絶華   作:雨守学

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第8話

「――年――月――日、――。おめでとう」

 

大勢の拍手の中、俺は賞状と記念品をもらった。

 

「おめでとさん。お父さん」

 

戻って来た俺に、山岡は茶化す様に言った。

 

「ああ……」

 

「なんだよ。複雑そうな顔してるな」

 

「これは吹雪に与えられるべきものだ。どうして俺なんかに……」

 

吹雪が向こうへ出て半年の月日が流れていた。

あれから吹雪たちは大いに活躍しているようで、その吹雪を育てた「親」として、俺が表彰されたのだった。

 

「お前は表彰されるべきだよ。第二寮だけだぜ。駆逐艦が「独立試験」に合格しているのは」

 

霞に続き、第六駆逐隊、卯月に皐月が合格していた。

 

「だがそれは、吹雪や鹿島、霞が道を作ってくれたからだ」

 

「謙遜するな。そいつらをやる気にさせたのはお前だろ。本部もそれを分かって表彰したんだろ」

 

「…………」

 

「とにかく、おめでとさん。素直に喜べよ」

 

「……ああ」

 

お偉いさんのつまらない話を聞いて、表彰式は終わった。

 

 

 

寮に帰ると、鹿島と霞が迎えてくれた。

 

「お帰りなさい提督さん。聞きましたよ。表彰、おめでとうございます!」

 

「ああ……」

 

「あまり嬉しそうじゃないわね……。もしかして……吹雪さんが表彰されるべきだって、怒ってるの?」

 

「そんなところだ……」

 

「ふ、吹雪さんは吹雪さんで表彰されてますよ……多分……ですけど……。……これはあくまでも、提督さんを表彰したものですから……」

 

「だとしても、俺だけはおかしい。お前たちだって頑張っているのに……」

 

「ばっかみたい……。別に私たちは表彰されたいからやってるわけじゃないんだけど?」

 

「そうですよ! むしろ、提督さんが評価されて、私たちも鼻が高いです!」

 

そう言うと、鹿島も霞も笑顔を見せた。

 

「そうか……。ありがとう、二人とも」

 

「全く……世話が焼けるったら……。それはさておき……第六駆逐隊が待ってるわよ。行ってあげなさい」

 

「ああ、分かった」

 

「皆さん、ずっと提督さんを待っていたんですよ。出発の時間、実はもう過ぎているんです。ほら、あそこにバスが来てます」

 

「そうだったのか……。もうちょっと早く帰ってくれば良かったな……」

 

「食堂に居るわ。さっさと済ませてきなさい。荷物、持っててあげるから」

 

「ああ、すまない」

 

霞に荷物を預け、俺は食堂へと急いだ。

 

 

 

「あ……司令官……。遅いじゃないのよぉ……!」

 

真っ先に抱き着いてきたのは暁だった。

 

「すまない……。と言うよりも、出る時にお別れしただろ。なぜ行かなかった」

 

「分かってるけど……やっぱり見送って欲しくてぇ……」

 

「独立試験」合格ラッシュに、第二寮へ転移したいという艦娘が殺到した。

しかし、吹雪の空きには白雪が入ってきたため、第二寮に空きは無く、誰かの転移待ちとなった。

そこに白羽の矢が立ったのが、合格した第六駆逐隊であった。

 

「すまないな……。本部の都合でお前たちを……」

 

「ううん、いいのよ。これも共存の為に必要な事なんでしょ?」

 

「合格したい艦娘はたくさんいるんだ。合格した私たちがいつまでもいるわけにはいかないしね」

 

「むしろ、第六駆逐隊全員で! という電たちの条件を通してくれた司令官さんに感謝しているのです!」

 

「お前ら……」

 

一人一人を抱きしめてやる。

皆、最初に出会った頃よりも成長していて、何だか涙が零れそうになった。

 

「さあ、見送ってやるから、さっさと行け。朝も言ったが、何も最後の別れじゃないだろ」

 

「そうだけどぉ……」

 

「暁、お前はお姉ちゃんだろ。ここを出るときくらい、成長した姿を俺に見せてくれよ」

 

暁は涙を拭くと、逞しい表情を見せた。

 

「うん……!」

 

「よし! それじゃあ、行ってこい!」

 

「みんな、行くわよ! 暁について来なさい!」

 

暁を先頭に外へ出ると、第二寮の艦娘が待っていた。

皆、別れを言うよりも、エールを送っていた。

それに応えるあいつらの背中が、とても大きく見えた。

 

「別の寮に行くだけなのに、大げさだな……全く……」

 

「そう言いながら、泣いてるわよ、あんた」

 

「欠伸だよ、欠伸」

 

「そう言うことにしておきましょう。霞ちゃん」

 

歪む景色の中、第六駆逐隊を乗せたバスは、遠くへと走っていった。

 

 

 

第六駆逐隊との別れを惜しむ間もなく、代わりの艦娘がやって来た。

 

「浜風です。お久しぶりです、提督」

 

「浦風じゃ。うちとは初めてじゃねぇ。うちも「提督さん」呼ばせてもらうけ」

 

「時雨だよ。って、知ってるよね。提督、またよろしくね」

 

「知ってるだろうけど……一応……。敷波……です……。よ、よろしくね……司令官……」

 

四人中三人は、指導したことのある艦娘か。

やりやすいと言えばやりやすいが、ここまで成長した艦娘と生活するのは、鹿島を抜いて初めてだから、結構大変そうだ。

 

「よろしく。まずは寮の案内をしなければいけないな。霞、頼めるか?」

 

「えぇ、問題ないわ」

 

皆、戦後直後の霞の事を知っていたから、すごく驚いた表情を見せていた。

 

「噂通りじゃねぇ」

 

「噂?」

 

「第二寮の提督さんは、どんな子でも言うことを聞かせてしまうって話じゃ。うちもその内、提督さんに身も心も奪われてしまんかねぇ」

 

「人聞きの悪い……」

 

「楽しみにしとるよ。提督さん」

 

「……いいからさっさと行くわよ!」

 

霞は俺を睨むと、皆を連れて寮を回った。

 

「提督さん、白雪さんがお待ちですよ」

 

「ああ、すぐに行く」

 

霞に頼まないといけないほど、今日は忙しいな。

いや、おそらく、これからがどんどん忙しくなってゆくのだろうな。

 

 

 

部屋に戻ると、白雪が待っていた。

 

「すみません。お忙しいのに……」

 

「いや、構わないよ。続き、やろうか。えーっと、何処からだったか」

 

「25ページからです」

 

「そうだった。では――」

 

白雪は吹雪の影響を受けて、「独立試験」に力をいれている。

時間を見つけては、俺のところへと訪ねて来るのだった。

こうして教えられるのも、あいつらとたくさん勉強してきたおかげだな。

 

「つまり、一時間走ったとして、この距離へとたどり着く速度の事を言っていてだな……」

 

「なるほど……。ノットの事ですね」

 

「ああ。地上では普通、こっちの単位を使うから、この単位について覚えておくように」

 

「分かりました」

 

「ふぅ……では、次だが……」

 

「司令官、少し、お疲れのようですが……」

 

「ああ……まあな……。ここのところ、色々あったから……」

 

「でしたら、あとは自習しますので、お休みになってください」

 

「いや……そう言う訳にはいかない。吹雪たちも頑張っているしな。俺が休んではいけないだろ」

 

机の上にある新聞には、吹雪や鳳翔たちが載っていた。

艦娘に対して理解のない記事ばかり載せていたメディアも、世論に流されて、最近では艦娘を肯定するような記事ばかり増えている。

良いことだが、現金な奴らだとウンザリしてくる。

 

「吹雪ちゃん、司令官の事心配してましたよ。以前、倒れたことがあるそうで……」

 

「ああ、まあ……」

 

「同じことを繰り返さない様に見守ってあげて欲しいと、吹雪ちゃんから言われてるんです。ですから、ね?」

 

そう微笑む白雪に、俺は吹雪の影を見た。

 

「……ああ、そうだな。すまないな」

 

「いえ。お茶、ご用意いたしますね」

 

「ありがとう」

 

白雪が去ると、交代するように鹿島が入って来た。

 

「白雪さん、すっかり提督さんの管理役ですね」

 

「聞いていたのか……。あいつ、秘書艦を務めたことがあるらしい。立派なもんだ」

 

「吹雪さんとよく電話してますよ。提督さんの愚痴で盛り上がってます」

 

「そりゃ何よりだ……」

 

「ウフフ。でも、白雪さん楽しそうです。私の出る幕が無くて、嫉妬しちゃいます」

 

「そう言えば、最近お前と過ごすことが少なくなったな。霞もしっかりしてるし、俺たち二人でやらなきゃいけないって事が少なくなったのかもな」

 

「そうですね……。でも、それだけ皆さんが成長しているってことですから、喜ばないといけません」

 

そう言うと、鹿島は少し寂しそうな顔を見せた。

 

「……あいつらもしっかりしてきたんだ。たまには「街」にでも行って来たらどうだ?」

 

「え?」

 

「今度の日曜日、榛名の店で新しいケーキが出るらしい。行ってこい」

 

「今度の日曜日……ですか……」

 

「ああ」

 

俺はカレンダーに目をやった。

鹿島も同じように。

それで鹿島は察したのか、唇をそっと噛み締め、赤面した。

 

「では……お言葉に甘えて……」

 

「ああ、楽しんで来い」

 

「はい……」

 

鹿島が部屋を出るのと同時に、白雪が入って来た。

 

「お待たせいたしました」

 

「おう、ありがとう」

 

「そう言えば司令官、日曜日は榛名さんのお店へ監査に行かれるんですよね?」

 

「ああ。面倒だが、交代制だからな」

 

「実は……お願いがありまして……」

 

「なんだ?」

 

「新作のケーキが出るみたいで……その……」

 

「買ってくればいいのか?」

 

白雪は恥ずかしそうに頷いた。

 

「分かった」

 

「すみません……。お金はお渡しいたしますので……」

 

「いや、皆の分も買ってこようと思っていたし、お金はいらないよ」

 

「しかし……」

 

「もし「独立試験」に受かったら、その時ご馳走してくれ。頼むぞ」

 

そう言って撫でてやると、白雪は驚いたような顔を見せた。

しまった……。

 

「おっと……すまない……。吹雪と雰囲気が似ていたから……つい……」

 

「い、いえ……。吹雪ちゃん……こうしてもらっていたんですね……」

 

「ああ。……ここだけの話、霞もなんだ」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

俺が声を小さくすると、白雪も同じように小さな声で話し始めた。

興味津々なのか、身を乗り出している。

 

「霞ちゃんって、そういうこと嫌うと思ってました……」

 

「あいつも子供だしな。甘えたい日もあるさ。俺は親代わりみたいなものだから、なるべくあいつらには愛情を知ってもらおうと、そう接しているんだ」

 

そんな事を話していると、霞が部屋に入って来た。

 

「案内し終わったわ。次はどうするのよ?」

 

「あいつらは?」

 

「とりあえず、各部屋に居てもらっているわ。後で指示するから、とりあえず待機って事でね」

 

「そうか。ありがとう。後は俺がやっておく。ご苦労様」

 

霞はじっと俺を見ると、部屋へと戻っていった。

 

「なるほど……」

 

そう言ったのは白雪だった。

 

「今のじっと見つめるのって、後で甘えさせてっていうサインだったんですね。ずっと気になってはいたんですけど、今のではっきりしました」

 

「よく分かったな」

 

「戦時中に似たようなサインをする子がいましたので」

 

流石秘書艦だな。

 

「そうですか。甘える、ですか」

 

「お前も甘えてみるか?」

 

「そうですね。たまにはいいかもしれません」

 

そう言うと、白雪はニコッと笑った。

取り乱さないところを見ると、本当に大人だな。

 

「さて、私はそろそろお暇しますね。ありがとうございました」

 

「こちらこそ」

 

白雪を見送り、新しく入った四人の元へと向かった。

 

 

 

その日の夕飯は、四人の歓迎会も兼ねて、皆で食堂に集まり食べた。

 

「ふぅ……」

 

「お疲れ鹿島。悪いな、色々作って貰っちゃって」

 

「いえ。白雪さんや霞ちゃんが手伝ってくれたので」

 

「そうだったか。とにかく、お疲れ様」

 

乾杯をして、騒がしいテーブルの方へと目をやった。

 

「吹雪や第六駆逐隊が抜けて、どうなるかと思ったが、なんとかやっていけそうだな」

 

「えぇ。新しく入った皆さんも凄くしっかりされていますし、少しだけ雰囲気が変わりそうですね」

 

「そうだな」

 

この寮に移って、もう半年以上か。

数か月もすれば一年……。

早いものだな……。

 

「そう言えば……今度の日曜日の事ですけど……本部に申請を出しておきました……」

 

「そうか。俺もたまたま「街」で監査があるから、どこかで会えるかもしれないな」

 

「……はい」

 

鹿島は酒を一口飲むと、机の下で俺の手をぎゅっと握った。

 

「…………」

 

「…………」

 

お互いに目を合わせるわけでも無く、ただ、そうしていた。

 

「し、司令官……」

 

敷波に声をかけられ、俺たちはとっさに手を放した。

 

「どうした?」

 

「えと……その……ね? ほら、久しぶりに会ったからさ……少し……お話出来たらって……思ってて……」

 

「ああ、いいよ。座りな」

 

敷波が座ると、鹿島が立ち上がった。

 

「では、私は他の子たちのところに行ってますね」

 

「ああ、分かった」

 

敷波の様子を見て、鹿島が気を遣ってくれたんだろうな。

この寮が騒がしくなればなるほど、あいつとの距離は開いてゆく。

何とももどかしいものだな。

 

 

 

日曜日。

榛名の店は満席になるほど繁盛していた。

 

「繁盛してるな」

 

「おかげさまで」

 

榛名は忙しなくケーキを焼いていた。

皆、新作のケーキが目的なのだろう。

 

「テイクアウトの客もいるな。どれ、手伝おう」

 

「そんな……悪いです」

 

「監査はもう終わっている。手伝うくらいはいいだろう」

 

「そうですか? では……お願いできますか? 実は、注文を取れてないお客さんがいまして……」

 

「では、給仕を請け負おう」

 

「すみません……。よろしくお願いいたします」

 

忙しい時は榛名一人では厳しいか。

従業員を増やせるかどうか、本部に相談してみることにしよう。

 

 

 

しばらくすると、客も疎らになって来た。

 

「落ち着いてきたな」

 

「はい。ありがとうございます。助かりました」

 

「なに。もう少しだけ手伝おう。まだ客も来るだろうしな」

 

そんなことを話していると、鹿島が店に入って来た。

 

「いらっしゃいませ」

 

挨拶をしてやると、鹿島は少し驚いた顔を見せた。

 

「こちらへどうぞ」

 

だが、俺の態度を見て、すぐに状況を理解したのか、小さく笑って見せた。

 

「素敵な給仕さんですね」

 

「恐れ入ります。本日のおすすめは新作のケーキです」

 

「では、それと紅茶を」

 

「ホットで宜しかったですか?」

 

やり取りが面白かったのか、鹿島はくすくすと笑った。

 

「うふふ、はい。お願いします」

 

「かしこまりました。お待ちください」

 

何だか懐かしいな。

昔、こうしてアルバイトをした時の事を思い出す。

山岡と飯田がからかいに来たっけ。

 

「ケーキと紅茶を頼む。三番テーブルだ」

 

「はい!」

 

 

 

鹿島が店を出た後、俺は榛名に土産のケーキを頼んで、店を後にした。

 

「さて……」

 

しばらく歩くと、後ろに鹿島が居ることに気が付いた。

 

「…………」

 

ついては来るが、一定の距離を保っている。

そうだよな……。

隣り合って歩くことは出来ないよな。

これだけの関係者がいる中で、二人で歩いているのは……。

 

「ねぇ、お二人さん」

 

声をかけてきたのは陸奥だった。

 

「クレープ、食べて行かない? もう終わりだから、サービスしちゃうわよ」

 

鹿島を見ると、気まずそうに俯いた。

 

「どうしたの? お腹いっぱい?」

 

「――いや、頂こう。鹿島、おごってやるから、お前もどうだ?」

 

そう言ってやると、何も言わずに頷いた。

 

「毎度。今日は二人で?」

 

「いや……」

 

「そうなの? てっきり二人で……」

 

そこまで言うと、陸奥は何かを察したのか、優しく微笑んで見せた。

 

「そう……。ねぇ、お店を閉めた後、三人で遊びに行かない?」

 

「え?」

 

「いいでしょう?」

 

陸奥はウィンクを送ると、クレープを焼き始めた。

なるほど……そう言うことか……。

 

「そうだな。三人で遊ぼうか」

 

鹿島は良く分かっていないのか、少し困惑気味だった。

 

 

 

陸奥が店を閉めた後、俺たちは三人で「街」を歩いた。

 

「人が多いわね。はぐれない様に、手でも繋いじゃう?」

 

そう言うと、陸奥は鹿島の手を握った。

 

「ほら、鹿島さんも彼の手を握ってあげて」

 

「え?」

 

「ね?」

 

陸奥がウィンクを送ると、鹿島はやっと気が付いたようで、顔を真っ赤にして見せた。

 

「て、提督さん……どうぞ……」

 

「ああ」

 

鹿島の小さく冷たい手を握る。

 

「うふふ、仲良し三人組ね」

 

「街」を歩く人々は、俺たちを不思議そうな目で見ていた。

 

「もう少し、歩きましょうか」

 

陸奥にリードされ、俺たちは手を繋いだまま、「街」を堪能した。

 

 

 

帰りは俺の車で陸奥と榛名を送ることになった。

 

「すみません。榛名まで……」

 

「いや、時間外までケーキを焼かせてしまったということだったしな……。悪かった」

 

「いえ。皆さん、喜んでくれたら幸いです」

 

ミラー越しに鹿島を見ると、お土産のケーキを抱えて眠っていた。

 

「鹿島さん、疲れて寝ちゃったみたい。楽しかったんでしょうね、貴方とのデート」

 

俺は無意識に榛名を見た。

 

「大丈夫よ。榛名さんには、さっき話しておいたから」

 

「えぇ、気にしないでください」

 

「……そうか。しかし……どうして……」

 

「乙女には分かるものなのよ。貴方と鹿島さんが、お互いを好きでいるんだって」

 

「だとしても、どうしてそれを受け入れてくれる……? だって……」

 

「分かってるわ。人と艦娘が関係を持つことに、いいイメージを持たれてないことは……。でもね……やっぱり応援したくなるじゃない。好きな人がいて……そこに大きな障害があってなお、好きでいられるだなんて……。とっても素敵……」

 

「榛名もそう思います。とっても素敵な事です。応援したくなっちゃいますよ!」

 

「お前ら……」

 

「私たちに出来ることは、あまりないかもしれないけれど……それでも、少しでも力になれたらって思って……」

 

「……そうだったのか。ありがとう……陸奥……」

 

「ううん。貴方も鹿島さんも、艦娘と人との間にある溝を埋めようと努力してること、知ってるから……」

 

「榛名達こそ、感謝しなければいけません。私達艦娘の為に、ありがとうございます」

 

冷たい風に吹かれ続けてきたからこそ、二人の言葉が心にしみるようであった。

 

「「街」に来た時は、私たちを頼って。二人の時間を作ることくらいなら出来るから」

 

「榛名も全力でサポートいたします!」

 

「……ああ、ありがとう……二人とも……」

 

 

 

榛名と陸奥を送り届け、第二寮に戻ろうとすると、鹿島が助手席へと移動してきた。

 

「起こしてしまったか」

 

「いえ……ずっと起きてました……。三人のお話も聞いていました……」

 

「……そうか」

 

鹿島はそっと、俺の腕を抱きしめた。

 

「鹿島……」

 

「ごめんなさい……。もう少しだけ……こうさせてください……」

 

「……分かった」

 

本当は、今すぐにでもこの手で抱きしめてやりたかった。

だが、それをしてはいけない。

それを許したら、それ以上を望んでしまうような気がしたから。

鹿島もそれを分かっているから、気を紛らわすために、こうしているのだろうと思う。

 

「…………」

 

陸奥や榛名が背中を押してくれるのはありがたい。

だが、時代がそれを許してはくれない。

踏みとどまらなければいけない気持ちと、背中を押してくれる仲間に応えたい気持ちが入り混じる。

俺は平気だが、鹿島にとってのそれは、耐えがたいことなのだろう。

 

「……すみません。もう平気です……」

 

鹿島は離れると、悲しそうに俯いた。

 

「……鹿島」

 

「…………」

 

「今日……楽しかったか……?」

 

「はい……とても……。だからこそ……何だか寂しいと言いますか……。えへへ……駄目ですよね……。これから戻るのに……」

 

俺はそれに返事をしなかった。

 

「……もう大丈夫です。戻りましょう。皆さん、ケーキを楽しみにしていますから」

 

無理に笑ったその表情に、胸が締めつけられた。

 

「提督さん……?」

 

「俺も……お前と同じ気持ちだ……」

 

そう言って、ハンドルに頭を垂れた。

鹿島がそれをどう見たかは分からないが、小さく震える手が、俺の背中をそっと支えていた。

俺が顔を上げるまで、ずっと。

 

 

 

あれから数週間。

新しく入って来た四人もすっかり寮に馴染み、「独立試験」の勉強も順調に進んでいた。

 

「……よし! 全員合格点だ! 流石だな。ここまでのみ込みが早いとは」

 

「いえ、提督の教え方が上手なんです。とっても分かりやすかったです」

 

「あとは実技試験がどうなるかやねぇ。提督さん、予習の為に「街」へ連れて行ってもらえんかねぇ?」

 

「そうだな。そしたら、六人で「街」へ行こう。次の休日はどうか」

 

皆は問題ないというように、首を縦に振った。

 

「よし。白雪、本部へ連絡してくれるか?」

 

「はい」

 

その時、電話が鳴った。

 

「きっと本部からですよ。ちょうど良かったです。取ります」

 

「頼む」

 

「はい、こちら第二寮です。……はい……えぇ、居ります。少々お待ちください」

 

白雪はわちゃわちゃした後、やっとの事で保留ボタンを押した。

 

「司令官にお電話です。すみません……電話の使い方、まだ慣れてなくて……」

 

電話を受け取り、保留を解除する。

 

「代わりました」

 

『先輩』

 

「飯田か……!?」

 

『お久しぶりです』

 

「お前……元気だったか? 戻ってくると言って、あれから一度も戻って来ないから、心配していたんだぞ」

 

『すみません……。こっちが忙しくて……』

 

「そうだったか……。だが、元気そうで何よりだ」

 

それからしばらく世間話をし、話題が尽きたところで、飯田は本題を持ちかけた。

 

『先輩の事、本部では凄く話題になっています。「独立試験」をはじめ、すごく優秀だって』

 

「それは鹿島や霞が頑張ってくれているからであって、俺の貢献ではない」

 

『そのお二人をそこまで成長させたのは先輩ですよ』

 

山岡にも似たようなことを言われたな……。

 

「……それで?」

 

『そんな先輩にアドバイスをもらいたくて……。一度、こちらへ来てみませんか……?』

 

「――鎮守府へか?」

 

『はい。艦娘たちのメンタルケアについて意見を聞きたいんです』

 

「しかし……俺なんかが……。それに、受験を控えている奴らがいるんだ。ここを出るわけには……」

 

そう言って五人の方を見ると、いつの間にか霞が俺の前で仁王立ちしていた。

 

「ここは平気よ!」

 

霞は飯田に聞こえるように、大きな声で言った。

 

「霞……」

 

「困ってるんでしょ? 力になってやりなさいよ」

 

そう言うと、霞はニッと笑って見せた。

五人も同じように。

 

『……霞ちゃん、本当に成長しましたね』

 

「ああ……感慨深いよ……」

 

『……来てくれますか?』

 

「ああ、行こう。吹雪にも会いたいしな」

 

『ありがとうございます。本部へは私が。日程は後でまた連絡します』

 

「ああ、分かった」

 

『それと……鹿島さんに代わってくれませんか?』

 

「鹿島に? 構わないが……何の用だ?」

 

『ちょっとした野暮用です』

 

「分かった」

 

鹿島を呼び、電話を代わる。

鹿島は飯田と談笑した後、電話を切った。

 

「何だって?」

 

「頼み事ですよ」

 

「どんな?」

 

「女の子にしかわからない事です。ちょっと本部まで出かけてきます。霞ちゃんも一緒に来てくれる?」

 

「私? 構わないけど……」

 

「送っていこうか?」

 

「いえ、大丈夫です。自転車乗れるようになったので、それで向かいます。行こう、霞ちゃん」

 

そう言うと、二人は寮を出て行った。

女の子にしかわからない事……か……。一体どんなことなんだろうか……。

 

 

 

鹿島と霞が帰って来たのは、夕方過ぎだった。

 

「ただいま戻りました」

 

「おう。お帰り。ずいぶん遅かったな」

 

「えぇ……まぁ……」

 

どこか歯切れの悪い鹿島。

 

「大丈夫か? 何だか疲れているようだが……」

 

「はい。大丈夫です。思いのほか遠くて、自転車を漕ぐのがちょっときつくて……」

 

「だから送ってやると言ったのに……。霞は?」

 

「部屋に居ます」

 

「そうか。頼みごとをしようかと思っていたんだが、その様子だと疲れているか」

 

「そうですね……。私が代わりにやりますよ」

 

「いや、あとでいい。お前も休んでおけ」

 

「私は大丈夫です。それよりも提督さん、これからどんどん忙しくなっていきますよね? 提督さんがいない間も、提督さんのお仕事ができるようにしたいんですけど……」

 

「そんな、悪いよ」

 

「いえ! 提督さんはこれからたくさんの艦娘たちに関わっていくことになると思うんです! そっちの方が重要ですよ!」

 

「そうか……?」

 

「ですから、ね?」

 

「ああ、分かったよ。悪いな」

 

たくさんの艦娘に関わる、か。

――鎮守府へアドバイスしに行くことにもなったし、これから呼ばれることも多くなっていくのだろうか。

 

「もしかしたら、「独立試験」の為の勉強会を開いてとか言われそうだな」

 

そんな事を零していたら、予感は的中し、その日の夜、勉強会を開いて欲しいとの要請が、本部から回って来た。

 

 

 

翌日。

飯田から連絡があり、――鎮守府へ行くのは二か月後と決まった。

 

「随分先の話なんだな」

 

『メディア対応とのスケジューリングがありますので……』

 

「そうか。まあ、その方が助かる。こっちも「独立試験」の勉強会を開いてくれと言われてな。その準備で忙しいんだ」

 

『そうだったんですね』

 

「しばらくは鹿島達に仕事を振らないといけないかもしれない。まあ、あいつもその気でいてくれていたから、やりやすいけどな」

 

『霞ちゃんたちもしっかりしているから、きっと大丈夫ですよ』

 

「ああ、そうだな」

 

『では、また連絡しますね。二か月後、お待ちしています』

 

「ああ」

 

二か月後か。

ちょうど、白雪たち五人の「独立試験」の結果が見れる頃か。

色々落ち着く時期で良かった。

 

 

 

それから二か月までの間、「独立試験」の勉強会を何度か開いた。

艦娘だけではなく、寮長や本部の人間も、その教え方を学ぶために見学をしていた。

 

「ふぅ……」

 

寮の事は鹿島達に任せっきりで、何も手を付けていない。

それでも、何とかやっているようで、大きなトラブルなどは無かったようであった。

ただ、一つだけ問題をあげるとすれば、俺がほとんど寮に居ないせいか、帰ってくるとみんな甘えたがることであった。

 

「ほら卯月、そろそろ寝る時間だ」

 

「やだぁ……。もっと一緒に居て欲しいぴょん……」

 

「わがまま言うな。明日もあるんだろ?」

 

「司令官とずっと一緒にいたいの……」

 

「また明日甘えさせてやる。だから、な?」

 

「……うん」

 

卯月が部屋を出ると、今度は皐月がやって来た。

それを帰してやると、今度は霞がやってきて……。

その連続だ。

最近は消灯時間を過ぎてもやってくるから、困ったものだ。

 

「なるべく一緒に居てやらないといけないのは分かるが……」

 

こうなってくると……難しいな……。

 

 

 

それからしばらく。

やっとの事で勉強会が終わり、俺たちは「独立試験」のお祝いをしていた。

 

「白雪、浦風、浜風、時雨、敷波……よく頑張った。全員、合格おめでとう! 乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

試験は言葉にもあった通り、全員が合格をした。

余裕でとまではいかないものの、一発で合格したのだから、誇っていいだろう。

 

「提督さん、お疲れ様です」

 

「おう、お疲れ。やっと山を乗り越えたな……」

 

「えぇ、そうですね」

 

「これからはちゃんと皆に構ってやれる。お前の仕事も軽減できる」

 

「……提督さんはずっと働いていたんですから、こっちの心配はしなくてもいいですよ」

 

「いや、そう言う訳にはいかないだろ。俺はこいつらの親代わりだ。毎日、いつでも、ずっとだ」

 

そう言って笑ってやると、鹿島は少し悲しそうな笑顔を見せた。

 

「……そうだ。あいつらの事もそうだが……お前ともあまり構ってやれてなかったな……。どうだ、少し、外に出ないか? 夜風に当たりに行こう」

 

「……はい」

 

 

 

曇りがかった空に、ぼんやりとした月が見えていた。

寮の中では皆がバカ騒ぎしているようで、シルエットが忙しなく動いていた。

 

「もうすぐ一年だな。ここに来て」

 

「そうですね……」

 

「本当、長い一年だったな。吹雪が向こうにいったのも、もう二三年も前な気がするほどにさ」

 

「それだけたくさんの思い出があるということですよ。一日一日を大切に生きて来たからこそ、そう感じるんだと思います」

 

「良いこと言うな」

 

「事実ですから」

 

そう言うと、鹿島は何かを思うように、遠くを見つめた。

 

「提督さんが好きだって言ってくれたのも……この一年の間なんですよね。それが、私にとって一番信じられない事です」

 

「昔に思うか」

 

「えぇ。でもそれは、私が提督さんをずっと前から好きだったからかもしれませんけど」

 

「フッ……嬉しいこと言ってくれるな」

 

「提督さんは違うんですか?」

 

「恋を意識したのは初めてだった。けど、お前と一緒に居たいとは思っていたよ」

 

「それが恋なんじゃないんですか?」

 

「もしかしたらそうなのかもな」

 

そう言って、二人で笑い合った。

 

「そうだ。今度、また「街」に行こう。色々落ち着いてきたし、今度はちゃんと計画を立ててさ。お前との時間を作りたいんだ」

 

「そう……ですね……」

 

仕事の心配をしているのか、鹿島は乗り気ではないようだった。

 

「まあ、仕事は残ってはいるが……何とか片付けてさ。とりあえず、明日から二三日は――鎮守府へ行かなきゃいけないから……そうだな……二三週間後なら落ち着くか」

 

「どうでしょう……」

 

「それを目指して頑張るよ。二三週間後、「街」へ行こう。陸奥や榛名に協力してもらって、今度はグダグダにならない様に、ちゃんとデートしよう」

 

そう笑ってやると、鹿島は微笑むだけだった。

 

「嫌か?」

 

「いえ……。そうではなくて……」

 

「では、なんだ?」

 

そう問うと、鹿島は俯いてしまった。

顔を覗き込むと、その表情は真っ赤で、何かをこらえるように、力が入っていた。

 

「鹿島、お前何だか様子が――」

 

そう言いかけた時、鹿島は俺にそっと口づけをした。

そして、その口づけは、今までの「事故」の中で、最も長かった。

 

「――……」

 

鹿島は離れると、小さな声で「ごめんなさい」と零した。

その表情は、悲しみに満ちていた。

 

「いや……大丈夫だ……」

 

「……戻りましょう。みなさんが待ってますよ」

 

「あ、あぁ……」

 

いつもの明るい笑顔を見せると、寮の方へと戻っていった。

 

 

 

翌日。

飯田が俺を迎えに来てくれた。

 

「先輩。お久しぶりです」

 

「おう。元気そうで何よりだ」

 

色んな事があったのだろう。

飯田はどこか逞しく見えた。

 

「さて、行くか」

 

寮を出ると、皆が出て来て、俺を囲った。

 

「司令官……本当に行っちゃうの……?」

 

「おいおい、二三日離れるだけだ。何をそんなに悲しそうな顔をしてるんだ?」

 

「だって……!」

 

何か言おうとする卯月を霞が宥めた。

 

「霞。二三日ではあるが、俺がいない間、頼んだぞ」

 

「えぇ……大丈夫よ。あんたは何も心配しなくていいわ。ここは私が守るから」

 

そう言うと、霞は弱弱しく笑って見せた。

見たことない表情だった。

 

「お前も寂しいのか?」

 

「フフ……そうかもね……」

 

「今日は正直だな」

 

「……うるさいわね。さっさと行きなさいよ。ほら」

 

「ああ、分かってるよ」

 

車に乗るところで、鹿島と目が合った。

 

「悪いな。すぐ戻る」

 

「はい。行ってらっしゃい」

 

鹿島はいつもの笑顔を見た。

 

「先輩、そろそろ……」

 

「ああ。では、行ってくる」

 

車に乗り込むと、飯田はすぐ車を出した。

サイドミラーを見ると、数名の艦娘がこちらへ走って来ていた。

大きく手を振って、何かを叫んでいる。

 

「何か言ってるな」

 

パワーウィンドウスイッチを押す。

しかし、窓は開かなかった。

 

「すみません。壊れてるんです」

 

「新車だろ。もう壊れたのか」

 

「えぇ……」

 

再びサイドミラーを見る。

だが、もう艦娘たちの姿は見えなかった。

 

 

 

――鎮守府に着いたのは、夕方であった。

 

「遠かったな。運転、お疲れさん」

 

車を降りると、待っていましたと言わんばかりに、吹雪がこちらへ走って来た。

 

「司令……わぷ!?」

 

そして、盛大にこけた。

 

「いたた……」

 

「大丈夫か?」

 

「はい! えへへ……早く会いたくて……急いじゃいました……」

 

「俺はどこにもいかないよ。久しぶりだな、吹雪。会いたかった」

 

そう言って撫でてやると、吹雪は表情を崩し、ぽろぽろと涙を流した。

 

「吹雪……」

 

「私も……司令官に会いたかったです……。うぅぅ……」

 

抱きしめてやると、吹雪は確かめるように顔をうずめた。

 

「少し大きくなったか?」

 

「成長期……ぐすっ……なので……」

 

「そうか……」

 

しばらくそうした後、――鎮守府の責任者と会うこととなり、施設へと案内された。

 

 

 

「ようこそ、――鎮守府へ。君の噂は聞いているよ。活躍を期待している」

 

「恐縮です。お力になれるよう、精進いたします」

 

責任者は本部から出向してきた人らしく、会うのは初めてであった。

 

「飯田君、彼にどこまで説明しているのかね」

 

「艦娘のメンタルケアを……とのところまでは……」

 

「そうか。それ以外にも、君には艦娘たちの勉強も見て欲しいと思っている。「独立試験」の先生なのだろう?」

 

「先生というほどでは……」

 

「謙遜しなくてもいい。本部からのお墨付きだ。さて、ここでの生活についてだが……飯田君から説明してくれるか。私はこの後、取材を受けなければいけないのでね」

 

「分かりました」

 

「艦娘とは言え、立派な女性が多いからね。三年という長い生活だ。間違いがあってはいけない。分かるね?」

 

「三年……?」

 

飯田の方を見ると、俺をじっと見つめていた。

何かを訴えるように。

 

「ん? どうした? 飯田君が気になるか? ははは、分かるよ。だが、飯田君はガードが堅いんだ。取材に来る若い男たちも、飯田君の心は動かせなかったからね」

 

それから何を言われたのかよく覚えていない。

ずっと、「三年」というキーワードが俺の中で何度も何度も反響していた。

 

 

 

「どういうことだ!? 三年ってなんだ!? 二三日ではないのか!?」

 

部屋を出て、飯田に詰め寄った。

 

「落ち着いてください先輩」

 

「落ち着けると思うか!? どういうことか説明しろ!」

 

「説明するから落ち着いてくださいと言っているんです」

 

飯田の目が俺を睨む。

見たこともないその表情に、俺は思わず閉口してしまった。

 

「……ここではなんです。人がいないところへ……」

 

 

 

飯田の車に乗り込む。

周りに誰もいない事を確認すると、飯田は口を開いた。

 

「まず……謝ります……。先輩を騙したこと……」

 

「……許すかどうかは、理由を聞いてからにする」

 

「……ありがとうございます。色々お話しなければいいけないですが……何から話した方が良いか……」

 

「とりあえず……この事をあいつらは知っているのか……?」

 

「知っています……」

 

「いつから知っていた……?」

 

「鹿島さんと電話をした時、この事を話しました。一度、電話を切ったかと思いますが、あの後、本部へ来てもらい、そこでまたお話ししました……」

 

野暮用とかで呼び出されたという時か……。

その頃からだとすると……あいつらが急に甘えん坊になったり、別れ際に悲しそうにしていた理由がわかる……。

 

「俺がいない間、あいつらは……」

 

「信頼できる本部の人間を派遣しています。女性で、――さんってご存知ですか……?」

 

「ああ……。世話になったことがある……」

 

「その方が先輩の代わりを……」

 

俺の代わり……。

そう言えば、鹿島がやけに俺の仕事をやりたがっていたのは……こういうことだったのか……。

仕事の引継ぎをするため……か……。

 

「第二寮の事は心配ありません。着々と準備は進んでいたんです……。二か月……十分な時間でした……」

 

「……俺に「独立試験」の勉強会をさせたのは、気を逸らすためだったのか……」

 

「それもありますが、一番は、先輩のノウハウを引き継ぐ目的が大きかったです。艦娘以外にも、本部の人間が参加していたと思います」

 

「……なるほどな。俺はまんまと踊らされていたわけだ……」

 

「悪く言わないでください……。これも……先輩の為だったんです……」

 

「俺の為……?」

 

「今回の異動……。提案したのは、私なんです」

 

口が出そうになったが、ぐっとこらえた。

 

「単刀直入に言います……。鹿島さんと先輩の関係は……本部ではよく思われていません……」

 

「…………」

 

「ご存知の通り、艦娘と人との関係については、この一年で大きく進展がありました。短期間にもかかわらず、こうして外に艦娘を出せたことを見れば、分かりますよね……?」

 

「ああ……」

 

「メディアも艦娘に注目しています。一年前とは違い、いい風が吹いているんです。だからこそ、本部は小さな不祥事にも目を光らせています。流れを止めない様に……」

 

「言いたいことは何となくわかって来た……。そこに白羽の矢が立ったのが、俺たちという訳だろ……?」

 

飯田は小さく頷いた。

 

「二人が内緒で関係を続けていることはバレてます。そういう行動に、心当たりがありますでしょう……? 例えば……監査の時がそうです。先輩の監査のタイミングに、鹿島さんが「街」へ行く申請を出した。案の定、二人は接触し、「街」を堪能した。陸奥さんが一緒でしたが、おそらく、関係をカモフラージュするためかと……」

 

「…………」

 

「今のは私の考えではなく、本部が調査し、出したものです。「調査」ですよ……」

 

強調するその意味に、俺は思わず唇をかみしめた。

悔しさもある。

だがそれ以上に、自分の犯した失態を責めていた。

 

「このままでは、二人に良くない印象が与えられるだけではなく、最悪の場合、先輩のキャリアに傷がつくと思いました……。だから……」

 

「俺を連れて来たという訳か……。鹿島を説得し、俺を騙した……」

 

「騙したことは謝ります……。しかし……正直に話したとして、素直にここへ来るとは思えませんでした……。先輩の事です……。きっと戦う姿勢を見せていたはずです……」

 

それは否定できなかった。

 

「鹿島さんもそれを知っていたから……先輩を守るために、協力してくれたんです……」

 

「…………」

 

「先輩……」

 

そうか……。

そうだったのか……。

鹿島……お前、全てを知っていたのか……。

いつか見せた悲しそうな顔も――何かをこらえるあの表情も――全ては……。

 

「……悪い。一人にしてくれないか……」

 

「……分かりました。その前に……一つだけ言っておきます……。私は……先輩と鹿島さんの関係を応援しています……。ここでの三年間で……必ず壁を壊して見せます……! だから……!」

 

「分かっている……」

 

「先輩……」

 

「……ありがとう」

 

「……はい」

 

飯田は車から降りると、施設の方へと去っていった。

 

「…………」

 

俺は鹿島の顔を思い出していた。

ここ二か月間の、あいつの笑顔を……。

 

「鹿島……」

 

一度だって、泣く事をしなかった。

こうして別れが訪れることを知っていても、あいつはいつも笑っていた。

俺は事実を知って、こうしてメソメソ泣いているのに、あいつは前を向いていた。

霞もそうだ。

最後の最後まで、安心させるような笑顔を向けてくれた。

自分が守ると約束してくれた。

辛かったろう。

それでも――俺の為に――。

 

「クソ……クソ……!」

 

幾度となく自分を責めた。

どうして気が付いてやれなかったのだと。

どうしてあいつらにそんな思いをさせてしまったのかと。

全ては自分が甘かったせいだ。

自分が大人ではなかったせいだ。

だからこそ、こうして泣いているのだ。

子供のように……。

 

 

 

涙が枯れた頃、俺は車から出て、施設の方へと向かっていた。

 

「先輩……」

 

顔を上げると、飯田が立っていた。

 

「――……」

 

なんて声をかけたらいいのか分からないかの様に、飯田は戸惑いを見せていた。

 

「……たくさん泣かせてもらったよ。ありがとう……」

 

車のキーを渡すと、飯田は震える手でそれを受け取った。

 

「先輩……」

 

「鹿島と連絡を取りたい……」

 

「でも……」

 

「頼む……。一度だけでいい……。俺の気持ちを……ちゃんと伝えたいんだ……」

 

俺はじっと飯田を目を見た。

それがどんな目をしていたのかは分からない。

だが、飯田は小さく頷き、俺に携帯電話を渡した。

 

「…………」

 

コール音が五回続いた後、プツっという音が鳴った。

不通音は鳴っていない。

画面も応対時間を表示している。

だが、電話の向こうからは何も聞こえなかった。

 

「……俺だ」

 

返事は無かった。

だが、確実に鹿島が聞いていると、なぜだか分かった。

 

「飯田から全て聞いたよ……」

 

『…………』

 

「正直……俺はもっと大人だと思っていた……。お前たちを幸せにできていると思っていた……。だが……現実はそうでなかった……」

 

『…………』

 

「ここで自分を見つめなおそうと思う……。そして……成長し……お前を迎えに行く……。お前にふさわしい男になって帰ってくる……。約束する……」

 

『…………』

 

「……それだけだ。じゃあ……切るぞ……」

 

切る直前、鹿島は大きな声で言った。

 

『待ってます……! 何年かかろうと……待ってますから……!』

 

電話の向こうにいる鹿島の表情が、目に浮かぶようであった。

 

「……ああ……ありがとう……」

 

『提督さ――!』

 

俺は電話を切った。

 

「先輩……」

 

「悪い……。これっきりにするよ……。鹿島とは……もう連絡を一切取らない事を誓う……」

 

「……本当に……いいのですか……?」

 

それは、飯田の良心から出た言葉だった。

 

「ああ……」

 

それが俺の決意だった。

飯田もそれを分かってくれたのか、黙って電話をポケットにしまった。

 

「……俺は……成長してあいつを迎えに行く……。飯田……協力してくれるか……?」

 

「先輩……はい! もちろんです!」

 

「ありがとう……。では、早速仕事に取り掛かろう。俺に出来ることは何でもするつもりだ。何をすればいい?」

 

「分かりました。では、まずは――」

 

鹿島……待っていてくれ……。

俺は必ず成長し、もうお前たちを困らせることのない男になる。

そして、はっきりと言えなかった俺の気持ちを、今度は誰にでもわかるように、お前に伝えて見せる。

もう迷わない。

もう泣かせない。

 

「その時まで……さよならだ……。鹿島……」

 

必ず――。

 

――続く

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