第9話
「司令官……司令官……!」
「うぁぁぁぁ……」
あいつを乗せた車は、駆逐艦の声も届かないというように、スピードを上げて走り去っていった。
「良かったのですか……? こんな所から見送るだけで……」
香取は珍しく、俺に同情するような表情を見せた。
「俺が見送りでもしたら、怪しむだろ。それよりも、鹿島の事が心配だ。香取、ちょくちょく鹿島の事を気にかけてやれ。あいつが居なくなった今、お前が一番の頼りだろうしよ」
「分かっています」
「ったく……。こんな事になるとはな……」
鹿島とあいつの関係が本部で問題になっていることは分かっていた。
だが、調査員をつけるほどまでとは、飯田ちゃんから聞かされるまで知りもしなかった。
「香取、お前はどう思ってるんだ? 今回の件について……」
「仕方の無いことだと思います。けれど……やっぱり私たちは否定されているんだと思ってしまいますね……」
「正直に答えてくれたな」
「嘘は嫌いです。山岡さんが禁煙しているという嘘もです」
「……バレてた?」
「夕張さんが私に」
「あいつ……」
「……とにかく、第二寮の寮長さんが異動になった件について、うちの艦娘たちも本当の理由を薄々感づいています。どうされるんです?」
「それを知って絶望するほど、あいつらは弱くねぇだろ」
「では……」
「あいつらには本当の理由を話す。その上で、姿勢を正してもらうとしよう。俺が言っても言うこと聞かなそうだから、頼めるか?」
「そのつもりです」
「悪ぃな」
「そう思っているのなら、ちゃんと威厳ある行動をしてください。まずは禁煙です!」
「へいへい……」
「返事は一回! それと「はい」です!」
「……はいよ」
「全く……。私は鹿島の様子を見てきますね」
「ああ」
三年か……。
その間に、艦娘と人の関係に大きな変化はあるだろうか……。
「いや……変化させるように頑張らなきゃいけねぇのか……」
あいつや飯田ちゃんが頑張ってる中、俺だけが指をくわえてみているわけにはいかねぇよな……。
「…………」
俺はポケットに入っていた煙草を、近くにあったゴミ箱へとぶち込んだ。
第十軽巡寮。
最近ではその名では呼ばれなくなり、もっぱら「問題寮」だとか「不良寮……略して不寮」だとか呼ばれている。
つーか、誰だよ「不寮」とか言い出した奴。
上手いこと言ったつもりかよ。
「よっ、山岡。元気にしてるか?」
「天龍。お前、龍田と出かけたんじゃねぇのかよ?」
「それがよ、向こうの寮でやらなきゃいけないことがあるとかで、ドタキャンされちまってさ」
「あいつ、向こうでも上手くやってんのか?」
「みたいだぜー。最近は忙しそうで、連絡もあまり取れてないけど」
「そうか」
龍田はこの寮でもかなり優秀な奴だった。
あいつが居なくなって、問題児が流れ込んできて、不寮なんて呼ばれ始めたからな……。
「ま、そう言う訳だからさー山岡、お前の部屋でゲームやらせろよ」
「あ? やだよ。お前うるせぇし、この前みたくコントローラー投げるだろ。そんなアホにはゲームなんてやらせねぇよ」
「あれはたまたまだろ! お前がセコイ技使ってくるから!」
「セコイ技じゃねぇ。ちゃんとしたコンボだ」
「開幕即死コンボがちゃんとしてる訳ないだろ! あれ無しなら絶対負けねぇし!」
「ほざいてろ雑魚。とにかく、ゲームはやらせねぇ。やりてぇなら、まず「独立試験」に受かれ。勉強もしない奴にゲームは触らせねぇわ」
「ぐぬぬ……。このアホ! だから合コン惨敗すんだよ!」
「んだとコラ!」
「何を騒いでいるんですか!?」
香取が戻って来た。
「外まで聞こえてましたよ。何事ですか?」
「こいつがゲームさせろってうるさくてよ」
「ゲーム? ゲームって……テレビゲームの事ですか? あれは没収したはずじゃ……」
「あ……いっけね……」
それを聞いて、天龍はニヤリと笑った。
「聞いてくれよぉ。山岡の奴、懲りずにまーたゲーム買ったんだぜ~? それも新しい奴」
「あ、おい馬鹿……」
「……山岡さん? あれほどゲームは駄目だと言いましたよね? 目に悪い影響があるって……。それに、他の子たちがゲームなんてしたら、お勉強が出来なくなるって……」
「い、いや……そうだけどよ……。俺がやる分には問題ねぇだろ……?」
「問題です! 山岡さん、ずっと夜更かししてまでゲームしてるじゃありませんか! しかも、夜中にこっそり忍び込んできた子を巻き込んで……」
「あれは……来ちまったもんは仕方ないと思って……」
「ゲームが無ければ来ません! 全く……しっかりしてください……。この前だって……」
香取の説教が始まった。
こうなると長いんだよな……。
「天龍、ちょっとここに立ってろ」
「あ? なんでだよ?」
「ちょっと山岡さん、聞いているのですか?」
「後は天龍が聞いてくれるそうだ。よろしく!」
俺は天龍を置いて、外へと走り出した。
「あ! ずりぃぞ!」
「あ、山岡さん! もう……仕方のない人ですね……。では、代わりに天龍さんが聞いてくださいね?」
「なんでオレが!?」
「貴女も正さなければいけませんよ。夜中に山岡さんの部屋に忍び込んでゲームしてること、知っているんですよ?」
「う……」
外に出た俺は、その足で少し離れた小さな工廠へと向かった。
「あら、また逃げてきたの?」
「ああ、そんなところだ」
夕張は作業の手を止めると、コーヒーを入れ始めた。
「砂糖は二個でしょ?」
「ああ」
夕張の作った椅子に座る。
「また説教くらってきたんでしょ。懲りないわねー」
「天龍のせいだ。あいつのお陰で、またゲーム没収だよ」
「この前のゲーム、面白かったのに。残念。はい、コーヒー」
「ありがとう」
夕張のいるこの工廠には、時々こうしてさぼりに来る。
香取や山風と言った厄介な奴らは、ここが危ない場所という認識がある為、決して入ってこないのだ。
こうして美味いコーヒーも飲めるし、逃げ場としては最高の場所だった。
「なに作ってたんだ?」
「ちょっとした家具よ。何でも、艦娘と人の交流会で、艦娘でもこういう物作れるんですよーって、アピールしたいみたい」
「そういうのが出来るのって、お前か明石くらいだろ。そういや、明石は?」
「知らないの? 明石、――鎮守府へ行っちゃったのよ?」
「初耳だ」
「子供との交流に最適だって。ほら、明石は小さいもの作るの得意だったじゃない?」
言われてみれば、小物をよくせがまれてたような。
「じゃあ、この工廠はお前の独占って訳か」
「そ。まあ元々、明石はこっちまで来ることは少なかったし、一人で使っていたようなものだから」
「そうか」
それからしばらく雑談をした。
コーヒーを飲み終える頃には、話題も尽きた。
「コーヒー、おかわりいる?」
「いや、遠慮しておく。お前の作業を邪魔しても悪いしな」
「私は別に構わないけど。そう言えば、今日は煙草吸わないのね。せっかく灰皿作ってあげたのに」
「禁煙だ。誰かさんにばらされたしな」
「フフ、ごめんね。でも、いつまで続くかな~」
「言ってろ。さて、戻るかな。お前、たまには寮で飯を食えよな。ここが便利なのは結構だが、飯を持ってくる身にもなれよ」
飯はいつも寮の皆で食べるのだが、夕張だけは作業があるとかなんとか言って、いつも持って来させていた。
「貴方がここに持ってきてくれるから、わざと戻らない様にしてたりして」
「もう持って来ねぇぞ」
「じゃあ戻る」
「ったく……。コーヒーサンキュー。じゃあな」
工廠を後にし、俺は寮へと戻った。
戻ると、香取が待ち受けていた。
「やっとお戻りですね」
「ああ」
香取は俺に近づくと、スンスンと匂いを嗅ぎだした。
「なんだよ気持ち悪い……」
「煙草のにおいはしませんね……」
「ちゃんと禁煙してるよ。信用ねぇな」
「当然です。ゲームも没収してありますからね」
「そうかよ……。クソ……」
「汚い言葉を使わない!」
相変わらずうるせぇな……。
でもまぁ、こういう奴がいないと、この寮は釣り合いが取れないからな……。
「全く……。そろそろ山風ちゃんが帰ってきますよ」
「げ……もうそんな時間か……」
「そう言えば山岡さん、山風ちゃんにも先ほどの件、お話しするんですか?」
「山風には……そうだな……。話したところで、あいつの好きとか愛とかってのは、ちょっと違うしな……」
「言い方が悪いかもしれませんが、依存に近いですからね……。どうしましょう……」
「まぁ……あいつにはまだ早いかもな……。お前が皆に話している間、俺が引き付けておくよ。つーか、勝手に引っ付いてくるがな……」
「そうしてもらえますか? お話しは、夕食が終わってから、皆さんにしますので……」
「分かった。夕張も飯はこっちでするって言ってたし、ちょうどいいな」
「そうですか。では、山風ちゃんの事、よろしくお願いいたしますね」
「ああ」
部屋でさぼっていると、廊下からドタドタと走る音が聞こえて来た。
「来たか……」
ドアが勢いよく開けられ、山風が飛んできた。
「パパ……!」
「おっと……あぶねぇな……」
「パパ……ただいま……」
「お帰り……って、お前……鞄もそのままかよ……。手洗ったか?」
「ううん……。だって、すぐにパパに会いたかったから……」
「馬鹿、洗ってこい。香取に怒られるぞ」
「一緒に来て」
「あ? なんでだよ?」
「いいから……! 来て……!」
本当……変なのに好かれちまったと思う。
構うなって言うから構わずにいたら、香取が激怒したんで、仕方なく構ってやっていたら、いつの間にかパパと呼ばれるほど引っ付かれた。
その依存度は異常で、風呂やトイレに行く時ですら、ついてこようとするほどであった。
「ほら、手を洗え」
「洗って」
「はぁ? 馬鹿言え。それくらい自分でやれ!」
「……香取さんにたばこ吸ってたこと言うから」
「もう禁煙してるから問題ねぇよーだ」
「じゃあ……ゲームしてること言うから……」
「もう没収されてますー」
「むぅ……! じゃあ……」
「いいから洗えよ。洗わねぇなら、お前を別の寮に送ってやる。そうだな……第七戦艦寮なんかどうだ? あそこの寮長はめっちゃ怖いぜ? 噂だと、目だけで深海棲艦を沈めたことがあるとか……」
「そ、そんなの……嘘でしょ……!」
「嘘かどうか確かめに行けよ」
マジな顔でそう言ってやると、山風は顔を青ざめさせて、手を洗い出した。
「あ、洗ったよ……!」
「まだ足りねぇな。香取から言われたろ。ちゃんと爪の間も洗えって……。それに、うがいもしてねぇ」
「うぅ……分かった……分かったから……! あっち行ってて……!」
「ついて来いと言ったりあっち行けと言ったり……なんなんだお前は……」
「パパがいると集中できないの!」
「へいへい」
「返事は一回でしょ!」
そこは香取に忠実なのか……。
「部屋で待ってるからな……。全く……」
洗面所を出ると、香取と鉢合わせた。
どうやら会話を聞いていたらしい。
「悪趣味だな」
「山岡さんがちゃんとしているかの確認です」
「そうかよ……。で、どうだ?」
「ばっちりですね。第七戦艦寮の寮長さんには申し訳ないですけど……」
「なら、ゲーム返してくれよ」
「それは別です。返してほしければ、もっといいことポイントを貯めてください」
「そんなポイントカード、作った記憶は無いけどな」
「なら、今のポイントは無効ですね」
「あ、ああ~……そう言えば作ったような……。しまった……部屋に置いてあるかな……」
「フフ、冗談ですよ。ちゃんと返してあげます。でも、夜更かししない事と、他の子にやらせない事が条件です」
「ああ、分かったよ」
「宜しいです。山風ちゃんが寝た頃、返しに行きますから」
「頼む。すぐに寝かしつけるよ」
「急がなくていいですよ。フフ」
そう言うと、香取は洗面所に入っていった。
夕食を済ませ、俺は山風を連れて、そそくさと食堂を後にした。
「パパ……?」
「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ。一緒に来い」
「うん、分かった」
頼られたことがうれしいのか、山風はニコッと笑って見せた。
悪いな山風。
こりゃ口実なんだ。
それから山風がお眠モードになるまで、一緒に居た。
その間、いつも遊びに来る摩耶とか天龍は、顔すら見せに来なかった。
ゲームが無いと知っているからなのか、はたまた香取の話を聞いたからなのか……。
「山風、部屋に連れてくぞ」
「うん……」
抱き上げると、山風は耳元で寝息を立て始めた。
いつもこうしてやっているが、こればかりは慣れねぇな……。
「重いし……」
山風を部屋に寝かせ、俺も自室へと戻った。
「お帰りなさい」
戻ると、香取が座っていた。
「そろそろかと思いまして……。こちら、お返しします。約束は守ってくださいね?」
「ああ、分かってるよ。それより、話の方はどうだ? あいつらの反応はどうだった?」
「とっても驚いていました。第二寮の寮長さんは、とってもいい人だって、皆さん知っていましたから……」
「そうか……」
「皆さんには、姿勢を正すようにとは言っておきました。仮に友達感覚だとしても、気を付けなければいけないと……」
「恋愛するなとは言わないが……間違いを犯してはいけない……。そういう意味だと伝えたのか?」
「そこまでは……。ちょっと厳しい言い方だったでしょうか……」
「確かに、関わらぬが吉だろうが……それだと、人と艦娘の間の溝が深まっちまう」
「そうでしたね……。ごめんなさい。明日、もう一度ちゃんと説明します」
「悪いな……」
「いえ……。あの……山岡さんに聞いておきたいのですけど……その……ゲームって……もしかして、艦娘との交流に使えると思ってやっているのですか……?」
「まぁ……結果的にはそうなるかもな……。俺の為ってのは大前提であるが、あいつらとやる用のゲームも一応買ってあるしな」
「そうだったのですか……。実は……いつも、天龍さんや摩耶さんが山岡さんの部屋に遊びに行くのに、今日はいかなかったので、もしかしてゲームのせいかなと……」
「どうだかな。お前の話を聞いて自重したのかもしれねぇし、ゲームが無いからかもしれねぇな」
そう言ってやると、香取は申し訳なさそうな表情を見せた。
「別にお前のせいじゃねぇよ」
「でも……山岡さんは艦娘との交流を深めようとしているのに……私は……。皆さんへの言い方もそうでしたけど……真意を見抜けませんでした……」
「真意なんて……。あくまでも結果論だ。俺はそこまで深くは考えてねぇよ」
「…………」
香取はこういう時弱くなるよな……。
正しい事、人の気持ち、色々な事を考えて考えて、自分の中で答えを出して行動する。
だが、その答えが間違っているんじゃねぇかと考えた途端、こうも……。
賢いからこそ、崩れた時のショックはでかいんだろうな……。
「香取、お前もゲームやってみないか?」
「え?」
「結構楽しいぜ。ほら、これがコントローラーだ」
ゲームをセットし始めると、香取はしどろもどろに注意を始めた。
「よ、夜中にこんなことは……。それに……ゲームはいけません……。目が悪くなって……。あの……」
「少しだけなら問題ねぇよ。ほら、始まるぜ」
「え……あ……」
香取は流されるようにゲームを始めた。
簡単なパズル対戦ゲームで、最初こそはぎこちなくボタンを押していた香取も、俺の煽りに反応し、真剣な表情を見せ始めた。
「また俺の勝ちだな。なんだよ香取、ヘタクソだな。このゲームは頭を使うんだぜ? 俺より馬鹿なのが証明されたか?」
「……所詮ゲームですし。それに……まだ操作に慣れてないだけで……もうちょっとやれば……」
「言ったな。なら、もう一度勝負するか? まあ、結果は見えているがな」
「いえ……もう結構です……。夜中にゲームは駄目です……」
「ほう。逃げるのか?」
「…………」
「ちなみに、天龍はもっと上手いぜ。あいつ、格ゲーは駄目なくせに、こういうのは得意なんだ。お前は必然的にあいつよりも馬鹿って事になるぜ? いいのか?」
「……もう一回やれば勝てます」
「ならどうぞ」
俺がニヤニヤとした顔でコントローラーを渡してやると、香取はそれを奪うようにして受け取った。
「あと一回だけですからね……」
「あと一回で勝てるかねぇ……」
それから結局、一時間やって、やっとの事で香取が勝利した。
「あ……やったやった! 私の勝ちです!」
「……っち、まぐれだ」
「実力ですよ! ほら、ハイスコアって出てます!」
「そりゃお前のハイスコアで、俺のハイスコアには届いてねぇからな」
「と、とにかく勝ちです! 次はきっと山岡さんのハイスコアを抜きます!」
「……まだ続けるのか?」
「なにを言ってるんですか!? 勝ち逃げはさせませ……」
香取は俺の表情を見て、赤面した。
「楽しかったか?」
「……すみません」
俺はゲームの電源を切った。
「言っただろ。結果論だってさ。俺もお前も、別に交流をしようってやってるわけじゃねぇ。たまたまなんだよ。楽しいことをしていたら、それに乗ってくる奴がいたってだけだ」
「はい……そのようですね……」
「全てに意味があるわけじゃねぇ。だから、落ち込むな。まあ尤も、今は怒ってんのかも知れねぇけど」
「煽ったのは……それを教えるためですか?」
その問いに、俺はニヤッと笑った。
「いや、お前がムキになっていくのが面白かっただけだ。それに、夜中にゲームをしただろ。あいつらに顔が立たねぇな」
「な……!」
「お前の弱みを握ったぜ。そら、良い子は寝る時間だ。尤も、お前はどっちか分からなくなったがな」
香取はワナワナと怒った表情を見せながら、部屋を出て行った。
「ったく……」
これで少しは柔軟な考え方を持てるかな。
弱みも握ったし、あいつも少しは丸くなるだろう。
翌朝。
いつものように山風に歯磨きをさせ、食堂へと向かった。
「おはよ……って、何やってんだお前ら?」
皆が香取を囲んで何かをやっていた。
覗いてみると、なんとゲームで遊んでいた。
「おはようございます山岡さん」
「香取、お前……何やってんだ?」
「これですか? ポケットゲーム機って言うんですよ。天龍さんが持っていたんです」
「いや、それは知ってる。俺が天龍にやったやつだからな。それよりも、ゲームは駄目なんじゃねぇのか?」
「一日一時間」
「あ?」
「一日一時間なら、やっていいことにします」
「何を急にそんなことを……」
「この本に書いてありました」
それは、昔のゲーム雑誌だった。
「ゲームは一日一時間と書かれています。これは人の文化ですよね? でしたら、私たちもそれに従います」
「文化っつうか……」
「まーまー、固い事は無しにしようぜ山岡ぁ」
「摩耶……」
「いいじゃねぇか。ゲームやっていいって言ってんだからさ。な?」
別に構わないが、それだと香取の弱みが……。
「……そういうことか」
香取はいつもしないようなニッとした笑いを見せた。
「こいつ……」
やられたと思ったが、悔しいとは思わなかった。
「全く……」
「あ、ハイスコアです。天龍さんの記録、抜いちゃいました」
「えぇ!? オレが苦労して出した記録を……。うぅ……」
「パパ」
「なんだ?」
「なんで笑ってるの……? 気持ち悪い……」
「……うるせぇな。気持ち悪いなら離れろよな」
「それは嫌……」
「何なんだよ……」
ま、こういうことが出来るんだ。
香取はもう、落ち込んだ時のような顔を見せることは無いだろう。
思い通りにならなくても、全ては結果次第だ。
なるようになる。
「ゲームって、意外と面白いんですね、山岡さん。フフッ」
その表情は、今まで見たどの表情よりも、無邪気で子供らしいものであった。
山風たちが学校へ出ている間、飯田ちゃんから連絡が入った。
どうやらあいつは、三年間向こうへ居ることを決意したらしい。
「そうか。そりゃよかった」
『そちらとは連絡を絶つみたいです。先輩からの便りは無くなりますので、鹿島さんの事、どうかよろしくお願いいたします』
「ああ、分かった。任せておけ」
『では……』
電話を切り、俺は外へと向かった。
そして、いつものようにポケットから煙草を取り出そうとした。
「……そうか、禁煙中だったな」
どうなるかと思ったが、あいつが決意してくれてよかった。
苦渋の決断ではあっただろうが、今はそれが最善の策だ。
「…………」
俺も何かしなきゃな……。
だが、何をすればいいのか分からねぇ……。
俺はあいつと違って、好かれるような人ではねぇし……。
飯田ちゃんのように優秀でもない。
「はぁ……」
改めて考えると、がっくり来るぜ。
俺には何もねぇんだって。
今出来ることを精一杯やるなんてのは、誰にだって出来ることだ。
それ以上の……あいつの決断のような――飯田ちゃんの捨て身の覚悟のような――そんなことは俺には出来ない。
「なるようになる……か……」
香取にはそれが必要だったが、俺に限っては、それはただの怠惰でしかなかった。
目を瞑ると、あいつら二人の背中が思い浮かんだ。
思えば、いつも見ていたのは背中だったような。
俺はいつだって、一歩引いていたんだ。
飯田ちゃんに恋をした時だって……。
「…………」
いつもなら、煙草の煙と一緒に、そんな悩みも消えてゆくものであったが、禁煙中の今は、いつまでもモヤモヤと体に残っているようであった。
――続く