絶華   作:雨守学

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第4話

「うふふ」

 

鹿島は嬉しそうに鏡の前でポーズを取っていた。

 

「ご機嫌だな」

 

「だって、ついに明日なんですよ。デート、提督さんは楽しみじゃないんですか?」

 

「楽しみだよ」

 

「全然そうは見えませんけど」

 

「お前がはしゃぎすぎなんだ」

 

「だってぇ……」

 

「それよりも、自分の部屋で衣装合わせしたらどうだ?」

 

「私の部屋、全身鏡ないんです! どうして提督さんの部屋にはあるんですか? おかしくないですか?」

 

「軍服を着ることがあるからだ」

 

「終戦したのに?」

 

「俺だって一応海軍なんだ」

 

そんなくだらない話をしていると、吹雪が部屋を訪ねて来た。

 

「失礼します。わぁ、鹿島さんおしゃれですね!」

 

「ウフフ、ありがとうございます」

 

「でも、どうしたんですか? 急におしゃれして」

 

「明日、提督さんとデートなんです」

 

「え!? デートですか!?」

 

そう言うと、吹雪は俺を見た。

嘘でしょ? 的な顔をして。

 

「本当だ。鹿島とデートする」

 

「デートって……あのデートですか!?」

 

「他にどのデートがあるというんだ……」

 

吹雪はおろおろと鹿島と俺を交互に見た。

 

「つまり……あの、二人は付き合っていて……恋人ということですか!?」

 

「そう……でいいんですかね?」

 

「別に恋人でなくともデートはすると思うが……」

 

「じゃあ、恋人じゃないってことですか?」

 

「うーん……どう言いましょうか提督さん……?」

 

「そんなことより……」

 

「そんなこと!?」

 

「吹雪、何か用があったんじゃ?」

 

「あ、そうでした……。「独立試験」の事で、私に直接連絡がありまして……」

 

「本部からか?」

 

「はい。飯田さんからです」

 

飯田か……。

何故俺を通さなかったのだろうか……。

 

「今度の「独立試験」なんですけど、筆記試験を免除してくれるそうなんです!」

 

「ほう。それは良かったな」

 

「はい! 今度はちゃんと、生……えと……女の子の日……を……避けた日にしてくれるみたいです」

 

「そうか。なら、受かったも同然だな」

 

「いえ、油断はできません。ちゃんと万全を期して臨もうと思います!」

 

そう言うと、吹雪はガッツポーズを見せた。

 

「吹雪さん、頑張ってください! 私にも何か出来ることがあれば言ってくださいね」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

この前の試験でも、受かったのはたったの5人と聞いている。

筆記試験でほとんどの艦娘が落ちたようであるから、実技試験のみであれば大丈夫だろう。

 

「司令官、もし受かったら……その……一緒に「街」に行きませんか……?」

 

「デートのお誘いだ」

 

「い、いえ! そんな大層なものではなくて……!」

 

「分かった。その時は「街」へ遊びに行こう。デートしよう」

 

「なんで言い直すんですか!?」

 

「提督さん、浮気は駄目ですよ?」

 

「やっぱり二人は恋人なんですか!?」

 

そんなことでゴタゴタやっていると、電話が鳴った。

 

「ちょっと静かにしてくれ」

 

そう言うと、二人はしんと静まった。

聞き分けはいいんだよな。

 

「はい、こちら第二寮」

 

『先輩』

 

「飯田か。もしかして、吹雪の試験の件か?」

 

『それもありますけど……。実は……ちょっと大変なことになってまして……。鹿島さんと一緒にこちらへ来てくれませんか?』

 

「またか……。って、鹿島もか?」

 

『はい……。他の寮も同じです。寮長とパートナーを緊急で招集してます』

 

「……よっぽどの事があったんだな」

 

『それは後程……。すぐに本部へお願いします』

 

「ああ、分かった」

 

電話を切ると、また何かあったのかと言うように、鹿島が心配そうに見つめて来た。

 

「招集だ。鹿島、お前も呼ばれている」

 

「私もですか? でも……寮を空ける訳には……」

 

「頼もしい奴がいるじゃないか」

 

そう言って、俺は吹雪を見た。

 

「俺たちがいない間、留守を頼めるか?」

 

「は……はい! 大丈夫です!」

 

「いい返事だ。頼んだぞ、吹雪」

 

「お任せください! えへへ」

 

何がうれしいのか、吹雪は飛び切りの笑顔を見せた。

 

 

 

本部への道に、珍しく何台かの車が走っている。

 

「寮長とパートナーの艦娘が招集されているらしい」

 

「緊急事態なんですかね?」

 

「あまりいい事ではないのは確かだろうな……」

 

後ろの車からパッシングがあり、見てみると、山岡と香取が乗っていた。

 

「後ろに香取がいるぞ」

 

「あ、本当だ! 手を振ってくれてますよ! ほら!」

 

バックミラー越しでは、それは見えなかった。

 

 

 

本部の会議室は、パーテンションが外され、広々とした空間となっていた。

寮長と艦娘は、それぞれが固まり、何が始まるのかとざわついていた。

 

「先輩、山岡さん」

 

飯田は俺たちを見つけると、小走りで駆け寄ってきた。

 

「飯田ちゃん、これは一体?」

 

「ちょっと事件がありまして……。詳しくはこれから説明されます」

 

そう言うと、飯田は俺と鹿島の方を向いた。

 

「お二人は説明が終わり次第、第五会議室に来てくれませんか……?」

 

それを聞いて、俺はこれから何が起こるのか、なんとなく分かった気がした。

 

「ああ……」

 

「では、またあとで……」

 

飯田が去ると、山岡が俺にしか聞こえない声で言った。

 

「今ので、なんとなく何が起ころうとしているのか、分かった気がするぜ……」

 

「…………」

 

その予感は的中し、説明を聞いた寮長と艦娘達は、かなりの衝撃を受けたようであった。

俺と山岡、そして鹿島を除いて――。

 

 

 

第五会議室には、お偉いさんが勢ぞろいしていて、端っこの方に飯田が座っていた。

 

「何故呼ばれたのか、分かるね」

 

「えぇ……先ほどの説明を聞いて、なんとなくは……」

 

飯田の方を見ると、目を逸らされてしまった。

 

「説明の通りだ。どこの誰とは言えないが、艦娘と肉体関係のある者がいる……」

 

「…………」

 

「艦娘達ももう人間となった訳だから、そういう関係をとやかく言うつもりはない。だが、国民はどう思う?」

 

鹿島と目が合う。

 

「……艦娘を隔離していることを差別だなんだと言う者、艦娘は危険だから隔離しておけと言う者……どちらからの批判も避けられない。何故か分かるかね?」

 

分かってはいたが、鹿島の前でそれを言うことは出来なかった。

 

「飯田君から聞いたよ。君たちは恋仲になろうとしているみたいだね」

 

俺が何かを言おうとすると、上官はそれを制止した。

 

「分かっている。飯田君が熱心に君をかばっていたよ。君の気持ちは分かる。その熱意には心打たれるものがある。だが、時期尚早だ。焦り過ぎは良くない」

 

「…………」

 

「……君たちを離した方が良いと意見もあった。だが、移動させるには人手不足であるし、何よりも第二寮は我々の誇りだ。君たちを信頼している」

 

そう言うと、皆、俺と鹿島をじっと見つめた。

 

「多少の事は目を瞑るとしても……分かってくれるね……?」

 

鹿島は何かを言おうとして、それを抑えた。

そして、俺に答えを任せるというように、一つ頷いた。

 

「えぇ、分かっています……。私も焦り過ぎました……」

 

「鹿島くんも……」

 

「はい……」

 

「ありがとう。我々も君たちと共存する為に全力を尽くすつもりだ。その時が来たら、ぜひ君たちの関係を祝福させて欲しい」

 

 

 

会議室を出ると、そこに香取と山岡が立っていた。

 

「お疲れさん……」

 

「ああ……」

 

香取は鹿島を連れ、外へと出て行った。

 

「コーヒー、飲むだろ?」

 

そう言うと、山岡は俺に缶コーヒーを渡した。

 

「飯田ちゃんも」

 

向くと、飯田が暗い顔をして、こちらの様子を伺うように立っていた。

 

「……ありがとうございます」

 

「おう」

 

沈黙が続く。

 

「……しかし、艦娘と体の関係になったのは、一体誰なんだろうな。艦娘の方も気になる。飯田ちゃんは知ってんの?」

 

「……一応、聞いています。でも、言えません……」

 

「まあそうだろうな」

 

再び沈黙が続く。

中庭の方を見ると、鹿島と香取がベンチに座って何かを話していた。

鹿島が俯くと、香取はそれを慰めるように肩を抱いていた。

 

「悪かったな、飯田。お前の言う通りだった」

 

飯田は何も言わず、ただ掌で缶コーヒーを転がしていた。

 

「これからどうするんだ? 鹿島との関係は」

 

「……お互いに今やるべきことは分かっているし、出来ることをやるだけだよ」

 

「そうか」

 

山岡は缶コーヒーを飲み干すと、俺の肩を叩いて、その場を後にした。

 

「……山岡さんも知ってたんですか? 先輩と鹿島さんの関係について……」

 

「この前の会話を聞いていたんだ。お前が去った後、あいつが話しかけて来た」

 

「そうだったんですか……」

 

会議室からお偉いさんがぞろぞろと出て来ては、去っていった。

最後の足音が聞こえ、辺りは一気にしんと静まった。

 

「先輩……あの……山岡さんから……何か言われましたか……?」

 

「何かって?」

 

「……いえ、何も言われてないのなら……」

 

飯田の反応を見て、その意味が分かった。

 

「……どうして山岡は知っているんだ?」

 

「何がですか……?」

 

「お前が俺を好きだってことを……」

 

俺の視線に、飯田は閉口してしまった。

 

「……山岡から告白でもされたか?」

 

少し溜めてから、飯田は頷いた。

 

「そう言うことか……」

 

中庭の方を見ると、もう鹿島も香取もいなかった。

 

「で、でも……今回の件とそれは別です……! 今回の事件がたまたまあっただけで……! 私は先輩の気持ちを尊重して……!」

 

「ああ、分かってるよ。上官もお前が庇ってくれたと言っていた。それは本当の事なんだろうと思っている」

 

「先輩……」

 

「ありがとう」

 

立ち去ろうとすると、飯田はそれをとめた。

 

「待ってください……。先輩は……私の気持ちにどう答えてくれるんですか……? 鹿島さんへの気持ちは本物なんですか……?」

 

「…………」

 

「あ、提督さ――」

「――好きです。先輩」

 

二つの声が重なり、すぐにしんと静まった。

 

「鹿島……さん……」

 

振り向くと、表情の固まった鹿島が立っていた。

 

「鹿島」

 

「あ……えと……お取込み中……でしたか……?」

 

「いや……ちょうどお前を探して帰ろうと思っていたところだ」

 

「え……でも……」

 

鹿島は視線を俺の背後に移した。

俺もゆっくり振り向くと、飯田は俯いていた。

 

「飯田……」

 

そして、何かを決意したように視線をあげると、今度は鹿島に目をやった。

 

「私は……艦娘を差別するつもりはありません……。でも……今回のようによく思われていないのも事実です……」

 

「おい、飯田!」

 

「いいんです提督さん」

 

そう言うと、鹿島は俺の前に立った。

 

「庇ってくれてありがとうございます」

 

「…………」

 

「私も飯田さんのように……提督さんに堂々と告白できる立場になりたいです……。えへへ……」

 

その言葉に、俺も飯田も何も言えなかった。

 

「提督さん、そろそろ戻りましょう。吹雪さんが待ってますよ」

 

「あ、あぁ……」

 

去る途中、振り向いてみると、飯田はその場で俯いていた。

曲がり角で見えなくなるまで、ずっと。

 

 

 

帰りの道に、車は一台も走っていなかった。

 

「私達が最後だったみたいですね」

 

「そうだな……」

 

鹿島は一生懸命コミュニケーションを取ろうとしてくれていた。

俺に気を遣ってくれていたからなのか、それとも――。

 

「……明日の件ですけど、中止にしませんか?」

 

「え……?」

 

「こういう事が起きてしまいましたし、自粛した方が良いかなって……」

 

「でもお前……」

 

「いいんです。残念ですけど、皆さんに迷惑はかけたくないですし……。それに、いつか外の世界でデートしてくれるんですよね? 楽しみはそっちに取っておきます! えへへ」

 

「鹿島……」

 

「……それに、皆さんの言う通り、時期尚早だったのかもしれません。すっかり忘れてました。自分の立場を……。自分が艦娘であることを……」

 

俺は何も言えなかった。

 

「提督さん……」

 

車は信号待ちで止まっていた。

 

「少しの間でしたけど、提督さんと恋人になれて良かったです。ありがとうございました」

 

それを聞いて、俺は今までに感じたことのないほどの寂しさと言うか、胸を締め付けられるような気持ちになった。

 

「飯田さんからの告白、どう答えるんですか?」

 

「…………」

 

「……飯田さん、本当にいい人です。提督さんの事、とっても慕っていて、とっても可愛くて……」

 

「鹿島」

 

「海軍同士だから話も合うし、皆から好かれてて、絶対に提督さんを幸せにできる人だと――」

 

「鹿島……!」

 

静まる車内。

信号はとっくに青に変わっていた。

 

「もう言うな……」

 

そう言うと、鹿島はキョトンとしたような顔をしながら、震える声で言った。

 

「だって……しかたないじゃないですか……。こうでも言わないと……私……」

 

そして、堪えられなかったのか、表情を歪ませると、ぽろぽろと涙を流した。

 

「私だって……提督さんが好きです……。でも……皆さんの言ってることは正しくて……私は艦娘だから……何も言えなくて……」

 

いつも見せる涙とは違う。

俺は、こういう表情の鹿島を見たことが無かった。

 

「鹿島……」

 

鹿島の手を取る。

とても小さく、冷たい手だった。

 

「聞いてくれ、鹿島」

 

「うぅぅ……」

 

「俺は……お前と一緒に居たい……」

 

「で、でも……」

 

「今は無理だとしても、いつか、この関係を理解してくれる日が来る。俺もそれに向かって努力する」

 

そう言っても、鹿島は首を横に振った。

 

「どれだけの時間がかかるか分かりません……。十年かもしれませんし……もっとかかるかもしれません……。そんなに待ってもらえません……。だから……提督さんは……飯田さんと幸せに……」

 

だから飯田を……。

 

「うぅぅ……」

 

泣き続ける鹿島を見て、いつもは「面倒なことになった」と思うはずが、今日は違った。

電の涙を見た時、霞の気持ちを知った時――心の締め付けられるようなあの気持ちに近いが、それよりももっとくすぐったくて、どうしようもなくて――。

――嗚呼、そうか。

 

「鹿島……」

 

これが……この気持ちがそうなのだろう……。

 

「俺は……いつまでも待つ。その日が来るまで。例えお前がおばあちゃんになろうとも、待ち続ける」

 

守りたいだとか、一緒に居たいだとか、その人の為になることをしたくなるような気持ち。

 

「お前の事が好きだ」

 

俺は鹿島に、恋をしたのだろう。

そう、思った。

 

 

 

結局、鹿島が泣き止むまでかなりの時間を要し、心配になった吹雪から連絡が入るほどであった。

 

「ああ、大丈夫だ。もうすぐ戻る。心配かけて済まなかった。じゃあ」

 

電話を切ると、鹿島は恥ずかしそうに俯きながら、しゃっくりを一つ鳴らした。

 

「吹雪が心配して電話をかけて来た。流石に、鹿島が泣き止まないからとは言えなかったよ」

 

「す、すみま……ひっ……せん……」

 

「……もう大丈夫か?」

 

「はい……」

 

鹿島は呼吸を整えると、横目で俺を見つめた。

 

「本当に……いいんですか……?」

 

「何がだ」

 

「飯田さんじゃなくて……。本当に私なんかで……いいんですか……?」

 

「ああ。お前がいい」

 

そう言って、俺はまた鹿島の手を取った。

 

「外の世界に出たら、デートするんだろう。吹雪が言っていた。デートは恋人でするものだと」

 

「……じゃあ、提督さんは吹雪さんとのデートを承知したから……」

 

「ああ、いや……あれは……」

 

俺が困っていると、鹿島はいつものようにクスリと笑った。

 

「口説き文句も下手ですね」

 

「…………」

 

「でも……」

 

鹿島は手を握り返すと、目を瞑った。

 

「それは、提督さんが本気で思っている時だって事、鹿島は知っていますよ」

 

「鹿島……」

 

鹿島は手を放すと、ゆっくりと目を開け、俺を見つめた。

 

「……恋人気分はこれでおしまいです。今は、私たちのやるべきことをしましょう」

 

「……そうだな」

 

再び車を走らせる。

「恋人気分はおしまい」

それがどんな意味を持っていたのかは分からない。

だが、今の俺たちに出来ることは、ただ一つしかなくて、その先にある未来もまた、一つしかなかった。

 

 

 

駐車場に着くと、吹雪が心配そうな表情をして、寮から飛び出て来た。

後ろには、ゆっくりと歩いてくる霞もいた。

 

「司令官、鹿島さん、大丈夫でしたか? 随分遅いご帰還で……」

 

「大丈夫だ。心配かけたな。留守の間、守ってくれてありがとう」

 

そう言って撫でてやると、吹雪は嬉しそうに笑って見せた。

 

「霞ちゃんもみんなの面倒を見てくれたんですよ。司令官たちがいなくて不安だったのを、宥めてくれて」

 

霞の方を見ると、プイとそっぽを向いてしまった。

 

「そうか。ありがとう、霞」

 

「…………」

 

霞はこちらに視線を送ると、そのまま寮へと戻っていった。

 

「提督さん、霞ちゃんも撫でて欲しかったんじゃないですか?」

 

「どうだろうな」

 

まあ、それは後で分かることだろう。

人に見られたくないだろうし。

 

「あれ? 鹿島さん、目が真っ赤ですよ。まるで泣いたみたいな……」

 

「あ、あ……ね、眠くて目を擦りすぎちゃって……。ですよね、提督さん?」

 

「どうだったかな。俺には泣いてるようにしか見えなかったけど」

 

「て、提督さん! もー!」

 

吹雪は、はてという感じに首を傾げた。

 

 

 

部屋に戻ると、すぐに霞がやってきた。

カギを閉め、俺の近くに座った。

 

「どうした?」

 

「別に……」

 

霞は、髪をくるくると指で巻いてみたり、畳をさすってみたりと、どこか落ち着かないようだった。

 

「霞」

 

「なに……?」

 

「おいで」

 

普通、こんなこと言ったら、絶対に「キモい」的な事を言われるだろうが、こういう時の霞は別だ。

 

「…………」

 

霞は何も言わず、胡坐の上に座った。

 

「皆を落ち着かせてくれたんだってな。ありがとう」

 

そう言ってやると、霞はそのまま後ろに倒れ、寄り掛かった。

キッとした横目が、俺を睨んでいた。

 

「……あんた、分かっててやらないんでしょ。そういうの一番嫌いだから……」

 

「そうか。悪かった」

 

撫でてやると、霞は目を瞑り、まるで猫のように体を丸めた。

 

「大変だったんだから……」

 

「ああ、分かるよ。あいつらわんぱくだしな」

 

「本当にそう……。あんたがいなくなったくらいでギャーギャー騒いじゃって……。吹雪さんはおろおろしてるし……。あとね……」

 

色々と文句を言いながら、霞は俺の手をグニグニと、粘土でもこねるかのようにして遊んでいた。

 

「それから?」

 

「……それくらいよ」

 

そして、俺の手を放ると、退屈そうに体を預けた。

 

「ねぇ……私にも頼ってよ……。私だって、吹雪さんみたいに出来るわ……」

 

「褒められたいのか?」

 

「そうじゃないわよ……。ただ……なんというか……吹雪さんが羨ましくて……」

 

それを聞いて、俺は思わず笑ってしまった。

 

「なによ……?」

 

「いや、悪い。昔を思い出してしまって」

 

「はぁ?」

 

「俺も昔、こんな時期があったなって」

 

「どんな時期よ?」

 

「親から頼られたい時期だよ」

 

「あんたは親じゃないわ……」

 

「似たようなもんだ」

 

霞はむすっとした顔をして、俺の話を待った。

 

「お前にとっての吹雪がそうであったようにさ、俺にも憧れの男って奴がいたんだ。近所に住んでいた、三つ上の兄ちゃんだった」

 

「…………」

 

「ある日、親父がその兄ちゃんに頼みごとをしててさ、とても褒められてた。頼りになる男だ! とか、うちの息子にしたい! とかさ」

 

「…………」

 

「それを聞いて、俺はなんだかモヤモヤした気持ちになった。そして、次の日から親父に手伝うことが無いかってせがんだ。褒められたかったからじゃない。ただ、親父から頼られる兄ちゃんの姿を見て、俺も頼られたいと思った」

 

霞は思うことがあるのか、下を見つめていた。

 

「だが、親父は俺を頼ってはくれなかった。むしろ、もっとその兄ちゃんを頼るようになった。だから俺は、拗ねた。それでも親父は、まるで意地悪でもするように……」

 

そう言いかけて、俺は再び笑ってしまった。

 

「なによ急に……」

 

「いや、そう言うことかって思ってさ。親父の気持ちが、今になって分かった気がしたんだ」

 

「はぁ? 意味分かんない……」

 

霞が甘えたいという態度を取った時、俺はわざと頭を撫でなかったりと、意地悪をしてしまった。

同じだ。

親父もきっと、分かっていて俺を頼らなかったんだ。

俺が拗ねているのが、相当面白かったのだろう。

 

「霞、さっきは意地悪して悪かったな。ほら、撫でてやる」

 

「な、なに……? 本当にどうしたっていうのよ……?」

 

「嫌か?」

 

「嫌じゃないけど……。もう……」

 

そうしていると、部屋がノックされ、ガチャガチャと扉を開けようとする音がした。

 

「多分、卯月だと思うわ。あの子が一番うるさかったし」

 

そう言うと、霞はもう一度だけ俺に体を預けた後、部屋の鍵を開け、入ってきた卯月と入れ替わるようにして部屋を出て行った。

 

「しれいかぁ~ん、今日はどこに行ってたの? うーちゃんを退屈させるなんて、許せないぴょん」

 

「ああ、悪かったな。ほら、座れよ」

 

「ぴょん!」

 

それから、何名かの駆逐艦が部屋を訪れては、遊びや甘えをせがんできた。

最近はこういうことが多く、昇華の事もあって、少しだけ心配だ。

しかしまあ可愛いもので、父親気分に浸れるのも何だかいい気分だし、悪くないものだ。

 

 

 

翌日。

皆が学校へ行った後、鹿島は一人で「街」へと出かけて行った。

デートは中止になったが、せっかくだし、鹿島だけでも羽を伸ばしてほしいと、出かけさせることにしたのだ。

 

「さて……」

 

一人で寮にいるってのは、久々かもしれない。

いつもは鹿島が居たし、最近は寮にいることも少なかった。

 

「…………」

 

何だか寂しい気持ちになる。

少し前までは、一人でも平気だったのにな。

鹿島に恋をして、あいつらの父親ぶって……。

 

「……何か趣味の一つでも作るかな。そうだ。確か押し入れに……」

 

そう言って自室に戻ろうとした時、寮のチャイムが鳴った。

今日誰かが訪ねてくることは無かったはずだが。

 

「はい」

 

出てみると、そこには飯田が立っていた。

 

 

 

「よっと。これで最後か」

 

「はい。これで全部です」

 

「今回は結構来たな。支援物資」

 

「支援する団体も設立されたようなので、その影響もあるみたいです」

 

外の世界にいるのは、何も艦娘を嫌っている連中ばかりではない。

熱烈に艦娘を支援しようとする者もいて、月一程度、こうして支援物資を色々と送ってくれるのだ。

 

「冬物の服が多かったです」

 

「それは助かる。あいつら喜ぶぞ」

 

こういう時でしか、駆逐艦はおしゃれできないからな。

おもちゃとかもたくさん届くが、やっぱり洋服が一番、艦娘には喜ばれた。

 

「……トラック、運転できたんだな」

 

「はい。最近免許を取りまして……」

 

「そうか……」

 

静かな時が流れる。

 

「……中止にしたんですね。お二人で出かけるの……」

 

「まあな……。反省してるんだ。時期尚早だったってな」

 

窓の外では強い風が吹いていて、とても寒そうであった。

鹿島の奴、結構な薄着だったけど、大丈夫かな。

 

「時期尚早……ですか……。まるで、いずれは付き合うみたいですね……」

 

「ああ……」

 

俺の返事の意味を、飯田は求めなかった。

 

「そろそろ戻らなくてもいいのか? 忙しいのだろう」

 

「そうでもないですよ。お邪魔なら出ていきますけど……」

 

「そうは言ってない。お茶、飲むか? コーヒーもあるぞ」

 

「では、コーヒーを……」

 

「分かった」

 

部屋を出て、食堂へ向かう。

冷えた廊下に、いつもは聞こえることのない自分の足音が響いていた。

 

 

 

食堂で湯を沸かしていると、飯田がやってきた。

 

「部屋で待ってろ。寒いだろ」

 

「……ここがいいんです」

 

「そうかい」

 

俺が一つ大きなため息をつくと、飯田は悲しそうな顔をして俯いた。

 

「先輩……私の事を避けてませんか……?」

 

「そんなつもりはないけどな」

 

「じゃあ無意識です……」

 

「…………」

 

「……私があんなことを言ったからですか?」

 

「そうじゃない……」

 

「じゃあ……なんですか……? 今日の先輩は……何だか冷たいです……」

 

やかんが隙間風のような音を立てて、沸騰を知らせた。

火を止め、用意していたカップに湯を注ぐ。

 

「ちゃんと蒸してくださいね……」

 

「分かってるよ」

 

時間をかけ、ゆっくりと淹れて行く。

 

「ほら、出来たぞ」

 

カップを受け取ると、飯田は近くにあった椅子に座った。

部屋に戻る気はないか……。

仕方なく、向かいの席に座る。

食堂の隅っこには、支援物資が、まるでクリスマスプレゼントのように重なり、置かれていた。

 

「温まるだろ」

 

そう言って笑ってやると、飯田も肩の力をガクッと抜いて、微笑んだ。

 

「そういう意味じゃないですよ」

 

「そりゃ失礼したな」

 

再び静かな時が流れる。

時折吹く強い風が、薄い窓を叩いて、音を立てているくらいだ。

 

「……俺は鹿島が好きだ」

 

飯田は取り乱す様子もなく、ただ俺の言葉を待っていた。

 

「どれだけ時間がかかっても、俺はあいつと共に生きて行ける時が来るまで、待とうと思う。だから、お前の気持ちには応えられない……」

 

コーヒーはいつもより苦く感じた。

いや、最近は鹿島に淹れて貰っていたから、そう感じるのかもしれない。

あいつの淹れるコーヒーは、いつだって甘いから。

 

「……そうですか。分かりました……」

 

飯田は飲みかけのカップを置くと、席を立った。

 

「それでも、私は諦めませんから。先輩がそうするように」

 

「…………」

 

「また本部で会いましょう。次は、温かい笑顔を見せてくださいね。先輩」

 

そう言うと、飯田は寮を出て行った。

俺は、トラックの走り去る音を聞きながら、すっかり冷めた二つのコーヒー見つめることしかできなかった。

 

 

 

鹿島と駆逐艦が帰って来たのはほぼ同時で、皆食堂にある支援物資へと真っ先に群がった。

霞ですら、中身に夢中になっている様子であった。

 

「見てみて司令官、可愛いぴょん!」

 

「ああ、良かったな」

 

そんなワイワイやっている中で、響だけが、その光景を遠くでじっと見つめていた。

 

「お前は見に行かないのか?」

 

「余り物でいいんだ」

 

響。

第六駆逐隊の中でも一番落ち着いていて……と言うよりも、何を考えているのか良く分からない奴だ。

表情が豊かって訳でもないし、多くを語る奴でもない。

 

「大人だな」

 

「そうかな」

 

「そうさ」

 

暁なんて、我を忘れて選別しているのにな。

そう言えば、響だけは、一人で俺の部屋に来ることは無かったな。

甘えたり、遊んだりっていうのをせがんでこないし。

他の駆逐艦と違って昇華が遅いのか、それとも、もうそういう時期は過ぎてしまったのか……。

とにかく、手のかからないからこそ、何だか心配になる。

特に、第二寮なんかではな。

 

「響、見て! とってもおしゃれじゃない?」

 

「暁には少し大きすぎるんじゃないかな」

 

「い、いずれは着れるようになるわ。それよりこれ、響に似合うんじゃない? 合わせてみたら?」

 

「うん。後で合わせてみるよ」

 

「今キープしないと取られちゃうわよ?」

 

それでも、響が動くことは無く、暁も諦めて自分の服選びに戻っていった。

 

「…………」

 

 

 

「響ちゃんですか?」

 

「ああ」

 

鹿島は早速、俺の部屋で服を合わせていた。

 

「大人しい子ですけど、とても聞き分けが良くていい子ですよ。何か心配事でも?」

 

「いや、大したことではないんだが、他の駆逐艦と比べて、欲が無いというか、子供らしくないというか」

 

「確かにそうですね」

 

「いいことなのだろうが、それ故に、悩みとかを一人で抱え込んでいないかとか心配でさ」

 

「響ちゃんならきっと、そう言うことがあったら相談してくれますよ。提督さん、心配し過ぎです」

 

「そうかな……」

 

「つまるところ、提督さんは響ちゃんの事を知らないから、心配になってしまうんです。響ちゃんとお話したことは?」

 

「少しだけなら」

 

「なら、もっと響ちゃんとの時間を作るべきです。最近、寮の周りが整備されて、公園とかが出来たみたいですよ。お出かけしてみたらどうです?」

 

「お出かけか。あいつが乗ってくれるかな」

 

「まずは言ってみることが大事ですよ。そうだ。私を誘った時みたいにしたらどうですか? ほら、初めて二人でお出かけした時の事ですよ!」

 

鹿島と初めて出かけた時の事か。

確か――。

 

 

 

数日後。

俺は響と、最近出来たという公園に来ていた。

 

「今日はよろしくな。響」

 

「うん。でも、私なんかでいいの? モデルなら、もっといい子がいると思うけど」

 

「ああ、お前でいいんだ。ほかの奴だと、やんちゃでぶれてしまう」

 

「確かにそうかもね」

 

俺はカメラバッグからカメラを取り出し、準備にかかった。

 

「押し入れに眠っていたのをすっかり忘れていた。趣味でも作ろうかと、久々に触ってみようと思ってな」

 

「趣味でも無かったのに、何だか高そうなカメラを持ってたんだね」

 

「まあな」

 

このカメラを見る度に、鹿島と仲良くなったあの日の事を思い出す。

艦娘指導員として、俺は鹿島とパートナーにならなくちゃいけなくて、何とか仲良くなろうと必死だった。

けど、お互いに人見知りなところがあって、中々距離は縮まらなかった。

そこで考えたのが、このカメラだった。

今日と同じ理由で、鹿島にモデルを頼んだ。

もちろん、裏の理由は仲良くなる為だ。

その辻褄合わせに、ちょっといいカメラを買って……。

まあ、俺の演技が下手糞だったから、鹿島はその裏の理由をすぐに見抜いてしまったけれど、それがきっかけで仲良くなることが出来たのだった。

 

「俺の方は準備いいけど、お前はどうだ?」

 

「いつでも大丈夫だよ。暁が整えてくれたんだ」

 

「どうりで可愛い訳だ」

 

「どうも」

 

「それじゃあ、始めるか」

 

 

 

公園には誰もいなかった。

 

「何だか寂しいところだね」

 

「これから遊具などを追加していくらしい。今は「街」で手いっぱいだからな。撮るぞ」

 

そう言うと、響はちょっとしたポーズをとった。

 

「暁から教わったのか?」

 

「まあね」

 

「何でも知ってるな、あいつ」

 

「外の世界の雑誌に影響されてるんだ。いつも私にそのことを話してくるから、いやでも覚えてしまうよ」

 

「役に立って、暁も本望だろう」

 

「まるで死んだみたいな扱いだ」

 

「フッ……悪い。さて、続けるぞ」

 

 

 

それから何度か撮影しながら話してみたが、響は案外しゃべる奴だと気が付いた。

 

「可愛く撮れたかい?」

 

「ああ、まあな」

 

休憩するため、俺たちはベンチに座り、写真を見ていた。

 

「題材がいいからね」

 

「自分で言うか?」

 

「事実だ」

 

「フッ……否定は出来んな」

 

冗談を言ったりもしていて、俺が想像していた響よりも遥かに明るく、あの心配は何だったのかと思うほどであった。

 

「そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな」

 

「ん? 何がだ?」

 

「私をモデルにした理由。それとも、この撮影自体に、何か目的があったのかな」

 

そう言うと、響はじっと俺を見た。

驚いたな。

鹿島と同じことを言って、同じ目をしている。

 

「……俺に落ち度はあったか?」

 

「嘘をつけないことは悪いことじゃないと思うよ」

 

俺が恥ずかしがっていると、響は二ッと笑って見せた。

 

「なんてね。実は知ってたんだ。鹿島さんから聞いていたんだ」

 

「鹿島から?」

 

「うん。司令官は不器用だから、気が付かないふりをしてあげてってね」

 

鹿島……その優しさは逆に俺を傷つけるぞ……。

 

「でも……フフ……あまりにも嘘が下手なんで、思わず言ってしまったよ。ごめんね、司令官」

 

「いや……気を遣われる方が辛いから、言ってくれて有難いよ……」

 

「だと思った。さて、どうする? まだ撮影、続けるかい?」

 

「ああ、そうだな。続けよう」

 

「フフ、無理しなくていいよ。司令官の気持ちは十分伝わったし。これからは心配をかけないように、時々お話もさせてもらうよ」

 

「モデル、もう嫌か?」

 

「え? 別に嫌じゃないけど……」

 

「なら、もうちょっと付き合ってくれないか? 頼む」

 

俺の申し出に、響は少しばかり考えるような動作を見せた。

 

「うん、分かった」

 

「ありがとう」

 

 

 

結局、撮影を終える頃には、夕方になっていた。

 

「満足したかい?」

 

「ああ。悪いな。こんな時間まで付き合って貰っちゃって」

 

「司令官が満足ならそれでいいさ」

 

ベンチに座り、写真を見る。

液晶の中で踊る響は、まるで妖精のようであった。

 

「趣味になりそう?」

 

「そうだな。こんなかわいい写真が撮れるなら、毎日撮ってもいいくらいだ」

 

「今度は暁を撮ってあげて欲しい。今日の事を聞いて、嫉妬してたみたいだから」

 

「ああ、分かった」

 

公園の水銀灯が、ゆっくりと点灯を始めた。

 

「何だか寂しい光景だね」

 

「そうだな……」

 

響の表情は、どこか本当に寂しそうに見えた。

 

「司令官は、一人でいても平気な人?」

 

「そうだった、と言う所かな」

 

「と言うと?」

 

「最初は大丈夫だったけど、お前たちと生活している内に、一人でいると寂しいと思うようになった。支援物資が届いた日、俺は寮に一人でいたんだ。自分の足音しか聞こえないくらい静かだった。いつもはうるさい連中に囲まれていたから、余計に静寂を感じてしまってさ」

 

俺がそう語っていると、響は急に俯いてしまった。

 

「俺の話、つまらなかったか?」

 

「ううん。そうじゃないんだ」

 

「なら、どうした? 寒いのか?」

 

覗き込むと、響は顔をあげて、俺の目をじっと見つめた。

 

「司令官は……怖くない……?」

 

「え?」

 

「一人になること……。いつか、私たちは離れ離れになる時が来るんだよ……。一人にならなきゃいけない時が……」

 

「……お前は、怖いのか?」

 

「怖いよ……」

 

そう言うと、響は再び俯いてしまった。

 

「怖いから……あまり人とかかわらない様にしてきたんだ……。そんなだから、司令官は心配して、私とこうしてくれてたんでしょ? ごめんね、心配かけて」

 

「いや……」

 

「人と別れるのが辛いから……人と仲良くなりすぎるのを避けて来たんだ。一人で生きるのに、誰かに依存しては生きていけないと思ったから……」

 

「…………」

 

「それに……私は艦娘だ。深海棲艦になる可能性だってある。恩を与えてくれた人を傷つけたくない。だから、私はなるべく、人からの恩も受けないようにしてる。冷たい性格に思えるかもしれないけど……そう言う思いがあるんだって、知っておいてほしい」

 

だから、支援物資を……。

 

「司令官だって同じでしょ。一人になるのが怖いから、こうして一人で出来る趣味を見つけようとしてるんじゃないの?」

 

「!」

 

「特に、司令官は私たちとお別れすることが決まっているようなものだから……」

 

そう言われて、俺はカメラを見た。

確かにそうだ。

あの一人になった日、俺が押し入れから出そうとしたのは、このカメラだった。

 

「……そうだな。俺も……怖いんだろうな……」

 

「それでも、司令官は艦娘を外の世界に出そうと頑張ってる。そして、それ故に起きる孤独と戦っている。とても強い人だよ」

 

「そうでもない。俺だって……寂しいし怖いよ……。お前たちと別れることは……一人になることは……。でも、考えたら何もできない気がするんだ。だから、今はお前たちを外に出すことだけを考えている。孤独から目を瞑れるようにさ」

 

「…………」

 

「それに……どうせ孤独になるのなら……楽しい思い出をたくさん持っていた方が良いと思うんだ」

 

「思い出して……寂しくなるだけだよ……」

 

「何もないよりはマシだ。人生を振り返った時、何もないのはもっと寂しい……。こうして撮った写真の一枚でもあれば、自分が何をやってきたのかが分かっていいだろう」

 

響は何も言わず、カメラをじっと見つめた。

 

「響……艦娘だろうが人間だろうが、誰かと共にあらねばならないんだと思う。真の意味で孤独に生きた者など、この世にはいない」

 

「…………」

 

「お前にだって、本当は誰かに甘えたりしたい時があるだろう。いつか訪れる孤独よりも、今をめいっぱい楽しく生きてみたらどうだ? お前には、それだけ多くの時間があるだろう」

 

「そうかもしれない……。でも……私が艦娘であることには変わりないんだ……。艦娘の孤独は……人間のものとは違う……。親もいないし……」

 

俺は何も言えなかった。

 

「……でもね、だからと言って……私が今のように強がり続けることが出来るかと言うと……そうでもないのかもしれない……」

 

そう言うと、響は悲しそうな顔で俺を見た。

 

「司令官……私はどうすればいいかな……。怯え続けるのは……もう嫌だよ……」

 

それが響の本音だった。

 

「響……」

 

どう声をかけたものか……。

響を不安を解消させるために必要なものはなんだ……?

 

「…………」

 

響は俺の目をじっと見つめている。

まるで助けを求めるかのように……。

 

「助け……か……」

 

いつも傍にいてくれて、離れていても頼れる存在……。

助けてくれる存在……。

 

「……親だ」

 

「え……?」

 

「親だよ。お前に必要なのは親だ」

 

響はキョトンとした顔を見せた。

 

「無償の愛をくれて、いつでも頼れる存在。お前がどこで孤独を感じていても、必ずどこかで想ってくれている存在。頼ってもいい存在」

 

「親って……私たちに親なんて……」

 

「俺がなろう」

 

「え?」

 

「俺がお前の親になるよ」

 

俺が真剣な表情でそう言うと、響は数秒してから、吹き出すようにして笑った。

初めて見る表情だった。

 

「何を言い出すのかと思ったら……フフフ」

 

「な、何かおかしいか?」

 

「おかしいよ。フフフ」

 

響はしばらく笑うと、息を整えて俺に向いた。

 

「俺は真剣だったんだがな……」

 

「うん、分かってるよ。だから笑ってしまったんだ。そんなこと言う人、いるんだなってさ」

 

何だか急に恥ずかしくなって、俺は俯いてしまった。

 

「でも、そうだね。親がいたら、不安は無くなるかもしれない。唯一頼ってもいい存在だしね」

 

「…………」

 

「……司令官」

 

響はそっと寄り添った。

 

「私の親になってくれるかい……? 私が不安になった時……孤独を感じた時……頼ってもいいかい……?」

 

今度の表情は、俺をからかうものではなかった。

 

「響……」

 

「お父さん……って……呼んでもみてもいいかな……?」

 

「……ああ」

 

「お父さん……」

 

そう言った後、響は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに顔をうずめた。

 

「これ……恥ずかしいね……」

 

「フッ……無理に甘えなくてもいいよ。頼りたい時だけ頼ってくれれば」

 

「フフ、そうだね。そうさせてもらうよ」

 

辺りはすっかり暗くなっていて、水銀灯が公園を寂しく照らしていた。

それでも、もう響の顔に不安な表情なく、今日一番の笑顔を見せていた。

 

 

 

あれから数日。

寮では俺を「お父さん」だとか「パパ」と呼ぶのが流行っていて、山岡達から白い目で見られていた。

 

「親にはなると言ったが、何だか如何わしい目で見られるようになったぞ……」

 

「気にすることは無いよ。お父さん」

 

「響、お前馬鹿にしてるだろ?」

 

しかしまあ、親という存在に目が行って良かった。

最近は昇華の事ばかり考えていて、原点であるその点を気遣うことが無かったし。

やっぱり、まず最初は親という存在を与えてやることが大事だよな。

昇華はその次のステップだ。

まずは、無償の愛とか、無償の助けを教えてやらなきゃな。

こいつらは普通の子供と違って、人の顔を伺うことばかりを覚えて来たし……。

 

「提督さん、たくさんの娘が出来て良かったですね。鹿島も、恋人が駄目なら、提督さんの娘になるのもありかも……」

 

「おいおい……」

 

「冗談ですよ。提督さんがお父さんなら、鹿島はお母さんです」

 

「どっちかって言うと、妹って感じだ」

 

「あ、それもいいですね!」

 

何が嬉しいのか、鹿島はニコニコと笑っていた。

 

「霞ちゃんはお父さんって呼ばないの?」

 

「嫌よ……。なんでそんなこと……」

 

「そうだな。霞は「お父さん」ってよりも、「パパ」って感じだ」

 

「くっだらない! 私はそんなこと言わないし!」

 

「そうなのか……。残念だ……」

 

そう言ってそっぽを向くと、霞はムッとした顔を見せた。

 

「……後でね」

 

そう小さく言うと、部屋へと戻ってしまった。

 

「楽しみだ」

 

「悪趣味だね、司令官」

 

「お前には言われたくないな」

 

そう言ってやると、響はくすくすと笑った。

 

「もう不安は無いのか?」

 

「うん。おかげさまで」

 

「そうか」

 

頼れる存在、か……。

いつか、こいつらは俺の元から旅立ってしまうだろう。

それでも、どこかで寂しい思いをした時には、いつでも帰って来れるように、待っててやらねばならないな。

それが親の務めだ。

これだけの人数がいるんだから、長生きもしなきゃいけないな。

そして、俺だけじゃなく、お母さんの存在も必要だな……。

 

「ん? どうしたんですか提督さん?」

 

「――いや、なんでもない」

 

「?」

 

共存への第一歩は、いつかに見る夢への第一歩でもある。

 

「鹿島」

 

「なんですか?」

 

「これから大変だろうが、頑張っていこうな」

 

そう言うと、鹿島は言葉に深い意味を思ったのか、真剣な表情で「はい」と答えた。

 

「……よし、それじゃあ、吹雪の「独立試験」合格祝いでもするか」

 

「えー!? 吹雪さん合格したんですか!?」

 

「ああ、さっき連絡があってな」

 

「どうして早く言ってくれないんですか!? もー! 言ってくれたらもっと早くにお祝いの準備しましたのに!」

 

「悪い悪い。今からでも間に合うか?」

 

「間に合わせます!」

 

鹿島は頬を膨らませながら、食堂へと向かっていった。

 

「お母さんを怒らせちゃったね、お父さん」

 

「こういう時、娘は父親の方を味方してくれるんだぞ」

 

「親は子供に嘘をついてもいいのかい? 自分の都合のいい嘘を」

 

「……厳しい娘だな」

 

「そう言うお年頃なんだよ」

 

そう言うと、響は悪戯な笑顔を見せた。

 

「なんてね。ほら、私が間に入ってあげるから、鹿島さんの機嫌をなおしにいこう」

 

そう言って手を引く響の表情は、どこか嬉しそうであった。

まるで、父親の手を引く娘のように。

 

――続く

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