絶華   作:雨守学

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第3話

「吹雪、帰還いたしました!」

 

帰ってきてすぐなのか、吹雪は大量の荷物を持って俺の部屋を訪れた。

 

「お帰り。随分荷物があるんだな」

 

「飯田さんや本部の皆さんに頂きました。お菓子がほとんどですけど、司令官もお好きなものをどうぞ」

 

「俺は残ったものでいい。皆に分けて来いよ。待ってるぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

吹雪が部屋から出てゆくと、食堂の方で歓声が上がった。

 

「吹雪さん、帰って来たんですね」

 

同時に、鹿島が部屋に入ってきた。

 

「ああ。お前も貰ってきたらどうだ?」

 

「私はいいです。提督さんからの甘い愛情があるから……なんちゃって、うふふ」

 

「お前、恥ずかしくないのか……?」

 

「恥ずかしくないですよ。だって、それ以上に嬉しいことだから。えへへ」

 

あれからずっとこんな調子だな……。

 

……

………

…………

 

「俺と、恋人になってくれないか?」

 

そう言うと、鹿島は動かなくなってしまった。

 

「……鹿島?」

 

「あ……え……それって……その……あの……本当に……?」

 

その反応を見て、ハッとした。

 

「ああ、いや……本当のって意味じゃないぞ。表現はノリというか……」

 

「な、なんですか! ノリって……!」

 

「す、すまない……。ちゃんと説明しよう……」

 

そうか……。

鹿島は本気だったか……。

悪ノリが過ぎたな……。

俺は今までの経緯を説明した。

 

「――つまり、これから駆逐艦達が持つ親への感情が、恋に昇華する可能性があるということだ」

 

「なるほど……。って、それとこれとどう関係があるんですか!?」

 

「最後まで聞いてくれ。つまり、俺はそれを正しい方向に導かなきゃいけない。それには恋を知らないといけないんだ」

 

「……だから鹿島と恋人になってくれって? 形だけの恋人に……?」

 

「あれは表現がラフで悪かった……。まあ、なんというか、恋人みたいなことをしてみたいんだ。俺は本気で恋をしたことがないから、良く分からないし……。勉強だよ」

 

鹿島はじとーっとした目で俺を見つめた。

怒ってるな……。

 

「悪い……お前なら分かってくれるだろうと思ってたんだ……。言い方も悪かった……。他の奴に頼んでみる……」

 

「待ってください……」

 

「な、なんだ……?」

 

「どうして……鹿島なんですか……?」

 

「え?」

 

「どうして鹿島と……恋人みたいなことしたいんですか……?」

 

「それは今言ったように――」

「そうじゃなくて!」

 

今度は真剣な目で、俺を見つめた。

 

「鹿島じゃないと……駄目な理由が欲しいんです……」

 

「…………」

 

そう言うことか……。

 

「お前しかいないと思ったからだ」

 

「飯田さんがいるじゃないですか……」

 

「飯田は本部で忙しくて……」

 

「消去法じゃないですか!」

 

参ったな……。

いや、でも、そうだよな……。

鹿島じゃならない理由か……。

 

「…………」

 

どうして俺は鹿島に頼もうと思ったのだろうか。

恋人みたいなことをして、勉強しようと思った時、真っ先に鹿島の顔が浮かんだ。

鹿島が俺を好きだと言ってくれていたから?

いや、それは後だ。

先に浮かんだのは、鹿島の顔だ。

何故だ?

 

「分からない。ただ、真っ先に浮かんだのはお前の顔だった……」

 

「…………」

 

「これは本当だ……。何故なのかは……俺にも分からない……。お前とずっと一緒に居たからなのかもしれないし、別の理由なのかもしれない……」

 

それが全てだ。

鹿島も分かってくれたのか、それ以上責める事をしなかった。

 

「こんなに面倒くさい女でも……提督さんはまだ私でもいいと思いますか……?」

 

「ああ、お前がいい」

 

そう言うと、鹿島は俯き、震え出した。

 

「鹿島……?」

 

覗き込むと、そっぽを向いてしまった。

 

「ど、どうしたってんだ……。怒ってるのか?」

 

「その逆です……」

 

「え?」

 

「とっても嬉しいんです。嬉しくて……だらしない顔してるから……」

 

「……どんな顔だ?」

 

「こんな顔です!」

 

鹿島はぱっと振り向くと、満面の笑みを見せた。

 

「フッ……なんだ、心配したよ」

 

「えへへ、ごめんなさい。だって、シリアスにしてないと、顔がにやけちゃいそうで……。どんな理由であれ、鹿島を真っ先に選んでくれたのは、とっても嬉しい!」

 

とはいえ、途中で理由を求めたりしたのは、嬉しさを隠すためだけとは思えなかったけどな……。

 

「分かりました。鹿島、提督さんの恋人になります! 形だけだけど、いつか本当の恋人になりましょうねっ! えへへ」

 

「ああ、そうだな」

 

「あ! 言いましたね!? 今のは本当じゃないと、今度は許しませんから!」

 

「ああ、分かった。よろしくな、鹿島」

 

予想外の返しだったのか、鹿島は大人しく、俺の差し出した手にそっと自分の手を重ねた。

 

…………

………

……

 

「今度、仕事が片付いて、駆逐艦たちが学校へ行っている時に、「街」に行こうか」

 

「デートですか!?」

 

「ああ。恥ずかしながら、異性と「デート」という形で街を歩いたことが無いんだ。体験してみたい」

 

「積極的ですね、提督さん」

 

「まあ勉強の為だしな。それに、たまには二人で息抜きでもしたいと思っていたしな。ここ数か月、お前には世話になりっぱなしだったし」

 

「提督さん……」

 

「その為に、今は仕事を片付けよう。吹雪の様子も随時報告しろと上からの命令だ。大変だぞ」

 

「分かりました! 全力で参ります!」

 

そんなことで仕事にかかり始めた時だった。

本部より一本の電話が入った。

これからって時に、もう吹雪の事か?

 

「はい、こちら第二寮」

 

『飯田です』

 

「飯田。どうした? 吹雪の事なら元気そうにやってるぞ」

 

『それは何よりです。それよりも、ちょっと厄介なことになりまして……。こちらへ来ること、できますか?』

 

「ああ、大丈夫だ。……何かあったのか?」

 

『実は……霞ちゃんの件で……』

 

霞か……。

 

「「また」何か起こしたのか?」

 

『この前配属になった第五駆逐艦寮で、朝潮ちゃんと揉めてしまって……』

 

「行き先が無いんだろう」

 

『……その話は本部でしましょう。何時ごろ来られそうですか?』

 

「そうだな……。今からだと、お昼前には着きそうだ」

 

『ちょっと待っててください』

 

電話が保留になる。

隣で聞いていた鹿島は、不安そうな表情を見せてていた。

 

「霞ちゃんの件ですか?」

 

「ああ、また問題を起こしたらしい。朝潮と喧嘩したようだ」

 

「そんな……。朝潮さんが駄目なら、もう……」

 

保留音が切れた。

 

『お待たせしました。今、上の者と話しました。午後からは忙しいので、お食事をしながら……という形を取りたいのですが……』

 

「ああ、構わないよ」

 

『では、お弁当を用意しておきます。近くに着いたら、インターホンで呼んでください』

 

「ああ、分かった。ではまた……」

 

電話を切ると、鹿島が心配そうにこちらを見ていた。

 

「本部へ行くことになった。すまないが、留守を頼む」

 

「はい、大丈夫です。提督さん……霞ちゃんですが……」

 

「ああ、うちに来ることになるだろうな。もう行き先はここしかないんだろう」

 

「昔はいい子だったのに……どうしたんでしょう……」

 

「そうだな……」

 

 

 

飯田と合流し、広い会議室へと案内された。

机には弁当とお茶が四つずつ置かれている。

 

「今呼んだので、座って待ってましょう」

 

飯田と俺、そして、向かいに誰か二人が座るようだ。

 

「もう一人は誰だ? 上官と……?」

 

「霞ちゃんです」

 

「霞本人か」

 

「会うのは久しぶりですか?」

 

「ああ、指導した以来だ」

 

そんな話をしていると、霞と上官が部屋へ入ってきた。

 

「待たせたかな」

 

「いえ」

 

「こんな形で話すことになってすまない。最近忙しくてね」

 

霞の方を見ると、俯き、暗い表情をしていた。

 

「さて、今日の弁当は何かな? おぉ、幕の内か。飯田君が用意したのかね?」

 

「はい。最近は油ものがきついと仰ってましたので……」

 

「これは気を遣わせたね。ささ、君も遠慮せず食べてくれたまえ」

 

「いただきます」

 

霞は何も言わず、黙々と弁当を食べ始めた。

俺たちも何を話していいのか分からず、しばらくは黙々と弁当を食べていた。

 

「ふぅ……ご馳走様」

 

上官は忙しいのか、すぐに弁当を食べ終えた。

 

「さて……食べながらで悪いが、話をさせてくれ。ああいや、箸は止めなくていいんだ」

 

一呼吸おいてから、上官は話し始めた。

 

「知っての通り、霞君は他の子と……なんというか、上手く生活できないようなんだ。何度か寮を変えてみたのだが、彼女には合わなかったようでね」

 

霞の事は、噂で何度か聞いていた。

初めて配属になった寮で、他の駆逐艦と大喧嘩をして以来、寮を転々としているらしい。

行く先々で問題を起こしては、引っ越しを繰り返しているとのことだった。

 

「正直、大人しく何も問題のない第二寮にこんなことを頼むのは気が進まないが……霞君を置いてやってはくれないかね? 他に頼んでもみたのだが……」

 

やはりそう来たか。

 

「先輩……」

 

「喜んでお受けいたします。そのつもりで来ましたから」

 

「本当に申し訳ない……。今、霞君は本部預かりなんだ。そちらの準備が整い次第でいいから、お願いしたい」

 

「こちらは準備できてます。今日からでも問題ありません」

 

「流石、第二寮だ。霞君、君はどうかね。今日からでも大丈夫か?」

 

霞は一つ頷くだけだった。

 

「先輩、私もサポートします。何でも言ってください」

 

「ああ、ありがとう」

 

「良かったな、霞君。おっと……そろそろ失礼しないと……。君達はゆっくりしていきなさい。飯田君、あとは頼んだよ」

 

「はい!」

 

上官を見送り、俺たちは再び席に着いた。

 

「いい人だな」

 

「はい。私も良くしてもらっていて――」

「バッカみたい」

 

ぶっこんできたのは……言わずもがな――。

 

「へらへらして、結局は逃げてるだけじゃない。腹の底では、私の面倒を見なくて済んだーなんて思ってるわ」

 

「ちょ、霞ちゃ……」

 

俺は飯田に止めるようジェスチャーをした。

 

「それで?」

 

俺がそう聞き返すと、霞は眉を顰め、再び弁当を食べ始めた。

 

「……それだけよ」

 

「そうか」

 

飯田は不思議そうな顔で俺を見つめた。

 

「飯田、食べないのか?」

 

「……食べますけど」

 

それからは静かな時間が進んだ。

 

 

 

食事を終え、霞が荷物をまとめている間、飯田とコーヒーを飲みながらそれを待った。

 

「先輩、霞ちゃんとなにかあったんですか?」

 

「何かって何が?」

 

「霞ちゃん、いつもより大人しいっていうか……。さっき先輩が聞き返した時も、普通ならもっと悪態をつくのに……」

 

「まあ、あいつとは長かったからな。戦場に出すのに、一番時間がかかった艦娘だ」

 

「そうだったんですか……。もしかしたら、霞ちゃん、先輩にならちゃんと接してくれるかもしれませんね」

 

「他の奴は駄目だったのか?」

 

「えぇ、私もあまり好かれてないようです」

 

あいつとは色々あったからな……。

たくさんぶつかって、本音を言い合って、お互いを理解するのに時間をかけたっけか。

最後は感謝してくれるくらいにまではなったけど、それくらいあいつとぶつかってないと難しいのかもな……。

 

「まあ、あいつはあいつなりに考えてやっているらしいんだ。中々理解されない事が多いけどな」

 

「そのようですね……」

 

「俺も好かれてんのか良く分からないけど、努力はしてみるよ。ほかの奴よりはマシだろうしな」

 

「すみません……。よろしくお願いいたします」

 

 

 

霞の荷物は、段ボール一箱しかなかった。

 

「先輩、霞ちゃんをよろしくお願いします。霞ちゃんも、またね」

 

霞は飯田を無視し、車の助手席に座った。

 

「あはは……駄目ですね……」

 

「後で言い聞かせておくよ。では、また」

 

霞は既にシートベルトを締めており、車窓を向いていた。

 

「出すぞ」

 

手を振る飯田が小さくなってゆくのをバックミラーに見ながら、本部を後にした。

 

 

 

寮へ向かう途中の車内は、とても静かだった。

あれから俺も霞も、一言もしゃべっていない。

霞はどう思っているのか分からないが、俺は霞の言葉を待っていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

信号待ちの時間が、とても長く感じる。

 

「……この車」

 

霞は車窓を向きながら、小さく言った。

 

「ああ、あの時のままだ」

 

「そう……」

 

また沈黙。

だが、しばらくして――。

 

「戦時中に……一回だけあんたを見たわ……」

 

「どこで見たんだ?」

 

「横須賀……。くっだらないカレーイベントの時……」

 

「ああ。そう言えばそんなのに参加してたな。お前も来ていたんだな」

 

「うん……」

 

また沈黙。

そして、またしばらくして――。

 

「あの飯田って人……あんたの後輩なの……?」

 

「そうだ。気に入らないか?」

 

「別に……普通……」

 

「そうか」

 

また沈黙。

この繰り返し。

霞は話しかけられるより、話したいと思う時に話させてやるのが一番いいのだ。

話したくもないのに会話を持ちかけられると、不機嫌になる。

だから、そっとしておくのが一番だ。

お節介には難しいだろうけど。

 

「ねぇ……」

 

「なんだ?」

 

「私が来て……迷惑でしょ……? あんた……断れない性格だから……」

 

本当に話したかったことは、それか。

本音を出すまでに時間をかける癖は健在だな。

 

「正直、心配はしている。でも、お前の事だ。何か理由があるんだろう?」

 

霞は黙ったまま、窓に頭を預けた。

 

「朝潮とどんな喧嘩をしたんだ?」

 

「……私が寮長の言うことを聞かなくて、姉さんが怒っただけ……」

 

「珍しいな。お前なら、朝潮の言うことは聞きそうだが」

 

「うん……。でも、姉さんは人間の言うことを聞かなきゃダメって言ってて……私は……」

 

そこまで言うと、霞は俺の方を向いた。

 

「ねぇ……私達は人の為に戦ったの……。なのに、こんな仕打ち……ありえない……」

 

霞の目が、俺に同意を訴えているようであった。

誰も理解してくれないと、助けを求めるようであった。

 

「なるほどな。そう訴えて、問題児扱いされてきたんだな」

 

「皆おかしいわ……! 人と共存するためって……どうして私達だけがそんなことをしなきゃいけないのよ……! どうしてその状況で、皆笑ってられるのよ……!」

 

霞のように考える艦娘が出てきても、おかしくは無いと思っていた。

それでも、皆それを押し殺し、人と共存するために努力している。

俺たちは、それに甘んじているのが現実だ。

 

「お前の気持ちは良く分かる。艦娘だけが人間の為に努力するのはおかしいと思っている」

 

「そうでしょう……!?」

 

「けど、人間は何もしていないかと言われれば、そうではないんだ。庇うつもりはないが、人は艦娘に怯えているわけじゃない。自分の中の疑心と戦っているんだ」

 

「疑心……? その為に艦娘を拘束して、安心を得ているだけじゃない!」

 

「そうだ。それが現実だ」

 

「やっぱりあんたも――!」

 

そう言いかけて、霞は黙った。

ハンドルを持つ俺の手に、力が入っているのに気が付いたのだろう。

しばらくの沈黙が続く。

 

「……ごめん」

 

俺が黙っていると、霞はチラリとこちらを見た。

 

「ねぇ……」

 

「…………」

 

「ねぇってば……」

 

「…………」

 

「怒ってるの……? ねぇ……」

 

「…………」

 

「……謝るから。だから……黙らないで……。怒らないで……。あんたたちがちゃんと努力してくれてるのは分かってるから……。お願い……」

 

霞の震える手が、俺の袖を掴んだ。

 

「ねぇ――」

 

だが、俺の口元が緩んでいるのを見て、思いっきり突き放した。

 

「おい、危ないだろう」

 

「最低! あの頃と何にも変わってないじゃない!」

 

「お前も何も変わってないじゃないか。ちゃんと分かっているのに、反省しているのに、こうでもしないと口に出さない」

 

「…………」

 

「……どうして今まで、そう出来なかった」

 

「…………」

 

「霞……」

 

「……皆が皆、あんたみたいに私の気持ちを理解しようとはしないのよ」

 

「それは誰でも、自分の気持ちを理解しようとしない相手を理解しようとはしないだろう」

 

「でも、あんたは違うじゃない……」

 

「俺はお前と長いこと居たから、お前がちゃんと理解しようとしてくれてるのを知っていた。だが、最初から心を開いて話そうとしなければ、誰だってお前と対立して終わるだろう」

 

霞は相手の事を理解はしてくれる。

だが、頭の中では相手を尊重していても、自分の考えを相手に理解させ、妥協点を見つける力がない。

心を開いて話すというのは、お互いを尊重しあい、寄り添うことが前提条件にあると言ってもいい。

しかし霞は、自分の考えを正当化するために、他人の考えを踏み台にしてしまう。

だから、喧嘩が起こる。

 

「……分かってるわよ。自分が悪いって……。皆の言うように、寄り添うっていうのは、そう言うことだって……。でも……どうしても口が悪く出ちゃうの……」

 

段々と、霞の本当の気持ちが出てきたな。

問題を起こしていると聞いて、変わってしまったのかと思ったけれど、他人に上手く気持ちを伝えられないだけなんだな。

霞の性格を知っていれば、時間をかけてでも接しようと思うけど、新しい環境には合わなかったようだ。

 

「甘えてるのは……私よね……。そしてまた……こうしてあんたにお世話にならなくちゃいけなくなってる……」

 

「…………」

 

「ごめんなさい……」

 

遠くに、第二寮が見えて来た。

 

「そう思ってるのなら、あの寮で上手くやれるか?」

 

「……分からない。でも……もし私が間違った方向に行こうとしたら……」

 

「ああ、俺が正しい方へ修正してやる」

 

「本当……?」

 

「もちろんだ。その代り、お前も自分で分かっていることをしっかりと意識するんだぞ」

 

「……分かったわ」

 

俺が小指差し出すと、霞は躊躇った後、自分の小指を絡めた。

 

「約束だ」

 

「うん……」

 

 

 

寮に着くと、皆が霞を歓迎した。

こうも手厚く歓迎されると、霞も嫌がるはずだったから冷や冷やして見ていたが、本人は嫌がる様子もなく、流されるまま皆に手を引かれ、どこかの部屋へと消えていった。

 

「提督さん」

 

「鹿島」

 

「あの様子ですと、提督さん、霞ちゃんと何かありましたね?」

 

「まあ、ちょっと話をしただけだ」

 

「ウフフ、流石、私の提督さんですね」

 

「変な言い方をするな……。それよりも、霞に言われたよ。艦娘は人間の為に戦ったのに、この仕打ちは酷いってな……。お前も、そう思ったりするのか?」

 

「そう思う艦娘もいるでしょうね……。私はあまり思いませんけど……」

 

「そうか……」

 

「でも、提督さんが真面目に艦娘目線に立ってくれてるって分かってますから、そう思えないのかもしれません。あ、真面目なお話ですよ?」

 

「ああ、ありがとう鹿島」

 

「えへへ」

 

そう思ってくれるのは嬉しい。

だが、霞もそうだが、俺以外の人間に、果たして同じ態度をとることが出来るだろうか……。

外に出た時、上手くやっていけるのか……心配だ……。

 

 

 

あれから霞は、問題なく寮に溶け込むことが出来ており、時折笑顔も見られるようになった。

吹雪を尊敬しているようで、何かと話題にあげている。

 

「私も、吹雪さんみたいになりたい……。私の持ってないものを全部持ってて……私とは逆の存在で……」

 

「またその話か」

 

「あんただって……ああいう子の方が好きでしょ……?」

 

「まあ、素直な方が可愛げはあるな」

 

そう言うと、霞はつまらなそうに机に伏した。

 

「ここの子たちは皆いい子ね……」

 

「ああ。やんちゃだけどな」

 

「私……輪を乱したりしてないかな……。ねぇ……」

 

「心配性だな」

 

「だって……」

 

「皆、新しい仲間だって喜んでいる。お前も、素直に向けられた笑顔には、素直に反応してやれ」

 

「……うん」

 

寮を転々としてきた霞にとって、ここは居心地がいいのだろう。

だからこそ、ここまで心配してしまうのだろうな。

 

「あんたはどう思ってるのよ……」

 

「何が?」

 

「私が入ってきて……どう思ってるのよ……」

 

「そうだな……。毎日飽きもせず、こうやって部屋に入ってきては、弱音ばかり吐いてるお前が面白くて仕方がないよ」

 

「悪趣味……」

 

「そう思うのなら、嬉しかったことの一つでも話してくれないか? こっちまで気分が滅入ってしまう。それこそ、お前の弱気な面を拝むことしか楽しみがないくらいにさ」

 

霞は少しムッとした表情をした後、そっぽを向いてしまった。

 

「霞」

 

「……嬉しかったことなんて……ありすぎるわよ……」

 

「……例えば?」

 

「電から交換日記をしようって言われた事とか……鹿島さんからお菓子を貰ったこととか……」

 

「それから?」

 

「それから……? それから……」

 

霞は少し溜めてから、零すように言った。

 

「……本当に嬉しかったのは、皆が私を受け入れてくれたこと……よ」

 

霞の表情は見えなかったが、耳がほんのりと赤く染まっていた。

 

「……そうか。多分、皆もお前を仲間に迎えられて、嬉しかっただろうよ」

 

「…………」

 

「もちろん、俺もだ」

 

霞はこちらに顔を向けると、俺をじっと見つめた。

 

「どうした?」

 

「……別に」

 

そして、また同じようにそっぽを向いて、それ以降しゃべることは無かった。

 

 

 

「いい傾向ですね」

 

レポートを見て、飯田は嬉しそうな表情を見せた。

 

「流石先輩ですね!」

 

「あいつらが霞を受け入れてくれたおかげだ。俺は何もしていない」

 

「嘘です! ちゃんと鹿島さんのレポートに書いてあります」

 

あいつ……。

チェックしたときはそんな文章なかったんだけどな……。

 

「とにかく、霞はちゃんとやってるよ。問題ない。引き続き様子は見るがな」

 

「お願いします」

 

一呼吸おいて、俺は本題に入った。

 

「……それで? わざわざ本部に呼び出すってのは、また何かあったのか?」

 

「はい。実は、外部から雑誌の取材が来てまして……」

 

「取材?」

 

「はい。なんでも、艦娘の実態についての取材だとかで……」

 

「そんなの断れ。変な事を書かれたらどうする?」

 

「そうなんですけど、上が取材を受け入れたようなんです。艦娘をもっと知ってもらいたいからって……」

 

「相変わらず能天気な奴らだ……」

 

そう言うと、飯田は申し訳なさそうに俯いた。

 

「……まさかとは思うが」

 

「はい……。第二寮を取材させてあげてほしいんです……」

 

「一応……理由を聞こうか……」

 

「一番大人しくて……問題が無くて……それで……」

 

飯田はしどろもどろに、時折言葉につまりながら理由を話した。

 

「……もういいよ。本当の事を言ってくれ」

 

「……本当の事を言うと、どこの寮からも拒否されてしまって……。もう第二寮しか……」

 

「はぁ……やはりそうか……」

 

「私だってこんなこと頼みたくないです! 先輩の寮を最後にしたのだって……!」

 

「ああ、分かってるよ」

 

「先輩……」

 

飯田は今にも泣きだしそうな顔をした。

本当に困った時に出る顔だ。

 

「……分かったよ。だが、長居はさせないでくれ。それと、俺がいないところで艦娘に話しかけることをしないでもらいたい」

 

「あ……ありがとうございます! その条件で話します! 取材はいつからなら……?」

 

「すぐにでもいい。とっとと終わらせたいからな」

 

「分かりました。では、少しお待ちいただけますか?」

 

「ああ」

 

そう言うと、飯田はそそくさと部屋を出ていった。

 

「はぁ……」

 

俺は携帯で寮へ電話し、事情を説明した。

 

 

 

数分後、飯田が連れて来たのは、俺の嫌いな八の字眉のへらへらした男だった。

 

「どうもどうも、――の谷田部と申します」

 

「……どうも」

 

「先輩……あとお任せしても……」

 

「ああ」

 

飯田が申し訳なさそうに部屋を出ると、谷田部は近くにあった椅子に深く腰かけた。

 

「本部は広いですねぇ。汗だくだ。さて、早速ですが……」

 

「汗が引くまで待つ。俺の車を汚されては敵わん」

 

「これは失敬。では、それまでの間、少しばかり貴方に取材しても?」

 

「ああ。出来ることなら、それで全てを済ましてもらいたいものだがな」

 

「あまり歓迎されてないようですねぇ」

 

「当然だ……」

 

「悪いようにはしませんよ。さて、早速ですが質問させてください」

 

「…………」

 

「まず……」

 

それから、谷田部の質問に短く応えた。

変な事を聞かれるかと思ったが、案外退屈な質問が多く、肩透かしを食らった気分だ。

 

「なるほど。ありがとうございました。さて、汗も引いたことですし、早速艦娘に会わせて欲しいのですが」

 

「ああ……」

 

艦娘の実態を取材すると聞いて、かなりの抵抗はあったが、案外悪い奴じゃないのか……?

 

 

 

寮に近づいた時、谷田部が声をあげた。

見ると、寮の前に艦娘たちが集まっていた。

 

「お出迎えとは、よく出来た娘たちですね」

 

車を降りると、皆が一斉に挨拶をして、谷田部を迎え入れた。

おそらく、鹿島が指示したのだろうな。

 

「ようこそ。練習艦の鹿島です」

 

「これはどうもご丁寧に。谷田部と申します。早速ですが、いくつか質問が……」

 

「待て。ここではなんだ。俺の部屋へ行こう」

 

「それもそうですね」

 

鹿島は俺の方を不安そうに見つめた。

 

「大丈夫だ……」

 

小声でそう言ってやると、鹿島は頷き、皆を部屋に戻らせた。

 

 

 

「――なので、私たち艦娘は、人と共存する為に努力しています」

 

「なるほど。やはり、悪者は人間ですねぇ。ありがとうございました」

 

「いえ」

 

谷田部はやはり、退屈な質問しかしなかった。

鹿島も谷田部の事を信用しているようだし、俺が警戒し過ぎか……?

 

「……っと、ちょっとトイレへ」

 

「あ、トイレは部屋を出て右奥にあります」

 

「これはどうも」

 

谷田部が部屋を出ると、鹿島は小さい声で言った。

 

「悪い人じゃなさそうですね。取材って聞いたから、不安でしたけど」

 

「そうだな……」

 

「提督さんはあまり……?」

 

「どうだろうな……。だが、あんな退屈な質問ばかりするのは、引っかかるものがあるな……」

 

「……と言いますと?」

 

「谷田部は艦娘の実態を取材しに来たと言っていた。こう言っちゃ、お前たちに申し訳ないが……あの手の連中が知りたいのは、艦娘が危険な存在なのかどうか……ということだろう」

 

「そうですね……」

 

「なのに、あいつはその事を避け、退屈で、艦娘に聞かなくてもいいような質問ばかりしている」

 

「でも、いい人なのかもしれませんよ」

 

「俺もそう思いたい。だが……」

 

心の中に引っかかるものをなんとか払拭しようと、プラスに考えてはみたものの、やはりそれが取れることは無かった。

 

 

「霞ちゃん、だよね」

 

トイレから戻る途中、取材に来た男に声をかけられた。

 

「……そうだけど」

 

「君と話がしたかったんだ」

 

「私と……? あいつの許可は取ったの……?」

 

「もちろん取ってある。君と二人で話をしたいと言ったら、構わないと」

 

この男……何だか嫌な感じするのよね……。

でも、あいつが許可を出したってことは……。

 

「君の部屋でどうかな」

 

「はぁ……いいけど……」

 

 

 

男は部屋に入ると、物珍しそうに部屋を見まわした。

 

「質素な部屋だね」

 

「悪い……?」

 

「いや、そう言う意味ではないんだ。いい部屋だなと思ってね」

 

「……で? 何を聞きたいのよ?」

 

「おっと、そうだった。では早速……」

 

男は何やら小さな機器を操作すると、目の前に置いた。

 

「何それ?」

 

「ボイスレコーダーだよ。知らないのかい?」

 

「えぇ……まあ……」

 

「そうか……。それもそうだよね……。ずっとこんなところに隔離されてるから……」

 

「…………」

 

「そう言えば、君、人と艦娘の関係に不満があるようだね」

 

「え……?」

 

「正直、私も艦娘が不憫で仕方がないんだ。人の為に戦ったのに、こんな仕打ちはあんまりだろう」

 

私と同じ考え……。

 

「その辺り、詳しく聞かせてくれないかな? 君たちの力になりたいんだ」

 

そう言うと、男はニヤッと笑った。

 

 

「遅いですね……谷田部さん……」

 

あれから十分ほど経っていた。

 

「流石に心配になってきましたね……。倒れてたりしたら……」

 

嫌な予感がした。

 

「様子を見てくる」

 

「あ、はい」

 

 

 

トイレに谷田部の姿は無かった。

 

「提督さん、どうでしたか?」

 

「谷田部がいない……」

 

「え!?」

 

その時だった。

霞の部屋のドアが開いて、谷田部が出て来た。

どうして霞の部屋から……。

 

「おい……!」

 

「いやぁ、すみません。部屋を間違えてしまいまして」

 

「間違えた……? 俺の部屋は一番端っこだ。こんな真ん中の部屋……どうやったら間違えるんだ!?」

 

そう言うと、谷田部は深いため息をついた。

 

「艦娘に取材をしただけですよ」

 

「俺がいない時に艦娘へ話しかけるなと条件を付けたはずだ……!」

 

「えぇ、話しかけてません。私は独り言を言っていただけです。それに彼女が勝手に反応していただけです」

 

こいつ……やはり……!

 

「鹿島、本部へ連絡しろ……」

 

「は、はい……!」

 

谷田部はやれやれといったようなジェスチャーを見せた。

 

 

 

「先輩、すみませんでした……」

 

本部から駆けつけた飯田は、深々と頭を下げた。

 

「いや……俺も油断していた……。謝るのはこっちの方だ……」

 

後ろの方で、谷田部が屈強な男たちに腕を掴まれていた。

 

「痛い痛い。今ので折れたかもしれません。こう野蛮な海軍がいる環境では、艦娘が人類に反逆する日も近いでしょうね!」

 

最後の方は、俺の方をじっと見つめながら叫んでいた。

 

「……それで、霞ちゃんは無事ですか?」

 

「ああ……鹿島が面倒を見ている。だが……かなりショックを受けているようで……」

 

「心のケアが必要なら、専門の人間を……」

 

「いや……とりあえず待ってくれ。俺が霞と話してみる」

 

「分かりました……。あと……ボイスレコーダーのデータが削除されてしまって……。これからあの谷田部という男が何を書くか分かったものではありません。霞ちゃんが何を聞かれ、どう答えたのかを……その……」

 

飯田は言いにくいのか、俯いてしまった。

 

「……霞ちゃんの事は信用しています。でも……一応……今後の為に……その……」

 

俺は飯田の肩を叩いた。

 

「先輩……」

 

「分かってる……」

 

俺は飯田を残し、寮へと戻った。

 

 

 

「入るぞ」

 

中から鹿島の返事があって、俺は霞の部屋へと入った。

 

「提督さん……」

 

霞は俯き、震えていた。

 

「鹿島、外してくれないか。霞と二人で話がしたい」

 

「は、はい……。霞ちゃん、あとでね……」

 

鹿島が部屋を出るのを確認し、俺は霞の隣に座った。

 

「霞――」

「ごめんなさい……」

 

震える声で、そう言った。

 

「何故謝る」

 

「あいつの言うことを……信用しちゃったから……。あんたの許可を……取ってるって……」

 

「俺が目を離したのが悪いんだ。お前は悪くない」

 

「でも……!」

 

「霞……」

 

沈黙が続く。

 

「……ごめんな。辛い思いをさせてしまったな……」

 

背中を撫でてやると、霞はぽろぽろと涙を流し始めた。

泣くところなんて、初めて見た。

 

「谷田部の奴に……何を聞かれたんだ……?」

 

霞は呼吸を整えてから、小さな声で語り始めた。

 

……

………

…………

 

「君は人と艦娘の関係について、どう思っている?」

 

「どうって……。艦娘は艦娘で、人間は人間で……」

 

「そうじゃない。人間が艦娘を隔離していることについてだ。艦娘は解体され、人間と変わらない存在となった。なのに、深海棲艦と化す可能性があるからという根拠のない理由で、君たちはこんな生活を強いられている」

 

「…………」

 

「人間に反逆したいという気持ちはない?」

 

「はぁ……? 何それ……」

 

「人間は君たちを恐れている。だから隔離している。そして、君たちは素直にそれを受け入れている。さあ、考えて。人類と艦娘、どっちが優位に立っているか」

 

男の言いたいことは分かってた……。

私だって、一回はそういうことを考えて来たから……。

 

「言わずもがな艦娘だ。君たちが受け入れなければいい。反逆すればいいんだ。なぜそれをしない? 君だってそう思っているだろう。へらへら人間の言うことを聞いて、おかしいと思わないのかって」

 

「…………」

 

「艦娘は人類を救ってきた。なのにこの待遇。今こそ、それを訴え、外の世界に飛び出すときじゃないのか?」

 

男の言うことは、私の考えと同じだった……。

だからこそ、艦娘を理解してくれている人だと思った……。

でも……。

 

「確かにそうかもしれない……。でも……反逆はしない……」

 

「どうして?」

 

「人間は……悪い人ばかりじゃないから……。私たちの気持ちに立って……どうしたら共存できるか……一生懸命考えてくれている人もいるから……」

 

「…………」

 

「だから私たちも……耐えられるんだと思う……。笑顔でいられるんだと思う……。少なくとも、私は――」

「ッチ……」

 

男は急に険しい顔になった。

 

「化け物と人間が共存出来るわけないだろ……」

 

「え……」

 

「この世界は人間の世界なんだ。お前たち艦娘は、元は深海棲艦だったという説もある。つまり、人類の敵なんだよ……」

 

「あんた……急になに……?」

 

「正直に言おうか。私はね、君から「反逆する」という言葉が取りたかったんだよ」

 

「どういう……こと……?」

 

「お前たちが反逆をするとなれば、人類はもっとお前たちを外の世界から遠ざけることだろう。私の狙いはそこなんだ」

 

私が唖然としていると、男は笑った。

 

「化け物が人間と共存できるわけがない。お前たちは、人間を油断させて、この国を支配しようとしているんだ」

 

「そ、そんなこと……!」

 

「分からないだろう。お前たちが深海棲艦で、記憶を失っているだけで、それがよみがえれば……」

 

私が何も言えないでいると、男は続けた。

 

「いずれにせよ、化け物を人間の世界に放つことはさせない。それは国民の……いや、人類の総意だ」

 

「そんな……」

 

「お前に優しくしているとか言うそいつらも、心の底では思っているよ。上手く手なずけて、言うことを聞かせなければ……ってね。つまり、ご機嫌取りだ」

 

「……違う。あいつは……そんな奴じゃない……!」

 

「あいつって、あの男か? ハッ……! そうやって疑問を持たないところが、もう既に手なずけられている証拠だ」

 

「違う……!」

 

「分かったわかった。もういい。君は駄目だ。ご協力感謝するよ」

 

「待ちなさいよ!」

 

「おっと、手を出すかい? いいよ。やってごらん。さあ!」

 

「…………!」

 

「いい子だねぇ。私に手を出したら、それこそ艦娘の株は下がる。反逆と一緒だ。今度は君みたいな賢い艦娘じゃなく、もっと馬鹿な化け物に話を聞かないとな」

 

そう言うと、男は部屋から出て行った。

 

…………

………

……

 

俺はあまりの事に言葉を失っていた。

 

「私……あいつに言われて……悔しくて……でも……否定できなくて……」

 

「…………」

 

「けど……あんたを信用してる事は……今でも曲げられない……! 例え男の言うように手なずけられてるだけでも……私は……あんたを信用する……! あんたは……私を受け入れてくれたから……!」

 

「霞……」

 

そっと抱きしめてやると、霞は再びぽろぽろと涙を流した。

 

「ありがとう……霞……。俺もお前を信用している……。お前たちは化け物なんかじゃない……人類の敵でもない……。俺たちは……同じ存在だ……」

 

「司令官……」

 

霞がそう呼んだのは、初めての事だった。

 

「俺も戦う……。共に戦う……。だから……」

 

気が付くと、俺の頬にも涙が伝っていた。

そしてお互いに、お互いの声をかき消すように、大声で泣いた。

 

 

 

どれだけ泣いたか分からない。

ただ、空の色は、もうすっかり夕焼けに染まっていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

俺たちは二人、部屋の壁にもたれるように座り、ただぼうっとその景色を見ていた。

 

「……こんなに泣いたのは、ガキの頃以来かもしれない」

 

「傑作だったわよ……。あんたの泣き顔……」

 

そう言うと、霞は俺の方を向いて、微笑んだ。

 

「お前だって、俺の事を司令官だなんて呼んで」

 

「あれはつい……」

 

遠くでカラスが鳴いている。

いつもこの時間帯は、寮が騒がしいはずだった。

きっと、皆が俺たちを心配して、静かにしているのかもしれない。

 

「……ありがとうな」

 

「何がよ……」

 

「信用してくれて……。辛い思いをしてまで……あの男に抵抗してくれて……」

 

「別にあんたの為じゃないわ……。艦娘の為よ……」

 

「そうかい……」

 

俺が俯いていると、霞はそっと寄り添い、頭を預けた。

 

「ねぇ……甘えていい……?」

 

霞は俺の返事を待たず、抱き着いた。

先ほどと同じように、そっと抱き返し、頭を撫でてやった。

 

「お礼を言うのは……私の方よ……。あんたが受け入れてくれなかったら……きっと……」

 

「そんなことは無い。俺無しでも、きっとお前なら答えを見つけていた」

 

「そうかな……」

 

「そうさ……」

 

ふと、扉の方を見ると、鹿島を含む皆がこちらを覗いていた。

霞は顔をうずめていたから気が付いていないようだ。

鹿島に頷くと、分かってくれたのか、ほっとしたような顔を見せて、皆を退散させた。

 

「でも……」

 

「?」

 

「でも……あんたがいなかったら……こうすることは出来なかった……」

 

「……誰かに甘えたかったのか?」

 

そう言うと、霞は顔を真っ赤にして、小さく頷いた。

そうだよな……。

こいつも、まだ幼いもんな。

こんなに小さい体で……あんな大きな不安を抱えていたなんて……。

こうでもしない限り、気づくことが出来なかったのかもしれないな……。

 

「馬鹿にする……?」

 

「しないよ」

 

「……時々でいいから……甘えさせて……。不安になること……たくさんあるの……。あんたになら……話せるし……」

 

「ああ、分かった」

 

再び撫でてやると、霞はそのぬくもりを確かめるように、深く目を瞑った。

 

 

 

翌日、谷田部の所属する――社から、お偉いさんが謝罪に来た。

谷田部は、反艦娘の人間だったようで、――社はそれを把握していなかったようだった。

 

「記事は無しになりました。谷田部という男は自主退職するそうです」

 

「そうか……」

 

「先輩……。あの……本当にごめんなさい……」

 

「いや。色々あったが、霞とより仲良くなることが出来た。雨降って地固まるって奴だ」

 

そうやって笑って見せると、飯田は安心したような表情を見せた。

 

「これからは艦娘の事をもっと表に出せるよう、より努力しようと思う」

 

「私も協力します! あ……迷惑がかからないように……」

 

「フッ……そうだな。期待しているよ」

 

昔のように撫でてやると、飯田はこれまた昔のように、嬉しそうに跳ねた。

 

「そうだ。今日はこれも持って来たんだ」

 

「「街」への外出申請ですか」

 

「ああ。鹿島と二人で行こうと思ってな」

 

「鹿島さんと……? それまたどうして? 鹿島さんなら、もう一人でも大丈夫ですよ? 資格もこの前郵送したので、届いてると思いますけど……」

 

「ああ。あいつとデートするんだ」

 

「え……デート……?」

 

「ああ、これも艦娘を理解する一環だ。前に恋の昇華の話があっただろう。それに伴って、鹿島と恋人になって、恋というものを知ろうと思ってな」

 

「鹿島さんはなんて……?」

 

「喜んで受けてくれたよ。心からかは分からないけど……」

 

「……そうですか」

 

飯田は少し溜めてから、真剣な表情で俺を見つめた。

 

「先輩……こんなことを言うのは何ですけど……。艦娘と恋人になるというのは……避けた方がいいと思います……」

 

俺は少しムッとしたが、何か理由があるようだったので、言葉を待った。

 

「……まだ艦娘に対して分からないことだらけですし……恋の昇華も最近の事だし……慎重に動かないと……」

 

「…………」

 

「……「街」の外出は許可が出ると思います。ただ、恋人の件は一応話しておきます……。いいですね……?」

 

「……分かった」

 

「……では、私はこれで」

 

飯田は振り向くこともなく、自分の部署へと戻っていった。

 

「…………」

 

俺は近くのベンチに座り、深くため息をついた。

 

「飯田ちゃんらしくないな」

 

振り向くと、山岡が壁に寄り掛かっていた。

 

「聞いていたのか」

 

「ああ……」

 

山岡は三本の缶コーヒーの中から一本を取り出し、俺に渡した。

 

「艦娘と人間の溝を埋めるためだから、理解してくれるかと思ったけど……」

 

「飯田ちゃんにも立場がある。言い分も最もだ」

 

「ああ。けど、らしくないというか、前向きじゃないというか……」

 

缶コーヒーはとても苦かった。

 

「飯田は協力してくれると言ったけど、やっぱりまだ、艦娘に対して完全に受け入れることが出来ていないのかもしれない……。何だかそれがショックだ……」

 

「どうだろうな。飯田ちゃんは艦娘を好きだし、お前と同じ気持ちを持って努力してると思うぜ」

 

「なら何故?」

 

「お前の事が好きだからだろ」

 

「……飯田がか?」

 

「ああ……」

 

「……そうだとしても、私情を挟む奴じゃない」

 

「お前は何も分かってないな。恋ってのは、そんな簡単な話じゃないんだ。お前は仕事の一環と考えているようだが、恋は完全に私情だ。飯田ちゃんはそれを言ってるんじゃないか?」

 

「…………」

 

「……ちなみに、俺は飯田ちゃんが好きだぜ。恋している」

 

俺はそれに驚かなかった。

 

「驚かないか。そりゃそうだよな。お前、気が付いていたんだろ? 俺が飯田ちゃんを好きなのを……」

 

「…………」

 

「お前の気遣いに気が付かないほど、俺は馬鹿じゃない。だがな、それが時として、人を傷つけることを覚えた方がいいぜ」

 

俺は何も言えなかった。

 

「飯田ちゃんは本気でお前の事が好きだ。気持ちを分かってやれよ」

 

「……そうだとして、なぜお前は平気なんだ? 飯田が好きなんだろう? だったら、放っておいてもいいじゃないか」

 

「もしお前の好きな人が、他の人を好きだと知っていて、今のお前と同じセリフを吐けるか?」

 

「…………」

 

「好きになるってのはそう言うことなんだよ。お前は真の意味で人を好きになったことが無いんだ。鹿島と恋? 艦娘を知る一環? 馬鹿言うな。お前のそれは、お前のエゴだ。誰の為にもならない。それどころか、誰かを傷つけることになるぞ」

 

その言葉は、俺の胸に深く刺さった。

 

「……悪い。言い過ぎた……」

 

「いや、ありがとう……。目が覚めたよ……。もう一度、考えてみるよ。俺の考えは甘かったのかもしれない……」

 

「…………」

 

「コーヒーご馳走様。そろそろ戻るよ。ありがとう、山岡」

 

「ああ……」

 

 

 

恋は簡単じゃない……か……。

俺は艦娘と人の溝を埋めたいと、その一心だった。

だが、俺は真の意味で誰かの為になることを一つでもしたことがあるのだろうか。

俺のエゴで行動していただけではないだろうか。

誰かの為になることは、誰かの為にしかならない事。

山岡はそれを言いたかったのかもしれない。

自分を犠牲にしてでも、相手を想うということ。

霞がそうだった。

例え酷い仕打ちにあおうとも、俺を信用してくれた。

 

「…………」

 

なのに、俺は真の意味で人を想ったことが無かった。

信用に応えることが出来ていなかったんだ……。

 

「提督さん、大丈夫ですか? なんだかぼうっとされてますけど……」

 

「ああ……いや、悪い……。ちょっと考え事をしていてな……」

 

「そうですか? あ、そう言えば、今度の「街」ですけど、その日は快晴みたいですよ」

 

「そうか……」

 

「ウフフ、楽しみですね。いっぱい遊んで、いっぱい恋人しましょうね!」

 

「ああ、そうだな……」

 

その夜、飯田から「街」の外出について許可が出たと連絡があった。

だが、恋人の件については、何も触れることは無かった。

 

――続く

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