絶華   作:雨守学

11 / 24
第11話

「っと、こんなもんか」

 

「いいわね。なーんだ、意外と器用じゃない」

 

「ったりめぇだ。明石の奴が適当なこと言ってるだけだからな」

 

椅子を本部に提出し、俺と夕張はすぐに勉強スペースの作製に取り掛かっていた。

 

「この調子だったら、明日には終わりそうね」

 

「お前、それ徹夜を含めて言ってるんじゃねぇだろうな?」

 

「……バレた?」

 

「ったく……徹夜なしだとどれくらいだ?」

 

「三日かしら?」

 

「十分だ」

 

そんな冗談をいいながら作業をしていると、野次馬が集まってきて、俺の格好(真面目に作業着を着ていたんだ)を馬鹿にし出した。

いつもの俺ならキレるところだが、勉強スペースを早く完成させたかったのもあり、無視していた。

 

「なんだよ山岡ー、オレ様にビビってんのかー?」

 

「…………」

 

「天龍、無視されてんぞー」

 

「う、うるせぇ! 山岡! なんか言ったらどうだ!?」

 

夕張の方を見ると、居心地の悪そうにしていた。

騒がしい中ではやりにくいよな。

仕方ねぇ……少しお灸を据えておくか。

 

「天龍」

 

「お、なんだぁ? やるか?」

 

「少し黙れ……」

 

脅すような、低い声でそう言った。

 

「な、なんだよ……。そんなに怒ることねぇだろ……」

 

「天龍ビビってるー!」

 

「う、うるせぇ! もういいっ! なんなんだよ……」

 

天龍は摩耶に茶化されながら、食堂を後にした。

 

 

 

その日の夜。

皆で飯を食っていると、いつも絡んでくる天龍は、端の方で小さくなっていた。

 

「…………」

 

結構効いているな。

まあ、これであいつも少しは懲りるだろ。

ずっと甘やかしてきたしな。

本気で叱られないと分からねぇこともあるしな。

 

「パパ、食べさせて……?」

 

「山風、お前そろそろ俺から離れて食えよ」

 

「ヤダ……。あーん、して!」

 

「嫌だね。ほら、ちゃんと箸を持て」

 

「むぅ……!」

 

山風は箸を置くと、ツーンとそっぽを向いた。

 

「はぁ……」

 

本当、問題児だらけだな……。

そうしてしまったのは自分のせいだとは言え、ここまでとは……。

信用されるために努力はしているつもりだが、言うことを聞いてくれるまでは時間がかかりそうだな……。

 

 

 

山風を香取に任せ、俺は工廠へ飯を持っていった。

 

「夕張、飯持って来たぜ」

 

「ありがと。そこに置いといて」

 

夕張は勉強スペースに使うであろう木材の加工をしていた。

 

「飯の時間はちゃんと戻って来いって言ったよな?」

 

「だって、徹夜するなって言われたんだもの」

 

「だからって食事の時間を削っていいわけ……はぁ……」

 

近くにあったぼろぼろのソファーに、深く腰掛けた。

項垂れる俺を見て、夕張は作業の手を止めた。

 

「大丈夫?」

 

張っていた気が、一気に緩むのを感じた。

この数日間、俺に足りないものを得るために――信用を得るために、勉強や様々な事をしてきた。

まだ十分ではないのは分かっている。

だが、それにしたって、龍田の本当の気持ちを知れた以外、何かが変わったことは無いし、あいつらは相変わらず、俺の言うことを聞くどころか、ますます酷くなっているようにすら感じる。

 

「なんか……疲れちまった……」

 

あいつや飯田ちゃんは、ずっとこんな事を繰り返していたんだな……。

本当、すげぇぜ……。

 

「ご、ごめんね……。疲れさせるつもりはなかったの……」

 

夕張は隣に座り、そっと俺の手を取った。

 

「いや……お前のせいじゃねぇよ……。色々とあって……疲れただけだ……。とにかく、飯はちゃんと食いに来いよ……。じゃあな……」

 

「あ……うん……。ごめんね……」

 

 

 

寮に戻り、山風の相手をした後、部屋に戻った。

 

「…………」

 

勉強をしようとノートを開いたが、気が進まず、そのまま閉じてしまった。

 

「はぁ……」

 

ため息ばかりが出る。

急に気が緩むと、こうも――。

 

「失礼します」

 

俺の返事を待ってから、香取は部屋に入って来た。

 

「どうした?」

 

「いえ、大した用事では……。その、何だかお疲れのようでしたので……」

 

「ああ……。ちょっとな……」

 

香取は俺の近くに座ると、じっと目を見つめた。

 

「山岡さん、前にも言いましたが、香取はパートナーです。ちゃんと相談してください」

 

「……そうだったな。実はさ――」

 

説明すると、香取はどこか安心したような表情を見せた。

 

「そうでしたか……。でもそれは、時間をかけていくことですから……」

 

「ああ、分かってる……。しかしな……」

 

「山岡さんは少し気を張り過ぎです。頑張らないといけないのは確かですけど……休憩だって必要な事です。第二寮の寮長さんだって、いつも頑張っていたわけではありません」

 

「そうかもな……」

 

「ガス抜きは必要です。どうでしょう。たまにはテレビゲームで遊んでは? ここのところ、ずっと手を付けていないようでしたし……。宜しければ、香取がお相手します!」

 

そう言うと、香取はニコッと笑って見せた。

前言撤回だな……。

何も変わっていないと言ったが、こうして俺の事を労ってくれるパートナーが出来ていた。

 

「ありがたいが、お前ヘタクソだからなぁ……」

 

「す、少しは馴れました! 山岡さんに言わせれば……下手かもしれませんけど……。……香取じゃ……相手になりませんか……?」

 

香取は不安そうな表情を見せた。

 

「……いや、そんなことはねぇよ。そうだ。協力型のゲームでもするか。それなら、楽しめるだろ」

 

「協力型?」

 

「力を合わせて、一緒に進めていくゲームだ。複数人でやるのは、なにも対戦式のゲームばかりじゃねぇんだ」

 

「そうだったのですね……。で、では……お願いします」

 

「ああ」

 

それから香取とゲームをした。

協力型のゲームとは言え、正直一人でもクリアーできるレベルではあった。

だから、大抵は協力者を置いて行ってしまうのだが、香取の一生懸命ついてこようと姿勢を見ると、足並みをそろえようと思えてしまう。

 

「すみません……。足を引っ張ってしまって……」

 

「いや、大丈夫だ。ゆっくり行こう」

 

進めてゆくにつれ、先ほどの沈んだ気持ちは消えて行き、香取とのゲームに夢中になっていた。

 

「今だ香取!」

 

「はい!」

 

最後は香取の攻撃が決定打となり、ボスを倒すことが出来た。

 

「や、やりました! やりましたよ山岡さん!」

 

「ああ、やったな」

 

ハイタッチをすると、香取は我に返ったのか、顔を赤くして俯いた。

 

「そ、その……少しはガス抜きになりましたか?」

 

「ああ、夢中になっていた。気分も心なしか晴れたようだ」

 

「そうですか。なら良かったです」

 

「悪いな。気を遣わせちまって。もう大丈夫だ。楽しかったぜ」

 

「私も楽しかったです」

 

本当に楽しかったのか、香取は名残惜しそうにコントローラーを置いた。

 

「香取」

 

「はい」

 

「たまにでいいんだ……また、一緒にプレイしてくれねぇか?」

 

「も、もちろんです! 香取で宜しければ、いつでも!」

 

「ありがとう」

 

「あ、でも、「一日一時間」は守ってくださいね?」

 

「分かってるよ」

 

時計が消灯時間を知らせた。

 

「もうこんな時間……。楽しい時間はあっという間ですね……」

 

「そうだな」

 

先ほどからさらっと聞き流してはいたが、香取自身もこの時間を本当の本当に楽しんでいたんだな。

少し前までは、親の仇ばりにゲームを否定していたのに、おかしなもんだ。

 

「もう戻れ。ガス抜き、ありがとな」

 

「いえ。また何かあったら仰ってください。香取がいつでもお力になります」

 

「心強いな」

 

そう言ってやると、香取は嬉しそうに笑って見せた。

 

「じゃあ、お休み」

 

「はい。おやすみなさい」

 

パートナーか。

まさか、香取にここまで心を許せるようになるとはな。

夕張にはちょくちょく相談していたが、本当は香取に話すべきことなんだろう。

それがパートナーのあるべき姿。

信用されたいと努力してきたが、俺が信用するってことも大切なんだな。

 

 

 

翌日。

朝食を済ませた後、作業に取り掛かった。

 

「昨日は本当にごめんね……。私……ちゃんとするから……」

 

夕張は昨日の事を相当重く受け止めたらしく、朝からずっと悲しそうな顔をしていた。

 

「いや、お前は悪くねぇ。昨日は本当に疲れていて、お前のところで気が緩んじまったんだ。不安にさせて悪かった。こちらこそごめんな」

 

そう言ってやると、夕張は少しだけ安心したような表情を見せた。

 

「作業を進めよう」

 

「うん」

 

しばらく作業をしていると、再び野次馬が集まって来た。

しかし、そこに天龍の姿は無かった。

 

「今日は静かだな」

 

「天龍の奴、山岡が怒ったことを相当気にしてたみたいだからなぁ。ま、自業自得だけどな」

 

「お前が煽るからだろ」

 

「チョロいのがいけねーだけだろ? そんなに静かなのが嫌なら、この摩耶様が相手をしてあげてもいいぜ?」

 

「遠慮しておく。どうせ俺が勝つしな」

 

「な……!?」

 

それから摩耶がギャーギャー騒ぎだしたので、力比べと称して木材を切らせたり、釘打ちなどをやらせた。

 

「ありがとう摩耶。おかげで随分進んだぜ」

 

「お前……あたしを利用したなぁ!?」

 

「チョロいのがいけねーんだろ?」

 

「ぐぬぬ……! ムカつく……!」

 

作業は香取が皆に声をかけてくれたのもあり、予定よりも早く進んでいった。

この調子だったら、今日の夕方には終わるかもな。

 

 

 

残りあと少しというところで、本部より連絡が入った。

 

「――鎮守府へっすか?」

 

『そうだ。夕張くんの完成させた椅子を二日後に――鎮守府で開催される交流イベントで展示することになってね。是非、夕張くんにも参加してほしいのだ』

 

「急っすね……。本人に聞いてはみますが……あいつはまだ外の世界に出たことが無いんっすよ? 「独立試験」には受かっていますが、「街」にすら滅多に出ることは無くて……」

 

『だが、このままではいけないだろう。いつまでも工廠にこもりっぱなしでは、コミュニケーション能力は身につかない。いい機会だと思うがね』

 

「確かに……」

 

『なに、心配するな。夕張くんが参加するとなれば、君にも同席してもらうつもりだ。それに、向こうには明石くんもいる。彼女は君たちに会いたがっていたぞ』

 

それならいかない手はないな。

 

「分かりました。夕張に話して、またお返事します」

 

『頼んだよ』

 

電話を切って振り向くと、夕張がこちらを覗き込んでいた。

 

「完成したわ。電話、私の事を話していたようだけど?」

 

「ああ、実は――」

 

事情を説明すると、夕張は飛び上がって大喜びした。

 

「外に行けるのね!」

 

「ああ、良かったな」

 

「うん! ね、早く本部に連絡してよ!」

 

「分かったわかった。そう急かすな」

 

そんなに外に行きたかったのか。

全く知らなかった。

本部へ参加表明をする。

 

「イベントは二日後だ。前乗りするから、明日の昼には出発するらしい」

 

「本当、急ね。でも大丈夫。今から準備するわ!」

 

そう言うと、夕張は寮を飛び出していった。

 

「さて、俺も色々とやらなきゃいけねぇな」

 

香取に勉強スペースが完成したことと、イベントの事を話し、俺がいない間に任せなきゃいけない仕事を引き継いでいった。

 

「急な事で悪いな」

 

「いえ、これもパートナーの仕事ですから」

 

「ありがとう」

 

結局、勉強スペースのお披露目会をする暇もなく、翌日を迎えた。

 

 

 

「ヤダ……! あたしも、行く……!」

 

見送りには香取のみが着いてくる予定だったが、山風がどうしてもと聞かなく、着いて来てしまった。

 

「山風、いい加減にしろ。お前にはまだ早い」

 

「ヤダ……! 絶対、行くから……! 離れない、から!」

 

「山風ちゃん、山岡さんを困らせたら駄目よ?」

 

「イヤ!」

 

山風の駄々に、警護の連中もお手上げという様子であった。

 

「山風」

 

「…………」

 

「いつか、お前も一緒に連れて行ってやる」

 

「今がいいの……!」

 

「お前はまだ「独立試験」にも受かってないだろ。まずはそこからだ」

 

「そんなの……いつになるか分からない……」

 

「そんなことは無い。お前なら出来る。その為に、勉強スペースを作ったんだ。お前には期待している」

 

そう言って山風の手を取る。

目線を合わせながら。

 

「すぐ帰ってくる。だから、俺が帰ってくるまでに、香取と一緒にたくさん勉強して、俺を驚かせてくれよ。な?」

 

「うん……。分かった……。すぐに帰って来てね……。約束……」

 

「ああ、約束だ。ほら、ぎゅってしてやる。しばらくできないからな」

 

山風は俺の胸に飛び込み、感触を確かめるように顔をうずめた。

 

「もう大丈夫か?」

 

「うん……」

 

「いい子だ」

 

立ち上がり、香取に山風を預けた。

 

「悪いな。後は頼んだぜ。香取」

 

「はい。お任せください。あ、山岡さん、お待ちになって……」

 

香取は俺のネクタイを直すと、胸をポンっと叩いた。

 

「これで良し。お体に気を付けて」

 

「ああ、お前もな。行ってくる」

 

二人に見送られ、俺は夕張の待つ車へと乗り込んだ。

 

「待たせたな」

 

「夫婦みたいだったわ」

 

「あ?」

 

「貴方と香取さん。ネクタイ直して、気を付けてねーなんて」

 

「そうか?」

 

「香取さんも最近、貴方の事よく話すようになったし、気があるのかも」

 

「馬鹿言うな。あいつはそんなことは考えねぇよ。ちゃんと自分の立場も俺の立場も分かってる」

 

「ふーん。信頼されてるんだ。ますます夫婦っぽいわね」

 

運転手がミラー越しにこちらを見ていた。

仲がいいみたいに言われると、変に疑われそうで怖いな。

 

「まあでも、そうだな。香取が嫁に来たら、きっといいもんだろうな」

 

冗談のようにそう言うと、運転手は視線を戻した。

 

「ふーん……そう……」

 

思った反応が見られなかったのか、夕張はつまらなそうに車窓に目をやった。

 

 

 

吹雪が初めて外出した時と違い、警護は少なめだった。

あの時はまだ艦娘が信用されていなくて、艦娘を守るための警護というよりも、人間を守るための警護という意味の方が強かった。

今回の数を見る限り、ある程度の信用を得たことは間違いなかった。

それもこれも、――鎮守府で活躍しているあいつらの功績と言えるだろう。

 

「そろそろ、マジの外の世界だぜ」

 

ゲートを抜けると、遠くに海が見えた。

 

「ほら、海だ」

 

そうは言っても、夕張は感動するそぶりを見せなかった。

 

「外の世界に出れてうれしくねぇのか?」

 

「嬉しいわよ」

 

「なら、もっと喜んだらどうだ? 吹雪は感動していたと聞くぜ」

 

「そりゃ、大好きな第二寮長さんと一緒だったからでしょ。私だって、好きな人と出れたら飛んで喜ぶかもね」

 

「そうかよ。悪かったな。俺が相手で」

 

「そうね」

 

夕張の言葉には、少し棘があるように感じた。

 

「今日はやけに突っかかるじゃねぇか。どうかしたのか?」

 

「別に。普通よ」

 

「あっそ……」

 

機嫌悪いな。

――いや、緊張してるのかもな。

外に出るってのは、結構重要なことであり、艦娘としての態度を試される。

もし夕張が間違った態度を取ってしまった日にゃ、それが艦娘全員の印象になると言っても過言ではないだろう。

俺も燥いでる場合じゃねぇよな。

 

「…………」

 

それからはお互いに一言も話すことは無く、車は目的地へと向かっていった。

 

 

 

――鎮守府に着いたのは夕方で、迎えには飯田ちゃんが来てくれた。

 

「お疲れ様です。山岡さん、夕張さん」

 

「おう、久しぶりだな。飯田ちゃん」

 

久々に会った飯田ちゃんは、どこか大人びていた。

 

「お二人を待ってる人がいますよ。あの施設に居ます。案内も、その方が」

 

聞かずとも、明石の事だと分かった。

 

「明日の件を先に話しておきますね。明日は11時に、あの工廠へ行ってください。中には展示物があります。13時よりイベントが始まりますので、夕張さんと明石さんにはそこで展示物の説明や、交流を行っていただきます。山岡さんは補助をお願いいたします」

 

「ああ、分かった」

 

「詳しくは明石さんが知っていますので、聞いてくだされば大丈夫です。説明は以上です。もし何かあれば、私の携帯まで連絡ください」

 

説明を聞き終えると、夕張は何も言わずに施設の方へと向かっていった。

 

「あ、おい。ったく……」

 

「夕張さん、ご機嫌斜めですね。何かあったんですか?」

 

「緊張してんだ。ごめんな飯田ちゃん」

 

「いえ。ちょうど良かったです。山岡さんにだけお話がありましたので……」

 

「お、愛の告白か?」

 

「フフッ、ごめんなさい。先輩の事です」

 

「そら残念」

 

冗談を言い終えると、飯田ちゃんは目を伏せ話し始めた。

 

「先輩もこのイベント、吹雪さんと回る予定です。おそらく、山岡さんと会うこともあるでしょう」

 

飯田ちゃんが言いたいことは分かっていた。

 

「無視してもらって構わねぇよ。絡んだら、うっかり向こうでの事を話しちまいそうだからな。あいつの気持ちを尊重する」

 

そう言うと、飯田ちゃんは驚いた表情を見せた。

 

「流石ですね……。山岡さんは先輩の事、良く分かっています。先輩も同じことを言っていました。山岡さんの気持ちを尊重するって……。それでも、きっと山岡さんは、無視してもいいって言うだろうって……」

 

飯田ちゃんは、少し羨ましそうに微笑んだ。

本当、あいつの事が好きなんだな。

 

「私も、向こうへ戻る機会があるので、どうしても情報を知ってしまって……。先輩と上手くお話出来なかったりします……」

 

「そりゃ寂しいな」

 

「はい……。でも、一番つらいのは先輩ですから、出来るだけ協力しないと……。なんて……ごめんなさい、こんなお話で……」

 

「いや、構わねぇよ」

 

「山岡さんの事は本部で聞いていますよ。最近、熱心に勉強なさっているとか」

 

「まぁな。本部で悪い噂が流れていたから、挽回しようと思ってな」

 

「本部でもいい評価をされていましたよ。私も少し見直したりして」

 

「そうか。なら、デートでもしてくれよ」

 

「フフッ、考えておきます」

 

「言ったな? 確かに聞いたからな」

 

「その内に。では、私はこれで」

 

「ああ、またな」

 

嘘つきめ。

ま、少しは元気出たようだし、良かったかな。

 

 

 

施設に入ろうとすると、艦娘専用と書かれていた。

施設の隣には、プレハブ住宅みたいなものが建っており、そこが俺の寝床であった。

 

「ま、そうなるよな……」

 

トイレも仮設トイレがあるのみで、風呂に入るとなると、遠くにある工廠に設置されたシャワー室までいかなきゃいけないとのことであった。

部屋には晩飯用と朝食用の弁当が二個、冷えておいてあった。

温めるための電子レンジすらねぇ。

 

「ここで二泊三日か……」

 

学生時代、一人暮らしを始めたばかりの事を思いだす。

にしても、もっとまともな生活をしていたような……。

 

 

 

荷ほどきも済み、落ち着いたところで香取に連絡を取った。

 

『無事に着いたようで良かったです』

 

「そっちはどうだ?」

 

『問題ありません。皆さん、とっても元気にしていますよ』

 

「そうか。山風は? 迷惑かけてねぇか?」

 

『天龍さんとお勉強中です』

 

「天龍と?」

 

『えぇ、勉強スペースで。天龍さん、山岡さんに怒られたのが相当効いているみたいで……。おそらくですけど、山岡さんと仲直りしたくて、お勉強しているのではないかと……』

 

「まさか」

 

あの天龍が勉強か……。

しかし、俺のご機嫌取りで勉強してるってのは、何だか変な話だがな……。

 

『こちらの事は心配なさらないで。山岡さんには山岡さんのお仕事があるのですから、そちらに集中してください』

 

「ああ、分かった。頼りにしてるぜ。何かあったら、電話くれよな」

 

『分かりました。お気をつけて』

 

「ああ、また連絡する」

 

電話を切る。

ふと外を見ると、明石がこちらを覗いていた。

 

「よう、明石」

 

「提督、お久しぶりです!」

 

明石は俺の事を提督と呼んだ。

俺が艦娘から艤装の事で相談されているのを見て、提督と勘違いしたのが始まりだ。

 

「お前、ひでぇじゃねぇか。こっちに異動になったの、俺知らなかったんだぜ」

 

「ごめんなさい。急な事だったから……」

 

「夕張はどうした?」

 

「部屋で寝ちゃいました。結構疲れていたみたい。提督、久々に再会しましたし、お話でもしませんか?」

 

「ああ、構わないよ」

 

「良かった。じゃあ、工廠に行きましょう。明日の事も話しておきたいので」

 

 

 

工廠には、たくさんの家具などが置かれていた。

 

「これ、お前が?」

 

「えぇ。夕張のもありますよ」

 

「立派なもんだな」

 

小物なんかもあったりして、その横に写真が飾ってあった。

どうやら交流で子供たちと作ったものらしい。

 

「はい、コーヒー。砂糖は二個!」

 

「ありがとう」

 

「元気にしてましたか?」

 

「こっちの台詞だ。連絡もよこさないで」

 

「ごめんなさい。こっちが忙しくて」

 

「それで? お前の方はどうなんだ? 俺は見ての通りだ」

 

「提督と一緒ですよ。私も元気いっぱいです!」

 

そう言うと、明石はニコッと笑った。

 

「そうか。なら良かった」

 

「夕張とはどうです? さっき話聞いたら、なーんか機嫌悪くて。何かしちゃったんじゃないですか~?」

 

「緊張してるんだろ。あいつ、試験に受かっても、「街」に全然出て行かなかったし」

 

「それもあるだろうけれど、あれは絶対に提督がらみですって。だって、提督の事聞いても「さぁ……」みたいな反応するんですよ?」

 

「心当たりはねぇけどな。そういう時期に入ったのかもしれねぇな。ほら、反抗期って奴だ」

 

「そんなに子供じゃないですよ。あ、もしかして、そういう態度を取られたから怒ってるのかもしれませんよ?」

 

「そんな態度を取った覚えもねぇよ」

 

「分かりませんよ? 提督って、意外と失礼な事口走る時あるし。昔からそうなんだから。ほら、あの時もそうですよ――」

 

そう言うと、明石は昔話を始めた。

出会った頃の事、艤装弄りに夢中になって徹夜した事、それで二人して怒られたことなど、まるで思い出に浸るように話した。

 

「懐かしいですねぇ……。楽しかったなぁ……」

 

「そうだな……」

 

「ふふ……ここだけの話、異動を話せなかったのは、急で忙しかったからというのもありますけど、話したら悲しくなるなって思ったからなんですよ?」

 

「なんだ、異動になる前、全然工廠に顔を出さなくなったのはそれが理由か。可愛いところあるじゃねぇか。そんなに俺と離れるのが寂しかったのか?」

 

「えぇ、寂しかったですよ」

 

否定されると思っていたから、俺はちょっと驚いてしまった。

 

「私、提督の事、大好きですから」

 

そう言うと、明石はじっと俺の目を見つめた。

 

「冗談だろ?」

 

「えぇ、冗談です。ふふ、ドキドキしました?」

 

「するかアホ。驚いたけどな」

 

「えー? 本当ですか? どれどれ~?」

 

「馬鹿、触るな。見られたらどうすんだよ」

 

「見られたらまずいことはしませんって」

 

明石は楽しそうに笑った。

珍しく燥いでるな。

まあ、こんな所だしな。

こうして心を許せる奴も少ないのだろう。

 

「はぁ~楽しっ! 本当、提督と居ると時間も忘れちゃうなー」

 

そう言うと、明石は物思いにふけるように膝を抱えて、遠くの海を望んだ。

 

「その時間も、忘れてるだけで過ぎて行ってしまうんですけどね……」

 

やはり――。

 

「寂しがり屋だな」

 

「えぇ、そうですよ。自分は平気だーなんて思ってましたけど、寂しいものは寂しいです。ねぇ提督。提督もこっちに来てくださいよ」

 

「それは無理な相談だな。あいつらを置いてはいけねぇしな」

 

「意地悪ですね。だから夕張にあんな態度を取られるんですよ?」

 

「いつだって男が悪い。そう言えるのは女の特権だ」

 

「非モテの常套句ですね」

 

「お前の知る限り、それを言ってるのは俺だけだろ?」

 

「自分で非モテって認めるんですね」

 

「謙虚だからな。誰かさんと違って」

 

「そうですか。ごめんなさいね。傲慢な女で」

 

龍田とは違った煽り合い。

明石も俺も、煽り合いを楽しんでいるし、お互いに楽しんでいることを知っていた。

 

「あーあ、本当……意地悪ですね……。ちょっとでいいのになー……」

 

憂鬱になったのか、それから明石は黙ってしまった。

 

「悪いな、意地悪で」

 

「…………」

 

明石は乗ってこなかった。

 

「……思い出はたくさん作れるだろ。それで勘弁してくれ」

 

「うん……」

 

「明石、お前がここで活躍してくれたおかげで、人と艦娘の溝は徐々に埋まりつつある。それを実感することもできた。ありがとうな」

 

「急になんです?」

 

「慰めてんだよ。それくらい察しろ」

 

「ヘタクソ過ぎて察せません」

 

「そうかよ。馴れないことはするもんじゃねぇな」

 

そう言ってやると、明石は微笑んで見せた。

 

「たくさんの思い出、本当にくれますか?」

 

「ああ。もういらねぇってくらいやるよ」

 

「ふふ、じゃあ期待しちゃいますね」

 

「任せろ」

 

それから夜が更けるまで、明石と工廠で過ごした。

時折見回りの奴が覗きに来たが、見逃すといったように去っていった。

確かに工廠で二人っきりってのはやましい感じだが、明石の笑顔には、そんな事を感じさせるものが微塵も無かった。

それを感じ取って、見逃してくれたのだろうと思う。

ここの連中は、割と理解があって助かるぜ。

――いや、或いは明石が信頼されているからなのかも知れねぇな。

 

 

 

翌朝は割と早く目が覚めた。

それは夕張も同じだったようで、海沿いを散歩していると、鉢合わせた。

 

「おはよう」

 

挨拶をすると、夕張は俯きながら、小さく挨拶を返した。

 

 

 

早朝の海は静かで、遠くで漁船が何隻も漁をしている。

俺たちは堤防に座り、その光景をぼうっと見つめていた。

 

「昨日はぐっすりだったんだろ? 明石から聞いたぜ」

 

「うん……。早起きし過ぎて……早朝散歩なんてしちゃった……」

 

「いつも夜遅いからな、お前。たまには……つうか、いつもこうならいいんだがな」

 

「うん……」

 

夕張はどこか元気がなかった。

その理由は何となくわかっていた。

 

「……昨日はごめんね」

 

「何がだ?」

 

分かっているが、一応な。

 

「冷たく当たっちゃって……。自分でも良く分からないけど……イライラしてて……」

 

「そう言う日もあるだろ。多分、緊張してたんだと思うぜ。慣れないことだしな」

 

「……あっさり許さないでよ。もっと怒ってよ……」

 

「怒って欲しいのか? 変な奴だな」

 

「変な奴よ……。私は……」

 

夕張の奴、センチメンタルになってるな。

やはり準備も無しに外へ出したのは良くなかったか。

 

「とにかく、気にするな。ほら、肩の力を抜けよ」

 

肩を揉んでやる。

夕張は言われた通り、肩の力を抜いて、そっと目を瞑った。

 

「お客さん、こってますね」

 

「んっ……」

 

くすぐったいのか、ツボを押す度に体を強張らせていた。

 

「もういいわ。ありがとう」

 

「緊張はほぐれたか」

 

「うん。ちょっとはね……」

 

「そりゃよかったな」

 

再び海を向く。

キラキラと輝く水平線に、思わず目を細めた。

 

「飯田さんにも謝らなきゃ……」

 

「イベントの時に顔を出すだろうから、その時でいいだろ」

 

「そうね……」

 

「……お前、本当に大丈夫か?」

 

「うん……。ただ、今はちょっと一人で考える時間が欲しいかも……」

 

「……分かった」

 

立ち上がり、その場を去った。

夕張の奴、重症だな……。

イベントは俺と明石で何とかするから問題ないが、一応、飯田ちゃんには相談しておくか……。

 

 

 

もうすぐ11時になろうという時、飯田ちゃんがやってきた。

 

「おはようございます」

 

「おう、おはよう」

 

「電話の件ですけど、夕張さんをちょっと預かってもいいですか?」

 

「ああ、構わねぇよ。俺にはどうしようもできない事だ。悪いけど頼むわ」

 

「分かりました。夕張さんは?」

 

「もうすぐ来るんじゃねぇかな」

 

そう言った時、夕張が明石と共に工廠へ入って来た。

 

「グッドタイミングだ」

 

夕張は飯田ちゃんを見つけると、すぐに昨日の事を謝った。

飯田ちゃんは何かを見極めるように、夕張の顔をじっと見つめていた。

 

「本当にごめんなさい……」

 

「いえ。じゃあ、そんな夕張さんに、お手伝いしてもらおうかな」

 

「何でも言ってください」

 

「心強いです。では山岡さん、夕張さんをお借りしますね」

 

「ああ」

 

 

 

夕張が離れている間、俺たちは工廠を掃除したり、段取りについて確認をしていた。

 

「っと、こんな感じですかねー」

 

「こういうイベントは初めてではないだろ? 俺はあまり経験が無いから、ちょっと緊張しているぜ」

 

「大丈夫ですよ。皆、いい人たちですから。まあ……たまに嫌な人もいますけど……」

 

「嫌な人ってのは?」

 

「艦娘に理解が無いとか、デリカシーが無い人とか……ですかね。結構聞かれるのは、子供を産めるのかとか、そういう行為をしたことがあるのか……とか……」

 

「なるほどな。ま、お前のような美人が居たら、聞きたくもなるわな」

 

「破廉恥ですよ。というか、美人って……本気で言ってます?」

 

「美人ではあるだろ。世の中には、お前が知らないだけで、ひでぇのがゴロゴロいるんだぜ?」

 

「提督、そう言うところですよ……。失礼な事っていうのは……」

 

「直接言わなきゃいいんだよ」

 

「性格悪っ……」

 

「今に知ったことじゃねぇだろう」

 

そう言ってやると、明石は「確かに」というように、鼻で笑った。

 

「まあ、そう言う奴らが居たら、俺が相手してやるから、その時は振ってくれて構わんぜ」

 

「そうするつもりです。美人の私を守ってくださいね?」

 

「顔は美人だが、性格がブスだぜ」

 

「まあ、失礼しちゃう」

 

そう言って笑い合った。

しかしまあ、本当にそう言う奴が居たのなら、俺しか守ってやれねぇよな。

もし抵抗でもしたら、艦娘の印象が悪くなると、明石も分かっているだろうし……。

本当、胸糞悪いぜ。

 

 

 

夕張が帰って来たのは、イベント開始と同時だった。

 

「ただいま」

 

帰ってきた夕張は、どこかすっきりした表情を見せていた。

 

「ごめんね。離れちゃって」

 

「いや。気分はどうだ? 今朝は随分沈んでいたが」

 

「もう平気よ。心配かけてごめんね」

 

そう言うと、夕張は明石の方へと向かっていった。

飯田ちゃんと何があったのだろうか。

後で聞いてみるか……。

 

 

 

イベントが始まって数分。

工廠にも家族連れが多くやってきて、明石たちの作品を見ては感心していた。

本人にも会えるとあって、まるで芸能人にでもあったかのように、サインを求められる場面も多々あった。

明石は馴れたものだが、夕張は少し困惑気味に、それに応じていた。

 

「今のところ、変な奴はいないな……」

 

まあ、今回のイベントは抽選で選ばれた奴しか来れないと聞いているし、イベントは何回か実施しているから、過去に出たあぶねぇ奴は外しているのだろうけどな。

 

「油断は出来ねぇけどな……」

 

 

 

夕方ごろになると、夕張もすっかり慣れ始めていて、自分から率先して子供に話しかけたりするようになっていた。

 

「ねぇねぇ、夕張お姉ちゃん」

 

「ん? なぁに?」

 

「艦娘って、何食べるの?」

 

そんな動物を知るみたいな質問……。

子供ってのは純粋だから、悪意のない質問だとは分かっているが、どうも引っかかるな……。

 

「普通に人間と同じように食事するよ」

 

「そうなんだ。じゃあ、何処から来たの? どうやって生まれるの?」

 

「うーん……。私も良く分からないのよね。君はどうやって生まれたの?」

 

「お母さんからだよ。夕張お姉ちゃんのお母さんは? 居ないの?」

 

「うん。いないよ」

 

「お父さんも?」

 

「うん、居ない」

 

「へー。変なのー。寂しくないの?」

 

「どうかな……」

 

これには流石の夕張も、少し傷ついたような表情を見せていた。

 

「……坊主、確かに夕張には、お父さんもお母さんもいねぇ。だが、家族はたくさんいるんだぜ」

 

「たくさんってどれくらい?」

 

「そうだな……。100人くらいか?」

 

「そんなに!?」

 

「ああ、すげぇだろ。艦娘は全員家族なんだ。だから、寂しくねぇよ。そうだろ?」

 

そう言ってやると、夕張は微笑んで「うん」と答えた。

 

「別に両親が居なくても寂しくはねぇんだ。生まれ方が違うだけで、食うもんも一緒だし、恋だってする。坊主、好きな女の子はいるか?」

 

夕張に別の奴を相手しろと視線を送った。

それに気が付いてくれたのか、静かにその場を去っていった。

 

 

 

イベントの一日目が終了した。

休憩する暇もなく対応に追われた明石と夕張は、倒れるようにしてソファーに深く腰掛けた。

 

「お疲れ」

 

「提督もお疲れ様です。いやぁ……前回に比べて、子供が多かったなぁ……。みんなとっても元気で、疲れちゃいましたよ」

 

「子供は疲れを知らねぇからな。夕張、お前も疲れただろ。初めてな事だったしな」

 

「うん。でも、結構楽しかったかも。ちょっと困っちゃったこともあったけど……。ありがとね。助けてくれて。すごく嬉しかった」

 

「子供は純粋だからな。悪気はなかったんだと思うぜ」

 

「うん、分かってる」

 

そうは言っても、夕張が傷ついたことは事実だしな……。

ああいう質問は避けて通れねぇとは思うが、何とかならねぇものかな……。

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

飯田ちゃんは紙袋を持って、工廠へ入って来た。

 

「これ、差し入れです。イベントで余ったお菓子ですけど、良かったら」

 

「わぁ、ありがとうございます! ちょうど甘いものが食べたかったんですよ!」

 

明石は真っ先に菓子に手を伸ばした。

 

「お前、相変わらず食いしん坊だな」

 

「えへへ、甘いものには勝てません」

 

「夕張さんもどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

俺も菓子を貰おうと手を伸ばすと、その手を飯田ちゃんに叩かれた。

 

「なんで!?」

 

「山岡さんはまだお仕事が残ってます。お菓子はその後です」

 

「今日はもう終わりだろ!?」

 

「いいえ。一緒に来てください。まだまだやることがあるんです」

 

「えぇ……マジかよ……。まあ、飯田ちゃんの頼みだしな……仕方ねぇ……。おい明石、俺の分は残しておけよ?」

 

「努力はしてみまーす」

 

「おい」

 

「いいから、行きますよ」

 

飯田ちゃんに手を引かれ、工廠を後にした。

 

 

 

車に乗ると、飯田ちゃんはすぐにエンジンをかけ、走らせた。

 

「手伝いって、何をやるんだ?」

 

「……すみません。手伝いって言うのは嘘です……」

 

「え?」

 

「実は、夕張さんの事でお話したいことがありまして……。しばらくの間、ドライブに付き合ってくれますか……?」

 

話があるなら話があると言えばいいのに。

あの場であえてそう言わなかったのは、何か理由があるのだろう。

 

「車ではないと話せないようなことなのか」

 

「そうですね……。他の人に聞かれたら、ちょっと……」

 

他人に聞かれたらマズイ事……。

夕張に限って、そんな事あるだろうか……。

 

「今朝、夕張さんの元気がない件について、本人にお話を聞いてみました。何度か質問していく内に、その原因が分かりました……」

 

「…………」

 

「これからお話しすることは、私の理解と夕張さんの理解に相違が無いことを確認している前提で聞いてくださいね……」

 

「あぁ……」

 

「……結論から言います。夕張さんは――」

 

 

 

工廠に戻ると、そこには夕張しかいなかった。

 

「お帰りなさい」

 

「待っててくれたのか」

 

「うん。はい、これ」

 

そう言って、俺に菓子を手渡した。

 

「残っていたか」

 

「わざわざ取っておいてあげたのよ」

 

「そりゃどうも」

 

菓子は大きなシュークリームだった。

 

「さて、そろそろ工廠を閉めないといけないらしいわ。出ましょう」

 

「ああ」

 

 

 

施設に戻る途中、夕張は少し遠回りしたいと言って、海沿いを歩き始めた。

辺りは月の光で明るくなっていて、比較的歩きやすかった。

 

「夜の海っていいわよね」

 

「そうか? なんか怖くねぇか?」

 

「ロマンに欠けるわね。そんなんじゃモテないわよ」

 

「うるせぇ。余計なお世話だ」

 

そう言ってやると、夕張は嬉しそうに笑った。

テンション高いな。

ま、こいつにとっては、一山を超えたというか何と言うか……。

安心したのだろうな。

色んな意味で。

 

「そう言えば、第二寮の寮長さん、来なかったわね」

 

「忙しいんだろ。吹雪と一緒だろうしな」

 

「人気者は大変ね。まあ明日もあるし、その時会えるかもね」

 

「……そうだな」

 

会ったとしても、話しかける事すらできないだろうがな。

 

「そういやお前、飯田ちゃんの手伝いってなにしたんだ?」

 

「ちょっとしたことよ。大したことじゃないわ」

 

まあ言えないだろうな。

 

「気になるの?」

 

「ちょっとだけな」

 

「なら秘密」

 

「なんだそりゃ」

 

「だって、気になっててほしいんだもの」

 

そう言うと、夕張は俺の顔を覗き込んだ。

 

「ね、気になる?」

 

「別にそこまでじゃねぇな」

 

「じゃあ、何なら気になる? 私の何が知りたい?」

 

「お前の事?」

 

「うん」

 

気になる事か。

そりゃ、一つしかねぇけどな……。

飯田ちゃんから聞いた、あの事だ。

 

「別にねぇよ」

 

「えー? 一つくらいあるでしょ?」

 

「あったとしても、どうせ秘密にすんだろ?」

 

「ふふ、バレた?」

 

「バレバレだ」

 

施設が近づくにつれ、夕張の歩みは小さく、ゆっくりになっていった。

 

「ね、本当に知りたいことないの?」

 

「ねぇよ」

 

「男の人って、女のスリーサイズとか気になるんでしょ? 興味ない?」

 

「秘密なんだろ?」

 

「一つくらいなら教えてあげてもいいわよ?」

 

「いいよ別に」

 

「興味ない? それとも、私のだから興味ないの?」

 

……何と言うか、もどかしい奴だな。

回りくどいというか……。

いや……今日の今日知ったことだし、本人もどうしたらいいのか分からねぇんだろうな。

このまま変な感じの距離感になるくらいなら、ちゃんと話しておいた方が良いのかもしれない。

気持ちを知られたくらいで潰れるような奴でもないだろうし、俺の考えも知っておいてほしいしな。

 

「じゃあ、一つだけ聞かせてくれ」

 

「ん、いいわよ。バスト? ウェスト? あ、それともお尻フェチとか?」

 

「夕張」

 

「なぁに?」

 

「お前、俺の事が好きなのか?」

 

――続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。