「おはよう山内!」
「おはよう池!」
ぼくは珍しく朝早く登校していると、モブ同士が
元気よく挨拶していた。入学式から1週間、この
二人は遅刻寸前に登校していた。今日に限って
やたらと早く学校に来ていた。その理由というと、
「いやあ、授業が楽しみすぎて、
目が冴えちゃってさ!」
「なはは、この学校は最高だよな!
まさかこの時期から水泳の授業が
あるなんてさ! 女の子!
女の子と言えばスク水だよな!」
そう、今日は何を隠そう水泳の授業がある。
しかも男女合同。つまり鈴音ちゃんや、桔梗ちゃん、
その他大勢の女子の水着…肌の露出を目にすると
いうことになる。そこのモブ2人と、球磨川1人が
はしゃぎ過ぎていて、女子の一部はドン引きだ。
「よっしゃプールだ!」
昼休みが終わり、ついにぼくが待ち望んでいた
水泳の授業がやってきた、己の欲望も隠そうとせず
モブのグループが屋内プールへと向かいだす。
ぼくもこそこそと後ろからついていき更衣室へ
向かっていった。更衣室で着替えてプールに出ると、
50Mプールを見るなりぼくは思わず声を出した。
「『 やっぱりこの学校はすごいね…
街のプールより広そうだ。』」
「女子は?女子はまだなのかっ?!」
はっ、そうだった。ぼくは女子の水着姿を
見に来たんだった。そう思い回りを見渡すと、
「うわー。凄い広さ、中学の時のプール
なんかより全然大きいー。」
男子グループから遅れること数分、女子の声が
響いた。ところがぼくたちの期待は
思わぬ形で裏切られることになる。なんと
殆どの女子たちは、2階の見学の場所から
出てきたのだ。
「な、なんでだよ、どういうことだ!」
男子の悲鳴の声が回りから聞こえてくる。
男子たちの悲しい叫び声は2階まで聞こえていて、
キモ、と呟かれる始末。しかしここで悲しんでても
しょうがない。貧乳にもいい所なんて沢山あるし、
巨乳の子もまだ他に沢山いる。まだ望みはある。
そんなことを考えていると、
「球磨川くーん。難しい顔してるけど、
なにか考え事?」
ぼくの顔を覗きこんで、言ってきた。
「く、くく、櫛田ちゃん?!」
スクール水着を着た桔梗ちゃんは、妖艶な身体の
ラインが浮き彫りになっている。男子の殆どが、
一瞬桔梗ちゃんの身体に釘つけになったことだろう。
胸はDかE…そんなところだね。ぼくの目は
ごまかせないぞ。そして程よくついた太ももや
お尻の肉の膨らみが、妙に生々しい。男子の殆どの
生徒はすぐに目をそらす。そして声をかけられたのが
ぼくだったからか、男子の生徒はぼくに嫉妬の目を
露にしていた。しかしぼくはまだ桔梗ちゃんの身体を
凝視していた。
「そんなに見られると…恥ずかしいな」
そう言って、頬を赤く染めた。可愛すぎる。
「『いや、別に難しいことは考えてないよ。
今日も桔梗ちゃんは可愛いなって
考えてただけさ。』」
あはは、ありがとね。そう言って桔梗ちゃんは
女子グループの所に戻っていった。その瞬間。
「おい球磨…川だっけか?なにやってんだよ!」
「まさか桔梗ちゃんと出来てるのか、
そうなのか!クソ!」
そう言って一斉に野次を飛ばしてきた。
「『ちょ、落ち着いてよ。ぼくは
別に桔梗ちゃんとはなにもないよ。
ぼくにはちょっと眩しすぎるよ。
まったくお安くないさ、ちょっとした
パンツよりも眩しいぜ』」
そう言うと安心したのか、また桔梗ちゃんの
スク水姿を凝視し始めていた。完全にぼくの言葉は
無視している。てかこの学校来てから無視されすぎ
じゃないか?まぁ慣れてるからいいんだけれどね。
一息ついて、女子の水着姿を心のなかに
焼き付けていると、
「何を黄昏ているの?」
鈴音ちゃんが怪訝な様子で顔を覗き込んできた。
「『女子の水着姿を目に焼き付けて
いたのさっ。』」
っていうか、鈴音ちゃんって以外と胸あるんだな。
健康的で決して悪くないナイスボディだ。
「本当に気持ち悪いわね、
あなた年中そんなことしか考えてないの?」
「『JKは国の宝だからね。
盛り上がるのも無理はないさ』」
そんな事をドヤ顔で言っていると、鈴音ちゃんが
ぼくの全身を見ている。ふっ、ついにぼくの
魅力に気づいちゃったのかな?
「あなた、普段運動とかしてるの?
ちょっと身体がひょろすぎない?」
「『サッカー部に入って全国優勝を目指そうと
したけど、入部テストで落とされ
ちゃったよ。あと中学の時に、
漫画を公園で読んでたら小学生に
奪われてそのまま
逃げられたこともあるよ』」
「あなた、それは色々とまずいんじゃ
ないかしら?」
そんなことを話していると、
「堀北さんは泳ぎは得意なの?」
桔梗ちゃんからの質問に怪訝な表情を見せたが、
鈴音ちゃんは静かに答える。
「得意でも不得意でもないわね。」
「私は中学の時、水泳が苦手だったんだ。
でも一生懸命練習して泳げるように
なったんだ。」
「そう」
興味なさげに答えると鈴音ちゃんは桔梗ちゃんから
距離を取った。全く、ぶれないなぁ。
「よーしお前ら集合しろー!」
体育会系の文字を背負ったようなマッチョ体形の
おっさんが集合をかけ授業を始める。
「見学者は16人か。かなり多いが、
まぁいいだろう。」
明らかにサボりの生徒が混じっているが、
それを咎めることはなさった。
「早速だが、準備体操をしたら実力がみたい。
泳いでもらうぞ」
それからクラスの生徒たちが順番に泳いでいき、
最後にぼくの番がきた。
「とりあえずほとんどの者は泳げる
みたいだな。んじゃー最後に球磨川。」
ぼくは去年の夏以来、久々のプールに入る。
「よーいスタート!」
合図がかかると同時に泳ぎ始めた。しかし3M
くらいで溺れてしまった。
「『おぼぼっ…はぁ、おぼぼぼっ…。』」
そういえば、去年も溺れて死んじゃったなあ。
あーあ、勘弁してほしいなあ。死ぬのは嫌だったのに
いくら大嘘憑き《オールフィクション》があるとは
いえ、嫌な奴に会わなくちゃいけないからさあ。
最後に先生と何人かの生徒がぼくを助けには来た
のが見えて、ぼくは嬉しくなりながらも意識を
失った。
「やあ球磨川君。死んでしまうとは
何事じゃ。」
場所は静まり返った教室。目の前にいる少女
こそがぼくが会いたくなかった人物である。
「そんなんじゃまだまだ先は長そうだね~。
僕を倒せるスキルホルダーを見つけ
られるのは、一体いつになるのやら。
先は長いぞ、頑張ってね。」
あまり長居もしたくないので、帰ろうとすると
「おいおいつれないなぁ、無視するなよ。
しかし今回の学校には僕を倒せるは愚か、
スキルホルダー持ちの生徒は球磨川くん
以外にいないじゃないか。ほとんどの生徒が
普通《ノーマル》と特別《スペシャル》の
一般的な学校なのに、すぐには廃校に
追い込まないんだね。また面白いことでも
思い付いたのかな?」
「『確かにこの学校にはスキルホルダーは
いない。でもこの学校は他とは違う。
この学校は特殊だ。久しぶりだよ、
こんなに興味をそそられるのは。
だからもうちょっと
楽しんでみようかなって。』」
「『またね、安心院副会長。』」
「ふふっ、そうか、
君の健闘を楽しみにしているよ。
それから僕の事は親しみを込めて
安心院《あんしんいん》さんと
呼びなさい」
「お………お……おい!大丈夫か!
聞こえてるか球磨川!」
ぼくが起き上がると安堵している者、または
驚いているものまでいろいろいた。
「お前、さっきまで心臓止まってたんだぞ。
なのにいきなり起き上がるからビックリ
して、本当に大丈夫か?」
「『心臓が止まった…?あはは、それきっと
見間違いですよ。実際ぼくは生きてるわけ
だし。 ただ溺れて意識を失っただけですよ。
元々身体が強くなくて、去年もこんな事
ありましたし、気にしないで下さい。』」
先生は最初疑っていたが、なんともなさそうに
しているぼくを見てると納得してくれたようだ。
そして先生は大事を取って見学の形にしてくれた。
さすがにぼくもまた溺れて死にたくはないから、
それに了承して見学していると、
「あなた、何者なの?」
「『…鈴音ちゃん。いきなり隣に来て
その質問はわからないよ。どういうこ
と?』」
「確かにあの時、心臓が止まっていたわ。
それに意識が失ってたから戻るまでが
いくらなんでも早すぎよ。初めて会った日
から、おかしいとは思ってたけど、
あなた、何者なの?」
「『だからそれはさっき説明した通りだぜ?
それは見間違いだし、身体もあまり
強くないからね。ああなったのは今日が
初めてじゃないからね。もしかして、
心配してくれてる?いやーうれ…』」
「いや、それはないわ。取り合えず今回は
見逃すけど、まだ全部信じてる訳では
ないからね。」
そう言うと鈴音ちゃんは授業に戻っていった。
そして色々あった水泳の授業も終わりを迎えた。
「桔梗ちゃん、帰りにカフェに寄ってかない?」
「うん、行く行く! あ、ちょっと待ってね。
もう一人誘ってみるね」
桔梗ちゃんは女友達に断りを入れて、鞄に
教科書を詰める鈴音ちゃんの元へやって来た。
「堀北さん。私、これから友達とカフェに
行くんだけど良かったら一緒にどうかな?」
「興味ないから」
問答無用、一蹴りである。この光景は既に
珍しいものではなくなっていた。入学してから
桔梗ちゃんは定期的に鈴音ちゃんを誘っている。
少しくらい応えてくれたら面白いものも見れそう
なのに。まあ鈴音ちゃんが一人を望む以上、
誰も否定することは出来ない。
ぼくみたいな傍観者が思うのは勝手な解釈だが。
「そっか……じゃあ、また誘うね」
「待って、櫛田さん」
鈴音ちゃんが始めて桔梗ちゃんを呼び止めた。
まさかこれはデレなのか?ついにデレるのか?
「もう私を誘わないで。迷惑なの」
やはりデレを見れるのはまだ先か、あくまで
自分はチョロインじゃないとそう言いたいんだね。
「また誘うねっ」
だが桔梗ちゃんも強い、笑顔絶やさずにこう言う。
それからいつものように友達の元へ駆け寄り、
グループで廊下に出ていく。
「桔梗ちゃん、もう堀北さん誘うの止めなよ。
私あの子嫌い---」
教師を出る寸前、そんな女子の声が微かに聞こえ、
その言葉は傍にいた鈴音ちゃんにも聞こえたはず
だが、少しも意に介した様子がない。
流石一人を望むだけあるね。ぼくが女の子に
あんな事言われたら立ち直れそうにないのに。
「あなたまで、余計なこと言わないわよね?」
「『うん、鈴音ちゃんの性格も大方理解した
つもりだから。それに一人を望む人に
無理強いはよくないとも思うしね』」
「そう、安心したわ」
帰り支度を済ませた鈴音ちゃんは教室を出ていった。
ぼくも帰りにジャンプを買わなきゃいけないから
帰るかな。
「球磨川くん、少しいいかな?」
まだ残っている平田くんが珍しく声をかけてきた。
「『うん、いいよー』」
「堀北さんのことなんだけど、どうにか
ならないかな。女子からちょっと意見が
出ててね。彼女いつも1人だから」
毎回思うけど、なんでみんなぼくに話しかけるときに
鈴音ちゃんの事を聞いてくるんだろう。
少しはぼくにも興味を持ってほしいね…。
それに鈴音ちゃんの性格もろもろは理解したつもり
だけど、それ以外のことはなにも知らないし、
なにより一人一人って、そんなの個人の自由じゃ
ないか。急いでるし適当に返しておこう。
「『ぼくは鈴音ちゃんじゃないからぼくに
聞かれても困るかな。それに彼女は一人を
自ら望んでるらしいぜ。無理はよくない
さ。どうしても気になるなら、平田くんが
言った方がいいと思うよ。』」
「……そうだね。ごめん、止めてしまって」
「『構わないよ。じゃ、また明日とか!』」
鈴音ちゃんは日に日にクラスから孤立していく。
あと1ヵ月もすれば完全にクラスの腫物だろう。
勿論さっき言った通り、これは鈴音ちゃん本人の
問題だからね。ぼくが関与するべきじゃないが。
学校を出たぼくは真っ直ぐに本屋に足を向けた。
その途中にはなぜか友達と出掛けたはずの桔梗ちゃん
が誰かを待っているのか壁に寄りかかっていた。
そしてぼくに気づくといつもの笑顔を向ける。
「よかった。球磨川くんのこと待ってたんだ。
ちょっと話がしたくって。少しいいかな?」
「『勿論、桔梗ちゃんみたいな可愛い子なら
いつだって歓迎さ。で、どうかした?』」
「率直に聞くね。球磨川くんは、堀北さんが
笑うところ、一度でも見た?」
「『え? んー、そういや見た覚えはないね』」
また鈴音ちゃんのことか…ぼっちなのに回りに
心配されてるとかぼっちの風上にもおけないな。
「私ね…堀北さんの友達になりたいんだっ」
「『うん、知ってるよ。桔梗ちゃんの気持ちは
いやでも伝わってくるよ。
今でも話しかけるのって、桔梗ちゃん
くらいだし。』」
「球磨川くん、よく見てるんだね。堀北さんのこと」
「『隣の席だからじゃないかな。』」
「『今日、鈴音ちゃんに釘刺されたよね?
まだ話しかける気なの?』」
「良ければなんだけど、協力……
してもらえないかな?」
「『……しょうがないなぁ、今回だけだぜ?』」
こんな可愛い子の誘いなんて、断れるわけない
じゃないか!今後女の子に誘われるなんて、
人生で1度2度しかなさそうだからね。
「ほんと? ありがと球磨川くん!」
「『でも、具体的にどうすればいいかな?
自慢じゃないけど、友達の作り方なんて
習ったことないぜ?』」
「そうだね……。まずは堀北さんの笑ってる
ところを見る、かな?」
「『笑ってるところねぇ』」
確かに鈴音ちゃんの笑顔は見てみたいね、
もし見れたら超激レア画像として速攻写真を
取ってぼくの60機の携帯に保存しているとこだ。
「『笑わせるのに何かアイデアとかあるの?』」
「それは……これから球磨川くんと
考えようかなって」
てへっと申し訳なさそうに自分の頭をグーで
叩く仕草を見せた。鼻血が出そうだ。
後々色々話してぼくが放課後に鈴音ちゃんを誘い、
パレットという学校内で1,2を争う人気のカフェに
連れ込んでそこに桔梗ちゃんとばったり会うという
作戦で行くことに決まった。
やってきました放課後。生徒たちは各々放課後を
楽しむために、どこかに向かっている。一方ぼくと
桔梗ちゃんは目配せして作戦を決行する。
「『ねえ鈴音ちゃん。今日、放課後暇?』」
「時間を持て余している暇はないわね。
寮に戻って明日の準備もあるし」
「『よかったら今日少しだけ付き合って
ほしいとこがあるんだけど。』」
「何が狙い…?」
「『やだなぁ、狙いなんてないよ。
ただ鈴音ちゃんとデートしたいなって
思っただけさ。』」
「帰るわ。」
余程ぼくとデートがしたくないのか、早々に
帰ろうとした。
「『……正体。』」
ぼくの一言に鈴音ちゃんの足が止まる。
「「もし付き合ってくれたら、ぼくの
正体について少しだけ教えてあげる。
ほら、水泳の時聞いてきたでしょ?
少しは気になるんじゃない?』」
「……少しだけよ。」
「凄い人数ね」
「『鈴音ちゃんも放課後は初めて?
あ、ごめん。ぼっちだったもんね』」
「それは嫌みのつもり?子供ね。
それにあなただってぼっちじゃない」
仰る通り嫌みだったけど、鈴音ちゃんには案の定
通じないようだ。
注文を終えて二人でドリンクを受けとる。
ついでにケーキも頼んでおく。
「甘いもの好きなの?」
「『そうだね…嫌いじゃない』」
そして空いた席に座り、ケーキを食べようとすると
「あ、堀北さん。球磨川くん。
偶然だねっ!」
「『やあ桔梗ちゃん』」
あくまで偶然を装い軽く挨拶する。このまま
話に持っていけば鈴音ちゃんと自然に話せそうだ。
「球磨川くんと堀北さんも二人でここ
くるんだ?」
「『今日が初めてだよ。桔梗ちゃんは
今日は一人なの?』」
「うん、今日はちょっとね---」
「私帰るわ」
「『おいおい、もう帰るのかい?
まだ着たばっかりだぜ?』」
「櫛田さんが居るなら私は必要ないでしょ?」
「『いや、桔梗ちゃんはたまたまでしょ?
それに----』」
「気に入らないのよ。何がしたいの?」
こっちの作戦を看破しているかのような発言だった。
でも、カマかけかも知れない。この程度ならまた
避けられる。
「や、やだな、偶然だよ?」
あちゃー、出来れば桔梗ちゃんにはそういう発言
をしてほしく無かった。
「『ごめん鈴音ちゃん、ちょっと
根回ししててね。』」
「でしょうね。最初から少しおかしいとは
思っていたし」
「堀北さん。私と友達になってください!」
作戦を看破され、もはや隠すことなどせず、真正面
から切り込んでいった。
「何度も言ってると思うけど、
私のことは放っておいてほしいの。
クラスに迷惑をかけるつもりはない。
それじゃあダメなの?」
「……ひとりぼっちの学生生活なんて
寂しすぎるよ。私は、クラスの皆と仲良く
したいな」
「あなたがそう思うことを否定するつもりは
ない。でも、それに他人を巻き込むのは
間違ってる。私は一人を寂しいと思ったこと
なんてないもの」
「だ、だけど……。」
「それに、仮に仲良くなることを強いたと
して私が喜ぶとでも?そんな強制された
ものの中に友情が生まれると思う?」
両者言ってることは何も間違っていない。しかし
鈴音ちゃんは友達を必要ないと思ってる人間だ。
そんな人に友達になりましょう、あっちで話そう、
そんなこと言われても嫌悪感しか生まれない。
桔梗ちゃんの一途で真っ直ぐな想いは、鈴音ちゃん
には、届かないだろう。
「今までちゃんと伝えていなかった私にも
落ち度がある。だから今回の件は責めな
い。だけど次に同じことをしたら
その時は容赦しないから覚えておいて」
そう言うと、一口も飲んでいないカフェラテの
入ったコップを持ち、帰っていってしまった。
「『失敗……だったね。助けに
なれなくてごめんね。』」
「ううん、ありがとう球磨川くん。
確かに友達になることは出来なかったけど、
でも、大切なことを知ることができたから。
だけどごめんね。私のせいで堀北さんに
嫌われるような真似、手伝わせて」
「『気にしないでよ桔梗ちゃん、
嫌われてるのには慣れてるからね。
でもどうしてそんなに鈴音ちゃんと
友達になりたいんだい? 桔梗ちゃんは
他にいっぱい友達がいるんだから
そこまでこだわる必要はあるの?』」
「 私は誰とだって仲良くなるつもりだった
から…。それこそ他のクラスの子とか
とかともね。でもクラスの女の子一人とも
仲良くなれないんじゃそんな目標は達成
できないよね……。」
「『鈴音ちゃんが特殊なだけだと思うよ。
あとは偶然を待つしかないかな』」
仕組んだものじゃなく、何か二人を結びつける
出来事があれば。その時に初めて友達になれる
チャンスが訪れるかもしれない。
入学式から1ヵ月が経ち、5月最初のチャイムが鳴る。
「これより朝のホームルームを始める。が、
その前に何か質問はあるか? 気になることが
あるなら今聞いておいた方がいいぞ?」
生徒たちからの質問があることを確信したような
口ぶりで、事実数人の生徒がすぐさま挙手した。
「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれて
ないんですけど、毎月1日に支給されるんじゃ
なかったんですか?今朝ジュース買えなくて
焦ったんですけど」
「本堂、前に説明しただろ、その通りだ。
ポイントは毎月1日に支給される。今月も
問題なく振り込まれてることは確認された。」
「え、でも……。振り込まれてないよな?」
確かに朝見たとき、ぼくのポイントは変わらず
昨日までと全く同じ、つまり新しいポイントは
振り込まれていなかった。てっきり今から振り込まれ
るものだと思っていた。
「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」
怒りより悦びの方が多い不気味な気配をまとった
茶柱先生。
「ポイントは振り込まれた。これは間違いない
事実だ。このクラスだけ忘れられた、という
幻想、可能性もない。わかったか?」
「いや、分かったかって言われても、なあ?
実際に振り込まれてないわけだし……」
ほとんどの生徒が戸惑い、不満げな様子を見せる。
もし先生の言う通りこの話が事実だとしたら…。
それが矛盾でないとしたら?振り込まれた結果、
0ポイントだとしたら?
「『……なるほどねえ。』」
ぼくは小さく呟き、疑問が確実に膨れ上がっていく。
「先生、質問いいですか? 腑に落ちない
ところがあります。」
平田くんが手をあげる。流石はクラスのリーダー。
こんなときも率先して行動する。
「振り込まれなかった理由を教えてください。
でなければ僕たちは納得できません」
何故ポイントが振り込まれなかったか、その
詳細を知りたいのだろう。
「遅刻欠席、合わせて98回。授業中私語や
携帯を触った回数412回。ひと月で随分と
やらかしたものだな。この学校では、
クラスの成績がポイントに反映される。
その結果お前たちは振り込まれるはずの
10万ポイントを全て吐き出した。」
「入学式の日に説明したはずだ。この学校は
実力で生徒を測ると。そして今回、
お前たちは0という評価を受けた。
ただそれだけのことだ」
茶柱先生は呆れながらも感情のない機械的な言葉を
発していき、この学校に来てからの疑問を次々と
解決してくれていた。 最悪の形で、ではあるが。
つまりスタートダッシュで貰った10万という多額の
アドバンテージをぼくたちDクラスはひと月で全て
失ったわけだ。
「茶柱先生。僕らはそんな説明を
受けた覚えはありません…」
「なんだ、お前らは説明されないと
なにも理解できないのか?」
「当たり前です。振り込まれるポイントが
減るなんて話は聞かされていませんでした
し、説明してくれたら皆遅刻や欠席なんて
しなかったはずです。」
「それは不思議な話だな平田。確かに私は
振り込まれるポイントがどのようなルールで
決められているかを説明した覚えはない。
しかしお前らは学校に遅刻するな、授業中に
私語をするなと、小中学校と教わって
こなかったのか?」
「 ……っ、そ、それは……。」
「身に覚えがあるだろう。そうだ、義務教育の
9年間、嫌というほど聞かされてきたはずだ。
遅刻や私語は悪だと。そのお前らが、言うに
ことかいて説明されてなかったから納得が
できない? 何様だ。おまえらは。当たり前の
ことを当たり前にこなしていたらこんな
最悪な結果にはならなかった。全てはお前ら
の自己責任ということだ。」
反論のしようのない、絶対的な正論だった。
誰もが知っていて、簡単にわかる善と悪。
「高校1年に上がったばかりのお前らが、
何の制約もなく毎月10万も簡単に使わせて
もらえると本気で思っていたのか?
有り得ないだろ、常識的に考えて。
なぜ疑問を疑問のまま放置しておく?」
その正論に何も言い返せない平田くんは悔しそうな
姿を見せるが、すぐに先生の顔を見た。
「では、せめてポイント増減の詳細を
教えてください。今後の参考にしたいと…。」
「それはできない相談だ。人事考課、つまり
詳細な査定の内容は、この学校の決まりで
教えられないことになっている。社会も同じ、
お前が社会に出て、企業に入ったとして
詳しい人事の査定内容を教えるか否かは、
企業が決めることだ。 しかし…そうだな。」
今日初めて、薄い笑みを見せた茶柱先生は、
「あまりにも悲惨な状況だからな、一つだけ
いいことを教えてやる。 遅刻や私語を改め、
仮に 今月マイナスを0に抑えたとしても、
ポイントは減らないが増えることはない。
つまり来月も振り込まれるポイントは0だ。
裏を返せば、どれだけ遅刻や欠席をしても
関係ない、という話。覚えておいて損は
ないぞ?」
「っ……」
平田くんの表情が暗くなる。こんな説明は逆効果。
遅刻や私語を改めようという生徒の意識が削がれる。
これが学校側の狙いなのか。
話の途中だがチャイムが鳴りホームルームの終わりを
告げる。
「どうやら無駄話が過ぎたようだ。 大体は
理解できただろ。そろそろ本題に移る。」
手にしていた筒から白い紙を取り出し、それを
黒板に貼り付けた。
「これは……各クラスの成績……?」
半信半疑ながらも鈴音ちゃんがそう解釈した。
おそらく合っているだろう。
そこにはAクラスからDクラスの名前とその横に、
最大4桁の数字が表示されていた。ぼくたちDは0。
Cが490。Bが650。そしてAクラスが940。
全てのクラスが軒並み数値を下げている。
「ねえ、おかしいと思わない?」
「『うん、ちょっと綺麗すぎるね』」
ぼくと鈴音ちゃんは点数のある点に気がついた。
「よく見ろおまえたち。Dクラス以外は
全クラスがポイントを振り込まれている。
それも1ヵ月十分生活できるほどのな」
「な、なんで他のクラスはポイント
残ってんだよ。おかしいよな…」
「何故……ここまでクラスのポイントに
差があるんですか」
「段々理解してきたか? 何故おまえたちが
Dクラスに選ばれたのかを」
「選ばれた理由……? そんなの適当なんじゃ
ねえの?」
「え? 普通クラス分けってそんなもんだよね?」
各々、生徒たちは友人と顔を見合わせている。
「この学校では優秀な生徒たちの順に
クラス分けされるようになっている。
最も優秀な生徒はAへ。ダメな生徒はDへ。
つまりここDクラスは落ちこぼれの集まる砦、
最悪の不良品と言うことだ。」
鈴音ちゃんの表情が強張っていた。クラス分けの
理由が余程ショックだったのだろう。
「しかし1ヵ月で全てのポイントを吐き出した
のは過去のDクラスでもお前らが初めてだ。
よくここまでやってくれた。いや立派立派」
茶柱先生のわざとらしい拍手が教室に響く。
「クラスのポイントは何も毎月振り込まれる
金と連動してるわけじゃない。このポイントの
数値がそのままクラスランクにも反映される」
つまり、仮にDクラスが500ポイント保有していたと
して、DクラスからCクラスに昇級していたという
わけだ。本当に企業の査定のようだ。
「さて、まだお前らに伝えないといけない
残念なお知らせがある」
黒板に追加されるように貼り出された1枚の紙。
そこにはクラス全員の名前が、……これは最近
やった小テストの結果だ。
「この数字は何か、バカの多いクラスでも
理解はできるだろう。」
「先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って
バカばかりだ。先生は嬉しいぞ。特に球磨川、
お前は0点だ。恥を知れ。」
「『いやーありがとうございます。
皆の前で言われちゃうなんて照れるな…』」
「褒めてない。しかしよかったな球磨川。
これが本番だったら7人は入学早々に退学に
なっていたぞ、この学校では、中間期末
テストで1科目でも赤点を取ったら退学に
ということが決まっている。今回のテストで
いえば32点未満の生徒が対象だ。本当に
愚かだな、おまえらは」
「『な、なんだってー!? ぼ、ぼくは
そんなこと聞いてないから認めないぞ!』」
「とても驚いてるようには見えないが…
学校のルールには代わりない。腹をくくれ」
赤点組も悲惨な声を上げていたが話が終わって
「さて、浮かれていた気分は払拭されたようだな。
おまえらの置かれた状況の過酷さを理解できた
なら、この長いHRにも意味はあったのかもな。
中間テストまで後3週間、じっくりと熟考して
退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに
乗りきれる方法はあると確信している。
出来ることなら、実力者に相応しい振る舞いを
もって挑んでくれ」
chapter1