すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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大変お待たせしました。
今回、色々難しかったです。長くて疲れるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします。

前回描写が足りてなかったので補足ですが、海賊の舟は屋根の無い、オープンタイプのフィッシングボートをイメージしております。


海辺の悪事を海賊に問え・二問目

 狭い岩礁の上にすっと背筋を伸ばして立つ、“海の精霊様”。

 

 他の精霊様達と比べて特に目立つのは、【アンカジ公国】や港町の人々と近い、陽に焼けた肌の色。伏し目がちに細められた瞼の隙間に、髪と同じ深い藍色の瞳が震えていたのを、倬ははっきりと見た。

 

 眼がきゅっと閉ざされると、“海の精霊様”は音を立てずに海に飛び込む。精霊様の気配が海流に乗り、猛烈な速さで北へと消えていく。

 

 声を掛けようと表に出ていた雪姫様が、口元に手を添えて首を傾げた。

 

『挨拶も無し……。ますます“海の精霊様”らしくありません』

 

 やや高い位置に浮かんで北を見つめる風姫様は、「ふー」と溜め息を吐いている。

 

『人の子を直接殴ったとこ見られたもんだから気まずいんでしょ。とっとと見つけて聞き出してやらないと』

『風姫姉さん、あんまり強引なのは良くないぞ?』 

『強引なくらいでちょうどいいってこともあんのっ』

 

 諫めようとする雷皇様に、ピシャリとばかりに言い返す風姫様。何か抱えているのなら、早く力になってあげたい、そんな(はや)る心が倬には直接伝わってくる。

 

『お話、聞きに行かないとですね。でもまずは……』

 

 舟の上の縛り上げた海賊達をちらりと見れば、“海の精霊様”が放った攻撃を倬による“破断”に似た水系魔法だと考えたらしく、何やら囁き合っていた。

 

「なぁ、詠唱聞こえたか?」

「どっから飛ばしやがった?」

「なんも解らんかった……」

 

 妙に理知的と言うか、倬の事を理解できる範囲で真面目に分析しているらしい。

 

 海に投げだされた“ミュウちゃん”の方は、興奮冷めやらぬまま、三人の友達に“あの子”――“海の精霊様”――の話をしている。

 

「ね! ね! ホントだったでしょっ!」

「ミ、ミュウちゃん、落ち着いて。えっとね、たぶん、あの人が助けてくれたんだよ」

「? ミーちゃん、さっきの女の子見てないの? 岩の上でこーやって」

 

 “ミュウちゃん”は弓を引き絞る格好をしているが、他の子供達はその仕草の意味を理解しかねている様子で、三人は心配そうに“ミュウちゃん”を見つめている。

 

(……間違いない、か)

 

 そう、この場で“海の精霊様”を目撃していたのは、倬と“ミュウちゃん”だけだったのだ。

 

「テメェッ、ジャン――俺らの仲間ぁ、溺れ死にさせるつもりか! 鬼ぃ、悪魔ぁ、この人でなしぃ!」

「そうだそうだ! お前には慈悲の心ってもんが無ぇのか!」

「エビだかアブだかって、そんな感じの神から天罰が下るぞ! 敬虔なる信徒よっ、“殺しは慎まれよ”ーっ!」

 

 海賊達の鬱陶しさに、倬は思わずこめかみを抑えてしまう。

 

「ほんと、あなた達の神経、どうなってるんです……? ジャンって人もそっちに移すので、ちょっと黙ってて下さい」

 

 彼らを“音凪”によって静かにさせ、俯せに漂っていた海人族の男を“界穿”で舟に落とした後、倬は海の上――正確には海面よりやや上の空中――を滑るように子供達の傍へ向かう。

 

 近寄ってくる倬に気がついた子供達は急に言葉少なになり、身体を強張(こわば)らせて、怯えた表情に変わる。

 

 倬が助けてくれたと思ってはいても、子供達からすれば殆どの海賊と同じ人間族である事に違いはない。

 

 怯えられてしまうのは心苦しいが、大勢の男達に捕まりそうになったばかりで、そう簡単に気を許せるはずが無いのだと諦める。しゃがみ込み、可能な限り子供達と目線を合わせ、倬はワザと“お仕事感”を意識した丁寧な口調で話しかけた。

 

「初めまして、“祈祷師”の“冒険者”で霜中倬と言います。皆はどうしてこんな所まで?」

 

 十秒ほど子供達で目配せを交わし合い、この質問におずおずと答えてくれたのは、やはりと言うべきか“ミュウちゃん”だった。

 

「あの、えっと、あの“女の子”がね、いたの。砂浜で、貝殻を拾ってたの。きれーなお唄をうたってたの。それで、仲良くなりたいなって思ったの……」

 

 遠慮がちに話してくれた内容をまとめるとこうだ。

 

 “ミュウちゃん”がエリセンの近くで遊んでいると、時々砂浜にやってきて貝殻を拾ったり、唄を歌っている小さくて可愛い“女の子”を見かける事があった。ずっと気になっていて、ひと月前、思い切って一人で“女の子”を追いかけてみたらしい。

 

 “女の子”は凄い速さで北へ北へと泳いでいくので、“ミュウちゃん”は途中で体力が尽きそうになってしまう。日も暮れて、家に帰れなくなるのではと怖くなって、急ごうと水を蹴る脚に力を籠めたら、突然脚が痛くなり、動かなくなった。足を()ってしまったのだそうだ。

 

 足を攣ったのはその時が初めてで、慌てたせいで海水をたくさん飲んでしまった。必死にもがいても、どんどん身体は海の底へ沈んでしまう。意識が遠退いていく最中、追いかけていた筈の“女の子”の、八の字なった眉毛を見たのをハッキリ覚えていると、“ミュウちゃん”は言った。

 

 その後、気がついたのは、とても綺麗な石像の置かれた洞窟の奥だった。頭のすぐ隣に、甘い香りの果物が置いてあり、お腹が空いていた“ミュウちゃん”は夢中で食べた。全部を食べ終えると、洞窟に海水が満ち始め、その海水に抱かれるようにして外へと押し流されてしまう。

 

 その水の流れは外の潮流と合流して、“ミュウちゃん”はただ浮かんでいるだけでエリセンまで帰ることが出来たのだとか。

 

「私達も、その“女の子”に会ってみたいってお話してて……」

「北の方、まだ“冒険”した事無かったから……」

「それで、その、ミュウちゃんが言ってた洞窟まで“冒険”しようって……」

 

 子供達は、エリセンの外へ抜け出す“冒険”でここまでやってきた事を告白した。たどたどしく話してくれた三人共、誰のせいにするでもなく反省しているのが伝わって、倬はちょっと安心する。

 

「ミュウ、あの子に、お礼を言いたかったの」

 

 しょぼんとしながら零された言葉に、倬は自然、嬉し気に目を細める。

 

「事情は分かりました。えっと、ミュウちゃんに、ミーちゃんに……」

「ハイッ!」

 

 名前を確認しようとすると、ビシッと手を伸ばしたミュウちゃんが元気よく返事をしてくれた。

 

「えっと、こっちの大人っぽいのがキーちゃんで、おめめがぱっちりしてて、まつげがファサァなのがルーちゃんです! そして、笑顔が素敵なミーちゃんと、それでミュウがミュウです!」

 

 よく見れば、ミュウちゃんが伸ばした手は小刻みに震えている。まだ倬に緊張している友達に代わり、ミュウちゃんは頑張って明るく振舞おうとしているのだ。今の状況に責任を感じているのもあるのだろう。

 

「キーちゃんに、ルーちゃんに、ミーちゃんですね」

 

 改めて子供達の顔と名前を一致させようとしていると、つっちーが倬の肩によじ登り、囁いた。

 

『……“べいべー”?』

『“キルがミーしてベイベ”しているわけではないですよ、つっちー』

 

 唐突なつっちーのボケに、人差し指でツンツンしつつツッコミを入れた倬を、まだ不安げな顔の子供達の中で、ミュウちゃんだけがじっと見つめていた。

 

 より具体的には、倬の肩あたりで、目線が“にょろにょろ”と揺れている。

 

『やはり、だな』

 

 光の玉をパチンと割るように現れた光后様はそう言うと、ミュウちゃんの目の前に移動し、真っすぐに瞳を覗き込んだ。

 

「ミュウ、わらわ達が見えているのだな?」

 

 こくこくと頷くミュウちゃん。周りの子供達はきょとんとした顔で、ミュウちゃんを心配そうに見るだけだ。

 

「“あの子”と同じ……? “あの子”の、お友達なの?」

「まぁ、そうだな。わらわ達は精霊で、ミュウの言う“あの子”は“海の精霊”。昔馴染みと言えば間違いはない。……ふむ、倬、別に構わんよな」

「私がとやかく言う事ではありません。何より、仲間外れは作りたくないですし」

「だそうだ」

 

 次の瞬間、子供達は文字通り目を丸くさせて見開いた。

 

 それもそのはずだ。海より上にしゃがんでいた男の周りに、ぬいぐるみの様な“何か”が突如として現れたのだから。

 

「ミュウちゃんの言ってた“女の子”……?」

「そう、そうなの! あの子のお友達なんだって!」

 

 ミーちゃんの呟きに、やっと話が噛み合ったと、嬉しそうに顔を綻ばせるミュウちゃん。

 

「ちぃちゃんだよー、よろしくね!」

「ねぇねぇ、ミュウちゃんがきいたお唄って、どんなお唄だったか、ねねちゃんにおしえてくれるー?」

「……きーくん、だ。名前、似てる、な。……えっと、キーちゃん」

 

 妖精達が子供達に寄り添って挨拶を交わし、怖いモノでは無いと分かってもらおうと話しかける。

 

 その様子を微笑ましく視界に収めながら、倬はミュウちゃんについて精霊様達に伺う。

 

『ミュウちゃん、どう感じますか?』

『………………“もしも魔力を扱えたら”、凄かった、だろうな』

 

 いつも通りにしばらく間を置く話し方で、しみじみと宵闇様が答えてくれた。かつて出会った、精霊を視ることが出来た子供と面影を重ねているようだ。

 

『“カン”は並外れている。だが、幸か不幸か、“契約”を成すには厳しいだろう』

 

 子供達の中でも稀に存在する精霊を視る子。火炎様も、ミュウちゃんが特にその素養が高い事を感じ取っていた。

 精霊契約を願う為の大前提は、技能“魔力操作”を持つことだ。亜人族であるミュウちゃんが精霊様と契約を結ぶのは、普通に考えれば不可能と言っても良い。

 

 ミュウちゃんの“カン”が並外れていると火炎様は言ったが、この“カン”には“勘”と“感”の両方の漢字が当て嵌まる。

 

 海人族の男、ジャンを攻撃した時の“海の精霊様”は、完全に姿を隠していたのに関わらず、ミュウちゃんはハッキリとその姿を認識していた。“何か”が存在している事を根拠なく察する“勘”と、実際にその存在を感じ取る“感”の良さは倬以上。万が一“魔力操作”を獲得出来れば、“祈祷師”として才能を開花させる可能性すらある程だ。

 

(……とすれば、ある程度は知っておいた方が良いか)

 

 精霊様達から伝えられるミュウちゃんの才能に、倬は危うさを覚えた。実際、“海の精霊様”を目撃したのがきっかけで海賊達と遭遇してしまったのだから、精霊について最低限の知識は持っておくべきだろう。

 

「さて、皆が探していたのが精霊様だと分かった所で、相談しましょうか」

「そう、だん……?」

 

 “笑顔が素敵な”ミーちゃんが倬の言葉を復唱して、頭の上に“?”を浮かべている。まだぎこちなさは残っているが、幾分か表情には明るさが戻ってきたようだ。

 

「そ。ここはもう殆ど北の海。海人族の子供四人だけでエリセンから抜け出してここまで来る事、お父さん、お母さん、他のご家族の方には伝えてありますか?」

 

 一人ひとりの顔を見ながら丁寧に聞かれて、お説教されるには十分過ぎる位の、無茶な事をしたと自覚した子供達は沈黙してしまう。

 

(まぁ、当然、そうだろうね)

 

 倬のふっと抜いた息づかいを聞きとがめたルーちゃんは、視線を海面に落したままポツリ。

 

「だって……、“冒険”だったから……」

 

 改めてお転婆な女の子達だが、倬は子供の、この手の無鉄砲ぶりには覚えがあった。

 

(尋ちゃんの“ピクニック”と言う名の“登山”に付き合わされたの思い出すよ、ホントに)

「危ない事をして、危ない目に遭った事、分かってますね?」

「「「「はい……」」」」

「これからすぐにお家に帰して、ご家族に色々と説明しなくちゃいけません」

「「「ゔぐっ」」」

「それは困るの……」

 

 海賊なんてものが実際に居るのだと知って、怖い目にもあった。反省だって心からしている。それでも、家に帰って長々とお説教をされるのは嫌だろう。子供達はそれぞれ傍に浮いていた妖精を抱き寄せて、倬から目を逸らす。

 

 少し溜めてから、倬はたった一言だけ付け足した。

 

「本当なら」

「「「「え?」」」」

 

 倬が続けた言葉に、四人は同時に顔を上げる。 

 

「ここからが相談。もしもミュウちゃんが見つけた洞窟まで、私を案内してくれたら、今日の事は黙ったまま、皆をエリセンのすぐ近くまで送る約束をしましょう」

 

 ゆっくりゆっくり、言い聞かせる様に話す倬に、ミュウちゃんが不安そうに聞き返す。

 

「いい、の……?」

「ミュウちゃんは、“あの子”にお礼を言いたくてここまで来たって言ってたよね。自分も、“あの子”――“海の精霊様”――にお話があってここまで来ました。ここまで泳いでくるのだって、大変だったでしょう?」

「少し、だけ」

 

 ミュウちゃんには、分からなかった。水が入り込んだ訳でもないのに、何で鼻の奥がツーンとするのか。海の中に潜ってる訳でもないのに、何で“きとーし”さんの顔がボヤけて見えるのか。全然、分からなかった。

 

「せっかくここまで頑張って来た皆を、ただ帰すなんてしたくない。だから、一緒に“海の精霊様”に逢いに行きませんか?」

「ほんとう……?」

「もうこんな所まで子供だけで来ないって約束できますか?」

 

 ぐしぐしと両手で目を擦って、ゴクンと唾を飲み込んだミュウちゃんは、おっきな声で約束をしてくれた。

 

「ミュウ、約束、約束、します!」

「そっか、皆は?」

 

 この質問に、子供達はこくこくと何度も頷いた。

 

「よしっ、相談終わり!」

 

 ぱんっ! と手を叩くのと同時に、勢いよく言い切る。

 

 手を叩いて出た大きな音に、びくっと肩を跳ねさせる子供達。

 

 真面目な顔で、丁寧な言葉遣いだったのが一変して、歯が覗くニシシ笑いを見せた倬に、子供達はポカンとしてしまう。

 

 そのまま立ち上がり、くるっとその場で半回転。子供達に背を向けて、海賊達には飛び切りの営業スマイルをプレゼントだ。スマイルには、有無を言わせぬ迫力を添えて。

 

 “音凪”のせいで声を出せずにいた海賊達は、倬のわざとらしい笑顔につられて、口角を引き攣らせる。

 

「舟、お借りしますね?」

 

~~~ 

 

 舟が三隻、縦に並んで大海原を進んでいく。海の上に浮かび、水をかき分けて航行するはずの舟は今、揺れとは無縁のまま、海岸線に沿って海流を無視して動いてる。

 

 これは、倬が練習がてら舟底に展開した空間魔法によるものだ。半円筒形に創り出した障壁で、海と舟とを隔て、そこを滑り続けるように移動しているのである。

 

 一番前の舟、その船首で身を乗り出して腕を伸ばすミュウちゃんが、倬に振り返る。ミュウちゃんの腰元には、まだ五歳位な皆の中で少し“大人っぽい”キーちゃんが取り付いて、落ちてしまわないように一生懸命踏ん張っている。

 

「あっ、おじさん! あれ! ミュウ、あそこを通ったの!」

「おお、あのアーチ? 舟から見ると迫力が違うなぁ」

「あのぅ! おじさんも手伝って、くれ、ませんかぁ……ッ」

「はい、了解。あらよっと」

 

 ミュウちゃんとキーちゃんの腰に腕を回して、舟の中央側へぐるんっと移す。目をぐるぐるさせるキーちゃんは、その場にヘナっとへたり込み、ミュウちゃんは両手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねて楽しそうだ。

 

「おじさんおじさんっ! 今の、今のもっかい! もっかいやって欲しいの!」

「さっきのは遊びじゃありません、今ので終わりです」

「ぶー……」

 

 口元を尖らせて不満そうなミュウちゃんに、大きな影がかかった。こんなやり取りをしている間に、波に侵食されて造られた、天然橋や岩門と呼ばれるアーチの下まで来たらしい。

 

 海岸線から八十メートルほど海に突き出した、殆ど垂直の、高さ五十メートル近くもある崖が、奥行き十メートルにわたってアーチを形成している。倬は天然自然の懐の深さに感動しつつ、綺麗に分かれた地層を観察した。

 

 海人族と言えども、流石にこの規模のアーチは見たことが無いらしく、興味深そうに削られた岩肌を見ている。

 

 “おめめがぱっちりしてて、まつげがファサァ”なルーちゃんもキョロキョロしていたのだが、途中でハッとした顔になり、こそこそとミュウちゃんに耳打ちをしていた。

 

「ね、ミュウちゃん、そろそろ次の道教えてあげないと」

「流石はルーちゃん、その通りなの! んーっと……、あっ、あの窪みも覚えてるよ!」 

 

 舟の先っぽを倬に通せんぼされてしまったので、ミュウちゃんは仕方なく倬のローブを掴みつつ、「あれあれー」と指さしながら、真横の(へり)に乗り出す。

 

 警戒されて緊張したままと比べればずっとマシな状況だとは思うものの、ミュウちゃんの態度は少々気を許し過ぎではと、これはこれで心配になってしまう。 

 

 一番後ろの、十五人の海賊を押し込めた舟では、必要な質問が出来るように“音凪”を解除された三人の男達がこそこそと話しているのが聞こえる。内容は、ミュウちゃん達を見守る倬についてだ。

 

「まだ(わけ)ぇってのに、おじさんだってよ……」

「あのボウズ、初っ端に呼ばれた時も顔色一つ変えなかったぜ。多分、いつもの事なんだろうな。お気の毒に……」

「まぁ、なんか一人や二人ガキが居ても驚けねぇ雰囲気あるもんな。見ろよ、あのガキんちょ達を微笑ましそうに見る細目。なんならジジイの風格がありやがる。どっからどう見てもモテなさそうなのに、不思議だぜ」

 

 “モテなそう”の一言に、三人の海賊はゲタゲタと声を上げて笑い出した。

 

「それは可哀想だろぉ。喋りからして上等な家柄の出だろ? 見合いはすんなり決めそうじゃねぇか」

「あぁ、あれ。貴族連中だとあるらしいな。見合いの席でそのまま……ってよ」

「貴族様ってのは俺らには思いもよらねぇ()()()()()()を持ってらっしゃるっつーしなぁ。つまりあれか、マジで二人のガキのオヤジって事も……?」

 

 ぐふぐふ笑いを堪えない三人の会話をばっちり聞いた倬は、子供達にだけしゃがむように身振りで伝える。四人の子供達は言われた通りに身を屈め、舟が向かう波食窪に視線を注いだ。

 

 波に削られ、せり出した目の前の波食窪には、硬化した太い木の根が幾つもぶら下っている。

 

 根の位置と三人の海賊の位置を見比べる。舟の進行方向を空間魔法で微調整。木の根がちょっと短い。倬は技能“植物育成操作”でぶら下る木々に触れて大きく育てていく。

 

 強く硬く成長を促された木の根が、馬鹿笑いを続けていた海賊三人の後頭部に直撃した。

 

「「「ぎゃはんッ!」」」

 

 勢いよく顔から舟に倒れ込む海賊達。他の十二人も巻き添えを喰らう。

 

 横目でその様子を確認して、左手を握りしめて小さくガッツポーズをする倬。

 

「わざわざ木を育ててぶつけるなんて、回りくど過ぎやしないか?」

「あの程度の戯言に本気を出す訳にはいかないですからね」

 

 切れてないっすよ的な返事をされて、森司様は疑いの眼差しを向ける。

 

「いや、僕にはかなり本気で当てにいってた様に見えたのだが……」

 

 痛みに悶えている男達を尻目に不規則に並ぶ海岸を眺めていると、崖に五つの洞が出来ている場所まで到着する。

 

 洞が見えると、ローブの裾を引くミュウちゃんの手に、一層の力が込められたのを感じた。

 

「おじさん、ここなのっ。ミュウ、ここから出てきたの!」

「ここかぁ。どの穴か分かる?」

「む~……、それは覚えてないの……」

「だよねぇ」

 

 “海の精霊様”の力が洞窟の奥にあるのは感じるが、具体的な位置までは判断がつかなかった。周囲の海に残る精霊様の力が、居場所を探るのを阻害しているらしい。

 

 とりあえず、右側の洞窟からと舟を動かそうとすると、どん、どか、ばたっと、後ろの方で海賊の一人が暴れだした。海賊達の中でも古参の雰囲気を持つ男が、もがもがと口を動かして喋りたがっている。

 

「……ここについて、何か知ってるんですか?」

 

 がくがくと大きく頷く古参の海賊。“音凪”を解除すると、神妙な声音で語りだした。

 

「そこは駄目だ。特に一番右は駄目。でけぇ(フカ)の住処なんだ。俺と頭領は一度この洞全部を調べた事がある。他も全部がそんな感じ、馬鹿みてぇに膨らむ大量のクヴァーザ(くらげ)に追いかけまわされたかねぇだろ。わりぃこたぁ言わねぇ、止めとけ!」

 

 嘘を()いている雰囲気ではない。他の海賊達は詳しい話を聞かされているのだろう、少々顔が青ざめている。

 

 それでも、倬は少し引っ掛かるモノを感じていた。

 

「それだけが理由じゃないですよね」

「……何のことだ」

「いえ、何となくです。ただ、ここで引き返すのは私の目的に合いません。どうしても嫌なら、あなたた達だけ置いていく事も出来ますよ」

「ちっ、ふん縛られたまんま、置いてかれてたまるかってんだ。ちゃんと俺らの面倒も見るってんなら、ついていってやらなくもねぇ。生き物拾ったら、ちゃんと最後まで面倒見なさいって(かぁ)ちゃんに教わんなかったか?」

「この状況でどうしてそんな強気に出られるのか、私には全くわからない……」

 

 念の為に光后様を中心に精霊様達で子供達を庇ってもらう事にして、そのまま真ん中の洞窟に侵入する。

 

 早速、四十匹は下らないトータスの赤みを帯びたくらげ――クヴァーザ――が舟底に集まり、舟の進路を阻もうとしてきた。

 

 全身をはち切れんばかりに膨張させるクヴァーザ。膨らんだ“傘”部分で、舟を押し上げようと言うのだろう。

 

「へへっ、気をつけな。魔物でこそねぇが、コイツらの痺れ毒は厄介だぜ?」

「ご忠告どーも」

 

 古参の海賊に生返事をして、迷うことなく舟を進ませる。舟底の空間魔法に阻まれて、クヴァーザ達は舟を押し上げるどころか、自分達が海に沈んでしまっている。膨らみすぎて、道幅一杯に直径一メートル以上のクラゲが敷き詰められた光景は、中々にグロテスクだ。 

 

 緩やかに蛇行する洞窟は、今乗っている舟でも座礁する事なく余裕で通れる広さと深さがあった。舟で入ることを想定して手を加えられている様な、そんな気配がある。

 

 およそ百メートル先には、半径にして八メートル程度の足場があった。向かって左側の天井に大きな吹き抜けがあり、そこから陽の光が降り注いでいる。太陽の明かりに照らされている青みがかった女性の石像が、一際目を惹いた。

 

 石像の大きさは三十センチも無い位だが、聖母像を思い起こさせる造形は、どこか神秘性を感じさせる。

 

 その石像を視界に捉えた海賊達がソワソワしだした。やはり、何か覚えがあるようだ。

 

 足場の中心に飛んでいった風姫様が、周囲を見回しながら、声を響かせる。

 

「“海”ー! いるんでしょ、出て来なさいよー!」

 

 子供達を囲んでいる他の精霊様達は、呼びかけを風姫様に任せ、ただ静かに待つ。舟の先端に立ち上がり、目を瞑っていた雪姫様が瞼を開き、足場の奥、岩が入り組んで死角になっている場所に向けて微笑んだ。

 

「お久しぶりですね、“海の精霊様”」

 

 岩の陰から、厚みのある立派な弓が覗く。続いて、むっとした、難しそうな表情を浮かべながら“海の精霊様”がその姿を見せる。

 

「……こんなに大人数で他人(ヒト)の“寝床”に押しかけるとは、常識がなってないんじゃ――」

 

 バンッ! 不機嫌そうに倬を睨む“海の精霊様”の文句が、この大きな音で遮られた。

 

 ミュウちゃんが舟の甲板から飛び出して、“海の精霊様”の下へ駆け出したのだ。

 

「……ッ! お、おい、こら! 走るな!」

 

 全力で走るミュウちゃんを押し留めるようにワタワタと両手を伸ばす“海の精霊様”だったが、ミュウちゃんは止まらない。

 

「危な……ッ」

 

 “海の精霊様”に目掛けてタックルを仕掛けるかの如く抱きついたミュウちゃん。平らに削られた足元に落下する直前、ミュウちゃんは“海の精霊様”によって瞬時に創り出された、グミのように弾力のある水のクッションに受け止められる。

 

「やっど、やっど逢えだ~~~」

「なっ、なにを……! やめっ! やめろってば!」

 

 縋りついて泣きだすミュウちゃんに、“海の精霊様”は手を真横にバタつかせながら離れてくれと叫ぶ。頬を真っ赤に染めて抗議を続けるが、力尽くで引きはがすことはしない。

 

 しゃくりを上げて、ミュウちゃんはゆっくり“海の精霊様”と目を合わせた。

 

「ずっと、お礼を言いたかったの。ぐすっ。ずっと、お話をしてみたかったの。ミュウのこと、助けてくれて、ありがとう……っ」

 

 腕の中から抜け出そうと体を捻っていた“海の精霊様”は動きを止め、ミュウちゃんの濡れた瞳を見つめ返す。

 

「全く、困った()だ。どうしてこうも無茶をするんだろうな、人の子と言うのは」

 

 小さな、とても小さな精霊の指で、“海の精霊様”はミュウちゃんの両目から溢れる大粒の涙に触れる。慈愛に満ちたその微笑は、ここにあった石像と良く似ている気がした。

 

「全く、困った精霊()ね。挨拶くらい返しなさい。常識がなってないんじゃないの?」

 

 冗談交じりに言ったのは風姫様だ。ミュウちゃんの肩に手を添えて、“海の精霊様”に顔を寄せる。

 

 気まずそうに、視線をミュウちゃんの顎辺りに逃がす“海の精霊様”。

 

「う……、うるさいっ。放っておけ」

 

 こう言われて、風姫様は“海の精霊様”の頬を手で挟み、視線を強引に合わさせた。

 

「あんたが人の子攻撃するなんてとこ見せられて、このわたしが! “海”、あんたを! ほっとけるわけが、無いでしょうが!」

「か、“(かじぇ)の”。痛い(いひゃい)……」

「あ、ごめん。つい」

 

 急に冷静になり、パッと手を離す風姫様。

 

 赤くなった自分の頬を(さす)る“海の精霊様”の雰囲気からは、不機嫌さがなりを潜めたように感じる。

 

 今がチャンスとばかりに雪姫様が距離を詰め、語りかける。

 

「“海の精霊様”、落ち着いたようなので紹介しますね。こちらは、ワタクシ達の新しい契約者、霜中倬様です。久方ぶりにお会いしたのですから、少しだけでもお話出来ませんか?」

「“氷の”……。新しい契約者を見つけたのか……」 

「はい! 早速です、ワタクシとシモナカ様との馴れ初めを聞いて頂きたく!」

「あー……、うん。それは今度でいいか?」 

  

 このやり取りに、話が出来そうだと判断した倬は、キーちゃん、ルーちゃん、ミーちゃんも舟から降ろし、ミュウちゃんと合流させる事にする。先程まで精霊の姿を視れないでいた三人だが、精霊様の存在を一度認識した事が影響して、今は明確に“海の精霊様”の姿をその目で捉えている。

 

「改めまして、お会いできて光栄です、“海の精霊様”」

「シモナカタカ、だな。今の世に、これ程までの精霊達と契約を成し遂げ得る人の子が現れるとは信じ難いが……。実際にこんな光景を見せられてしまっては、何も言えないな」

 

 倬の周りに勢揃いする精霊達をざっと視界に収め、“海の精霊様”は渋い顔をする。

 

「わらわとて“海の”と全くの同意見だ。正直に言うなら――」

「“ドン引きモノ”だからのぅ」

「おぅ……。光后様に呆れられているのは諦めてますが、土さんにそう言われちゃうの、ちょっと寂しいです」

「そりゃすまん。実のところな、儂もここまで上手い事、精霊が集まるとは思っとらんかったのだ」

 

 「えー」と土司様の台詞にショックを隠し切れない倬を見て、“海の精霊様”が頬を緩ませ破顔する。

 

「ふふ。“闇の精霊様”も合わせて大物勢揃いでありながら、この緊張感の無さか。……霜中は凄いのだな」 

「えっと、これは別に私の“凄さ”では無いかと思いますが」

「そんな事はない。なぁ? “風の”」

「……なんで今わたしに振ったのよ。そんな事より、“海の精霊”だからなのか知らないけど、いっつも水臭いあんたに倬を貸してあげるわ。精霊の為ならなんでもする。倬はそう言う男よ」

 

 風姫様の言い方は酷いが、あながち間違ってはいない。だから、倬はわざわざ言い直したりしなかった。精霊様の“祈り”を聞くのも、“精霊祈祷師”の“お役目”なのだ。

 

「口の悪さは変わらないなぁ」

「それこそほっときなさい。……で、“海”はどうしたいの」

 

 何を望んでいるのか問いを投げかけられた“海の精霊様”は、ミュウちゃんを固く抱きしめる。

 

「! むへへ~」

 

 仲良くなりたくて探しに来た“女の子”である“海の精霊様”がぎゅっと抱き寄せてくれた事が嬉しくて、ミュウちゃんの頬は緩みっぱなしだ。

 

 そんな中、“海の精霊様”の視線は、海賊達に向いている。精霊を視れない為に、倬や子供達が何をしているのか理解出来ず、キョドキョドと目を泳がせる海賊達。

 

「あの者達を許して欲しいとは言わない。どこかの国の決まりに従って裁きを与えるでも構わない」

 

 毅然とした態度を現したかのような、透き通った声が、洞窟に深く響く。

 

「どんな手を使ってくれたって良い。あそこに……、アイーマに生きる者達に、海賊なんて馬鹿真似、 辞めさせてくれ……ッ」

 

 倬にはこの願いが、懺悔のように聞こえた。

 

 ミュウちゃんと子供達は、暗くなった“海の精霊様”の雰囲気を察して、倬の様子を伺った。

 

 舟に振り向き、倬は海賊達に告げる。

 

「一応、確認しておきます」

「なんだ、急に」

 

 全員が身を屈めている海賊達の中で、古参の海賊が躊躇いながら返事をする。倬が纏う空気の変化を、敏感に感じ取ったらしかった。

 

 可能な限り柔らかな口調を意識して、彼らに問う。

 

「海賊、辞める気はありませんか?」

「……無ぇ」

「止むに止まれぬ事情があるのだとしたら、相談に乗れますよ」

「はっ。余所様の事情には気軽に首を突っ込むもんじゃねぇって、父ちゃんに教わんなかったか?」

 

 相変わらずの反応に、倬は内心で舌打ちをする。彼らに海賊を辞めさせる為なら、どんな手を使っても良いと“海の精霊様”は言った。でもきっと、それは本心ではないのだろう事は聞かなくたって分かる。

 

 海賊達はさっきから、しきり目配せを続けている。倬が急に相談を持ち掛けたことの真意が全く想像できなかったのだ。何人かと視線を交わした古参らしい海賊は、続けて気炎を吐く。

 

「それとも何か、どこぞの教会にでも口利いてくれるってか? こっちには海人族の仲間だっているってのは知ってんだろ。エリセンで働いてる分には問題ねぇがな、海人族ったって陸に上がっちまえば、ちょっと珍しいだけの亜人族だ。だから俺らがガキ共に目ぇつけたんだろうが。いいかよ、()()()()呼ばわりされてるみてぇだが、俺からすればオメェだってちょっと(つえ)ぇだけの、世間知らずのガキでしかねぇ。何が“相談に乗れます”だ――」

 

 ここまで言い終えたタイミングで、完全同時に海賊全員が互いを支えるように寄り集まる。

 

「――糞でも喰らってろッ!」

 

 ギャリッ、ヴォーーン! 叫びと同時に洞窟内にけたたましく轟くのは、金属が擦れ合う金切り音。激しく回転する機械的な装置によって、空気と海水が巻き上げられる。

 

「なッ!」

 

 浮かべていた三隻の舟が、海面から天井すれすれまで飛び上がり、その船体の前半分を足場に乗せる。

 

 一番奥に浮かんでいた筈の舟から、腕を縛られたまま飛び出す五人の海賊。彼らはその姿のまま全身で舟を海面に押し戻し、倬と睨み合う。

 

 倬の背後で、子供達の悲鳴が聞こえる。海人族の男もまた飛び出して、精霊様達が子供達を傷つけない為の属性障壁の操作に集中している僅かな時間に滑り込むようにして、ミュウちゃんを攫って見せたのだ。

 

「ジャン、急げ!」

 

 古参の海賊がミュウちゃんを受け取り、舟に乗せる。

 

 海人族の大男であるジャンが舟に飛び乗る。

 

 海賊達は全ての行動に一切の迷いがなかった。

 

 咄嗟に魔法を使おうとする倬に飛び掛かってきたのは、舟から飛び降りた古参の海賊だった。  

 錫杖の一振りで古参の海賊を殴り飛ばした時には、海賊達を乗せた舟は既に視界の外。

 

 六人の海賊がこの場に残り、倬の前に立ちはだかっていた。

 

「イッテェ……。けど、これで良い。オメェが俺らを舐めてくれたお陰だぜ?」

 

 溺れかけて意識を失っていたと言う理由で、海人族の男を縛らなかった事。子供達と話すのを優先して、海賊達の腕だけ縛って足を縛らなかった事。海賊をどう扱うのか決めかねていた事。現代トータスの舟とは一線を画す代物だと予想していながら、舟の調査を後回ししていた事。

 

 倬も精霊様も、海賊達に油断していたのだ。見くびってしまっていたのだ。

 

「どうするよ、俺らだけでも縛り直して王国にでも売るか? 一思いに殺しちまうか? 好きにすりゃあ良い。だけどな、俺らは何されても他の仲間は売らねぇ、よっく覚えとけ」

 

 吠える古参の男の横に、舟を押して仲間を逃がした五人の海賊達が並ぶ。五人ともが腕を縛られ、“音凪”影響で喋れなくとも、闘気に満ちていた。

 

 二秒にも満たない僅かな間だけ、海賊達と視線を交差させ、倬は状況を受け止めきれないでいた子供達の前に跪く。

 

「今からミュウちゃんを連れて帰るために、ここを離れます。それまで、ここから動かないで待っていてくれますか?」

 

 キーちゃんと、ルーちゃんは言いたいことがまとまらず、唇をいっぱいに噛んで、倬のローブをただ握りしめる。 

 

「お、おじさん……っ! 早く! 早くミュウちゃんが!」

  

 ルーちゃんが、倬の首元を何度も引っ張って叫ぶ。

 

 

 “海の精霊様”は、足場に斜めに転がった舟に触れながら、言い訳するかのように呟いていた。

 

「ああ……、これはそうだ。アイーマの舟だ。あの舟にもあった。前もって決めた時間に、勝手に舟が働く機械。あんなもの、一体何に使うのかって話してて……。あぁ、忘れていた。あいつらは、シモナカ、あいつらはそれを使って……!」 

 

 頭を抱えて髪を掻き乱そうとする“海の精霊様”の手を、倬が止める。

 

「まずはミュウちゃんを取り戻しましょう。細かい話はそれからです」

「あ、ああ。すまない。あいつらの住む村、アイーマは北の山に囲まれた最果てにある。あの舟は何よりも速さを重視していた筈だが」

 

 動揺を抑えようと必死になって喋る“海の精霊様”を励ますべく、雷皇様がバチっと閃光を伴って現れる。

 

「倬殿は俺の、“雷の精霊”の契約者だ」

「“風の”弟君の言う通りだ。そうだ、頼む。シモナカ、皆、力を貸してくれ」

 

 この願いに、真っ先に返事をしたのは、“風の妖精”ふぅちゃんだった。他の妖精達も、ふぅちゃんに続いた。

 

「こどもたちのことは、ふぅちゃんたちにまっかせてー」

「このやっくん、おくれをとるようなまね、二度としないナリ!」

「分かりました。では皆さん、よろしくお願いします」

「「「つっちー! “りーぶ、いっと”!」」」

 

 キーちゃん達をを再び妖精に任せ、奇襲に使われ足場に斜めに乗り上げた舟を、倬は片腕だけで持ち上げ水平にする。

 

 何事か倬が囁くと、ここに残った海賊全員の“音凪”が解除される。

 

 六人の海賊達は一連の淡々としながらも、異常としか表現しえない倬の動きに、汗が噴き出るのを感じていた。

 

「やっ、やいやいやい、俺らの舟をどうするつもりだ! さっきっから一人で何喋ってんのかわかんねぇが、“クスリ”決めてんなら、とっととフューレンにでも帰りやがれ!」

「海の上で、速力全開の俺らの舟に追いつける方法なんてねぇぞ! 諦めてママにミルクでも作って貰ってろってんだ!」

 

 必死に虚勢を張る海賊達。一人の鼻先に、錫杖が突き付けられる。

 

「__“蒙怨(ぼうおん)”」

 

 魔法名が呟かれ、六人全員が滝の様な汗をかいた。

 

 拭いきれない子供達の不安、仲間達が感じている恐怖が、闇系魔法“蒙怨”の効果で一人ひとりの身体の奥底から全身に広がって行く。

 

 一人の恐怖が残る五人に伝播し、伝播した恐怖が全員の中で反響し、増幅される。

 

「全力で歯を食いしばる事をお勧めしておきます」

 

 六人を舟の中に投げ込み、倬も乗り込んで魔法を唱える。

 

「__“界穿”!」

 

 舟を容易く飲み込む大きさの転移門が真下に開く。

 

 門から落下する形で転移したのは、“海の精霊様”の“寝床”の真上、四百メートルの空。

 

 技能“熹眸”と“瞭顕”に魔力を集中。精霊様と共に、空から北の海洋を高速で航行している筈の舟を探す。

 

「シモナカ、あの真っすぐ続く白波が見えるか! あれはアイーマの舟にある“海車(うみぐるま)”の跡だ」

 

 “海の精霊様”が言った一直線の白い波を、倬はその目で(しか)と見た。

 

「……よし、捕捉しました。__“際巡(さいじゅん)”」

 

 空間魔法“際巡”。これは、空間を完全に隔てる空間魔法の障壁を、指定したモノとそれが隣接したモノとに膜を張り巡らすように展開させる魔法だ。空間魔法を利用する障壁としては、貫通力のある中級属性魔法でも破壊可能な程に極めて弱く設定されているこの魔法は、積み荷などの位置を固定し、衝撃から守ることが出来ると言う、神代魔法にあるまじき影響力の弱い使い方を目指したものである。

 

 そんな“際巡”活用し、倬がやろうとしているのは、ある技能の効果を舟に波及させると言うもの。

 

「オレの方でも確認した。行けるぞ、倬殿」

「ぶっ飛びます……“雷同”ッ!」

 

 閃光が舟ごと倬と海賊達を包み込む。爆ぜる稲光。晴れた空に、雷鳴が響きわたる。

 

 光が収まるのとほぼ同時に、雷を纏った舟が海に突き刺さる。

 

「ぐッ、落雷!?」

 

 真後ろに落ちた雷に舟が大きく揺れる。海人族の男ジャンが悪態をついて振り向けば、そこにあったのは見慣れた一隻の舟だった。

 

 縄を解いていた海賊達が、あまりの出来事に動きを止め、舟をただ見てしまう。

 

 ミュウちゃんを捕まえていた海賊が、手を離してしまって、懸命に追い縋る。

 

「あ、あぶねぇって、嬢ちゃん! ここで海に逃げたって死んじまうってば!」

「ん゛ー、イヤーー! “きとーし”さん! “海”ちゃーーん!」 

 

 暴れるミュウちゃんが、舟の(へり)に立ちあがり、倬と“海の精霊様”を呼ぶ。

 

 倬から逃げる為、速度を上げる舟が大きくうねる波に持ち上げられ、船首が跳ね上がる。

 

 殆ど垂直になってしまう舟。ミュウちゃんがバランスを崩し、遂に舟から落ちてしまう。

 

 トータス北方の海は南方と比べ温暖な気候ではある。しかし、大陸から離れる程、その温度は下がっていってしまう。エリセン周辺の気候に慣れた海人族にとって、この辺りの海水温はあまりにも低い。既に体力を消耗した子供が落ちてしまえば、低体温による死の危険だって否定できなかった。

 

「もう、離すもんか!」

 

 突如、ミュウちゃんが落下しそうになっていた先の海面が大きく()()。“海の精霊様”が海水を操作し、時間を稼いだのだ。

 

「私も手伝わないと~……よねっ」

 

 ボンッ! 海に産まれた窪みとミュウちゃんとの間に、空姫様が圧縮した空気の塊を割り込ませた。

 

 空中で弾み、浮かび上がったミュウちゃんを“海の精霊様”と倬が、同時に受け止める。

 

 そのまま、ジャンの背中を蹴りつけながら、倬は舟に降り立った。

 

 ミュウちゃんを抱きかかえ、錫杖を呼び寄せて掴み取る。

 

「頭領に話があります。大人していれば、悪いようにはしません。あなた達は黙ってついて()()()()

   

 舟に備えられた“時限動力起発装置”を利用した洞窟からの脱出は、海賊達にとって、あの状況で出来る唯一の、一世一代の大博打だった。実のところ、緊急避難用のこの装置がまともに起動するかどうかも賭けだったのだ。運をひっくるめた、全ての力を“逃げ”につぎ込んで、全部が想定以上に上手く行ったにも関わらず、このローブの男には易々と追いつかれてしまった。

 

 何よりも、この十五人の中ではリーダー格の二人が動けない状態を目の当たりにした彼らに出来ることは、もう残されていなかった。 

 

 だから、海賊が今、倬に言える事といったら、これくらいのものだ。

 

「……(ねぐら)の在り処、大人しく教えるとでも?」

「思いませんよ。あなた達は私にそんな大切な事は教えない。それは、あの人で思い知らされました」

 

 海賊の問いかけに答えながら、空間魔法ごと“雷同”を纏わせて飛んできた舟の中で蹲る古参の男の顔を、ちらと見る。

 

「アイーマの場所なら、あなた達より詳しい方に教えて貰います」

「!?!? なん……ッ、で……!?」

 

 アイーマ、この言葉を倬が口にしたことで、海賊達の顔色が蒼白に変わる。まるでこの世の終わりでも来てしまったと言わんばかりの反応だ。

 

 海賊達の表情を淋し気に見る“海の精霊様”。彼女は舟より少し前の海の中から顔を出して、倬とミュウちゃんに向けて小さく手を振った。

 

「シモナカ、こっちだ。先導しよう」

 

~~~~

 

 “海の精霊様”の正確な案内によって真っすぐ(ねぐら)に向かっている最中、海賊達はこれまでとは比較にならない程に静まり返ったままだった。 

 

 明らかな人工物であるダークグレーの巨大な十本の杭を横切ると、遠方からでは山しか見えなかった場所に、簡素な木造家屋が見えてきた。

 

 集落を囲む岩山の一部が海に面しており、その山肌に沿うように 造られた桟橋が、左右両端に一本ずつ伸びている。湾口の中央の砂浜からは、向かって右側に木組みとコンクリート風のブロックで継ぎ接ぎになった細い桟橋が一本あった。

 

 舟を係留させる為の設備が充実しているのは、この景色だけで十分に理解できる。かつては大規模な港湾であった事は間違いないのだろう。

 

 中央に伸びる桟橋には、現在倬が乗っている舟と同型のモノが四隻も並んでいる。

 

 ただ同じ舟が桟橋に並んでいるのならば、それほどに驚くこともなかった。

 

 倬が驚かされたのは、その舟の使い方だ。

 

 間違いなく海賊の一員なのだろう者達が、中空に展開された“光絶”を足場に利用して、舟から舟へと飛び乗る訓練をしていたのである。それも、二色のバンダナでチームに分かれ、様々な魔法を直接撃ち合いながらだ。

 

 海賊がやるとは思えない、高度な戦闘訓練の在り方に、倬は彼らの強烈な決意を感じざるを得なかった。

 

「厄介そうだな」

 

 パチリと火の粉を散らし、火炎様の零した感想に倬は無言で頷く。

 

 縛ったままの古参の男を舟の先頭に立たせ、中央の桟橋に近づいていく。

 

 訓練が中断され、本拠地の海賊達に緊張が走ったのを肌で感じる。その緊張は瞬く間に集落全体に広がり、視界に入る範囲の家々の雨戸や扉はその全てが閉ざされた。

 

 桟橋の先端に舟を停めると、この集落で最も大きな屋敷から臙脂(えんじ)色――濃い紅色――のマントを翻し、三十代と思しき重々しい空気を纏った一人の男が出てくる。

 

 マントより少し明るい紅色の長髪、陽に焼けた浅黒い肌に、髪から僅かに覗く鋭い耳の先。

 

(魔人族……!)

 

 堂々と桟橋を歩く男は、紛れもなく魔人族の特徴を持っていた。一瞬だけ、抱っこされたままのミュウちゃんを見咎めた後は、倬を眼中に納めることはせず、古参の男に尋ねる。

 

「ガデル、どう言う状況だ」

「面目ねぇ頭領、仕事しくじっちまった」

 

 北の山脈地帯を越え、遥か北方に拠点を構えていた海賊達。

 

 現れた魔人族の男と、訓練していた海賊達だけを見ても、丸みを帯びた尻尾を持つ者や、耳を隠し切れていない者までいる。

 

 理解が追いつかない倬に、“海の精霊様”がこの地について、唄う様に教えてくれた。

 

――ここは、アイーマ。大異変から生き残らんと、海に逃れたその先で、アイーマの流れ着いた土地。“海の加護”を受ける者、アイーマの血は途絶えても、その名は遺り、語られた。今や此処、この地こそがアイーマ。今も昔も変わらずに、アイーマは流れ(びと)を受け入れる――

 

 現代のトータスにおいてあるまじき、三種族が共に住まう村。

 

 それがアイーマ。海賊達の戦う理由、その一つ。

 

 




はい、という訳で二問目でした。

【お詫び】11/4(日)に投稿予定を変更していましたが、お見せできる段階までたどり着けず、少しでも完成度を高めるため、次回投稿日を11/11(日)迄に変更させて頂いております。
本当に申し訳ありません……。

では、ここまでお読みいただき有難うございました!

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