終幕-英雄-   作:呉出のん

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第一場5-小田桐アミ-

 今日の東奏市の空は綺麗だ。

空の低い場所は、綺麗なオレンジ色であり、高い位置になると、紫色、紺色と変化する。

そして、手前には、雲がいくつも重なって浮かんでいた。

夕日に照らされた、ピンク色の雲。薄く広がった雲は綿飴のようにふんわりとした感触を感じさせる。

しかし、光の当たらない雲の上部は、深い紫色の影がかかっているので、空と同化して見えにくい。

 

 こんなとりとめもない事を考えるぐらい、自分は今、平常ではない。

 

 東奏市のとある路上。等間隔に建てられた電柱には鴉が乗っていた。

いつもなら耳に響く鳴き声も今は刃のぶつかる音に掻き消されている。

そもそもの話、時間が止まったこの世界で、鳴き声があるはずもなく。

動きの止まった鴉は身動ぎ一つせずにじっと見ている。

アミとチューナー。二人の少年少女が死闘を開始した様を、ただ、じっと。

 

 嗚呼やはり動揺しているのだな、と小田桐アミは再確認した。

与えられてしまった日常、失った日常、戻った日常。

日常という言葉を頭の中で反芻し、ガムのように噛み締める。

此処にあるのは非日常だ、戦火蔓延る鉄火場でそのような仄かな甘さは存在しない。

 

 そこは普段なら帰宅途中の学生達が和やかに談笑する帰り道であったはずだ。

街路樹の緑は目を休める憩いとなり、地面のアスファルトははしゃぐ高校生の足音を反響させる。

そんな日常の一部分として構成されるものだった。

しかし、この時間が止まった世界では全てが戦場へとすげ変わる。

譲れない想いを貫く為に、武器を選ぶ。

 

「ディスコードとしてまだ不慣れなんで、お手柔らかにお願いしますね、アミ先輩。

 卒業公演があるでしょうし、今からでもそこを退いてくれると非常に助かるんですが」

「ははっ、余裕だなぁ……!? アミちゃん相手に手抜きとかありえないし!

 舐めないでよね、私、今すっごーーーーく怒ってるんだから!

 本気で行くよ、チューナーくん! だから、本気で来いっ!」

「…………仕方ないですね。死んでも、文句は受け付けませんよ」

 

 しかし、今は違う。

グラデーションがかかった空の下、二人の人間が武器を取る。

絶対なる敵意を以って、かつては笑い合ったはずの少年少女が動き出す。

 

 アミは今日という一日をずっと忘れない。

否、忘れることなんてできないだろう。

今でも気を緩めると、目尻から涙が出てきそうなのだから。

どうして。投げかけた問いに対して優しく返してくれた後輩は今、眼前で刃を取っている。

こんなはずではなかった現状。望んでいた未来。

全部がごちゃまぜになって、困惑は胸の内で大きく膨らんでいた。

 

(思えば、先輩らしいこと……あんまりしたことないよね、チューナーくん)

 

 それでも、君とまた一緒に器楽部で笑い合いたい。

自分はもう卒業してしまうけれど、あの場所はまだ続く。

彼が抱えているものが何であるのか、アミは知らない。

だが、それが動かない理由にはならない。

いつだって、小田桐アミはやりたいことを躊躇せずやってきたトラブルメーカーだろう。

ならば、今回もおなじくそのように行動する。

 

(ま、最後ぐらいはさ。そういうらしいことやっちゃうのも先輩の務めでして)

 

 走る、全てを懸けて。

願う、日常を取り戻すべく。

謳う、君のことが好きだから――!

湧き出るノイズを掌に収まった双刀で斬り捨て、ただ彼の元へと。

こうして刃を交えることでしか止められないのが酷く悲しい。

どれだけ言葉を投げかけても、きっと彼の耳にはもう届かない。

 

(でもね、正直そんなことはどうでもいいんだ。今、戦うのは私のわがまま。

 私が、後少しの時間でもいいから、君と一緒にいたいからなんだよ、チューナーくん……っ!)

 

 好きな男の子と殺し合う。

そんな物語の中でもあまりないシチュエーションが自分に降りかかるとは思わなかった。

こんなの、おかしいのに。強いられた死闘はアミの心をひどく揺さぶった。

 

「君が望んだことはこんな殺し合いなの? 器楽部をやめて、君は何を望むのさ!」

「知れたことですよ、アミ先輩。僕は“英雄”になる。

 ただ前へ。本気で生きなくてはいけないんです。器楽部にいるままでは、それは掴めない」

「本気で生きる? そこまでして……っ」

「掴む理由がありますよ、僕がまだ生きている唯一の理由ですから。

 まあ、別の理由もありますが、黙秘します。喋った所で争うことに変わりはないと思いますから」

 

 チューナーの表情は硬かったけれど、頬が少しだけ持ち上がる。

嘘は言ってない。ただし、真実は隠したまま。

アミがどれだけ言葉を弄しても、彼は沈黙を貫くだろう。

戦う以外、選択肢はもう残されていない。

 

「その過程でこういった試練もあるとは思いますが、まあ仕方ないですよね」

「そんな試練、必要ない!」

「必要なんですよ、“英雄”は試練を乗り越えてこそ擬物から本物へと姿を変える。

 それに、器楽部は停滞したひだまりです。万人には都合がいいけれど、例外的に僕にとっては都合が悪い。

 命を燃やしてでも、進む。僕に立ち止まることは許されない!」

 

 繰り出した双刀の一撃。

左右の袈裟からの斬撃は、チューナーに寄る飛燕の速度で薙ぎ払われた一刀に双刀ともが撃墜される。

無手と思ったアミは思わず面食らい、彼の手に収まっている一つの剣を視界に入れる。

いつのまにかに、彼の右手には一本の剣が握られていた。

意匠はシンプル。傍目から見ても、何の違和感も感じさせない一般的な剣。

戦う用途以外に活用できない、人を殺す武器。

しかし、アミにはその正体――成し得る物がわかる。もちろん、それはホニャにもだ。

 

「ノートゥング……ッ!?」

「姿を変えたのか!?」

 

 ノートゥング。夢世界への入る道具であり、持ち主によっていくらでも形を変えれる武具。

それは、今のチューナーにとってはこのように変化してしまうのか。

今のノートゥングは夢世界へ入る道具ではなく、敵を穿ち、斬り捨てる剣。

チューナーの手で握り締めるだけで、“英雄”の武具として、一騎当千の鏖殺を成し遂げるであろう。

 

「では、アミ先輩――“避けてくださいね”?」

 

 銀閃が揺らめきと共に迸った。

衝動的な直感からアミは後ろへと大きく飛び退り、退避する。

一片の曇りもない疾風の刃に、アミは心底からの怖気を奮った。

それほどに、彼の右手から繰り出された斬撃は鋭さを帯びていた。

投げかけられた言葉は最後の優しさであろう。

そして、この道を譲るつもりはない、との証明に他ならない。

 

「――上等ッ」

 

 口から漏れ出した奮起の言葉に、アミは再び前を向く意志を灯らせる。

ここまで舐められて、無様に逃げるなんてありえない。

小田桐アミはチューナーを救うと決めたのだから。

 

「次は忠告、しませんよ?」

「そんなの必要ないんだけど? そっちこそ、アミちゃんの超絶技巧に怖気づかないでよねっ」

 

 最初の交錯が終わり、再度接敵。

もはや、言葉のみで和解は不可能、後は刃を混じえながら語るしかない。

チューナーの口元に残る微笑が、音もなく形を変容させた。

他者に向ける社交的な親愛の感情が抜け落ち、代わって浮上したのは絶対なる意思。

殉教者のように、真っ直ぐな決意を改めて胸に刻み、剣を振るう。

 

「こんな風に武器を振るって、死ぬかもしれないのに! 怖くないの!?」

「いいえ、全く。そもそも、痛みならもうとっくに慣れている。

 部員のダメージを僕が肩代わりしていた事実は忘れたんですか、アミ先輩。

 今更、この程度で怯えるなんてどうかしている」

 

 直角に、鋭角に、弧を描いて円と成す刃の軌跡は風邪よりも速く、ツバメのように軽やかだ。

チューナーの剣とアミの双刀が何度もぶつかりあう。

互いの主張を認めないと言わんばかりにその勢いは鋭さと速さを増していく。

手数の多いアミの斬撃をチューナーは丁寧に捌き、合間を縫って一刀を返す。

今まで、前線にて戦わなかったチューナーであるが、その動きに戸惑いはない。

 

「それに、別にいいじゃないですか。生きている価値というんでしょうか。そんなもの、僕にはない」

 

 突き出した刺突は横薙ぎの斬撃に後退し、胴狙いの一閃は少し後ろに退かれることでギリギリの回避をされる。

殺意なき一撃はチューナーにとって、そよ風のようなものと認識されているのか。

アミの繰り出す斬撃に対して、彼は欠片の恐怖も抱いていない。

前へ。ひたすらに、前へ。彼の心に撤退はない。

その貪欲な強さへの渇望が、アミとチューナーを均衡状態へと押し留めている。

戦闘経験なら、ノイズと戦ってきたアミに分があるはずなのに。

互角へと押し込まれているのはきっと、覚悟の差だ。

チューナーは既にアミを踏み潰す覚悟を持っている。ノートゥングで斬り捨てる事を前提に置いている。

対して、アミはあくまで器楽部に連れ戻すといった目的で武器を取った。

彼を生かしたまま打ち倒す不殺の思いで、武器を振るう。

 

「そして、これからも僕にそんな価値は付与されない」

「なら、私がつけるよ。自分勝手に、君の了解なんて無視してね」

 

 殺意の違い。それは攻防に大きく表れていた。

手数というコーティングで誤魔化した連撃は容易く読まれ、掻い潜られる。

貪欲に勝利をもぎ取ろうとするチューナーを前に、アミは決定打を与えられずにいた。

当然である、小田桐アミは戦士ではない。

戦う力を得ようとも、その内面は一般的な女子高校生なのだから。

 

「私を助けてくれた君が無価値だなんて、認めない。

 君が君自身を否定しても、私はそんな論理願い下げ!」

 

 それでも、それでもだ。

そんな自分でも戦う理由はある。

好きな男の子が似合わない表情で剣を振るい、孤独の道を歩もうとするのを見て、止めない訳にはいかない。

 

「だって、私の居場所を、器楽部を取り戻してくれた人だもん……!」

 

 小田桐アミにとって、チューナーはもう十分に“英雄”だから。

これ以上、そんな似合わない表情で生きる必要なんてない。

もっと肩の力を抜いて気楽にして欲しい。

自分はもう卒業してしまうけれど、これから先、楽しいことはいっぱいある。

 

「だって、私が――――!」

「器楽部は僕の居場所ではない。ただ、それだけです」

 

 ――好きな人だから。そんなことを言わないで。

 

 言葉は末尾まで紡げず、チューナーの振るう刃によって遮られる。

一秒前まで立っていた場所を銀閃が通過した。

その閃光はほんの僅か。誰にも気づかれない砂粒程度ではあるが、怒りがあった。

 

「安寧に身を浸すと、動けなくなる。怖いんですよ、許しも、優しさも、何もかもが。

 いつか、僕が僕でなくなってしまいそうで、たまらなく泣き叫びたくなる……!」

 

 何故、彼女/彼はわかってくれないのだろう。

平行線のまま始まった死闘は時間が経っても、平行線のままであった。

 

「だからこそ、僕は“英雄”になりたい。決して揺れることなく、目的を完遂できる強さを手に入れる。

 気高く、どこまでも貫ける強さで、僕は全ての苦難を乗り越える」

「揺れない強さなんて、おかしいよっ! だって、それってたった一人でも大丈夫ってことでしょう!?

 寂しすぎるよ……そんな強さを手に入れたって、君が傷つくだけだよ!

 自分の身も顧みない強さが、本当の強さな訳がない!」

「ええ、そうでしょうとも。所詮は擬物。

 本当に強い人ならば、全部……何も零すことなく手に入れる。

 けれど、僕は弱いから。たった一つ、そうやって限定しなければ押し通せない。

 そうすることでしか強さを獲れない僕は本当に情けない。

 屑としか言いようがなく、糾弾されるべきだ」

 

 似合わぬ真顔でもうやめようと叫ぶアミと自嘲の笑みを浮かべ嘲りを呟くチューナー。

どちらも必死というのは変わらないのに、方向性は真逆であった。 

 

「けれど、僕は決めたんですよ…………もうこれ以上、何も喪わないように」

 

 戦況が、傾く。

斬閃が二つ、虚空を抜けチューナーへと迫る。斬撃を受け流しつつ放った速度重視の一撃だ。

半ば衝動で放ったアミの斬閃をチューナーは避けることなく前へと踏み出した。

 

「えっ!?」

「終わりです、アミ先輩」

 

 殺意なき一撃であれば受けた所で支障はない。

チューナーの予想通り、アミの繰り出した斬撃は服を切り裂き、肌に少し深い切り傷を与える程度のものだった。

微温い。これまでの戦いで部員の痛みをすべて引き受けてきたチューナーからすると動きが鈍くなることもない。

そのまま間合いを縮めたチューナーはがら空きの胴へと勢い良くノートゥングを振り抜いた。

それはまさしく必殺。ここで決めるといった気概が見て取れる斬撃であった。

これを受けると再起不能だと判断したアミも、何とか躱そうと脚に全力を込める。

地面を全力で踏み抜いた身体は大きく態勢を崩しながら後ろへと跳躍する。

斬撃こそ躱したものの、崩れた態勢では次の動作にはどうしても遅れが生じてしまう。

 

 ――そして、その隙をチューナーは見逃さなかった。

 

 態勢が崩れたアミへと追撃をするのは当然の摂理だ。

チューナーは大きく後退したアミへと即座に追走した。

途中、腕を引く。身体の骨がぴきりと嫌な音を立てる程、強く。

呼吸を整え、内に轟く魔力を掌へと収束する。

これにて必殺の一撃は完成された。踏み込み、穿つ。

最高加速での拳を撃ち放ち、アミを討つ。

 

「まだ、だぁ――っ!」

 

 その必殺を、アミは根性で否定する。

後輩の口癖である根性。そういうのはアミのキャラとは違うが、四の五の言ってる場合ではない。

アレはまずい。本能を揺さぶる危険信号に背筋が一気に粟立っていく。

それに対処できたのはほぼ偶然の反射的行動であった。

とっさにチューナーの掌に合わせるように双刀を盾のように翳す。

 

 拳と双刀が激突し、甲高い金属音が響き渡る。

肉体に対しての直撃は避けられた。しかし、衝撃まではさけられない。

その勢いは後方にいたホニャの横を通り過ぎる激しさを伴っていた。

勢いが収まるまで十メートル程度だろうか。アスファルトの地面を削りながら、アミは毬のように吹き飛んでいく。

慣性を使い果たして、漸く止まった頃にはアミの身体は傷だらけで制服は砂と摺り跡でボロボロだった。

 

(いったいなぁ! 学園のアイドル……小田桐アミちゃんがこんなボロボロになるなんて困るよぉ。

 そういった需要はノーセンキューだしぃ)

 

 しかし、まだ動ける。

彼をぶん殴ってでも連れ戻すのだ、この程度の痛みで挫けてなるものか。

ふらりと身体を揺らしつつもアミは立ち上がり、前を見据える。

チューナーにはまだ疲弊の二文字は見えない。長期戦になるが、気合で乗り切ってみせる。

 

「まだ、やれるっ」

「いいえ。今度こそ、本当にで終わりです」

 

 その意地を砕くかのように、チューナーはゆっくりと宙へと左手を振り上げる。

アミは気づかない。足元にいる“ネズミ型ノイズ”に。

数瞬の後、気づくも手遅れだった。タイムリミットは直前で、躱す余裕などない。

 

 ――――チューナーによる必殺の連撃は“三段階”である。

 

ネズミ型ノイズ。その特性は、他者を巻き込んでの自爆。

アミもそれを知っているからか、表情を青ざめるも、行動を起こすには遅すぎた。

 

「破砕しろ」

 

 チューナーの指がぱちりと音を立てて鳴ると同時に、ネズミ型のノイズがけたたましい音を立てて破砕した。

もちろん、アミにそれを防ぐ術はなく、爆発に巻き込まれる。

再び、大きく吹き飛んだアミは受け身も取れず地面を転がっていく。

そして、消耗した身体を地面に投げ出してぐったりと倒れ込む。

制服は先程にも増して、ボロボロだ。

胸のリボンは何処かへと飛んでいき、長袖の制服は二の腕まで破れてしまった。

トレードマークであるツインテールは、リボンが焼け焦げたことにより解け、長い黒髪ロングへと姿を変えている。

体中、何処を見回しても綺麗な部分なんて何一つない。どろりとした感触はきっと血が流れているものだろう。

これは、まずい。今すぐにでも意識を手放したくなる辛さだ。

 

(い、たいなぁ)

 

 立ち上がる気力はない。

必殺と言うだけのことはある、すごく体に響いた。

軽口とか考える脳細胞は爆発と一緒に吹き飛んだ。頭にあるのは強烈な痛みと止められなかったという後悔だ。

完膚なきまでに負けた。思いの強さでも、肉体的な強さでも。

小田桐アミはチューナーに完全敗北を喫した。

もうこのまま目を閉じて意識を闇へと委ねてしまえばいい。

自分は無理だったけれど、きっと他の部員が彼を止めてくれる。

 

(だから、もう――――)

 

 諦めてしまおう。最後に困ったように笑って、アミは――――。

 

 “サプライズ返しです”

 

「………………ぁ」

 

 忘れもしない、あの時――誕生日が近くなったある日の記憶が脳裏に蘇る。

サプライズ返しがしたいと彼を無理矢理に引っ張って付き合わせた楽しい思い出だった。

本当に、楽しかった。これまでの誕生日も楽しかったけれど、チューナーと一緒に企んだサプライズ返しは心底笑顔になれた。

無軌道な自分に対して、最後まで付き合ってくれた彼。

彼氏と彼女のフリという馬鹿企画にもしょうがないなあと乗ってくれた時は嬉しかった。

困ったように頬をかき、顔を真っ赤にして一緒にジュースを飲んでくれた彼。

恥ずかしげに俯くチューナーにつられて、アミも照れてしまった記憶がある。

 

 “彼氏からということで”

 

 ウィンドウショッピングはとても楽しかった。

途中、いい加減やめましょうよと言ってくる彼に対して、ツンツンとした態度を取ったのはちょっと申し訳無さがある。

腕を組んでカップルのように歩いたあの一時は本当に緊張した。

これでも純情乙女で通ってるのだ、恥ずかしいに決まっている。

それに、好きな男の子とそういうことをするのは、すごく緊張した。

 

「まだ、おわりに、なんか、させ、ないっ」

 

 サプライズ返しも失敗して、最後に二人で歩いた帰り道。

そこで、貰ったプレゼント。日常でも使えるようにと貰ったのは髪を結ぶのによく用いるリボンだった。

髪を結ぶリボン、さっきまで付けていた事に、チューナーは気づいてるだろうか。

あんまりにも嬉しくて、そのリボンだけ何度も使ってしまうぐらいにはしゃいでしまったのに。

 

「ぁ、あっ、ぁ、あぁっ――!」

 

 懐かしい思い出だ。今でも色褪せずに残る追憶は、アミを立ち上がらせるには十分だった。

あの時一緒に見た夕焼けを覚えている。はにかむように笑った君の横顔は忘れない。

 

 ――――その一時が、全部嘘だったなんて、言わせない。

 

途切れ途切れの奮起の叫び声を上げて、小田桐アミは立ち上がる。

ブルブルと震える両足を叱咤し、前を見る。

その先にいるチューナーを、アミはしっかりと視界に入れた。

チューナーはまだ、自分を見ている。アミはまだ、チューナーを見ている。

戦いはまだ、終わっていない。

このまま、何も彼に残せずに倒れたままとか、かっこ悪すぎる。

“好きな男の子”の前で、意地の一つや二つ見せないで、退場なんて許さない。

いつだって、エネルギッシュな小田桐アミを、君には見て欲しいから。

 

「何故、立ち上がるんですか」

「そりゃあ、ねぇ? 乙女の力ってやつ? やー、チューナーくんには、わからないかなぁ……」

 

 心底驚いているのか、チューナーの口元もぽかんと開いている。

自分でも驚いているのだ、彼の驚きはアミ以上に違いない。

意地というものは存外に身体の限界を超えて作用してくれるらしい。

ありがたいことだ、彼にはまだ伝えていないことがある。

脚はもう立つことで精一杯、動くことなんてもう不可能だ。

右手は小刀を取り零し、腕からは出血もひどい。

だが、口は動く。大切で、この先二人きりで伝えるなら、たぶん今しかない。

せめて、最後くらいは――女子高校生らしい想いに浸らせて、と。

 

「ね、チューナーくん」

 

 言葉を紡げ。彼にぶつける最後の時間が、始まる。

とはいえ、成功率は限りなく低い。それはアミからすると悔しいが、予想できることだった。

思いの丈を全部ぶちまけても彼は否定するだろうけど。

それでも、知ったことかと叫ぶ。そもそも、小田桐アミという少女は何かに遠慮して自分を隠すようなことはしないだろう。

 

「いつもへらへら笑ってさ、ごまかすアミちゃんだけどさ。

 私の気持ちだけは、はっきり言う。言わなくちゃいけないんだよ」

 

 だから、届け。届くまで、伝わるまで、何度でも言葉にしよう。

君は無価値なんかじゃない。チューナーという少年のことを、大切に想う人が少なくとも一人はいるということ。

それがほんの少しでも、伝わるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私ね、君のことが、大好き。友情とかそういう意味じゃなくて、一人の女の子として、君に恋してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言ってしまった。言おうか言うまいか、ずっと悩んでいた言葉。

もう後戻りができない、告白。

 

「すき、だから、止めたい。もっと君といたいから、笑いたい。

 私は、君のことが、チューナーくんが大好きだから」

 

 にへらと表情を崩して、ゆっくりと歩を進める。

命をすり減らす。その行為が小田桐アミを死へと誘うものだとわかっていながらも、止められない。

 

 ――最後まで、君を、見るっ!

 

 アミが浮かべる、笑みの種類が変わる。不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫みたいな、意地が悪そうな笑顔だ。

それはいつもサプライズの悪戯をする時に浮かべている笑みだ。

つまるところ、“日常で浮かべる表情”をアミは、この死の間際でも貫くことに決めた。

ただ、チューナーと言葉を交わす。それだけの為に、命を懸ける。

馬鹿だのアホだの笑いたければ大いに笑え。彼と自分。

少なくとも、アミとチューナーの間ではそれを無様とは言わせない。

 

「君は自分のことを無価値って言うけれど。私にとって、君はすごく大切。だって、好きな男の子なんだもん。

 ずっと頑張って、笑顔を見失った私にも手を伸ばしてくれて、そんな君が、私は好き」

「偶然です。僕でなくても、誰かが救っていた。誰でも、よかったっ!

 百花先輩でもいい、葉月先輩でもいい!!!! 僕である必要はなかった!!!!!!」

「偶然でいいよぉ、もう。例え、運命とかそういう必然的なやつがなくてもさ。

 他の人が私を助けてくれたかもしれなくても、さ……っ」

「違う、違うっ」

「実際に私を助けてくれたのは、チューナーくんだもん」

 

 彼は見ている。嘲りはない、失望はない。そして、感情が出ている。

らしくない、それまで平坦としていた声に、怒りがある。

 

「作られた出会い、だとしても、私は後悔しない。君と出会えたことに、感謝する」

 

 黙って倒れ伏していたら見逃してくれるかもしれないのに。生きて、帰れるかもしれないのに。

体内の魔力は空っぽで、身体を動かす余力なんてないのに。

一歩ずつ。亀のように遅くても、確実に。立つだけでも辛いのに、前へと進むなんて。

これ以上動くと、本当に死んでしまうと理解しながらも、アミは止まらない。

信じられないと目を見開き、動きを止めている彼の所へと。

救う。救わなくてはならない。

誰よりも好きな彼が苦しんでいるなら、涙を流しているなら。

その痛みを一緒に抱えて歩いていこうって。

生きてさえいたら、いつか必ず本当の――百点満点の笑顔を見つけられる。

そう、教えたいから、アミは歩くのだ。

 

「偶然も、信じ抜けば、必然と変わらないもんねっ」

 

 そして、アミは辿り着く。

今も尚、否定を繰り返す彼に近づき、両手を背へと回す。

弱々しい力で、ぎゅっと抱き締める。回した腕はちょっとでも力を込めたら振り解けそうなものだ。

けれど、チューナーは解かなかった。なされるがままにその抱擁を受け入れた。

離れないように、消えないように。彼の胸に身体を預け、そのまま最後を受け入れる事に決めた。

 

「ねぇ、チューナーくん。どんな世界なら、許せる?」

「…………そんなもの、あるはずがない。僕の犯した罪は、ずっと背負わなくちゃいけなくて!!!!

 投げ出したら、僕は、僕でなくなってしまう――っ!」

「チューナー、くん、悪いことをしたの?」

「しましたよ、してしまったんですよ。

 すぐ近くで、ずっと僕に助けを求めていた人達がいた!

 僕を待ってくれた大切な人達が――!!」

 

 もう、彼が人の温もりを忘れないように。

どうか、この仄かな抱擁で、彼が止まってくれますように、と。

 

「でも、救えなかった。僕にだけ助けを求めて、僕にしか救えない人達だった。

 それが自信過剰だってことはわかってる。けれど、救えたかもしれない。

 僕だけが変えられたかもしれないんです。可能性は零じゃなかったのに、僕が零にしてしまった」

 

 それは静かな声だった。遠い日の記憶みたいな、どこか色褪せた声。

数秒前に発した叫びとは裏腹に、小さくか細い子供の声だった。

 

「だから、僕は、前を見続けなければいけない。“英雄”になって、可能性を広げて、そして――」

 

 ――■■■■■■■。

 

「…………そっか。何となく、察しがついたよ。それが君の罪なんだね」

「取り戻すんだ、全部。僕の魂を懸けてでも、絶対に救う為にも――」

「その救う対象に、君は、いないんだね」

 

 届いた。受け入れられた。見てくれた。

それでも、止められない。

彼の培った“呪い”は癒せない。

憎悪の海で揺蕩うチューナーを、救えない。

無言の返答は肯定であった。彼は、未来を全く見据えていない。

いつ死んでもいいように、最初から決断を下していた。

 

「だから、僕は止まれない。この“呪い”を利用してでも、往かなくちゃいけない」

 

 孤独の道を征く少年に対して、少女は悲しげに笑って。

さよならの一言と共に、命を刈り取る刃は無情にもアミへと振るわれた。

躱すことのできない致命傷。

それは、最初の流麗な一撃とは違い、震えが混じっていた。

ちょっとだけ、その事実が嬉しかった。

単純な女の子だなぁ、と。小田桐アミは自嘲して、意識を手放した。

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