「ほら夕張、口開けろ」
「うん。あー……ん!」
「美味いか?」
「うん。美味しい。貴方も、ほら」
「あー……ん……」
「美味しい?」
「あぁ、美味い」
「良かった。えへへ」
目の前で繰り広げられるバカップル劇場に、俺も鹿島も辟易していた。
「ん? お前らも食えよ。ここのカフェ、伊良湖が入ってから、より一層美味くなったんだぜ」
「あ、あぁ……そのようだな……」
鹿島の方を見ると、なんとも居心地の悪そうにパフェを食っていた。
多分、味も何も分からないでいるんだろうな……。
「あ、口についてるわよ。取ってあげるわ」
「サンキュー」
まあ……こんな状態じゃあな……。
曼殊沙華もすっかり枯れてしまい、早い所だと紅葉の予兆が見られるこの頃。
俺と鹿島は、本格的に「適正パートナー試験」の受験に備えるため、山岡達と「街」に出ていた。
「アドバイスねぇ……」
山岡と夕張は、互いにケーキやらパフェやらを食わせながら、もうかれこれ十分以上、同じ言葉を繰り返していた。
「審査は面接のみだし、審査基準は公表されていない。俺たちも、なぜ受かったのか、実は良く分かってねぇんだ」
「とは言え、何かあるだろ? 前回と違ったところとか……」
「どうだったかな……。俺たちはいつも通りだったよな?」
「うーん……。あ、でも……あの日の私達って、前日に完成したお揃いのネックレスをしていたじゃない? それも関係あるとか!」
「そう言えばそうだったな。そうそう、これがそのネックレス。夕張と俺、互いに作ったものを交換したんだぜ」
そう言うと、山岡と夕張は、どや顔でネックレスを見せた。
「……そりゃ……良かったな……」
「だろ? これはさ――夕張が――」
「そうそう、貴方ってば――」
それから再び、二人だけの世界に入り込んでいってしまった。
「はぁ……ったく……」
「お、お二人とも……本当に仲がいいですね……」
「あぁ……。公認されているとはいえ……気を抜き過ぎだ……」
「そうかもしれませんね。でも……ちょっとだけ……」
鹿島はじっと、バカップルを見つめた。
「羨ましいか?」
「ちょっとだけ……ですけどね……」
そう言って、鹿島はパフェを口に運んだ。
その瞳は、本当に――。
「おい、聞いてるのか?」
「あ、あぁ……。悪い……」
「それからよー」
結局、話が終わったのは一時間後で、榛名が気を利かせて、夕張と鹿島を外に連れ出してくれた。
「悪いな……。あいつ(夕張)と居ると、つい周りが見えなくなっちまって……」
「いや……まぁ……」
山岡をこんなにしてしまうなんてな……。
恋って奴は、本当に……。
「試験の話だが、大体はさっき話した通りだ。本当に基準は分からねぇ。夕張が言ったように、ネックレスくらいなもんだ」
「試験官が違ったとか?」
「いや、何度か顔を見た奴だった。本当に分からねぇんだ」
そうなると、やはり試験官の気分次第という可能性もある。
同情だとか、そういった感情が……?
「悪いな。参考になりそうなこと、一つも無かったよな」
「いや、ヒントは得た感じだ。ありがとう」
とは言え、曖昧な部分が多すぎるのも事実だ。
やはり、一度は自分たちで受けてみない事には……。
「しかし……惚気を聞きに来たってだけじゃ、お前たちに申し訳ねぇよな……。何か情報の一つでも……。何かあったかな……」
「いいよ、別に。わざわざ来てもらってるんだし」
「そう言う訳にはいかねぇ。ちょっと待ってろ……。え~っと? 何かあるかな~……っと……」
山岡は、何やら手帳をパラパラとめくり始めた。
「っと、これなんかいいかな……。艦娘の恋愛感情に関する情報だ。まだ公表もされてない、熱々の情報だぜ?」
「そんなの教えていいのか? 本部の人間しか知らないんだろ?」
「別に重要な情報でもないしな。それに、お前はいずれ本部配属になる。これは上の方で、今話題になっているくらいだ。やったな」
「初耳だ」
「今言ったからな。つーわけで、もう既に本部の人間みたいなもんだから、聞いても大丈夫だ」
「相変わらず無責任だな……。本部採用になったのも、本当は嘘なんじゃないのか? バッヂを夕張に作らせたとか……」
「それは一度やってみた。が、精密すぎて、あいつでも作れなかった」
「……そうかい」
山岡は一呼吸置くと、俺にしか聞こえない声で話し始めた。
「知っての通り、艦娘は段々と人として「進化」し始めている。「昇華」という奴もいるが……まあ言い方は置いておこう……」
「…………」
「体の進化、心の進化……治癒力は退化しているが、それも進化っちゃあ進化だ。「深海棲艦ではない=人間」というのが世間一般の意見だし、ここでもそう扱っている。だが、「進化し始めている」というように、完全な人間とは言えない。不安定なところもある」
「その一つが、恋愛感情という訳か?」
「そうだ。そもそも、人と艦娘の大きな違いってのは、生まれ方にある。俺たち人間には、同族の親がいる。だが、あいつらにはそれが無い。「艦」としての記憶を持ち、深海棲艦と戦うことの出来る唯一の存在……。指示したわけでも無いのに、人間に協力的で、反抗や反逆は一切なかった。こうしている今もな……」
俺はふと、三年前に取材に来た谷田部を思い出していた。
その時の霞も、確かに――。
「だが、最近は少しだけ違う事が起きている。人に近づいてゆくにつれ、反抗的な態度をする艦娘が増えて来たんだ」
「反抗的……?」
「と言っても、ここから出られないことに不満を感じているとか、そう言うことではない。主に……恋愛絡みの反抗だ……」
そう言うと、山岡は数枚の報告書を手渡した。
「これは?」
「とある艦娘に関する問題行動をまとめたものだ。まあ読んでみろよ」
書類には、長々と問題の経緯や分析、対策方法などが書かれているが、とにかくこういう事らしい。
『某重巡洋艦は、A氏に対し強い恋愛感情を抱いていたが、A氏がパートナーである艦娘と「適正パートナー試験」を受験することを知り、逆上。管理人室の物品20点と窓ガラスを2枚破壊。その際、ガラスの破片でA氏は負傷。パートナーである艦娘も、複数の打撲を負っている』
「艦娘が人を怪我させたって訳だ。同様に、同族でもある艦娘をも……」
「…………」
「艦娘が人を怪我させたという事例は、事故では多く報告されているが、故意に傷つけた報告は初めてだ」
「だが……これも事故と言えないか……?」
「そうかもな。が、状況が違う。今までの事故ってのは、けがをさせる可能性が低い状況下にあった。本当に「事故」なんだ」
「…………」
「だが、これはどうだ? 破壊、だぜ? 怪我をする可能性もあるし、それを知らなかった訳でもあるまい。この艦娘は「逆上」していた。頭に血が上っていたんだ。それこそ、怪我をさせる可能性がある行動を制御できないほどに……」
それを聞いて、なんとも人間らしい行動をするものだと思った。
山岡もそれを言いたかったのか、小さく頷いて見せた。
「「逆上」なんてのは、艦娘には少ない感情だ。命の危機に面したわけでも無いし、誰かの為に戦ったわけでも無い。自分の為に怒り、悲しみ、そして……傷つけたんだ……」
「自分の……為に……」
「もはや艦娘は、人の為ではなく、自分の為に生き始めている。人と同じようにな……」
「なるほどな……。だが、それと恋愛感情はどうつながる……?」
山岡は煙草を吹かすと、ニヤリと笑って見せた。
「人間の女以上に、こいつの行動は「女」だって事だよ」
お昼を過ぎたあたりから、店は閑散とし始めた。
奥に居る伊良湖も、何をするわけでも無く、退屈そうにテレビを見ていた。
「自分の好きな人が、他の誰かにとられたから逆上……。いかにも女らしいじゃあねぇか」
「まあ……どうだろうか……」
あまりそういう女性を見たことが無いから、なんとも言えなかった。
「俺たち人間ってのは、頼れるものが多い。中でも、親という存在は大きいよな」
「…………」
「……っと、悪かった。お前は……そうだったな……」
「いや……」
「……まあ、なんだ。親の愛情を受けて、人ってのは育つわけだし、それを知って成長するわけだ。言うなら、俺たちは満たされた状態で世に出ている。愛情も何もかも、知っている訳だ」
だが、艦娘にはそれがない。
それが何を意味しているのか、俺は段々と分かって来た。
山岡が何を言わんとしているのか。
「人として成長して行く内に、恋愛感情が芽生えた。愛情を知らない、満たされていないあいつらが……だ。そりゃ依存するよな……。愛情を与えてくれる俺たちに……」
それで確信した。
「俺たちは親じゃない。だから、艦娘は俺たちに求めることが出来る。親としての愛情も、異性としての愛情も、全てをぶつけることが出来る……。そんな存在を自分のものにしようと……自分だけのものにしようとして……これだ……」
机の上に、様々な事例の報告書が広がった。
「そりゃ逆上もするわな。こいつらは、親に構ってもらえない子供と、好きな異性を盗られた女、二つの感情を持っている。人以上に、人に対する恋愛感情が強い。周りが見えなくなるほどに……他人を傷つけてしまうほどに……」
ふと、霞の顔がちらついた。
もし、山岡の言っていることが正しければ、あいつも同じように――。
「ま、そう言うこった。その内これが公表されて、艦娘の恋愛感情を簡単にもてあそばない様にと通知が来るだろう。お前はモテるし、それでいて鈍感だから、そこんところ気を付けておけよ。下手すりゃ刺されるぜ」
「怖いこと言うな。それに、あいつらがそんなことをする訳ないだろ」
「そう思って怪我した奴もいるんだぜ。このA氏ってのは、それはそれはモテるお方だったらしくな。たくさんの艦娘を誑かせていたという噂だ」
そうなると、このA氏ってのは、あの寮の……。
「そうか……。忠告ありがとう」
「なに。こんなことで悪かったな。出世祝い、準備しておくぜ」
「気が早いな」
俺が笑って見せると、山岡も昔と同じ笑顔を見せた。
「待ってるぜ」
「あぁ」
「提督さん」
「おう。どこ行ってたんだ?」
「お洋服屋さんです。榛名さんと夕張さんが、提督さんが喜ぶようにって、色々合わせてくれて……」
だが、鹿島は手ぶらであった。
「結局買わなかったのか」
「はい……」
金が無い訳でもあるまい。
というよりも、そもそもこの「街」にある物品などというものは、協賛してくれている企業などが、無償で提供してくれているものが多い。
だから、そんなに高いはずは無いのだが……。
「やっぱり……提督さんが喜ぶものは……提督さんに選んでほしいと言うか……。提督さんが選んでくれたものを……着たいというか……。えへへ……」
そう言うと、鹿島は顔を真っ赤にさせて、照れ笑いを見せた。
そして、俺が照れるよりも先に、距離を詰め――
「提督さん色に……鹿島を染めて欲しいんです……」
――と、耳元でささやいた。
耳から体にかけて、ぞわぞわと鳥肌が立つ。
「お、おい……。そう言うことは控えろ……」
「あれ? 何かマズイ事言いましたか?」
「だから……その……。なんというか……破廉恥というか……」
「え? 破廉恥……?」
鹿島は分かっていないようで、しばらくぽかんとしていた。
が、その意味が分かって来たのか、今度はさっき以上に顔を真っ赤にさせ、怒りだした。
「そ、そういう意味ではないですよっ! 普通の意味ですっ! 普通のっ!」
「そういう意味ってなんだ?」
「だから……! その……えっちな意味ではないということですっ!」
「えっちな意味って……」
「え? 違うんですか……?」
「なるほど……。なるほどな……」
「え? え? どういうことですか? 提督さん?」
「そうか……。鹿島は……そうなのか……」
「何ですかそれ!? どういう意味ですか!?」
鹿島のあたふたする姿が面白くて、しばらくからかっていた。
が、どこかで誰かが「バカップルじゃん……」と呟いたのが聞こえて、俺は思わず赤面した。
今ならあいつらの気持ちが良く分かる。
やっぱり、好きな人と居る時ってのは、舞い上がってしまうよな……。
「…………」
舞い上がる……か……。
寮に戻ると、執務室には吹雪がいた。
「し、司令官!?」
「ただいま。どうした? そんなに慌てて」
「お、お帰りなさい……。いえ……その……随分お早いお帰りだと思いまして……。ホワイトボードには、一六〇〇に戻ると書かれていましたので……」
吹雪は時計に目をやった。
時計は14時過ぎを指している。
「あぁ、それは昨日のスケジュールだ。消し忘れていたんだな」
「そうでしたか……。そうじゃなかったとしても、ちゃんと書いておいてほしかったです……」
「すまんすまん。鹿島のところには書いてあったはずなのだが……」
「鹿島さんと一緒に出掛けただなんて、知りませんでしたよ……。もう……」
吹雪はふいと顔を背けると、視線の先に何かを見つけたのか、急に慌てだした。
「ん? どうした?」
「い、いえ! 何でもありません!」
「何かあるのか?」
覗いてみると、そこには布団が敷かれていた。
「あれ、仕舞っていなかったっけか……」
確か、出る前に畳んでおいていたはずだが……。
畳もうと近づいたとき、ふと、何かを踏んずけてしまった。
確認すると、それは――。
「え……」
「あ……あぁぁ……」
女性……というよりも、女子……?
とにかく、なんともスタンダードな、ドラ〇もんのしずかちゃんが見せるような、そんな下着が、足元に落ちていた。
「これ……」
吹雪と目が合う。
怯えと羞恥。
どちらにも似た表情を、見せていた。
「……お前のか?」
吹雪は何も答えず、顔を逸らした。
そして、身を縮めるようにして、足を閉じた。
スカートの擦る音が聞こえるほどに、静かな時間が流れる。
「…………」
敷かれた布団。
脱がれ、放られた下着。
動揺する吹雪。
よく見ると、吹雪の髪は乱れ、少し汗ばんでいるようであった。
察するに、こいつは――この部屋で――。
「……そう言えば、鹿島に呼ばれているのであった。吹雪、布団を畳んでおいてくれないか……?」
吹雪は返事をせず、ただ頷いた。
「では……頼んだぞ……」
部屋を出るその数秒間は、今まで感じたどの数秒よりも、長く感じた。
「あ……」
ふと、ゴミ箱に目が行く。
寮を出る前、鹿島に満タンであるから捨てるように怒られ、空になったはずのゴミ箱には――。
背中越しに、吹雪が息をのむ。
「…………」
部屋を出てしばらく、俺はその場を動くことが出来なかった。
再び部屋に戻ると、そこに吹雪はもういなくて、布団は畳まれ、ゴミ箱は空になっていた。
「…………」
三年前にも同じような事があったが、こうもはっきりと気が付いてしまうとな……。
あの時は、吹雪に対しての愛情は足りなくて……。
「そういや、ここに帰って来てから、あいつの相手をしてやっていなかったな……」
おそらく、吹雪は遠慮しているのだろうと思う。
三年間も俺と居たのだから、俺と居たいであろう別の奴に譲ってやろうと……。
向こうに居た時は、定期的に甘えようとしてくることもあったし、まだまだ子供のようなところが残っているあいつだ。
きっと、我慢して……。
『そりゃ依存するよな……。愛情を与えてくれる俺たちに……』
「…………」
吹雪……もしかして、お前……。
そんな事を考えていると、部屋がノックされ、霞が入って来た。
「ちょっと。もう暗いのだから、部屋の電気くらい点けたらどうなのよ?」
「霞。悪い……。考え事をしていてな……」
「そう……」
霞は座り込むと、缶コーヒーを差し出した。
「ん……」
俺は一瞬、それを受け取ることを躊躇った。
まだ開けていないのにもかかわらず、その香りが鼻の奥に漂うのを感じたからだ。
「……いらないの?」
「いや……ありがとう。貰うよ」
缶コーヒーを開け、俺も近くの座布団に座った。
「何か用事か?」
「何か用事が無いと、来ちゃいけないのかしら?」
「そうは言ってないだろ……」
どんな心境の変化があったかは分からないが、この前のことがあってから、霞は三年前と同じように接するようになった。
ちょっと言葉に棘がある感じもそうだし、時々こうして誰もいないのを見計らって俺の部屋を訪れるのも、三年前によくあったことだ。
一つ違うのは、毎回このコーヒーを持ってくること。
「これには慣れたのか?」
「まだちょっと苦いけれど、飲めなくはない感じ。でも、直に好きなるわ」
「あまり無理しない方が良いぜ。嫌いなものは嫌いなままでいい」
「貴方がこれを好きでいる限り、私はこれを嫌いにはならないわ。貴方がこれ嫌いになる時が、私がこれを嫌う時」
「そうかい……」
霞はもう好意を隠さないし、俺もそれを受け入れることにした。
変に緊張感をもって接するよりも、そうであるということを、ありのままの事実として受け入れる。
ただそれだけでいい。
それ以外は考えない。
そう結論付けたのだ。
……悪い言い方をすれば、考えを放棄したに過ぎないのだがな。
変わらない現状から、目を背けただけだ……。
「それよりも、貴方、吹雪さんのアレ……見ちゃったんでしょ?」
「……アレってのは?」
「とぼけないで……。アレって言うのは……その……アレよ……。一人で……その……」
霞は良く知っているのか、察しろという目で、俺を見つめた。
「……俺が見た時には、もう終わっていたがな」
「やっぱり……。吹雪さんが顔を真っ赤にさせて部屋に戻っていったから……もしかしてとは思ったけれど……」
「お前、知っていたのか?」
「えぇ……。吹雪さん、貴方と鹿島さんがいない時、必ず貴方の部屋に行くものだから……気になって見に行ったことがあって……。そこで……ね……」
必ず……か……。
確かに、出かけて帰った後、時々部屋の物の配置が変わっていたり、芳香剤の撒かれた匂いがしたりしていたが……。
それは全て、吹雪の所為だったのか……。
「流石にもう気が付いているだろうけれど……吹雪さんは貴方の事が好きみたいよ……」
「それは……」
「私の好きと同じ意味よ……」
あの吹雪が……。
いや……何となくではあるが、そんな気はしていた。
ただ、信じていなかっただけだ。
目を背けていただけだ。
「この三年間……あいつと接してきたが、一度だってそんなことは言わなかった……」
「それはきっと……吹雪さんが、貴方と一緒に居れればいいと思っていたからでしょうね……。独り占めできればいいと……。けど、ここに帰ってきて、それは変わった……」
「…………」
「艦娘は人間に対しての依存が強いと聞いたわ……。私もその一人ではあるのだけれど……吹雪さんはそれが特に強いみたいね……」
そう言うと、霞はどこか退屈そうな瞳で俺を見た。
「吹雪さんが最初に心を開いた人間……それが貴方なんでしょ……?」
「……そうなるな」
「言うなら、貴方は親と同じ存在であって、本当の親ではない存在でもある……。つまり……」
「依存度は強くなる……。親の俺と、異性の俺。どっちにも依存するから、その気持ちがより強くなる……」
「……流石ね。本部候補なだけあるわ……」
それを聞いて、本当に霞が本部に報告しているのだと、改めて思い知らされた。
「いずれにしろ、貴方は吹雪さんの気持ちについて、吹雪さんが喜ぶ答えは出せないんでしょ……? 私の気持ちに応えられないのと同じで……」
「…………」
「……いいわ。なら、協力してあげる」
「え?」
「吹雪さんの気持ちを落ち着かせて、さらに貴方への気持ちをすっぱり諦めさせてあげるわ」
「出来るのか? そんなこと……」
「保証はないけれど、貴方に出来なくて、私に出来ることならたくさんあるわ。悪い意味でも、いい意味でもね……」
「なるほどな……。しかし……いいのか……? お前……吹雪の事を尊敬していたんじゃ……」
その問いかけに答える前に、霞は缶コーヒーをグイッと飲み干した。
そして、顔を近づけ、俺をじっと見つめた。
ほうっと漏れた息とともに、あの香りが広がる。
「尊敬はしているわ……。でも……恋敵には変わりない……」
その言葉に、その瞳に、俺は思わず息をのんだ。
「私はいずれ、貴方のパートナーになる……。貴方の為に働いて、貴方の為に身を捧げる……。たとえ、私の尊敬する人の望まない未来を、私自身が与えなければならなくなったとしても、貴方の為になるのなら、私はそれを受け入れる。今、この時のように……」
「霞……」
「……それでも、残酷な未来を与えない様に配慮はするつもりだから、安心しなさい。貴方だって、それを望んではいないでしょう?」
「あぁ……」
俺がそう答えると、霞は微笑み、頬に軽いキスをした。
「大丈夫よ。きっと上手くいくわ」
「……そうだな」
俺も微笑んで見せたが、本心ではなかった。
不安と、霞の影のある――だが、健気でもあるその気持ちに応えられない罪悪感が、俺を襲っていた。
翌日から、霞と作戦会議をすることになった。
寮では吹雪もいる事であるし、「噴水公園」のベンチで、缶コーヒーを飲みながら、ああでもないこうでもないと言い合った。
鹿島にも相談すべきかと考えたが、あいつはあいつで忙しそうであるし、霞と関わらせるのも、あいつの涙を見てしまった今、出来ないと思った。
「昨日ね、吹雪さんにそれとなく「彼には鹿島さんがいる」という話をしてみたの。けど、吹雪さんはそんなこと、分かっているというような感じだったわ……」
「自分の気持ちにこたえて貰えなくても構わない……って感じか……」
「そうね……。私と同じ……。厄介でしょ?」
それに、俺は何も答えず、ただコーヒーを口にした。
「吹雪さんが……その……行為をしているということが問題なのであって、気持ちにピリオドを打つつもりはないの?」
「いや……出来る事であるのなら、諦めて欲しいと思っている……。俺は、あいつの恋人というよりも、親でありたいと思っている……」
「……それ、私にも言ってる?」
「……皆に言えることだ。俺の恋人は……鹿島だけだから……」
霞は怒ったり悲しんだりすることもなく、ただただ、退屈そうに空を見上げた。
「そう。まあ、そうよね。けど、私は諦めないけどね」
それが、俺の心に一番、ダメージを与えた。
「でも、そうね……。私はそうでも、吹雪さんはどうなのかしら……。本当に貴方に恋人になってほしいのかしら……? もしそうなら、何かしらの動きをすると思うのよ。私が「パートナー試験」を受けるようにね……」
そう言われて見れば、そうかもしれない。
「私の知っている限り、吹雪さんが試験を受ける予定は無い。特別な動きも無いし……。もしかしたら、吹雪さん自身は、私と同じような「本気」という訳ではないのかもしれないわ」
「「本気」ではない……というのは……?」
「気持ちに振り回されているだけって事よ。戸惑っているのよ……吹雪さん……。貴方の事が好きだけど、貴方には鹿島さんがいて、でも気持ちを抑えられなくて、どうしようもなくて……。行為に至った経緯は分からないけれど、そうすることで落ち着いたのだと思うわ……」
「なるほどな……。しかし……そうなると、俺はどうすれば……」
「これは……貴方がどうこうというよりも、吹雪さん自身に答えを出してもらう他ないと思うわ。その為には、彼女と本心で向き合う必要がある」
「本心……」
「貴方が吹雪さんの気持ちを知っていること、そして、あの行為も知っていること……。それを知ってもらって、吹雪さんに真剣になって貰う。貴方への気持ちを、本気で考えてもらって、貴方が吹雪さんにとってどんな存在なのか、答えを出してもらう。その答えが「恋人」であるのならば、吹雪さんはそういう行動をとるだろうから、また対策を考えればいいし、それ以外であるならば、もっと簡単かもしれない。兎にも角にも、まずはそこからだと思うわ」
霞はすべてを話し終わると、コーヒーを飲み、一息ついた。
「段々だけど、この味の良さが分かって来たわ。飲んでいて落ち着く」
そう言った横顔に、俺はふと、鹿島の顔を思い出していた。
あいつも、こんな顔をすることがある。
微笑んではいるが、どこか悲しげな表情。
それを引き出したのは、いつだって俺だった。
俺はいつも誰かを傷つけてばかりなんだって、その時思った。
「私の役目は、貴方が知っているということを、吹雪さんに伝える事。そこまでしかできないわ」
「いや……十分だ……。ありがとう、霞。そこからは、自分で何とかして見せるよ」
「うん。私に出来ることがあったら、なんでも言ってよね。私は貴方のパートナーだから」
「……あぁ」
霞は缶コーヒーを飲み干すと、それを少し離れたゴミ箱へと放った。
いい音を立てて、ゴミ箱に吸い込まれる空き缶。
嬉しそうに、俺を見つめる霞。
「フッ……ナイスショット」
「えへへ」
無邪気に笑うその顔に、一点の曇りが無かったことが、逆に俺を不安にさせた。
寮に帰ると、部屋には鹿島が居た。
「おかえりなさい」
「おう。仕事していたのか」
「えぇ。丁度終わったところです。あ、今、コーヒーを……」
「いや、外で飲んできたから大丈夫だ」
「そ、そう……ですか……」
そう言うと鹿島は、どこか困ったというような顔を見せた。
「どうした? 何かあったのか?」
「いえ……その……」
一呼吸おいてから、俺から目を逸らすようにして、鹿島は話し始めた。
「さっき……霞ちゃんと提督さんが一緒に出て行くのが見えまして……。その……何をしていたのかなって……」
「あぁ……。ちょっと話をしていただけだ。あいつとは、あまりコミュニケーションを取れていなかったからな」
「……何を話したのですか?」
「何をって……まあ、普通に世間話というか、最近どうだこうだ……的な話だ」
「……そうですか」
そう言うと、今度は俺も目をじっと見つめた。
「なんだ?」
「……提督さん、嘘ついてますね」
「え?」
「私には分かります……。顔に出てますよ……」
俺はとっさに、近くにあった鏡に目をやった。
しかし、それが鹿島による鎌かけであることに気が付き、再び目線を戻した。
「…………」
鹿島の目が、疑いを持って俺を見つめていた。
時、既に遅し。
「……悪い。嘘だ……。本当は――」
説明し終えると、鹿島は呆れた表情になった。
「じゃあ……私が霞ちゃんを怖いと思っているだろうから、気を遣ったということですか……」
「あぁ……。吹雪の事もあったし、お前にも仕事があるだろうと思ったから……」
「それにしたって……話くらいはしてもいいじゃないですか……」
「余計な心配はかけたくなかったんだ」
「逆に心配になりましたよ……」
鹿島は膝を抱えると、そこに顔を埋めた。
「不安にも……なりました……」
「鹿島……」
「提督さんがそういう人じゃないって分かっているし……そんなつもりじゃないと分かっています……。でも……私だって……霞ちゃんと同じで……提督さんの為になりたいんです……。私自身の事よりも、貴方の事が大切なんです……。だから……頼って欲しかった……」
今度は顔をあげる。
泣きべそをかく子供のように、眉毛が下がっていた。
「霞ちゃんじゃないといけませんか……? 鹿島では……駄目ですか……? 私は……提督さんの事が大好きで……貴方に一番好かれている艦娘で……。パートナーでもあるし……貴方と居た時間は……誰よりも長いんですよ……?」
真面目な話であるし、慰めなきゃいけない。
それなのにも関わらず、俺は思わず笑ってしまった。
「……何を笑っているんですか! 私は真剣に……!」
「いや、悪い。なんというか、可愛いと思ってな」
「何を急に……」
「色々と言っているけれど、つまるところ、妬いているんだろ?」
そう言われ、鹿島は赤面した。
「……そうですよ。妬いているんです……!」
が、羞恥心をかき消す様に、そう強く返した。
怒っているのだと言いたいのだろう。
それがまた、可愛らしくて――。
「鹿島」
「……なんですか」
「俺のパートナーは、お前だけだ。そんなお前だからこそ、お前自身を大切にしてほしいと、俺は思っている」
「…………」
「相談しなかったのは悪かった……。だが、俺の気持ちも分かって欲しい。決してお前を無下にしたつもりはない。霞が一番だとか、お前が一番だとか、そう言う話ではないんだ。俺はお前が……」
「……良く分かりました」
鹿島は機嫌を直すどころか、ますます不機嫌そうに見え、ついにはそっぽを向いてしまった。
「鹿島……」
「……本当、嫌になります」
「…………」
「自分自身に……」
「え?」
振り向くと、鹿島は怒っているというような表情を見せていた。
「そんな言葉一つで……私は提督さんを許すどころか……喜んじゃっています……」
その表情は、照れを隠す為のものであったか。
俺が安堵して見せると、鹿島はますます表情を固めた。
「チョロいと思っているんでしょう……? そうですよ……。だから……嫌になります……」
「じゃあ、言わない方がよかったか?」
「丸め込む為の言葉であったのなら……」
「そうじゃないと分かっているからこそ、照れているんじゃないのか?」
「……あまり意地悪しないでください」
今度は泣き出しそうな表情を見せる。
本当、色んな顔を見せるな、お前は。
「…………」
それが、いいことなのか、悪い事なのか……。
霞のあの表情を思い出し、俺は急に罪悪感に襲われた。
「……ごめんな」
それが言葉に伝わったのか、鹿島はオロオロとした。
「え、あ……そ、そんなに怒っているわけじゃありませんから、大丈夫ですよ!?」
「あぁ……」
「て、提督さん……そんな表情見せないで下さいよぉ……。大丈夫ですってぇ……うぅぅ……」
慌てふためく鹿島。
ついには泣き出してしまって、今度は俺がオロオロとしてしまった。
そんなことが数回続き、落ち着いたころには二人して恥ずかしくなって、お互い一緒に居ることがいたたまれなくなり解散した。
『バカップルじゃん』
本当、その通りだな。
鹿島とのことは解決(?)したとはいえ、皆を不安にさせてしまっているというのは事実だ。
一気に片の付くことでもあればいいが、今の俺には、目の前の問題を解決することで精いっぱいだ。
「まずは……吹雪か……」
あの事があってから数日。
霞から「任せて」と言われたこともあって、俺はいつも通り振る舞っている。
とは言え、吹雪の事は気になるし、いつも以上に目で追ってしまっている。
その所為なのか、はたまた霞が何かを仕掛けたのかは分からないが、吹雪は俺と目が合うと視線を逸らし、逃げるようにして離れて行った。
「…………」
悪い方向に進んでいなければいいが……。
それから三日後。
霞から「吹雪さんとデートしてあげて」との指令があり、俺は適当な理由をつけて、吹雪を「街」に誘った。
少し戸惑いながらも、吹雪は頷いてくれた。
「悪いな。付き合わせてしまって」
行きの電車内は、相変わらず閑散としていた。
「い、いえ……。クリスマスイベントの買い出し……ですよね……」
「あぁ。ちょっと早いが、他の寮でも同じことをするだろうし、在庫がなくなる前にと思ってな。最悪、装飾の下見だけでもしておきたいし」
「それもそうですね。でも……私なんかで良かったのですか……?」
「――鎮守府での経験もあるしな。季節もののイベント、二人でよく駆り出されていたよな」
「そうでしたね。大変でしたけど、楽しかったなぁ……」
吹雪は思い出すかのように、遠くを見つめた。
そして、どこか悲しそうな表情を見せた。
「どうかしたか?」
「いえ……。あの頃は……ずっと二人でいたなと思いまして……」
その言葉の意味、そしてこの表情。
それが理解できる今だからこそ、心が痛くなった。
「街」についた俺たちは、適当な理由の通り、クリスマスイベントの装飾を探しに、いくつかの店を回った。
「…………」
実は言うと、霞からは「デートしてあげて」という以外、何も聞かされていない。
何をしてあげたらいいだとか、これまで霞が何を吹雪にしてやっていたのかなど、本当に何も聞かされていないのだ。
「ここにもクリスマスの装飾……ありませんね……」
「まだ早かったのかな……。次行ってみるか」
「は、はい」
だが、回れど回れど、クリスマスのクの字も見当たらなかった。
その為か、段々と口数は少なくなってゆき、最後の店を見終わったころには、一言も話さなくなっていた。
「今日は悪かったな……」
「いえ……」
寮へと戻る車内は、いつも以上に静かであった。
結局、俺は何をしてやれば良かったのだろうか……。
「あの……」
「なんだ?」
「ちょっと……寄っていきませんか……?」
吹雪の指す先に、「草原公園」があった。
名前の通り、草原があるだけの公園である。
「駄目……ですか……?」
吹雪は目も合わせず、申し訳なさそうに聞いた。
「いや、寄っていこうか」
車を停め、俺たちは公園へと向かった。
空はすっかり夕焼けに染まっていて、少し肌寒かった。
「車にレジャーシート詰んでいてよかったぜ」
公園とは名ばかりで、ベンチの一つもない。
ただ草原が広がっているだけである。
「…………」
吹雪は何をするわけでも無く、風になびく草原を見つめていた。
「……草原の揺れで、風が吹いてくるのが分かるな」
「そうですね……」
続かない会話。
吹雪は何を思って、ここに寄っていこうと言ったのだろうか。
「……寒くないか?」
「寒いです……」
「だったら、もう戻――」
言い終える前に、吹雪はそっと、身を寄せた。
「これなら……寒くないかも……」
再び、静かな時間が流れる。
揺れる草原と、真っ赤に染まった大きな空。
少し乱れた吹雪の髪が揺れ、ほんのりと赤く染まった小さな耳がチラリと覗いていた。
「司令官……」
「なんだ?」
「今日……どうして……私を誘ってくれたんですか……?」
「え?」
「クリスマスの買い出しだなんて……本当は……嘘なんじゃないですか……?」
そう言うと、吹雪はじっと、俺の目を見つめた。
「……どうしてそう思う?」
「だって……今日の司令官……何だか様子がおかしかったから……」
「……そんなにか?」
「そんなに……ですよ……」
再び風が吹く。
吹雪はやはり寒いのか、さらに俺に近づくと、身を縮めた。
「そうか……」
「やっぱり……私が……その……司令官の……あぅ……アレを……アレというか……あの……」
「言わなくてもいい。まあ……なんだ……分かっているよ……」
恥ずかしそうに、顔を埋める吹雪。
そりゃそうだよな。
「今日お前を誘ったのは……」
霞から言われたから。
そんなことは、言えるはずが無かった。
「……その前にさ、お前に聞きたいことがあるんだ」
「…………」
「お前はさ……その……俺の事――」
「――好きです」
そう遮ると、吹雪は繰り返した。
「司令官の事が……好きです……」
遠くで夕日が沈むと、風はさらに冷たくなった。
「アレを見られてから……ずっと考えていました……」
「考えていた……とは……」
「貴方への気持ち……です……」
俺への気持ち……。
「ずっと……モヤモヤしていたんです……。――鎮守府に居た時は感じなかったモヤモヤ……。なんだろうって、考えていたんですけど……。この前……霞ちゃんに言われて気が付きました……」
『吹雪さんには、貴方への気持ちに真剣になって貰うわ』
そう言うことか……。
「私……司令官の事が好きなんだって……。独り占めしたいんだって……。でも……貴方は誰のものでもあって……特に……鹿島さんのものであって……」
吹雪の体が、小さく震えていた。
「ずっと迷っていて……何も出来なくて……。貴方のものになりたいけれど……この気持ちを伝えても……貴方はきっと……。それが怖くて……自分を慰めることが精いっぱいで……」
だから、あんなことを……。
「けど、霞ちゃんに言われて……このままじゃいけないと思って……。司令官も……そう思って私を誘ったんですよね……?」
「…………」
「私の気持ちに……ケリをつけて……くれるんですか……?」
本来であれば、ここで振っておくべきであろう。
だが、吹雪の今にも泣きだしそうな顔を見て、俺は――。
「吹雪」
「はい……」
「俺は……」
吹雪が身構える。
「鹿島と……キスがしたい」
「……へ?」
冷たい風が、俺たちの間を吹き抜けた。
「えと……」
「鹿島とデートして、鹿島とイチャコラして、夕張と山岡みたいに、一目はばからずバカップルぶりを発揮したい。そんで、夜は一緒に寝て、一緒の朝を迎えて――」
俺の言葉に、吹雪は終始、唖然としていた。
「――だから、俺は鹿島に「適正パートナー」になってほしいと思っている。お前は、俺とどうしたかったんだ?」
俺が見つめると、吹雪はその意味が分かったのか、戸惑いを見せた。
「わ、私は……」
「俺に全てをぶつけてくれ。俺も、お前の全てを受け入れる」
笑って見せると、吹雪は何かを決意したかのようにして、俺の方へ向いた。
「私は……私は……!」
「うん……」
「司令官と……! え……えっちな事がしたいです……!」
「……うん?」
「ぎゅって抱きしめて、司令官の声……司令官の匂い……司令官の体温に……包まれながら……!」
「ふ、吹雪……?」
「司令官に意地悪されながら……優しくされながら……たくさんシてもらって……! それで……それで!」
「お、落ち着け吹雪……。声がでかいぞ……誰か聞いていたら……」
「いいんです! だって! 私は司令官の事が大好きだから! 司令官に私の事、たくさん知って欲しいから!」
「!」
自分の事を知って欲しい……。
「私は……司令官が思っているほど真面目な子ではありません……。司令官のお布団の中でシちゃうし……司令官の腕に抱かれるのを想像して……司令官が寝ている間に、何度か添い寝だってしたことあるし……その時も……その……」
そう言えば、そんな夢を見たことがあったが、あれは夢じゃなかったか……。
「……今、分かりました。私は……貴方に私の全てを知って欲しかったんです。えっちで、貴方の事が好きで――そんな私の事を、知って欲しかっただけ」
「吹雪……」
「モヤモヤした気持ち……晴れました。自分に素直になる事って、大事なんですね。司令官は、それを教えるために、私を誘ってくれたんですね。流石司令官です。私の大好きな人。えへへ」
そんな大層な事ではない。
が、もしかしたら、霞はそれを分かっていて――。
「けど、私もそうですけど、司令官も結構えっちなんですね。鹿島さんとシたいだなんて」
「シたいだなんて言ってないが……」
「え? だって、一緒に寝るって……朝を迎えるって、そう言うことですよね?」
「そうとは限らないだろ……。普通に添い寝だってするしだな……」
「そんなの嘘です! 男女が二人一緒に寝るって事は、するって事です! 私だったらそう覚悟します!」
吹雪はふんっと鼻息を荒くすると、キリっとした表情になった。
「あ、でも……もちろん、司令官の時だけしか添い寝しませんからね!」
「そ、そうか……」
自分から言い出したとはいえ、吹雪が急に吹っ切れたものだから、俺は少し困惑していた。
「フッ……」
けどまあ、モヤモヤは晴れたようであるし、良かったのかな……。
「もう自分を隠しません。私は司令官が大好きです! 司令官が振り向いてくれないのは寂しいけれど……私にとってはアイドルみたいなものですから!」
「吹雪……」
「それに、恋人じゃなくても、セフレって関係もありますし!」
「お前……言葉の意味分かっていっているのか……?」
「もちろんです! えっちなことだけをする間柄って事ですよね!」
「そうだが……。まあ……それを言うのは、俺だけの前にしておけよ……」
「はい!」
本当に分かっているのか、吹雪は嬉しそうに笑うだけだった。
「司令官。ありがとうございます。こんな私を受け入れてくれて。引かないでいてくれて」
「まあ……ちょっとは引いているんだぜ……」
「それでも、私は怖かったんです。嫌われるんじゃないかって。でも、この程度で済んでよかったです。思えば、司令官が嫌うって、ありえないですよね。何を怖がっていたんでしょうか、私」
悩みなんてものは、そんなものなのだろうと思う。
自分からしてみれば重要な事も、他人からしたら些細な事。
怖がって、自分一人で抱え込んでゆけば、状況は悪くなる一方だ。
だからこそ、話してみるものなのだろう。
「…………」
俺が霞に相談し、こうして解決したように……か……。
「司令官を独り占めは出来ないけれど、こうして二人だけの秘密を持てたのは、嬉しいです」
「秘密って?」
吹雪は体を密着させると、少し膨らみ気味な胸を俺の腕に当てた。
「私がえっちな子だってことは、私と司令官だけの秘密です。えへへ」
「…………」
解決……したのだろうか……。
それから吹雪がアレをすることは無くなったし、いつも以上に話しかけてくれるようになった。
深刻そうな顔をすることもなくなったし、何だか楽しそうに皆と接している。
だが……。
「吹雪さん、ご機嫌ですね」
「あ、あぁ……そうだな……」
ご機嫌……か……。
「あ、もうこんな時間……。私、卯月ちゃんを歯医者に連れて行ってきますね。卯月ちゃん、行きますよー」
「ヤダぴょん! 痛いのは嫌ぴょん!」
「駄目ですよ。もう……お菓子ばかり食べるからですよ……」
「ヤダヤダヤダ~」
卯月を引きずり、鹿島は出かけて行った。
それを見て、吹雪が不敵な笑みで近づいてくる。
「しれ~いかんっ」
「……なんだ?」
吹雪はスカートをまくると、チラリと鼠径部を見せた。
「今日、穿いてないんです。えへへ……」
「お前な……」
あれから吹雪は、二人になるのを見計らって、時々自らの欲望を開放していた。
「そう言うのはやめろって言ってるだろ……」
「いいじゃないですか。本当の自分が見られるの、とってもドキドキするんです。普段、いい子にしているから、尚更」
「変態が……」
「それに……司令官には、心も裸も、全て見られていますから。もう何も隠す必要はありません」
「裸ってお前……」
「見たじゃないですか。私が初めて海で拾われた時。司令官もいましたよね?」
確かにいたが……。
「ありのままの私……もう一度、見てみますか?」
そう言うと、再びスカートに手をかけた。
「おい」
「なんて、冗談ですよ。フフ……司令官って、意外と奥手なんですね……。もしかして……童――」
そこに、霞がすっと入って来た。
「あ、私、鹿島さんの代わりに洗濯してきますね。司令官はお茶でも飲んでいてください。では」
吹雪は外行きの顔を見せると、洗濯場へと向かっていった。
「吹雪さん、戻ってよかったわね」
「戻った……のだろうか……」
「戻ったんでしょう。だって、あれが本当の姿だって、言っていたじゃない」
「聞いていたのか」
「スカート、捲っていた辺りからね」
俺が深くため息をつくと、霞はコーヒーを手渡した。
「悪いな……」
「ううん。お疲れ様」
缶コーヒーはホットになっており、それが幾分か俺の心を落ち着かせた。
「霞、ありがとな。結果はどうであれ、あれでよかったのだと思ってる」
そう笑って見せると、霞は近づき、またほうっと息を吐いた。
コーヒーの香り。
「ね……鹿島さんだったら……この結果に持って行けたかしら……?」
「え……?」
「私と貴方だからこそ、出来たことだと思う……。そうでしょ……?」
それが何を意味するのか、分かった途端、霞が恐ろしく見えた。
「貴方のパートナーにふさわしいのは誰か……もう一度考えてみてよね……。私は吹雪さんや鹿島さんとは違って……ただの言葉や、優しい表情だけでは揺るがないから……」
「霞……」
「これからも頼ってよね。フフッ」
そう言うと、霞はその場を後にした。
コーヒーの香りと、ぶつけようのない不安だけが、俺を包み込んでいた。
――続く