貴方が好きだった。
誰よりも優しくて、誰よりも意地悪で、誰よりも私を見てくれた。
そんな貴方が、私は好きだった。
貴方が鹿島さんを好きで、鹿島さんも貴方が好きだって事、本当は戦時中の頃から知っていた。
横須賀で貴方を見た時、私が声をかけられなかったのは、貴方と鹿島さんが楽しそうにしていたから。
私に見せたことのない笑顔を、貴方は鹿島さんに向けていた。
鹿島さんも同じだった。
お似合いだと思った。
私の入る隙なんて、全く無かった。
だから――。
戦後、貴方と再会した時、本当は飛び上がるほど嬉しかった。
けれど、貴方の優しさが死んでいないか確かめるために、あんな態度をとってしまった。
期待通りというか、期待以上に、貴方はそのままだった。
そのままの笑顔だった。
嬉しい……けど、悲しくもあった。
どれだけの時間が経とうと、貴方が私に持っているであろう気持ちに、変化が無いんだって。
この体だって成長しているのに、貴方はちっとも――。
貴方がいなかった三年の間、私はずっと、貴方が私に対する気持ちを少しでも向上させようと、必死に勉学に励んだ。
鹿島さんの事が好きなのは分かっていたし、その気持ちを変えることは出来ない事も分かっていた。
だからせめて、子供じゃないんだって、成長したんだって思われたかった。
本部に通い、毎日のように図書室で勉強していた。
雨が降ろうが雪が降ろうが、通い続けた。
最初こそは寮の皆も一緒になって勉強していたけれど、私ほどの覚悟が無いのか、その数は徐々に減ってゆき、最終的に私一人になった。
静かな図書室には、私以外の人は滅多に来なくて、ずっと孤独だった。
昔の私ならこんなことを思うなんてしなかっただろうけれど、その時の私は、泣きそうなほど寂しかった。
だからなのかもしれない。
あの男を――島田を受け入れてしまったのは。
「いつも熱心だね」
島田の事は知っていた。
艦娘から人気があったし、彼に好意を寄せる者が多かったから。
「はぁ……どうも……」
私はこの男が嫌いだった。
誰にでもその貼りついたような笑顔を見せ、まるで隙の無い感じが、逆に不気味だったから。
「毎日熱心に勉強して、将来何かになりたいとかあるのかい?」
「別に……ありませんけど……」
「そんなことないだろう。きっと何かあるはずだ。そうでなければ、こんなに熱心に勉強することは無いだろうに」
私は彼の問いに無視を貫いた。
それでも彼は話しかけるのを止めなかった。
まるであの頃の貴方と、同じのように――。
「また来るよ。君が僕の話を聞いてくれるまでね」
それから毎日、島田はやって来た。
他愛のない話から、本部に対しての愚痴までなんでも。
私への問いかけも忘れず、話しかけ続けた。
その姿勢に、どうしても貴方の顔がチラついて、辛かった。
ある日、彼が私に弱音を吐いた。
どうしても上手くいかないことがあるって。
それが何だったのか、今では思い出せないけれど、思えばそれが、島田の罠だったのだろう。
私はその罠に、まんまと引っかかってしまった。
「――って……ごめんね、こんな話……。つまらなかったよね……。まあ、つまらないのはいつもの事か……ハハハ……」
「…………」
「でも……少し楽になったよ。誰かに話を聞いて貰えるって、大切な事だもんね……」
貴方の顔がチラつく。
「ありがとう、霞君……。僕はもうここには来ないよ。これ以上、君に迷惑はかけられないしね……。今までごめんね……。じゃあ……」
貴方の顔がチラつく。
貴方の顔が――。
貴方の――。
「……また」
「え……?」
「また……辛くなったら……話しくらいなら……聞いても……いいわ……」
私は島田に、貴方の影を見ていた。
貴方を重ねていた。
だから――。
「……ありがとう、霞君」
島田に貴方と同じような感じで話せるようになるまでは、そんなに時間はかからなかった。
彼は艦娘の事をよく知っているし、理解もあったみたいで、なんでも共感してくれた。
寂しい私には――ましてや、貴方の影を見てしまった私には、彼のような存在に依存してしまうのは必然だった。
「そうか……。霞君は、彼の為に……」
「恥ずかしい話だけれど……」
「そんなことないさ。立派な事だ。そんなに想われている彼がうらやましいよ」
「そうかな……」
「でも……彼は鹿島さんが好きなんだろう? いいのかい?」
「……うん。私は、少しでもあの人の気持ちを変えられるだけで……」
「本当にそうかな?」
そう言った時の島田の目を、今でもはっきりと覚えている。
まるで人の変わったかのようなその目は、彼の本性を表していた。
「君はこんなにも頑張っているのに、変えられるのはちょっとした気持ちだけ。それって、見合わなくないかな?」
「そうかもしれないけど……これは私の我が儘で……」
「そう割り切れないところもある……そうでしょ? そうでなければ、こんなには頑張れない。君の心には、本当の心には、もっと貪欲な気持ちがあるはずだ」
「貪欲な……気持ち……」
「成長した自分を見てもらい、彼に振り向いてもらいたい……。彼を自分の物にしたい……。このまま努力すれば、もしかしたらその願いも叶うかもしれない。そういう望みがあるのだろう?」
私は何も言えなかった。
図星だったから。
「でも君は、その願いから目を背けている。叶わない可能性があるから。その事で傷つきたくないから。望みが小さければ小さいほど、叶わなかった時のダメージは少ない。だから、ちょっと理解されればいいだなんて、嘘をついている。自分を騙している」
「…………」
「霞君……」
島田が背中を撫でる。
その慰めは、その時の私にはよく効いた。
「その願い、叶える方法があると言ったら、どうする……?」
「え……?」
「といっても、もう君にはこの方法しかないよね。そのまま逃げる道を選ぶなんて、君には出来ないはずだ。自分の本心を知ってしまった君には……ね……」
その笑顔に、思わず戦慄した。
それと同時に、頭が冷えた。
だからこそ、私は彼の甘い言葉を冷静に聞くことが出来た。
恐ろしい、その言葉を――。
「今度、パートナー制度が改められるのは知っているかな?」
「「パートナー」と「適正パートナー」の事……?」
「そう。試験を行い、寮長のパートナーになれる「パートナー制度」。パートナーから「適正パートナー」……言い方を変えれば「恋人」になれる「適正パートナー制度」だ。僕はその二つの試験の審査員に任命されている」
「……何が言いたいの?」
「鹿島さんと彼はその試験を必ず受ける。僕は審査員。意味、分かるよね……?」
分かっている。
分かっているからこそ、聞かなければいけなかった。
「どうして……私の為に……」
「君と僕の仲じゃないか」
そんな御託は聞きたくない。
その気持ちが伝わったのか、島田は堪忍したかのように笑って見せた。
「僕はね、好きなんだ」
「好き……? 私が……?」
「ハハハっ、もちろん、君の事も好きだよ。でもね、もっと特別な気持ちで好きなんだ」
そう言うと、島田はスマホの待ち受けを私に見せた。
それでやっと、この男の本性を知った。
「鹿島さんの事が、ね」
貴方が帰ってくることを知った島田は、すぐに作戦を私に告げた。
私が「パートナー試験」を受け、貴方と鹿島さんを監視すること。
粗があれば、すぐに島田に連絡すること。
監視は「パートナー試験」の一環だなんていわれているけれど、そんな意地の悪い試験項目を本部に提案したのは、もちろん島田だった。
全ては、貴方と鹿島さんの仲を裂くために用意されたものだったって訳。
私は作戦を聞いて、それに従った。
貴方を守るために。
皆を守るために。
島田はきっと、私が使えないと思ったら、別の誰かをターゲットにするはず。
私にしたように、近づき、同情を誘い、心の隙間に忍び込んでくるはず。
そんなことになれば、きっと、本当に二人の仲は裂かれてしまう。
だったら、私が騙された振りをして――そう考えた結果だった。
貴方が帰ってくるまで、私は貴方と鹿島さんの粗をあえて探した。
そして、「適正パートナー」に必要な「お互いを想い合う気持ち」が欠けていることに気が付いた。
貴方は否定するかもしれないけど、それは本当の事。
鹿島さんと貴方の気持ち、想いに決定的な違いがある。
それは、鹿島さんが貴方だけを想っているのに対して、貴方は鹿島さんだけではない想いがあること。
鹿島さんを想う気持ちがどれだけ特別だと口で言っても、それは鹿島さんから見て――貴方以外の人間から見て、平等なものであると言える。
それは貴方のいい所であるし、そんなところを鹿島さんは好きになったのだと思う。
でも、それでは乗り切れない。
島田の目から――「適正パートナー」試験を……。
口で言っても、きっと貴方は変わらない。
貴方の事をよく知っている私だからこそ、言える事。
だから、私は悪役になった。
貴方を誘惑し、鹿島さんを脅した。
脅された鹿島さんは、きっと貴方を頼る。
そして、誘惑されても拒絶しない貴方を見て、鹿島さんは傷つき、その事を貴方に気付かせるだろう。
貴方は誰かが傷つかないと、気付けない人。
身に覚えがあるでしょ?
今だってそう。
貴方は気づいた。
鹿島さんを傷つけて――ね……。
でもね、私だって、ただ単に悪役になった訳じゃない。
もし、貴方が何も変われずに、鹿島さんは傷つく一方であるのなら、そのまま私が貴方を奪う気だった。
私は本気だった。
嘘は無かった。
貴方にぶつけた全てが、私の全て。
それが結果として、貴方にとって良かったのかもしれない。
貴方を変えたのかもしれない。
拒絶した時、私は泣いたけれど、あれは悲しかったからだとか、報われただとか、そう言う気持ちがあったわけじゃない。
嬉しかったのよ。
貴方が初めて、私の気持ちに答えを出してくれたことが。
他の子と違って、本気で私の気持ちに向き合ってくれたことが。
私を異性として――1人の女として――子供ではなく――そう向き合ってくれたことが、ただただ嬉しかった。
ねぇ、司令官……。
私の事、どう思ってる?
最後に、もう一度、貴方の口から答えが欲しい。
慰めはいらない。
今の貴方なら、それが出来るでしょ?
さあ……。
…………。
…………。
…………。
…………。
……そう。
そうなの……。
あんた……本当に馬鹿ね……。
そんな事、普通、こんな状況で言えるかしら?
本当……馬鹿なんだから……。
……でも、そうね。
きっと、私も同じだったのだと思うわ。
私にとって、あんたは――。
――続く