絶華   作:雨守学

22 / 24


貴方が好きだった。

誰よりも優しくて、誰よりも意地悪で、誰よりも私を見てくれた。

そんな貴方が、私は好きだった。

 

 

 

貴方が鹿島さんを好きで、鹿島さんも貴方が好きだって事、本当は戦時中の頃から知っていた。

横須賀で貴方を見た時、私が声をかけられなかったのは、貴方と鹿島さんが楽しそうにしていたから。

私に見せたことのない笑顔を、貴方は鹿島さんに向けていた。

鹿島さんも同じだった。

お似合いだと思った。

私の入る隙なんて、全く無かった。

だから――。

 

 

 

戦後、貴方と再会した時、本当は飛び上がるほど嬉しかった。

けれど、貴方の優しさが死んでいないか確かめるために、あんな態度をとってしまった。

期待通りというか、期待以上に、貴方はそのままだった。

そのままの笑顔だった。

嬉しい……けど、悲しくもあった。

どれだけの時間が経とうと、貴方が私に持っているであろう気持ちに、変化が無いんだって。

この体だって成長しているのに、貴方はちっとも――。

 

 

 

貴方がいなかった三年の間、私はずっと、貴方が私に対する気持ちを少しでも向上させようと、必死に勉学に励んだ。

鹿島さんの事が好きなのは分かっていたし、その気持ちを変えることは出来ない事も分かっていた。

だからせめて、子供じゃないんだって、成長したんだって思われたかった。

本部に通い、毎日のように図書室で勉強していた。

雨が降ろうが雪が降ろうが、通い続けた。

最初こそは寮の皆も一緒になって勉強していたけれど、私ほどの覚悟が無いのか、その数は徐々に減ってゆき、最終的に私一人になった。

静かな図書室には、私以外の人は滅多に来なくて、ずっと孤独だった。

昔の私ならこんなことを思うなんてしなかっただろうけれど、その時の私は、泣きそうなほど寂しかった。

だからなのかもしれない。

あの男を――島田を受け入れてしまったのは。

 

「いつも熱心だね」

 

島田の事は知っていた。

艦娘から人気があったし、彼に好意を寄せる者が多かったから。

 

「はぁ……どうも……」

 

私はこの男が嫌いだった。

誰にでもその貼りついたような笑顔を見せ、まるで隙の無い感じが、逆に不気味だったから。

 

「毎日熱心に勉強して、将来何かになりたいとかあるのかい?」

 

「別に……ありませんけど……」

 

「そんなことないだろう。きっと何かあるはずだ。そうでなければ、こんなに熱心に勉強することは無いだろうに」

 

私は彼の問いに無視を貫いた。

それでも彼は話しかけるのを止めなかった。

まるであの頃の貴方と、同じのように――。

 

「また来るよ。君が僕の話を聞いてくれるまでね」

 

それから毎日、島田はやって来た。

他愛のない話から、本部に対しての愚痴までなんでも。

私への問いかけも忘れず、話しかけ続けた。

その姿勢に、どうしても貴方の顔がチラついて、辛かった。

ある日、彼が私に弱音を吐いた。

どうしても上手くいかないことがあるって。

それが何だったのか、今では思い出せないけれど、思えばそれが、島田の罠だったのだろう。

私はその罠に、まんまと引っかかってしまった。

 

「――って……ごめんね、こんな話……。つまらなかったよね……。まあ、つまらないのはいつもの事か……ハハハ……」

 

「…………」

 

「でも……少し楽になったよ。誰かに話を聞いて貰えるって、大切な事だもんね……」

 

貴方の顔がチラつく。

 

「ありがとう、霞君……。僕はもうここには来ないよ。これ以上、君に迷惑はかけられないしね……。今までごめんね……。じゃあ……」

 

貴方の顔がチラつく。

貴方の顔が――。

貴方の――。

 

「……また」

 

「え……?」

 

「また……辛くなったら……話しくらいなら……聞いても……いいわ……」

 

私は島田に、貴方の影を見ていた。

貴方を重ねていた。

だから――。

 

「……ありがとう、霞君」

 

 

 

島田に貴方と同じような感じで話せるようになるまでは、そんなに時間はかからなかった。

彼は艦娘の事をよく知っているし、理解もあったみたいで、なんでも共感してくれた。

寂しい私には――ましてや、貴方の影を見てしまった私には、彼のような存在に依存してしまうのは必然だった。

 

「そうか……。霞君は、彼の為に……」

 

「恥ずかしい話だけれど……」

 

「そんなことないさ。立派な事だ。そんなに想われている彼がうらやましいよ」

 

「そうかな……」

 

「でも……彼は鹿島さんが好きなんだろう? いいのかい?」

 

「……うん。私は、少しでもあの人の気持ちを変えられるだけで……」

 

「本当にそうかな?」

 

そう言った時の島田の目を、今でもはっきりと覚えている。

まるで人の変わったかのようなその目は、彼の本性を表していた。

 

「君はこんなにも頑張っているのに、変えられるのはちょっとした気持ちだけ。それって、見合わなくないかな?」

 

「そうかもしれないけど……これは私の我が儘で……」

 

「そう割り切れないところもある……そうでしょ? そうでなければ、こんなには頑張れない。君の心には、本当の心には、もっと貪欲な気持ちがあるはずだ」

 

「貪欲な……気持ち……」

 

「成長した自分を見てもらい、彼に振り向いてもらいたい……。彼を自分の物にしたい……。このまま努力すれば、もしかしたらその願いも叶うかもしれない。そういう望みがあるのだろう?」

 

私は何も言えなかった。

図星だったから。

 

「でも君は、その願いから目を背けている。叶わない可能性があるから。その事で傷つきたくないから。望みが小さければ小さいほど、叶わなかった時のダメージは少ない。だから、ちょっと理解されればいいだなんて、嘘をついている。自分を騙している」

 

「…………」

 

「霞君……」

 

島田が背中を撫でる。

その慰めは、その時の私にはよく効いた。

 

「その願い、叶える方法があると言ったら、どうする……?」

 

「え……?」

 

「といっても、もう君にはこの方法しかないよね。そのまま逃げる道を選ぶなんて、君には出来ないはずだ。自分の本心を知ってしまった君には……ね……」

 

その笑顔に、思わず戦慄した。

それと同時に、頭が冷えた。

だからこそ、私は彼の甘い言葉を冷静に聞くことが出来た。

恐ろしい、その言葉を――。

 

「今度、パートナー制度が改められるのは知っているかな?」

 

「「パートナー」と「適正パートナー」の事……?」

 

「そう。試験を行い、寮長のパートナーになれる「パートナー制度」。パートナーから「適正パートナー」……言い方を変えれば「恋人」になれる「適正パートナー制度」だ。僕はその二つの試験の審査員に任命されている」

 

「……何が言いたいの?」

 

「鹿島さんと彼はその試験を必ず受ける。僕は審査員。意味、分かるよね……?」

 

分かっている。

分かっているからこそ、聞かなければいけなかった。

 

「どうして……私の為に……」

 

「君と僕の仲じゃないか」

 

そんな御託は聞きたくない。

その気持ちが伝わったのか、島田は堪忍したかのように笑って見せた。

 

「僕はね、好きなんだ」

 

「好き……? 私が……?」

 

「ハハハっ、もちろん、君の事も好きだよ。でもね、もっと特別な気持ちで好きなんだ」

 

そう言うと、島田はスマホの待ち受けを私に見せた。

それでやっと、この男の本性を知った。

 

「鹿島さんの事が、ね」

 

 

 

貴方が帰ってくることを知った島田は、すぐに作戦を私に告げた。

私が「パートナー試験」を受け、貴方と鹿島さんを監視すること。

粗があれば、すぐに島田に連絡すること。

監視は「パートナー試験」の一環だなんていわれているけれど、そんな意地の悪い試験項目を本部に提案したのは、もちろん島田だった。

全ては、貴方と鹿島さんの仲を裂くために用意されたものだったって訳。

私は作戦を聞いて、それに従った。

貴方を守るために。

皆を守るために。

島田はきっと、私が使えないと思ったら、別の誰かをターゲットにするはず。

私にしたように、近づき、同情を誘い、心の隙間に忍び込んでくるはず。

そんなことになれば、きっと、本当に二人の仲は裂かれてしまう。

だったら、私が騙された振りをして――そう考えた結果だった。

 

 

 

貴方が帰ってくるまで、私は貴方と鹿島さんの粗をあえて探した。

そして、「適正パートナー」に必要な「お互いを想い合う気持ち」が欠けていることに気が付いた。

貴方は否定するかもしれないけど、それは本当の事。

鹿島さんと貴方の気持ち、想いに決定的な違いがある。

それは、鹿島さんが貴方だけを想っているのに対して、貴方は鹿島さんだけではない想いがあること。

鹿島さんを想う気持ちがどれだけ特別だと口で言っても、それは鹿島さんから見て――貴方以外の人間から見て、平等なものであると言える。

それは貴方のいい所であるし、そんなところを鹿島さんは好きになったのだと思う。

でも、それでは乗り切れない。

島田の目から――「適正パートナー」試験を……。

口で言っても、きっと貴方は変わらない。

貴方の事をよく知っている私だからこそ、言える事。

だから、私は悪役になった。

貴方を誘惑し、鹿島さんを脅した。

脅された鹿島さんは、きっと貴方を頼る。

そして、誘惑されても拒絶しない貴方を見て、鹿島さんは傷つき、その事を貴方に気付かせるだろう。

貴方は誰かが傷つかないと、気付けない人。

身に覚えがあるでしょ?

今だってそう。

貴方は気づいた。

鹿島さんを傷つけて――ね……。

でもね、私だって、ただ単に悪役になった訳じゃない。

もし、貴方が何も変われずに、鹿島さんは傷つく一方であるのなら、そのまま私が貴方を奪う気だった。

私は本気だった。

嘘は無かった。

貴方にぶつけた全てが、私の全て。

それが結果として、貴方にとって良かったのかもしれない。

貴方を変えたのかもしれない。

拒絶した時、私は泣いたけれど、あれは悲しかったからだとか、報われただとか、そう言う気持ちがあったわけじゃない。

嬉しかったのよ。

貴方が初めて、私の気持ちに答えを出してくれたことが。

他の子と違って、本気で私の気持ちに向き合ってくれたことが。

私を異性として――1人の女として――子供ではなく――そう向き合ってくれたことが、ただただ嬉しかった。

 

ねぇ、司令官……。

私の事、どう思ってる?

最後に、もう一度、貴方の口から答えが欲しい。

慰めはいらない。

今の貴方なら、それが出来るでしょ?

さあ……。

 

…………。

 

…………。

 

…………。

 

…………。

 

……そう。

 

そうなの……。

 

あんた……本当に馬鹿ね……。

 

そんな事、普通、こんな状況で言えるかしら?

 

本当……馬鹿なんだから……。

 

……でも、そうね。

 

きっと、私も同じだったのだと思うわ。

 

私にとって、あんたは――。

 

――続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。