工廠には、いつの間にかテレビが置かれていた。
「どうしたんだよこれ?」
「本部の人から貰ったのよ。壊れたからいらないって」
「直して使ってんのか」
「うん。と言っても、電源コードの接触が悪かっただけなのよね」
電源をつけると、ニュースが映った。
そういや、上にアンテナらしきものが立っていたな。
「この時間はあまり面白い番組やってないわよ」
確かに、どのチャンネルもニュースしかやっていなかった。
その内容は、ほとんどが海外艦が日本にやってくる件についてであった。
「批判的な意見もあるけど、海外艦がされてきた酷いことに着目点を置いてる番組も多いみたい」
「酷いことか……」
「日本よりも海外の方が、艦娘に対しての研究だとか、外の世界に出す事について進んでいるはずなのに、どうしてそんな事が起こるのかしら?」
「関心が強すぎるんだろうな。日本は艦娘に寛容だとは言われているが、悪いように言えば、そこまで艦娘に関心が無いんだ」
「そうなの? 結構ニュースもやっているし、話題になっているように思えるけど」
「持続はしない。一週間もして、レッサーパンダが立ち上がったというニュースが流れれば、大抵の奴らはそっちに夢中になるだろう。だが、海外は違う。日本のような島国と違って、大陸の方は様々な人種や宗教が存在している。だから、価値観の違うもの同士の対立が多くなって、その不幸から人種差別などについて関心を持たざるを得ないんだ」
「海外では生きるか死ぬかという問題で、この国はエンターテインメント的って訳?」
「悪く言えばな。もちろん、日本でもそう言った問題に本気で関心を持っている奴もいる。だが、海外のように暴動になったりはあまりしない。そこまで熱は上がらないんだ」
「なるほどね。しっかし、テレビで言っているようなひどい扱いを本当に受けて来たのかしら?」
「さぁな。だが、一度外を歩けば、罵声を浴びせられることもあるらしい。艦娘に対して敬意をはらう者が多いのも事実だが、否定的な奴とドンパチやるから、それを見せられる艦娘にとっては心が痛いだろうな。自分たちのせいで人間が争っていると……」
「そういうこと……」
「確かに日本はそう言ったことはねぇが、艦娘の研究や社会に出すことについては遅れているし、出すにしたって、保守的な考えを持ったこの国は海外のようにはいかないだろう。どっちがいいのかは分からねぇが、艦娘を守るという点ではこの国に来るのが正解だろう」
それを聞いて、夕張は複雑な表情を見せた。
俺は黙ってテレビの電源を切った。
「そう言うこった。話は変わるが、あまり工廠に物を持ち込むな。生活が出来るような空間になりつつあるぜ」
冷蔵庫に食器棚、電子レンジまである。
ソファーもベッドに変形するタイプになってる。
一体どこで手に入れてくんだ……。
「何の問題が?」
「共同生活することも、社会に適応していく訓練の一つだ。工廠はお前の私物じゃねぇんだ。あまりに酷いと取り上げるぜ」
「うーん……じゃあさ、寮でも二人っきりになってくれる?」
「あ?」
「だって、ここなら貴方と二人っきりになれるけど、寮だとなれないじゃない。もし寮でも二人っきりになってくれるのなら、ここが無くても私は構わないけど」
そう言うと、夕張はじっと俺の目を見つめた。
冗談ではないという意思表示だった。
「……ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」
「え?」
「最初に希望する要求より難しい要求を行い、後で比較的容易な、本来希望する要求を行うことだ。お前のはそれに似ている。物を置くことが駄目なら、その代わりに二人っきりになる要求をする。似てるだろ?」
「意識はしていなかったけどね」
「何が言いたいのかいまいち伝わっていないようだな。そういう心理に誘導はされねぇと言ってるんだ。元々、工廠はお前の私物では無いのだから、お前がその要求をするのはおかしい。違うか?」
夕張は少し考えた後、真顔で頷いた。
「確かにそうね」
「というか、見返りは求めないんじゃなかったのかよ」
「ちょっとくらいはいいじゃない?」
「なんだそりゃ……。とにかく、ちゃんと寮で生活しろ。ったく……」
「うん、ごめんね。でも……私が寮に居ちゃうと、香取さんとお話出来ないんでしょ……? 気を遣われてるの、分かってるから……」
「…………」
やはり気が付いていたのか……。
「それがここにいる本当の理由か……」
夕張は何も言わなかった。
だが、俺も夕張も、それが返事であることを分かっていた。
「だったら、お前が居ても俺は香取と話す。それでいいだろ」
夕張は何も言わない。
「……お前、やっぱり俺と香取が話しているの嫌なんだろ。もし気を遣われていることだけが嫌だったら、そんなことは別に問題ないのだとはっきり言うはずだしな」
「…………」
「……どうしたら、お前は満足なんだ?」
「それを求めることが出来たのなら、とっくにしているわ……」
「いいから言ってみろよ」
夕張は退屈そうに零した。
「恋人になって欲しいし……好きになって欲しい……。私が一番で……私にだけ目を向けて欲しい……」
「そりゃ無理だな」
俺がそう吐き捨てると、夕張はキッと睨んだ。
「私がこう言うと知っていたんでしょ……。だったらなんで言わせたのよ……。意地悪にもほどがあるわ……」
「その要求は飲めねぇって事だよ。他に要求はあるのか?」
「そんなもの……」
夕張は気が付いたのか、黙り込んでしまった。
「ねぇのか? どうなんだよ?」
「……じゃあさ、工廠に来るのと同じように……時々でいいから、二人っきりになって欲しい」
「それなら、俺が香取と話していても構わねぇし、寮にも来るのか?」
「うん……」
「……分かったよ。そういう時間を作ろう」
工廠に秒針の音が響いた。
静かな時間が続く。
「……そろそろ戻るぜ。お前も約束通り戻って来いよな」
工廠を出る直前、夕張は言った。
「……そういう心理には誘導されないんじゃなかったの?」
それは嫌味でもあり、照れ隠しでもあった。
「要求がさっきと違って、あまりにも謙虚だったもんでな。それに、誘導したのは俺で、されたのはお前だろ」
夕張の嫌味が出てくる前に、俺は工廠を出た。
尤も、出ることは無いだろうと踏んでいたがな。
寮に戻り、香取に事情を説明した。
「やはり夕張さんは気が付いていたのですね……」
「あぁ……でももう大丈夫だ。悪いな。今まで気を遣わせて」
「いえ。しかし、ポーラさんが来る前に解決してよかったですね」
「はぁ……そうか……明日だよな……。あいつが来るの……」
「一難去ってまた一難……ですね……。山岡さん、今度は香取もパートナーですから、協力できることは何でも協力いたしますので、お一人で抱え込まないでくださいね?」
「分かってる。何かあれば頼むぜ、香取」
「はい、お任せください!」
とは言え、ポーラの件に関しては俺しか対応が出来ないだろうな。
その間の仕事を香取に頼むことになるだろう。
問題は山風と夕張だ。
おそらく、落ち着くまではポーラに付きっきりにならないといけないだろうから、山風は不満に思うだろうし、夕張との約束もある。
とにかく、早めにポーラを手放しでも問題ないようにしなければ。
そう言う意味では、山風にも同じことが言えるが……。
「全く……大変な事になってきやがったぜ……」
その日の夜。
約束通り、夕張は食堂で静かに過ごしていた。
「よう」
「山風ちゃん、寝たの?」
「ああ。悪いな、こんな時間になっちまって」
「ううん。約束通り、こうして二人の時間を作ってくれただけでも、感謝しないと」
そう言うと、夕張はニッと笑って見せた。
「他の奴への示しもあるから、消灯までしか時間は作れねぇが……」
「うん、十分よ。工廠での時間だって、そんなものだったし」
「そうか」
この時間の食堂を使いに来る者はいない。
どの部屋からも遠く、冬は寒く、夏は暑いからだ。
唯一、まれに香取が仕事で使うことはあるが、今日は事情を説明し、遠慮してもらっていた。
「明日、ポーラさんが来るんでしょ? 貴方とは昔から馴染みがあったようだけれど」
「あいつが日本に来た時、ちょっと世話をしてやっただけだ。俺が酒を飲めると知ると、急に懐いて来やがってな。事あるごとに酒に誘っては、勝手に潰れて俺を困らせた。そのせいで俺は本部に良く怒られた。何故か俺が飲ました事になってよ。大変だったぜ」
「仲良かったんだ」
「どうだろうな。周りに酒が飲める奴が居なくて、上手く馴染めなかったところに俺が来たもんだから、藁にも縋る思いだったのかもしれねぇな」
そう考えると、少しだけ可哀想に思えてくる。
――いや、あいつの吐瀉物を片付けたり、関係各所に謝罪したりした事を考えるとプラマイゼロか。
むしろマイナスだ。
「しばらくして、あいつの世話係に勝手に任命された。俺は本当に嫌だった。本部に乗り込んで、マジで抗議した。だが、結局あいつが――鎮守府に配属になる直前まで、それは続いたんだ……」
「相当な問題児だったのね。私が会った時は、そんな感じしなかったけれど」
「――鎮守府で相当しぼられたんだろ。俺は甘やかしてしまったからな」
「自業自得じゃない」
「だから今回の決定に何も言えなかったんだよ」
「そういうこと」
今ならちゃんと、あいつをコントロールできるかもしれない。
あいつだって、あれから何も変わってないということは無いだろうしな。
「そっか……。ただでさえ山風ちゃんに時間を取られているのに、今度はポーラさんも貴方に付きっきりになるかもしれないのね……。大変ね」
そう言うと、夕張は退屈そうに椅子に深く腰掛けた。
この時間の事を気にしているのだろうが、それを口に出すことはしなかった。
俺に気を遣ってくれているのだと、すぐに分かった。
「心配しなくても、何とかするつもりだ」
「え?」
「この時間の事だ。上手く回して、ちゃんとここに来る。約束は出来ねぇが……それを優先して仕事をする」
「別に気を遣わなくてもいいのよ。我が儘を聞いてもらっている立場だし……」
「そうか? なら、そうさせてもらうかな」
これには夕張も黙り込んでしまった。
「冗談だ」
「別に私は構わないけど……」
「怒ってんのか?」
「さぁね……」
「お前もまぁまぁな問題児だよな。何故かそう言う奴ばかりに好かれちまうな」
「…………」
「……だが、嫌ではないのだろうな。本当に嫌なら、俺はどんな手を使ってでもポーラの件を断っていたし、お前とこうしてはいないだろうしな」
夕張は膝を抱えると、小さく言った。
「……好きでもないでしょ」
「まぁな」
沈黙が続く。
しばらくして、時計は消灯時間を告げた。
「消灯時間だ」
「なんだか、あっという間ね……」
夕張の言う通り、工廠で過ごした時間よりも、短く感じた。
「ちゃんと部屋で寝るんだぞ」
「分かってるわ」
「んじゃ、俺は戻るわ。お休み」
食堂を出ようとしたとき、夕張は俺の袖を掴んで止めた。
「どうした?」
「時間、作ってくれてありがとうね……。嬉しかった……」
赤面し、恥ずかしそうに俯いていた。
らしくない顔をする夕張に、俺はなんだかむず痒くなった。
「やめろよ気色わりぃ。これからほぼ毎日、こういう時間を作るんだぜ。いちいち感謝されたり、照れられたら困る……」
「うん……私も恥ずかしいし……これっきりにする」
「そうしてくれ」
夕張は袖を放さなかった。
「いつまで掴んでるんだ?」
「あ、ごめんね」
「……また明日な」
「うん、また明日」
袖から手が離れる。
そしてゆっくりと、膝の上に着地した。
その時の夕張の表情を俺はあえて確認しなかった。
確認してしまったら、きっと俺は――。
翌日の早朝。
イタリア軍人と共に、ポーラが第十軽巡寮へとやって来た。
本部の人間が対応し、何やら一言二言話すと、ポーラを残してどこかへ行ってしまった。
「後は頼んだよ。山岡君」
「はぁ……」
残されたポーラは、借りてきた猫のようにおとなしかった。
時折チラリと、俺の表情を確認していた。
「よう、やけに大人しいじゃねぇか。態度を改めたのか?」
そう言ってやると、ポーラは嬉しそうに、にへらと笑った。
「えっへへ~。提督ぅ、お久しぶりですね~。また一緒にお酒飲めますね~」
ポーラもまた、俺を提督と呼んだ。
「相変わらずだな。ここに来るまでにどれだけ飲んだ?」
「飲んでません。提督と飲もうと思って、我慢したんですよ~?」
「残念だが、朝から酒盛りは駄目だ。酒もねぇしな」
「それならここに~。じゃじゃ~ん」
ポーラのバッグには、ワインボトルがパンパンに詰め込まれていた。
「ワインしか入ってねぇのか?」
「他のお酒をご所望ですか~?」
「そういう意味じゃねぇよ……。生活用品とか、服とか……」
「ありません。お酒だけで~す」
こいつ……。
「……とにかく、そのワインはとりあえず部屋に置いておけ。寮での挨拶が済んだら、「街」に行くぞ」
「「街」でお酒ですか!?」
「ただ買い物するだけだ」
「え~? 早く飲みた~い!」
「いいから、とりあえず寮へ来い」
駄々をこねるポーラを引きずり、寮へと戻った。
「ポーラです。よろしくお願いしまーす」
挨拶を済ませると、皆がポーラを囲んだ。
ニュースで海外の話を知っていた奴らが、こぞってポーラに質問を投げかけていた。
「ポーラさん、馴染めそうで良かったですね」
「あぁ。午後にあいつと「街」へ買い物に行く。生活用品を一切持ってきてないときやがったんだ。バッグの中はワインボトルでパンパンだった」
「ポーラさんらしいですね」
「帰りは遅くなる。飯も向こうで食べてくる」
「フフッ、飲んでくる気ですね。山岡さん、あんなに嫌がっていたのに、お優しいのですね」
「あいつも飲みたがっていたし、久々に付き合ってやるかと思ってな。まあ、歓迎会のようなもんだ」
「昔は二人で潰れて怒られてましたよね。今度は香取の出番が無いことを祈ります」
「その節は悪かったな……」
二人で潰れて怒られた時、庇ってくれたのが香取であった。
そのお陰で今があるのかもしれない。
「そうだ。夕張はいるか?」
「いるわよ」
振り向くと、夕張がこちらを覗き込んでいた。
「では、私はこれで。ポーラさんを案内してきますね」
香取はそそくさとポーラの元へと向かっていった。
「気を遣わせてしまったわね」
「そうかもな」
「……それで? なに?」
「あぁ、今日の件だが……」
「時間をつくれそうにない……でしょ?」
香取との会話を聞いていたのか、夕張は分かっているというように、微笑んで見せた。
「午前は時間がある。それで勘弁してくれ」
「山風ちゃんがいるでしょ? いいのよ。私は工廠で作るものがあるし。あ、もちろん、ちゃんと帰るから安心して」
「大丈夫なのか?」
「そんな、病気じゃないんだから。大丈夫よ」
「そうか。悪いな」
「ううん」
夕張と話していると、山風が飛んできた。
「パパ、おはよう。朝ごはん、一緒に食べよ……?」
「あぁ、そうだな」
「じゃあ、私は行くわね」
「おう」
夕張の奴、またあの微笑みを見せやがった。
あの顔をしている時のあいつは、どこか無理をしている。
大丈夫なのかと聞いたのは、そのせいだった。
「パパ……?」
山風も何とかしねぇといけないし、どうしたもんかな……。
「山風、俺は午後にポーラと出かけることになった。留守番できるよな?」
「あ、あたしも……連れてって……!」
まあ、そうなるよな……。
「そりゃ無理だ。意地悪してるわけじゃねぇんだぜ。ポーラに色々教えてやらねぇといけないんだ。お前だって、あいつよりもここの先輩なんだから、しっかりしようぜ」
山風は納得していない表情を見せたが、反論することもしなかった。
少しは成長したのかもな。
「そら、今はこれで我慢してくれ」
山風を抱き上げる。
少し重くなったかな。
「勉強、頑張ってるんだってな。成績が上がってるって、香取が褒めてたぜ。俺も鼻が高い」
「偉い……?」
「あぁ」
「じゃあ……ご褒美に、もっと一緒に……居て?」
「いつもいるだろ」
「もっと……居て欲しいの……!」
「我が儘だな……」
ご褒美か……。
勉強ってのは、して当然のものだ。
だが、山風の原動力は、香取も言っていたが、俺に褒めて欲しいという思いなのだろう。
それを削いだら、山風は何もしなくなるだろうし、かといってこのまま続けるのもな……。
「……俺もこれから忙しくなる。お前が頑張っているのは確かだが……一緒に居てやるってのは難しいかもしれねぇ……。悪いな……」
駄々をこねられることを覚悟した。
だが、山風の反応は違った。
「……分かった。じゃあ……我慢する……」
「いいのか……?」
「うん……」
急にどうしたのだろうか。
山風は降ろす様に言うと、そこから大人しくなってしまった。
朝食の最中も、食べさせろとせがまなかったし、済んだ後はすぐに勉強を始めて、俺がポーラと出かけるまで引っ付くことをしなかった。
午後になり、「街」へ向かう電車内で、ポーラはスヤスヤと眠ってしまった。
朝早くからこっちに向かっていたし、寮で揉まれていただろうから、疲れちまったんだろうな。
「こうしていれば可愛いのだがな」
車内の一人が俺をチラリと見た。
鳳翔や鹿島の件があってから、何だか監視がきつくなっているような気がする。
艦娘と二人で歩こうもんなら、ひと時も休まる暇のないくらいに注目を浴びるしな。
「提督ぅ、これがいいですって~」
「酒を買いに来たんじゃねぇんだ! 戻せ!」
「えぇ~? 美味しそうなのに……。あ、じゃあこれは? 絶対お酒に合いますよ~」
「それも却下だ!」
「むぅ~……さっきから却下ばかり……。提督はケチですね……」
「はぁ……」
起きたと思ったらこうだもんな……。
生活用品を買おうと店に入って、かれこれ一時間か……。
まだまだ買うものがあるってのに、これじゃあな……。
「……そうだ」
「ん~? 提督、どうしました~? もしかして……飲みたくなりましたか!?」
「あぁ、酒の話ばっかりされちゃあな。だが、飲みに行こうにも買い物が終わらないし、時間がな……」
「すぐに済ませましょう。歯ブラシはあそこです!」
ポーラはキリっとした表情を見せ、日常品のコーナーへと走っていった。
チョロい奴……。
「フッ……ほら、走るんじゃねぇよ」
こういうの、昔は結構嫌だったが、今になってみると、案外楽しめてる自分がいる。
山風に振り回されて、おかしくなっちまってるのかもしれねぇな。
買い物は一時間もしない内に、全て終了した。
「ったく、無駄な時間を過ごしたぜ……。お前がよそ見しなけりゃ、こうやってすぐに終わったんだ」
「ごめんなさーい。っと、それは置いておいて~……早くお酒、飲みましょ~」
「本当に反省してるのかよ……。まあいい。お望み通り、酒を飲みに行こう。お前が好きだった間宮があるから、そこで思い出話に花でも咲かせるか」
「マーミヤ!? ここにあるんですか!?」
「あぁ。結構早く閉まっちまうけどな。昔みたいに遅くまでは飲めねぇぜ」
「大丈夫ですよ~。ちょ~っと飲むだけですから~」
「お前のちょっとはちょっとじゃねぇんだよ……。ほどほどにしろよ?」
「分かってますって~。いいから早く行きましょう。早く~」
ポーラに腕を引かれ、間宮を目指した。
周りの視線が一気に集まる。
やましい感じではないにしろ、手をとるだけでこれだけの注目を集めることになるとはな。
身内だからまだいいが、これが本物の街であったらと考えると、ちょっと怖い感じだな。
店の前に着くと、ちょうど間宮が看板を変えているところであった。
「よう」
「あら、山岡さん」
「これからか?」
「はい。ちょうど今、看板を換えていたところです。あら、お連れ様ですか?」
ポーラは俺の後ろからひょっこりと出てくると、ニンマリと笑って見せた。
「マーミヤ、お久しぶりで~す」
「ポーラさん! 本当にお久しぶりですね!」
「間宮、今日はこいつの歓迎会的な意味も込めて飲もうと思う。頼んだぜ」
「はい、お任せください!」
間宮。
朝から昼間までは「甘味処間宮」として店を開き、夕方からは居酒屋へと変化する。
家庭的な料理を出す店ともあり、酒を飲めない艦娘も顔を出したりしている。
俺も山風が来る前は、しょっちゅう来ていたんだがな……。
「ん~! おいひ~。マーミヤ、最高ですね~。お酒も美味しい~。んふふ~」
「ポーラさん、本当に美味しそうにお食事されますね。料理人として冥利に尽きます。今日はサービスしますので、たくさん食べて行ってくださいね」
「は~い! 提督も、飲みましょう~。はい、かんぱ~い。うっへへへ~」
相変わらずのテンションだな。
まだ飲み始めだというのに、もう酔っ払っているように見える。
いや、まあ、酔っ払ってなさそうな日は無いんだがな……。
「そういや、今日は客居ねぇのか」
「今日というよりも、最近はめっきりでして……。艦娘も軍の方も、自粛しているようなので……」
「自粛?」
「えぇ……。お酒の場は、どうしても仲良くなりすぎていけないと……」
そう言うことか……。
「仲良くしちゃいけないんですか~? どうして?」
間宮は困ったように俺をチラリと見た。
そうか。
ポーラはその辺りの事情を良く分かってねぇのか。
どう説明したもんかな。
「ここはお前たちを外の世界に出せるように訓練する施設だ。仲良くなるための場所じゃねぇって事だろ」
間宮は察したのか、俺に続いた。
「そうですね。仲良くなりすぎてしまっては、ここを出るのが惜しくなってしまいますし」
とっさに言ったが、そうなんだよな。
ここは訓練をする施設であって、仲良しごっこをする場所じゃねぇんだ。
周りの視線は異常だと思っていたが、俺は少しだけこいつらに肩入れしていたのかもしれねぇな。
あいつにはそうするなと言っておきながら……。
俺も焼きが回ったか。
「でもぉ、ポーラは提督と仲良くなりたいです。お酒に付き合ってくれますし~」
「……こっちは迷惑してるけどな」
「ん~……冷た~い……。マーミヤ、アツカン!」
「はい、ただいま」
「ほどほどにしておけよ」
「大丈夫。何かあったら、提督が頑張ってくれますから~。うへへ」
「ったく……」
仲良くか……。
昔はその言葉の意味に、深いものは無いと思っていた。
だが、今は違う。
単純に飲み仲間であるとか、遊び相手であるとか、そういう関係だけではない。
人と艦娘であり、男と女であり――。
そして、人の持つモノをすべて持ち合わせているのにも関わらず、それらの関係は許されない。
ポーラは純粋に仲良くなりたいと思っているのだろうが、俺がそれに同意できなかったのは、夕張がそういった気持ちを持っていたと知ってしまったからであった。
或いはポーラも……と。
「そろそろ閉店のお時間ですね……」
「そうか。じゃあ、お勘定頼む」
「はい。今、計算しますね」
早い時間ということもあり、深酒にならずに済んだ。
一方、隣のポーラは寝息を立てていた。
「おい、ポーラ。起きろ」
「う~ん……。ちょっと飲みすぎちゃった~……。提督ぅ……おんぶしてください……」
そんなに飲んでいなかったようだが……。(尤も、いつもよりは、だが)
「お前、弱くなったか?」
「そうかもぉ……」
「散々飲んできたはずだろ。弱くなることなんてあるんだな」
「戦後から一口も飲んでません……。だからかなぁ……」
「え?」
「お会計出ました」
伝票を見て、驚愕した。
「ポーラさん、高いお酒しか飲んでいませんでしたので……」
「こいつ……」
眠るポーラを背負い、駅から寮までの長い道を歩いた。
「暑い……」
今夜は熱帯夜だと、天気予報が伝えていたのを思い出す。
山中であるから都会よりは涼しいはずだが、酒も入っているし、背中の酔っぱらいも重く、俺はじわりと汗を垂らしていた。
「んぅ……暑い……」
「目を覚ましたか」
「あれ……? 提督ぅ……?」
「お前、寝ちまったんだぜ」
「みたいですね……。うへ……提督ぅ……汗かき過ぎです……。べとべとです……」
「てめぇの汗も交じってんだよ……。嫌なら降りろ」
「そうするぅ……」
ポーラは降りると、気持ち悪そうに嘔吐いた。
「大丈夫かよ?」
「ちょっと飲み過ぎました……。服もべとべとで気持ち悪い……」
ポーラのシャツが汗で濡れ、下着が透けていた。
そう言ったものは、寮の奴らで見慣れているはずだが、俺は思わず目を逸らしてしまった。
「……これで汗を拭け。さっき買ったタオルだ」
「ありがとうございます……。うへぇ……」
タオルで布を擦る音を後ろに、夜空に浮かぶ月を眺めていた。
時折、ポーラの嘔吐くのも聞きながら……。
「本当に大丈夫か?」
「……多分」
寮までは少し距離がある。
少し休ませた方が良いかもな……。
「……近くに公園がある。そこで水でも飲んで、休憩しよう」
「はい……」
公園の中心に噴水があるから、噴水公園というらしい。
何とも安直な……。
「ぷはぁ~……んぁぁぁ……。生き返りました~……」
「そりゃ良かったな」
ポーラはベンチに深く腰掛けると、据わった目で噴水を眺めた。
俺も隣に座り、同じように噴水を見ていた。
「暑いですね……。提督ぅ、脱いでもいいですか~?」
「良いとでも言うと思ってんのか? 俺は忘れねぇぜ。お前が脱いで、俺がそうさせたと勘違いされたこと。危うく豚箱行きだったんだぜ」
「そうでしたっけ?」
「てめぇ……」
「嘘です。ポーラ、ちゃーんと覚えてますよ。一緒に反省文? 書かされましたよね」
「お前が日本語書けねぇって言うから、ほとんど俺が書いたようなもんだがな……」
「えへへ……そうでした~……」
「ったく……。本当に迷惑だったぜ……。お前と居ると、いつだってトラブルが起きやがる……。あの時だってお前――」
しばらくポーラに対しての不満をぶつけていた。
酔っていた事もあって、言い過ぎた部分もあった。
「――本当、そんな事ばっかでよ……。って、おい、聞いてるのか?」
ポーラを見る。
その表情は、どこか悲しそうであった。
「どうした? まだ気持ちわりぃのか?」
「……提督は、ポーラの事、嫌いでしたか……?」
「あ?」
「ポーラは……提督の事が大好きでした……。初めてこの国に来た時……何も分からないポーラに色々教えてくれて……お酒も一緒に飲んでくれて……。楽しかった……。提督は違いますか……?」
その横顔を見て、俺は昔の事を思い出していた。
そう言えば、前にもこんなことがあったような……。
…
……
………
…………
「提督ぅ、飲んでる~?」
「あぁ……? あぁ……飲んでるぜ……。だが……もう限界だぁ……」
「あははは~提督が潰れてる~。おもしろーい! もっと飲んで~。あ、ごちそうさまが~きこえない~。うへへへ~」
「勘弁してくれ……」
あの時の俺は、ポーラが相手でなくても、あまり酒に強くなかった。
いつもポーラに振り回されっぱなしで、心身ともに疲れていた。
「提督ぅ、楽しい! 楽しいですね~!」
だから、一回だけ、ポーラに本音をぶつけてしまったことがあった。
「俺は……楽しくねぇ……。お前と居ると……苦痛ばかりだ……」
よく覚えていないが、確かそんなことを言った気がする。
顔を上げてポーラを見ると――。
「ポーラ……?」
「ポーラと居ると……苦痛ですか……? 楽しく……ないですか……?」
「い、いや……今のは……」
「ポーラは……提督の事が大好きです……。提督は……違いますか……?」
今にも泣き出しそうなポーラを見て、俺は面倒な事になったと思った。
だから――。
「な……なんてな! 嘘だ。なに泣きそうになってんだよ。ほら、もっと飲もう! な?」
「本当……?」
「あぁ」
「そう……。うへへ……良かったぁ。じゃあ……飲みましょう。かんぱ~い」
「お、おう……」
あの時はただ酔っているだけだと気に留めなかったが、今になってみると、ポーラは本当に――。
…………
………
……
…
あの時のようにはぐらかしても良かった。
だが――。
「……あぁ、違う。俺はいつだって、お前に悩まされていた。正直、お前の面倒をみたくなくて、本部へ抗議したこともある」
ポーラは俯きながら、それを聞いていた。
「酒だって好きじゃなかった。お前の相手をするのは苦痛だった。俺の信頼は崩れるし、同期の女からは軽蔑されることもあった。お前の事が、嫌いだった」
そう言った後、俺は再び、昔の事を思い出していた。
ポーラと過ごしたすべての日々を。
苦労したことばかり。
あの時も、あの時も、あの時だって――。
最後のあの時ですら――。
最後の……。
「……最後に会ったのは、別れの時だったな」
「…………」
「お前、行きたくねぇって泣いてよ。最後の最後まで、俺を困らせたよな」
「…………」
「俺は清々したよ。ざまぁねぇってさ。祝い酒をしたくらいだ」
「…………」
「けど……不思議なもんで、飲んでも飲んでも、ちっとも楽しくないし、全く酔えなかった。お前と飲んでいた時は、あんなにも酔って、バカみてぇにはしゃいだこともあったのによ……」
「…………」
「その時気付いた。俺は酔ってバカになっていた訳じゃねぇって。お前と飲んでいたから、バカになれていたんだって」
「…………」
「認めたくは無かったし、これまで認めてこなかった。だが、正直になったついでに認めようと思う。俺はお前と飲む酒が苦痛でもあったが、楽しくもあった。お前の事が嫌いでもあったが、好きでもあった」
そう言った時、ポーラは急に噴水へと走り出した。
そして、躊躇なく跳び込んでいった。
「な……!」
何が起きたのかさっぱり分からないまま、しばらく唖然としていると、辺りが急に静かになった。
我に返った時、ポーラが顔を出してこない事に気が付いた。
まさか……!
「ポーラ!」
噴水に近づき、覗き込む。
浅い噴水の底に、ポーラがぐったりと沈んでいた。
「マジかよ……!」
噴水に入り込み、ポーラを抱き上げる。
「おい! ポーラ! しっかりしろ!」
何が起きたのかさっぱりわからないが、ポーラは急に噴水へ跳び込み、浅いゆえに頭でも打ったのだろう。
「ポーラ!」
名前を叫んだ時、ポーラは目を開け、にへらと笑った。
「ポーラ……?」
「うっへへ~、暑いから涼んでました~。死んじゃったかと思いましたか?」
「……俺を騙したのか?」
「提督なら、助けに来てくれるって信じてました」
「お前……本当に……はぁ……」
俺はそのまま後ろへ倒れ、流れに身を任せた。
こっちが真剣な話をしているってのに、こいつは何を急に……。
「提督」
「あ……? なんだよ……?」
体をあげ、ポーラを見た。
濡れた髪が月明りに照らされて、キラキラと光って見えた。
だがそれ以上に、白く透き通ったような肌に目が行った。
「お前……」
ポーラは上半身の裸を晒しながら近づいてきた。
そして俺の手を取ると、自分の胸に当てた。
「ここ、とても熱いです。ドキドキしてます」
ポーラの鼓動が伝わってくる。
そして、白い肌からは想像できないほど、熱を持っていた。
「……だから噴水に跳び込んだのか?」
「はい」
冗談のつもりで言ったが、ポーラは本気だったらしい。
「……嫌いだって言われて、とっても傷つきました。でも……提督が心の奥底で、ポーラを求めてくれたことが嬉しくて……。好きって、言ってくれたのが嬉しくて……」
「……あれだけ酷いことを言ったのにか?」
「もう忘れました」
そう笑うポーラに、俺も思わず笑ってしまった。
「都合のいいお頭をしているんだな」
「全部お酒のせいです」
「かもな」
再び水面に倒れる。
ひんやりとした水が、頭を冷やしてくれた。
「ポーラ、服を着ろ。誰かに見られたら、俺は今度こそ豚箱行きだぜ」
「はぁい」
ポーラが着替え終わるまで、俺は目を瞑って、文字通り頭を冷やした。
酔い醒ましの意味もあったが、ポーラの体に――という意味もあった。
着替え終わった後、再び寮を目指した。
既に消灯時間は過ぎており、月明りだけが俺たちを照らしていた。
「寒いし疲れました……。提督ぅ……おんぶ~……」
「お前な……。噴水になんか跳び込むからそうなるんだ……。ったく……」
「もう歩けません……」
そう言うと、ポーラはしゃがみ込んでしまった。
「はぁ……仕方ねぇな……。ほら」
俺がしゃがむのと同時に、ポーラは背中に飛び乗った。
「元気じゃねぇか……」
「えっへへ~」
ふと、背中に、先ほどとは違う感触があった。
「…………」
あぁ……そう言うことか……。
「提督ぅ? どうしました~?」
「いや……何でもねぇよ……」
俺は気を紛らわせるために、間宮で抱いた疑問をぶつけた。
「そういやお前、戦後から飲んでなかったとか言ってたが……」
「そうなんです! ポーラ、久々にお酒飲みました! 向こうでは一滴も飲ませてくれなかったです!」
「へぇ、よく我慢できたな。しかし、なぜ酒を飲んじゃあいけないんだ? 外に出ることが出来たり、比較的自由が利きそうなもんだが……」
「外に出るからかもしれません。艦娘のイメージが崩れちゃいますし……。それと、検査も多くて……」
「検査?」
「詳しくは分かりませんけど、毎日ありました」
毎日か……。
流石に進んでいるな。
しかし、一滴も飲んでいないとは……。
「あのお酒も、空港で買ったものなんですよ。提督と一緒に飲もうと思って、ずーっと我慢してました。えへへ」
「酒よりも服とかを買えよな」
「ザラ姉さまにも同じことを言われました。でも、魅力的なお酒がたくさん置いてあって~」
それからポーラは、寮に着く直前まで話を続けた。
一区切りもしないまま。
伝えたいことが山ほどあったのだろうな。
だが、聞いていて苦痛は無い。
「そしたらザラ姉さまが――」
「フッ、なんだそりゃ」
むしろ、友人と話しているような心地よさがあった。
懐かしくもあり、日常的でもあり――。
とにかく、俺はポーラとの時間を楽しんでいた。
どういう訳かは分からねぇけどな。
「あ、着いちゃいましたね~。あっという間でしたね~」
「だろうな。もういいだろ。降りろ」
「はぁい」
ポーラは降りると、眠たそうに欠伸をした。
「今日はもうゆっくり休め。明日はちょっと遅くてもいいから、俺の部屋に顔を出せ」
「分かりました~。お酒、ごちそうさまでした~。とってもと~っても! 楽しかったです!」
「そりゃ良かったな」
「提督はどうでした~?」
「ま、昔よりはな。噴水に跳び込んだり、歩けないと駄々をこねなければ、素直に楽しかったと言えるぜ」
「えへへ~、気を付けま~す。だから、また一緒に飲んでくださいね」
「あぁ」
返事に躊躇は無かった。
「それじゃあ、提督。Buona notteです」
そう言うと、ポーラは頬を寄せて、チュッとキスの音を立てた。
そして、寮へと走っていった。
ポーラ曰く、イタリアの挨拶だそうだ。
昔からされていて、当時はあまり気にはしなかったが、今日はちょっとだけむず痒い感じがした。
翌朝になると、何やら食堂の方で皆が輪になってざわついていた。
「ふわぁ……。おう、どうしたお前ら。こんな朝早くから……」
「もうお昼だぜー。つーか山岡、お前、艦娘に手ぇだしてんじゃねぇよ」
そう言うと、摩耶は俺を小突いた。
「あ? 意味が分からねぇ……」
輪の中心にはポーラが居て、俺を見つけると、にへらと笑った。
「提督ぅ、おはようございまーす」
「一体なんの騒ぎだ?」
「こっちの台詞なんだけど?」
振り向くと、夕張がムッとした顔でこちらを見ていた。
「あ?」
「昨日、ポーラさんとキスしてたでしょ?」
「キスだぁ?」
「昨日の夜、騒がしいから窓の外を見てみたら、貴方がポーラさんとキスしていたのを見たわ」
あぁ、そう言うことか。
「いや、あれはイタリアの挨拶だし、そもそもお前たちの言うようなキスではねぇよ。そうだろ、ポーラ?」
「それが~……ポーラ、よく覚えてなくてぇ……。でも、提督がポーラの事を好きって言ってくれたのは覚えててぇ……えへ……」
「そういうことらしいわ。どういうことか、ちゃーんと説明してくれるわよね?」
そう言うと、夕張は疑いの目で俺をじっと見つめた。
めんどくせぇ展開になってんな……。
「何処から説明すればいいのか……。とにかく、そう言うキスはしてねぇし、好きってのもそういう好きじゃねぇよ」
「好きって言ったのは事実なのね」
「はぁ……。あのな……」
俺と夕張が揉めているのが面白かったのか、皆やんややんやと囃し立てた。
「うるせぇ! 朝からはしゃぐな!」
「もう昼だってぇの!」
「クソ……。ポーラ、マジで思い出してくれよ……」
「あ~……そう言えば、下着が無くてぇ……。どこかで脱いだのかも~」
「へぇ……もうそこまでしたって訳……」
「あれはお前が噴水に跳び込んで……」
「噴水……あぁ~、あれはとっても気持ち良かったですね~」
再びざわつく。
「ふぅん……。噴水の中でシたわけ……。マニアックね……」
「変な言い方するなよ……。噴水に跳び込んで気持ちよかったって事だろ……」
そんなことでざわついていると、香取がやってきた。
「山岡さん、本部より緊急招集です!」
「そうか。つー訳だ。何を勘違いしてんのか知らねぇが、事実無根だと言っておくぜ。香取、行くぞ」
「は、はい」
俺を睨む夕張を尻目に、俺と香取は本部へと向かった。
本部への車内で、香取は心配そうに俺に尋ねた。
「飲酒運転になりませんか……?」
「あれから何時時間も経ってる。そんなに飲んでねぇし、大丈夫だろ」
「だと良いのですけれど……」
道には、他の寮長とパートナーの艦娘が乗った車でごった返していた。
こんな感じの緊急招集、前にもあったな……。
「あの……」
「なんだ?」
「夕張さんが言っていた件ですけど……本当にポーラさんと……?」
「お前まで言うか……。何もねぇって言ってんだろ……」
「香取も山岡さんを信じています。しかし……この招集を見ると……もしかして、と……」
「……なるほどな」
俺が言葉に詰まったのが気になったのか、香取は心配そうに俺を見つめた。
「大丈夫だって。本当に何もなかったんだ。鳳翔や鹿島と違って、恋心があったわけじゃねぇ。もし俺のせいで緊急招集がかけられているのだとしたら、まずは俺にだけ呼び出しがかかるはずだしな」
「そう……ですよね……。そうですよね。でも山岡さん、あまり疑わしい行動はしないでくださいね」
「分かってるよ。気を付ける」
「宜しい。それと、山風ちゃんの件ですけど……山岡さんと何かありました?」
「何かって?」
「あれだけ山岡さんの事を言っていたのに、急に何も言わなくなってしまって……。ずっと勉強していますし、前は山岡さんが居ないと眠るのも大変でしたのに、昨日は一人で寝るって……」
そう言えば、昨日のあれから山風の声を聞いてねぇな。
本当なら、朝に俺を無理やりにでも起こすはずだし。
やはりあの時、何かあったのか……。
「良いことですけど……ちょっと心配です……」
「そうか……。帰ったら話でもしてみる。ポーラの件が誤解だと証明できた後にな」
「香取も援護いたします」
「頼んだぜ」
そう言ってやると、香取は嬉しそうに笑った。
「まずは召集の件を片付けよう。何事も無いと良いがな」
「そうですね」
だが、この招集が人と艦娘の関係を大きく左右する出来事になろうとは、その時の俺たちには想像すらできなかった。
終戦を思わせる、八月の暑い日のことであった。
――続く