Cheat Breakers~欠陥チートを以てチートを制す~ 作:九戸政景
戒人「どうも、千歳戒人です。ラブコメか……俺はあまり読まない方だけど、少年誌を読む時にふと目についた作品なんかは読んでるくらいだな」
政実「そっか。でも、ラブコメと言っても色々なパターンがあるし、読み比べをしてみると結構面白いかもしれないね」
戒人「そうだな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・戒人「それでは、第13話をどうぞ」
「んむ……?」
ある日の朝、俺は謎の重さを感じて目を覚めた。その重さは、主に腹部に強く掛かっており、ズシッとした重さというよりは、少し軽めの重さといった感じで、微かに聞こえてくる音から、その重さの主は寝息を立てている事が感じ取れた。
やれやれ……今日もか。
その重さの主に対して呆れながらそう思った後、俺は目を開けてからその穏やかな寝顔に向かって静かに声を掛けた。
「……地花、そんなところで寝てると風邪引くぞ?」
「……ふえ?」
重さの主――
「……おはよ、戒人」
「ああ、おはよう。おはようは良いんだが……とりあえず、頭を退けてくれないか?」
「うん、分かった。ちょっと待っててね」
地花が笑顔のままで頭を退けると、その動きによって長い黒髪がさっと地花の顔に掛かり、それを右手で払ったその一瞬だけ地花の事が綺麗な彫像のように見えた。隣に住む制服姿の美少女が朝から自分の部屋に来るという一般的な男子高校生であればドキドキとするようなこの状況だが、ここ最近いつもこれを目にしていた事や地花が同年代の異性というよりは妹のような感覚になっていたため、これといった感情は一切抱いていなかった。
まあ、他の奴らにこんな事を言おうものなら、絶対に面倒くさい事になるから、言う気は無いけど。
そして俺は小さく欠伸をしながらベランダの方へと顔を向けた。するとベランダの窓が微かに開いていたため、俺は溜息交じりに「やっぱりか」と独り言ちてから地花に声を掛けた。
「地花、何度も言うが、いくらベランダ間の距離が近いからって、跳び越えてくるのは危ないって……」
「ふふ……大丈夫だよ、戒人。いつも風さんに助けてもらってるから、怪我の心配も無いしね」
「……それはそうだろう。『追い風』の力を借りて跳び越えた後、小さな風の渦に包まれて降りてきてるから、怪我をする可能性なんて殆ど無いだろうよ」
初めてその様子を見た時の事を思い出しながら溜息交じりにそう言うと、地花は朗らかに笑いながら声を掛けてきた。
「でもね、これは戒人がとても頼りになる人だって分かってるからやってるんだよ?」
「初めて会って約2か月の奴をそこまで信用するのもどうかと思うけど……まあ、その気持ちはありがたく受け取っとくよ」
「ふふっ……うん、そうしておいて」
毎朝見ている地花のその嬉しそうな笑顔に、俺は呆れの感情を抱きながらも同時に微かな安心感を覚えている事に気付いてはいたが、この世界にはあくまでも『仕事』で来ているのだと思う事、そして地花は今回のターゲットである『
この『仕事』が終われば、俺と地花との間に生まれた関係性は、白羽の『処理』によって0になる。だから仲良くするのは最低限で良い。あまり歩み寄り過ぎて、万が一情が移ったりしては『仕事』にも支障が生じてしまうからな。
そういう気持ちでやって来たはずなのだが、あれよあれよという内にもう2か月が経っており、地花やこの世界での幼なじみ4人組の他にもクラスメートやこの世界でも所属している演劇部の部員達とも仲良くなってしまい、だんだん『仕事』よりも学生生活の方がメインになりつつあった。
まあ、こうやって地花が常に傍にいたり周囲の人間が全員敵じゃない分、下手な妨害をされないから地花の情報を手に入れやすいし、初日に俺達の事を見ていた謎の存在からも守りやすいのは事実だ。けれど、これ以上長引かせてしまっては、本当に『仕事』がやりづらくなってしまうため、何としても早めに片を付けなければいけないな。
いつものように自分のやるべき事を再確認した後、未だに眠そうな様子を見せる地花の姿を見てから、枕元にある連絡用端末に手を伸ばした。そして現時刻を確認し、再び溜息をついた後、半ば呆れ気味に地花へ声を掛けた。
「それにしても……地花、本当によくこの時間より前に起きられるよな。時間だってまだ6時半だぞ?」
「ふふ、私も正直ビックリしてるんだよ? 引っ越してくる前は、早起きをするどころかお母さんとお父さんにいつも起こしてもらってたからね。だから2人とも戒人には感謝してるみたいだよ?」
「……さいですか。まあ俺も、時々お世話になってるから、これが少しでも恩返しみたいになってるなら嬉しいけどな」
クスリと笑いながら返事をしていた時、俺は心の奥底で安らぎを感じている事に気付き、少なからず驚いていたが、それを一切表には出さなかった。『仕事』の設定上、俺は両親の仕事の都合で一人暮らしをしている事になっているが、元いた世界でも一人暮らしをしていたような物だったため、大して辛さは感じていなかったし、自分以外に誰も家にいない方が都合が良いため、むしろラッキーだと感じていた。ところが、地花の両親はそんな俺の事を何かと気に掛けてくれており、地花がいつも世話になっているからという事で朝食や夕食に呼んでくれたり色々な物をお裾分けしてくれたりする。最初こそ付き合いも大事だからという事で地花の両親達とも接していたはずなのだが、最近は地花の家族と一緒にいる事に楽しさや嬉しさを感じるようになっており、家族という物がどういう物だったかを再認識する機会にもなっていた。
本当の事を言えば、今でも家族という物は心からいらないと思っているし、この関係性だって偽りに満ちた物だと思っている。けど、地花や地花の両親が本当に俺の家族だったら今頃どうなっていただろうと思った事があるのは否定できない。それだけ地花達の存在は、俺の中に深く根強いているという事になり、俺自身はこの状況を良い物だと感じている事になるのだろう。
……俺は、本当にどうしたんだろう……? 俺は、一体どうしたいんだろう……?
そんな自問自答をここ最近繰り返しているが、いつも答えが分からないままで終わってしまっており、今日もその答えが分からないままだった。
分からないならしょうがない、か……。とりあえず今は、今やるべき事に集中しよう。
自分の中にある迷いに対してそう結論づけた後、ベッドから体を出し、未だ和やかな笑みを浮かべる地花に声を掛けた。
「そろそろ弁当作りのついでに朝食も作るけど、今日はお前も食っていくか?」
「うん、そうしようかな。戒人の作ってくれる料理はいつも美味しいし、綺麗だからね」
「……そうか」
――そりゃ、両親がどうしようも無かったせいで、小学生の頃から毎日作ってたからな。
そんな言葉を思わず言いそうになったが、俺はどうにかそれを飲み込んだ後、静かに微笑みながら口を開いた。
「まあ、地花のお母さんには流石に負けるけどな」
「うーん……そうかなぁ……?」
「そうだよ。何せ、母親の愛情に勝る調味料なんてのは無いからな」
「そっか。それでも、戒人の料理だって美味しいとは思ってるからね」
「はいはい、ありがとさん。それじゃあその美味い料理を作りに行きますかね」
「うん!」
そして地花を伴って部屋の外へと出た後、話をしながらキッチンがある1階へと降りていった。そんな中でも俺の中では先程の自分への問いが再び浮かんできていたが、今度はそれに対して考える事すらせずに頭の片隅へと追いやり、俺はそのまま弁当作り兼朝食作りに取り掛かった。
「それじゃあ、また後でね」
「ああ」
午前7時頃、地花が俺の返事にニコリと笑ってから再びベランダから自分の部屋に帰っていった後、俺は朝食の後片付けをするために再び部屋を出ようとした。その時、連絡用端末が突然鳴り出したため、俺ははあと溜息をついてから連絡用端末を手に取り、そのまま電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし、戒人?』
「そうだけど、こんな朝からどうしたんだ? 何か『仕事』について追加の情報でもあったのか?」
『ううん、ただの定期連絡だよ。それにしても……戒人、そっちでの生活をかなり楽しんでるみたいだね。元の世界では全然出来てなかった友達もいっぱいいるし、ガールフレンドもいるし』
「別に楽しんでるわけじゃないし、地花はガールフレンドじゃなく、ただのターゲットだよ」
『ふーん……そっか。まあ、それならそれでも良いんだけどさ。ところで、例の謎の存在についての調査は中々難航してるみたいだね』
「ああ。時折視線は感じるから、その度に誰かに尾行を頼んでるんだけど、どうにも成果が上がらなくてな。それに……アイツやアイツの仲間が表立って攻めてこないのもちょっと気に掛かるかな。まあ、地花自身がほぼ近くにいるし、式神達に警護は頼んでるから、その辺は問題ないし、あっちが隙を見せたところを一気に攻めれば何とかなるよ」
『……そうだね。それがベストだと僕も思うよ』
一瞬、ほんの一瞬だけ白羽の声が暗くなった気がしたが、すぐにいつもの明るい声に戻った。しかし白羽の声が暗くなった理由が気になったため、とりあえずその事について訊いてみる事にした。
「白羽、何かあったのか?」
『ううん、何も無いけど……どうしたの?』
「今、お前の声が暗くなった気がしたから、それがちょっと気になってな」
『……そっか』
その声には微かに哀しみの色が浮かんでおり、いつもの白羽らしくないような雰囲気が電話の向こうからでも伝わってくるような気がし、俺はその事がどうにも気になってしまった。
「しら――」
『ねえ、戒人。1つ訊くけど、君にとってそっちでの生活は楽しい物だと言える?』
「……え?」
その予想だにしなかった問いに戸惑っていたが、電話の向こうから聞こえた『やっぱりね』という言葉で我に返り、俺は慌てて返事をした。
「いや、この世界には『仕事』で来てるわけだから、楽しいという感情は一切無いぞ?」
『その言葉、本心から言ってる言葉だって言いきれる?』
「それは――」
もちろん、と言いたかったが、何故か言葉がそれ以上出て来なかったため、俺はその事に酷く困惑した。
何でだ……何で白羽の言葉を否定できないんだ……!? これはあくまでも『仕事』の一環だって理解してるはずなのに……!
「どうして……」
『どうして――その答えは戒人が1番分かってるはずだよ?』
「俺が……?」
『戒人、君は理解してない――いや、理解しないようにしてるんだろうけど、その世界に居心地の良さを感じているんだよ。それもその世界に永住しても良いと感じるまでの居心地の良さを、ね』
「そんな事――」
無い、その言葉すらも口から出てくる事は無かったため、感じていた困惑は更に強くなった。
「そんな馬鹿な……」
『戒人、確かに謎の存在について分からない事だらけなのは間違いないよ。けどね 、ターゲットを守る事と『仕事』を完遂する事は、決してイコールにはならないんだよ』
「それくらい分かってるよ。けど――」
『君は本当はとても優しいし、その優しさを活かしてここまでターゲット達から能力を回収してきたのはたしかだ。それに加えて、僕はそのやり方を否定する気は無い。でもさ、戒人。その世界は君にとって心の中でずっと思い描いていた『理想』の世界と言えるんじゃないかな?』
「俺にとっての理想……」
『うん。まあ、学校に遅れさせるわけにもいかないから、とりあえず今日のところはこれくらいにするよ。ただね、戒人。これだけは言わせて欲しいんだ』
「……何だよ?」
『僕は君に【Cheat Breakers】の一員としていて欲しいと思ってるけど、もし君にとって大切な物が出来たら、そっちを優先する事は全然構わないよ。あの日、君をここに連れてきたのは、無理やり君を働かせるためじゃなく、君を救いたいと思ってやった事だからね。君が誰かを救いたいと、君の命を賭けてでも救いたいと思える人が出来たとしたら、その人の事を優先するのは決して間違いじゃない。あくまでも、【Cheat Breakers】の一員としての生活は、君が生きていく上での選択肢の1つに過ぎないからね』
「白羽……」
【Cheat Breakers】の一員として生きる事は、俺が生きていく上での選択肢の1つに過ぎない……つまり、もし俺が望むなら、それ以外の生き方をする事も出来る事になる……。
白羽の言葉を心の中で自分なりに解釈していた時、電話の向こうから突然いつも通りの声が聞こえてきた。
『さあ、悩むのは後だよ、戒人! まだ洗い物も終わってないんだし、このままだとガールフレンドも待たせる事にもなるんだから、ハリアップハリアップ!』
「だから、地花はガールフレンドなんかじゃ――って切れてるし……」
白羽との電話が突然切れた事に対して、小さく溜息をついた後、連絡用端末を制服のポケットへと入れてから洗い物をするために再び部屋を出た。しかし――。
「……【Cheat Breakers】の一員以外の生き方なんて、俺には……あるわけ無い、よな……?」
白羽との電話の内容によって生じた新たな迷いが、俺の中でグルグルと渦巻いていた。
その日を境に白羽との定期連絡が何故か毎日から週1へと減り、俺自身も学校生活が更に忙しくなった事から、ターゲットである地花から能力を回収出来ずに月日だけが流れていった。そしてその中でも俺は、あの日に生じた迷いに対しての答えを探し続けたが、いくら考えても全く浮かばず、時折話を聞いてもらっているソル爺さんにすら溜息交じりに呆れの視線を向けられるだけだった。
【Cheat Breakers】の一員として生きる事以外の可能性を一切考えてこなかったため、いざその可能性を目の前に示されてしまうと、どうしたら良いのか分からなくなり、いつもであれば浮かぶはずの『仕事』を円滑に進めるための『
はあ……本当にどうしたら良いんだろう……?
7月も中盤に差し掛かり、徐々に夏休みが近付いてきた頃、地花や幼なじみ4人組と一緒に屋上で昼食を取っていると、雀が何かを思い出した様子で不意に声を上げた。
「そういえば……この前、街の中で変な人を見掛けたんだよね」
「変な人って……具体的にはどんな奴だ?」
「えっとね……スゴく痩せてる白衣を着た眼鏡の男の人なんだけど、何かを探してるみたいな感じで周りをキョロキョロしながら歩いてたのよ」
「ん……ソイツ、俺もこの前見た気がするな」
「そういえば私も……学校の近くで見たような気がします」
「僕も見た事ある気がする。僕の時は、少し目が鋭いスーツ姿の人達と一緒にいたけどね」
「ふーん……」
白衣に眼鏡という服装となると、どこかの研究員なのかもしれないな。それにスーツ姿の人――恐らくボディーガードとかを伴っていた事やも含めると、何か――『危険性がある物』を探していた可能性が高くなるよな。例えば――。
「色々な物を破壊する可能性がある物、とか……」
そう独り言ちた瞬間、俺の中である出来事が想起され、それと同時にある可能性が急に浮上した。
……そう考えればここまでの出来事も正直納得がいく。でも、そんな事が本当にあり得るのか……?
新たに浮上した1つの可能性、それについて俺は思考を巡らせた。そしてそれと同時に、俺の中で今回の『仕事』についての『脚本』が次々と綴られていき、これならば最高のエンディングを迎えられると心から断言できる『脚本』が出来た。
よし……後はこの流れに沿っていけるように他のところを調整して――。
頭の中で書き終えた『脚本』を読み返しながら考え事をしていたその時、俺の口の中に不意に何かが突っ込まれた。
「もがっ!?」
「ふふ……隙あり、だよ♪」
いたずらな笑みを浮かべながらそう言う地花の顔を見ながら、俺は口の中に入ってきた物を咀嚼した。
「もぐ……これ、玉子焼き……か?」
「ふふっ、正解だよ。何だか難しそうな顔をしてたから、甘い玉子焼きでもどうかなと思ってね」
「……まあ、考え事をするのに糖分を摂取するのは間違ってないけど、そういうのにうってつけなのはチョコレートとか飴とかじゃないのか?」
「うーん……でも、これにだって砂糖が入ってるし、甘いから大丈夫じゃない?」
「大丈夫じゃない、って訊かれてもな……」
というか、そもそもお前の事について考えていたんだけどな……。
地花の自由な言動に俺が心の中で溜息をついていると、雀達がとても面白そうな様子で一斉に笑い出した。
「ふふっ、やっぱり戒人と地花の夫婦漫才は見てて飽きないわね」
「ははっ、本当だな! 何というか、これで付き合ってないというのが不思議なくらいだよな!」
「ふふふ、そうですね。初めて会ってからまだ3ヶ月しか経っていないとは思えない程、2人は仲が良いですからね。これを機に本当に付き合ってしまうのはどうでしょう?」
「ふふ、そうだね。2人とも、末永くお幸せに」
「いや、待て待て待て。何を勝手に話を進めて――」
「えへへ……皆、ありがとう」
「いや、お前も何で満更でも無い感じで言ってるんだよ!」
怒濤のボケラッシュに俺が息を切らしながらツッコミを入れると、
「あら……戒人君と地花さんはとてもお似合いだと思いますけど?」
「……そうですか。けど、今のところ恋愛に全く興味は無いからな」
「つまり……地花の事は嫌いじゃないわけだよね?」
「当たり前だ。俺は嫌いな奴にはとことん近付かないようにしてるからな」
「……という事は、地花の事は恋愛的な意味で好きって事で良いよな」
「ああ、それはもちろ――って……はい!?」
よくよく考えてみればかなりとんでもない質問内容だったため、答えるのを中断して驚きの声を上げていると、幼なじみ4人組が一斉にしてやったりという表情を浮かべ、龍斗がとても楽しそうな様子で強めに肩を組んできた。
「なーんだ、お前だって地花の事が好きなんじゃねぇか」
「いや、ちょっと待て! 何だよ、今の質問は!?」
「何って……戒人君が地花さんの事を好きかという質問以外にありますか?」
「そうだけど……! 何でそういう話になるんだよ……!?」
「嫌いじゃないなら好き、間違ってないよね?」
「いやいや、一口に好きと言っても色々あるだろ!?」
「それに……そこまで躍起になるのは、かなり怪しいよね?」
「そ、それは……!」
――俺と地花は、あくまでも別の世界の存在同士であり、地花は『仕事』のターゲットなだけだ!
咄嗟に出そうになったその言葉を必死になって飲み込んだその時、
『それじゃあ、そういった前提を取っ払って考えたらどうなんだ?』
頭の中に不意にそんな声が聞こえた気がした。
前提を取っ払う……つまり、俺がこの世界の本当の住人であり、俺が【Cheat Breakers】の一員じゃなかったら、という事になる……のか?
確かにこの世界の住人であり俺が【Cheat Breakers】のメンバーじゃなかったら、そういう道だってあるのかも知れない。けれど、それはあくまでも仮定の話であり、そんな仮定の話を論じたところで意味なんて無い。そう自分に言い聞かせていた時、再び頭の中に声が響き渡った。
『仮定の話なんかじゃないし、あり得ない話じゃない。何故なら1度、それに近い話をある奴としているからな』
ある奴……誰だ? 俺とそんな話をする奴なんて――。
その事について考え始めたその時、それよりも考えなければいけない事に気付いた。
……ちょっと待て、さっきから聞こえてるこの声、一体誰の声なんだ……? それにこの声、前にどこかで――。
声の正体などについて真剣に考えようとしたその時、不意に地花の顔が視界に入ってきた事でそれは中断された。
「……地花?」
「あ……ようやく返事をしてくれたね」
「ようやく……って事は、もしかして俺に話し掛けてたのか?」
「うん。和亀君の言葉に返事をしてる途中、急に静かになったの。それで私が色々呼び掛けてたんだけど、全然返事が無かったから……」
「そっか……すまなかったな、心配掛けちゃってさ」
「ううん、良いよ。戒人の具合が悪いとかじゃないみたいだし、こうして答えてくれるだけでも私は嬉しいから」
そう言いながら少しはにかんだような笑みを浮かべる地花に俺は何故か安心感のような物を覚え、俺の中で少しずつ地花に対しての印象が変わってきている事に気付いた。
……でもこれは、決してそういう感情じゃない。そしてたとえそうだとしても、前提条件が覆るわけは絶対に無いんだからな。
そう自分に対して強い言い方で言い聞かせた後、俺は再び地花達との昼食タイムへと気持ちを切り替えていった。
「ふう……今日は思ったより色々あったなぁ……」
その日の夕方、俺は地花を無事に送り届け、式神や『召喚を司る能力』で呼んだ存在達に地花の警護を頼んだ後、1人で近所をぶらついていた。昼食時に書き上げた頭の中の『脚本』の通りに『仕事』を進めるには、地花の存在は必要不可欠であるため、地花の警護には様々な種類の式神や妖などが就いている上、何かあった時にはすぐに報告をしてくれるように頼んでいる事もあり、少しだけ気持ちが軽くなっていた。
それに……今回は『秘密兵器』もあるし、これさえあれば絶対にハッピーエンドを迎えられ――。
制服の胸ポケットに仕込んである『秘密兵器』の存在に意識を向けていたその時、背後から初日に感じた物と同じ気配と殺気を感じ、それに気付かないフリをしながらそのまま道を歩き続けた。そして少し先の方に曲がり角が見えた瞬間、『言葉を司る能力』を行使した。
「……瞬間移動、指定先はすぐ先の曲がり角の陰」
能力の発動によって指定した場所に移動すると、
「解除、対象は目の前にいる人物の能力」
すると先程まで誰もいなかったはずの場所に徐々に何かが現れ始め、ほんの数秒の内にバイクのヘルメットのような物を被った黒のボディースーツの人物が、自分の状況に酷く狼狽しながら姿を現した。そしてその人物へ向かってゆっくり近付いていくと、その人物はヘルメット越しでも分かるほどの悔しさを見せながら話し掛けてきた。
「何故だ!? 何故、私の能力が発動しない……!?」
「……貴方の能力は、俺が完全に解除させてもらいましたからね。そして先に言っておきますけど、その『透過』の能力以外に持っていたとしても、俺はそれを解除または無効にする力があるので、大人しくしていた方が身のためですよ?」
「解除に無効だと……!? そんなはずは無い! お前の能力は動物や植物との会話のはずだ!」
「ああ……それはあくまでも能力の1つですよ。何せ俺の能力は――」
ピタッと足を止めた後、俺は敵意と殺意を含めた目で件の人物を見ながら言葉を続けた。
「『自分が願った事象を無制限で叶えられる能力』ですからね。よって、貴方の命を今ここで奪う事も
「願いを無制限に叶えるだと……!? そんなバカな! 研究所のデータベースにはそんな能力の記述なんてどこにも――」
「浅はかな人間の考えを元に作られたデータベースならそんなもんですよ。さて……それじゃあそろそろ聞かせてもらいましょうか? 俺と地花の事を監視していた、その理由を……」
一応敬語で話してはいるが、俺の心の中はこの人物を含め、地花達に危害を加えようとしている人物達への強い怒りで溢れていたため、出来る事ならこの人物を人質にしてでも件の研究所の位置や名前などの詳細を知る事すらしかねなかった。
……まあ、そんな事をしようものなら考えている流れには持っていけないし、そんな愚かな事は一切しないけどな。
そして俺がその場から1歩だけ踏み出したその時、その人物は腕に着けていたバングルのような物に手を触れると、付いているボタンを強く押した。その瞬間、バングルから白い煙が勢い良く吹き出し、俺の視界を瞬時に遮ると、煙の向こうから走り去っていく足音が聞こえた。
はい、計算通り。後は……これを使うだけだな。
俺は事前に作っておき服のポケットに入れていた発信機を取り出し、『言葉を司る能力』を行使した。
「位置移動、対象は手の中の発信機、指定位置は逃げ去っていく人物の耳の裏」
能力の発動によって、発信機が移動した事を確認した後、俺は鞄の中から『秘密兵器』――高性能カメラと受信機を取り出しながら影の中に潜ませていたシェイドに声を掛けた。
「……頼んだぞ、シェイド」
「……承知した」
『秘密兵器』達をシェイドに託し、シェイドが件の人物を追っていくのを見届けた後、俺はふうと息をついた。
「……これでとりあえず大丈夫だな。後はシェイドが帰ってくるのを待ちながら『あの人達』に話を聞くだけだ」
……まあ、素直に話してくれるかは分からないけど、そこは俺がどうにか話を持っていくしかないよな。
これから待っている出来事についてそう結論づけた後、話を聞こうと思っている人物達がいる場所――『地花の家』へ向けて歩き始めた。
歩き始めてから約数分後、俺は何事もなく地花の家に着いた。そしてインターホンを鳴らすためにドアへと近付いたその時、不意にドアがゆっくりと開くと、そこにはとても驚いた表情を浮かべる地花のお父さん――大地さんが立っており、俺の姿を見ると大地さんはスゴく安心したように小さく息をついた。
「……誰かと思ったら戒人君だったのか。地花なら部屋にいるけれど、良かったら呼んでこようか?」
「あ、それは大丈夫です。実は……ちょっと大地さん達にお話ししたい事があるんですけど、よろしいですか?」
「うん、大丈夫だよ。まあ、何の話かはちょっと想像がつかないんだけどね……」
穏やかな雰囲気を醸し出しながら苦笑いを浮かべる大地さんに対して静かに微笑んでいると、大地さんは俺が入りやすいように横へスッと動いてくれた。
「それじゃあ……どうぞ、遠慮なく上がってくれ、戒人君」
「はい、おじゃまします」
しっかりと挨拶をしながら家の中に入った後、俺は大地さんと一緒に家の中を進んだ。そしてリビングに着くと、そこには地花のお母さん――
「あら……戒人君、地花に何か用事だったの?」
「いえ、今日は地花じゃなくお2人にお話ししたい事がありまして……」
「私達に話したい事……うーん、全く想像がつかないわね……」
「ははっ、やっぱりそうだよね。だけど、こうしてわざわざ戒人君が来てくれたからには、どんな話であろうとしっかり受け答えをするつもりだよ。ねえ、母さん?」
「ええ、もちろんよ。戒人君には、地花がいつもお世話になっているものね」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げながらお礼を言うと、2人は見ているこっちが安心するほど優しい笑みを浮かべた。そして大地さんに促されて椅子の1つに座った後、美花さんは笑みを浮かべたままキッチンの方へと向かい、大地さんは俺の向かい側にゆっくりと座ってから静かに口を開いた。
「さて……話とは何かな?」
「大地さん、最近この辺りで妙な男を見掛けませんでしたか? 具体的には……『透明になれる能力を持った物騒な装備の男』ですけど」
「……っ! 戒人君、まさかソイツに会ったのかい!?」
「はい。最初は始業式の日ですけど、ついさっきもこの辺りで出会いました」
「……なんて事だ……まさか、もうここまで追っ手が来ていたとは……!」
項垂れながら言う大地さんの声には、驚きと焦り、そして絶望の色が浮かんでおり、それは大地さんとアイツらの間に確かな関係性がある事を示していた。
やっぱり、か……。つまり、今回も『
大地さんの反応から昼に立てていた予想が当たっていた事を確認していると、大地さんはハッとした表情を浮かべながら弾かれたように顔を上げた。
「戒人君……君はどうやってその男を撃退したんだい……? あの透過能力は、肉眼では絶対に見破れないはずの物なんだ。だけど、君がここに無事でいるという事は……」
「詳しくは話せませんけど、俺には生まれつきちょっとした能力があるんです。だからそれを使って、ソイツの透過能力を無効にした上で自分には強力な能力があるという事をちらつかせて撃退した形ですね」
「そうか……方法はどうであれ、君が無事だったのは本当に良かったよ。君は地花の友人であり、僕達にとって息子同然の存在だと思っているからね」
「……ありがとうございます、大地さん」
「どういたしまして。……さて、こうしてアイツらに出会ってしまった以上、君も事情はしっかりと聞いておきたいよね?」
「そうですね。いくら能力があったとしても、敵となる存在について少しでも情報がないと、やはり対処に困りますから」
「……分かった」
大地さんが真剣な表情を浮かべながら頷いた時、キッチンから両手にホカホカと湯気を立てるティーカップを3つ載せたお盆を持ちながら同じく真剣な表情を浮かべた美花さんが姿を現した。そして言葉を交わさずに大地さんと頷き合った後、お盆の上に載った紅茶が入ったティーカップを静かに俺の前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
俺の言葉に答えた時だけいつものような穏やかな笑みを浮かべたものの、すぐに真剣な表情ヘと戻り、自分達の分を置き終えると、大地さんの隣にスッと座った。そしてそれと同時に、大地さんは静かに口を開いた。
「……かつて僕達は、君が出会った男が所属している組織――『アースガル』が進めている研究のために全国から集められた一研究員だった。その研究というのが、『人工能力者』を作り出すという物であり、そのために様々な方々で被験者を集めていたんだよ」
「『人工能力者』……それじゃあ、あの男の透過能力や地花の風や土と会話が出来る能力もそれによって生まれた物なんですね?」
「ああ。だけど、地花が生まれた時に組織の連中は地花に能力を持たせようと考えていたらしく、地花が小学6年生になった頃にアイツらは僕達から無理やり地花を奪い取ったんだ……!」
そう悔しそうに語る大地さんの表情からは、その当時の大地さん達の苦しみや憎しみ、怒りなどが感じられ、『アースガル』の連中がいかにどのような集団なのかが少しだけ分かったような気がした。
たぶん組織名の『アースガル』は、北欧神話に出てくる神々が住まう世界――『アースガルズ』を捩ってる上、そんな神々のような能力者を作り出すために付けたんだろう。そして神様みたいな能力を持つ俺が言うのもアレだけど、神またはそれに近い存在になれるのは、神に選ばれたごく限られた存在のみだ。そうでも無い奴がそれを目指そうなんて浅はかも良いところだし、どうしようも無いほど愚かな行動だと思う。ましてや嫌がる人から無理やり子供を奪い取るなんて絶対に間違っている……!
『アースガル』の連中に対して静かに怒りを抱く中、大地さんは気持ちを落ち着けながら再び口を開いた。
「……話を続けよう。地花が能力開発の被験者になっている間、僕達はどうにか地花の事を解放してやろうとあらゆる手を尽くした。しかしそのどれもが悉く失敗し、地花と僕達が面会出来る日になると、地花は涙を流しながら実験の辛さを話していたよ。言ってみれば、地花の大事な時期――友達同士で時にはぶつかり合い、時には笑い合いながら自分という物を形成していくとても貴重な時期は、アイツらによって潰された上、他の被験者達の苦しみや悲鳴という物と共に過ごす事を強制されるという地獄の日々に変わってしまったんだ……」
「……大地さん、話は少し変わりますけど、『アースガル』はどこから資金を得ていたんですか?」
「……分からない。だが、能力者を軍事利用する事も考えていた事から、バックには様々な企業や資産家、果ては国会議員までついていたと言うし、それらから少しずつ供給していたのかもしれないね……。
そして地花の能力開発実験が始まってから2年が経った頃、地花にはある能力が芽生え、地花は被験者という立場から、能力者という立場へと変わった。けれど、変わってしまったのはそれだけじゃなかった。度重なる投薬や他の被験者との戦闘訓練の果てに地花の精神はボロボロになってしまい、私達の元に戻ってきた頃には言葉を喋るだけの人形のようになっていたよ……」
「……けれど、今は違う。そうですよね?」
「ああ。地花が戻ってきた直後、僕達は奴らの目を盗んで地花の記憶の一部――被験者だった頃の記憶を書き換え、それが終わると同時に地花を連れて逃げ出したんだ。だから、地花自身は自分の能力がいつの間にか芽生えた物であり、ただの風や土などと会話が出来るだけの能力だと思っている。本当はもっと恐ろしい能力なんだけどね……」
「……何となく想像はつくので、それについてはこれ以上聞かない事にします」
「……そうしてくれると助かるよ。そして僕達は様々な地域を巡りながら必死になって組織から逃げ続け、ここへと辿り着いたんだ」
「そして引っ越しの翌日に俺と出会い、何とか今日までは頑張ってくる事が出来たわけですね?」
「ああ。しかし……組織の連中がこの辺りにいたとなると、またどうにかして逃げないといけないな……」
「そうですね……この辺りにいるにも関わらず、まだこの家を襲っていない事を考えると、いつでも地花を狙って襲撃できると踏んでいる可能性は高いですから、手を打つならば早急の方が絶対に良いです」
「そうだね。一応、僕達には組織の事を知っていて何かと頼れる友人がいるから、明日にでも彼を尋ねる事にしよう。戒人君、君には本当に申し訳ないんだが、その間だけで地花の事を守ってやって欲しいんだ。あの子――地花は、本当に心優しい子だ。あんな苦しみをもう1度味わおう物なら、自分の中にある能力を暴走させる恐れがあるし、もし本当にそうなったら世界の存亡に関わる。そして何より、もうあの子が苦しむ顔は見たくないんだ……!
だからお願いだ、あの子の事をどうにか守ってやってくれ……!」
頭を下げながら涙交じりの声で頼み込む大地さん達の姿を前に、俺はコクンと頷きながら答えた。
「もちろんです、大地さん、美花さん。出会ってからまだ日は浅いですけど、地花は俺にとってとても大切な友達です。そんな大切な友達を守るため、俺も全力でお手伝いをしたいと思っています」
「戒人君……本当にありがとう……!」
「本当にありがとう……戒人君……!」
「いえ、これは友達として当然の事ですから」
大地さん達の言葉にニコリと笑いながら答えた後、俺は地花がいる2階の方をチラリと見た。
……そうだ、これは地花が大切な『友達』だからやる事なんだ。
そう自分に強く言い聞かせた後、椅子から静かに立ち上がってから大地さん達に話し掛けた。
「……とりあえず今日のところは、これで失礼します。一応、俺の方にもこういった事に向いている仲間がいるので、ソイツらにこの周辺を見張らせながら、日中は俺が地花の事を見守る事にします。本当は一日中近くにいられれば良いですけど、流石にそういうわけには――」
その時、階段を下りてくる音が聞こえ、そこで1度言葉を切り、その音の主――地花が下りてくるのを待った。そして地花――当然だが、部屋着に着替えていた――はリビングに入ってくると、俺がいる事に大きな声を上げながら驚いた。
「え……!? 戒人、来てたの!?」
「ああ、ちょっと大地さん達に話す事があったからな」
「そうだったんだ。もう……それなら私も呼んでくれれば良かったのに……」
「悪い悪い。まあ、そろそろお暇させてもらうところ――」
笑みを浮かべながら答えていたその時、大地さんがこっそりと耳打ちをしてきた。
「……戒人君、1つ提案があるんだけど、良いかな?」
「あ、はい……何でしょうか?」
「さっきも言ったように、こうなった以上はモタモタはしていられない。だから、今から話の中に出てきた友人のところへ僕と母さんの2人で行ってこようと思うんだ」
「え……でも、それだと地花が1人になりますよね?」
「ああ。だから戒人君――」
次の瞬間、俺は自分の耳を疑った。
「今日のところは泊まっていってくれないか?」
「……え?」
泊まる……って、大地さん達がいない状態で地花と二人きりって事……だよな? え、それで大地さん達は良いのか……?
大地さんの言葉に困惑していると、大地さんは優しくニコリと笑った。
「君が考えている事は分かる。けれど、君になら地花の事を任せられると思っているから、こう提案させてもらったんだ。たとえ、『どんな事になろうとも』ね……」
「大地さん……」
大地さんの言葉に美花さんも哀しそうな笑顔を浮かべていた事から、2人とも普段から『ある覚悟』をしていた事が見て取れた。大地さんの話から、2人にとって地花は本当に大切な娘であり、こういう事態でなければ常に傍に置いていたい存在なのは間違いない。けれど、そんな中でも俺――地花が懐いているとは言え、出会って2ヶ月しか経っていない俺――に地花の事を任せてくれた。これは大地さん達が本当に考え抜いて話し合った上、俺が『アースガル』の一員を撃退したという話から決めた結論なんだろう。
……それなら、この提案を受けないわけにはいかないよな。本当は地花から『自然』の能力を回収すれば良いだけだけど、こうなった以上は最後まで関わらせてもらう事にしよう。そうじゃないと、今まで出会ってきたターゲット達にも怒られそうだしな。
覚悟を決めた後、俺は大地さんの目を真っ直ぐ見つめながら静かにコクンと頷いた。そしてそれに対して大地さんは静かに頷き返すと、キョトンとしている地花に対してニコリと笑いながら声を掛けた。
「地花。本当に申し訳ないんだけど、お父さん達は今から出掛ける用事が出来ちゃったんだ」
「あ、そうなんだ。帰ってくるのは何時頃なの?」
「……たぶん今日の内には帰って来られないと思う。だから、戒人君に今日は泊まっていってもらう事にしたよ」
「え、本当!?」
「ああ。最近物騒らしいから、地花を1人にするのは心配だったからね。地花、戒人君に迷惑を掛けないようにするんだよ?」
「ふふ、大丈夫だよ、お父さん。なんて言ったって、私はお父さん達の娘だからね」
ニコニコと笑いながら言う地花の言葉に大地さん達は目を潤ませながらコクンと頷くと、再び俺の方へと顔を向けた。
「それじゃあ戒人君、地花の事はお願いするよ」
「戒人君、地花をお願いね」
「はい」
大地さん達の『覚悟』と『思い』を胸に受け、俺自身も覚悟を決めながら静かに答えた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「それじゃあ、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃーい」
「はい、行ってらっしゃい」
約1時間後、準備を終えた大地さん達はすぐに出発し、俺達の見送りを背にそのまま玄関のドアを閉めた。
さて……俺もいるけど、式神達や他の皆にはまだまだ警護や見回りを頼む必要はあるかな。それと相手側には『透明』の能力持ちがいるから、それを看破できる奴にも来てもらう事にもなるな。
『アースガル』の連中が来る事を想定しながら顎に手を当てつつ頭の中で様々な策を練っていた時、地花は不意に俺の事を覗き込むと、はにかむような笑みを浮かべた。
「……地花、どうした?」
「……何だか二人きりって不思議な感じだなぁって思ってね」
「まあ、そうだな。物語の中ならまだしも、兄弟姉妹じゃない高校生の男女が、1つの家に二人きりなんて状況は滅多にないだろうからな」
「ふふ、そうだね。でも、私はスゴく嬉しいよ? お父さん達が出掛けちゃったのは寂しいけど、その分戒人が一緒にいてくれるからね」
「……そうですか」
地花の笑顔からフイッと目を反らした後、俺は時計の方へ視線を移した。そして現時刻を確認しながら地花に声を掛けた。
「さてと、そろそろ良い時間だし夕食の準備でもするか。地花、せっかくだから少し手伝ってくれるか?」
「うん、任せてよ!」
とても嬉しそうな笑みを浮かべながら答える地花に対して微笑みながら頷いて答えた後、俺達は天雨家のキッチンへと向かった。そして置かれている材料を元に献立を考えた後、俺達は夕食の準備を始めた。
「戒人、これに塩を入れれば良いんだっけ?」
「ああ、そうだ。そして塩を入れたら――」
そんな会話を交わしながらする料理は、いつもは1人でやっているせいもあってか、何だか楽しい物に思えた。元いた世界で仕方なく始めた料理だったが、やっていく内に徐々にその魅力にハマり、時々創作料理なんかにも手を出していた。しかし俺の場合は、誰かに食べてもらうためじゃなく、あくまでも自分のためだったため、こんな風に誰かと食べるために一緒に作るなんて事は、学校の授業で行う調理実習の時以来だった。
……そういえば、拠点での料理はいつも
ふと隣にいる地花に視線を向けると、地花は楽しそうに鼻歌を歌いながら鍋の中のスープをゆっくりとかき回しており、その様子が何故か月夜と重なって見えた。月夜と地花は、顔付きや性格は少し違うが、髪型はほとんど同じであり、雰囲気も時々同じように感じる時がある。
……もし、地花と月夜が出会ったら、本当の姉妹みたいな感じに仲良くなりそうだな。物静かな大和撫子な姉といつも元気で無邪気な妹みたいな感じに。
その様子を思い浮かべ、思わずクスリと笑っていると、地花が不意に俺の方を向き不思議そうに首を傾げた。
「戒人、どうかしたの?」
「いや、前に見た目はお前に似てるけど、性格は違う人と会った事があってな。もし、その人とお前が出会ったら、スゴく仲良くなれそうだなと思っただけだよ」
「え、そんな人がいたの?」
「ああ。髪型はほとんど同じで顔付きは綺麗な感じのいわゆる大和撫子っていう言葉がピッタリな人なんだ」
「へえー、そうなんだねえ……」
「だから、2人並んだら姉妹みたいな感じに見えそうだなと思ってな。まあ、前に会ったきりだから、連絡先は知らないけど」
「……そっか、それはちょっと残念だね。私も会ってみたかったなぁ……その人に」
「……そっか」
――それなら、ソイツに会うために俺と一緒に来るか?
そんな言葉が口をついて出てきそうになったが、俺はそれを急いで飲みこみ、何事も無かった風を装った。しかし正直な事を言うと、その内心は穏やかとは言い難かった。
……俺はバカなのか? コイツはあくまでもターゲットであり、この『仕事』が終わったら無関係になる奴だ。そんな奴を拠点に連れて行こうなんて考えは明らかに馬鹿げてる。そもそも、何でそんな考えが――。
その時、俺の中で今朝の白羽の言葉、そして昼の龍斗達の言葉が急に想起された結果、この考えに行き着いた理由が分かったような気がしたが、それは俺にとってとても信じがたい物だった。
……まさか、本当に俺はコイツの事が好きで、コイツと一緒にいたいなんて思ってるのか……!?
心の中で驚きながら俺は地花の方へと視線を移した。地花は確かに可愛らしい奴であり、そしてソイツに懐かれている俺は、端から見れば幸せな奴なのかもしれない。けれど、それはあくまでも『同じ世界の出身』であればの話、または『どちらかがもう片方の世界に住む事が前提』の話だ。つまり、『仕事』が終わったら拠点に帰る事になっている俺には全く当てはまらない話という事になる。ただ、地花の命を守るという点を考えると、地花を拠点に連れて行くという案は悪くない事になる。というのも、地花と大地さん達に俺の正体や拠点の事を話し、全てを納得してもらう事が出来れば、地花を拠点に連れて行く事で地花の身や命を守る事は可能だからだ。しかしそれには、地花を拠点に連れて行く事を白羽に許可してもらう必要が出てくる。他の【Cheat Breakers】のメンバー達はどうか分からないが、少なくとも俺は白羽に出会い、手を差し伸べてもらったおかげで、今もこうして生きている。けれど、白羽が何の基準を以て俺の事を助けたのかは分からないため、もしも地花がその基準に見合っていなければ、地花を拠点に連れて行くという案は実行する事は出来なくなる。
……なんにせよ、まずは白羽に相談をする必要があるな。地花の事もだけど、俺自身が地花に抱いていると思われる感情についてもな。
そう思いながら調理中だった料理を完成させた後、隣にいる地花に声を掛けた。
「地花、そっちはどうだ?」
「うん、バッチリだと思うよ」
「分かった。それじゃあそろそろ盛り始めるぞ」
「はーい!」
その元気の良い返事に頷いた後、俺達は棚から食器を出し、出来た料理をそれに盛り始めた。そしてそれをテーブルに並べ終え、それぞれ席に着いた後、俺達は同時に手を合わせた。
「「いただきます」」
声を揃えて言った後、俺達は夕食を食べ始めた。しかしその当たり前の挨拶すら何故か俺にとってはとても嬉しく思え、思わずクスリと笑っていた。
「――って事なんだけど、お前はどう思う? 白羽」
夕食の後片付けを終え、先に風呂に入った後、それと入れ替わりで地花が風呂に入っている内に、俺は定期連絡を兼ねた相談の電話を掛け、料理中に浮かんだ事について白羽へと話した。すると、電話の向こうから少し迷ったような声が聞こえてきた。
『うーん……そうだね。僕としてはターゲット――『自然』を拠点に連れて行くのは構わないよ。ただ、問題は『自然』が自分の両親と別れる事を良しとするかどうかだよね』
「まあ、そうだよな……」
『それに、『自然』の両親だってどう思うか分からないし、まずはしっかりと話をする必要があるかな』
「……だな」
とは言うものの、今すぐに大地さん達に連絡が付くとは思えないし、とりあえず番号とアドレスの交換は済ませてあるし、連絡をもらえるように後でメールを送っておくか。
連絡用端末を片手に大地さん達宛のメールの内容を考えようとしたその時、白羽のクスクスと笑う声が聞こえてきた。
『それにしても……戒人は本当にターゲットと仲良くなるのが得意だよね。今回なんてガールフレンドにしちゃうくらいだし』
「何度も言うけど、地花はガールフレンドじゃなくて、ただの友達だって……」
『へえ……? 昨今の女友達は満面の笑みで弁当のおかずをあーんしてくれたり男友達が泊まっていってくれるのをあんなに大喜びするものなんだー? いやー、世の中は進んでるなぁ……』
「……白羽、お前なぁ……」
『あははっ、ゴメンゴメン。でも、戒人だって悪い気はしないでしょ? あんなに可愛い子から好かれた上、その子の両親からもこんなに信頼されてる状態なんて滅多に無いわけだし』
「……否定はしないよ。けど、あくまでも地花はターゲットであり友達、俺はそう思っているんだけど……」
『今の戒人が『自然』に向けている感情は、友人ではなく好きな人に向けている物に近いように感じる。そうだよね?』
「……ああ。もっとも、それが本当に恋愛感情みたいな物なのかまでは、全然分からないけどな……」
『……そっか。まあ、それに関しての答えを出すのは後でも良いんじゃない? とりあえず、今は『自然』の事を守りたいという気持ちがあるわけだから、戒人はそれを優先するべきだよ』
「分かった。それじゃあそろそろ地花も戻ってきそうだし、そろそろ切るな」
『うん、了解』
そして電話を切ろうとした時、「あ、待って」という白羽の声を聞いたため、再び電話を耳元へと近付けた。
「どうかしたか、白羽?」
『うん。あのさ……そっちの世界の6月頃に言った事、覚えてるかな?』
「6月頃……もしかして、俺にとって【Cheat Breakers】の一員として生きる道は、あくまでも選択肢の1つに過ぎないって言ってた事か?」
『うん、そうだよ。それで、それについての補足みたいな物なんだけど、今の戒人の前には3つの道があるんだよ』
「3つの道……」
『1つ目、『自然』を『アースガル』の脅威から守った後、『自然』から能力を回収して【Cheat Breakers】の一員としてここに戻ってくる道。
2つ目、『自然』を『アースガル』の魔の手から守った上で一緒にここに戻ってくる道。
そして3つ目――』
白羽は1度そこで言葉を切った後、深呼吸をしてから哀しみを含んだ声で話を続けた。
『……能力を残した状態で君から【Cheat Breakers】の事についての記憶を消し、その世界の『千歳戒人』として生き続ける道。これが戒人の目の前にある3つの道だよ』
「…………」
『僕としては、2番目が1番良い道だと思ってる。けど、もし君が3つ目を選ぶというならそれでも僕は応援するよ。君の人生は君自身が切り拓いていく物だからね』
「……でも、白羽は本当にそれで良いのか? 前にお前は、俺が他のメンバーの良い刺激になるみたいな事を言ってたのに……」
『言ったよ。けど、あくまでも僕は君達の意志を尊重するつもりだからね』
「そっか……」
『うん。だから、この『仕事』が終わるまで僕からの定期連絡としての電話は掛け続けるけど、次に君から掛ける時はどれかの道を選んだ時にしてほしいんだ』
「……分かった」
『うん、ありがとう。それじゃあお休み、戒人』
「……ああ」
そして白羽からの電話が切れた後、俺はゆっくりと連絡用端末を下ろし、静かにテーブルの上へと置いた。
俺の目の前にある3つの道……か。どれを選んでも俺のこれからは絶対に大きく変わる。だからこれは、俺にとって本当に大事な選択なんだ。
「……どれを選べば良いのかは何となく分かっているけど、それを選ぶのが『千歳戒人』として本当に正しいのかは分からない。けど、絶対に選ばないと俺はこの先の未来へと進めない……。はあ、本当に困ったもんだな……」
そう独り言ちながらぼんやりと天井を見上げていた時、突然ドアを開けるガチャッという音が聞こえ、俺はそちらへと視線を向けた。するとそこには、風呂上がりで頬を紅潮させている桃色の寝間着姿の地花がいた。そしてその瞬間、さっき白羽とあんな話をしたせいか、その地花の姿が色っぽく見え、俺は思わず見とれてしまった。
……まさか、俺は本当に地花の事を……?
生まれて初めて感じる『好き』の感情と思われる物に戸惑いを覚えていると、地花はクスリと笑いながら優しい声で話し掛けてきた。
「ふふ……どうしたの、戒人? いつもと違って何だかボーッとしてるよ?」
「あ、ああ……悪い。何と言うか……こう、風呂上がりの地花は初めて見るから、新鮮だったもんでな……」
「あははっ、確かにね。それに私もさっきお風呂から上がってきたばかりの戒人を見た時、同じ事を考えてたから、仲良くお揃いだね♪」
「……そうだな」
いつも通りの様子を装いながらも地花の嬉しそうな笑顔や一挙手一投足に何故か目が行き、いつもなら余裕で演じられるはずの平静な様子すらまともに出来ているとは思えなかった。
……これが本当に白羽達が言うような『好き』とか『恋』とかなのかはやっぱり分からない。でも、もしそうだとしたら、俺が選ぶべき道は1つしか無いよな……。
白羽が示してきた3つの道の内、ある1つだけを選んだ後、俺は元々決めていた『脚本』の内容にそれを書き加え、それに向かって明日からまた頑張っていく決意を固めた。そしてチラッと時計へ目をやった後、どうにか冷静な様子を演じながら地花へと声を掛けた。
「さて……もうだいぶ良い時間だし、明日も学校があるからそろそろ寝るぞ」
「えー……せっかくのお泊まりだし、もう少しお話ししようよー……」
「そうは言うけど、俺と話すのってそんなに楽しいか?」
「うん、もちろん! 戒人は私が知らない事を色々知ってるし、噛み砕いて説明してくれるから、話すのも聞くのも楽しいよ!」
「……そっか」
そんな楽しげな地花の言葉に小さな安心感と嬉しさを感じた後、俺はもう1度時計へと視線を向けた。そしてふうと1度息をついてから、地花へと視線を戻した。
「……分かった。だけど、本当に少しだけな」
「うん! ありがとう!」
「どういたしまして」
地花の嬉しそうな笑顔に対して微笑みながら答えた後、俺達は椅子に座ってから学校の事やお互いの趣味などのいつも学校で話しているような他愛ない話を始めた。けれど、不思議な事に俺はこの『いつも通り』がいつもとは違った物に思え、その事に対して小さな驚きと新鮮さを感じると同時に、微かな喜びを覚えていた。
「……さて、そろそろ寝るぞ」
「うん、分かった」
リビングでの会話の後、俺達は『地花の部屋』で就寝準備をしていた。本当なら俺だけ大地さんの部屋を借りようとしていたのだが、地花がどうしてもと言って全く折れる様子が無かったので、俺は1度自分の家ヘと戻り、和室にあった布団一式を『言葉を司る能力』で地花の家へとどうにか移動させた。そして地花がベッドで寝る中、俺が床に布団を敷いて同じ部屋で寝るという事になったのだった。
それにしても布団か……元いた世界では毎日布団で寝てたけど、【Cheat Breakers】の一員になってからはベッドで寝てたから、何だか新鮮な気分だな。
そんな事を思いながら敷き布団を床へと広げ、その上に掛け布団と枕を置き、俺の就寝準備は何事も無く終わった。そして地花の方へチラッと視線を向けると、地花も寝る準備は万端のようだったため、俺は電灯のスイッチがある所まで歩きながら声を掛けた。
「それじゃあ消すぞ」
「うん」
その返事と同時に部屋の灯りを消し、静かに訪れた夜の闇の中で俺はゆっくりと布団へと近付いた。そして極力音を立てないように布団へと入り、枕に頭を乗せた瞬間、地花の方から静かな声が聞こえてきた。
「ねえ……まだ起きてる?」
「起きてるけど……どうした?」
「ううん、何だか不思議な気分だなぁと思ってね」
「まあ、そうだろうな。ただの友達同士の高校生の男女が、同じ部屋で眠るなんて事は本当に珍しい光景だからな」
「ふふ……そうだね。でも、私は戒人と一緒だったら大歓迎だし、お父さんとお母さんも同じ事を言うと思うよ?」
「いや……それはどうなんだ? さっきも言ったけど、俺達はただの友達同士であって、兄弟姉妹でもなければ、恋人同士でも無いからな……」
呆れ気味にそう言うと、地花の方から不意に息を呑むような音が聞こえ、それに対して疑問を抱いていると、少し震えた地花の声が聞こえてきた。
「そ、それじゃあ……私と、こいび……」
「こいび……?」
「……う、ううん。ごめんね、やっぱり何でも無い。それじゃあお休み、戒人」
「あ、ああ……お休み」
少し戸惑いながら返事をすると、地花の方から静かな寝息が聞こえ始めた。俺はふうと息をついてから、音を立てないように地花の方へと近付いた。すると夜の闇で少し見えづらかったが、静かに目を閉じて穏やかな表情で眠る地花の顔がそこにはあり、俺にはその寝顔がとても綺麗に見え、戯曲などに出てくる姫君の寝顔のようにも思えた。
……地花の言いたかった事は分かっている。けれど、こんな色々と大変な状況の中、且つ自分の気持ちすらまとまっていないこの状態じゃとてもじゃないけど返事をする事は出来ない。
「……ゴメンな、地花。今はまだ、お前の気持ちに応える事は出来ない。だけど――」
俺は改めて地花を守る決心をした後、言葉の続きを口にした。
「大地さん達から任命されたお前の騎士として、お前の事を守った上で絶対にこの気持ちに対しての答えを出してみせる。だからそれまで待っててくれ、俺の大切な姫君」
そして地花の頭を軽く撫でた後、俺は暗闇の中にいる対透過能力用式神や対気配消失能力用式神などにアイコンタクトを送ってから布団へと戻り、そのまま静かに眠りについた。
政実「第13話、いかがでしたでしょうか」
戒人「前回の後書きで言ってた通り、ラブコメの要素をそこそこ入れてきた形だな。まあ、コメディ要素よりもラブ要素の方が圧倒的に多いけど」
政実「あー……うん、そうだね。やっぱりラブコメはまだまだ書き慣れてないから、もう少し精進が必要みたいだね」
戒人「全くだな。そして次回で『自然』編はラストみたいだけど、何だか流れがいつもと違う気がするな」
政実「まあ、部構成で考えるならこの『自然』編までが第一部みたいな感じだからね。もっとも戒人が選ぶ道や『自然』編がどう終わるのかは次回のお楽しみという事で」
戒人「了解。因みに投稿予定はいつも通りで良いのか?」
政実「そうだね」
戒人「分かった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さてさて、それじゃあそろそろ締めよっか」
戒人「ああ」
政実・戒人「それでは、また次回」