終幕-英雄-   作:呉出のん

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第一場2-失うであろう日常-

 校舎に着き、葉月達と別れて一人になっても、教室に入ればすぐに駆け寄ってくるクラスメイト達がいる。

器楽部に入ってからは一人の時間というものはなくなり、騒がしい日常にすっかり溶け込んでしまった。

広く、浅く。あまり踏み入った人間関係は築かずに、かといって全くの無縁でもおらず。

悪く言えば中途半端にこれまでは過ごしていたが、器楽部という存在はそんな事を許してはくれない。

 

「チューナー、おはよう!」

「ったく、いつもおせーんだよ。もっと早く登校しろよな」

「いやいや、遅刻ギリギリじゃないからね、この時間帯。智美達こそ早すぎるでしょ」

「アタシ達は朝練してっからな。呪いで楽器に触れてなかった分、遅れを取り戻さねーといけねーから」

「早く追い付かないとねぇ。三年生が卒業する前には本調子になりたいな」

 

 教室に入ると、談笑していたクラスメイトである楓智美と有栖川翼が気づいたのかこちらへと駆け寄ってくる。

クラスメイトである分、彼女達と接する機会は他の部員達よりも頻度が多い。

二人共、積極的に距離を詰めてくる事もあってか、チューナーとしては他のクラスメイト達に色々と勘違いされたら困るなぁ、と感じている。

自分のような塵芥と変な噂を建てられたら彼女達も迷惑であろう。

できる限りはただの部活仲間であると周りにもアピールして、謙虚に振る舞っているが、裏ではどうなっていることやら。

そこまでは関与できない為、後はいい噂で留まっていることを祈るのみである。

 

「卒業まで時間がもうねぇしな。それまでに、できることは全部しておきたいんだよ。

 その……お前にも散々迷惑をかけちまったし。それも含めて、音楽で返してぇんだ」

「私も智美と同じ気持ちだよ。チューナーにはいっぱい感謝したいから!」

 

 呪いによって器楽部から遠ざかっていた分、彼女達にはブランクがある。

致し方ないことではあるが、彼女達はそれを一刻も早く埋めようと自主的に朝練をしているのだ。

前向きに彼女達は音楽に取り組んでいる。

それは大変喜ばしいことであるし、二人ならきっと、満足のいく技量が戻るのはすぐであろう。

 

「お前もたまには付き合えよな…………って翼が言えって」 

「ええっ!? 私!? それはまあ、チューナーがいてくれるのといないのとではやる気も違うけど……って智美が言えって」

「僕がいなくても、二人とも大丈夫だと思うよ?」

 

 その言葉はチューナーの本心から来るものだ。

傷を克服した彼女達はもう一人で立ち上がれる。

部長である百花が復帰した以上、部員のメンタルケアや統率などは彼女の役目であろう。

自分の役割である調律の必要性は格段に落ち、ふらっと消えても問題はないはずだ。

 

「は?」

「ん?」

「…………二人共、目が怖いよ」

「お前が変なこと言うからだろ。冗談にしては笑えねーんだよ。

 これがゲームなら一瞬で必殺技撃てるくらい怒りゲージ溜まったぞ、ったく」

 

 智美の眉のしかめ方からして、あまり気分のいいものではないらしい。

いかにも不機嫌です、と表情にはっきりと現れている。

翼に至っては全身から怒ってますオーラが出されている。もっとも、そんな姿も可愛いもので全く怖さがない。

 

「そうだよ? 今度言ったら怒るからね。お説教だよっ、お説教っ」

「でも、事実だしね。呪いを解いた以上、後は二人のやる気次第だよ。もう僕が介在する余地はそんなにないって」

「もー、またそんなこと言ってー。私達だから流すけど、凜先輩辺りは真面目に思い悩んじゃうから絶対に言っちゃダメだよ?」

「つーか、アタシ達もあんまり聞きたくねぇよ。もう今となっては、お前も器楽部の大切な仲間なんだから」

 

 仲間。

彼女達はそう言うが、厳密に考えると素直には頷けない。

楽器の調律なんて彼女達自身でできる。

器楽部員の呪いがなくなった今、チューナーの存在は絶対的な必要性を帯びていない。

“英雄”の役割はもう終わったのだ。これで楽器を扱えるならまだしも、彼女達の音楽に割り込むほど無粋ではない。

とりあえず、彼女達をこれ以上怒らせるのは得策ではないので深くは言わない。

彼女達にそこまで言われる存在ではないのに。

チューナーは内心に秘めた反論に蓋をして、曖昧に笑った。

 

 授業中。そして、お昼休みになり、考える。

雲一つない快晴の空。青一色という爽やかさを感じさせる空は休憩するにはちょうどいい。

冬の肌寒さが強いからか、屋上にはチューナー以外、誰もいなかった。

もっとも、冬である為か、連日このような状態であり、ここ最近の屋上はチューナーの貸切状態であった。

チューナーとしては、屋上に行くだけで一人物思いに耽る事ができるから楽でいい。

しかし、今回に限っては先客がおり、考え事に耽る訳にはいかなかった。

 

「チューナー? どうしたの? こんな屋上にわざわざ来るなんて」

 

 少し困ったような笑顔で、器楽部の先輩である綾瀬凜がこちらへと振り返る。

いつもなら同学年の春香と食事を取っているであろうはずが、何故こんな寒空の下、一人でいるのか。

 

「最近はいつもここにいますよ、僕。色々と考え事をするのに、一人になりたい時は必ず」

「そうなんだ。何か悩み事でもあるの? 困ったことがあったら何時でも言ってね」

「世話焼きですね、凜先輩は」

「先輩だもの。それぐらいはしなくちゃ。後、ね……」

 

 凜は軽くため息をつき、額に手を触れて目を細める。

 

「三年生が卒業してから、次期部長にね。私がならないかって百花先輩に言われたんだ。

 さくら先輩からも凜でいいんじゃないって言われてて」

「そうですか。それで、悩んでるんですか。自分が本当に相応しいのか、って」

「正解。やっぱりチューナーは私のことをよくわかってるね。話して正解だった」

 

 不安が表れているのか、凜の声は少し震えていた。

今までとは違い、自分が部をまとめ上げなければならない。

百花やさくらという偉大な先達を見ている以上、生半可なことでは務まらないと考えているのだろう。

生真面目な彼女に肩の力を抜けなんてアドバイスが通用するはずもなく。

周りの暖かな言葉も右から左へと通り過ぎる。

 

「私、部長に相応しいのかなって。もっと適任がいるんじゃないかなって。ずっと、そればっかり考えちゃうの。

 せっかく、選んでくれたのにね。情けないなって思うんだ」

「別にいいじゃないですか、相応しくなくても」

「…………えっ」

「相応しくないなら、少しでも相応しくなれるよう努力すればいいんですよ。

 最初は無理が続いて色々と落ち込むとは思いますけど」

 

 大切なのは絶対に曲げないという強い意志だ。

彼女とは立場も目指すものも違うが、自分も“英雄”のようになるべく不才の身ながらも前へと歩み続けている。

 

「いつかはきっとなれますよ。凜先輩も」

「……ふふ、そうかな」

 

 諦めない、絶対に。それはチューナーが家族の死を見た時、誓ったものだ。

血に濡れた自身を見て、もう後戻りはできないことも知っている。

だからこそ、進まなくてはいけない。

果ての果て、“英雄”として誰かを救い、護り、死するまで。

塵芥にふさわしい末路を迎え、消えるまで。

チューナーは一心不乱にその願いへと、右手を伸ばす。

定着した“呪い”がそうしなくてはと駆り立てるのだ。

 

「だから、その、ね? チューナーにはこれからも支えて欲しいなって。

 私、他の人達に誤解されやすいし、後輩の子達には怖がられて……。

 でも、チューナーは私のこと、しっかり見てくれて、うん」

 

 本当に、買い被り過ぎだ。

チューナーよりも凜のことを見ている人はいっぱいいる。

同級生である春香の方がよっぽど凜のことを理解している。

自分はただ、救いを見つけるという過程で上澄みを取っただけなのだから。

 

「私が自分を思い出せたのは、チューナーがいてくれたから」

 

 その言葉が、痛かった。

“英雄”として当然のことをしたに過ぎないのに、惜しみない感謝をぶつけてくる凜の笑顔を、チューナーは困ったように受け流した。

どれだけ救おうとも、護ろうとも、失った家族は還ってこない。

彼らの礎の上に立っている自分は永遠に償い続けることこそが、本懐だ。

そうでなくては、失った家族に申し訳が立たない。

自分で、自分を許せなくなってしまいそうで――痛い。

その笑顔を向けるべき対象は、チューナーではないのに。

 

 

 

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