絶華   作:雨守学

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第10話

我が不寮に、第二寮から鹿島と霞が「独立試験」対策の講習を開きに来てくれた。

 

「――では、以上の事を踏まえて問題を解いてみましょう」

 

鹿島の話はとても分かりやすかった。

 

「クソ……全然分かんねぇ……」

 

天龍が頭を悩ませていると、霞が横から助言をしていた。

 

「……ここはさっき鹿島さんが話した通り、公式を使うの。これを求める時に、こうすれば……」

 

「あ、そう言うことか。サンキュー霞」

 

流石は第二寮だな。

にしても、うちの艦娘はどうしてこうも……。

 

「…………」

 

いや……俺のせいか……。

これがあいつだったら、立場は逆転していたのかもしれねぇな……。

 

 

 

「何だか賢くなった気がするぜ」

 

「だよなぁ。練習問題もするする解けるし、もう合格間違いなし、かもな!」

 

講習が終わり、皆何故か満足そうにして部屋を出て行った。

 

「お疲れ。鹿島、霞」

 

「ふぅ……こういうこと、初めてなので緊張しました」

 

「その割には落ち着いていたけどな」

 

「ずっとドキドキしていましたよ」

 

霞にも話しかけようとしたが、そそくさとどこかへ行ってしまった。

 

「すみません。霞ちゃん、まだ社交的になれてなくて……」

 

「あいつの事はよく知っている。こうしてここに来てくれただけでも、かなり成長してるんだって分かる。お前の恋人のお陰だな」

 

そう言ってやると、鹿島は顔をほんのりと赤くした。

 

「今日はありがとう。参考になった」

 

「いえ、また呼んでください」

 

お礼の菓子折りを渡し、鹿島達を見送った。

 

 

 

「よう」

 

工廠に顔を出すと、やはり夕張は居た。

 

「今日は何も作ってねぇのか」

 

「さっきの講習で頭使ったから、ちょっと休憩していただけよ。貴方もそうなんでしょ?」

 

「そんなところだ。帰ったら山風の相手もしなきゃいけねぇしな」

 

「大変ね。代わってあげたいけど、山風ちゃん、貴方じゃないと駄目みたい」

 

「大人の女は寄り付かねぇのに、ガキにだけは好かれる。そういう性癖はねぇのにな」

 

夕張はアイスコーヒーを出してくれた。

甘めに作られていて、脳を使った後にはちょうど良かった。

 

「そう言えば、香取さんから聞いたわ。今日来ていた鹿島さん、第二寮の寮長さんと恋仲だったんだって? 噂には聞いていたけど、本当だとはねー」

 

「厳密には違うんだが……まあ、近い存在ではあったようだな……」

 

「だから異動になっちゃったのね。艦娘と人の恋は駄目ですって。なーんか嫌な感じよね」

 

「そうだな……」

 

俺がそう答えると、夕張は身を乗り出した。

 

「ねぇ、貴方は居ないの? 艦娘で好きな子」

 

「あ?」

 

「嫌な感じ、なんでしょ? それって、好きな子がいるってことじゃない?」

 

「どうしてそうなるんだ……。別にいるからそう答えたわけじゃねぇよ。ただ、やっぱり艦娘ってのは、まだ人と違う存在だと思われてるんだなって思ってよ。この海軍の中でも……」

 

「貴方のように思ってくれる人の方が少数よ。確か嫌な感じだけど、言われていることは尤もだし、私も反対の立場だったらそう思うし」

 

艦娘は皆そう言う。

心の奥底でどう思ってるかは分からないが、俺たち人間の前では、決して恨むようなことは言わなかった。

 

「それよりも、本当に気になってる子とか居ないの?」

 

「まだ言うか。少なくとも、艦娘だろうが人間だろうが、気になる奴はいねぇよ。だから出会いを求めて、合コンとかに参加してるんだ」

 

「連敗中なのに?」

 

「見る目が無い連中ばかりに当たってるだけだ。今に見てろよな」

 

「そう。楽しみにしてるわ」

 

「ったく……。さて、そろそろ行くわ。コーヒー悪いな」

 

「たまにはそっちも何か私にくれてもいいんじゃない?」

 

「分かったよ。何がいい?」

 

「そうね……。じゃあ、この椅子のデザイン案なんてどう? 貴方、絵は上手だし」

 

「ああ、考えておく」

 

「よろしくー」

 

山風の跳び込みに備え、準備運動をしながら、工廠を後にした。

 

 

 

戻ろうとすると、寮の前に車が止まっているのが見えた。

 

「誰のだ?」

 

ドアが開くと、本部の上官が出て来た。

 

「山岡君。ちょうど良かった。今、連絡を取ろうと思っていたところなんだ」

 

「俺に? 珍しいっすね」

 

「たまたま近くを通ってね。少しだけ時間取れるかね」

 

「いいっすよ。中、入ります?」

 

「いや、ここで結構だ」

 

「そうっすか」

 

「実はね、この前の模擬試験の結果についてなのだが……」

 

模擬試験。

全艦娘を対象とした、「独立試験」の筆記模擬試験の事だ。

 

「ここの寮の成績が最下位だったのだ。後で詳しい通知が来るとは思うがね……」

 

「…………」

 

「何と言うか、ここに居た龍田くんをはじめとする優秀な艦娘が抜けてからというもの……第十軽巡寮の成績が下がっているようなんだ……」

 

「……すんません」

 

「まあ、居る艦娘が艦娘だけに、難しいのは理解しているよ。ただ、駆逐艦の寮にも成績が劣っているというのはね……」

 

「…………」

 

「私はそうは思わないが、本部では君の仕事っぷりに対して疑問の声が出ている。特に、同期の彼と比べられてしまっているから、尚更だね……」

 

「あいつは優秀っすからね……」

 

「一応、その報告だ。大変だろうが、私は君に期待している。なに、これから頑張っていけばいいんだ」

 

そう言うと、上官は俺の肩を叩いた。

 

「はい。気を引き締めます。ご迷惑をおかけしました」

 

「では、私はこれで」

 

上官の車が見えなくなるまで、俺はそこを動くことが出来なかった。

 

 

 

「パパ、お帰り」

 

帰って早々、山風に跳びつかれた。

 

「おう……ただいま」

 

「パパ……? 元気、ない……?」

 

「ああ、ちょっとな……」

 

「大丈夫……? お腹痛い……?」

 

「お前に跳びつかれて、痛くなっちまった……。うぅぅ……」

 

大げさにかがむと、山風はオロオロとし出した。

 

「ど、どうしよう……。お医者さん呼ぶ……?」

 

「呼び方分かるか……?」

 

「えーっと……110……」

 

「それは警察だ……」

 

「11……9……。119……!」

 

「そうだ……。良く分かったな……」

 

「119しないと……!」

 

山風が電話を取ろうとしたので、俺は演技を止めた。

 

「なんてな」

 

「……パパ、あたしを騙したの?」

 

「ああ。しかし、良く分かったな。119」

 

「鹿島さんに、教わったでしょ……! 本当に心配……したんだからね……!」

 

「悪かった。だが、お前も毎回跳び込むのやめろ。あぶねぇんだよ」

 

「むぅ……。じゃあ……抱っこして……」

 

「へいへい……」

 

本当、甘えん坊だな……。

落ち込む暇もねぇ……。

 

「パパ、本当に大丈夫……? やっぱり……元気、ない……?」

 

「怒られちまったからな……。俺の指導が駄目だってよ……」

 

「確かに……煙草も吸うし……合コン? も、連敗中だし……」

 

「合コンは関係ねぇだろ……」

 

「でも……あたしはパパが好き……。パパじゃないと、駄目だからね?」

 

そう言うと、山風はニコッと笑って見せた。

慰められてんだな……。

 

「ああ、サンキューな。元気出たぜ」

 

「えへ……」

 

…………。

 

 

 

その夜は眠れず、俺は静かに寮を出て、夜風に当たっていた。

 

「おっと……」

 

また煙草を取り出そうと、ポケットに手を突っ込んでしまった。

ありもしないのに。

 

「クソ……」

 

自分でも駄目な指導者だとは思っていたが、誰かにはっきりと言われちまうと、結構傷つくものだな。

……いや、傷ついたのは、心の奥底で、それでも俺は頑張っているんだと、自分を甘く見ていたからなのかもしれねぇな……。

『あいつは優秀っすからね』

そう言ったところにも、俺の甘さがある。

あいつはただ優秀だったわけじゃない。

努力した結果なんだよな。

それを俺は、生まれつきなものだと、天才的な事なのだとして、自分の怠慢を隠した。

 

「はっ……屑野郎だな……」

 

分かってるさ。

こうして卑下して、俺は駄目な人間だからって、それでいいんだと逃げちまうんだろ?

あいつが落ち込んだ時、俺は言ったよな?

卑下するなと。

今の俺は、なんだ?

あいつにかっこいい事言っておいて、俺は――。

 

「あら、そんなところでなーに黄昏ちゃってるの?」

 

声の主は、夕張だった。

 

「よう……どうした?」

 

「こっちの台詞よ。私は工廠から帰って来たところ」

 

「もう消灯時間だぜ。ちゃんと時間内に帰って来いよ」

 

「夢中になっちゃって。でも、私が帰って来てなかったの、気が付いてなかったでしょ?」

 

そう言うと、夕張は意地悪そうに笑った。

 

「それで、貴方は? 椅子のデザインの事でも考えてた?」

 

「そんなところだ……」

 

「そっ」

 

夕張は隣に座ると、遠くの星を繋ぎ始めた。

 

「寮に戻れよ。良い子は寝る時間だ」

 

「私、貴方と同じで、悪い子だから」

 

「そうかよ」

 

沈黙が続く。

 

「煙草、吸いたい?」

 

「あ?」

 

「あるわよ。ほら」

 

そう言うと、夕張は煙草を取り出した。

 

「お前、どうしたんだよこれ。まさか……悪い子って……」

 

「違う違う。ほら、この前、貴方が合コン惨敗して帰ってきた夜、やけ酒をして潰れたでしょ? その時、貰っておいたの」

 

「だからか……あの時煙草が無かったの……。つうか、何盗ってんだよ……」

 

「その頃から禁煙しないさいって言われてたから。香取さんに見つかったらまずいと思って」

 

「そりゃ、お気遣いどうも……」

 

「吸うでしょ? はい」

 

「禁煙中だって言っただろ。チクった癖に吸わそうとすんな。それともなんだ? 弱みでも握ろうってか?」

 

「そうじゃないわよ。ただ、色々溜め込んでいるようだから、煙草でも吸って落ち着いたら? って思っただけ」

 

夕張は分かっているというように、優しく微笑んだ。

 

「ほら。黙っててあげるから」

 

差し出された煙草をくわえると、ライターで火をつけてくれた。

 

「悪いな」

 

「煙草って美味しいの?」

 

「味はあるが、美味かはねぇな。ただ落ち着く」

 

「ふぅん。私も吸ってみようかな」

 

「止めとけ。いいもんじゃねぇぞ」

 

久々の煙草は、心が落ち着くようであった。

 

「煙いだろ。寮に戻れ」

 

「大丈夫。私、案外この匂い好きだから」

 

「嘘つけ」

 

「本当よ」

 

夕張は帰るそぶりを見せるどころか、居座るように深く腰掛けた。

 

「変な奴だな……」

 

「お互い様でしょ」

 

「はっ……そうだな……」

 

再び沈黙が続く。

夕張は、俺が語るのを待っているようであった。

 

「……叱られちまってよ。駄目な指導者だってさ。本部でも有名らしい」

 

「駄目なのは知ってるけど、そこまでなの?」

 

「あいつと比べられるからな……」

 

「第二寮の寮長さん?」

 

「ああ。あいつはさ――」

 

それから自然と、夕張に愚痴を零してしまった。

夕張はそれを嫌な顔をせず、時には共感もしてくれながら、聞いてくれていた。

それがとても心地よくて、俺は煙草の煙を吐くように、なんでも夕張に話した。

 

「――だから俺は……あちっ」

 

いつの間にか短くなった煙草を見て、我に返った。

 

「……悪いな。愚痴っちまった」

 

「ううん。楽になった?」

 

「ああ、少しはな……。ありがとう」

 

煙草をもみ消し、立ち上がった。

 

「帰るぞ」

 

「うん。あ、その前に工廠寄っていい? 忘れ物しちゃって」

 

「ああ。行ってこい」

 

「ついて来てくれないの?」

 

「あ? なんでだよ……」

 

「夜道を女の子に歩かせるんだ」

 

「さっきまで歩いてただろ。それに、ここは安全だ」

 

「そう。じゃあ、工廠に入り浸っちゃおうかな。外は怖いし」

 

「……分かったよ。ったく……」

 

何を考えているのか、夕張はニンマリと笑った。

 

 

 

工廠の忘れ物は、小さなメモ帳であった。

 

「そんなもの、明日取りに行けば良かっただろ」

 

「気になったら眠れなくなる性分なのよ」

 

「そうかよ……」

 

夕張とは長い付き合いだが、そんな事一度だって聞いたことが無かった。

 

「……さっきの事だけどさ」

 

「あ?」

 

「もっと、私たちを頼ってもいいんじゃない?」

 

「頼る?」

 

「うん。私達だって、何か協力することが出来るかもしれないわ。第二寮の寮長さんはそうやっていたんでしょ?」

 

確かにあいつはそうやっていた。

だが、それは信用されているからであって、俺の場合は……。

 

「……信用か」

 

「信用?」

 

「ああ……。あいつは艦娘に信用されていた。だから、あいつに協力しようと、努力する艦娘が増えたんだ。俺に必要なのは、そう言うことなのかも知れねぇな……」

 

「確かにそうかもね。でも、貴方も結構信用されているじゃない。みんな、心を許しているし」

 

「それは俺が適当だからだろ。接し易いのと信用は別だ。いざとなった時、俺に背中を預けることが出来るか? 無理だろ……?」

 

夕張はそれに答えなかった。

 

「そう言うことだ。まあ、何をすればいいのかは分かった。俺なりに努力はしてみるさ。この話題はこれでおしまいだ」

 

そう言う意味で言えば、俺はあいつらと本当の意味で通じ合ってはいなかったのだろうな。

今まで、ゲームしたり、馬鹿みてぇな話をしたりしていたが、それも全て――。

 

「その話をする為に、わざわざ工廠まで呼んだのか」

 

「どうかしらね」

 

「いずれにせよ、助かった。一応、礼は言っておく」

 

「私も頼りになるでしょ?」

 

「ああ、そうだな。また頼るかもしれねぇ。俺が信用できるような男になったら、協力してくれ」

 

「うん、分かったわ。それじゃあ、戻るわね。おやすみなさい」

 

「ああ」

 

夕張は小走りで寮へと戻っていった。

途中、振り向いて手を振ったりしながら。

 

「信用される男……か……」

 

俺は今度こそ、煙草を全て、ゴミ箱へと放り込んだ。

 

 

 

翌朝から、俺は「街」にある榛名の喫茶店へと足を運んでいた。

 

「山岡さん、珍しいですね。お勉強ですか?」

 

店にはまだ榛名しかいなかった。

客のほとんどは午後から入ってくるらしい。

 

「「独立試験」の勉強だ。寮だと集中できなくてな」

 

「それは大変ですね。雪でも降りそうです……」

 

「季節外れだ。そんなに意外がる事ねぇだろ……」

 

そう言うと、榛名はくすくすと笑った。

 

「どうして急に?」

 

「信用だ」

 

「信用?」

 

「ああ……。俺はあいつらから信用されてねぇ……。だから、信用されるように、まずはあいつらの一歩前に進めるようにこうしている。指導者として、あいつらをちゃんと導かなきゃいけねぇからな」

 

「信用されてない事は無いと思いますが……。その心意気は素晴らしいですね。榛名に出来ることがありましたら、ぜひ協力させてください!」

 

そう言うと、榛名は向かいに席に座った。

 

「「独立試験」なら、榛名も戦時中に何度か受けたことがあります。勉強したら、皆さんに教えようと思っているんですよね? でしたら、榛名がどうやって理解したのかをお教えいたします。榛名の理解の仕方は、ある程度艦娘に共通することだと思いますので」

 

「悪いな。頼めるか?」

 

「もちろんです!」

 

「ありがとう。では、まずは――」

 

 

 

午後になると、人や艦娘も多くなってきて、榛名はその対応に追われていた。

 

「すみません。忙しくなってしまいました……」

 

「いや、悪いな。助かったよ。後は一人で頑張るさ」

 

ここも騒がしくなってきたし、今日はこれくらいに――。

「あら~どこかで見た間抜けな顔ね~」

 

向かずとも、誰なのかすぐに分かった。

 

「そのクソみたいなネットリ声は、天龍依存の龍田だな」

 

龍田は向かいの席に座ると、馬鹿にするような細い目で、俺をじっと見つめた。

 

「依存じゃないわ。天龍ちゃんが心配なだけ。なんせ、貴方のような、乾燥させたロバの脳髄並みの重さしか脳の詰まっていない人間の元に居るのだから~」

 

「乾燥させたロバの脳髄の重さも知らねぇくせに」

 

「少なくとも、普通の人間の脳よりははるかに軽いでしょうね」

 

相変わらずムカつく野郎だ。

天龍と仲良くやっているのが気に入らないのか、いつも煽って来やがる。

 

「これはなに? お勉強? 珍しいわね~。貴方が?」

 

「まぁな」

 

「「独立試験」ね~。どうして貴方が~?」

 

話してもいいが、煽られるのがオチだろうな。

 

「お前には関係のないことだ。榛名、お会計を頼む」

 

「あ、はい!」

 

「お勉強は終わりかしら?」

 

「邪魔者が居るからな」

 

「お互い様よね~。天龍ちゃんによろしくね~」

 

龍田を無視して、俺は榛名の店を後にした。

 

 

 

その日の夜。

山風を寝かしつけ、俺は再び勉強を始めた。

いつもの俺なら、ちょっと勉強しただけで満足してしまうのだろうが、俺に必要なものが分かったからなのか、今はやる気に満ち溢れている気がする。

 

「いつまで続くかは分からないけどな……」

 

しばらく勉強していると、香取が訪ねて来た。

 

「山岡さん、もう消灯時間ですよ? いつまで起きて……って、何をなさっているのですか?」

 

「勉強だ」

 

「勉強って……。ど、どうかしたのですか? まさか、熱でもあるのでは……」

 

予想はしていたが、全員同じようなリアクションを取るな。

俺がどれだけ怠けた人間に見られていたのかが良く分かる。

 

「熱はねぇよ。実は――」

 

香取に事情を説明すると、何故か複雑な表情を見せた。

 

「なんだよ?」

 

「いえ……山岡さんが信用されていないというのは……少し違う気がすると思いまして……」

 

「夕張にも言われたが、信用と接し易いってのは違うだろ。あいつらは俺を頼ることはしない。俺がそういう人間ではないからだ」

 

「なんだか……山岡さんらしくない考え方ですね……」

 

「だが事実だ。俺だって、いつも能天気に考えているわけじゃねぇ。まあ……そう見えるのは振る舞いをしているのも事実だが……」

 

「…………」

 

「同期や後輩は、いつも俺の何歩も先に進んでいる。いつも、そいつらの背中ばかりを見ていた。流石に考えさせられてよ。こうしている訳だ。笑ってもいいぜ」

 

「いえ……そんな……」

 

香取は、同情をしているようであった。

それが余計に、俺の心を傷つけた。

 

「……そう言うこった。悪いな。もう寝るよ」

 

ノートを閉じると、香取は俺の手を取った。

 

「どうした?」

 

「私は……山岡さんのパートナーです……。そういうことは……ちゃんと、パートナーである私に話すべきでした……」

 

「……そうだったな。悪い……遅くなった……」

 

「……私も……信用されていないということでしょうか……?」

 

そう言うと、香取は悲しそうな表情を見せた。

 

「そう言う訳じゃ……」

 

「山岡さんの言うことが正しいのなら……そういうことです……」

 

なるほどな……。

香取は、本当に信用されていないのだとは、思っていない。

俺に同情し、俺を慰めようと、こう言ってくれているんだ。

捻くれた捉え方だが、こいつのパートナーであるからこそ分かる。

 

「俺はお前を信用している」

 

「しかし……」

 

「もういい。慰めは、却って傷つく。お前の優しさは十分に伝わっている。ありがとう」

 

香取は何と言っていいのか分からない表情を見せた。

 

「いずれにせよ、龍田に言わせればお頭の弱い俺には、これをやる他考えられないんだ。間違っていたとしても、気が済むまでやらせてくれないか?」

 

「……分かりました。でも、お体に障りますから……ご無理はなさらないで……?」

 

「ああ、分かってる。今日はもう寝る。それでいいだろ?」

 

「はい……。あの……山岡さん……」

 

「なんだ?」

 

「お一人で抱え込まないでくださいね……? もっと……香取を頼ってください……。いつも口うるさくて、迷惑しているかもしれませんが……。それでも香取は……」

 

「口うるさいのは、心配してくれているからだと分かっている。本当に困ったら、ちゃんと頼るよ。だから、心配すんな。ほら、もう行け。あいつらが起きちまう」

 

「はい……。おやすみなさい……」

 

香取は部屋を出る時に、もう一度俺の方を見た。

そして、目を伏せ、出て行った。

 

「はぁ……」

 

なんだかな……。

こうして勉強などをしているだけで、同情を買うことになろうとはな……。

まあ確かに、普段能天気な奴が、急に勉強なんてし出したら、心配するのも無理はない……。

だが、それにしたって、あんな目を向ける事ねぇだろ……。

 

「…………」

 

これは報いだ。

俺が今まで何もしてこなかったことによる報い。

改めなければ、同じことを繰り返すだけだ。

もうこんな思いはしたくねぇだろ。

だったら――。

俺はバレない様、静かに――小さな明かりを頼りに、勉強を再開した。

 

 

 

翌日も朝から榛名の店を訪れた。

 

「山岡さん、何だか寝不足のようですけど……」

 

「昨日、夢中になって勉強してしまってな。あんなに勉強したのは、受験以来だぜ」

 

「でしたら、今日はお休みした方が……」

 

「いや、問題ない。コーヒーをくれねぇか? 冷たいので頼む」

 

「かしこまりました。無理はなさらないでくださいね?」

 

「分かってる」

 

無理か。

最初こそは使命感に駆られていたが、ここまでくると、何だか楽しくすらなってくるのは何故だろうか。

ランナーズハイという奴だろうか。

 

「あら~朝から精が出るわね~」

 

言わずもがな。

 

「またてめぇか……」

 

龍田は再び向かいの席に座った。

 

「向こうに行けよ。空いてんだろ」

 

「冷たいわね~。あ、ここ間違ってるわ」

 

「あ?」

 

「ほら、こ~こ」

 

「……クソ……マジだ……」

 

消しゴムで消している間、龍田はニヤニヤしながらその光景を見ていた。

 

「コーヒーお待たせしました。龍田さんは何にしますか?」

 

「何もやらんでいい」

 

「目が覚めるものをお願い」

 

「かしこまりました」

 

クソ……何なんだよこいつは……。

何がしたいんだ……。

 

「つーかお前、どうして朝からここにいるんだよ?」

 

「別にいいじゃない。私の勝手でしょ~?」

 

「ったく……。こんなことなら、申告制の廃止に署名するんじゃなかったぜ……」

 

少し前まで「街」へ行くのに、申告が必要だった。

申告者の数により日付が決定し、「街」が開放される。

しかし、「独立試験」の合格者が増えるにつれ、日付を決めるのが難しくなったりして、艦娘達から不満の声が出た。

署名活動にまで発展したほどだ。

そこで導入されたのが定日制だった。

水・土・日の三日間を「街」の開放日と決め、申告制を廃止したのだ。

曜日は、ノー残業デーの水曜、休日の土日と、世間一般の流れに沿って決められたらしい。

 

「いつでも遊びに来れるっていいわ~。天龍ちゃんとデートも出来るしね」

 

「その天龍はゲーム三昧だけどな」

 

「貴方のせいでしょ~? 本当、死んでしまえばいいのにね~」

 

「ゲームに負けるような魅力しかない方が問題だけどな」

 

「言うわね~。最低クラスの寮長の癖に~」

 

俺たちのやり取りに、榛名は終始苦笑いをしていた。

 

「ったく……。いいからどっかいけよ……。勉強の邪魔だ」

 

「それは貴方の集中力が足りないだけ。私を気にせず勉強を続ければいいわ」

 

なんだこいつ……。

まあいい……。

確かに、次に榛名の店に来れるのは来週だし、これからは寮で勉強しなきゃいけねぇから、うるさい環境には馴れておかないといけないな。

勉強を再開する。

どんな邪魔が入るか気にはなったが、龍田は何も言わず、じっと見つめるだけだった。

逆に不気味だ……。

 

 

 

「ふぅ……」

 

区切りのいいところで手を止める。

ふと顔をあげると、龍田は眠たそうに首を落としていた。

 

「眠いなら帰れ」

 

「んぅ……あら、終わったようね~。お疲れ様~。集中できていたわね~。貴方にしては」

 

「後半は余計だ」

 

本当、何がしたいんだろこいつは……。

俺が勉強している間、一言も発しなかったし、邪魔する気配もなかった。

誰かと待ち合わせしているようでもないし……。

 

「本気で勉強しているのね」

 

「ああ……」

 

「でも、勉強方法が本当に残念ね」

 

「あ?」

 

「人間の勉強って感じだわ~。艦娘には艦娘特有の覚え方とか、理解の仕方があるのよ~?」

 

「そんなものは分かっている。だから榛名に……」

 

ん?

 

「何故、艦娘特有の覚え方を学ぶ必要があると思ったんだ?」

 

「え?」

 

「お前、俺が何故勉強しているのか知らねぇだろ? なのに、どうして艦娘の事が出てくる?」

 

「え~? だって、「独立試験」の勉強でしょう? 試験を受ける必要が無い人間が勉強しているってことは、教えるためかと思ったのだけれど~? 違うかしら~?」

 

そりゃそうか……。

 

「そんな貴方にこれをあげるわ」

 

そう言うと、龍田はノートを渡した。

 

「なんだこりゃ?」

 

「私が勉強に使ったノートよ。覚え方とか書いてあるから、参考にしたら~?」

 

パラパラと目を通してみると、確かに妙な語呂合わせが書かれたりしていた。

海上で使う言葉や、ある艦娘の特徴に触れたりしている。

 

「お前、これ、わざわざ持ってきて――」

「――天龍ちゃんによろしくね~」

 

龍田はそそくさと店を出て行ってしまった。

 

「…………」

 

持ち歩いていた訳でもないだろうし……まさか、これを渡す為に……。

 

「あの……」

 

榛名は申し訳なさそうに、伝票を二つ置いた。

 

「龍田さんの分……お支払いは……」

 

あいつ……払ってねぇのかよ……。

 

「……払うよ」

 

 

 

寮に帰り、龍田のノートを見た。

凄く分かりやすく書かれており、時折解説なども入っていた。

艦娘がどうしたら理解できるのかというところに力が入っているようで、まるで教師用の教科書のようであった。

 

「すげぇな……」

 

あんな嫌な奴でも、優秀な奴には変わりないしな……。

第十軽巡寮はあいつに助けられていたってのが、痛いほど伝わってくるぜ……。

 

「山岡ー、いるかー?」

 

天龍たちはノックもせず、ずかずかと部屋に入って来た。

 

「なんだよ? 俺は勉強中なんだ」

 

「俺たちも勉強しようと思ってさー。一緒にやろうぜー?」

 

「あ? お前たちが勉強? どうした? 頭でもやられたか?」

 

「お互い様だろ? いいから、やろうぜー?」

 

摩耶や山風なんかも勉強道具を持ってきていた。

急にどうしたんだこいつら……。

 

「…………」

 

そうか……。

そう言うことか……。

 

 

 

その日の夜。

消灯時間まで勉強していると、案の定、香取がやって来た。

 

「山岡さん、そろそろ……」

 

「ああ、分かってる」

 

香取は部屋に上がり込むと、近くに座った。

 

「どうした?」

 

「昨日、夜更かししましたね……?」

 

「……バレていたか」

 

「もう……。今日はちゃんと寝てください。約束です。約束してくれるまで、ここに居ますからね?」

 

「ああ、分かったよ。約束する」

 

「宜しい。そう言えば、天龍さん達が来ていましたね。何をなさっていたのですか?」

 

「勉強だ」

 

「勉強? 珍しいですね。もしかして、山岡さんに触発されて始めたのでは?」

 

そう言うと、香取は何やら嬉しそうに笑った。

 

「香取」

 

「何でしょう?」

 

「白々しい演技はやめろ」

 

そう言って、香取の方を見た。

 

「天龍たちを仕向けたのはお前だろ」

 

香取は驚いた表情を見せた後、目を伏せた。

 

「やはりそうか……」

 

「お気を悪くされたのならごめんなさい……。しかし……私はただ……山岡さんの気持ちを皆さんにお話ししただけで……。それに、皆さんは協力してくれました……。山岡さんが信用されてないと、皆さんは協力してくれなかったのではないですか……?」

 

言いたいことも分かるし、香取の優しさも十分に伝わってくる。

だが――。

 

「そうかもな……。だが、それは同情じゃないのか……?」

 

「え……?」

 

「信用と同情は違うぜ。可哀想だから協力してくれたのかもしれねぇだろ……」

 

「そんなことは……」

 

「少なくとも……俺はそう感じた……。あいつらには、もっと自然に勉強しようと思ってほしかったぜ……。同情なんかじゃなくな……」

 

香取は深く傷ついたのか、今にも泣きだしそうな表情を見せた。

 

「ごめんなさい……」

 

「あ……いや、悪い……。言い過ぎた……。それはお前の優しさだって分かってるし、無下にするつもりもなかった……。ごめんな……」

 

そうは言っても、香取は表情を変えなかった。

 

「香取……」

 

「ごめんなさい……。私……いつも余計な事を……」

 

香取はとうとう涙を零してしまった。

こいつが涙するところ、初めて見たかもな……。

 

「どうしたら……お力になれるのか分からなくて……。山岡さんが……頑張ってくれているのは嬉しいです……。けど……貴方が艦娘を想うように……私たちも貴方を想っているんです……」

 

「…………」

 

「どうしたらそれが伝わるのか分からなくて……。やっぱり伝わらなくて……。貴方はどんどん無理をして……一人で戦おうとして……。私は……そんな貴方を見ているのが……とても辛くて……うぅぅ……」

 

今まで、同情されるのが嫌で嫌で仕方がなかった。

けど、そうしている奴らの気持ちを理解することをしなかった。

そうだよな……。

心配になるよな……。

何かしてあげたくなるよな……。

情けってのは、そう言うもんだよな……。

優しさって、そう言うもんだよな……。

 

「ごめんな香取……。お前の気持ちを考えていなかった……」

 

「山岡さん……」

 

「お前の気持ち……嬉しいよ。俺は捻くれていた馬鹿野郎だ。素直に気持ちを受け取ることが出来なかった馬鹿野郎だ……」

 

そう言うと、香取は激しく首を横に振った。

 

「いや、そうだ。女も泣かせてしまうし、合コンも惨敗。馬鹿野郎だろ。違うか?」

 

そう言って笑ってやると、香取も小さく笑った。

 

「ありがとう香取。もう無理はしないし、お前を泣かせるようなこともしない。困ったときはお前を頼るし、一人で戦おうともしない。だから、心配せず見守ってくれねぇか?」

 

「……もちろんです! 香取は貴方のパートナーですから……!」

 

「ああ、そうだな。よし、ちゃんと約束しよう。ほら」

 

俺が小指を出すと、香取も小指を絡め、約束を紡いだ。

 

「まるで子供の約束ですね」

 

「そうだな。お前も子供みたいになってるぜ」

 

そう言って涙と鼻を拭いてやった。

 

「い、言ってください! 自分でやりましたのに……。恥ずかしいです……」

 

「情けをかけてもらったからな。お返しだ」

 

「そんなお返しいりません! もう……」

 

香取は可笑しそうに笑った。

 

「あら、このノートは?」

 

「ああ、こりゃ龍田のだ。「独立試験」の勉強で使ったノートだと。艦娘に勉強を教えれるようになりたいのなら、艦娘の勉強方法を学べとさ」

 

「龍田さんのノート……ですか……」

 

香取は不思議そうにノートを捲った。

 

「何か変か?」

 

「いえ……。龍田さん、ノートではなく、テキストに直接記入する方だったので……」

 

「え?」

 

「テキストが付箋と書き込みで凄いことになっていたので、とっても印象に残っているんです。「独立試験」の勉強で使ったノートって言っていたんですよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「それにしては丁寧すぎると言いますか……。自分の為というよりも……これではまるで……」

 

その時、香取は何かに気が付いたようで、無言で俺にそれを見せた。

 

「ここの部分ですけど……。これは――」

 

それを聞いて、最初こそは信じられなかったが、同情を受け入れることが出来た今だからこそ、理解できる気がした。

 

 

 

翌日。

龍田と会う約束をしていた天龍に同行し、本部の中にあるフリースペースへと向かった。

中に入ると、龍田は既に到着していて、退屈そうにコーヒーを啜っていた。

 

「龍田~」

 

「天龍ちゃ……って、あら~? 余計なものまでついてきたわね~」

 

「邪魔するぜ」

 

「本当に邪魔ね~。帰って欲しいわ~。出来ることなら、この地球上から出て行ってほしいわ~」

 

「出来ねぇからここにいることにするぜ」

 

向かいの席にドカッと座る。

龍田は少し不機嫌そうな表情を見せた。

 

「山岡が龍田に話があるんだってよ。俺はちょっと外すから、終わったら呼んでくれよ~? じゃあな」

 

天龍が出ていくと、龍田はそれを名残惜しそうに見送った。

 

「それで~? 何かしら? くだらないことで邪魔したのなら、本気で痛めつけるわよ~?」

 

「構わねぇよ」

 

俺は龍田のノートを机の上に置いた。

 

「理由を言え」

 

「何の理由~?」

 

「嘘をついた理由だ」

 

俺がそう言うと、龍田の表情からいつもの微笑みが消えた。

 

「お前、勉強にノートは使わないんだってな。香取から聞いたぜ」

 

「使ったわ。確かにね。一人で勉強している時だけ、こうしてノートを取っていたのよ? 復習するために」

 

「ほう。そうか。なら、これはなんだ?」

 

俺はノートを開き、ある問題とその解説を指した。

 

「これがどうしたのかしら?」

 

「お前は「独立試験」の受験勉強の為に、このノートを使っていたんだよな?」

 

「えぇ」

 

「お前が「独立試験」に合格した時には、この問題はまだ導入されていなかったはずだぜ」

 

龍田は何かを考えるようにして、ゆっくりと目を閉じた。

そして、思いついたように言葉を吐いた。

 

「それは、後から追加した項目で――」

「――こんな途中のページにか?」

 

龍田は閉口した。

構わず続ける。

 

「ついでに言うと、このノートに書かれている勉強の流れは、最近発行された新しいテキストの流れと一緒だ」

 

「…………」

 

「「独立試験」の勉強に使ったというのは嘘で、このノートはわざわざ作ったものだ。違うか?」

 

龍田は観念したように、肩を落とした。

 

「えぇ、そうよ~。ごめんなさいね~」

 

「そうならそうと言えばいいだろ。なぜ嘘をついた」

 

それに、龍田は答えなかった。

理由を考えているようだったが、何も思いつかなかったのか、そっと目を伏せた。

 

「……同情か?」

 

「え……?」

 

「お前、俺が何故勉強していたのか、知っていたんだろ。昨日お前が「艦娘の勉強方法」とか言い出したから、もしかしてと思って、さっき榛名に連絡を取って聞いてみたんだ。そしたら、俺が勉強している理由を知らないか……って聞かれたとよ……」

 

「…………」

 

「このノートは、その理由を知ったお前が、徹夜でもして作ってくれたんだろ? 眠そうにしてたからな」

 

龍田は答えなかった。

 

「……俺は今まで、同情されるのを嫌っていた。だが、昨日の夜、それを考えさせられることがあってな。考え方を改めることにしたんだ。そんな今だからこそ、お前の嘘について色々と考え、調べさせてもらったって訳だ」

 

「…………」

 

「嫌いなんだろ? 俺の事……。なのにどうして……。そんなに可哀想に見えたか……?」

 

「違う……」

 

「なら……」

 

龍田は見たこともないような、悲しそうな顔を見せた。

 

「嫌いじゃないわ……。貴方の事……」

 

「え……?」

 

「確かに……いつも天龍ちゃんの傍にいて、邪魔な存在だとは思っていたわ……。でも……貴方は誰よりも艦娘を想っていて……口は悪いけど……決して存在を否定することはしなかった……」

 

「…………」

 

「艦娘に対する酷い言葉をたくさん聞いてきた……。海軍の中でも、そう言う意見を持っている人はたくさんいた……。それでも……貴方は私たちを庇ってくれて……人と同じように……対等な立場で接してくれた……。そんな貴方を……嫌いになるわけないじゃない……」

 

「しかし、お前はいつだって……」

 

「貴方と同じよ……。貴方だって……本気で私を嫌ってたわけじゃないはず……。今更、仲良くしましょなんて、気持ち悪いでしょう?」

 

そう言うと、龍田はいつものような微笑みを見せた。

 

「ああ、確かにそうだな」

 

「だから、嘘をついたのよ……。同情じゃない……。貴方に協力したかった……。まあ、結局……照れ隠しだったのよ。それだけの話」

 

龍田は遠くを見つめた。

そして、小さく言った。

 

「嬉しかったの……」

 

それ以上、龍田は何かを言うことは無かった。

俺もそれ以上を聞かなかった。

ノートを仕舞い、席を立つ。

龍田は視線を動かすことなく、じっと座っていた。

 

「龍田」

 

「…………」

 

「ありがとな……」

 

フリースペースを出る時、天龍と目が合った。

やり取りを聞いていたらしく、ぐっと親指を立てると、大きな笑顔を見せてくれた。

そして、いつものように元気な感じで、龍田の元へと向かっていった。

 

 

 

工廠を訪ねると、夕張は作業を止めて、すぐにコーヒーを入れてくれた。

 

「いつも悪いな」

 

「いいのよ。それで、出来たの?」

 

「ああ。ほら」

 

椅子のデザイン案を渡してやる。

夕張はそれを細かくチェックすると、理解したというようにうなずいた。

 

「うん、これなら出来そう。とっても素敵なデザインね。ありがとう」

 

「そりゃよかった」

 

今日コーヒーは豆が違うのか、少しだけおいしく感じた。

 

「そう言えば聞いたわよ。勉強しているんですって?」

 

「ああ。お前に気付かされた信用を得るためにな」

 

「皆もつられて勉強しているみたいね。信用されてきているんじゃないの?」

 

「同情されてるだけだ。だが、今はそれでいいと思っている」

 

「あら、どういう気持ちの変化? 同情なんて、一番嫌いそうなのに」

 

「色々あったんだよ」

 

「ふぅん……。色々ねぇ……」

 

夕張は細い目でじっと俺を見つめた。

 

「なんだよ?」

 

「別に? ただ、なーんか成長しちゃったなーって」

 

「良いことじゃねぇか」

 

「そうだけどさー。なーんかねー」

 

「なんなんだ……。っと、そうだ。実は、お前に頼みたいことがあってな」

 

「ん? なになに?」

 

「実は、食堂の一角にこういうスペースを作れねぇかと思ってさ。デザインを考えて来たから見てくれねぇか? こういう感じにしたいんだ」

 

デザインを見せると、夕張は顔をしかめた。

 

「うーん、出来なくはないけど……。なんのスペースなの?」

 

「勉強スペースだ。こういう場所があれば、皆で勉強できるし、勉強をする場所って意識が付いて、やろうとするきっかけにもなると思うんだ」

 

「なるほどね……。そうね……」

 

夕張は再び俺の目をじっと見つめた。

 

「どうした?」

 

「やっぱり、成長しちゃったなーって」

 

「だから、何が悪いんだよ?」

 

「何だろうね。私も良く分からないわ。まあとにかく、いいと思うわ。椅子を作り終えたら、取り掛かることにするわ」

 

「ありがとう」

 

「でも、一人だと大変だから……頼ってもいい?」

 

そう言うと、夕張はニコッと笑って見せた。

その意味が、俺には良く分かって、思わず笑ってしまった。

 

「ああ、もちろんだ。俺で良ければ」

 

「よし! そうと決まれば、早速椅子を終わらせるかな! 徹夜でもしちゃおうかしら?」

 

「おいおい……」

 

「冗談よ。ふふっ」

 

同情だろうが信用だろうが、想ってくれていることには変わらないんだよな。

それを知れただけでも、夕張の言うように、成長できたのかなと思う。

あいつらの背中はまだまだ遠いが、確実に大きな一歩を踏み出せたはずだ。

俺だけの力ではなく、想ってくれるこいつらと共に――。

 

「そうか……」

 

あいつらは、そうやって来たんだな。

当たり前の事だが、ようやく気付くことが出来た。

 

「どうかした?」

 

「いや……。俺も手伝おう。昔、艤装の調整をしたりしてたんだぜ? 知らねぇだろ?」

 

「知ってるわよ。明石から聞いてる。便利屋さんって呼ばれてたんでしょ?」

 

「ああ」

 

「でも、結構不器用だったって聞いてるわ。知ってる? 貴方が調整した後、明石がこっそりやり直してたの」

 

「マジ……?」

 

「マジよ。でもまあ、期待してるわ。せいぜい足を引っ張らないようにね」

 

「ああ、任せておけ」

 

今はこれくらい不器用なのがちょうどいいのかもしれねぇな。

そんな事を思いながら、俺は足元の工具に足を取られ、コーヒーをぶちまけながら壮大にこけた。

 

――続く

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