終幕-英雄-   作:呉出のん

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第一場6-黄昏ホライゾン-

「もうやめてください!」

 

 アミへと迫る刃を遮るように、二対の円盤がチューナーの前へと躍り出た。

金属音と共に投げかけられる嘆願の声。

倒れ込むアミを庇うように、伊藤萌が目をうるませながらも立ち塞がる。

 

「どうしてここに、なんて言葉は聞かないよ。ホニャの仕業だね?

 ただアミ先輩との戦闘を見ているだけじゃなかったみたいだ」

「アミ一人で太刀打ちできるとは思ってない。しかし、間一髪だったニャ。お前がここまで強硬策に出るとは思わなかったからニャ」

 

 チューナーとアミが戦っている間、ホニャは必死に助けを求めていたのだろう。

そして、偶然近くに居合わせた萌を此処に呼び寄せた。

タイミングの良さといい、ツキが向いていないことを悟ったチューナーは軽く溜息をついた。

 

「元々、師匠と一緒に行動してました。それで、部長が項垂れてるのを見て、任されました」

 

 不安気な表情を浮かべ、たどたどしくも。

しっかりとチューナーを見据えて言葉を紡ぐ萌に迷いはなかった。

半端なごまかしは通用しない。例え、刃を交える事になろうとも、だ。

 

「そうか。まあ、見ての通りだよ。僕の目的にアミ先輩は邪魔だった。

 だから、これを振るった。シンプルな動機だろう?」

「全然、シンプルじゃありません!」

 

 歩む道はとっくに分かたれている。

涙混じりの説得はチューナーには届きこそすれど、行動を変えるまでには至らない。

 

「こんなことを、した理由を、教えてもらいます!」

「それを聞いてどうするんだい、萌」

「師匠に、謝ってもらいます!」

「……僕は果たしたい目的――願いがある。その過程で邪魔となるアミ先輩を僕は打ち倒した。徹底的にね。

 お互い妥協はできなかった以上、戦いは必然だった」

 

 どれだけ言葉を応酬させようとも、二人の道は交わらなかった。

そして、それでも貫きたい。その思いがあったからこそ、死闘を繰り広げた。

 

「確かに、アミ先輩の言葉に欠片も動かされなかった。そうは言い切れないね。

 これは僕の弱さだ、まだ君達と日常が送れると心の何処かでは思っている」

 

 決死の覚悟と紡いだ告白は何一つ意味のなさないものだった。

チューナーはそうは言わない。

“呪い”に犯された自分とは違い、アミは正真正銘の普通の女子高校生だ。

命を懸けて戦うことなんて本当はしたくないはずなのに。

それでも、自分へと向かってきたその尊さは否定するべきではない。

 

「けれど、けれど、だ。僕はこの道以外歩めない。

 ずっと、“英雄”として強く生きる。それだけを燃料にして生きてきた」

 

 彼女は手を差し伸べた。まだ、戻れる、と。

されど、チューナーはとして、“英雄”として、“ディスコード”として。

取り巻く全てを含めた結果、その手は取れないと決断した。

心から彼女の強さを認めた上で、その道を選ばないと決めた。

 

「止めるというなら、容赦はしない」

 

 ノートゥングの切っ先を萌へと向ける。

これ以上の問答は不要。止めたいならば力を以って示せばいい。

本気ならそれぐらいは造作も無いことであろう。

チューナーは口元を歪め、戦意を顔に張り巡らせる。

 

「……っ、ぁ」

 

 気圧されている。

蒼白になった萌の顔色から察するに、戦いになるなど思いもしなかったのだろう。

手は震え、脚は自然と後ずさりする萌からは戦意が見えなかった。

 

「まさか、こうなることを覚悟しないで僕の前に立ったのかい?

 なら、言葉なんて投げかけずに、アミ先輩を連れて即座に逃げるべきだったよ」

 

 いくらノイズと戦ってきた経験があるとは言え、同じ人間――つい最近まで仲良く部活を共にした仲間と殺し合えるのか。

普通は否、である。

チューナーのように積み重なった決意があるか、それとも、アミのように特別な思いを秘めていたか。

命を懸けた戦いなど、現代の少女には荷が重すぎる。

当然、それは萌にも当てはまる。

想いに殉ずる気概がない限り、チューナーは止められない。

 

「ひうっ」

「はいはい、ストップ。そこまでだよ、お互いに」

 

 後、数秒でも経てば再び戦闘が始まる。

緊迫した空気は突如横入りをしてきた乱入者に寄って打ち切られる。

邪魔が入る可能性は考慮していたが、こうもタイミング良く来るとは、とチューナーは薄く笑う。

 

「タイミングがバッチリですね」

「ずっと見てたからね。最初から最後まで。それにしても、君がディスコードとは。本当に世の中は不可思議だ。

 突然時間が止まったと思って、散策をしていたら争っている君達を見つけてね。ひとまず様子見をしていたんだが」

「アミ先輩がぼろぼろになっていくのを傍観とは、酷い人ですね。助太刀をするべきだったのでは?」

「これは私の戦いではない、アミ君のものだ。それを横から茶々を入れるのはどうかと思ってね。

 もっとも、彼女へと刃が振るわれる時は割り込もうとしたが、萌君に先を越されてしまったよ」

 

 乱入者――橘アンナは無理矢理に萌とアミの身体を引っ張って刃の軌道から離すべく、彼女達の首根っこを引張った。

浮かべる表情は平素と変わらず不敵な笑みで、余裕が見て取れる。

チューナーの持つノートゥングに対しても、怯えをおくびにも見せない。

 

「しかし、さすがにこれ以上は見過ごせない。勝敗は決した、とどめを刺す必要はないと判断してね」

「まだ、萌がいますよ?」

「一太刀で決着がつく勝負を、君はお望みかい? こんなにも怯えている女の子に武器を向けるのは、君らしくない」

「勝負をしたい訳ではなく、僕の邪魔をする意志があるなら――排除すべきです」

「やれやれ、好戦的だね。でも、私としてはこの辺でお開きが理想的なんだ、聞き入れてくれないかな。

 それとも、私とやるかい? 悪いが、逃げに徹した私は強いよ!」

 

 ドヤ顔で言うにはあまりにも気が抜ける台詞ではあるが、アンナの言ってることは事実だ。

幾ら相手がアミと萌えという荷物を持っているとはいえ、追跡戦には圧倒的にアンナへと分がある。

逃げると宣言したアンナを討ち倒すには骨が折れる。逃げ足の早い彼女を捉えるには相応の苦労は避けられない。

されど、退却という二文字はチューナーにはない。ありとあらゆる障害は踏破する為にある。

 

「これもまた、運命の導きだ。この剣を以って全力で逃げよう」

「……後ろ向きに直球過ぎますね」

「はっはっはっ、私はバトルジャンキーでないんだよ、チューナー。

 戦わずに済むならそれでオールオッケーさ」

 

 手をひらひらと振りながら、戦意なんて欠片もないと宣言するアンナに、チューナーもひとまずは刃を下ろす。

もしも奇襲を実行されようが、自分なら対応できる。

どう状況が転んでもすぐ対応できるように、戦意だけは揺らがせない。

 

「それで、どういった経緯でこの空間にいるんですか。狙ってやったなら、大したものですね」

「さっきも言っただろう、偶然だよ偶然。私はこの空間に巻き込まれた被害者ってやつさ。

 ホニャの助け抜きに此処にいた第三者だからね。

 まあ、君をお茶に誘うべく動き回っていたんだが、今回ばかりはその偶然に感謝しなくてはいけないね」

 

 いつものように王子様スマイルを見せるアンナに対して、チューナーは変わらないなな、と心の中で呟いた。

橘アンナという少女は自分のペースを崩さない。

飄々とのらりくらり。相手を此方側へと引き込むのはお得意であろう。

 

「本来なら目的通り、お茶でも一緒にどうだいと誘う所だが、アミ君達を送り届けなくてはならないんでね。

 君とのお茶は次の機会にしよう。今度は空けておいてくれよ」

「相変わらずマイペースですね。この惨状を見ても、そんな誘いを出すなんてどうかしてますよ。

 退部して、アミ先輩と戦った以上、僕は器楽部の全員を敵に回す覚悟があったんですが」

 

 器楽部全員を踏み越える。それは過酷な道で、今のチューナーが行うには相当の覚悟が必要だ。

技量も、力も、覚悟も。全てが足りなかった。どれだけ口で強がりを言おうとも、自分は弱いあの日のままだ。

穏やかな日々にほだされたのか、あまりにも未熟。これでは目的を達成するなど、到底できやしない。

 

「他の部員はともかく、私は揺らがないよ。

 器楽部がなければ、君と私の絆は壊れるのかい? 誰かと戦って、私が君を幻滅するのかい?

 それは違うだろう。先程のやり取りを垣間見る限りでは、君にも譲れないものがあったはずだ。

 お互い、引けない……なら、戦うしかないのは仕方がないことだ。もっとも、君はやり過ぎだけどね」

 

 緩く笑うアンナに対して、チューナーは困ったように額に手を当てる。

どうしてわかりやすく敵対してくれないものなのか。

彼女達が自分に好感をそこまで抱くなんて欠片も想定していなかった。

 

「はぁ、君はそんな反応をされるなんて予想外だって顔をしているけどさ。全く、言葉にしないとわからないかい?」

「何故ですか。僕は嫌われないように振る舞いはしました。けれど、そんな好かれるようなことなんて」

「……君は周りを見ているようで見ていないね。周りは君が思うほど、無関心じゃないんだ。

 チューナー、その想いは傲慢が過ぎるよ」

 

 わからない、わかりたくない。

大切なものが一つだけあればよかった。その一つは既に家族が埋まっているはずだった。

 

「アミ君に先を越されたけれど。私も宣誓しとこうか。

 チューナー。例え、君がディスコードであろうと、どんな思惑を抱えていようと――」

 

 ただその一つの為だけに生きてきた。それに報いる“英雄”として全てを懸けることに魂を捧げると決めた。

 

「――君は、橘アンナの大切な友人だよ」

 

 それでも。僅かに残った過去の残滓は依然として、日常に戻りたいと叫んでいる。

 

「言いたいことはそれだけ。面白くもない長話は嫌われてしまうからね」

 

 これ以上、ここにいることに耐えられなかった。

物理的な痛みには耐えられた。そんなものはノイズとの戦闘で何度も経験したからだ。

けれど、真摯な優しさには目を背けるしかなかった。

 

「また、明日。学校で会おう!」

 

 この状況であっても、彼女は『また、明日』と言葉を投げかけてくれるのだ。

アミとは違った意味で、アンナも揺らがない。

ぶれない強さが胸にある彼女達と違い、自分はなんと矮小なことか。

結界が解け、これ以上この場に留まる理由はない。

戦おうにも、相手に戦意がない以上、どうしようもなかった。

アンナに背を向けて、チューナーは足早にこの場を離れていく。

 

「チューナー、早まらないでね」

 

 背中越しに投げかけられた言葉に、はっきりと否定を出せない自分が憎らしかった。

アミと戦った以上、もう後戻りなんてできやしないのに。

大好きという言葉が重い。彼女が命を賭して自分へと向き合ってきたあの表情が脳裏から離れられない。

思っているよりもアミとの戦いは自分にとって、影響を与えるものだったらしい。

 

 血反吐を吐いて、痛みに悶えようとも、捨てなければならない。

この胸に残る日常を、切り捨てない限り、前には進めない。

チューナーは絶対に逃げられない。

あの日に生まれた“呪い”を糧に生きていたのだから。

そうして、“英雄”にならざるを得ない道を、望んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、ホニャ。私はアミ君達を送ってくよ」

「うむ、私はチューナーの元へと」

「それはやめておいた方がいい。今の彼を刺激するのはよくないよ。

 百花君に付き添って部員のケアをしておくべきだ」

 

 チューナーが立ち去った後、アンナ達はこれからのことについて話し合っていた。

事態は広がりを見せ始めている。現状、器楽部員には浸透していないが、時間の問題だ。

彼が器楽部を辞めたことで、心身共に調子を崩しそうな娘は複数いる。

特に、次期部長になるであろう凜辺りは必要以上に自分を追い詰めそうなので、伝える時期は慎重にしなければならない。

 

「どうして、こんなことに……先輩は、器楽部が嫌いだったんですか」

「嫌いというより、目的を果たす為に必要ではなくなった、という見解が正しいのかもしれないね。

 私みたいに器楽部でなくとも会えると割り切れるなら、まだしも……割り切れない部員は少なからずいるだろう」

 

 漸く、器楽部が復活する。問題は全て解決したと殆どの部員が思っているはずだ。

アンナ達だってチューナーの退部を知るまではそう信じていた。

これから先は楽しいことが待っているんだと希望を持っていたはずなのに。

彼自身がディスコードであるという事実、そして、彼に対して器楽部はどう対応するべきなのか。

 

「今回の一件といい、あまり周りに言いふらさない方がいい。彼が器楽部を辞める事も含めてね」

 

 何もかもが不確かで、足下すら見えない暗闇の中で、自分達はどうしたらいいのか。

それはアンナでさえ明確な回答を導き出せない難題であった。

救う。調律する。真っ先に浮かび上がった選択肢は本当に正しいのか。

チューナーの中で巣食う“呪い”を無くした後、器楽部は立ち戻るのか。

 

 ――閉塞的な悲劇の解決方法はもしかするとないのかもしれない。

 

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