絶華   作:雨守学

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第20話

『今、艦娘の吹雪に――市長より、特別住民票が手渡されました』

 

『本物の住民票が艦娘の手に渡る日も、そう遠くはないかもしれませんね』

 

車内テレビには、ほんの数十分前の吹雪が映っていた。

 

「わぁ、もう放送されてますね」

 

「流石に早いな」

 

――市。

通称、艦娘の町。

艦娘更生施設を受け入れ、艦娘を使った地域振興に成功した町だ。

その――市より、吹雪に対して「特別住民票」が発行され、メディアは騒然としていた。

 

「特別住民票って、本当は架空のキャラクターなどに発行されるんですよね」

 

「まあな……。宣伝目的ってのがほとんどだ……」

 

俺がムッとした顔で答えると、吹雪は小さく笑った。

 

「でも、嬉しいです。例え嘘でも、皆さんに認められた感じがします」

 

「そうか……」

 

「もう、司令官。そんな顔しないでください。もっと嬉しそうにしてくださいよ」

 

「してはやりたいが……やはりな……」

 

吹雪は少し考えた後、何やら悪そうな顔を見せた。

 

「司令官」

 

「なんだ?」

 

「おっぱい、揉みますか?」

 

「は、はぁ……? お前……何言って……」

 

「男の人って、おっぱい揉むと笑顔になるんですよね? 私のおっぱい、ちょっと小さいけれど……揉むくらいならありますよ?」

 

そう言うと、吹雪は胸を寄せて見せた。

最近の吹雪は、もうすっかりこういう事を隠さなくなってきて、隙あらば話題を挟んできた。

俺も怒る気も失せ、最近では少し乗ってやることにしている。

 

「お前のを揉んでもな……。鹿島くらいないとな」

 

「え~? でも、揉めない胸より揉める胸ですよ? 鹿島さんは揉ませてくれませんよ?」

 

「分からんだろ。案外ノリノリで揉ませてくれるかもしれないぜ」

 

「じゃあ、こう言うのはどうですか? 胸じゃなくて……もっと下の……」

 

「そこまでだ。それ以上言ったらここで降ろすぞ」

 

「ここで降ろしたら、艦娘を外に逃がした事になってしまいますよ。それに、もっと下って、お腹の事ですよ? 何を想像したのです?」

 

吹雪がニヤリと笑う。

こういう時のこいつの顔、どこか飯田に似ていてムカつくな……。

きっとこの煽りスキルは、あいつ譲りなんだな。

 

「お腹でも、お前の場合は一緒だろ。この前、生理で痛いからって、俺にお腹を撫でさせたよな? あの時、なんだか様子がおかしかったの、俺は気づいてたからな」

 

「だって、司令官……とっても上手に撫でてくれるものですから。後から知ったんですけど、お腹を撫でる慰め方があるらしくて……ポンチオ性感帯? とかなんとか」

 

「ポルチオな……。ポンチオってお前……。まあいい……。とにかく、そう言う反応されると、もう撫でることは出来んぜ。あと、そろそろ下ネタ自重しろ」

 

「司令官だって、ノリノリで返してくれたじゃないですか」

 

「怒るのに疲れただけだ。素直になったのはいいが、あまり俺をからかうな」

 

「だって、反応してくれるから」

 

どんな、とは言わなかったが、おそらく俺がオロオロしてるのが面白いとでも言いたいのだろう。

 

「……あんまり言ってると、痛い目見るぜ」

 

「私は覚悟してます! あぁん……な事、期待してますからね!」

 

それを聞いて、俺は急ブレーキを踏み、車を停めた。

 

「あぅ……。司令官? どうしました? 動物でも飛び出してきましたか?」

 

「…………」

 

「……司令官?」

 

「吹雪、お前、本当に覚悟しているのか?」

 

「え?」

 

吹雪の両肩を掴み、じっと見つめた。

 

「痛っ……。ど、どうしたんですか……? 怖い顔して……」

 

「今、ここには俺とお前しかいない。この意味が分かるか?」

 

車は施設への山道に入っており、護衛の車は無い。

吹雪に関しては、印象を悪くさせるということもあって、護衛はつかない事になっているのだ。

 

「意味って……まさか……本当に……?」

 

吹雪の顔が青ざめる。

が、すぐに表情は一変し、トロンとした視線を送ると、額に汗をにじませた。

 

「本当に……? しかも、こんなところで……?」

 

甘い吐息が漏れ、覚悟をしたとでも言うように、目を瞑った。

それを見て、俺は再び車を走らせた。

 

「司令官……?」

 

「俺の負けだ……。暁には、こんな感じの脅しが効いたんだがな……」

 

「えぇ!? ただ脅しただけですか!? そんなぁ……。生殺しです……。うぅ……」

 

「…………」

 

ある意味では、効いたのだろうか……。

 

 

 

寮に帰る頃には、吹雪に振り回されたのもあって、精神的にも体力的にも疲れ切っていた。

 

「はぁ……」

 

「お疲れ様でした。提督さん」

 

「あぁ……本当に疲れた……」

 

俺のくたびれ具合を見て、鹿島は何かを察したようであった。

ちなみに、吹雪が覚醒(?)したことは、鹿島の耳にも入っているらしい。

 

「心中お察しします。でも、提督さんも悪いんですよ? 吹雪さんが調子づく反応をするから……。それとも、案外楽しんでいるのですか?」

 

「そんな訳あるか。反応はともかくとして、楽しんではいない」

 

「反応するのは、やっぱり吹雪さんに性的な魅力を感じているからですか?」

 

「うーむ……」

 

「否定しないんですね……」

 

「魅力的なスタイルではあると思うぜ」

 

それを聞いて、鹿島はムッとした表情を見せた。

 

「私にはそんな事、言ったことありませんよね?」

 

「言う機会が無いだけで、思ってはいるさ」

 

「本当ですか? 怪しいです……」

 

疑いの目が、俺に向けられる。

鹿島のこういう嫉妬癖は、いつになったらなおるのだろうか。

 

「っと、そんな事よりも……「適正パートナー試験」の件、どうなっている?」

 

「先ほどメールを確認しましたが、まだ来ていないようです。もう一度確認しますね」

 

そう言うと、鹿島はノートパソコンを開いた。

俺たちは先日、一回目の「適正パートナー試験」を受けるべく、本部に申請のメールを送信した。

受験資格があるかどうかを判断するため、二三日ほど時間が欲しいとのことであり、今日がその三日目にあたる。

 

「昨日は返信が来ないって、二人してモヤモヤしていましたよね」

 

「焦らされるのは、あまり好きじゃないからな」

 

「なるほど……。だから吹雪さんのように積極的な子が……」

 

「もうその話はいいだろ……。で? やっぱり来てないのか?」

 

「急かさないでください。私は焦らされる方が好きなんですよ?」

 

「それはそれでどうなんだ……」

 

「あ、来てます!」

 

「本当か!?」

 

二人して、15インチほどの小さな画面に釘付けになる。

 

「えーっと……」

 

読もうとした時、ある一点に目が行った。

小さな文字列の中に、拡大され赤く塗られた文字が浮かんでいる。

そこには――

 

「『時期尚早』」

 

――と書かれていた。

 

「時期尚早って……」

 

鹿島と目を合わせる。

このメールが何を言いたいのか、俺たちには分かっていた。

だが、鹿島はもう一度確かめるように、俺に問うた。

 

「受験資格が無い……。そう言うこと……ですか……?」

 

「……そう言うことだな」

 

それから俺たちは、ただただメールの文面を眺めることしかできなかった。

お互いに覚悟はしていた。

受験資格すら難しい可能性があると。

それでも、やはり冗談であると、どこかで思い込んでいたのだろう。

ショックが隠せない。

 

「おめでとう」

 

振り向くと、そこには霞が立っていた。

 

「メール、見たんでしょ? おめでとう」

 

霞が微笑む。

その態度に、流石の鹿島も睨みをきかせた。

 

「ちょ……なんでそんな怖い顔してるの……?」

 

「何でって……!」

 

我慢できなかったのか、鹿島は立ち上がり、霞に詰め寄った。

 

「何がおめでとうですか……! 何もおめでたくないですよ……! 人を馬鹿にして……楽しいですか!?」

 

その気迫に、流石の霞も驚いた様子で、ジワリと涙が浮かんでいた。

キレたことのない鹿島も、同じく涙していた。

いるよな、怒りながら泣いちゃう奴。

 

「な……なによぉ……。私は……私はただ……お祝いしたくてぇ……うぅぅ……」

 

霞はとうとう泣き出してしまった。

涙を拭うその手には、缶コーヒーと共に、手紙のようなものが握られていた。

 

「だから……何も……おめでたくなんかぁ……うぅぅ……」

 

ついに鹿島まで泣き出した。

 

「お、おいおい……。お前らいい加減に……」

 

ふと、ノートパソコンに目が行く。

時期尚早メールばかりに気が行っていたが、もう一通、本部よりメールが届いていた。

そこには、俺が本部へ昇進する旨が書かれていた。

 

 

 

「ごめんね……霞ちゃん……」

 

「うぅぅ……」

 

どうやら霞は、本部昇進の事は聞いていたが、「適正パートナー試験」の受験審査に落ちたことは、知らなかったようであった。

 

「受けるとは聞いていたけれど……」

 

霞はちゃっかりと、俺の胸の中で慰められていた。

 

「悪かったな霞……」

 

「ううん……」

 

「霞ちゃん……。うぅ……私の早とちりで……。ごめんなさい……」

 

「まあ、仕方ないよな……。とにかく、本部昇進だとさ。素直に喜べる状況ではないが、祝ってくれたら嬉しいぜ」

 

「そ、そうですよね……。おめでとうございます。提督さん」

 

「ありがとう」

 

霞も何か言いたげであったが、鹿島が気になるのか、閉口していた。

それに気が付いたのか、はたまた霞に気を遣ったのかは分からないが、鹿島はそっと部屋を出て行った。

 

「行ったぜ」

 

そう言って顔を覗き込むと、霞はいつの間にか泣き止んでいて、いつものツンとした表情に戻っていた。

 

「コーヒー、飲むでしょ?」

 

「あぁ。貰おうかな」

 

まるで泣いていたのが嘘だとでも言うように、平生を保っている。

が、体勢を少し変えてはいるものの、俺の胸に体を預けたままであった。

 

「本部昇進……おめでと……」

 

そう言って乾杯すると、霞はそっと、何も言わずに、手紙を俺に手渡した。

そして、読めとでも言うように、横目でじっと俺を見つめた。

 

「読ませてもらうよ」

 

手紙には、今までの感謝と共に、お祝いのメッセージが綴られていた。

 

「口で言ってくれたら良かったのに」

 

「形に残しておきたかったのよ……。貴方なら、大切に持っていてくれると信じているから……」

 

「そうか……。ありがとう、霞」

 

「うん……」

 

しおらしい霞。

最近はずっと、どこか不安を煽られるような、不気味な印象があっただけに、少しだけ愛おしく感じた。

 

「昔はよくこうしてやったよな」

 

「そうね……」

 

霞は俺の手を掴むと、揉むようにして弄り始めた。

 

「……試験の件、残念だったわね……」

 

俺は何も言わなかった。

それが却って霞を不安にさせたらしく、眉の下がったその瞳で、じっと俺を見つめた。

 

「本当にそう思ってる……。本当に……思ってるわ……」

 

「あぁ……分かってる……」

 

「嘘よ……。分かってないわ……。本当は私が、心の奥底で笑ってるとでも思っているんでしょ……? でも違うの……私は……!」

 

「霞」

 

落ち着かせるようにして、そっと霞の手を握ってやる。

 

「大丈夫だ。分かってる」

 

「でも……」

 

「確かに……お前に対しては色々思うところはある……。けど、俺はお前を信じている。お前が俺を信じてくれているようにな」

 

霞は目を伏せると、小さく言った。

 

「私が……鹿島さんを脅しても……? 貴方と鹿島さんの仲を……邪魔しようとしても……?」

 

「あぁ……」

 

それが、俺の甘さなのかもしれない。

それでも、やはり俺は霞を信用している。

裏切られようとも、不安に晒されようとも。

そうでなければ、こいつは――。

 

「……ありがとう。信じてくれて……。でもね……」

 

霞の顔が近づく。

鼓動が速くなる。

不安な気持ちが、押し寄せてくる。

コーヒーの香り。

そして、それが、その全てが、口の中にも広がっていった。

 

「――……」

 

俺が反応する前に、霞は立ち上がり、そっと耳打ちした。

 

「その優しさが……その甘さが……貴方の全てを奪ってゆくわ……。私が唇を奪ったのと、同じようにね……」

 

「……!」

 

「鹿島さんと結ばれるにはどうすればいいのか……貴方なら分かるはず……。それでも、私を信じられる……?」

 

「霞……お前……」

 

「私は必ず、貴方のパートナーになる……。このまま私を信じるというのなら……その未来を受け入れることになるわ……」

 

何か反論をしなければいけなかったのかもしれない。

だが、霞の気迫に、言葉が出なかった。

 

「本部昇進、本当におめでとう……。ついでに言っておくけど、本部への報告係、暁と私の両方で務めることになったから。これからは貴方と私で一緒に向かうこともあるだろうから、よろしくね」

 

そう言い残し、霞は部屋を去っていった。

鹿島が部屋に戻ってくるまで、俺はただ茫然と、霞の居た場所を見つめることしかできなかった。

 

 

 

その夜。

俺と鹿島は本部に呼ばれ、本部昇進の祝いと称して、飯を御馳走になった。

気を遣ってくれたのか、その場には飯田や山岡、夕張なんかも同席していて、終始和やかな雰囲気の食事会となった。

 

「彼が本部に昇進したのも、パートナーである鹿島君のお陰だな」

 

「い、いえ……私なんか……提督さんにご迷惑をおかけしてばかりで……」

 

「そんなことはない。お前はよくやってくれているし、お前がいなかったら、今の俺は無いよ」

 

「提督さん……」

 

「信頼し合っているね。そんな君たちなら、「適正パートナー試験」に受かる日も近いだろうね」

 

その言葉に、俺たちは閉口してしまった。

飯田や山岡達も同じく。

 

「おっと……そうだった……。済まないね。試験の件、とても残念だ。しかし、君はまだここに帰って来てばかりであるし、本部昇進もあって、時期が悪かったんだ。決して君たちが悪い訳ではない。もう少し時期を見て、また挑戦してくれたまえ」

 

「……はい」

 

 

 

食事会も終わり、帰りはバスで送ってくれるとの事であったので、俺たちは本部の中庭で待つことにした。

 

「悪いな。あの人、悪気は無いようなんだが、酒が入ると気を遣えなくなっちまうんだ」

 

「いや、むしろありがたいよ。落ちた理由も聞けたことだしな」

 

「先輩は平気かもしれませんけど……」

 

飯田の視線が、少し離れた鹿島に移る。

夕張と二人っきりで、何かを話していた。

 

「まあ、仕方ねぇことだ。誰しも通る道だ」

 

「そう言えば、山岡さんも最初は受験できなかったみたいですね」

 

「そうなのか?」

 

「まぁな。俺は態度悪かったし、夕張の奴も「パートナー試験」に受かったばかりで、時期尚早って事になったんだ」

 

「……その時の夕張は?」

 

「ショックを受けていたよ。泣かれたこともあったな。慰めるのに、時間をかけたっけな……」

 

そう言うと、山岡は煙草に火をつけた。

 

「俺たちはいいさ。けど、あいつらにとっては、どんな理由があれ、関係を否定されたのと同じだからな。人であることを認められても、人と同じように愛する権利が無いってのは、本当にショックなんだとよ……」

 

まるで溜息を吐くようにして、煙草の煙を吐いた。

その様子だと、本当に慰めるのに苦戦したんだな。

 

「正直、あいつらのショックがどれほどのものなのか、未だに良く分かってねぇんだ。俺たちに出来ることは、ただ前に進む事だけだ。試験に受かること。それが一番の薬になる」

 

飯田も同じ考えなのか、小さく頷いた。

 

「そうだよな……」

 

再び鹿島の方を見る。

すると、ちょうど目が合い、鹿島はとっさに目線を外した。

その様子に、夕張は何やら嬉しそうに笑っていた。

何を話しているのやら……。

 

「ま、お前たちなら大丈夫か。なんせ、付き合いが長いもんな」

 

「そうですよ。私よりも付き合いが短いのに、鹿島さんの方が良いと思うくらいですしっ!」

 

「飯田ちゃん、案外根に持つタイプだったりする?」

 

「嫉妬はしますよ。今だって、先輩の事は好きですし」

 

「くぅ~、見てるこっちも嫉妬しそうだぜ」

 

そんなことを言っている内に、迎えのバスが用意できたらしく、俺たちは駐車場へと向かった。

バス車内では、鹿島と俺の席は離れていたため、夕張と何を話していたのか、また、今回の件をどう思っているのか、話すことは出来なかった。

 

 

 

寮が小さく見えてきたところで、バスを停めてもらった。

 

「どうした?」

 

「ここで降りる」

 

「降りるってお前……。見えてるとは言え、結構歩くぜ? 酒も入っているし……そもそもどうして……」

 

疑問を投げかける山岡を、夕張は何も言わずに止めた。

 

「夕張……。分かったよ。気をつけて帰れよ」

 

「あぁ、悪いな。行こうか、鹿島」

 

「え? あ、はい!」

 

バスを降りる時、夕張が鹿島に、何やら意味ありげな目線を送っていた。

それが何なのかはよく分からなかったが、鹿島にはその意味が分かったのか、小さく手を振り、返事をしていた。

 

 

 

大きな満月の下、俺たちは寮を目指し、ただただ歩いていた。

バスはとっくに姿を消しており、エンジンの音すら聞こえることは無かった。

 

「悪いな。付き合わせてしまって」

 

「い、いえ……。そんな……」

 

「寒いだろ。これ着とけ」

 

コートを渡してやると、鹿島は申し訳なさそうにそれを羽織った。

 

「すみません……。提督さんは平気なんですか?」

 

「あぁ。酒も入っているし、少し暑かったくらいだ」

 

「寒かったら言ってくださいね? お風邪ひかれたら困りますし……」

 

「分かった分かった」

 

俺たちの歩幅は、まるで牛歩のように小さいものであった。

お互いに、この時間を大切にしようと――大切な意味があるのだと、気が付いていたからなのかもしれない。

 

「夕張と何を話していたんだ?」

 

「え……?」

 

「ほら、中庭に居た時。お前たち、二人っきりだったろ? 何を話していたんだろうと思ってさ」

 

「……大した話じゃないですよ。ちょっとした世間話です」

 

「そうか……」

 

それは、鹿島の嘘であった。

何故そんな嘘をつくのかは分からなかったが、俺と同じで、パートナーを傷つけまいとしていることは分かっていた。

 

「提督さん達は、何をお話していたんですか?」

 

「俺たちか……俺たちは……」

 

鹿島と同じで、嘘をついても良かった。

だが、鹿島の本音が聞きたい今だからこそ、あえて本当の事を話した。

 

「「適正パートナー試験」の事を話していた。落ちて、お前がどれだけショックを受けているのかって話をさ……」

 

鹿島は少し驚いた後、俯いてしまった。

 

「……お前も夕張から聞いたんじゃないか? 俺たちと同じように、あいつらも、一回目は落ちたって事……」

 

鹿島は返事をしなかった。

何の反応も無いところを見ると、本当に聞かされたらしい。

 

「山岡ですら、夕張の受けたショックの大きさを知らないでいた。「適正パートナー」になった今でも、だ……」

 

「…………」

 

「お前も、そうなのか……? 鹿島……」

 

鹿島は何も言わず、ただコートを羽織りなおした。

そして、顔を隠すようにして、深く身を縮めていた。

 

「鹿島……」

 

「……ショックはショックです。でも……仕方のない事だと思いますし……どうしようもできない事だと思います……」

 

「……本当にそう思っているのか?」

 

「本当にそう思っています……」

 

長い沈黙が続く。

 

「……そうか。悪かったな。変な事を聞いて」

 

「いえ……」

 

しばらく歩いていると、鹿島がそっと身を寄せて来た。

 

「どうした?」

 

「やっぱり……提督さんが寒そうなので……」

 

「確かに、少し肌寒くなって来たかな……」

 

「身を寄せましょう……。少しは違うでしょうから……」

 

そう言って、俺の手を取ろうとした。

が、物凄い音を立てて静電気が走り、俺も鹿島も声をあげて、距離を取った。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「いや……。お前こそ、大丈夫か?」

 

「は、はい……大丈夫……です……」

 

鹿島はシュンとした表情を見せると、手をポケットにしまった。

 

「…………」

 

その手を強引に引き、固く絡める。

 

「提督さん……」

 

俺は何も言わなかった。

それでも、鹿島には何か伝わったようで、そっと身を寄せ、手を強く握り返した。

雲が月明りを隠すと、周りは一気に暗くなり、遠くの寮の明かりが、まぶしく光って見えた。

 

「提督さん……」

 

「なんだ?」

 

「好きです……」

 

握る手が、体が――声ですら、小さく震えていた。

 

「貴方が……好きです……。どんな困難があっても……どんな境遇にあっても……貴方が……好きなんです……」

 

その言葉に、全てが詰まっていた。

夕張と話したであろうことも、鹿島の気持ちも――それら全てが、そこに詰まっていた。

 

「好き……なんです……」

 

まるで訴えかけているかのような――、必死に押し殺した感情が零れているかのような――、そんな口調であった。

 

「鹿島……」

 

「…………」

 

今にも泣き出しそうな鹿島に、俺はそっとキスをした。

急な事に驚いたのか、鹿島は目を見開いて、俺を見つめた。

そして、徐々に悲しそうな表情へと戻っていった。

 

「な……だ……駄目……ですよ……。こんな……ところで……。こんな……立場で……」

 

「駄目であるのなら、こんなことは出来ないさ……」

 

「え……?」

 

「出来ないことは無いってことだ……。俺たちの関係を縛っているのは、神でも自然現象でもない……。この国に……この場所にいる為に、そうしているだけなんだ……」

 

「!」

 

「認められないのは辛いだろう……。それこそ、俺が……俺たち人間が、想像もできないほどに……。けど……俺はこうしてお前を愛しているし、お前もその気持ちを持っている……。それは変わらない……。変えられないんだ……」

 

鹿島に向き合う。

月が顔を出し、俺たちの顔を照らした。

 

「提督さん……」

 

「俺もお前が好きだ。愛してる」

 

そう言ってやると、鹿島は俺の胸に飛び込み、その中で小さく泣き始めた。

そして、これから一人で抱え込む予定であった気持ちの全てを俺にぶつけると、安心したのだろう、そのまま眠ってしまった。

 

 

 

鹿島を背負ったまま、寮へと帰還する。

その頃には日付も変わっており、寮内はしんと静まり返っていた。

 

「よっと……」

 

流石に鹿島の部屋へと向かう体力もなく、管理人室に連れ込み、布団で寝かせてやった。

 

「…………」

 

穏やかそうな寝顔。

ついさっきまで泣いていたなんて、想像もできない。

ふと、鹿島の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 

「……お前、いつも表情豊かに過ごしているが……本当はどこかで泣いていたりするのか……? 俺の知らないどこかで……」

 

少なくとも、夕張はそうだった。

鹿島は心が強いとはいえ、やはりつらい事には変わりないのだろう。

 

「また泣かせたのね」

 

振り向くと、霞がいた。

 

「霞……」

 

「鹿島さんが泣くのは、彼女が泣き虫だからでも、弱虫だからでもないわ」

 

「…………」

 

「貴方が弱いから……貴方がぶれているから……鹿島さんを泣かせてしまうのよ……」

 

「え……?」

 

「貴方が強ければ……貴方の芯がしっかりしていれば、鹿島さんを泣かすことは無い……。鹿島さんを迷わせることは無い……」

 

「……どういう……意味だ……?」

 

そう問う俺の唇を、霞はそっと奪った。

そして、退屈そうな表情で、唖然とする俺を見つめた。

 

「……そう言うところよ。全てを受け入れてしまう……なんでも信じてしまう……。貴方の弱さ……心のぶれ……」

 

「俺の……弱さ……」

 

「その弱さを克服しなければ……」

 

耳打ちをするように、そっと耳元に近づく。

 

「貴方は必ず、鹿島さんを失うことになる……」

 

「……!」

 

「それを肝に銘じなさい……」

 

言い終えると同時に、霞は立ち上がり、去ろうとした。

 

「お、おい……一体どういう……」

 

とっさに取った霞の手。

冷たく、小さく震えていた。

 

「霞……?」

 

霞は、泣いていた。

 

「お前……なんで……」

 

手を振り払うと、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 

「霞!」

 

追おうと立ち上がろうとした時、鹿島が呻きをあげながら、目を覚ました。

 

「うぅん……提督さん……? 何かありましたか……?」

 

「鹿島……。すまない。起こしてしまったか……」

 

「……って、あれ? 私……どうしてこんなところで……」

 

遠くで、扉の閉まる音がした。

それと同時に、鍵を閉める音も。

 

「提督さん……?」

 

「あ、あぁ……なんでもない……」

 

「そうですかぁ……? ふわぁ……じゃあ……おやすみなさい……」

 

そう言うと、鹿島はすぐに眠りについた。

 

 

 

何故霞は、鹿島を泣かせてしまう理由を俺に教えてくれたのだろうか。

そしてあの涙は一体……。

『その優しさが……その甘さが……貴方の全てを奪ってゆくわ……』

思えばあの時も、似たような事を言っていた。

あれはどういう意味なのだろうか……。

 

「霞……」

 

考えれば考えるほど、深みにはまってゆく。

そして、その度に鹿島の悲しむ顔がチラついた。

 

「鹿島……お前は……」

 

それからは鹿島の寝顔を見つめる事しか出来なかった。

そしてそれが、鹿島の為に出来る、今の俺の精いっぱいであったのだと気が付いた頃には、空はすっかり明るくなっていた。

 

――続く

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