絶華   作:雨守学

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鹿島

「鹿島さん」

 

島田さんは私の隣に座ると、ペットボトルのお茶を渡した。

 

「温かいよ」

 

「……ありがとうございます」

 

外に設置されているベンチ。

真新しく、第二寮にある物よりも丈夫で、二人が座る分には沈みもしなかった。

 

「まだまだ寒いね。温かくなるのは、まだ先かな。先日の雪も、まだ山間に積もっているし」

 

「そうですね……」

 

あれから数か月。

年も明けて、私は新しく設立された寮である「社会適応訓練所」の「艦娘寮」に居る。

「社会適応訓練所」は、外で暮らすことの出来る艦娘を集中的に育てる場所。

吹雪さんや龍田さん、鳳翔さんや陸奥さん――優秀な艦娘達が集められている。

私はそのメンバーの一人で、寮の管理人を任せられている。

島田さんと共に。

 

「……まだ僕の事を疑っているのかな?」

 

「…………」

 

「まあ、そうだろうね……。霞君が何を言ったのかは知らないけれど、そんな事実は本当に無いんだ。全部、霞君の妄想というか……誤解というか……」

 

「でも……私と提督さんは……こうして離されてしまいました……。そして、ここにいる……。全部、貴方の思い通りです……」

 

「それは勘違いだ。君が優秀だからここにいるし、僕がここにいるのは本当にたまたま選ばれただけなんだよ」

 

「それも全部仕組んだことです……」

 

「参ったな……」

 

島田さんはわざとらしく困った顔を見せた。

そう……。

島田さんは……この人は……私と提督さんの仲を引き裂いた。

私欲のために。

あの日。

島田さんを本部に送った後、飯田さんに呼び止められた。

そして、深刻そうな表情で、私に異動を告げた。

理由は尤もな事だったけれど、寮に帰って霞ちゃんの話を聞いたとき、それが仕組まれたことであったのだと知った。

提督さんは本部に乗り込んで、霞ちゃんの話をした。

けれど、島田さんは既に手を回していて、提督さんの話は「鹿島を離された事による言いがかり」のように取られてしまった。

そして、尤もらしい理由の先には、島田さんが待っていたのであった。

 

「でもね、鹿島さん。僕は君たちを助けたというか、危機から救ってあげたんだ」

 

「危機……?」

 

「第二寮で一週間過ごして、君たちのことをたくさん調べた。皆からも色々聞いたよ。鹿島さんと彼は「適正パートナー」で無いにもかかわらず、甘い関係であった、と。誰の目から見てもそのような関係というのは……あまりいいものではない。心当たり……あるんじゃないかな?」

 

私は何も言えなかった。

 

「それに、彼も彼でブレブレというか……。イマイチ君への気持ちが薄いと言うか……。そのような印象を受けたよ」

 

「……そんなことありません。提督さんは……変わってくれたんです……。私だけを……見てくれるって……」

 

「三年間も離れて、帰ってきてもその事に気付けなくて……やっとの事で気づいても、今のような状況……。鹿島さんはずーっと待っていたのに、ね」

 

「…………」

 

「彼の事は尊敬しているけど、それは仕事の面だけの話だ。男としては……ちょっと……ね……」

 

島田さんは見せつけるようにして、苦笑いをした。

今までの弱い私だったら、ここでのまれているだろう。

でも、今は――。

 

「だから貴方を好きになれって話ですか……?」

 

「え……?」

 

「島田さん……私は……あの人を愛しています……。どんなに待たされようが、どんなに環境が変わろうが、あの人を愛し続けます。提督さんは変わってくれたんです。私を……本当の意味で愛してくれるように……」

 

それを聞いた島田さんの目は、いたって冷静だった。

 

「そうか。応援するよ。でも、愛するだけでは駄目だ。いくら愛し合ったところで、人と艦娘という関係には変わりはない。愛だとか恋だとか、そういう関係以上に、僕たちは協力していかなければならないんだ。例えそれが、君の望む未来でなかったとしても、そうするしか方法が無いこともあるんだ。言ってる意味……分かるよね?」

 

「……分かりません。貴方の考えていることなんて……」

 

「いや、分かると思うよ。つまり……うーん……そうだなぁ……」

 

少し考えるそぶりを見せた後、島田さんはいつもの笑顔で言った。

 

「人と艦娘の関係は、それ以上でもそれ以下でも無いって事だよ。動物園の動物が、人と同じ立場になれないのと同じようにね」

 

「……私たちが動物と同じだと言いたいんですか!?」

 

「ごめん、例えが悪かったね。でも……立場的には同じだと思う。この状況下で、君は好き勝手に外を歩けないし、発言することも出来ない。全ては人間によって支配されていると言っても過言ではないよ」

 

「私達だって、人として認められた存在です!」

 

「でも人権は無い。戸籍が無いから、存在すら認められていないのと同じだ。君たちは兵器として生まれ、兵器として戦った。本来であれば、終戦に伴い処分されるはずの兵器が、人として受け入れられていることは異常だと言ってもいいだろう」

 

「その恩恵に対して、私達はただ受け入れればいいと……そう言いたいんですか……?」

 

「そうは言っていない。ただ、反抗してもいいことは無いって事だよ。僕はね、鹿島さん。君の事は確かに好きだ。君に憧れているし、君と恋人になりたいとも思っている。けどね、それは人と人の関係ではなく、人と艦娘の関係でのことなんだ」

 

島田さんが笑う。

けど、それは今まで見たことも無いくらい、不気味な笑いだった。

 

「愛さなくてもいいさ。僕からの愛があれば、それだけでいい。だって、艦娘と人の関係は、対等なものではないでしょ? 今、説明したように、ね」

 

 

 

お昼になると、夕張さんが山岡さんと共にやって来た。

 

「よう鹿島。また外で仕事してんのか」

 

「まあ……はい……」

 

「そりゃそうよ。島田とかいう最低な男と一緒に居るなんて……息が詰まるったら」

 

二人は最近、「社会適応訓練所」の近くに専用の別荘をもらっていて、時折こうして顔を出している。

私の状況は理解してくれているようで、第二寮や提督さんの情報を伝えてくれている。

 

「お二人とも、交際は順調ですか?」

 

「まぁな。別荘をもらって、二人っきりの時間は増えたが……監視付きだし、過ごしている様子をインターネットで流されたりするんだぜ。たまったもんじゃねぇよ」

 

「生放送じゃないだけマシだけど、何だか落ち着かないわよね」

 

二人の交際について公表された時、世間の反応は想像以上にいいものだったらしい。

二人を応援する声や手紙が、毎日のように寄せられている。

 

「でも……理解されればされるほど、私たちの関係は深いものになるって信じているし、実際、そう言う動きもあるの……」

 

そう言って、二人は恥ずかしそうに視線を合わせた。

 

「鹿島さんは知ってる? その事……」

 

「いえ……どのことでしょうか?」

 

再び二人が視線を合わせる。

そして、頷くと、夕張さんは小さい声で言った。

 

「実はね……? このまま世間の声が私たちの交際を許すようであれば……その……あの……。うぅ……駄目だわ……。貴方が言って?」

 

「俺か? いや……まぁ……そうだな……。なんつーか……その……」

 

「男でしょ!? バシッと言ってよ!」

 

「いや! てめぇの代わりに言ってやってんだぜ!? だったら言えや!」

 

「女の子に言わせる気!? 最低!」

 

「ま、まぁまぁ……落ち着いてください……」

 

こういう時、提督さんだったら「ごちそうさまだな」なんて、嫌味の一つでも言うのだろうけれど……。

 

 

 

結局二人は、勝手に喧嘩して、勝手に仲直りして、勝手にイチャイチャし始めた。

カップルは二人の世界に入り込むってよく聞くけれど、本当なんだ。

 

「っと、悪いな鹿島。で、なんだっけ?」

 

「性交の話よ……って、あっさり言っちゃった……。うぅん……もういいわ! そう、性交! 性交が許されるようになるって!」

 

「せ、性交って……。あの……その……えっち……って事ですか?」

 

「まあ……そうだな……。あくまでも研究って目的であるから、どうなるかわからねぇが……」

 

「でも……それでも嬉しいわ……。そう言うことが出来るって……愛の証明でもあるものね……」

 

そう言うと、二人は手を握り、寄り添った。

足元に伸びる二つの影に、私は思わず自分と提督さんを重ねてしまった。

 

「…………」

 

影を見る私が落ち込んでいるように見えたのか、山岡さんは話題を変えてくれた。

私としては、変わっていないのだけれど……。

 

「そういや、第二寮の事だが……。パートナー艦、正式に決まったみたいだぜ」

 

「え?」

 

「霞だとよ……。あの後、霞に「パートナー試験」の合格証が届いたらしいんだ。筆記だとか面接だとか「パートナー試験」にはあるが、それを受けていないにもかかわらず……だ。聞くところによると、推薦枠ってのがあるらしくて、それで合格したらしいぜ……」

 

「そう……なんですか……」

 

「おそらく、島田の口封じだと思う。霞も味方とは言え、あいつのパートナーになりたかっただろうしな……。これ以上、口を割らせない気だろう……。実際、霞が抗議したとかそういう話は聞かねぇしな……」

 

違う。

霞ちゃんがどうこう言ったところで、状況は変わらないだろう。

むしろ、悪くなる一方。

きっと霞ちゃんは、本心で喜んでいる訳じゃなくて、そうすることが提督さんを守ることだと思ったのだろう。

 

「鹿島……悪いな……。俺たちも何かしてやりてぇが……今の俺には……その……」

 

「いいんです……。こうして理解してくれていることが、今の私にとって一番の救いですから……」

 

「鹿島さん……」

 

「……もう戻らないと。島田さんが怪しむから……。また、お話ししましょう」

 

「あ、あぁ……」

 

「鹿島さん……!」

 

夕張さんが手を掴む。

温かい手だった。

 

「きっと……きっと全てが上手くいく日が来るはずだから……。絶望だけは……しちゃ駄目……。私たちは……もう……ただの艦娘じゃないんだから……」

 

「夕張さん……。ありがとうございます……。夕張さんの頑張りは、私に勇気を与えてくれます。だから、今はそんな顔しないで、山岡さんと幸せになってください。それが、私の希望ですから」

 

「鹿島さん……。うん……」

 

「では……」

 

夕張さんと山岡さんは、私の希望。

でも……今はその希望が、とても眩しくて、私は――。

 

 

 

管理人室には島田さんがいた。

待っていたと言わんばかりに、私に視線を送る。

 

「戻りました……」

 

「お疲れ様。どこに行っていたのかな?」

 

「外の空気を吸っていました……」

 

「ここでは息が詰まるって?」

 

私は何も言わなかった。

島田さんはすべてを知っていると言うように、ため息をついた。

 

「僕たちはパートナーだ。君が僕の事を嫌いなのは構わないけれど、仕事はしてもらわないとね」

 

「仕事はしています。今日の分は終わっていますし……」

 

「そう言うことじゃないんだ。言ったろ? 僕たちはパートナー。親睦を深めることも、その一つだ」

 

「そんなことは仕事の内では……」

 

「いや、もともとパートナー艦って言うのはね、「適正パートナー」を前提としてつくられたと言っても過言ではないんだ。パートナーとなり、親睦を深め、艦娘に恋心を持ってもらう……。そういう目的もあるんだ」

 

「恋心……ですか……。貴方に恋心を抱くなんて、ありえませんね……」

 

「抱かざるを得ないさ。というよりも、僕は言っただろ? 艦娘と人の関係は対等でないと……。君がここに居ざるを得ないのと同じように、きっと僕の「適正パートナー」にならざるを得なくなる。きっとね」

 

本当ならば、ここで怖気ずくのがいつもの私だと思う。

けど、不思議と心は軽かった。

 

「可哀想な人……」

 

そう言った時、島田さんの表情が初めて歪んだ。

 

「なんだと……?」

 

「貴方は優秀な人かもしれませんし、確かに愛されてはいるでしょう……。でも……それは損得しかない愛なんですよ……」

 

「損得……?」

 

「構ってくれるからだとか、役に立つだからだとか、損得の好意なんですよ……。それを貴方は、真の意味で愛されていると勘違いしているんです……」

 

「…………」

 

「もし、貴方に権力も何もなくなった時、それでも愛してくれる人がいるのか……。きっと、居ないでしょうね……。だって貴方は、今やっているような方法でしか、私から愛してもらえないと考えているから……。本当可哀想です……。哀れです……」

 

瞬間、島田さんは私を壁に叩きつけた。

 

「痛っ……」

 

島田さんは顔を近づけ、私を睨み付けた。

 

「それ以上言うな……!」

 

「……そりゃ怒りますよね。図星だから! 本性をバラされて……本音を言われて恥ずかしいですよね!?」

 

「やめろ……」

 

「貴方、どうでしてそこまで艦娘に執着するんですか……? まさか、人間の女性には相手にされてないとかですか……?」

 

「やめろ……」

 

「提督さんは違いますよ! 貴方と違ってたくさんの艦娘から愛されていますし、飯田さんにだって告白されたんですから! 私だって提督さんに夢中です! 貴方のような哀れな人とは大違いなんですから!」

 

「やめろ!」

 

島田さんの言葉を最後に、静寂が訪れた。

私が黙ったのは、島田さんが大声を出したからじゃない。

 

「そんな哀れんだ目で……僕を見るな……」

 

島田さんが、泣いていたからだ。

 

「お前に何が分かるんだ……。僕にはこうするしか方法が無かったんだ……。努力だってしたし……ここまで登って来た……。なのに……誰も褒めちゃくれないし……誰も僕を認めてはくれない……」

 

「…………」

 

「損得のない愛があるなんてことは、最初から知っているさ……。彼がそれを持っていることもね……。だからこそ……許せない……。認めてはいけないんだ……。そうすることが僕の戦いであり、僕を認めなかった人たちへの反逆でもあるんだ……」

 

心底悲しい人だと思った。

でも、同情はしない。

島田さんが戦うのなら、私も戦わなければいけない。

負かさなければ、この人は分からないのだと思った。

 

「それが本音なんですね……。抵抗できない艦娘なら、自分のいい様に出来ると……?」

 

「そうだ……。だから君はここにいる……」

 

「……何故私なんですか? 私の事が好きだって聞きました……。今の話だと、提督さんに対するただの嫉妬ですよね……?」

 

「嫉妬さ……。でも……それだけじゃない……。僕は……」

 

島田さんは黙り込むと、深く目を瞑った。

俯いたその顔に、私はふと昔の事を思い出していた。

元気のない、暗い青年の事を。

 

「貴方……どこかで……」

 

そう言った時、管理人室の扉が開いて、陸奥さん達がやって来た。

 

「怒鳴り声がしたけど、何か……あった……の……」

 

私を壁に追い詰めている島田さんを見て、陸奥さんは激高した。

私の話を信じていてくれたから、状況を早くのみ込んでくれた結果だった。

 

「ちょっと、何やってるのよ!?」

 

島田さんを突き飛ばすと、私を気遣ってくれた。

 

「大丈夫……?」

 

「え、えぇ……」

 

「貴方……何しようとしていたのよ!?」

 

島田さんは黙ったまま立ち上がると、部屋を出ようとした。

 

「ちょっと!」

 

「陸奥さん……もう大丈夫です……」

 

「でも……!」

 

「放っておきましょう……」

 

それからしばらく、島田さんは帰ってこなかった。

彼のしたことを考えれば、私の言ったことなんて、足りないくらいの仕返しなはずだった。

それでも、あの俯いた表情を見た時、私はどこか、彼に同情してしまった。

 

「…………」

 

あの表情、どこかで――。

 

 

 

夕方になると、本部より電話が入った。

島田さんはまだ帰ってきていなかったから、何か仕返しの為の連絡かと思ったけれど、どうやら違った。

 

「霞ちゃんが……ですか?」

 

『そうだ。どうやら引継ぎでどうしても君に確認したいことがあるらしくてね。「社会適応訓練所」は関係者のみ立ち入れる施設であるし、電話で済ませてくれないかと頼んだのだが……どうも直接話さないといけない事らしい。今、本部に来ている。来れるかね?』

 

「はぁ、まあ……」

 

引継ぎは一通り済ませたはず。

資料もたくさん残したし……。

 

「…………」

 

違う。

これは、霞ちゃんが私を呼び出しているんだ。

何かを伝えるために。

電話では伝えられない何かを……。

 

「……すぐに向かいます」

 

 

 

寮を出て、自転車にまたがった時だった。

 

「どこに行くのかな?」

 

島田さんが、道を塞ぐようにして立っていた。

 

「自転車って事は本部かな? 車で送っていくよ」

 

「……結構です」

 

振り切ろうとしたところ、ハンドルを掴まれた。

 

「もう夕方だ。危ないよ。それに、パートナーである僕に何も言わずに本部へ行くのは、いかがなものかと思う」

 

「…………」

 

先ほど泣いていた男とは思えないほどに、いつもの島田さんがそこに居た。

 

「……本部より連絡がありました。霞ちゃんが引継ぎの為に、どうしても会いたいと……」

 

「電話では駄目なのかな?」

 

「直接会って話さないといけない事のようです……」

 

「ふぅん……。なるほどね……」

 

ハンドルは放されないままだ。

 

「送らせてはくれないのかな?」

 

「結構です……。しつこい男は嫌われますよ。尤も……貴方は最初から嫌われてますが……」

 

「最初はいい印象があったと思うけどね」

 

「……とにかく、放してください。じゃないと――」

「謝りたいんだ」

 

ハンドルから手を放すと、島田さんは神妙な面持ちでこちらを見つめた。

 

「さっきは悪かった。少し感情的になり過ぎてしまった。ごめん……」

 

「…………」

 

「全て君の言う通りだ。僕は哀れな人間だ。認めるよ」

 

「本当はそんなこと、微塵も思ってない癖に……」

 

「思っているさ。というよりも、痛いほど分かっていたことだ。それを突かれたものだから、カッとなっただけで……」

 

島田さんは反省しているとでも言うように、俯いて見せた。

けれど、先ほどとは違い、本当に項垂れているわけではなさそうに見えるのは、私がこの人に対して、憎悪しているからなのだろうか。

 

「許してくれとは言わない。ただ、償いはさせて欲しい。君の為にしたいという、僕の為に」

 

「そんなこと……」

 

その時、ポツリポツリと雨が降り出した。

 

「おっと……」

 

「…………」

 

「……乗っていきなよ。黙っていていいからさ」

 

 

 

雨の叩く音、古びているのか不快な音を立てるワイパー、轟音のエンジンと、轟音の空調。

何もかもが、私を不快にさせる。

 

「僕の車、古いでしょ。背伸びして買ったものなんだ」

 

私は黙ったまま、流れゆく景色を眺めていた。

 

「……まだ怒ってるのかな?」

 

「…………」

 

「そりゃそうか……」

 

「……やけに気にするんですね。そんなに私に許してほしいですか?」

 

「そうだね。許してほしいよ」

 

「なら、命令したらどうです……? 艦娘と人の関係は、平等ではないのでしょう……?」

 

「命令したら、素直に聞いてくれるのかな?」

 

「聞きますよ……。ただ、それは貴方が勘違いしているそれと同じで、何の意味も持ち合わせないものとなるでしょう……。空っぽで……哀れで……醜い……。そんな空虚に喜ぶのは、赤ん坊でもしません……。貴方は赤ん坊未満です……」

 

「噛みつくね。昔の君なら、命令だなんて言われて、怖気づいたはずだろう。でも、そんな返しが出来るようになっているだなんて、彼のお陰かな?」

 

「…………」

 

「強くあらねばならないほど、君は彼に追い詰められたんだね」

 

違う。

違うけれど、そうは言えない。

この男が引き出したいのは、そう言う言葉。

霞ちゃんに言わせたように、私にも考えさせるつもりだろう。

 

「そうですね。提督さんは、そう言う人ですから」

 

私の予想が当たったのか、島田さんはつまらなそうな顔を見せた。

 

「愛されているんだね。彼は」

 

「本当、貴方と違って」

 

車が停まる。

信号があるわけでも、一時停止の標識があるわけでも無い。

ただ、停まった

 

「…………」

 

島田さんはハンドルに項垂れると、零すように言った。

 

「彼の僕の違いって何だい……?」

 

私は呆れたように、ため息交じりに「全てです」と答えた。

島田さんは繰り返す様に、噛み締めるようにして「全てか……」と零した。

 

「僕に足りないものは何だと思う……?」

 

「……知りませんよ」

 

「何を持ったら……君は僕を愛してくれる……?」

 

「何を持っても……貴方は愛しません……」

 

「彼が居るから……?」

 

「提督さんがいなくても、貴方だけは愛しません」

 

「どうして……!」

 

「それが分からないから、じゃないですか……?」

 

「分かったら僕を愛してくれるのか!?」

 

白熱する島田さんとは対照的に、私の心は冷めていた。

 

「私に愛されなくてもいいのではなかったのですか……?」

 

「そう思っていた……。けど、色々試してはみたが……君はやっぱり他の艦娘とは違う……。決して屈しないし、決して傷つかない……」

 

「…………」

 

「もう耐えられないんだ……。自分をごまかしてきたけれど、僕は……やっぱり君に愛されたい……。僕を救ってくれた君に……。だから……」

 

言っている意味が全く分からない。

私は馬鹿らしくなって、車から出た。

雨は先ほどとは比べ物にならないくらいの大粒になっていて、あっという間にびしょぬれになった。

 

「鹿島さん……!」

 

目を向けるつもりは無かった。

けれど、ふと先ほどの、同情してしまった事を思い出して、思わず振り向いてしまった。

そこには――雨に濡れた島田さんの髪は、整えていたものが崩れて、彼の目を隠してしまうほどに垂れ下がっていた。

その姿に、見覚えがあった。

 

「貴方……もしかして……」

 

「……やっと……思い出してくれたかな」

 

濡れた彼の服が、「あの頃」と同じような、貧相な――折れてしまいそうなほど細い体を露わにしていた。

 

 

 

あれは確か、まだ私が提督さんと出会う前の事。

艦娘として生まれたばかりの私は、この時代における状況を把握するために、毎日図書館に通っていた。

 

「ふぅ……」

 

とても静かな場所だった。

誰もいなくて、演習場からも遠く離れていたから。

窓の外には海が広がっていて、時折ウミネコの鳴き声が聞こえるくらいだった。

そう、いつもは――。

 

「ギャハハハハ!」

 

下品な笑い声は、窓の外から聞こえて来た。

ばっしゃーん、という、重いものが水に落ちた音と共に。

 

「おい拓人! てめぇのような軟弱野郎が海軍に入ろうだなんて百年はえーんだよ!」

 

「一生そこで泳ぎの練習でもしてろ! ギャハハハハ!」

 

声が遠ざかる。

私は本を閉じて、窓の外を眺めた。

天気が良く、海面がキラキラ光っているなかで、一人の青年があっぷあっぷと水をかいていた。

 

「大変……!」

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「大丈夫ですか……?」

 

間一髪と言ったところで、私は彼を助けることが出来た。

 

「あ……ありがとう……。君は……」

 

「艦娘の鹿島です。練習艦の……」

 

「そうか……」

 

髪が長く、暗い感じの青年だった。

海軍の人間のようだけれど、その体は軍人というにはあまりにも――。

 

「あの……もしかして……さっきの……」

 

「……聞いちゃった?」

 

「はい……。すみません……聞くつもりは無かったのですけど……」

 

青年は座り込むと、落ち込むようにして膝を抱えた。

 

「……いじめられているのですか?」

 

「…………」

 

「どうして……」

 

「僕が……軟弱だから……。何をやってもどんくさいし……力も無いから……。元々……海軍になんて入りたくなかったんだ……。でも……強い男になる為だって……親父が……」

 

うじうじしていて、確かにいじめられそうな人だと思った。

 

「で、でも……お父様が仰ったように、これから強くなるんですよ! 今は辛いかもしれませんが……きっと大丈夫ですよ!」

 

「そんなこと……」

 

私はこういう時、どのようにして人間を慰めればいいのか分からなかった。

コミュニケーションなんて、取ったことが無かったから。

 

「拓人くん……でしたっけ……?」

 

「はい……」

 

「私は……鹿島は……人間じゃないから、貴方の気持ちは良く分からないし、貴方の辛さも分かりません……」

 

「…………」

 

「でも……分かりたいと思っています……。共感したいと思っています……。貴方が辛いなら……私も辛いです……」

 

私には、言葉で慰めることも、気持ちで慰めることも出来ない。

ただ、一つだけ、私が彼に与えられるものがあった。

 

「鹿島……さん……?」

 

温もり。

私が得た中で、もっとも簡単に人に伝えられるもの。

拓人くんを抱きしめると、こちらの服にも海水がしみこむのを感じた。

 

「私が貴方の為に出来ることは……今はこれくらいしかありません……。ごめんなさい……」

 

「ど、どうして君が謝るんだ……。君は何も悪くないよ……。むしろ……僕が謝らないといけないのに……」

 

「もっと……」

 

「…………」

 

「もっと……たくさん勉強して……たくさん触れ合って……きっと貴方を慰められるようになります……。今は……これで我慢してください……」

 

「鹿島さん……」

 

拓人くんはその温もりを確かめるように、私にそっと体を預けた。

 

「十分だよ……。十分伝わっているよ……。君は……優しいね……。優しい艦娘なんだね……。ありがとう……鹿島さん……」

 

 

 

それから彼は、何度か図書館を訪れ、共に勉学に励んだり、会話を楽しんだ。

時間にすれば、たった一週間程度の期間だったけれど、私たちはお互いの夢を語り合うほど、仲が良くなっていった。

 

「私の夢は、いつかこの戦争を終わらせて、人と共に暮らすことです。私には先陣を切って戦う能力は無いけれど、皆さんの力にはなれると思うんです」

 

「素敵な夢だね」

 

「拓人くんはどんな夢があるのですか?」

 

「僕? 僕は……そうだなぁ……。鹿島さんのように努力して、艦娘や皆に好かれるような人になりたい……かな……なんて……」

 

「素敵な夢ですね。きっと、拓人くんになら叶えられますよ!」

 

「そうかな……」

 

「私は拓人くん、好きですよ」

 

「え?」

 

「みんな知らないだけで、拓人くんは素敵な人だと思います。お話も面白いし、一人で勉強するよりも、拓人くんとしている時の方が楽しいから」

 

「そ、そっか……。へへへ……なんだか照れるな……」

 

「私達の夢は違うかもしれないけれど、たどり着く場所は同じだと思います。だから、一緒に頑張りましょうね」

 

「うん!」

 

そう誓った次の日、私は異動を命じられて、さよならも出来ずに――鎮守府へと派遣された。

その後すぐに戦争は激化して、拓人くんの事はすっかり忘れてしまっていた。

 

 

 

「戦争が終わって、僕は君に会いに行った。変わった僕を見て貰う為に……」

 

「……でも、私は気づけなかった。貴方の事を忘れていたし、別人のように変わっていたから……」

 

「そう……。そして……僕は知った……。君と彼が……恋仲になろうとしていることを……」

 

強い風が、雨雲を払ってゆく。

雨は弱まり、雲の合間からうっすらと、月が望めた。

 

「どうして……名乗ってくれなかったのですか……?」

 

「君に思い出してほしかったのもある……。だけど……それ以上に、僕はあの頃の……「拓人」が嫌いだった……。僕は変わったんだ。あの頃の「拓人」はもういない。君の知る「島田」が本当の僕なんだ……」

 

言いたいことは分かる。

けれど……。

 

「私は……「拓人くん」が好きでしたよ……。少なくとも……「島田さん」よりは……」

 

その言葉に、島田さんは深く目を瞑って、何かを思っているようであった。

 

「そんなはずはない……。僕は……あの頃夢見た僕になれたんだ……。君が素敵だと言った、僕に……。いじめられるような弱さも克服したし、好かれることだって……。……君からしたら、それは空虚なのだろうけれど」

 

「でも……きっと貴方が思っていたものとは、少しだけ違うのではないですか? そうじゃなかったら、貴方は苦しんでいなかった……。今、この時のように……」

 

島田さんは何も言わず、ただ項垂れた。

 

「島田さん……いや……拓人くん……」

 

「…………」

 

「貴方の夢は……まだ途中です……。今なら……まだやり直せます……。だから……」

 

「だから……君を諦めろって……?」

 

「え……?」

 

垂れ下がった髪を上げ、真っすぐ向いた島田さんの目は、あの頃の、夢を語っていた「拓人くん」のものであった。

 

「僕は君を諦めないよ。君が好きだから。君と共にあることが、僕の夢だから」

 

諦めの悪い男だとか、嫌悪感は無かった。

どこか、吹っ切れたというような、清々しさすら感じ取れる表情であった。

 

「吹っ切れたよ。確かに僕は……「島田」は酷いことをした……。認めるよ」

 

「…………」

 

「けど……それで君を諦めることはしない。君は言ったね……「拓人」が好きだと……。だったら……僕は「拓人」として、君を彼から奪って見せる……。正々堂々とね……。それが君の言う「拓人」のやり方なら、そうする」

 

私が口を挟もうとすると、先読みしていたと言うように、拓人くんは続けた。

 

「分かるよ。正々堂々ではないと言いたいのだろう。でも、僕はこの状況を利用させてもらう。「島田」として君たちにしてきたことを変えるつもりはない。僕がずっと言っているように、君と僕はあの訓練所に居なければならない存在なんだ。僕が手を回そうが回さまいが、いずれはそうなっていた。必然なんだ」

 

同じことを言われているはずなのに、今度ばかりは私は何も言えなかった。

彼を見る目が変わるだけで、受け取り方までも変わってしまうとは思わなかった。

 

「……車に戻ろう。霞君が待っている」

 

「…………」

 

「さあ」

 

手を引かれ、車へと戻る。

この手を振りほどくこともできた。

けれど、しなかった。

出来なかった。

だって――

 

「…………」

 

決意を固めたその瞳が、私を恋に落とした提督さんにそっくりだったから――。

 

――続く




次回、最終回です。
次で絶華シリーズは完全に終了となります。
新作の構想はありますので、またよろしくお願いいたします。
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