのですが」
『「呪鎖」……?』
「はい。呪いをかけられたものに巻きつくんです」
「「「の、呪いぃぃぃ!?」」」
「はい。この状態だとおそらくかけられたのは昨日とかそんな感じだと思います」
呪い……それじゃあさっきの夢も?
「えぇ、呪いの影響ですね。あくまで精神をすり減らす嫌がらせ程度の目的に使われる術なので命に別状はないです」
ナーヴが顎に手をやり唸る。
「しかし、誰が呪いなんてかけたんだ……?」
「も、もしかしてあのセキュリティの奴!?」
ラリーが顔を青くしながら言う。
ルシアは苦笑しながら、
「まあ動機はありますし執念深そうでしたがこういうことを信じて実行しそうにはないですね。てか、素質ありませんでしたしまず失敗します。それに――」
「おい、どーしたんだよルシア」
急に黙りこんだルシアにブリッツが声をかける。
ルシアは顔をあげると綺麗に微笑んだ。
「なんでもありません」
表情が乏しいと言われる俺が微笑む様子……やはりどこか違和感がある。
いくらルシアが憑いていると言ってもだ。
「どうかしましたか遊星」
『いや、俺が微笑むというのは違和感があるなと』
「違和感なんてありませんよ。アナタは整った顔立ちなんですから微笑めばとても綺麗なんですよ」
その言葉にドキッと心臓が跳ねあがる。
真剣な顔をして言われるとなんだか照れ臭い。
「あ、呪いとしては軽いものなので解呪に関しては一日でできますよ。
というわけでそちらに集中するので私は引っ込みます」
何かあったら絶対に呼べとクギをさされながら俺はルシアと交代する。
するとラリーが、ナーヴが、ブリッツが、タカがそれぞれ俺の肩に手を置いて哀れみの目を向けてきた。
「「「遊星、頑張れ。超頑張れ。俺達は全力で応援するから」」」
サテライト脱出の話だろうか?
(ダメだよ、遊星気づいてないよ自分の気持ちに!)
(まあ、まだ淡い気持ちってところなんだろうな)
(それにしてもルシアって他に関しては鋭いのに自分に関しては鈍いよな)
(駄菓子菓子、俺達は仲間の恋を応援する!!)
「どうしたコソコソと」
「「「なんでもありませんが?」」」
「そ、そうか」
いったい何なんだ?
「へえ、解呪されちゃったんだ」
「あぁ、なかなかのお手前ってところだ」
誠刃はオールバックの髪の少年に言葉を返しながらズタズタに引き裂かれた札の張られたウサギのぬいぐるみを抱える。
「まさか呪い返しまでしてくるとはな。しかも何十倍にも効果を増幅させて確実に害を与えるものにレベルアップさせてから」
「身代わりを用意してなかったら正直怪我どころじゃ済まなかったな」
「あぁ。まったく、とんでもない奴だ」
でも、と言って誠刃は口元に弧を描く。
「おかげで場所は特定できた。お手並み拝見にちょうどいい奴を見つけたし、そいつを焚き付けてデュエルの腕も見る。どちらで祓魔するほうがリスクが少ないかを見極める」
「なるほどね。俺はダリぃから少し寝るわ」
「お前も来るんだよ」
「マジで?」
ラリーがストップウォッチを持って先に立っているのが見える。
俺はそのままD・ホイールを走らせた。
俺が走行を止めるとともにラリーがウォッチを持って駆け寄ってくる。
「すごいよ! 今まででサイコーのタイムだ! これならパイプラインの突破もラクショーだね!」
「あぁ」
このタイムならイケる。
ついにアイツの――憎イ――憎イ――ジャックのいるシティに。
『遊星……』
「なんだルシア?」
「え、ルシアがどうかしたの?」
『……少し、ラリーと2人で話がしたんです。お時間は頂けますか?』
本当は、もう一度タイムを図ろうと思っていたが……
「良いぞ」
『ありがとう。すぐに終わりますので』
微笑んだルシアと俺は交代する。
そして俺は2人でというルシアの意見により、心の部屋に籠った。
暗い暗い世界に潜ると機械が乱雑に置かれた鉄の部屋に出る。
ただしそこは今にも天井が崩れ落ちそうなほどボロボロで、辛うじて何本かの柱の支えで保っている状態だ。
ここは俺の精神世界。この崩れそうな部屋は、俺の心の部屋。
最初、ルシアが俺に憑いてから初めてこの部屋に来た時、顔を苦しそうに歪めたのをあれから一月は経つのに俺はまだ覚えている。
そのときいきなり抱きしめられて頭を撫でられた感覚も、まだ残っている。悪魔だとは到底思えない手の暖かさも。
そのとき、俺はこの部屋が壊れている意味を悟った。
この部屋が壊れているのは俺がそれだけ壊れている証拠で、この俺の心を辛うじて支えている柱は仲間達の『絆』だと。
俺は静かに部屋の中心に建つ一際大きい柱をソッと撫でた。
ルシアと仲良くなっていくうちにいつの間にか増えていたこの柱。
これはおそらくルシアとの『絆』なのだろう。
今夜、ジャックに会いにシティに行く。
かつては、ジャックとの『絆の柱』もここに建っていたのだろうか。
確かめる術などないが――
俺は物思いに耽っていて気付かなかった。
――俺の背後で蠢く闇があったことに。
ルシアSIDE
「それ、本当なの……?」
ラリーが愕然とした顔で震える声で聞き返してきた。
私は首を縦に振った。
こうなることは、覚悟していた。
けれど現実は今まさに容赦なく彼を襲っている。
ラリーは震える声でさらに続けた。
「ソレが起こるのは……いつ?」
「……もうじわじわ起こっていますが、今夜は満月、人ならざるモノの力が一段と強くなる日です。ジャックと出会うことで遊星の無意識の怒りが爆発すれば――一気にソレは加速する」
「遊星、それに気づいてる?」
「気づいてはいません。それが幸いです。自覚があるのと無いとでは起こったときの差がかなり違います」
ラリーは俯きながらぽつりと呟いた。
「遊星……」
そう、今夜。
もしジャックと出会うことでそれが一気に加速するのなら――
「ラリー、アナタには遊星のソレを減速するために協力してほしいのです」
「俺になにかできるの!?」
「はい。止める術はない。しかしその速度を減速させ、彼がパニックを起こさないように事実を受けとめるまでの時間を作るのは可能です」
事実を受け止めれば魂に耐性が付く。そうすればソレは暴走しにくくなり、その間に遊星はソレを制御する術を覚えることができる。
「うん、わかった。どうすれば良いの?」
「まず――」
そう、それはまるで飛来する黄砂のように。じわじわと、しかし確実に。足音をたててやって来る。
止める術など、在りはしない。