絶華   作:雨守学

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第14話

本部での長い説明を受けた後、俺と香取は車の中で昼食を取っていた。

 

「いいのか。本部の食堂で食わなくて」

 

「はい。先ほどの説明会についてもお話したかったので……」

 

「確かに、食堂では出来ねぇ話だな……」

 

本部の説明会は、まず持ち物をすべて本部に預けられ、金属探知機での検査などを実施したのち、口外を禁ずる同意書にサインを書かされてから始まった。

ただ事ではないと思ったが、それ以上に驚かされる内容であった。

 

「深海棲艦の元となるコアが存在するなんて……。しかも、それが私たちの体内に存在する可能性があるとは……」

 

「ポーラ達が来た件も、よくよく考えたらおかしな話だったかもな。海外でひどい目にあったから日本に来たと報道されているが、それだけの理由で来れる訳が無かったんだ」

 

本部の説明は、専門用語などが飛び交っており、大半の者は何を言われているのかよく分かっていなかったようだ。(俺や香取もまた然り)

頭のいい奴に簡単にまとめてもらったが、要するにこういう事らしい。

『深海棲艦の元となるコアが存在していて、それが艦娘達の中にも存在する可能性がある』

『某国ではその存在に気が付いており、内々で研究をしていたが、技術的に、また検査対象の艦娘の数に限界が来た』

『そこで、艦娘の数の多い日本に協力を求めたところ、共同研究であればとの申し入れがあった』

『協議の結果、日本に艦娘と技術を送り込んできた』

他にもいろいろ言われた気がしたが、俺のお頭ではこれが限界だ。

 

「まだ技術も確立できていないようだし、うちの寮からも協力者を出せと言ってくるだろうな……。その時、正直に話すかどうか……」

 

「その辺りの采配は各寮長に任せるとは言っていましたが……。こうも情報が制限されているところを見ると、簡単には言えませんね……」

 

「そうだな……。要は適当な理由をつけて納得させろって事なんだろ。本部らしいぜ……」

 

俺が肩を落とすと、香取は複雑そうな表情を見せた。

そうか……。

 

「……でもま、これで艦娘が深海棲艦のコアを持っていないと分かれば、いよいよもって共存の背中が見えてくるってもんだ。そこは素直に喜んでおかなきゃな」

 

「はい……。でも、もしコアが見つかったら……」

 

「その時は何とか出来るだろ。コアを取り除くとか……その……なんとかしてよ。詳しくねぇから分からねぇが……大丈夫だろ」

 

そうは言っても、香取の不満は無くならないのか、昼食のサンドイッチは手に取られたままであった。

 

「お前の気持ちは良く分かる。だが、落ち込んでいてもしょうがねぇだろ」

 

「はい……」

 

「今は楽しいことを考えようぜ。もしもシリーズ、久々にやるか?」

 

もしもシリーズとは、昔俺と香取が暇だった時期に、もしも○○だったらをお題に妄想を言い合うという、くっだらねぇしりとりのようなものであった。

 

「もしも人と艦娘が共存出来たら、にしようか。お前は何をしたい?」

 

そう問いかけると、香取は小さく笑って見せた。

 

「フフッ、懐かしいですね。そうですねぇ……。みんなで動物園に行ってみたいです。水族館とか、遊園地とか」

 

「いいじゃねぇか。他には?」

 

「後は……色々なところに旅行して……美味しいものを食べて……それから――」

 

香取は目を瞑り、思う事をすべて話した。

まるで子供の夢のように、次々と欲望が出て来て、俺は思わず笑ってしまった。

 

「な、何か変でしたか……?」

 

「いや、悪い。そうか。普段、あまり欲を出さないなとは思っていたが、我慢していたんだな」

 

「う……。いいじゃないですか……。もしもなんですから……」

 

「そうだな」

 

「山岡さんはどうなさるのです? もしも共存出来たとして……」

 

「共存出来たとして……か……」

 

とりあえず、俺の仕事は無くなっちまって、最悪の場合職を失うかもしれねぇのか……。

そうした時、俺は何になりてぇのだろうか……。

 

「とりあえず、いい女と結婚して、家庭でも持ちたいぜ」

 

「それ、今でもできる事では? 艦娘のせいにしないでください……」

 

「……それもそうだな。悪い……」

 

「いえ……。しかし……そうですか。結婚かぁ……」

 

「共存出来たら、人とも結婚できるんだぜ。今の内にいい男を探しておけよ」

 

「ウフフ、そうですね。結婚したら、一緒に暮らすのですよね。何だか想像できません」

 

「寮での生活と変わらねぇよ。うるさい奴がいないだけで。俺とお前だけしか寮にいない時と同じだ」

 

そう言った時、ふと香取と二人っきりでいる場面が脳裏に浮かんだ。

そして、今この時と同じ状況だと気が付いて、変な事を言ってしまった気になった。

それは香取も同じようで、視線をずらし、無言でサンドイッチを口に運んでいた。

 

「……コーヒー飲むか? 買ってくるぜ」

 

「……もう買ってあります」

 

「そうか……」

 

静かな時間が流れる。

俺はたまらなくなって、ラジオをつけた。

が、何処も電波が入らなくて、ノイズしか聞こえてこなかった。

 

「クソ……」

 

再び静かな時が流れる。

 

「……もしも、ですけど」

 

香取は車窓に目をやりながら、続けた。

 

「もしも……山岡さんに相手が見つからなくて……香取も相手が見つからなかったら……一緒に暮らしませんか……?」

 

「え……」

 

俺は思わず息をのんだ。

香取はハッとして、焦った表情で俺に向いた。

 

「いえ、あのっ! もしものお話ですよ!? それに、そういう意味ではなくて! 駆逐艦たちが社会に出るのは難しいから、保護する人が必要で! その保護する人が香取と山岡さんでって事でして! 鹿島は第二寮の寮長さんと暮らしますし、出来るのは私達だけかと思いましてですね!?」

 

「わ、分かった。いいから落ち着け」

 

「何ですかその顔は!? 本当に分かっていますか!?」

 

「分かってる。もしもの話だし、そう言う意味じゃねぇんだろ。恥ずかしいのなら、聞かなかったことにしてやるから……」

 

落ち着いてそう言ってやると、香取は椅子に深く座り、謝罪した。

 

「取り乱しました……」

 

「いや……まぁ……今日は暑いし、頭ん中ごちゃごちゃしてたもんな……」

 

「うぅ……山岡さんが優しい……」

 

「いつもひでぇみたいに言うな……」

 

「大体……山岡さんが変なこと言うからいけないんですよ……」

 

「てめぇが勝手に自爆しただけだろうが」

 

「もしもシリーズなんかしなければ……」

 

「そりゃ悪かったな。なら、お詫びに結婚してやるよ。お前の妄想通りによ」

 

「な……! 結婚だなんて言ってないでしょう!?」

 

「痛っ! 叩くな! 暴力反対!」

 

「も~っ! 知りません!」

 

香取はフイとそっぽを向くと、一言もしゃべらなくなった。

機嫌は悪くなっただろうが、一応元気にはなったし、結果オーライか。

しかし、香取の口から一緒に暮らそうだなんて言葉が出るとはな……。

ドキッとしてしまったぜ。

ポーラの時といい、最近の俺はちょっと変だ。

欲求不満ってなやつなのかもな。

 

 

 

結局、寮に帰るまで香取の機嫌はなおらなかった。

 

「では、私はこれで……!」

 

「いつまでも大人げねぇな」

 

「こっちの台詞です! 全く……」

 

寮へと戻る香取を見送り、車を降りた。

すると、代わるようにして、夕張が出て来た。

 

「今度は香取さんを怒らせたわけ。好きねぇ。女の子怒らせるの。貴方の性癖?」

 

夕張はまだ勘違いをしているのか、まるで用意したかのように早口で煽った。

 

「本部に呼び出されたのはポーラさんとの件? キスしたのがバレた?」

 

「ちげぇって言ってんだろ。しつけぇな……」

 

「じゃあなに?」

 

「お前には関係ないことだ」

 

「ふぅん……。関係ないんだ。なら言ってもいいじゃない?」

 

本当にしつこいな……。

段々腹が立ってきた……。

 

「なに? 怒ってるの? 怒ってるのはこっちなんですけど?」

 

「はぁ……お前……マジで――」

 

そう言いかけた時であった。

 

「やめて!」

 

声の主は、山風であった。

お前、そんなに大きな声、出せたんだな。

山風は近づくと、俺の前に立って、まるで守るかのように手を広げた。

 

「や、山風ちゃん……?」

 

「パパに……迷惑かけないで……!」

 

「え?」

 

「パパ……行っていいよ……。夕張さんは……あたしが止めておくから……」

 

止めておくって……。

俺は山風の行動の意味が分からないのと、急に頼もしくなった姿に、唖然としていた。

 

「パパ、早く……。ポーラさん……待ってるよ……?」

 

「あ、あぁ……。そうか……。悪いな……」

 

「あ、ちょっと!」

 

「駄目……!」

 

山風は夕張を睨んでいた。

その気迫に押されたのか、夕張は一歩後退りした。

 

「山風……」

 

「行って……」

 

「おう……」

 

俺が寮に入るまで、山風は振り向くこともせず、夕張を睨んでいた。

 

 

 

戻ってみると、部屋でポーラが菓子を食っていた。

 

「あ、提督ぅ。お帰りなさ~い」

 

「何勝手に上がり込んでんだよ……。しかも俺の菓子まで……」

 

「一緒に飲もうと思ってぇ、待ってたんですよ~。ほ~ら、ボトルあけちゃいましょー!」

 

「昨日も散々飲んだだろ……。今日は飲まねぇ。お前に教えなきゃいけないことが山ほどあるんだ」

 

「お酒の飲み方とかですか~?」

 

「それもあるが……。ここでの生活の事とか、色々だ」

 

「じゃあ、それが終わったら飲んでくれますか?」

 

この感じ、第二の山風って感じだな……。

いや、或いは夕張にも似ているような……。

 

「……一杯だけな。それ以上は駄目だ」

 

「うっへへ~じゃあ頑張りまーす」

 

「いつも頑張れよな。ったく……」

 

それからポーラに色々と教えると共に、日本語の勉強を始めた。

海外艦とはいえ、ここに来た以上はルールに従ってもらわなければならない。

将来的には「独立試験」を受けなきゃいけないし、重要な事だ。

 

「ポーラ、この漢字知ってます! だっさいって読みます!」

 

「酒の名前だけは覚えてんのな……」

 

 

 

勉強に一区切りつけ、食堂で休憩をした。

 

「提督ぅ……。今日はもう終わりにして、早くお酒飲みましょうよ~……」

 

「駄目だ」

 

「じゃあ、ちょっとだけ飲むって言うのはどうですか? ちょっと飲んだら、勉強を再開するんです」

 

「再開ビジョンが見えねぇよ……」

 

「むぅ~……ケチです……」

 

そう言うと、ポーラは机にべったりと張り付いた。

 

「あ、冷たくて気持ちいい~」

 

「そのまま寝るなよ」

 

ふと、窓の外を見た。

流石に山風と夕張はいなかった。

居たら居たで面白いんだがな。

 

「…………」

 

それにしても、山風の奴、本当にどうしちゃったんだろうか。

あれから一度も甘えに来ないし、さっきのあの態度も気になるな。

ポーラが来て、心構えを変えたのかもしれねぇが、それにしたって急に出来るもんだろうか。

あの山風に……。

そんなことを思っていると、すぅすぅと寝息が聞こえて来た。

 

「あ、おい! 起きろ!」

 

「んぁ!? 寝てません! 起きてま……うじゅ……」

 

「あーあ……きったねぇな……。涎まで垂らして……。がっつり寝てんじゃねぇか……」

 

「しゅみましぇん……んじゅ……」

 

「ったく……。ほら、これで拭け」

 

山風がしっかりしてもこれだからな……。

 

「…………」

 

あいつもしかして、こうなることを知っていて、俺に負担をかけない様に我慢してくれてるのか……?

さっきも迷惑かけるなと言っていたし、もしそうなら……。

 

 

 

夕食の時間になると、ポーラはここぞとばかりに酒を飲み始めた。

 

「んふふ~美味しいですね~提督ぅ」

 

「くっつくな、アホ」

 

他の連中もポーラに触発され、酒を飲んでいた。

 

「山岡ぁ、ポーラとイチャイチャしてんなよなー」

 

「してねぇわ。つーか、摩耶。なんでお前もポーラの酒を飲んでんだよ?」

 

「ポーラがあげました~。みんなで飲んだ方が美味しいです」

 

「余計な事を……」

 

「そういうこった。なぁなぁ山岡ぁ、ポーラじゃなくあたしにしたらどうよ? 摩耶様のここ、空いてるぜ? なーんてな!」

 

めんどくせぇ……。

普通にしててもうるせぇのに、酒が入るとこうなるのか……。

そんな中、大人しく飯を食っている山風や香取、夕張などは、酔っぱらいを遠くから見ていた。

夕張に限っては怒っているように見える。

 

「提督ぅ、これもの~んで?」

 

「あたしのも、の~んで!」

 

「はぁ……」

 

 

 

結局、夕食を食った気にもなれず、自室に戻った。

 

「お疲れ様です」

 

香取は困った表情でやって来た。

 

「ポーラさんと摩耶さん、勉強スペースで寝てしまっていて……。動けないようでしたので、毛布を掛けてきました……」

 

「そうか。ったく、しょうがねぇな……。あまり迷惑かけるようであれば、酒を禁止にすると脅しておけ」

 

「分かりました」

 

機嫌はなおっているのか、香取は普通に仕事を始めた。

こういうオンオフきっちりしているところが香取のいいところだ。

 

「そう言えば、山風はどうしている?」

 

「天龍さんと一緒にお部屋で勉強しているようですよ。勉強スペースの状況が状況なので……」

 

「そうか……」

 

良いことだが、いつもの山風の事を考えると、無理をしているように感じる。

だからと言って、やめろだなんて言えねぇし、甘えろというのもおかしな話だ。

 

「夕張さんの事は聞かないのですか?」

 

「あ?」

 

「夕張さん、まだ怒っているようですよ。行かなくていいのですか?」

 

「行ったところで誤解が解けるかどうかな……。今は何を言っても駄目な気がするぜ」

 

「行かない方が問題だと思います。私が夕張さんでしたら、来てほしいです」

 

「……どうしてだ?」

 

「どうしてって……。夕張さんの気持ちを考えたら分かりますよ。ポーラさんや香取よりも、自分に来てくれたってだけで嬉しいと思います」

 

「…………」

 

俺がどうしてだと聞いたのは、何もその意味が分からなかったからではない。

その気持ちをどうして香取が分かるのかという点であった。

今まで、香取が色恋について共感することは無かった。

あくまでも自分は艦娘であり、人との共存を目指すという点ばかりを見て来た奴だ。

昼の事もそうだが、頭では分かっていても、湧き上がってくる気持ちのようなものが、他の艦娘と同じように香取にも芽生えつつあるのかもしれない。

 

「ですから、行ってあげてください。今は工廠に居るはずです」

 

そう言うと、香取は微笑んで見せた。

 

「……そうだな。そうさせてもらうぜ」

 

香取を残し、俺は工廠へと向かった。

 

 

 

寮を出ようとした時であった。

 

「お、山岡」

 

「天龍」

 

「ちょうどお前を訪ねようとしていたんだ。辞書持ってたろ。貸してくれねぇかな?」

 

「あぁ、構わねぇよ。俺の部屋に香取が居るから、聞いて借りてくれ」

 

「悪ぃ」

 

辞書を貸せ、か。

本当、少し前のこいつからは想像できない台詞だ。

 

「そういや、山風がお前のところに行ってるんだって?」

 

「あぁ、一緒に勉強してる。山風の奴、覚えが早くてさー。オレも大変だよ」

 

「あいつの様子はどうだ? 何か変わったことはあるか?」

 

「うーん……そうだな……。勉強する時間が長くなったかもなー」

 

「そうか。あいつ、俺の事を何か言っていたか?」

 

「やけに気にするんだな。何かあったのか?」

 

「いや、俺に対して甘えることをしなくなったからよ。お前なら何か知ってるんじゃねぇかと思ったんだ」

 

「確かに。甘えなくなったよなー。でもごめん、何も聞いて無いんだ」

 

天龍にも話していないのか。

そうなると、いよいよもって本人に聞く以外ないのかもな。

 

「後でちょろっと探りをいれてみるよ」

 

「頼めるか?」

 

「あぁ、分かったら報告するよ。あとさ、オレの勉強の成果を見せたいから、報告の時にでも時間を取ってくれないか? ちょっとでいいんだけど……」

 

「おう。ちょっとと言わず、ちゃんと取っておく」

 

「本当? へへへ、じゃあ頑張っておくぜ」

 

「いつも頑張れ」

 

「わーってる。じゃあ、行くわ。呼び止めて悪かったなー」

 

そう言うと、天龍は俺の部屋へと向かっていった。

あいつも物腰が柔らかくなったよな。

山風が変わったのと同じで、あいつにも心情の変化があったのだろうな。

 

 

 

工廠に入ると、夕張はこちらをちらっと見て、また視線を戻した。

 

「よう」

 

「……何しに来たのよ?」

 

「約束だろ。二人っきりの時間をつくるってよ」

 

「…………」

 

そう言ってやると、夕張は作業の手を止め、俺専用のカップにコーヒーを注いだ。

そしてそれを俺に渡すと、隣に座った。

 

「砂糖は二個入れたか?」

 

「うん……」

 

大分前に作ったのか、コーヒーは少しばかり酸化しているように感じた。

 

「……さっきはごめんね」

 

まだ怒っているものだと思っていたが、夕張は俯きながらそう言った。

 

「貴方とポーラさんが何もなかったのは分かっているし、あったとしても、私が不機嫌になって、貴方に当たっていい訳ないわよね……」

 

俺が黙っていると、夕張は言いにくそうに零した。

 

「生理中なの……。だからかしら……。イライラしちゃって……」

 

「そういやそうだったな」

 

「知ってたの……? まさか貴方……」

 

「勘違いすんなよ。艦娘の体調は、逐一本部に報告しなきゃいけねぇんだ。生理だって然りだ」

 

「そういうこと……ごめん……」

 

コーヒーを啜る。

工廠はとても静かで、自作したという時計の秒針だけが音を発していた。

 

「……本当はね、貴方が顔を出す直前まで怒ってたの。というよりも、怒ってないといけない気になっていたの。喧嘩しちゃった感じだったし……。後戻りできないでいたというか……」

 

だから俺が入るなり、あんな態度を取っていたのか。

でもまぁ、なんとなく気持ちは分かる。

後に引けないよな。

 

「でも、貴方が約束を守ってくれたのが嬉しくて……正直になれた……。素直に謝れた……。私を許してくれているのか分からないけれど……」

 

俺はあえて何も言わなかった。

それにしても、香取の言う通りだったな。

やっぱりあいつは――。

 

「ん……」

 

夕張はそっと体を預けると、顔を隠すようにして膝を抱えた。

 

「…………」

 

「……どけって言わないの?」

 

「言ったところで、ポーラには許したのに的な事を言うだろ。どうせ」

 

「良く分かってるじゃない……」

 

「それに、生理中なんだろ。余計な事を言って、また面倒な事になるの嫌だしな」

 

「……貴方らしいわ」

 

背中をさすってやると、夕張はチラリとこちらを見た。

 

「貴方って、モテないモテないって言ってる割には、そういう何気ない心遣いが出来るわよね」

 

「モテなさ過ぎて、モテる本を読んだだけだ。そこにこうしてやれと書いてあった」

 

「フフッ、何その本。でも、私には効くかも。既に惚れられている相手にやるのはどうかと思うけどね」

 

「別にお前だからやってるわけじゃねぇよ……って言ったら怒るか?」

 

「落ち込むかな……」

 

「じゃあ、言わねぇ」

 

「……貴方がモテなかった理由が良く分かるわ」

 

それから、夕張が満足するまで背中をさすってやった。

尤も、その頃には消灯時間を迎えていたから、本当に満足したのかは分からないままだ。

 

 

 

翌日。

食堂へ向かう途中、山風に会った。

 

「よう。おはよう」

 

「おはよう……」

 

挨拶を済ませると、山風は洗面台の方へと向かっていった。

本当、どうしちまったんだろうな……。

そんな事を思っていると、天龍が声をかけてきた。

 

「よう山岡。おはようさん」

 

「おう、おはよう」

 

「山風の件だけどよー、色々聞いてきたぜ。ここじゃあなんだし……朝食の後でいいからさ……その……時間、作ってくれないかな……?」

 

「あぁ、分かった。じゃあ、朝食の後に俺の部屋へ来い」

 

「うん。その時さ……勉強の成果も見て欲しいんだけど……。出来れば……静かな方が良いからさ……。なんつーか……な?」

 

「……あぁ、分かった。その時間は誰も入れないようにしよう」

 

「サンキュー。じゃあ、あとでな。へへへ」

 

そう言うと、天龍も洗面台の方へと向かっていった。

天龍……。

お前も少し変だとは思っていたが、まさか香取と同じように……。

 

「…………」

 

 

 

皆が朝食を取っている間、俺は飯田ちゃんに連絡を取った。

香取や天龍、山風の変化に至るまで、すべてを報告した。

 

『なるほど……。それは昇華が始まったとみていいでしょうね……』

 

「やはりそうか……。俺が自意識過剰なだけだったら良かったんだがな……」

 

『山岡さんならありえそうですね』

 

「おいおい」

 

『冗談はさておき……香取さんと天龍さんは、本人が認識しているかどうかは疑問ですが、確実に山岡さんを異性として意識し始めているのだと思います。これは第十軽巡寮に限った話ではなく、全ての寮でも同じ現象が報告されています』

 

「本部は何か言っていたか?」

 

『昇華については、ある意味では生理現象と同じものですから、特別な対策は取らない様にしています。問題なのは実際に関係を持ってしまう事であって、艦娘が恋をすること自体は問題ではないという考え方です』

 

「艦娘ではなく、俺たち人間が気を付けなければいけないという事か」

 

『そういうことです。山風ちゃんの事については……昇華はあまり関係ないかと……。きっと大人になったのだと思いますよ』

 

「だといいんだけどな……」

 

まぁ、山風については、天龍が何かをつかんだようだし、大丈夫か。

 

「そういや、あいつは元気か?」

 

そう言うと、飯田ちゃんはワンテンポ置いてから、零す様に言った。

 

『……はい。相変わらず忙しそうですけど……』

 

その言葉に、飯田ちゃんの悲しみが込められているのを感じた。

 

「構ってくれねぇってか」

 

『別に……構ってほしい訳では……』

 

「話す機会が少なくなったのは、信用されている証だと思うぜ。落ち込むことじゃねぇよ」

 

『えぇ、分かってます』

 

「だろうな」

 

電話の向こう、笑う飯田ちゃんが見えるようであった。

 

『とにかく、例の件の事もありますし、艦娘との関係に大きな転機が訪れています。ないとは思いますが、過ちを犯さない様に』

 

「そこのところは大丈夫だ」

 

『合コンも頑張ってくださいね』

 

「余計なお世話だ」

 

『ふふふ。では、そろそろ……』

 

「ああ、悪かったな。こんな朝早くから」

 

『いえ、ではまた……』

 

電話を切って、しばらくその場で考え込んだ。

昇華の事。

検査の事。

俺自身の事。

どれにしたって、目まぐるしい変化があることは事実で、それに対応しなければならない状況下にある。

今までは何とかやり過ごせたが、それは俺が関わらなくていいことばかりであったからだ。

今回は状況が違う。

自惚れでないのなら昇華の中心は俺であるし、検査をどう受けさせるかも俺に託されている。

今度ばかりは、誰も助けちゃくれない。

 

「ここが正念場か……」

 

尤も、俺にそれらをさばけるだけの力があるのか、まだ分からないでいる。

そしてそれは、俺の怠慢を裏付ける根拠にもなっていた。

 

 

 

朝食を済ませた天龍が、俺の部屋へと入って来た。

 

「よう、来たぜ」

 

天龍はそっとカギを閉めると、同じくそっと座布団に座った。

 

「あれ? 何食ってんだ?」

 

「朝食だ。まだ食ってなくてな」

 

「そういやいなかったなー。何してたんだよ?」

 

「電話だ」

 

「彼女か~?」

 

「そんなところだ」

 

「嘘つけ。どうせ仕事の電話だろ?」

 

「分かってんなら聞くな。で? 山風の件を聞こうか」

 

「そう焦るなって。それ食い終わってからにしようぜ。その間、ゲームやってるからよー」

 

そう言うと、天龍はゲームで遊び始めた。

予想はしていたが、こいつ居座る気まんまんだな。

昨日は時間をとるとは言ったが、それはあくまでも勉強を見てやる時間だ。

昇華に確信を持った今、天龍の行動すべてが、勉強を見て欲しいという一点ではないのではないかという疑問がチラついていた。

 

「飯、食い終わったぜ。山風の件、話せよ」

 

「早っ! あんまり早食いすると、健康に良くないらしいぜ」

 

「健康を気にする奴は酒なんぞ飲まんし、煙草も吸わんだろ。それよりも、山風の件はどうだった?」

 

「山風山風って……。まあいいけどよ……」

 

天龍は少し拗ねた様子で、山風の事を話し始めた。

 

……

………

…………

 

「あいつの表情が?」

 

「うん……。パパ……とっても疲れているように見えたの……」

 

お前がポーラと「街」に出るといった時、山風が駄々をこねただろ?

その時見せた、お前の表情の事を言ってるらしいぜ。

 

「それに……「悪いな……」って、謝って来た……。あたしが悪いのに……いつもは怒るのに……謝って来たの……」

 

「怒られると分かってて言ったのかよ?」

 

「怒られてもいいの……。構って……くれるなら……」

 

まあ、歪んだ愛かもしれねーけど、山風にとってはお前に構ってもらえるってだけで満足だったらしい。

 

「でも……あんなパパ……見た事無くて……。パパが……このままいなくなっちゃうんじゃないかって……不安になって……」

 

「どうしてだよ? あいつはいなくなんてならねーぜ?」

 

「……学校の先生が言ってたの。怒られる内が華だって……。怒られもしなくなって……あたし……見捨てられちゃうんじゃないかって……」

 

「心配しなくても、あいつはそんな事しねーよ」

 

「あたしだって、そう思ってるよ……。けど……あたしがそう思い続ける限り……パパはずっと……あの表情を見せたままなんだよ……? あたしは……笑ってるパパが好き……。怒ってるパパも好き……。いつもの……パパが好きなの……」

 

「山風……」

 

「あたしはずっと……パパに貰ってばかりだったから……今度は……あたしがパパに笑顔をあげたいの……」

 

「それが……あいつに構わなくなった理由か……?」

 

そう言うと、山風は小さく頷いたんだ。

普段は心配になるほど柔な山風が、その時に限っては少しだけ大人に見えたよ。

 

「パパが笑顔になるまで……あたしはあたしが出来ることをする……。もうパパに……あんな顔はさせない……」

 

…………

………

……

 

「そん時の表情が相当ショックだったらしい。山岡、お前どんな顔してたんだよ?」

 

どんな表情をしていたんだろうな……。

山風がショックを受けるほどの表情……。

確かに、少しだけ疲れてはいたが……。

 

「で、どうすんだよ? このまま放っておくか?」

 

「そこが問題なんだ。あいつがそう決意してくれたのは、確かに嬉しいことだ。しかし、ショックを受けているというのはな……」

 

「山風は本気みたいだぜ。お前の笑顔を取り戻そうとよ」

 

「分かってる。だからこそ悩んでいるんだろ。あいつの精神を重んじて、このまま成長してくれたのなら、冥利に尽きるってもんだ。だが、無理をしているのだとしたら……俺が原因だというのなら、救いの手を差し伸べるのが筋ってもんだ……」

 

「だけど、救ってふりだしに戻る可能性もある……だろ?」

 

そうだ。

せっかく成長するきっかけが出来たのに、それを潰すことをして良いのか。

俺の悲願は、あいつの自立だったはずだ。

今、それが叶おうとしている。

だが――。

 

「…………」

 

夕張の件と同じか……。

恋をすることを覚えて、それを無下にする答えをあいつに与えるのかどうか。

山風の決意を退け、今までの生活を取り戻すのか。

どっち付かずのまま、今に至っている。

思えば、いつだってそうだったように思う。

あの時も――あの時も――あの時だって――。

結局のところ、俺は逃げ続けていたのかもしれない。

決意しなければいけないところで――いつだって――。

俺に関係ないと、見ない様にしていたのかもしれない。

誰かが解決してくれると。

俺はいつだって、正念場を迎えていたんだ。

今ではない。

昔から、そうだったんだ。

 

「山岡、大丈夫か?」

 

「あぁ……悪い……。考えこんでしまった……」

 

「まあ、難しい問題だよな。けどさ、これはオレの意見としてだけど……やっぱり一番なのは、あいつの気持ちを尊重することなんじゃないかって思うんだ」

 

「だがそれだと……」

 

「そうじゃなくてさ。あいつの気持ちを理解しているということを理解させてあげるんだよ」

 

俺が分からないという顔でいると、天龍は身振り手振りで説明し始めた。

 

「だからさ、なんつーか……山岡は山風の本心を理解していると、山風に伝えるんだ。その上で悩んでいることも」

 

「それで……?」

 

「その上で、山風がどうしたいのかを聞く。そこで出た答えを尊重する。これが一番。そうだろ?」

 

それだと結局、また他力本願になってしまう。

だが……そうかもな……。

真の意味で気持ちを尊重するってのは大事だ。

今までは、俺の気持ちを伝えないまま、気持ちを尊重するという名目で、自分の出すべき結論から逃げて来た。

もし、夕張の気持ちを知ったあの時、俺の正直な気持ち――傷つけるとか傷つけないとか、傷つくとか傷つかないとか、そう言ったもののない気持ちを伝えることが出来たのならば――。

本当の意味での気持ちの尊重が出来たのならば――。

ポーラに偽りのない気持ちを伝えた時のように、出来ていたのなら――。

 

「……そうだな。それが一番大切だよな。それこそが、本当の意味で心が通じ合うってもんだよな」

 

時にそれは、誰かが傷つくことになるかもしれない。

俺が足を止めていたのは、それが原因でもあった。

だが、それは同時に、誰かを傷つけたくないという、俺自身のエゴでもあった。

自分も傷つく覚悟を持つことこそが、今回の色々な件についての答えを導く、カギとなるのだろうな……。

 

「よし……。山風に、俺が今思っていること全て、ぶつけようと思う。サンキュー天龍。なんとかなりそうだぜ」

 

そう言ってやると、天龍は嬉しそうにニッと笑って見せた。

 

「よっしゃ、山風の件は解決だなー。んじゃ、次はオレの勉強を見てもらうぜー?」

 

「あぁ、分かった」

 

それから、天龍の勉強の成果とやらを見てやった。

確かに、前に比べて上達はしていた。

 

「な、オレも成長しただろ?」

 

「そうだな。前は公式すら覚えていなかったのに」

 

「へへへ、褒めてくれてもいいんだぜー?」

 

「合格したら褒めてやるよ」

 

「えー? じゃあ勉強しないわー」

 

「アホ抜かせ」

 

そう笑ってやると、天龍は俺の目をじっと見つめた。

 

「オレは本気だぜ?」

 

「あ?」

 

「オ……」

 

何かを言おうとした天龍の顔が、徐々に赤くなっていった。

そして、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をすると、真剣な目で俺を見つめた。

 

「オレはお前に褒めて欲しいから、勉強してるんだっ!」

 

そう言った後、天龍は耐え切れなくなったのか、目を逸らした。

 

「それが……なんつーか……オレの本心だ」

 

俺が唖然としていると、天龍は続けた。

 

「だ、だからさ……。山風の話じゃねーけど……要は本心を伝えるって事が大事でさ……」

 

天龍は身振り手振りを交えて説明していたが、俺が理解できないでいると知ると、投げ出すように言った。

 

「だぁー! もう! めんどくせぇ! 要するにオレは! お前に構ってほしいんだよ! ポーラとか夕張とか、山風見たいに!」

 

息を切らす天龍。

息が整う頃、しおらしく俯いた。

 

「俺の気を引くために勉強していたという訳か?」

 

「あぁ……そうだよ……。そんなことは駄目だって分かってるけど……お前の気を引ける手段はこれしかなかったんだよぉ……」

 

正直に吐いてくれたな。

こいつの言う通り、本心をぶつけてくれた方が、物事はスムーズに進むんだな。

 

「別に勉強でなくても良かったんじゃねぇのか?」

 

そう笑ってやると、天龍は拗ねるように零した。

 

「だって……オレはポーラや山風みたいに積極的になれないし……夕張や香取みたいな心の支えにもなれないし……」

 

「それでなぜ勉強になるんだ?」

 

「お前、言ってただろ……? オレが試験に受かったら嬉しいって……」

 

「確かに言ったが、それはお前でなくても同じだ」

 

「じゃあ、オレはどうしたらあいつらみたいにお前に構ってもらえるんだよー……」

 

吹っ切れたのか、天龍は我が儘を言う子供のように拗ねて見せた。

 

「別に構わねぇとは言ってねぇだろ」

 

「じゃあ……構ってくれるのか……?」

 

「あぁ。だが、俺も本心を言うと、めんどくせぇなと思ってるぜ。構うのにも、あまりベタベタしては、監視の目もきつくなるから、したくねぇと思ってる」

 

「…………」

 

「それに、褒めてほしいから勉強するってのも、良く思ってない。それが原動力になっているから、そうは言えなかったがな。それも本心だ」

 

そう言ってやると、天龍は複雑そうな表情を見せた。

 

「勉強は続けて欲しいが、褒めなけりゃ勉強しないんだろ?」

 

「そ、そうだ……」

 

「だが、俺の本心も理解した。だろ?」

 

「まぁ……な……」

 

「だったら問題ない。俺とお前は利害関係でしかないという事を意識したんだ。俺はお前に勉強させるために褒め、構ってやる。お前は俺の利益を理解した上で勉強し、褒められるんだ」

 

天龍は分からないという表情を見せた。

そして、とうとう口にした。

 

「良く分からねーんだけど……。どうしてそんなまどろっこしいことするんだ?」

 

「……これも本心から言うが、そうした方が、恋愛感情に発展しないからだ」

 

天龍はますますわからないという顔をした。

 

「お前は良く分からないかもしれねぇが、褒められたいとか構ってほしいってのが、時として恋愛感情に発展する可能性があるんだよ。そしてそれは、相手の気持ちが分からない故に起こる事なんだ」

 

「えーっと……つまり、相手の気持ちを分かっている限りは、恋愛に発展しないって事か?」

 

「あぁ。ちゃんと利害関係で褒めたり構ったりしていると意識するから、そこに変な気……いや、恋愛感情は生まれない」

 

「……そうなる原理は良く分からないけど……どうしてお前はそんなに恋愛感情を恐れてるんだよ? 香取から聞いたけど、恋をすることは悪くねーんだろ?」

 

「もちろんそうだ。だがそれは……艦娘が……って話だ」

 

「あぁ? どういうこ……」

 

そう言いかけて、天龍は理解したのか、目を伏せた。

 

「……俺だって男だぜ?」

 

「そ、そういうこと……か……」

 

妙な沈黙が続く。

 

「……ま、そう言うこった。俺はそういう理由でお前を褒める。俺に変な気を起こさせないように、恋愛感情を持ったりすんなよ?」

 

激しく頭を撫でてやると、天龍は嬉しいやら嫌がるやら、どっちにするか迷うようにして、手をバタつかせた。

 

 

 

そのままの勢いで山風に俺の本心を話した。

山風はどちらかというと、俺の勢いに驚いていたようであった。

 

「――と言うこった。だから……その上でお前の意見を尊重したいと思うんだ。お前の本心を俺に聞かせてくれ」

 

そう言ってやって、天龍のように我が儘の一つでも零すのだと思っていたが、違った。

 

「……パパがあたしの気持ちを……理解してくれたのは嬉しいよ……。でも……あたしはあたしの思うように……やってみたいと思ってるの……。パパに頼らず……自分の力で……やってみるから……。大丈夫だよ……」

 

「でも、お前――」

「――お仕事、頑張ってね……」

 

山風は笑顔を見せると、自室へと戻っていった。

 

 

 

結局、それから数日経っても、山風が元に戻る様子は無かった。

最近では、いろんな奴と交流を深めているようで、学校から帰ってくるとすぐに、外でほかの寮の駆逐艦と遊んでいるようであった。

 

「いいことなんだがな……」

 

本心でぶつかり、はっきりとさせたつもりではあったが、どうもモヤモヤする。

山風の事が気になって仕方が無かった。

 

「これじゃあ、どっちが依存しているのかわからねぇな」

 

天龍から聞いたあいつの本心と、俺に見せたあいつの本心は、どこかずれがあるように思える。

だが、俺の心配しているそれとは裏腹に、あいつは成長してゆくし、最近では無理をしているどころか、楽しんでいるようにすら思えてくる。

真の意味で親離れしたのならそれでもいいが、このモヤモヤが晴れてくれないのはなぜだろう。

そんな事を思っていると、香取が部屋へとやって来た。

 

「失礼します……」

 

「おう。どうした? 妙に深刻そうな顔をして」

 

「実は……先ほど本部から連絡がありまして……。例の件についてです……」

 

「……カギを閉めてくれ」

 

「はい……」

 

検査の件については、まだ寮の奴らには言っていなかった。

 

「それで……?」

 

「本部より……検査の要請がありました……」

 

「誰にだ?」

 

「私にです……」

 

そう言うと、香取は俯いた。

握った拳が、小さく震えていた。

 

「おそらく……検査の件を知っているパートナーの艦娘から始めて、様子を見ようということだと思います……」

 

言えなかったが、まぁそうなるだろうなとは思っていた。

 

「そうか……。何か詳しい事、言っていたか?」

 

「検査には三日間かかるとしか……。その間、寮を空けないといけないようです……」

 

「なるほどな……。強制か?」

 

「そこははぐらかされました……。任意のようではありそうでしたけど……。でも……立場上、嫌とは言えませんから……。それに……いつかは受けることですし……」

 

「強制のようなもんか……。お前、検査が嫌なのか? もしそうなら、適当な理由をつけて断ってやるぜ?」

 

「いえ……。どちらかというと……怖いんです……」

 

怖い、か。

香取にしちゃ、珍しいことを言うもんだ。

 

「もし検査でコアが見つかったらと考えてしまって……」

 

なるほどな……。

いつだってそう言うことは考えていただろうが、もっと先の話だと、心の奥底では思っていたのだろう。

それが急に現実味を帯びて来たもんだから、怖がるのも当然か。

 

「もしも……もしもコアが見つかったら……私はどうなってしまうのでしょうか……?」

 

「コアを取り除く、だろ?」

 

「しかし……取り除けなくて……時間が無かったら……。私が深海棲艦になってしまったら……どうなるんですか!? 私は処分されて――!」

「――香取」

 

取り乱す香取の肩をそっと抱いてやった。

 

「落ち着け……。まだそうと決まったわけじゃねぇだろ……」

 

「でも……」

 

「そのもしもシリーズは無しだ。おもしろくねぇ。だろ?」

 

そう笑ってやると、香取も落ち着いてきたのか、深く呼吸し、息を整えた。

 

「……そうですね。ごめんなさい……」

 

「心配する気持ちは分かる。不安になる気持ちもな。だが……」

 

言葉に詰まったが、天龍との本心の件が、俺の背中を押した。

 

「……これは、お前たちの気持ちを理解してねぇといわれても仕方ないことだが……あえて言おうと思う」

 

香取はそれを受け入れるというように、俺の方を向いて、言葉を待った。

 

「……お前が怖がろうが何しようが、コアがあるかどうかの結果が変わるわけじゃねぇ。自分じゃどうしようも出来ねぇ事なんだよ……」

 

無論、そんなことは分かり切っているだろう。

だが、誰かから言われて初めて、それを本心から受け入れることが出来る時もある。

 

「どうしようもできない事で悩み、足を止めるくらいなら、今は忘れて、少しでも前に進んでいった方が良い。難しいかもしれねぇが、受け入れるしかねぇんだよ……」

 

無責任な発言であることは百も承知だ。

怒られたり、泣かれたりしても、おかしくなかった。

それでも香取は、ただ目を伏せるだけで、そうはしなかった。

 

「……それでも辛いことはあるし、感情を制御できない事もあるだろう。そん時は俺を頼れ。俺はお前がコアを持っていようがいまいが、そんなことは関係なく、これからも変わらず接する。それだけは約束しよう」

 

「山岡さん……」

 

「俺が売れ残ったら、お前に貰ってもらわねぇといけないしな」

 

再び笑って見せる。

香取も、落ち込んでいるのが馬鹿らしいというように、息を漏らした。

 

「……ふふ、そうですね。プロポーズしちゃいましたもんね。山岡さん好みの女性にならないと、ですね」

 

「俺は笑顔の似合う女が好きだ」

 

「では、お望み通り」

 

香取は笑顔を見せると、おかしくなったのか、吹き出した。

 

「いい笑顔だ。ついでに言うと、いろんなことに寛容な女が好きだ。タバコに酒、ゲームにも寛容で――」

 

「あら、それは残念です。香取は山岡さん好みの女性にはなれそうにありませんわ」

 

「……そうかよ」

 

そう言ってやると、香取は勝ち誇ったような顔を見せた。

 

「山岡さん、ありがとうございます。幾分か、気分が晴れました」

 

「そりゃよかったな」

 

「また……不安になったら……」

 

「あぁ、いつでも相手をしてやるよ。だから、お前は心配せず、いい女になってくれればそれでいいぜ、ハニー」

 

「ふふ、努力するわ、ダーリン」

 

 

 

それから検査日を迎えるまでの間、香取は平生を保ってはいたが、ところどころに不安をにじませる場面が見られた。

例えば、図書館で借りて来たという本は、アンドロイドと人間の共存を書いたもので、俺の記憶が正しければ、人間がアンドロイドを差別するという内容であったはずだ。

それは、艦娘と人間でも同じことが言える訳であって、香取はアンドロイドの気持ちに寄り添って、感傷に浸っているようであった。

同じ悩みを持った者同士の、傷のなめ合いに似た安心感があるのだろう。

 

「いよいよ明日だな。気持ちの方は大丈夫か?」

 

「はい。おかげさまで。不安が無いかと言われれば嘘になりますが……。それよりも、寮の事、よろしくお願いしますね」

 

「あぁ、任せろ。しかし、三日間も缶詰状態で検査をすることになるとはな」

 

「それだけ重要な検査ということなのでしょうね……。寮の皆さんには、何と説明されたのですか?」

 

「休養のようなもんだと言っておいた。皆、お前の普段の行いが良いせいか、もっと早くにそうするべきだったと怒っていた」

 

「単純に、普段の山岡さんの行いが悪いせいでは? 香取に押し付けっぱなしだって、皆さんも知っているんですよ」

 

これには俺も言葉が出なかった。

 

「……山岡さん」

 

「なんだ?」

 

「行く前に……まだ不安が少しだけ残っているので……頼ってもいいですか……?」

 

「あぁ、構わねぇよ。何すりゃいい?」

 

「じっとしてくれるだけで構いません」

 

「あ?」

 

「いいですか……?」

 

「あ、あぁ……。何すんのか知らねぇ……け……ど……」

 

香取は寄り添うと、俺の胸にそっと頭を預けた。

そして、恐る恐る俺の背中に手を回すと、遠慮がちに抱きしめた。

 

「…………」

 

俺はどうしようもなく、その場に突っ立てることしかできなかった。

それほどに予想外な事であり、ありえない事であった。

 

「……もし」

 

「…………」

 

「もし……検査でコアが見つからなかった時は……私は山岡さんと同じ……人を名乗ってもいいのでしょうか……?」

 

「……あぁ」

 

「人と同じように……振る舞っていいのでしょうか……?」

 

「あぁ……」

 

「なら……その時は――」

 

香取はかすれた声で、俺にどうするか伝えた。

そして言い終えると、俺から離れ、無言のまま部屋を出て行った。

 

「…………」

 

その時は――、か……。

あいつの運命が決するように、俺の運命も決するときが来ているのかもしれない。

そしてそれには、必ず艦娘という存在がついてくる。

そう思わざるを得なかった。

 

「人と艦娘……か……」

 

俺は、艦娘が人に――あいつらが人として俺の前に現れた時、どのように接すればいいのだろうかと考えていた。

気持ちに、どう向き合えばいいのだろうかと。

 

『その時は……貴方に香取の気持ちを伝えます……。今度は……冗談ではありませんから……』

 

本当の正念場は、まだこの先にあるのだと、この時、はっきりと感じた。

 

――続く

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