絶華   作:雨守学

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戦後
第1話


「提督さん!」

 

鹿島はノックもせず、部屋に入ってきた。

 

「提督さん! 起きてください! 大変なんです!」

 

「……なんだ騒がしい……今日の俺は非番だぞ……」

 

「終戦! 終戦ですって!」

 

「……なに!?」

 

飛び起き、鹿島から書類を受け取る。

そこには、終戦を知らせる文が書かれていた。

 

「終戦……」

 

「終わったんですよ!」

 

頭の整理がつかない俺を、鹿島はぎゅっと抱きしめ、喜んだ。

八月のとても暑い日であった。

 

 

 

終戦から数日。

艦娘たちは国民から称えられ、俺は毎日、艦娘たちの嬉しそうな顔を眺めていた。

 

「よう」

 

話しかけてきたのは、同期の山岡だ。

 

「浮かない顔をしてるな」

 

「そりゃそうさ……。これからが戦いなんだからな……」

 

「『街』も完成したそうだぜ。俺の配属も決まった。軽巡を中心とした寮だ。パートナーは香取だと。お前は?」

 

「駆逐艦だ。パートナーは鹿島だ」

 

「駆逐艦か。パートナーが鹿島なのもそのせいか」

 

遠くで、第六駆逐隊が楽しそうに遊んでいるのが見えた。

 

「皮肉だな。国を救ったあいつらが、国から受け入れられないなんて」

 

「…………」

 

「だが、仕方のないことだ。あいつらは艦娘。どこから来たのか、危険な存在ではないのか、未だにはっきりしないんだ。解体して普通の人間になったとはいえ、国民の不安が拭えないのは当然だ」

 

「分かっている……。だから俺たちがいるんだろう」

 

「ああそうだ。だからこそ、お前に言ってるんだぜ」

 

「どういう意味だ?」

 

「艦娘に肩入れし過ぎるなよってことだ。お前は優しすぎる。俺たちの任務は、艦娘を社会進出させるために、教育を施すことだ。だがそれは、あいつらが本当に社会に出れるのか見極めることでもあるんだぜ」

 

山岡の言いたいことは分かっていた。

だからこそ、何も言わなかった。

 

「ま、そんなことはお前も分かっているだろうがよ……。同期として心配なんだ。同じような立場だしな」

 

「ああ、礼は言わんぞ」

 

「余計なお世話ってか。なら、お節介は消えるとするぜ。じゃあな」

 

山岡を見送り、再び第六駆逐隊の姿を眺めた。

 

「こうしてみると、ただの女の子なのだがな……」

 

俺は、あの日の事を鮮明に思い出していた。

 

……

………

…………

 

「見ろ……!」

 

山岡の指す方を見ると、真っ赤な海の中に裸の少女が浮かび、眠っていた。

 

「あれが……艦娘……」

 

船にあげると同時に、少女は目を覚ました。

誰かが少女に名前を問うと、かすれた声でこう言った。

 

「吹雪……」

 

…………

………

……

 

艦娘に関しては、山岡の言うように、正体ははっきりと分かっていない。

深海棲艦を沈めると「ドロップ」し、「艦」の記憶を持ち、「妖精」を見ることができる。

そして、深海棲艦と戦うことの出来る唯一の「兵器」である……。

それ以上の事は分かっておらず、彼女たちが深海棲艦であったとする説が、今のところ有力な説らしい。

国が心配しているのは、その事だった。

 

「再び深海棲艦になる可能性……か……」

 

ありえない話ではない。

だが、彼女たちはもう妖精が見えるわけではないし、普通の人間となんら変わりはないのだ。

 

「提督さん」

 

振り向くと、鹿島が居た。

実際、俺は提督ではないが、鹿島達はそう呼んだ。

 

「配属の件、聞きました。戦後もこうして一緒にお仕事できるの、とても嬉しいです」

 

「俺は複雑な気分だがな……」

 

鹿島は、俺の視線の先に気が付いた。

 

「俺の任務について、どこまで聞いている」

 

「全部です。海軍は隠そうとしませんでした。事実を話してくれました」

 

「どう思った」

 

「仕方のないことだと思います。私たちが普通の人間だったら、同じような事を思うだろうし……。私たち自身、深海棲艦となる可能性について、否定はできませんから……」

 

「…………」

 

聞いた上でその態度か。

あそこで遊んでいる奴らも、この事を聞いて、なお――。

 

「提督さん、そんな顔しないでください。私たちは自分の立場を理解していますから」

 

「ああ……」

 

「……もう! 笑ってくださいよ提督さん。ほーら、ニコッて!」

 

そう言うと、鹿島はいつもの可愛い笑顔を見せた。

 

「フッ……そうだな。余計な心配だったようだ。ありがとう鹿島。そして、これからよろしくな」

 

「提督さん……はい!」

 

俺たちは固い握手を交わし、その場を後にした。

 

 

 

あれから一か月。

俺たちの任務が始まった。

 

「ここか」

 

同敷地内には数多くの寮が存在し、俺はその中の一つである、第二駆逐艦寮の担当になった。

 

「いよいよだな」

 

山岡が俺の肩を叩いた。

 

「ああ」

 

「「艦娘更生プログラム」。お互い大変だろうが、頑張ろうぜ」

 

そう言うと、山岡は第十軽巡寮へと向かった。

艦娘更生プログラム。

艦娘を人間社会に適応させるための国家規模の計画だ。

俺の任務は、一部駆逐艦との共同生活において、艦娘の監視と、人間らしい生活の指導を行うことだ。

その為に用意されたのが、この寮と、「街」と呼ばれる場所だ。

「街」は、艦娘専用に作られた街であり、そこで働いたり、買い物をしたり――とにかく人間の街と同じようなことができる。

人間の生活を模した造りとなっているのだ。

寮、「街」、全ては山奥の囲まれた敷地内にあり、一般の人間と接触することは無い。

計画は多く見積もって十年とされているが、実際のところは手探り状態になるだろう。

 

「提督さーん!」

 

「鹿島」

 

「寮の子たちを連れてきましたよ」

 

マイクロバスから艦娘たちが降りて来た。

見慣れた顔ぶればかりだ。

 

「お久しぶりです! 司令官!」

 

元気な挨拶をしたのは、吹雪だ。

 

「おう、久しぶりだな。お前たちの活躍は聞いている。よく頑張ったな」

 

「司令官のご指導のおかげです! えへへ……また一緒に頑張りましょう!」

 

戦時中の俺の仕事は、鹿島と共に、生まれたばかりの艦娘に指導することだった。

皆、俺を覚えているようで、司令官だとか提督だとか、あの頃と同じような呼び名で再会を喜んでくれた。

 

「それじゃあ皆、自分たちの部屋を確認して、ヒトヒトマルマルに食堂に集合すること!」

 

皆、元気よく返事をすると、大きな荷物を持って寮の方へと駆けていった。

 

「うふふ。新しい住居だって、みんなワクワクしてたんですよ。マイクロバスの中では、その話題で持ちきりでした」

 

ワクワク……か……。

 

「提督さんっ!」

 

鹿島は嬉しそうに、俺に寄り添った。

 

「えへへ」

 

「どうした? お前まで嬉しそうにして」

 

「嬉しいですよ。お仕事とはいえ、同じ屋根の下で暮らせるなんて。まるで夫婦みたいですよ」

 

「何が夫婦だ。あまり気を抜くなよ。これから大変なんだからな」

 

「分かってますよ。でも、嬉しい。えへへ」

 

鹿島のあどけない笑顔に、俺も思わず笑ってしまった。

 

「全く。ほら、俺たちも行くぞ。部屋の整理の前に、寮の構造とか把握しないけないしな」

 

「はーい。えへへ」

 

 

 

それからの一か月はとても大変だった。

何もかもが手探り状態で、駆逐艦たちが学校に行くことになったり、人間となったことで起こる体の変化に戸惑う艦娘たちを落ち着かせたりと、もう何が何だか分からない状態で過ごしていた。

結局落ち着いたのは、11月の半ばであった。

 

「そっちはどうだ?」

 

久々に会った山岡は、どこかやつれていた。

 

「大変だったよ。その様子だと、そっちも大変そうだな」

 

「子供の駆逐艦とは違って、軽巡はやっぱ、異性に対しての反応が強い……。人間となったからこそ、その感情に戸惑っているようだ」

 

「大人として成長する一番の時期だろうからな」

 

「最近は香取に任せっぱなしだ。艦娘とはいえ、相手は立派な女性だから、俺がかかわるわけにはいかねぇしな」

 

「まるで思春期の娘を持った父親みたいだな」

 

「確かに。煙草も嫌がるから吸えねぇし、ちょっとだけ女が嫌になったぜ。お前と会うと安心するよ」

 

「気持ち悪いな。俺にそっちの趣味は無いぞ」

 

「俺にだってねぇよ。……さて、そろそろ戻らねぇとな。また時間があったら会おうぜ」

 

軽巡の方は大変だな。

そう考えると、こっちの駆逐艦たちは楽だ。

聞き分けはいいし、皆仲良くしてくれている。

まあ、鹿島が居るおかげだろうが……。

 

「フッ……」

 

笑ったのは、安心したからだった。

一時はどうなるかと思ったが、やっぱりあいつらは普通の人間と何ら変わりない。

国民の不安がぬぐえる日も、そう遠くはないだろうな。

 

 

 

寮に帰ると、ポストに郵便物が届いていた。

検閲済みと判の押されたものは、外から送られてきたものだ。

 

「こりゃ……電宛か……」

 

そう言えば、時折電宛に外から手紙が届く。

電も手紙を外に出しているようで、俺に出すよう言ってくることがあった。

忙しくて気には留めていなかったが、外に知り合いでもいるのだろうか……。

 

 

 

自室に戻ると、第六駆逐隊と鹿島が遊んでいた。

 

「また勝手に入り込んで……」

 

「提督さんがカギをかけてないからですよ」

 

「だから入っていいと思ってんのか?」

 

「だって、提督さんのお部屋広いから……ね、みんな」

 

第六駆逐隊は元気よく「うん!」と答えた。

もうすっかり鹿島に懐いてんな……。

 

「まあいいけどさ……。それより電。お前宛に手紙が来てたぞ」

 

「本当ですか?」

 

手紙を受け取ると、電はいそいそと部屋を出て行った。

 

「あいつ、外に知り合いでも居んのか?」

 

「文通相手みたいだよ」

 

「文通相手?」

 

「前に、知らない人から電宛に手紙が来たの。なんでも、戦時中に一度、姿を見たことがあるらしくて、どうしてもお話ししたいから、手紙を書いたんだって。それからずっと、文通しているみたい」

 

「文面からして、私たちと同い年くらいの男の子みたいよ」

 

なるほど。

それで電も外に手紙を出していたのか……。

 

「文通なんて素敵ですね。憧れちゃうなぁ。提督さん、私たちも文通しませんか?」

 

「直接話した方がいいだろう」

 

「そうですけどぉ」

 

文通か……。

やっぱり、少しでも外の人間と関わることができるってのは、こいつらにとって特別な事なのだろうか。

 

 

 

「そろそろ消灯時間だぞー!」

 

そう叫ぶと、各部屋で遊んでいた駆逐艦たちが、いそいそと自室へと戻っていった。

この光景はいつもの事で、皆仲良く遊んでいる様子が見てとれる。

しかし、何というか、まるで修学旅行の先生になった気分だな。

 

「さて……ん?」

 

食堂の方を見ると、まだ明かりがついていた。

覗くと、電が一生懸命何かを書いていた。

 

「消灯時間だぞ」

 

そう言ってやると、電は声を上げて驚いていた。

 

「はわわ……ご、ごめんなさい……。つい夢中になってしまったのです……」

 

「手紙、書いていたのか?」

 

「え?」

 

「ほら、さっきの」

 

「は、はい……」

 

電は恥ずかしそうに手紙を伏せた。

 

「机……自室にはまだ無いから……ここで書くしかなくて……」

 

「そうだったな。机は来週入る予定だ。遅れて申し訳ない」

 

「い、いえ! そんな……」

 

まだ完全に心を開いてくれていないのか、電はいつも申し訳なさそうにしていた。

 

「手紙はまた明日書け。消灯だ」

 

「は、はい……。おやすみなさい……」

 

電は一礼すると、食堂を出て行った。

ふと、近くのごみ箱を覗くと、そこには可愛らしい便箋がたくさん捨てられていた。

 

「…………」

 

悪いと思いつつ見てみると、何度も失敗したような跡があったり、消しゴムで破いてしまったような跡などが見られた。

手紙の内容は、外の事の質問や、自分のことなどが書かれていて、実に女の子らしい感じに仕上がっていた。

 

「提督さん?」

 

消灯しないことを心配したのか、鹿島が様子を見に来た。

 

「それ……」

 

「電の奴、ここで手紙を書いていたようだ」

 

「部屋には机、まだ無いですからね」

 

「……やっぱり、外の事、気になってたりするのか」

 

「……私はあまり思いませんが、やっぱり興味はあるんだと思いますよ」

 

「だよな……」

 

椅子に深く腰掛けると、鹿島も隣に座った。

 

「この一か月……あいつらの様子を見て、普通の女の子と何も変わらないって思った。不安だったが、安心している自分もいた」

 

「…………」

 

「だからこそ、辛いものがある……。こんな狭い場所じゃなくて、もっと広い世界をあいつら見せてやりたいって……」

 

「提督さん……」

 

「……悪い、お前たちが一番辛いよな。俺がこんなこと言ってちゃいけないよな……」

 

「そんな……。私は提督さんがそうやって言ってくれて、とても嬉しいですよ。でも、私たちは平気ですから、そんな顔しないでください。私は提督さんに笑っていてほしいです」

 

「鹿島……」

 

「そうだ! もう落ち着いてきた頃ですし、みんなで「街」に行きませんか? きっとみんなも喜びますよ」

 

「そうだな。よし、今度も休日にでも行こうか。本部には俺から連絡しておく」

 

「ありがとうございます!」

 

「いや、こちらこそありがとう。いつも助かってるよ、鹿島」

 

「じゃあ、撫でてください」

 

「な、撫でるのか?」

 

「はい!」

 

時折、卯月などにはこういったことを求められはしたが、まさか鹿島もとはな……。

けどまぁ、こいつも甘える先が欲しいってことなのかもしれないな。

 

「こうでいいか?」

 

「もっと、わしゃわしゃーって」

 

「これくらいか?」

 

「えへへ、上出来です」

 

これじゃあ、どっちが褒められてるのか分からないな。

 

「そろそろ戻れ。明日も早いんだ」

 

「はい。おやすみなさい、提督さん」

 

「ああ、お休み」

 

消灯を確認してから、俺も自室へと戻った。

 

 

 

休日。

本部からの許可もあり、俺たちは「街」へと向かうことになった。

用意されたマイクロバスに乗り込むと、駆逐艦たちは「街」で何をしようかと、ワイワイ騒ぎだした。

 

「お前ら、ちょっといいか?」

 

俺がそう言うと、皆黙って俺の方を見た。

同い年くらいの子供より良くできた奴らじゃないか。

 

「これから「街」へ向かうが、その途中で電車に乗ることになっている。前に説明した通り、電車内では静かにしなければいけないぞ。今みたいにはしゃげるのは、このバス内だけだ。いいな」

 

はーい、という返事と共に、皆おしゃべりを再開した。

 

「私も電車は初めてなので、ちょっと楽しみです」

 

そう言うと、鹿島は本部から発行されている艦娘向けの雑誌を読み始めた。

そこには「街」の情報を始め、電車の乗り方や、マナーなどが書かれていた。

 

 

 

マイクロバスは、駅だけがぽつんと建っている場所に停まった。

 

「降りるぞ。忘れ物すんなよ」

 

皆を降ろし、切符の買い方などをおさらいした。

 

「今から電車賃を配るから、貰った者からちゃんと並んで買うように」

 

言わずもがな、この駅も艦娘の更生用に造られたものだ。

駅員は、駅員の格好をしているが、本部から派遣された軍人だ。

常駐ではないので、駅を利用するときは、本部に連絡をしなければならないのだった。

 

「全員買ったか? 買った者から駅に入るように。駅構内では走っていけないことを忘れるな」

 

皆、戸惑いながらも、自動改札を進んでいった。

切符が吸い込まれるのに驚き、中々進めない者もいて、少しばかり時間がかかった。

 

「よし……」

 

艦娘全員が駅に入ったことを確認し、俺も駅へと入った。

電車を待つ列に、一般客を装った軍人が数名いた。

艦娘たちに話しかけ、何やら世間話をしているようだ。

戸惑う者もいたが、ほとんどの艦娘が自然と話せているようで安心した。

 

「お、電車が来たぞ」

 

電車を確認すると、皆声をあげて驚いていた。

静かにさせようか悩んだが、軍人諸君がその姿に微笑んでいるのを見て、口を閉じた。

 

 

 

電車内での艦娘たちは、驚くほど静かで、むしろどこか緊張しているようであった。

そこまでじゃなくてもよかったんだがな……。

 

「あ……」

 

鹿島が小さく声を漏らした。

 

「どうした?」

 

「あれ……」

 

鹿島の指す先に、「街」があった。

何もないところに、急に現れた街。

俺も思わず声を漏らした。

それがきっかけで、みんな車窓からの景色に夢中になっていた。

 

「み、みんな! お行儀が悪いですよ!」

 

「いいよ鹿島。最初だし、大目に見ようじゃないか」

 

「でも……」

 

乗客役に目をやると、小さくうなずいてくれた。

 

「だとよ」

 

「じゃあ……」

 

鹿島も皆に混ざり、車窓からの景色を楽しんだ。

あいつも我慢してたんだな。

 

「フフッ……」

 

 

 

俺も初めて訪れたのだが、「街」に降り立った瞬間、鳥肌が立った。

ところどころ粗はあるものの、色んな関係者総動員でかかっているらしく、少し栄えた駅前のような人混みだった。

 

「凄い……」

 

車も走っていて、もちろん信号機もある。

巨大スクリーンには広告が流れていて、街の騒がしさを演出している。

 

「よし、みんな。ここからは鹿島と俺の二手に分かれて行動する。はぐれない様、お互いを気遣うように。万が一迷子になった場合は、交番を探し、そこにいるおまわりさんに助けを求めるんだぞ」

 

そう言ってやると、みんな二人一組となって、お互いに手を繋ぎ始めた。

この行動には正直驚かされた。

 

 

 

鹿島の組と分かれ、俺たちは「街」を歩いた。

皆、「街」の景色よりも、人々に注目していた。

 

「凄い人だね。外の街もこんな感じなの?」

 

「そうだ。これの何十倍も人がいるんだ」

 

「そんなに!? 迷子にならないかな……ボク、ちょっと怖くなってきたかも……」

 

そう言うと、皐月は俺の手を握った。

 

「大丈夫か?」

 

「うん。こうしていれば安心」

 

他の駆逐艦たちも不安なのか、皐月の手を取ったり、俺の空いている手を取る者もいた。

まあ、最初だしな。

不安にもなるか。

 

「そこの可愛い子たち~」

 

声の方を見ると、そこはクレープ屋で、店頭には陸奥が立っていた。

 

「陸奥さんだ!」

 

見慣れた艦娘にほっとしたのか、皆クレープ屋へと駆けていった。

 

「いらっしゃいませ」

 

「久しぶりだな、陸奥」

 

「あら、懐かしい顔」

 

「ここで働いているのか」

 

「えぇ、週に一度だけね。もう慣れたものだわ」

 

店頭には陸奥しかいなかった。

なるほど、もう付き添いが居なくても大丈夫なレベルって事か。

 

「食べていくでしょ? サービスするわよ」

 

「食べたーい!」

「司令官ー!」

「うーちゃんもー!」

 

「分かった分かった。んじゃ、人数分くれ」

 

「はーい。それじゃあ座って待っててね」

 

そう言うと、陸奥はクレープを焼き始めた。

それに夢中になる駆逐艦たちに、陸奥は笑顔で話しかけていた。

なるほど、接客も完璧だ。

 

「中々様になってるじゃないか」

 

「これでも結構練習したのよ?」

 

「ああ、完璧だよ」

 

「ありがとう。ウフフ」

 

戦艦級は適応が早いな。

計画では、すべての艦娘は難しくても、一部の艦娘を徐々に社会に出す計画もあるらしいし、戦艦級はそれに該当してくるかもしれないな。

 

 

 

それから「街」を堪能し、最後に鹿島組と合流してから、買い物をすることとなった。

 

「それじゃあ、買い物の時間は三十分。自由に買い物をしていいが、このお店から出てはいけないからな。あと、お小遣いには限りがあるのだから、ちゃんと計算するように」

 

皆、買いたいものがあるのか、そそくさと店の中へ入っていった。

 

「提督さん」

 

「鹿島。お疲れさん。そっちはどうだった?」

 

「とっても楽しかったです! いい気分転換になりました!」

 

「そうか。そりゃよかったな」

 

「でも、凄いですね。「街」だけでもこんな凄いのに、外の街って、一体どんな感じなんでしょう」

 

「聞きたいか? どんな感じなのか」

 

「いえ。いつか自分の目で見るので、それまでお預けにしておきます」

 

「……そうか」

 

「その時は、一緒に街を歩いてくださいね。デートです。えへへ」

 

「分かった」

 

「本当ですか!? 約束ですよ!?」

 

鹿島は身を乗り出すと、どこか興奮した様子で俺の返事を待った。

 

「あ、あぁ……約束だ」

 

そう言って小指を出してやると、鹿島は恥ずかしそうに自分の小指を絡めた。

 

「絶対ですからね?」

 

「分かってるよ。ほら、お前も買い物してきたらどうだ?」

 

「あ、そうでした。ちょっと行ってきますね」

 

鹿島の背中を見送り、俺は近くにあった椅子に腰を下ろした。

店では、駆逐艦たちが可愛い小物などを手に取っては、嬉しそうにカゴに入れていた。

 

「…………」

 

窓の外では、忙しそうに人々が歩いている。

偽物の街とは言え、こうしてみると、本当に外に出た気分になるな。

 

「いつか……あいつらと外に……」

 

そう呟いた時、俺の袖を引っ張る者がいた。

振り向くと、電が立っていた。

 

「あの……」

 

「どうした電?」

 

電は何か言いにくそうな表情で俯いていた。

 

「どうした、言ってみろ」

 

「あの……その……お、お小遣いを……前借すること……できませんか……?」

 

「え?」

 

小遣いの前借……?

駆逐艦たちには毎月、一般家庭の平均くらいの小遣いを渡している。

「街」に出ることは今日が初めてだし、お金を使うことも滅多にないから、まあまあ貯まっているはずだが……。

 

「予算オーバーになるほど買うのか?」

 

カゴの中を見ると、鉛筆削り、普通の鉛筆に、色鉛筆。便箋、消しゴムなどが入っていた。

 

「手紙用か」

 

「はい……」

 

確かにこれだけ買うと、ちょっと足りないかもな……。

 

「駄目……ですか……?」

 

「それはちょっと難しい相談だな」

 

そう言うと、電は悲しそうな顔をした。

 

「そうですよね……。戻してくるのです……」

 

「待て待て。そうじゃない」

 

「え……?」

 

「小遣いの前借は無理だ。だが、お前の買おうとしているそれは、お前が買うものではない」

 

「ど、どういうことですか……?」

 

「それは全部消耗品と考えてくれていいってことだ。鉛筆も消しゴムも便箋も、うちの寮には必要な消耗品だ。だから、それは俺が買う」

 

「でも……」

 

「お前は何か他の物を買うんだ。こういう必要なものが足りない時は、まず俺に相談してくれ。分かったか?」

 

「司令官さん……」

 

「ほら、これは俺が買うから、他のを見て来い」

 

「は、はい! ありがとうございます」

 

電は第六駆逐隊の皆と合流し、小物コーナーへと消えていった。

 

 

 

「街」から帰る電車で、皆は疲れたのか、肩を寄せ合って眠っていた。

 

「寝ちゃいましたね」

 

「あれだけはしゃいだらな」

 

車窓からの景色は、全てが夕焼けに染まっていて、広い敷地の中にたたずむ鉄塔が、どこまでも電線を伸ばしていた。

 

「ちょっとだけ……」

 

鹿島は俺に聞こえるくらい、小さな声で呟いた。

 

「ちょっとだけ……提督さんの見ている世界に……近づけた気がしました……」

 

その横顔は、車窓からの光によって、ほんのり赤く染まっているように見えた。

 

「そうか……」

 

そして、そっと寄り添うと、そのまま静かに寝息を立て始めた。

 

 

 

「街」を訪れてから数日がたった頃、電宛の郵便物が届かなくなっていることに気が付いた。

本部に確認しても、検閲で引っかかった訳ではなく、モノ自体が来ていないということであった。

そんな状況が続いても、電が手紙を書くことはやめなかった。

 

「おう」

 

「司令官さん」

 

「まだ食堂で書いてたのか。せっかく机が来たっていうのに」

 

「なんだかここで書くのに慣れてしまったのです。部屋だと静か過ぎるのです」

 

「そうか」

 

前に買ってやった消しゴムは、もう半分くらいになっていた。

 

「電は、あまり字が上手じゃないので、たくさん消しゴムと鉛筆を使ってしまうのです……」

 

「そうか? とても綺麗な字を書くと思うぞ」

 

「でも、鹿島さんの書く字に比べたら……」

 

「電も鹿島くらいになったらあれだけ書けるようになるさ。今はそのくらいで十分通用するよ」

 

「本当ですか? えへへ」

 

電は、一字一句を丁寧に丁寧に、時間をかけて書いていた。

時には辞書を引いて、言葉の意味にも気を遣っていた。

 

「手紙の相手、どんな奴なんだ?」

 

「同い年くらいの男の子のようなのです。外の世界の学校の事とか、今流行りの事とか、たくさん教えてくれるのです」

 

「いい奴なんだな」

 

「はい。でも、最近は忙しいのか、手紙が来ないのです……」

 

電は一瞬、悲しそうな顔を見せたが、すぐに笑顔を取り戻した。

 

「きっと、電たちと同じで、外の世界の子供も大変なのです。だから、頑張れーって、手紙を送ろうと思うのです。ほら!」

 

そう言うと、電は手紙を見せてくれた。

そこには、可愛らしい絵や、シールなどが貼ってあって、大きく「頑張れ!」と書かれていた。

 

「これは元気が出そうだな」

 

「シールは、この前の買い物で買ったものなんですよ。司令官さん、あの時はありがとうございました。こうした手紙を書けるのも、司令官さんのおかげなのです」

 

「どういたしまして」

 

そう言って撫でてやると、電は嬉しそうに笑った。

だが、その笑顔が崩れてしまうような事件が、数日後に起こった。

 

 

 

本部に呼び出された俺は、一通の手紙を手渡された。

綺麗な字で書かれたその手紙の差出人は、電の文通相手である男の子の母親からだった。

 

「電宛に来たこの手紙なんだが……素直に渡していいものか悩んでいてね……。君の意見を聞きたいのだ」

 

手紙を読んで、愕然とした。

 

「相手の男の子は親に、文通していることを内緒にしていたようだ。それを知った母親が、男の子に手紙を送ることを止めさせたが、電が何度も手紙を送ってくるのに見かねて、やめるよう手紙を書いた……ということだな」

 

「どうしてこんなことを……」

 

「そこには直接書かれてはいないが、やはり艦娘との関わりという点で、不安な事があったのだろうと思う」

 

「そんな……! ただ文通をしていただけではないですか!」

 

「ああそうだ。だが、そう言ったこと一つに対しても、不安に思う国民がいるというのが事実だ。艦娘と人の間にある溝は、君が思っているよりも、もっと深いものであるのだ……」

 

「…………」

 

「君の気持ちは痛いほど分かる。私も早く、国民の不安を拭えるように全力で取り組んでいるところだ。だから、今はぐっと堪えて欲しい」

 

「艦娘にも……そう言うのですか……。彼女たちは、国を救ったんだ……! なのに……こんな仕打ちをいつまで……!」

「それくらいにしておけ」

 

声の方を向くと、山岡が立っていた。

 

「山岡……」

 

「言ったろ。艦娘に肩入れし過ぎるなって」

 

「…………」

 

「ここでお前がどんなに吠えようが、国民の耳には届かないんだ」

 

「分かっている……」

 

「分かってねぇよ」

 

「分かっている……! 山岡……どうしてお前はそんなに平気でいられるんだ……」

 

俺がそう言うと、山岡は一つ、大きなため息をついた。

 

「俺たちが狼狽していては、あいつらが不安になるからだ」

 

「……!」

 

「あいつらはあいつらで、人間に理解してもらおうと頑張っているんだ。自分たちの立場をちゃんと理解し、悲しむ暇もなく、毎日……」

 

「…………」

 

「それをお前は、可哀そうだ理不尽だと叫んで、艦娘たちの努力を無下にするようなことばかり言っている。努力している艦娘からしたら、これほど辛いことは無いだろうな」

 

その言葉は、俺の心にグサリと刺さった。

 

「お前は優しすぎる。だが、その優しさは時として、誰かを傷つけることがあるんだ」

 

「俺は……」

 

「山岡君、それくらいにしておきたまえ。とにかく、この手紙に関してどうするか、君に任せる。時間をかけてもいいから、ゆっくりと考えてくれたまえ」

 

「……はい。すみませんでした……」

 

 

 

本部からの帰り、山岡が車で送ってくれた。

 

「山岡……さっきは悪かった……。分かってないのは……俺だったな……」

 

「そうやって熱くなれるのはお前のいいところだ。だが、熱くなりすぎるなよ」

 

「ああ……」

 

「……艦娘に肩入れし過ぎるなとは言ったが、必要なのは、艦娘と同じ目線に立つことだと俺は思う」

 

「艦娘と……同じ目線……」

 

「戦っているのは俺たちだけでも、艦娘だけでもないってことだ」

 

「!」

 

「共に戦っているんだ。あいつらが悲しいと思っているときは、お前も一緒に悲しんでやれ。あいつらが楽しいと思ったときは、お前も楽しんでやれ。そして、あいつらが困難に立ち向かっているときは、俺たちも共にその困難に立ち向かうんだ」

 

「共に……」

 

「艦娘を人間として扱いたいなら、なおさらさ。お前になら出来るよ。俺はもう邪魔者扱いされているからさ」

 

そう言うと、山岡は笑った。

 

「山岡……」

 

「おっと、俺に惚れただろうが、そっちの趣味は無いからな」

 

「フッ……俺だってないさ」

 

「知ってる」

 

「なら言うな」

 

山岡のお陰で、俺の心は少し軽くなった。

そして、本部から預かったこの手紙をどうするか、俺の中で結論を出すことができた。

 

「山岡、ありがとうな」

 

「おう」

 

 

 

寮へ帰り、食堂へと向かった。

 

「よう」

 

「司令官さん」

 

「今日も手紙を書いているのか?」

 

「はい。今日は面白いことがあったので、忘れないうちにと思って」

 

電は嬉しそうな表情で手紙を書いていた。

 

「電」

 

「はい」

 

「大事な話があるんだ」

 

俺の真剣な表情に、電はただならぬものを感じたのか、筆を置いて俺に向いた。

 

「はい……なんですか……?」

 

「実は――」

 

俺は、今日あったことを何一つ隠さず、電に話した。

実際に手紙も読ませた。

相手の母親の気持ち。

国民が思うこと。

それら全てを――。

 

「――ということだ……」

 

聞き終えた電は、一瞬だけ暗い表情を見せた後、無理につくったような笑顔を見せた。

 

「……分かったのです。もう、手紙は書かないのです」

 

「…………」

 

「司令官さん、ありがとうございました。わざわざ本部へ行っていただいて……」

 

「いや……」

 

沈黙が続く。

 

「……少しの間だったけど、楽しかったのです。さて、そろそろお部屋に戻るのです」

 

そう言うと、電は筆記用具などを仕舞い始めた。

 

「あ……」

 

消しゴムが机の上から落ちた。

それを拾う電の手は、小さく震えていた。

 

「電……」

 

俺はしゃがみ、電と目線を合わせた。

 

「…………」

 

「その手紙……本当は隠そうと思っていたんだ……」

 

「え……?」

 

「手紙を読んだとき、真っ先に思ったことだ……。電には知られてはいけないって……。電が傷ついてしまうって……」

 

「…………」

 

「でもそれは……俺の身勝手だと気付いたんだ……。電が傷つくところを見たくない……俺の身勝手だって……」

 

「司令官さん……」

 

「お前は賢いから、俺が隠しても、いずれこの真実にたどり着くだろう。その時、俺はもう傍にいないかもしれない……。傷つくのは……お前だけになるかもしれない……」

 

「それでいいです……。それなら司令官さんが傷つかない……。なのに……どうして……」

 

「お前たちと……この先も同じ目線で、共に生きたいと思ったからだ……」

 

山岡に言われて気が付いたことだ。

 

「艦娘と人間の溝を……無くしたいと思ったからだ……。辛い時も、悲しい時も、嬉しい時も……全部を共有できなければ……それは無くならないと思ったから……」

 

「…………」

 

「もう……お前たちだけが戦わなくていいんだ……。これからは……俺たちも戦う……。共に戦う……。どんな辛い事にも……どんな悲しい事にも……一緒に立ち向かってゆく……」

 

俺は電の手を取った。

とても小さな手であった。

 

「司令官さん……」

 

「お前の気持ちを……俺にも聞かせて欲しい……。一緒に……戦わせてほしい……」

 

電は深く目をつむった。

そして、ゆっくり俺に近づくと、そっと胸の中に顔をうずめた。

 

「電……?」

 

「手紙の男の子と……約束してたんです……。いつか……外で会って、一緒に遊ぼうって……」

 

「…………」

 

「遊園地や動物園……面白いところがたくさんあるんだって……。たくさん……見せてあげるって……」

 

電の体が、小さく震えていた。

 

「約束……したのです……!」

 

今にも泣きだしそうな顔で、俺の目をじっと見つめた。

 

「なのに……もう……」

 

電はぽろぽろと大粒の涙を流し、大声で泣いた。

俺は電を抱きしめた。

とても小さなその体に、どれだけ大きな不安をどのように隠していたのか、俺には想像もつかなかった。

 

 

 

涙は止まったが、今度はしゃっくりが止まらなくなった電を落ち着かせるために、普段は出ることを許可していない屋上へと向かった。

 

「おー……」

 

空はいつの間にか夕焼けに染まっていて、何も遮るものの無い景色の中に、大きな夕日が燃えていた。

 

「綺麗だな」

 

電はしばらく、その景色に目を奪われていた。

 

「…………」

 

しゃっくりが治まった頃、電は小さな声で俺に問いかけた。

 

「手紙の男の子も……この夕日を見ているのでしょうか……?」

 

夕焼けと夜の混じり合う空の下、電の瞳は俺に光を求めているように見えた。

 

「ああ、きっと見ているさ。俺たちは同じ世界に住んでいるんだから」

 

そう言ってやると、電は少し安心したような表情を見せた。

 

「さて、そろそろ戻るか。これからどんどん冷えてくるぞ」

 

戻ろうとした時、電は俺を引き留めた。

 

「どうした?」

 

「あの……もう少しだけ……一緒にいて欲しいのです……」

 

それは、前にお小遣いの前借をせがんだ時よりも、ちょっとばかり勇気の入ったお願いだったようで、夕焼けと同じ色をしたその頬の色が、全てを物語っていた。

 

「駄目……ですか……?」

 

「――いいよ。もうちょっと居ようか」

 

そう言ってやると、今度は抱くようにせがんだので、俺は思わず笑ってしまった。

 

「皆には内緒なのですよ……?」

 

「ああ、分かったよ」

 

抱きかかえてやると、電はそっと目をつむり、俺の胸に頭を預けた。

まるで甘えるように。

 

「…………」

 

そうか……。

こいつらには、母親も父親もいないんだよな……。

甘えられるような相手がいないから、一人で泣いたり、一人で悲しんだりしていたのだろう。

 

「温かいのです……」

 

「ああ、そうだな」

 

夕焼けが沈む頃、電は安心したのか、俺の胸の中で眠ってしまっていた。

 

 

 

「そんなことが……」

 

鹿島は、眠る電に、優しく毛布を掛けてやった。

 

「艦娘と人間の溝……か……。俺は、艦娘ではなく、自分の事ばかり考えていたのかもしれない……。だからこそ、お前たちの努力に気が付けなかった……。お前たちの気持ちに寄り添えなかった……」

 

「提督さん……」

 

「お前は俺の見ている世界に近づいてくれたのに、俺はお前に近づこうともしてなかったんだな……。ごめんな……鹿島……」

 

「いえ……そんな……。でも……提督さんはもう気が付いたんですよね? だったら、これからですよ!」

 

「そうだな……。これからだな……」

 

「私も協力します! だって私は……」

 

そこまで言うと、鹿島は一度、口を紡いだ。

 

「……だって私は、提督さんのパートナーですから!」

 

「ああ。頼りにしているよ」

 

鹿島が帽子を脱いだので、俺は頭を撫でてやった。

 

「えへへ……流石私のパートナーですね。その調子です。でも、わしゃわしゃー感がちょっと足りないかなぁ」

 

「努力するよ」

 

そう言って、俺たちは笑いあった。

 

 

 

翌日。

朝食を取り終えると、電は再び食堂で何かを書き始めた。

 

「何を書いているんだ?」

 

覗くと、電はそれを隠した。

 

「なんだよ。気になるな」

 

「見ては駄目なのです!」

 

「な、なんだよ……。意地悪な奴だな……」

 

そそくさと食堂を出ると、鹿島がくすくすと笑っていた。

 

「なに笑ってんだ」

 

「うふふ。可愛いなぁって思いまして」

 

「?」

 

 

 

部屋に戻って、鹿島とレポートをまとめていると、電がやってきた。

 

「司令官さん」

 

「おう、どうした」

 

「あの……ちょっと……お時間いいですか……?」

 

「いいけど……何か話しにくいことか……?」

 

「はい……」

 

鹿島の方を見ると、またくすくすと笑っていた。

 

「いいですよ提督さん。行ってきてください」

 

 

 

電は俺を部屋から連れ出すと、屋上前の踊り場へと向かった。

 

「…………」

 

誰もいない事を確認すると、俺の方へ向いた。

 

「あの……司令官さん……」

 

「なんだ?」

 

電は恥ずかしそうにノートを俺に渡し、小さくなってしまった。

表紙には、シールなどで飾った輪の中に、「交換日記」と書かれていた。

 

「外の世界では……交換日記というのがあるって……聞いたのです……。お互いの事をよく知るために……仲良くなるためにやるらしいのです……」

 

「俺と……交換日記を?」

 

電は小さく頷いた。

なるほど、鹿島がくすくすと笑っていたのは、この事を知っていたからなのか。

しかし、嬉しいな。

電から積極的に近づいてきてくれるとは。

艦娘と人間の溝を埋めたいって気持ちを汲んでくれているのかもしれないな。

こいつなりの努力といったところか。

 

「構わないよ。しかし、こんなところにわざわざ呼び出さなくても良かったのに」

 

「それは……皆には知られたくなかったから……」

 

「俺との交換日記をしていることをか? それが恥ずかしいって事か? それはちょっとショックかな……」

 

「そうじゃないのです! そうじゃなくて……その……」

 

電は昨日見せた以上に顔を真っ赤にすると、そのまま階段を駆け降りて行ってしまった。

 

 

 

「お帰りなさい提督さん」

 

「おう。お前、これの事知ってたんだな」

 

「えぇ、だって私が提案したんですから。電ちゃんから、提督さんと仲良くなるためにはどうしたらいいのかーっていう相談を受けたので」

 

まさか発案者だったとはな……。

 

「すごい恥ずかしそうだったけど、何か変な事吹き込んだんじゃないだろうな?」

 

「どうでしょう? うふふ」

 

鹿島は意地悪そうに笑うと、再びレポートを書き始めた。

 

「女の子はこうやって成長していくんですよ、提督さん」

 

「訳が分からん……」

 

「そのうち分かりますよ。うふふ」

 

結局その後、電との交換日記は皆にバレ、自分も自分もと、それぞれが俺の元へ交換日記を持ってきた。

 

「レポートよりもこっちの返信に時間を取られてしまうな……」

 

その状況に、電は少しばかり不満そうであった。

理由を聞いても答えてくれないので、鹿島に相談しても、「自分で考えてください」の一言だった。

 

「艦娘と人間の溝は、埋まってゆくものだと思っていたけどなぁ……」

 

「埋まってますよ。ただ、提督さんはもっと女の子との距離の取り方を覚えた方がいいですね」

 

「パートナーなんだから、助けてくれよ」

 

「そっちは任務外なので。頑張ってください、提督さん」

 

どうやら艦娘と人間の溝以外にも、もっと深い溝が俺たちにはあるようだ。

 

「フフッ……」

 

それでも、俺は笑っていた。

何故笑みがこぼれたのかは分からない。

ただ、もう心の中に、未来への大きな不安が消えていたことだけは、確かな事であった。

 

――続く

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