絶華   作:雨守学

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第7話

鳳翔が全てを告白した。

その情報はこの施設内だけではなく、外の世界でもニュースになっていて、世間は騒然としたようであった。

 

「批判を避けられない事は分かっています。でも、これで分かるはずです。艦娘は……人間と何も変わらない存在であると……!」

 

提案は鳳翔からあり、動いたのは飯田であると聞いている。

身を切る覚悟で情報を開示したらしく、結果によっては処分も検討すると言われてなお、引き下がらなかったようであった。

 

「飯田さんと鳳翔さん……大丈夫でしょうか?」

 

「飯田……鳳翔……」

 

当然、艦娘たちもこの事実に驚いており、人と艦娘の関係を改めて考えるきっかけになったようであった。

 

 

 

「飯田ちゃん、あれから連絡が取れないんだ。きっと、俺たちに迷惑かけられないと思って、拒否してるんだろうな……」

 

「…………」

 

あれから数日、当然の事ながら批判は相次いでいるが、これと言って大きな問題にはなっていないようであった。

 

「けど、悪い傾向になっていないようだぜ。若者を中心に、艦娘への関心は高まっているようでさ。元々、艦娘にはファンが多かったし、この事をきっかけに人と変わらないのなら……と、交流を求めてくる声も出てくるだろう。現に、うちに艦娘宛のファンレターが来るようになった」

 

「そうか……」

 

「……責任を感じてるのか?」

 

「まあな……。飯田と鳳翔がそこまでしたのは……きっと……」

 

そう言うと、山岡は俺の頭を叩いた。

 

「な、なんだよ?」

 

「飯田ちゃんも鳳翔も自分からやったんだよ。元々、艦娘と人の関係をよくしようと働きかけていたしな。お前が責任を感じるのは勝手だが、それを表に出すな。心に閉まっておけ」

 

「……そうだな。悪い」

 

とは言え、完全に他人事ではないから、心配だ……。

 

 

 

その日の夜。

消灯後の見回りをしていると、何処からか息苦しそうな声が聞こえて来た。

 

「…………」

 

それはどうやら吹雪の部屋から聞こえてくるようで、耳を澄ますと、中で苦しそうにしている吹雪の声が聞こえた。

 

「吹雪……? 大丈夫か?」

 

部屋をノックすると、中からドタドタと慌てるような音が聞こえた後、吹雪が出て来た。

 

「し、司令官……。どうしたんですか……?」

 

「こっちの台詞だ。何だか苦しそうにしていたが……大丈夫か……?」

 

「は、はい! 大丈夫です。何でもありません!」

 

「そうか? 何だか顔が赤いようだが……。熱でもあるんじゃ……」

 

「ほ、本当に大丈夫ですから! お、おやすみなさい!」

 

「お、おう……お休み……」

 

吹雪は部屋のドアを閉めると、すぐにカギも閉めた。

 

「…………」

 

 

 

「それって……」

 

部屋の戻り、鹿島に聞くと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「何か心当たりがあるのか?」

 

「え、えぇ……まあ……。私も……その……吹雪さんのそれを……聞いたことがありまして……」

 

何だか歯切れの悪い感じだ。

聞いてはいけないようなことなのだろうか……。

 

「……提督さん、これは吹雪さんには言ってはいけませんよ? 提督さんがここの寮長だから……皆さんの親代わりだから、言うんですからね……?」

 

「あ、あぁ……分かった……」

 

鹿島は深呼吸をした後、恥ずかしそうに言った。

 

「吹雪さんは……えと……その……じ……自慰を……しているようなんです……」

 

「じ、自慰……? それってつまり……その……なんだ……そういう自慰か……?」

 

「ほ、ほかにどんなことがあるんですか……! 何度も言わせないでください……。セクハラです……」

 

「す、すまない……」

 

自慰……。

だからあんなに苦しそうな声を……。

 

「……吹雪さん、鳳翔さんの事を聞いてから、そういうことを意識してしまったようで……。元々、慰める方法と言うのは、授業でもやっていたみたいですし……」

 

「そ、そうだったのか……」

 

「……だから、提督さんは知らないふりをしてあげて欲しいんです。そう言うのがバレるって……私達艦娘でも恥ずかしいことだって分かってますから……」

 

鳳翔の話を聞いてから……。

つまり、昇華したということか……。

まあ、吹雪が一番早いだろうなとは思っていたが、まさかもう来るとは……。

しかも、こんな形で知ることとなるとはな……。

 

「吹雪さんも、もう大人になりつつあります。異性を意識し始めているのか、最近提督さんに余所余所しくないですか?」

 

「言われてみれば……そうかもしれないな……」

 

「それだけじゃないです。私、見ちゃったんですけど……吹雪さん、洗濯係の時、提督さんの洋服をぎゅって抱きしめて……匂いを……」

 

思春期の女の子みたいだ……。

いや……もうそうなのか……。

 

「見守ってやりたいが……何だか心配だ……」

 

「言いたいことは分かりますけど……。今は放っておくしかないんじゃ……」

 

「……お前はどうなんだ?」

 

「え?」

 

「お前はそう言う体の変化にどうしていたんだ? やっぱり、放っておいてほしいか?」

 

「な、なにを言ってるんですか!? 私はそんな……」

 

「吹雪の事が心配なんだ。参考までに聞かせてくれ!」

 

俺が熱心に頼むと、悩んだ後、鹿島は恥ずかしそうに小声で言った。

 

「そ、そう言うことは……時間が解決してくれると思いますし……。私の場合……一人になれることが多かったから……見られることもなかったし……」

 

やはり鹿島も……。

 

「でも……吹雪さんは一人になることが少ないですから……配慮が必要かもしれません。恥ずかしいでしょうけど……本人に事情を説明して、一人の時間を作ってあげて……その……してもらうとか……」

 

「俺にその役は出来ないな……。鹿島、頼めるか?」

 

「というよりも、私しかいないじゃないですか……もう……」

 

「悪いな……」

 

「いいですけど……。その代り、私にも……聞かせてください……」

 

「何を?」

 

「提督さんの……その辺りの事情を……ですよ……」

 

「俺のは別に……普通だ……」

 

「その普通を聞いてるんです! 私も言ったんですから、今度は提督さんの番です! 言わないのは不公平です!」

 

「わ、分かったよ……。俺は――」

 

 

 

吹雪の事情を知ってから数日。

鹿島にその辺りの話をしてもらい、俺は吹雪と少し距離をとることとなった。

 

「吹雪さん、やっぱり提督さんと居るとモヤモヤするみたいなので、少し距離をとった方が良いかと思います」

 

「そうだな……。普通は父親を嫌がったりするものだが、俺は実の父親じゃないから、匂いで嫌われることもないし……。気持ちが落ち着くまでそうしたほうが良さそうだな」

 

「吹雪さん自身も戸惑っているようでした……。今後もそうした子が増えてくる可能性がありますから、今の内に何か対策を考えた方が良いかもしれませんね」

 

対策か……。

こういう時、飯田が頼りになるのだが……。

 

「……とにかく、今は吹雪の気持ちが落ち着くのを待とう。それが一番の対策になるのなら、今後、俺はあいつらと少し距離をとろうと思う」

 

鹿島は納得のいかない様子であったが、それしかないと思ったのか、小さく頷いた。

 

 

 

「なるほど、それで外出を多くしてる訳か」

 

俺の話を聞いて、山岡は大いに笑った。

 

「笑い事ではない」

 

「そうだったな。悪い悪い。しかし、よくモテるよなぁ。秘訣とかあるのか?」

 

「面白がってくれるな……。お前のところはどうなんだ?」

 

「うちは性に対してオープンに考える奴が多いから、困ったことはねぇな」

 

「時間がたてばそうなるものだろうか」

 

「こればかりは性格だろうな。だが「恥ずかしい事」とか「悪い事」という印象を与えてはいけない。あいつらも普通の女の子だ。それくらいの事、するのは普通だ」

 

「普通……。そう言うものか……」

 

「お前が変に狼狽していては、吹雪も不安になるだろうし、下手に避け続ければ、その原因を調べようとするだろう。そして、その原因が自分の行為にあったと知れば……」

 

「…………」

 

「……まあ、俺も詳しくは分からねぇけどな。こういうのは飯田ちゃんが得意なんだけど……」

 

山岡は煙草を深く吸うと、ため息をつくように煙を吐いた。

 

「とにかく、俺は吹雪を避けることには反対だな。むしろ、そういう行為が気になるのなら、もっと一緒に居てやって、別の事に気を紛らわせる方がいい。自分を慰めると書いて自慰だから、別の奴が慰めてやんないとな」

 

「なるほどな……。合コン惨敗の癖に、いい事言うじゃないか」

 

「俺は大人の女が好きなの。ガキの子守りが出来ても、大人の女は靡いちゃくれねぇ」

 

「フッ……そういうものか」

 

もっと一緒に居てやる……か。

昇華の事ばかり考えていたが、俺は一人の男である前に、あいつらの父親にならなきゃいけないんだった。

そう言う意味では、もっと一緒に居てやって、父親らしいことの一つでもやってやらないといけなかったな……。

 

 

 

それから海軍の所帯持ちを総当たりし、父親と言うものはどういう存在なのか聞いて回った。

子供とよく遊んでやったり、威厳があったり、なんでも買ってくれる存在だったりと……まあ色々と出てくる。

 

「どんな子に成長してほしいかを考えれば、自分がどんな事をしてやればいいのか見えてくるものだよ」

 

どんな子に……か。

結局はそうなんだよな……。

話を聞く限り、父親の影響ってのは、かなり大きいようだ。

模範的な父親になりたいとぼんやり思ってはいたが、そんなものは無いんだよな……。

俺次第で、あいつらはいい方向にも悪い方向にも成長する……。

難しい。

 

 

 

寮に帰ると、吹雪が出迎えてくれた。

 

「お帰りなさい司令官」

 

「おう、ただいま」

 

「コート預かりますよ」

 

「ん、おう。ありがとう」

 

「お部屋、暖かくしておきましたよ。それと、あとで熱いお茶をご用意しますから、待っていてくださいね」

 

「あ、あぁ……ありがとう……」

 

吹雪の奴、何だかやけに気を遣うな。

今まで出迎えはあったが、ここまですることは無かった。

何かあったのか?

 

 

 

「お待たせしました!」

 

部屋に戻ると、吹雪は熱々のお茶と茶菓子を出してくれた。

 

「ありがとう」

 

「いえ。最近寒いですよね。曇っていて、何だか雪でも降りそうな感じです」

 

「そうだな」

 

「あ、そう言えば今日――」

 

吹雪の話題は途切れることが無かった。

少しでも沈黙が続きそうになると、ソワソワと部屋を見渡して、何か話題をつくっていた。

 

「それからですね……えーっと……なんだっけ……あ、あはは……あ……そうだ! 最近、物忘れが激しくって……」

 

「吹雪」

 

「あ、はい! なんでしょうか?」

 

「何だか様子が変だが、何かあったのか?」

 

「え?」

 

「いつも以上に気を遣ってくれたり、無理に話をしようとしているように見えるが……」

 

「そ、そう……ですかね……? 別に何もないですよ。私の話……つまらなかったですか……?」

 

「いや、そうではないが……。ちょっと気になってな。何もないのならいいのだが……」

 

吹雪は作ったような笑顔を見せた後、観念したようにガクッと肩を落とした。

 

「……すみません」

 

「……何かあったのか?」

 

「いえ……。その……最近、司令官とお話出来てないなって思ってまして……。私、避けられてるのかなって……思っちゃって……」

 

もう感づいていたのか……。

露骨に避け過ぎていたか……?

 

「そうじゃないって分かってはいるんですけど……なんだか……不安になっちゃって……。あの……もし私を避けているのでしたら……正直に言ってほしいんです……。嫌いでもいいので……せめて……理由だけは知りたいんです……。あ……もしかして……こうやってお節介されるのが嫌ですか……? それとも……」

 

「待て待て。とりあえず一旦落ち着け。俺は別に嫌ってないし……そう言う理由で避けてもいない……」

 

「別の理由があって避けてるんですか……? 教えてください……!」

 

「いや……そういう意味ではなくて……」

 

参ったな……。

どう説明したものか……。

 

「……ほら、お前ももう大人だろう。ここにいる奴らはまだ子供だから、そっちにばかり構わなければならなくて……お前を疎かにしてしまったのかもしれないな……」

 

「大人……」

 

「留守も任せられるし、「独立試験」も受かっている。立派な大人だろう」

 

そう言ってやると、吹雪の表情は明るくなるどころか、一層暗くなっていった。

 

「吹雪……?」

 

「……それが大人なら……私は大人になりたくなかったです……」

 

「え?」

 

「司令官の言う通り……私は大人になったと思います……。胸も大きくなってきたし……」

 

大人になったからと言って、胸が大きくなるとは限らないけどな……。

 

「心も大人になろうと努力してきました……。でもそれは……」

 

そこまで言うと、吹雪は閉口してしまった。

 

「それは……?」

 

吹雪は耳まで真っ赤にすると、かすれた声で零した。

 

「それは……司令官に……認めて欲しかったからで……」

 

「俺に……?」

 

「はい……。私にとって司令官は――とっても大切で――尊敬できる人で――司令官に褒められたくて――褒められるのがうれしくて――……」

 

言葉は途切れ途切れだが、大切な事だけははっきりと伝えていた。

 

「だから……最近……司令官に褒められてない事に気が付いて……。そもそも……お話すら出来てなくて……。でも……甘えるのは大人っぽくないから……」

 

余所余所しかったのはそう言うことか……。

きっと、服を抱きしめていたのも――。

 

「そうだったのか……。気が付いてやれなくて悪かったな……」

 

「い、いえ! 司令官は悪くないです!」

 

「悪いさ。そうだよな……。お前も、まだ子供だもんな……。俺はどこかで、お前にプレッシャーをかけてしまっていたのかもしれない……。他の奴らと比べて大人だから……しっかりしているからと……」

 

「そんな事……。私は……司令官に期待されて……嬉しくて……」

 

「だが……何もしてやれなかった……。いつの間にか、お前が努力していることを当然のように思っていた……」

 

「司令官……」

 

「ごめんな……吹雪……」

 

おそらく、最近の吹雪の行動すべてに、俺が関係してしまっているのだろう。

「愛情不足」だったのだ。

こいつらには親が必要なのだと気が付いたはずなのに、俺はいつの間にか、昇華の事ばかりを考えていた。

それに足を取られ、吹雪の気持ちに気が付くことが出来なかった。

 

「吹雪」

 

俺はそっと、吹雪を抱きしめてやった。

親として、どのように育ってほしいのか。

俺は今、その答えがはっきりと分かった。

『愛情をたっぷり与えられ、将来、ほかの誰かに与えることの出来る子に育ってほしい』

 

「し、司令官……?」

 

「嫌か?」

 

「い、いえ……あの……その……き、緊張しちゃって……」

 

吹雪の心臓の音が早くなっていた。

甘えなれていないのか、体は少し強張っている。

 

「そうか。悪かった」

 

放してやると、吹雪は顔を真っ赤にして俯いた。

 

「……俺はお前たちの親代わりとして、寂しい思いをさせてはいけなかったのに、何も分かっていなかった……。これからは親として、全てを受け止める。だから、なんでも言ってくれ」

 

「司令官……。じゃあ……一ついいですか……?」

 

「なんでも言ってみろ」

 

「……もう一度……ぎゅって……して……欲しいです……」

 

「ああ、分かった」

 

今度は強張りもなく、力を抜くようにして体を預けて来た。

 

「たまにこうしてもらってもいいですか……?」

 

「構わないよ」

 

「……ありがとうございます。司令官……」

 

 

 

あれから数日。

吹雪は毎日のように部屋を訪れていた。

もう一人で慰める事もなくなったようで、鹿島も安心しているようであった。

 

「そりゃよかったな……」

 

報告を聞いて、山岡はそう吐いた。

 

「山岡、何だか疲れてないか?」

 

「ああ……。実はよ……うちの寮から何名か優秀な奴らが出て行ってさ……」

 

「それはまたどうして?」

 

「いわゆる問題児の艦娘っているだろ? お前のところだと、霞がその扱いだったか。そいつらを受け入れるところがもう無いらしくてよ……。しわ寄せがうちに来たって訳だ……」

 

「優秀な奴を引っ張られて、問題児を受け入れたって訳か?」

 

「ああ……。反対しようと思ったんだが……その問題児たちが、かつて俺が指導した艦娘ばかりでさ……。本部は言わなかったが、俺に責任があると言われている気がして……」

 

「断れなかったのか……」

 

「その問題児ってのは厄介でさ……。特に――」

「――パパ」

 

「パパ?」

 

声の方を振り向くと、山風がいた。

 

「げ……こんなところまで……」

 

山風は駆け寄ると、山岡に抱き着いた。

 

「パパ……急に居なくならないで……」

 

「だから、俺はパパじゃねぇっての……」

 

後から香取が息を切らしてやってきた。

 

「すみません山岡さん……。山風ちゃん、どうしても山岡さんに会いたいって聞かなくて……」

 

「今すぐ連れて帰れ。こっちは仕事中だ」

 

「仕事……してない……。タバコ吸ってる……」

 

「あ! 山岡さん! タバコはおやめになってって、何度も言いましたよね!?」

 

「少しくらいいいだろ……。いいから、山風を連れて帰ってくれ!」

 

「もう……。山風ちゃん、行きますよ」

 

「後で……構ってね……! 絶対……!」

 

「ああ、あとでな……」

 

香取に連れられ、山風は帰っていった。

 

「こういうこった……。何故か好かれちまってさ……」

 

「いいじゃないか。父親してるな。パパなんて呼ばれて」

 

「お前も呼ばれてただろ……。確かに、好いてくれるのはいいかもしれねぇが……。親離れってのも必要なんだ……。山風はちょっと異常だ……」

 

なるほど……そういう考え方もあるのか……。

どんな状況においても、親ってのは大変だ。

 

「軽巡寮なのに……ったく……」

 

「お前も大変だな……」

 

山岡はタバコを深く吸うと、火をもみ消した。

 

「……そういや、飯田ちゃんの件だけどよ。何だか凄いことになってるらしいぜ」

 

「凄いこと……?」

 

「ああ……。何でも、今回の件で艦娘への関心が高まっているようでさ。その実態を探ろうと、メディアからのオファーが殺到しているらしい」

 

「本部はなんと?」

 

「何とも言えないそうだ……。こっちの対応によって、いい方向にも悪い方向にも傾く。飯田ちゃんの運命も、ここで決まるだろうな……」

 

飯田……。

 

「何か俺たちで協力できないのか……?」

 

「俺だってしてやりてぇが……飯田ちゃんと連絡が取れない以上……何も……」

 

今俺たちに出来る事……。

今まで通り、出来ることをするだけ。

それ以上は何も出来ない。

山岡も分かっているのか、それ以上口を開くことは無かった。

 

 

 

山岡と別れ、寮に戻る途中に飯田から連絡が入った。

 

「もしもし?」

 

『ご無沙汰しています』

 

「お前……心配してたんだぞ……」

 

『すみません。色々と大変だったもので』

 

「……そっちは大丈夫なのか?」

 

『問題ありません』

 

飯田の声には、どこかキリっとしたものがあって、気を抜けないような状況に居ることが伝わってきた。

 

『……先輩、これから会うこと……できますか……?』

 

 

 

飯田が指定した公園は、誰もいなくて、とても暗かった。

 

「先輩」

 

「飯田」

 

飯田は少しやせているように見えた。

 

「心配したんだぞ……」

 

「すみません……」

 

「……それで、どうした?」

 

「先輩にご相談がありまして……。吹雪さんの件なんですが……」

 

「吹雪……?」

 

「はい……。単刀直入に言いますと、吹雪さんを外の施設に出そうと思っています」

 

「外の施設……?」

 

「――鎮守府です。……私と鳳翔さんの行動は、ご存知かと思います」

 

「ああ……だから心配していた……」

 

「その事で、メディアからの取材オファーが集中していることもご存知ですか……?」

 

「……ああ」

 

飯田は続けようとしたが、声が出せなくなったかのように、何度も口を開閉した。

その唇は、震えている。

 

「……飯田」

 

俺は、飯田が何を言いたいのかが分かっていた。

 

「お前がそこまでしていることに、少なくとも俺が関係していることは分かっている。そうじゃなかったとしても、お前の行動を俺は支援したいと思っている」

 

掴んだ手は小さく、冷たかった。

 

「飯田……」

 

「……取材は……――新聞社の件から、ここでは出来なくなりました……。だからと言って、このまま断り続けては、やっと開いたこの道を閉ざすことになってしまいます……」

 

「……――鎮守府に吹雪を送り、メディア対応させようって事か……」

 

「……すでに何名かの艦娘を選別しています。山岡さんの寮で艦娘の異動が行われたことはご存知ですか?」

 

「ああ、今日聞いた」

 

「それもその影響です……。他の寮で優秀な艦娘が――鎮守府へ行くことが決まったので、大きな異動があったという訳です……」

 

「期間は……?」

 

「決まっていません……。ただ……長期化が予想されますので……少なくとも……数年は……」

 

沈黙が続く。

そんな中、空からふわりと、雪が降って来た。

 

「……雪だ。寒いと思ったんだ……」

 

飯田は返事をしなかった。

 

「……飯田」

 

「…………」

 

「吹雪にその話は……?」

 

飯田は首を横に振った。

 

「そうか……」

 

雪が本格的に降り出していた。

これは積もりそうだ。

 

「ごめんなさい……」

 

やっと口を開いた飯田は、静かに泣いていた。

 

「先輩や山岡さんに迷惑をかけるつもりはなかったんです……。でも……」

 

「……言っただろ。俺はお前の行動を支援したいと思っている。お前がそう決断したのなら、俺は全力で支援するよ」

 

「先輩……」

 

「……不安だっただろ。よくやってくれた……。ありがとな……飯田……」

 

そう言って肩抱いてやると、飯田はいつまでも泣き続けた。

孤独だっただろう。

不安だっただろう。

誰にも頼ることが出来なくて……。

誰にも相談できなくて……。

 

「吹雪の事は任せろ……。俺はいつもお前を応援しているよ……」

 

「先輩……」

 

 

 

飯田が帰った後、俺はずっと公園のベンチに座っていた。

既にベンチの淵には、雪が薄く積もっている。

 

「…………」

 

協力すると言ったが、俺は吹雪に言う勇気が無かった。

やっと俺に心を開いてくれて、これから共に頑張っていこうと約束したのに……。

親として、あいつを見守っていかなければならないのに……。

 

「吹雪……」

 

そう呟いたとき、公園の外灯が、ふと暗くなった。

顔をあげると、そこには傘が――。

 

「司令官」

 

「吹雪……?」

 

吹雪はベンチの雪を払い、俺の隣に座った。

 

「どうしてここに……」

 

「飯田さんから連絡がありまして。司令官が動けないでいるから、迎えに行ってあげてって」

 

時計を見ると、もう二時間以上こうしていることに気が付いた。

 

「……そうか。すまない……」

 

「いえ……」

 

沈黙が続く。

雪が音を吸収しているのか、先ほどよりいっそう静かになっていた。

 

「……飯田さんから聞きましたよ」

 

俺は返事をすることが出来なかった。

 

「きっと……司令官が言えないだろうからって……飯田さんが……。えへへ……司令官って、意外と繊細なんですね」

 

再び沈黙が続く。

 

「……私、司令官とずっと一緒に居たいと思っていました。何でも受け止めてくれるって言ってくれて……すごく嬉しかったし……私も恩返し出来たらって……思っていましたから……」

 

「…………」

 

「だから……飯田さんからお話をいただいたとき……驚いたし……司令官と離れ離れになるって……思って……」

 

「…………」

 

「でも……人との共存には必要な事で……いつか、司令官と一緒に居ようとするなら、今は頑張らないといけないって思って……」

 

「…………」

 

「だから……私……行こうと思います……。私は大丈夫です。だから司令官……そんな顔しないでください……」

 

吹雪が俺の手を取った。

温かいその手に、俺はぽろぽろと涙を流してしまった。

 

「司令官……」

 

「……お前に……ずっと我慢して頑張ってきたお前に……やっと気が付いて……愛情を与えられると……思っていた……なのに……」

 

俺は情けない声で泣いた。

吹雪の努力を知っていたからこそ、辛かった。

 

「ごめんな……ごめんな……」

 

俺の姿を見て、吹雪もぽろぽろと涙を流した。

 

「大丈夫です……。大丈夫……。司令官がそう思ってくれただけで……私は幸せです……。私の気持ちに気が付いてくれて……ありがとうございます……。大好きです……」

 

いつまでもいつまでも、泣き続けた。

それほどに、辛かった。

吹雪の気持ちを知っているからこそ――吹雪の努力を知っているからこそ――……。

――けど、一番はやっぱり……俺の我が儘だけど……吹雪と別れる事が辛かった。

 

 

 

吹雪の異動が決まってからは、とても早かった。

別れを惜しむ間もなく、吹雪は出発することになった。

 

「みんな、元気でね。絶対、お手紙書くからね」

 

皆、吹雪に群がり、宝物だと言って色々と渡していた。

泣くものもいた。

 

「吹雪さん、お元気で。辛かったら戻って来てもいいんですからね?」

 

「大丈夫です! たくさん活躍して、皆さんにいい報告が出来るように頑張ります!」

 

今回の件には、飯田も同行するようであった。

 

「飯田」

 

「飯田ちゃん」

 

「お二人とも……。ふふ、何も最後の別れでもありません。私はちょくちょく報告で帰ってきますから、その時はお話でもしましょう」

 

「そうか……」

 

「先輩は吹雪さんのところに行ってあげてください。待ってますよ」

 

「ああ、分かった」

 

再び吹雪の方を向くと、いつの間にか皆がいなくなっていた。

 

「えへへ、皆さんには席を外してもらいました。司令官と二人でお話したくて」

 

「そうか……」

 

沈黙が続く。

 

「……必ず、戻ってきます。だから……待っててほしいんです……」

 

「ああ、待っている……。俺もそれまで、頑張るよ。許可があれば、遊びにも行こう」

 

「本当ですか? えへへ……嬉しいです……」

 

「……寂しくなるよ」

 

俺が悲しそうな顔をすると、吹雪は俺の袖をそっとつかんだ。

 

「司令官、ちょっとしゃがんでください」

 

「こうか……?」

 

しゃがむと、吹雪はそっと口づけをした。

 

「また会う約束のキスです! えへへ……」

 

「……なんだそれは」

 

「え? こうしてキスすることって……また会いましょうって意味だって飯田さんが……」

 

飯田の方を見ると、悪戯そうにニヤニヤ笑っていた。

 

「い、飯田さん……嘘ついたんですか!?」

 

「だって吹雪さん、先輩の事が好きだって言ってたから」

 

「も、もう! し、司令官!? 違うんですよ!? これは騙されてですね!?」

 

「あ、あぁ……分かってるよ。しかし……そんな事に騙されるとは……心配になってしまうな……」

 

「あ……う……それは言い返せません……」

 

落ち込む吹雪を撫でてやる。

本当、最初に会った時よりも大きくなったもんだな……。

 

「行ってこい吹雪。待ってるから」

 

「司令官……。はい! 吹雪、行ってきます!」

 

元気よく返事をし、吹雪は飯田の元へと走っていった。

そして、飯田に対して抗議をしていた。

 

「仲良くやっていけそうだな。あの二人」

 

「山岡、お前いいのか? 飯田、行ってしまうぞ」

 

「言っただろ。俺も新しい道へ進むって。寂しくなんかないさ」

 

「フッ……そうか」

 

吹雪たちを乗せたバスが見えなくなるまで、俺たちは大きく手を振って見送った。

 

 

 

あれから数日。

新聞や雑誌、テレビなどで――鎮守府の特集がたくさん組まれ、艦娘に対しての関心は留まる所を知らなかった。

 

「吹雪さん、元気そうでやってるみたいですね」

 

吹雪の現状もまた、記事や映像で分かった。

別れて寂しいと思っていたけれど、こうも毎日顔を見ると、何だかいつもと変わらないような気すらした。

電話もちょくちょくかかってくるしな。

 

「そう言えば、吹雪さんがいなくなってから、霞ちゃんが凄く頑張ってるんですよ」

 

「霞が?」

 

「えぇ。この前も、「独立試験」を受けるんだって勉強していましたし、掃除や洗濯も自分から率先してやってるみたいです」

 

霞は吹雪を尊敬していたからな。

あいつがいなくなった今、自分がやらなきゃいけないと思っているのだろうか。

 

「今、アイロンがけを食堂でしてますよ。様子を見に行ってあげてください」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 

食堂では、霞が洗濯物をたたんでいた。

 

「アイロンがけは終わったのか?」

 

声をかけてやると、霞は俺をちらっと見て、また作業に戻った。

 

「吹雪がいなくなってから、そうやって頑張っているらしいじゃないか」

 

「……ほかにやる奴がいないだけよ」

 

「それでもやろうとしてるのは本当に偉いぞ」

 

「あっそ……」

 

こうして頑張っていることは、ちゃんと認めてあげないといけない。

吹雪のことで学んだことだった。

 

「俺も手伝うよ」

 

「いいわよ……別に……」

 

「いや、そういう訳には――」

「――いいったら!」

 

霞は俺をキッとにらんだ。

しまった……余計な事だったか……。

まだこいつらとの距離をうまくつかめないな……。

 

「す、すまない……」

 

「…………」

 

霞はムッとした顔のまま、再び洗濯物をたたみだした。

 

「……悪かったな」

 

去ろうとすると、霞が口を開いた。

 

「吹雪さんは……」

 

「え……?」

 

「吹雪さんは……あんたに褒められるとき……色々してもらってたみたいじゃない……」

 

「色々……?」

 

「吹雪さんが嬉しそうに話してた……」

 

「まあ……そうだな……」

 

霞がチラッとこちらを見た。

それを見て、俺は察することが出来た。

 

「なるほどな……。お前も褒めて欲しいのか」

 

「そうはいってない……」

 

「吹雪はちゃんとどう褒めて欲しいのか言っていた。俺はまだ、どうしてお前たちが褒めて欲しいのか分からないんだ。教えてくれないか?」

 

そう言ってやると、霞は黙ってしまった。

さっき怒ったのは、俺の褒め方が間違っていたからだろう。

 

「吹雪と一緒でいいか?」

 

吹雪の褒められ方を知っているのか、霞は何も答えなかった。

だが、否定しないのは、肯定と同じサインだった。

俺はそっと、霞を撫でてやった。

 

「吹雪の代わりは大変だろ。頑張ってるな。霞」

 

霞はムッとした顔で俺を睨んだ。

 

「違うのか?」

 

霞は何も言わなかった。

 

「なんだよ。言ってくれないと分からないよ」

 

しばらくそんな話をしていると、鹿島が様子を見に来た。

 

「提督さん、お電話です」

 

「おう、今行くよ」

 

睨む霞を後ろに、俺は部屋へと戻った。

 

 

 

電話も終わり、部屋でくつろいでいると、霞がやって来た。

部屋に入ると、鍵を閉め、俺の近くに座った。

 

「どうした?」

 

「……まだ褒めてもらってないんだけど」

 

それに、俺は大いに笑ってしまった。

 

「いや、済まない。そうだったな」

 

「……それで、分かったの? 褒め方……」

 

「ああ、もう一つだけあったな」

 

そう言ってやると、霞はそっと俺に抱き着いた。

 

「こうして……撫でてあげてるんでしょ……」

 

「悪いが、そうやって撫でたのは一回だけで、本当に特別な時だけなんだが……」

 

「な……!? ど、どうせ嘘でしょ!?」

 

「いや、本当だ。だよな、鹿島」

 

鹿島は申し訳なさそうに台所の方から出て来た。

 

「か、鹿島さん……居たの……?」

 

「ごめんね霞ちゃん……。隠れてるつもりはなかったんだけれど……」

 

霞は顔を真っ赤にして、俺を叩いた。

 

「痛っ!?」

 

「――!」

 

霞は言葉にならない声を出して、俺を睨んだ。

 

「霞、吹雪はちゃんと素直に甘えて来たんだ。お前もそうやって褒めて欲しいなら、そう素直に言うんだ」

 

「そんなの言えるわけないわ! うぅ……恥ずかしい……もう!」

 

「霞ちゃん、提督さんの言う通りです。ちゃーんと言わないと分かりませんよ」

 

鹿島は真剣に言ってるのか、面白がってるのか分からない笑顔を見せた。

 

「霞」

 

「霞ちゃん」

 

「……もう! 分かったわよ! ぎゅってして! 撫でて!」

 

「ああ、分かった」

 

褒めてやると、霞は複雑そうな顔を見せた。

褒められ方は皆それぞれか。

霞はこういう方法だが、ほかの奴らはきっと違うだろう。

ちゃんと調べてやらないとな。

親として。

 

「良かったね、霞ちゃん」

 

「うぅ……恥ずかしいったら……」

 

吹雪たちも頑張っているんだ。

今度はあんな顔をさせない様に、ちゃんと親として成長しなければいけないな。

 

「提督さん、私もちゃんと褒めてくださいね」

 

「お前は子供じゃないだろ」

 

「でも、褒めて欲しいです」

 

「どうでもいいけど……いつまでやってるのよ! ばか!」

 

その時まで、またな、吹雪。

 

――続く

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