Cheat Breakers~欠陥チートを以てチートを制す~ 作:九戸政景
戒人「どうも、千歳戒人です。召喚士か、確かに色々な奴を召喚して戦うのは楽しいと思うけど、自分だけでも戦える手段を持ってないと、後々キツくなるだろ」
政実「あー……まあ、確かにね。召喚が出来ない状態とかになった時にはだいぶ困るからね」
戒人「その通りだ。まあ、この話に限らないが、いかなる事態にも対応できるようにしておくのは本当に大事だからな」
政実「だね。いざという時に困ってからじゃあ遅い場面なんて幾らでもあるから、様々なパターンを想定して事前に備えておかないとね」
戒人「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・戒人「それでは、第4話をどうぞ」
この世界に住み始めてから、そしてターゲットであるチート能力者――『
「……ダメだ、どう考えても皆藤が危険な奴に思えない……」
俺は呟くような声でそう言いながらテーブルにもたれ掛かった。テーブルの上には『召喚を司る能力』で呼び出した妖達や『言葉を司る能力』で作り出した式神達に集めてもらった情報を纏めたリストがあり、そこにはここ一週間の皆藤の生活の様子や言動などが書かれている。だが、何度読んでみても皆藤がターゲットに選ばれるような要素が一つとして無かったため、俺は少しだけ途方に暮れ始めていた。
こうしてアイツがターゲットになっているという事は、アイツの能力が危険な物であるのは本当なんだろう。けど、アイツの今日までの生活の様子などを見る限り、能力を悪用している様子は無い。そのため、俺からすればアイツを抹殺または弱体化させなければいけない理由がまったく無いように思えていた。
「……まあ、男女関係なしに助けてはいるけど、女子相手の時にはやる気の度合いが増してる辺り、下心とかはあるはず。だけど、その程度じゃあ抹殺とか弱体化とかをする理由にはならないし……」
正直、こんな事で悩む必要が無いのは分かっているし、他のクラスメート達と同様にターゲットとはこの世界での『仕事』の間のつき合いだから本当ならどうでもいい存在なのは間違いない。なのに――
「……何で俺は、『仕事』の内容を遂行するのを
テーブルに頬を付けたまま俺はそんな事を呟いた後、俺はリストと一緒にテーブルの上に置いている皆藤との戦闘用に作っておいた『武器』を眺めた。
「これや他の能力を使っていけば、皆藤に勝つ事は造作も無い。それが分かってるのにどうして気持ちがそっちに向かないんだ……?」
分からない。ターゲットでありどうでもいい存在のはずなのに、倒さなければいけないという気持ちが湧かない理由が、俺にはまったく分からない。
「……はあ、本当にどうしてなんだ……?」
そうやってひたすら悩んでいたその時、ソファーに座りながらのんびりと緑茶を啜っているソル爺さんが突然口を開いた。
「そんなの決まりきっとるじゃろ。お前は、まだ人間自体に絶望しとらんからであり、其奴らを信じたいからじゃ」
「……人間自体に絶望してないから、そしてアイツらを信じたいから……?」
テーブルから顔を上げながら訊くと、ソル爺さんは静かに頷きながら答えた。
「さよう。以前いた世界で、戒人が周囲の人間から様々な目に遭わされた事はもちろん知っておるし、お前が人間を始めとした様々なモノに対して不信感を抱くのも分かる。じゃが……それならば何故お前は、白羽達の住まう空間にて出された食事を疑うことなく食べる事が出来たのじゃ?」
「え、それは……」
それに答えようとしたその時、俺の中で小さな疑問が浮かんだ。
……ソル爺さんの言う通りだ。どうして俺は月夜の作ってくれた料理を普通に食べていたんだ? いくら朝で腹が減っていたとはいえ、相手は人間でありよく分からない存在である白羽や俺と同じような奴らと一緒に暮らしてた奴だ。それなのに、どうしてあんなに自然に食べ始めていたんだ……?
新たに浮かんだ疑問について考えていると、ソル爺さんは再び緑茶を啜ってから静かに口を開いた。
「そしてもう一つ。お前は最近クラスメートと一緒に帰ってきているようじゃが、お前は何故其奴と共に帰って来る事が出来る?」
「クラスメートって……晶のことだよな?」
「その通りじゃ。お前の話によれば、其奴はターゲットである『怪力』に惚れておる。それならば、お前とは別の理由で『怪力』の情報を知るためにそれとなく話し掛けたりや少しでも観察をしているはずじゃろ?」
「ま、まあ……そうだな。俺も時々、皆藤について何か気付いた事が無いか訊かれる事もあるし……」
「そうじゃろうな。『怪力』は初日からお前を除いたクラス中の女子学生の人気を集めとったようじゃしな。じゃが、それならばその晶という女子学生が『怪力』の他にお前を含めた女子学生の動きを見ていないとも言えん。ライバルの動きに注目していなければ、何かのきっかけで先を越される事もあり得るからのう」
「俺を含めた女子達の動き……」
ソル爺さんの言葉を繰り返した瞬間、俺はある事に気付いた。
いや……まさかそんな事があるなんて……。
その事について考えながら
「そんな奴がお前の放った刺客達に気付かずにいる可能性、それは当然のようにある。其奴は魔力などの素養が無い普通の人間のようじゃからな。しかし、それと同時にそれらに気付いており、それらの主がお前である事に気付いている可能性も無いわけではない。そして、お前をライバルの一人として考え、妨害の一手を打つチャンスを虎視眈々と狙っている可能性も、な……。違うか?」
「そ、それは……」
滅多に見ないソル爺さんのとても真剣で震えの来るような威圧感を放っている顔を見ながら俺が答えを言い淀んでいると、
「……くくっ」
突然ソル爺さんの口からそんな声が漏れた。そして――
「……はっはっはっ! どうじゃ? 流石のお前も肝が冷えたじゃろ?」
とても面白そうに笑いながらソル爺さんが俺にそう訊いてきた。
……は? え、えーと……つまり、さっきのって全部……。
「……ソル爺さんの冗談だったって事か……?」
恐る恐るそう訊くと、ソル爺さんは静かに首を振った。
「いや……晶という女子学生の事については儂の予測に過ぎんが、お前が人間にまだ絶望しとらんと思っているのは本当じゃ。そうでもなければ、儂が言ったようにお前や白羽以外の存在を信じない上、さっきのように『怪力』に危害を加える事について迷いを見せたりお前に近付く事を許したりはしないと思うからのう」
「そう、なのかな……?」
「うむ。まあ、絶望というのは言い過ぎかもしれんが、少なからずお前はまだ誰かを信じたいと思っとるのは間違いないだろう」
「誰かを信じたいと思ってる、か……」
ソル爺さんの言葉を繰り返しながら、俺はここまでの事を思い返した。元々いた世界での人間関係は、お世辞にも良い物とは言えなかった。両親は喧嘩ばかりで俺の事を一切顧みなかったし、同級生達にも本当に友達と言える奴なんていなかったから、周囲に対して常に警戒心を持って生活をしていた。時々、少しだけ気が向いて誰かと関わってみてもそれが
……つまり、ソル爺さんの言う通り、俺はまだ誰かを信じたいと……いや、信じられると心の底の方で思ってるのかもしれない。たとえそれが、『仕事』の関連で出会っただけだとしても……。
そんな事を考えながら思わず拳を強く握っていた時、ソル爺さんが朗らかに笑いながら話し掛けてきた。
「まあ、お前もまだ若い。今の内に色々な経験をし、色々な悩みを持て。悩みを乗り越えた後、その悩みだった物は自分の力となる。それに、他人というのもまだまだ捨てたもんでも無いかもしれんからな」
「……分かった」
ソル爺さんの言葉に頷きながら答えた後、俺はテーブルの上のリストと『武器』の方へ視線を向け、『武器』を一つだけ手に取った。
……皆藤は、あくまでも今回のターゲットである『怪力』の能力者だ。だけど、ここまでの調査結果を見るに、アイツ自身は悪い奴ではないみたいだし、もしかしたら話し合いで何とかなるかもしれない。
「……機を見て話すだけ話してみるのもありかもしれない。まあ……交渉が決裂したその時は、本当に戦うしかないけど、戦わずに済むのがやっぱりベストだな……」
そう自分の思いを口にした瞬間、そんな俺の呟きに答えるかのように、手に持っていた『武器』が静かに揺れたような気がした。
翌日の昼休み、俺は晶と一緒に弁当を食べた後、他の生徒と話すという晶と別れてから一人で学校の屋上へと向かった。そして屋上に着いた後、周囲に誰もいない事を確認してから、俺は能力を受け取ったと同時に手に入れた魔力の気配を周囲に漂わせた。すると、間を置かずに様々なモノ達――
「……皆、首尾はどうだ?」
そう訊くと、妖達の中からすねこすりと
「……正直な事を言えば、あまり良くは無いかな。ターゲットの動きにあんまり変化はないから、新しい情報も特にないし……」
「そうだね……さっき話した感じだと他の皆もそんな感じみたいだよ」
「そっか……式神達はどうだ?」
そう訊きながら式神達の方へ顔を向けると、式神達も少し落ち込んだ様子で揃って静かに頭を振った。
うーん……午前中は皆ハズレか……。こうなると、午後から用にまた新しい方法を考える必要が――
顎に手を当てながら午後の調査の事を考え始めたその時、扉の方から何人かの話し声が近付いてくるのが聞こえた。
……ちっ、間が悪いな。皆がいるのを見られるのも面倒だし、ここはとりあえず隠れる事にするか……。
扉の方を見ながら舌打ちをした後、俺は制服のポケットから紙を一枚取り出した。そして――
「……透明。対象は自分と周囲の仲間達」
紙に書かれていた言葉と対象範囲を口にした後、近付いてくる声を聞きながら扉の方をジッと見つめていると、扉が大きな音を立てながら勢い良く開き、不良らしさを全開にした何人かの男子が汚い笑い声を上げながら屋上ヘと出て来た。
「んーで、あの眼鏡野郎をちょっと脅したら、泣きそうな顔をしながらブルブルと震えだしやがってさぁ……!」
「ぎゃははっ! それマジなのかよー!?」
「マジマジ! 俺もそれを直に見てたから、間違いないって!!」
「うーわ……だとしたらソイツ、本当にダッせぇわー……」
「ダセえってレベルじゃねぇだろ、超々ダセえのレベルだって!」
「それもそうだな! ヒャハハハッ!!」
不良達は透明になっている俺達にはまったく気付かずに汚い笑い声を響かせながら屋上をズカズカと進んでいった。
……心の醜悪さを表したようなこの声や顔、本当に吐き気がする……。俺でこうなるんだから、妖の
そんな事を思いながら不良達の様子を観察していると、不良達の一人が何かを思い出した様子で仲間に話し掛けた。
「そういや……おい、例の野郎はとっ捕まえたのか?」
「ああ、もちろんだ。それとさっき話した眼鏡野郎も捕まえてあるってアイツらから聞いたぜ?」
「へー……って事は、どっちも今からここにご招待するのか?」
「ああ。まあ、ご招待した後に眼鏡野郎からはお小遣いを貰って、例の野郎には面白い顔になってもらう予定だけどな……!」
「ヒャハハハッ! 良いねぇ……! 面白いもんが見れる上、お小遣いも貰えるなんて最高じゃねぇか!!」
「まあ、俺達は良い子揃いだから、お小遣いを貰えて当然だけどな!?」
「ほんとほんと! ぎゃははっ!!」
どうやら不良達には、いじめを行っている対象と気に入らない奴がいるらしく、今から金をせびった上で気に入らない奴をリンチする予定のようだが、その事について話している顔を再び見た瞬間、俺の頭の中に俺がいじめを受けていた頃の様子が想起された。
……くそっ、この『
胸の奥から湧き上がってくる怒りや憎しみが入り交じった黒くドロドロとした感情を感じながら掌に爪が食い込みそうになる程に拳を強く握っていると、再び扉の方から何人かの声が聞こえてきた。そして、声が扉の直前まで迫った時、
「は、離して下さい……! 僕にはもうお金が無いんです……!」
「うるせぇ! 良いから来いっての!!」
そんな声と一緒に眼鏡を掛けた気弱そうな男子と制服をだらしなく着崩した金髪の男子、そして嫌らしい笑みを浮かべた男子とソイツに手首を捕まれながらも余裕そうな笑みを浮かべる銀髪の男子の二組が屋上へと出て来た。
……ん、あの銀髪ってもしかして――
「……皆藤、だよな……? アイツ、何で捕まってるんだ?」
その事について疑問を抱きながら事の成り行きを見守っていると、皆藤達が来た事に気付いた不良達がニヤニヤと笑いながら皆藤達に話し掛けた。
「ようこそ、俺達の財布と一年のいけ好かねぇ銀髪野郎。俺達のために来てくれるなんて、嬉しすぎて涙が出てくるなぁ~……?」
「あ、貴方達のために来たんじゃなくて、無理やり連れてきたんじゃ――」
「……ちっ、るっせぇなぁ……! あぁ……!?」
眼鏡の男子の声に被せるように不良の一人は大声を上げると、肩を怒らせながら眼鏡の男子へとゆっくりと近付いた。
「てめぇ……自分の状況が分かってねぇみてぇだな……? てめぇのような腰抜けは、黙って俺達に金を渡してピーピー泣いてりゃ良いんだよ!!」
「う……そ、そんな……!」
「てめぇみてぇにダセぇ奴に使われる金が可哀想だと思って、俺達は代わりに使ってやろうとしてんだ! んな情けねぇ声出してねぇで、さっさと金を出せ!!」
「う、うぅ……!」
不良が発する薄っぺらい凄みに眼鏡の男子は怯えた表情を浮かべ、それを見た不良達はとても楽しそうな笑い声を上げた。
……ちっ、本当に吐き気がするな。世の中を隈無く捜せば、性根がしっかりとした不良はいるんだろうから、本当ならコイツらにはそういう奴らの爪の垢を煎じて飲んでもらいたい。けど、こんな現場を見せられちゃあ、そんな甘い事は言ってられないんだよなぁっ……!
目の前で行われている出来事に胸の奥の黒い感情が爆発しそうになっていたその時、今まで静かにしていた皆藤がスッと眼鏡の男子と不良の間に割って入った。
「……んだよ、何か文句でもあんのかよ!?」
「ありますよ。そこの眼鏡君の件もそうですが、俺がここに連れて来られた理由もまだ聞かされていませんから」
「……ああ、そういえばそうだったな。簡単な話だ、お前は入学初日から女子にキャーキャー言われて調子に乗ってるから、俺達先輩が生徒として正しい生活を教えてやろうとしてるだけだ」
「正しい生活、ねぇ……?」
皆藤がわざとらしくため息をつきながら言うと、不良達はイラッとした様子を見せた。
「……てめぇ、何が言いてぇんだ?」
「貴方達から教えられる事なんて一つも無い、そう言うつもりでしたけど?」
皆藤がとても楽しそうな笑みを浮かべながら答えると、不良の一人が皆藤の胸倉を乱暴に掴んだ。
「てめぇ……! 俺達の事を舐めてんのか……!?」
「……舐める? 貴方達なんて舐めたら、腹を壊しますよ」
「ああ!?」
皆藤の
「離して下さい、流石にそろそろ苦しくなってきたので……!」
そう言いながら手首を掴むと、ゆっくりと右手に力を込め始めた。すると、それと同時に不良の手首からミシミシという音が鳴り出し、不良の顔が徐々に歪み始めた。
「ぐ……!? は、離しやがれ……!!」
「それなら貴方が先に離してくれませんか? もっとも――」
そう言いながら皆藤はニヤリと笑うと、不良の手首を掴んでいる力を更に強くしながら言葉を続けた。
「そろそろ限界だと思いますけどね……!」
「あ……ぐ、あぁ……!」
皆藤の言葉に対して痛そうな表情を浮かべながらスゴい勢いで頷き続ける不良の様子を見て、他の不良達は皆藤に対して怯えたような表情を浮かべ、眼鏡の男子は何が何だか分からない様子で目の前で起こっている出来事を静かに見ていた。そして――
「……これで、終わりです」
その皆藤の声と同時に不良の手首からバキンッという音が響き、不良の顔が苦痛を超えた物へと変わった。
「あ、あぁぁっ……!? い、痛ぇーっ……!!?」
不良が涙交じりの大声を上げると、皆藤の胸倉を掴んでいた手がゆっくりと離れ、そのまま力無くガクッと曲がった。
あー……アレ、完全に折れてるな。
自分でも不思議な程に気持ちが落ち着いてるのを感じながら、俺は目の前の状況に注目した。手首を折られた不良の顔からは、汗と涙が滝のように流れている上、表情が大きく歪んでいたため、不良がこれまでの人生で一番の痛みと恐怖を味わった事は想像に難くなかった。そして、仲間の不良達はその不良の様子に呆然とし、眼鏡の男子はポカンとしながら見つめている中、皆藤だけは不良の様子を無表情で見下ろしており、その目には一切の感情が浮かんでいなかった。
……なるほど。この組み合わせは確かに危険かもしれないけど、まだ話し合いで何とかなる気がするな。
皆藤の様子を観察しながらそう判断していたその時、不良の仲間の内の一人がハッと我に返ると、すぐに不良の元へと駆け寄った。
「お、おいっ……! 大丈夫か!?」
「あ……ああ、ああぁ……!!」
仲間からの言葉に痛みと恐怖から不良がまったく答えることが出来ずにいると、他の仲間達も次々と我に返り、心配と焦りを露わにしながら駆け寄っていった。
「おい! しっかりしろ!! おい!!」
「誰か! 早く救急車を!」
「いや、まずは保健室に!!」
不良達はパニックになりながらも次々と自分達のやるべき事を決めていくと、未だに痛みと恐怖で顔を歪めている不良を一人が背負い、急いで屋上から出ていった。すると、さっきまで無表情だった皆藤の顔が徐々に緩み、程なくしていつものようなスポーツマン風の穏やかな笑みを浮かべた。そして、眼鏡の男子へと静かに近付くと、ニコリと笑いながら話し掛けた。
「眼鏡君、大丈夫だったかい?」
「う、うん……大丈夫だよ……」
皆藤の問い掛けに眼鏡の男子は微笑みながら答えたものの、その目には皆藤に対しての怯えの感情がハッキリと浮かんでいた。そして、そのぎこちない笑顔を浮かべながらゆっくりと後退った後、眼鏡の男子はぼそぼそと感謝の言葉を述べてから、文字通り逃げるようにして屋上から出ていった。
……まあ、あんなのを間近で見せられちゃあ、そうなるよな。
眼鏡の男子が去っていった屋上のドアの方をボーッと見ていたその時、
「……ふふ、やっぱり俺はヒーローなんだ……!」
突然、皆藤がとても興奮した様子でそんな事を言いだした。
ん……? ヒーロー……?
皆藤の言葉に疑問を覚える中、皆藤は青空の方へ視線を移してからとても満ち足りた表情で言葉を続けた。
「悪さをする先輩から困っている生徒を助ける無敵のヒーロー……! 『悪』を徹底的に挫き『正義』を貫く、『弱き者』達の憧れの的……! うん、最高だ……!」
その時の皆藤の表情は、とても恍惚とした物であり、さっきの自分の言動が所謂『ヒーロー』そのものであると信じて疑わないようだった。
……なるほど。これは確かに危険だな。
皆藤の様子からそう判断していると、皆藤はとても楽しそうな笑みを浮かべながら静かに口を開いた。
「……それに、これなら『あの子』だって俺に振り向いてくれるはずだ。俺にまったく興味を示してくれない『あの子』だって……!」
『あの子』……え、まさか……。
俺の中で物凄く嫌な予感がした瞬間、皆藤の口から『ある名前』が飛び出してきた。
「あの明るいけど少し物静かな女の子、『春日璃乃』さんも!」
あ……うん、何となくそんな気がしてた……。
皆藤の言葉にこっそりとため息をつく中、皆藤はその『春日璃乃』がここにいるとは気付かぬ様子で熱っぽい表情を浮かべながら言葉を続けた。
「物語のヒーローみたいなモテモテライフを夢見て転生してから早十数年、この容姿に優しい性格ならヒーローみたいになれると思って何とか変えた結果、小学校から女子にモテ続けてきた。けど、あの子――春日璃乃さんだけは、俺に惚れる様子が一切無い……。だから、あの子に俺の良さが伝わるように高校では積極的に誰かの役に立てるように努めてきた。なのに、あの子は俺にまったく振り向かない。そしてその内に、俺はあの子に惹かれていった……!」
青空を仰ぎながらそんな事を言い始めた皆藤の頬には、うっすら赤みが差しており、皆藤が心の底から『春日璃乃』に惚れている事が見て取れた。
うーん……『女子』なら嬉しいんだろうけど、俺の中身は『男子』である上、皆藤はあくまでもターゲットだから、そういう感情はもちろん浮かばないな。まあ、浮かんだら浮かんだである意味問題な気もするけど、今考えるべき点はそこじゃないし、とりあえずこの事については置いておくか。
そんな事を考えながら皆藤の様子を観察していると、皆藤は少しだけ表情を曇らせながらポツリと独り言ちた。
「……悪人とは言え、人の骨を折る行為、そしてさっきの眼鏡君の表情を見る限り、今回の俺の行動はあまり良くないんだろう。けど、人から金を奪おうとする行為は明らかな『悪』だ。だから、今度はもう少し別の方法を取れば間違いないはずだ。俺はこの『能力』で物語のヒーローになるんだからな……!」
そう暗い表情のまま言う皆藤の目には、さっきと同じように感情が無いように見え、ヒーローというよりはダークヒーローのような雰囲気を醸し出していた。
……ふむ、なるほどな。
皆藤のその様子に俺がある事を考えている内に皆藤の表情がいつもの感じに戻ると、皆藤は少し真剣な様子でコクンと一度だけ頷いた。そして、屋上の扉の方へ視線を移すと、そのままゆっくりと歩き出し、屋上から出ていった。
……よし、そろそろ良いな。
「透明、解除」
その言葉と同時に俺達に掛かっていた透明状態が解け、再び誰もいなくなった屋上に俺達の姿が静かに現れた。
……うん、やっぱり『言葉を司る能力』は便利だな。
手の中にある『武器』――『
「……皆、これで皆藤と戦う理由は決まったし、決意も固まった。だけど、もう少しだけ情報が欲しいから、今日だけは皆藤の監視を頼む」
『了解』
皆は声を揃えて返事をし、それぞれ別の方向へ散らばって行こうとしたその時、俺はある事を思いついたため、何体かを呼び止めるために声を掛けた。
「あ、影女と管狐と鎌鼬、それと式神の内の何体かは残ってくれるか?」
「え……?」
「それは別に良いけど……」
「何か用なのか?」
「まあ、そんなとこだ。他の皆は、引き続き皆藤の監視を頼む」
俺のその言葉と同時に俺が引き留めたメンバーを除いた全員が、次々と姿を消していった。
……さて、これで良いな。
そう思いながら残ってくれたメンバーを見回すと、妖達は不思議そうな表情で俺の事を見つめ、式神達は準備万端といった様子で俺の指示を静かに待っていた。
個々の意思を持つ妖と違って、俺の式神達はまだそういったものを持っていないから、こんなにも差が生まれるのかな……? まあ、それに関しては俺の力不足なんだろうし、これから地道にやっていくとするか。
新たに生まれたこれからの目標をしっかりと胸に刻んだ後、俺は残ってくれたメンバー達に話し掛けた。
「さて……皆に残ってもらったのは、他のメンバーとは別でちょっと頼みたい事があるからだ」
「別に頼みたい事……それって一体何なの?」
「それなんだけどな……まず、姿を隠した状態で俺と一緒に来てくれるか?」
「姿を隠した状態、ですか……?」
「ああ。お前達は、自分達の力を使って姿を隠せるだろ? その状態でちょっとだけ一緒に来てほしいんだ。たぶん、その状態で来てくれた方が、安心できると思うからさ」
俺が微笑みながらそう言うと、妖達は不思議そうな表情を浮かべながらも静かに頷き、式神達は小さくともハッキリとした返事をしてくれた。
「ありがとう、皆。それじゃあ、こっちの方に来てくれ」
そして、皆を連れて屋上のドアを通り、そのまま3階の廊下へと戻ってきたその瞬間、どこからか突き刺さるような視線と殺気のような物を感じ、俺は目だけを動かして周囲の様子を探った。しかし、廊下には上級生達の姿しか確認できず、その誰もが俺達には見向きもせずに深刻そうな表情で話をしており、先程感じた視線と殺気のような物もいつの間にか感じなくなっていた。
……今の視線と殺気のような物の主は、やっぱりアイツだな。
そう思いながら、俺は息を潜めている皆に声を掛けた。
「……皆、今の感じたか?」
「……ええ、もちろん」
「……どうやら、ターゲット以外にもヤバそうなのはいるみたいだね」
「……ああ。んで、俺達に頼みたい事ってのは、今の視線と殺気の主を見つけ出す事なんだよな?」
「いや、大体の正体は割り出してるよ。だから、お前達にはソイツの監視を頼みたいんだ」
「なるほどね……それで、その監視対象っていうのは?」
「それは――」
そして俺は、監視対象である人物の名前を口にすると、皆はコクンと頷いてから静かに姿を消していった。
……もし、俺が考えてる通りのシナリオになったら、『怪力』――皆藤と戦闘になった時に少々邪魔になるからな。ここはこうするのが正解なんだと思う。
「さて……『春日璃乃』役でのこの『演目』も明日が最終章だし、今から気を引き締めていかないとな」
そう独り言ちた後、俺は教室へと戻るべく、一人で静かに歩き始めた。
その日の夜、俺がリビングで明日に備えて言葉符を作っていると、ソル爺さんが物珍しそうな様子で話し掛けてきた。
「……ほう、またそれを作っておるのか?」
「ああ。明日、ターゲットとの戦闘になる確率があるからな。それに、もう一つ気になる事もあるし」
「……気になる事、じゃと?」
「ああ」
ソル爺さんからの問い掛けに返事をしていた時、ソファーに置いていた俺の携帯が静かに震えだした。そしてそれと同時に、監視対象のところに放っていた妖達と式神達が姿を現した。それを確認した後、俺はソファーの上の携帯を手に取り、画面を確認した。
……どうやら、俺の予感は当たったみたいだな。
そう思いながら携帯を再びソファーの上に置き、俺はテーブルの方へと戻った。すると、ソル爺さんと妖達が話をしており、ソル爺さんは少々難しい顔をしていた。そして俺が椅子に座ると、ソル爺さんは難しい顔のままで話し掛けてきた。
「……戒人、妖達より話は聞いたぞ。どうやら、ターゲットとはまた別の面倒事が起きておるようじゃな」
「ああ。そして、さっきのメールもその面倒事関連だったよ。ただ……」
「ただ……なんじゃ?」
「俺はその面倒事を利用した上で、ターゲットを呼び出そうと思う。皆藤の歪んだヒーロー思想と俺――『春日璃乃』への感情、そしてこの面倒事。この三つを上手く結び合わせれば、明日でこの『春日璃乃』という役での演目も
「……そうか。だが、これは結末があらかじめ決まっている演劇などではない。お前が考えているシナリオ通りに『役者』達が動くとは限らんぞ?」
「それは重々承知してる。けど、この『仕事』という演目の『春日璃乃』という主役を演じるからには、そういうアドリブにも落ち着いて対処していくつもりだ。今回だけじゃなく、次の『仕事』でも。だから、今回は絶対にとちるわけにはいかない。俺が考えてるエンディングは、出来る限り全員が幸せになれるハッピーエンドだからな」
「ふむ……全員が幸せになれるハッピーエンド、か」
ソル爺さんは俺の言葉を繰り返した後、フッと笑ってから言葉を続けた。
「……どうやら、覚悟は決まったようじゃな」
「……まあな。後、ソル爺さんにも明日はちょっと手伝ってもらう事があるから、そのつもりでいてくれ」
「承知した。儂もおまえに召喚された身じゃ、やれる事があれば全力で応えてやろう」
「ああ、頼む」
ソル爺さんの言葉に頷いて答えた後、今度は待機してくれていた妖達の方へ顔を向けた。
「お前達も何かあったら頼むぞ」
『了解』
妖達と式神達は頷いて答えた後、静かに姿を消した。
さて……明日、しっかりと幕を下ろすためにも準備だけは欠かさないようにしないとな。
そう強く決意しながら俺は再び言葉符作りをしつつ明日のシナリオの確認に取り掛かった。どんなハプニングが起きても対応できるように、そして誰もが幸せになれるハッピーエンドを迎えるために。
政実「第4話、いかがでしたでしょうか」
戒人「次回でとりあえず第1章が終わるな」
政実「そうだね。一応、どんな展開にするかは決まってるから、後はそれを文章に起こしていくだけかな」
戒人「へー、でも次回の投稿予定は相変わらず未定なんだろ?」
政実「うん……他のとの兼ね合いもあるから、そうなるかな」
戒人「了解。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
戒人「ああ」
政実・戒人「それでは、また次回」