すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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大変お待たせしました。今回もよろしくお願いします。


宴も(たけなわ)も締めてこそ

 

 意気揚々、足取り軽やかなヨークの背中を追って、煌びやかに飾られた飲食店が建ち並ぶ通りから一本外れ、こじんまりとした酒場が向かい合う狭い路地を通り抜ける。

 

 T字路の突き当り、そこに建つ大きな酒問屋の前で、しゃがみ込んでいる若者がこちらに向けて大きく腕を振っていた。

 

「ちゃーーーすッ! ヨーク先生! ちゃーーすッ!」

「よぉチャラーノ。悪ぃな」

「ぜんっ、ぜん! オレってばこーゆーのチョー得意なんでぇ」

 

 紺色に染め上げたツンツンの短髪で、耳と鼻にピアスを装備した男が、これでもかと言う程に軽薄そうなノリでヨークを“先生”と呼んだ。

 

(……この人がチャラーノさんか)

 

 道すがらヨークに聞かされた“ゴーコン”参加者の一人がこの男だ。彼は最近“冒険者”登録したばかりの現役大学生なのだと言う。 

 

 ギルドの受付でまごまごしていたチャラーノを色々と世話してやったのがきっかけで意気投合し、今日の“ゴーコン”を成立させるのに一役買ってくれたんだとか。

 

「ちっす、倬ノ助パイセン! チャラーノっす。よろっす!」

「あ、はい。宜しくお願いします……?」

「さぁさぁ、今話題ふっとーちゅーの酒場はこっちの階段を降りた先っすよぉ」

 

 今度は終始“アゲアゲ”なチャラーノに先導され、酒問屋の隣にあった地下へ向かう階段を降りる。目的の酒場はこの酒問屋の地下にあるらしいのだ。

 

(んー、チャラーノさん、絶妙に鬱陶しいなぁ……。なんか懐かしい)

 

 頭の上でふよふよしている霧司様とチャラーノの背中を眺めながら、日本で高校に通っていた日々を想い出す。

 

『……部活仲間にも、似たようなのが、居たんだっけか?』

『ええ、そっちからも“先輩”呼ばわりされてたんですよね。……同じ一年なのに』

 

 酒場へ赴くのに抵抗を感じなくなっているなと奇妙な感慨を覚えながら、シルバーに輝く滑らかな手触りの手摺(てすり)に従って、大きく重厚な扉の前まで辿り着く。

 

 扉の前で待ち構えていたウエイターは、パリッとした純白のシャツに黒いベストを身に着けていて堂々たる佇まいだ。言葉少なに案内されて店内に足を踏み入れれば、地下店舗とは思えない程に高い天井と、そこに吊り下がる大きなシャンデリアが(まばゆ)い輝きを放っていた。

 

 バーにしてはかなり広い。カウンターに二十席、六人がけのテーブル席が十卓、革張りのソファを用いたボックス席まで用意されている。地球の飲食店で例えれば“ダイニングバー”と呼ばれる形式に近いだろう。 

 

 それぞれの調度品は特注なのか店名が刻まれていたり、小さく刺繍が施されている。高価そうな内装に、ずっと喋りっぱなしだったチャラーノの声量がどんどん小さくなっていく。

 

「うぇいうぇ~い……。予約しに入り口前まで行った時も思ったんすけどぉ、奥まで来るともう“オ・ト・ナ”って感ハンパねぇ……。倬ノ助パイセン、オレ、追い出されたりしねぇっすかねぇ……」

「チャラーノさんは予約出来たんでしょう? 寧ろ何時もの恰好(ローブ)な自分の方が不安なんですが……」

 

 今までの旅で訪れた酒場とはまた(おもむき)の異なるラグジュアリーな雰囲気に、ボックス席に通された後も倬とチャラーノのそわそわは収まらない。

 

 店内を自由に飛び回って見学していた精霊達の中で、二人の様子を見かねた風姫様が倬の肩に戻ってきて大きな溜息を零す。更に倬の膝の上では、治優様も悩まし気な表情を浮かべていた。

 

『全く、だからわたしが用意した服を着なさいとあれほど……!』

『いやぁ、気合い入り過ぎてるのもどうかなって……。旅の”祈祷師”が私服にまで気を配ってるの、ちょっと()()()()嫌だなぁって……』

『たぁ様ってば、変なところで拘るんだもんなぁ。治優、お洒落は普段からした方が良いって思うよ? ヨーク様の良いところは真似しないと、ね?』

 

 “寺”で修行した“祈祷師”としては普段から着ている“耐禍のローブ”も正装ではあるのだが、やはり“ゴーコン”向きの服装ではない。精霊様二人からも不評のようだが、倬としては突然集まる事になった場に、()()()恰好で出向くというのがどうにも抵抗があったのだ。

 

 “初めての合コンに着ていく服を迷った挙句、普段から着てる服でいいやと投げやりになる大学生”みたいな心境の倬に対し、ヨークはといえば体格に似合ったスマートなジャケットを無理なく着こなしている。

 

 嫌味なく“キメ”ているヨークは店の雰囲気に飲まれつつある若者二人を見て、髭を撫でながら苦笑いだ。

 

「二人ともコソコソすんなっつの、かえって恥ずかしいだろうが。ドレスコードは無ぇって言ってただろ?」

「いざ入ってみると場違い感が凄くてですね……」

 

 倬の台詞にチャラーノも同意見なのか、細かく首を縦に振りまくる。かなり緊張しているようで、言葉が見つからないらしい。

 

「ったく、仕方ねぇな。……折角だ。女の子達が来るまで二人に良いこと教えといてやろう」

「! “良いこと”ってなんすかなんすか!」

 

 あっという間にチャラーノのテンションが戻る。その食い付きっぷりにヨークも気分良さげにニカッと前歯を覗かせて、渋めの声を響かせた。

 

「ヨーク流“ゴーコンの鉄則”、その一!」

「センセの“教え”っすか!? うっす、そのイチ!」

 

 前のめりになって話を聞こうとするチャラーノ。ノリノリだ。

 

『なにか始まったな。気合が入ってていいじゃないか』

 

 厨房から戻ってきた火炎様がヨークとチャラーノの真剣さを感じ取り、倬の視線の先で火の粉を散らしている。

 

 向かい側のソファ、その背もたれに正座していた刃様もコクコクと頷いていた。

 

『“鉄則”と言うからには、これは心して聞くべきでありましょう、主殿!』

『いや……、どうかなぁ……』

 

 このところ“刃の妖精”やっくんがヨークに付き添っていた事もあり、ヨークの為人(ひととなり)を認めている刃様は倬にもちゃんと聞くように促してくる。が、倬としてはあまりまともに聞く気にはなれなかった。ヨークが真面目ぶって喋り始めた時、大抵はろくでもない下ネタがオチだったりするのだ。

 

「“ゴーコンは三対三に調整すべし”。なんでか分かるか?」

 

 予想に反してかなり理屈っぽい話になりそうだと倬とチャラーノはお互いに視線を交わし、首を横に振る。倬の場合、合コンの参加人数に気を配る以前の問題で、女性を複数人食事に誘うような発想が未知の領域だ。理解出来なくて仕方あるまい。

 

「いいか? 人が集まった時ってなぁ、人数が多けりゃ多いほど話の輪がバラけちまうだろ。普段なら気にするこっちゃねぇが、“ゴーコン”となら別。話の輪がバラけて、女の子一人ひとりと喋る時間に()()が出来ちまうからな。経験上、全員が一つの話題に参加しやすい最大の人数、それが三対三だ」

「やっべぇ~、ちょーべんきょーになるぅ~」

 

 素直に感心するチャラーノ。こういった所をヨークが気に入ったのだろうと良く分かる。

 

(んー、実際の所はどうなんだろ……)

 

 対して倬は“三対三の鉄則”が有効かどうか、すんなりとは受け入れられず首を傾げてしまう。そこに興味深そうに話を聞いていた光后様からの“念話”が届いた。

 

『一つ考え方としてはあるのだろうと思うぞ。お互いに印象を残そうとするのなら人数は少ない方がよかろう。……しかし、“(つがい)”を決めるつもりでもない場とは奇妙だな。いっそ親族を引き連れての見合いの方が目的がはっきりして良いのではないか?』

『えー。音々、それはちょっと考え方が古過ぎるかなって。皆が皆、“お(いえ)”を気にしてる訳じゃないんだよ?』 

『……なん……、……だと……? “光の精霊”たるわらわが古い……? 遅れてる……? “すろぅりぃ”……?』

 

 音々様からの何気ない一言に、光后様が激しく落ち込んでしまっている。

 

『あ~……、光后様? 一緒に聞きませんか? 』

『ん。そうしよう……』

 

 下手なフォローをしても逆効果な気がした倬は、とりあえず頭の上にお招きして“ヨークの鉄則”をちゃんと聞くことにした。

 

「話振るのがうめぇヤツがいりゃ四対四でも問題ねぇが、人数は多過ぎても少なすぎてもダメっては確実だ。じゃあ次だ。ヨーク流“ゴーコンの鉄則”、その二!」

「そのニィ!」

「“名前と顔は速攻で一致させるべし”」

『ふむ! これが“てくにっく”として大事なのはわらわにも理解できるぞ!』

 

 ちょっぴり元気を取り戻した光后様にほっとしていると、胸元から顔を覗かせた雪姫様と目が合った。

 

『今のアナタ様にとっては得意分野ですね!』

『それはまぁ、その通りですが……』

 

 契約を経て自身の記憶を探る力は得たものの、“ゴーゴン”の場で活かす気にはなれそうもなく、返事を言い淀んでしまう。

 

 この後もヨーク流“ゴーコンの鉄則講座”は、ヨークのナンパに乗っかってくれた女の子達が女の子側の三人目を文字通り()()()()()やってくるまで続いた。

 

 白くやわからなローブを引っ張られている人物に、倬もヨークも見覚えがある。倬にとっては、ヨークと合流する前に大学図書館でお世話になったばかりの相手――お洒落なとんがり帽子が特徴の女子大生シーラだ。

 

 倬、ヨークと順番に顔を見るなり、シーラはげんなりした表情で開口一番、こう言った。

 

「……帰ります」

 

 とんがり帽子を落としそうな勢いで引き返そうとするシーラだが、ブロンドロングの女子大生ロッテががっしり肘を組んで引き留める。

 

「待って待って、ほらほら、イケてるおじさんいるでしょ?」

「あの()()()()は私の好みではありませんので……ッ」

 

 必死に踏ん張っているが、いかんせん小柄なシーラはずりずりと店の中央へと連れていかれてしまう。

 

 引きずられる様子をケタケタ笑って見守っていた茶髪ショートの女子大生ライサもシーラの背中を押し始め、いよいよシーラには逃げ場がない。

 

「まぁまぁ、あっちの魔法師君、十五歳だってよ。年下もイケるんでしょ?」

「……ッ?! 大きな声で誤解を招きそうな事言わないでください!」

 

 未だに抵抗を止めないシーラの姿に、チャラーノは両手の人差し指を向け、ウェイウェイ身体を揺らして立ち上がる。

 

「ひゅ~、あれあれシーラっちゃんじゃーん! 来た甲斐あ~るぅ~」

 

 小躍りするチャラーノに、シーラが小さく悲鳴を上げた。

 

「ひっ……! もう本当に無理ですっ。何故チャラーノさん()()()が居るんですかっ」

「そう言わないであげて? あんなんでもこの手の集まりには居た方が良いのよ。“賑やかし”って大事なの」

 

 シーラに“ゴーコン”におけるチャラーノの価値を説明するライサの言い分はなんだか酷い内容だが、チャラーノには聞こえていないようだ。

 

「よっしゃ、よっしゃ、全員集合ってんならはじめちゃお? はじめちゃお? おれおれぇ~、シーラっちゃんとお喋りしてぇなぁ~ってずっと思っててぇ? 念願叶っちゃった的なぁ?」

「この喋り方ぁ……っ」

「どうどう。これも社会勉強だよ。がんばろ、シーラ!」

 

 ロッテによって強引にソファに座らされ、ようやく観念したシーラだがその表情は未だムスッとしたままだ。

 

()()()()はともかく、君まで何をやっているのですか。ここは()()()()()()()を嗜むお店ですよ」 

「心中お察ししますが、酒場でその台詞はちょっとマナー的に……」

「…………うるさいです」

 

 倬からの指摘を否定できず、バツの悪さを誤魔化すようにシーラはそっぽを向いてしまう。

 

 そんな拗ねているようなシーラの様子が珍しいのか、ライサとロッテはパチパチと大きく瞬き繰り返していた。

 

「え、何々? もしかしなくても二人ともシーラと知り合いだったの?」

「って言うかシーラ、なんかもう仲良さげじゃない? “ゴーコン”って聞くまで機嫌良さそうだったのと関係あったりする?」

「……お店のお客さんだっただけです」

 

 なんだかもう懐かしい気がすんなとヨークが出会った経緯をかいつまんで説明してくれる。今にして思えば、ヨークが【グリブ童話】を下品に要約したのが会話を生んだきっかけなのだから、何がきっかになるのか分かったものではない。

 

「んで良い飯屋を教えてくれたんだよな。あそこは美味かった」

「昨日も小鬼(ゴブリン)討伐の帰りに行きましたもんね」

「そうですか、それはそれは……」

 

 勧めたお店を気に入ってもらえたとあって機嫌を良くしたシーラが、小さく微笑む。

 

 ささやかなやりとりでしかないのだが、チャラーノとしては本気で羨ましいらしかった。

 

「倬ノ助パイセン、どういう事っすか! くわしく! シーラっちゃんとアゲアゲになる“鉄則”を! くわしく!」 

「チャラーノ、ちょっと黙ろ?」

 

 ぴしゃっと一言でチャラーノを黙らせるロッテ。その様子を気にも留めず、テーブルに施された飾り彫りを指でなぞってから席に着くライサ。なんだか“ゴーコン”開始前からテンションのバラツキが激しいグループである。

 

 こんな妙な雰囲気を漂わせているグループ客相手にもウエイターは微笑を崩さずやってきて、上品な所作でおつまみのナッツ類と共にメニューブックを差し出してくれた。

 

「いらっしゃいませ。まずはナッツを置かせて頂きますね。ご注文は如何いたしましょう?」

「皆は眺めてから決めるといい。俺はとりあえず麦酒だかんな」

「麦酒でしたら十二種からお選び頂く形になりますが、お好みなどございますか?」

「ほぉー……、そりゃすげぇな。一杯目だし、軽いのでいいんだが」

「でしたら、こちらの――」

 

 ヨークとウエイターが麦酒の種類を相談している間、残る五人はテーブルに広げたメニューブックとにらめっこだ。が、どれもこれも名前だけでは味も見た目も想像すら出来ないものばかりだった。トータスにも“カクテル”に該当する文化があるのだが、この店ほど“カクテル”に力を入れているのは珍しい。

 

 倬だけでなく大学生達もお手上げ状態で、とりあえずメニューブックは開いておいて、気になった名前のカクテルについて幾つか質問をしていく。

 

 丁寧にお酒の味を説明してもらうものの、どうにも注文の決め手にはならなそうだ。

 

 そんな中、“ゴーコン”自体にはいまいち乗り気ではなかったシーラが小さく手を上げる。

 

「皆さん悩んでいるようなら先に私からで構いませんか。私はお酒を頂かないので、お茶か何かあれば助かるのですが」

 

 シーラの注文にウエイターはメニューブックの最後のページに挟まれていた掌サイズの板を抜き出し、テーブルに立てるようにしてに見せてくれる。飲食店でよく見かける【本日のおすすめ】が書かれているらしい。

 

「でしたらこちら、メレットゥの酒無し(ノンリカー)カクテルは如何でしょうか。メレットゥは今が丁度旬ですので甘味と酸味のバランスも良く、酒を混ぜるのはもちろん、酒無し(ノンリカー)のジュースにしても爽やかな風味を楽しめます。今日のような暑い日は氷を細かく砕いた“雪がけ(フローズンスタイル)”で飲むのが特にお勧めです」

 

 メレットゥは人参に似た赤い根菜で、トータス全域で親しまれている食材だ。酸味が強いのでしっかり煮て甘味を引き出し、煮物やデザートとしてゼリーにする調理方法が一般的だが、ここでは旬の食材としてジュースを作り、カクテルに使用しているとの事だった。

 

「メレットゥですか……、ではその酒無し(ノンリカー)カクテルをお願いします」

「面白そー、じゃあ私は“雪がけ”で!」

「同じくー!」

「ならなら、俺もシーラっちゃんとおそろにしちゃおー! 倬ノ助パイセンもどっすか? ノっちゃいます?」

「あははは……、では、ご一緒します」

 

 注文を受けてカウンターに戻るウエイターを見送ると、ヨークが姿勢を正して渋い声で挨拶を始めた。何をするにもワザとらしくない辺り、場慣れを感じさせる。

 

「今日は皆集まってくれてありがとな。なんだか顔見知りが多いみたいだが早速自己紹介しとこうか。チャラーノ、この手の集まりに疎い倬ノ助にマナーを教えてやってくれ」

「っす! 良いっすか、倬ノ助パイセン、“ゴーコン”じゃ家名とか身分とか伏せるのが流儀なんすけどぉ――」

 

 なんでもマグレーデでの“ゴーコン”では姓を名乗らないのがマナーなのだそうだ。これはマグレーデ大学が私塾に近い存在で、人間族かつ学びの意志さえあれば身分を問わずに受け入れているのが大きく影響している。入学試験も年間を通して六回実施しており、成績上位者には特待生として学費が免除される制度もあり、平民出身で天職無しの学生も多いのだ。

 

 人間族に限った事とはいえ、出自に拘らず新たな出逢いに運命を見出そうとする風潮は、トータスにおいて前衛的なスタイルといって良いだろう。

 

「んじゃまずは……、俺はヨーク。“剣士”だ。最近になって活動再開した“冒険者”でもある。皆からしたらジジイだろうが、よろしくしてくれ」

 

 家名や身分は隠すのが基本だが、その代わりアピールする材料になるのが“天職”と“職業”だ。“天職持ち”の時点で仕事にあぶれる心配は無くなるので、将来を見据えた時にかなり強いアピールポイントといえる。

 

 ……のだが、本日“ゴーゴン”に参加してくれたロッテとライサの二人は、既にヨークがどんな人物なのかよく理解しているせいで、クスクスと笑い始めた。

 

「もー、ヨークさん、“ジジイ”って自分で言っちゃうの持ちネタでしょー? 今時の若者には負けないって自信アリアリだもん」

「ガハハ! ロッテちゃん、ハッキリ言ってくれるなぁ」

「だって、ねぇ? 初めて喫茶店でお茶した時だってさー」

「あれねー、気付いたら同じテーブルに座ってたもんねー」

 

 ヨークにナンパされた時の手練手管が二人によって解説され、チャラーノは倬の隣でパネェパネェと連呼するばかりだ。 

 

「改まって名乗るって、なんか照れるな……。こほん。ロッテです。魔法学科所属で得意系統は火。ちなみに私とライサ、チャラーノは同郷の幼馴染だったり。今日はよろしくね、倬ノ助君」

「えーっと、私はライサ。神聖絵画学科で絵の勉強してます。ねぇねぇ、倬ノ助君はあれ見た? 図書館の展示。あれ私も手伝ったんだー」

 

 ちょっぴりはにかんで名乗るロッテは年上だがなんだか可愛らしい。ライサは拡大模写について話したくて仕方ない様子で、マイペースな人柄を感じさせる。

 

 端的な自己紹介だが、案外これくらいで十分なんだなとマグレーデにおける“ゴーコン”の流儀に納得していると、チャラーノがシーラに向けてズバッと腕を前に突き出した。

  

「つ・ぎ・はぁ~……、シーラっちゃんオナシャス!」

 

 シーラに夢中であるが故の行動なのかは一先ずおいておくにしも、実に鬱陶しい動きである。

 

「うぐっ…………、シーラです。マグレーデ大学一年、文芸学部社会文学史学科所属。天職は“司書”です。…………以上になります」

 

 小さな悲鳴を飲み込んで、シーラは無表情の一本調子で所属と天職だけを告げるに留めた。もはや“ゴーコン”における自己紹介と言いうよりも何かの確認作業でもしているかのようだ。

 

 が、チャラーノには今ので十分らしかった。

 

「フゥーッ!? シーラっちゃんがめっちゃ喋ってくれちゃったの、これまじアガっちゃうっしょー!」

「”めっちゃ喋ってくれちゃった”……? 今ので……?」

「前向きって所の話じゃねぇな。それで良いのかチャラーノ。いや、めげねぇのは良い事だが」

 

 倬もヨークもチャラーノの浮かれっぷりになんだか心配になってしまう。だが、ロッテやライサからすれば彼が喜ぶのも無理はないとの事だった。

 

「あー……、シーラってチャラーノみたいなの苦手らしくて。基本無視してるからさ」

「そうそう、シーラはちょっかいかけられたりするのすっごい嫌がるから。まぁ、周りが年上ばっかりで警戒してるのかもだけど」

「ライサさん、余計な事を……」

「年上ばっかり?」

「ふふーん。シーラは十六歳で入学したからね。なんとマグレーデ大学入学試験最年少合格者なのだ!」

 

 何故かロッテが自慢気に言ってのけた内容は、シーラが倬に対して自身を“お姉さん”と言っていたのをほんのり気まずくさせるものだった。

 

「そら凄ぇな。つーか倬ノ助と一つしか違わねぇのか?」

「……違います。もう十七なので二歳差です」

 

 拗ねたように歳の差を強調するシーラの様子に、倬は姉弟子であるニュアヴェルの面影を重ねる。

 

 “寺”で出会った時からニュア姉から“姉”と呼ぶように迫られていた倬は、年上ばかりに囲まれているとお姉さんとして振舞いたい事もあるらしいと知っているのだ。故にあまり余計な事は言うまい決めて、大学に合格する難しさへと話を逸らす事にした。

 

「実際凄いですよね。たしか二十歳前後での合格が普通なんでしょう?」

「私の場合、志望した学科が文学史だったのもありますよ。本当に凄い才能の持ち主は試験すら免除されますからね」

「いや、それは比べる相手が悪い。シーラが言ってるのって“舞踊家”のあの子でしょ? ルードオイマ家の一人娘」

「ライサさん、名門の産まれだとしても彼女が天才である事実は揺らぎませんよ。十六歳で特別講師に任命されてるわけですから」

「でもでもぉ、()()()()って基本ご機嫌ナナメじゃん? シーラっちゃんより近寄り難いっつーかぁ。最近じゃ街の外に出張レッスン行っちゃってて悲しー、みたいな?」

 

 大学生達が既に才覚を世に示している学生について語るのを聞く倬とヨークは、ただただ感心の溜息を零すばかり。

 

「はぁー……、世の中には凄い人っているもんですねぇ」

「だなぁ、世界は広いなぁ」

 

 

 そんなこんなで自己紹介からの雑談を経て始まった“ゴーコン”は、倬とシーラが他のメンバーからの質問に答える形に終始したものの、他の四人が上手く話を回してくれるお陰で以外にも会話が途切れる事なく進行していった。

 

 乗り気でなかったシーラも、倬やヨークが“冒険者”として語った話には興味を惹かれたらしく、なんだかんだ楽しんでいるようだ。

 

「――んでね? 誰が一番その男の子が好きかってのを競う変な話になっちゃて、村の裏山にある滝壺まで行っておまじない出来た人が一番って事にしようってなったんだけど、女の子一人だけじゃ山奥の滝まで歩いてくなんて厳しくて。結局皆で泣きながら帰ってさぁ」

「まぁなぁ、ガキん頃だとてめぇの体力も把握出来てねぇもんなぁ」

 

 ライサの思い出話にオチが着いたのを見計らい、チャラーノが鞄から何やらカードの山を取り出した。

 

「頼んでた料理もこれで一段落ってことで、いっちょコイツで遊んでみよ? みよみよ?」

 

 マグレーデでの“ゴーコン”ではボードゲームの類を遊ぶのも定番なのだ。

 

「ほーん、見慣れねぇカードだな」

「これね、今大学で流行ってるの、【幻獣召喚(クリプティカ)】って名前で――」

 

 【幻獣召喚(クリプティカ)】なるカードゲームのルールは、チャラーノを差し置いてロッテが説明してくれた。最大限簡単にまとめると、三種類三十枚の“幻獣札”と特殊効果を持つ“即興札”三十種三十枚のカードを用いた複雑な“じゃんけん”と言った感じだろうか。

 

 特徴的なのは、個人の成績を競いながら同時に最終的な勝率の高い幻獣を予想する要素だろう。

 

 そんなトータス特有のカードゲームと出会った事も驚きだが、それ以上に倬が驚いたのは幻獣として描かれていた動物達のデザインだった。

 

「これ、ペンギンじゃん……」

 

 威風堂々とした立ち姿で描かれる動物は、飛ばない鳥の代表、ペンギンにしか見えない。

 

 他の二匹もまた頭部の体毛が薄い猛禽類の総称であるところのハゲタカに、哺乳類でも特徴的な子育てを行う事で有名な有袋類であるカンガルー以外の何ものでもなかったのだ。そんな倬の呟きに喰い付いたのは、やはりと言うかシーラである。

 

「ええ! “いたずら好きの雌猿”モレディに比肩する大人気キャラ、“誉れ高き保安官ペングィン“カイザァ()ですね! “悩める保安官ハゲタカ”ラーウに、【グリブ童話】でも最高の敵役カルガルゥ! いつ見ても素敵な絵に人選……、いえ、幻獣選びが通なゲームです!」

 

 【幻獣召喚(クリプティカ)】では三種類の幻獣が登場するのだが、それらは【グリブ童話】における動物達が活躍する章の中盤の話に登場するキャラクターから選出されているそうだ。

 

 “悩める保安官ハゲタカ”ラーウとは後に砂漠の妖精の仲間になる一羽。“誉れ高き保安官ペングィン“カイザァはラーウ唯一の友人であり、砂漠の妖精と合流すると決めたラーウが保安官を辞める際に尽力したという。

 

 そして、カルガルゥは物語における中ボス的存在だ。純粋な腕力と体力だけでラーウ合流後に砂漠の妖精達の旅路を阻み、その激しい戦いぶりから人気の高いキャラクターなのだ。

 

 そういった物語上の相性を考慮して、ラーウはカルガルゥに強くカイザァに弱い、と三種のキャラクター同士は三竦みの関係にある。

 

「まだ読んでないとこの動物達でしたか……」

「幻獣です。こんな不自然な動物がいるわけないでしょう?」

「え、いや、魔物とかで似たようなのいてもおかしくはないですし……」

 

 ハゲタカ、ペンギン、カンガルーと地球で広く名前の知られている動物達ではあるが、トータスではあくまで想像上の生き物でしかないらしい。彼らの実在を肯定するような物言いをした倬に対し、シーラはやれやれと溜息を一つ。

 

「はぁ……、飛べない代わりに泳ぎが得意な鳥なんて魔物だったらありえると思いますか? 魚型の魔物だって軽い滞空能力くらい持ってたりするのにですよ? 頭部の毛が薄いだけが特徴の大きな鳥に、基本二足で飛び跳ねて移動し、腹部に袋状になった皮膚を持つ謎の生き物とか不自然でしょう」

「それはまぁ……、不思議ではありますけども……」

 

 倬にとって“剣と魔法のファンタジー世界”であるトータスで、まさか現実と空想を区別しろと窘められるとは思ってもみなかった。予想外のカルチャーギャップである。

 

「倬ノ助君は夢があっていいね! 幻獣達って絵本だと何の説明も無く出てくるからね。私も子供の頃は普通にいるもんだと思ってたよ」 

「あるあるぅ! オレとかぁ、砂漠のヨーセーもさぁ、アンカジとかで会えんのかと思ってたしぃ?」

「いや、それはないでしょ」

「うおーいっ、ロッテぇ、そりゃねぇよぉ?!」

「うるさいチャラーノの事は置いといて始めよっか。まずは“幻獣札”と“即興札”それぞれ三枚ずつ配るから、そこから“幻獣札”を伏せて出して」

 

 ゲームは“幻獣札”と“即興札”二つの山札から三枚ずつ、計六枚の手札を用いて行われる。この手札を用いて二ゲームを連続して行い、二ゲーム毎に配り直して計六ゲームのポイントを競うのだ。

 

「ん。じゃあ俺ぁこいつでいってみっかな」 

 

 初めて見るマグレーデ独自のカードゲームにヨークも興味深々な様子だ。テーブルの上には新しい遊びに誘われた精霊と妖精で、とんでもなく賑やかな光景が広がっている。

 

『なんだなんだっ、もじばっかりか! らいくんにもおしえてくれ!』

『確かに、文字が読めないとツラい遊びだな。倬殿、オレ達にも解説してもらえるか?』

『お任せ下さい』

 

 このゲームでは場にカードが出揃った所で勝利するキャラクターを各自で予想していく。この時、自分の出したキャラクター以外であっても勝利を予想でき、カードの勝敗と予想の当たり外れはそれぞれに得点となる。

 

 隣では誰に頼まれた訳でもないのにチャラーノが専用用のスコアシートを持ち出して各自の予想キャラを記録していた。誰よりも楽しそうだ。

 

「シーラ、毎回ペングィン勝利予想じゃない?」

「ファンとして当然の選択です。さぁ、幻獣召喚(クリプティカ)しましょう」

「いよっしゃ、やっちゃう? やっちゃう? せーのッ――」

――――――幻・獣・召・喚(クリプティカ)!――――――

 

 この合図で最初に出したカードを表向きにひっくり返す。

 

 テーブルの上にはハゲタカが三枚、ペングィン一枚、カルガルゥ二枚が並んだ。

 

 “じゃんけん”であれば“あいこ”になる場面だが、このゲームでは枚数を体力として扱い、基本的には最も枚数の多いキャラクターが勝利する事になる。

 

「このままならハゲタカのラーウが勝ち。“即興札”出す人!」

 

 こうなると三竦みの設定が活かされにくくなるわけだが、ここで“即興札”によって枚数を調整するターンが入る。

 

「はーい! ライサ即興! “ぶしゅーっ、我が前脚に魔法など不要ぉ!”を使ってカルガルゥの枚数を倍にして計算する!」

 

 ちなみに“即興札”には作中の名台詞が書かれており、それを読み上げる決まりだ。

 

「うお、なら俺もやっちゃお! チャラーノも即興、“ハゲタカのラーウは心を見通す、隠し事など止めておけ”で場に出てるハゲタカの枚数が最も多い時、ハゲタカ以外のカードを一枚に固定させる。これでカルガルゥが倍になっても二枚扱い! ウェーイ! ラーウの勝利ぃ」

 

 “即興札”それぞれには使用できる条件の緩いものと厳しいものがあり、当然条件が厳しい方がより効果は強くなる。

 

「させません。シーラ即興。“たとえ我が命脈潰えようとも、親愛なる友の行く道は守ってみせよう”この札は場にペングィンが一枚のみ出ている時だけ使用でき、カイザァ()の勝利を確定させます。これは他の即興札でも覆せません」

 

 こんな調子でゲームは場に出た“幻獣札”の枚数とカード同士の相性、または“即興札”の強制力によって勝敗を決していった。

 

「えーっと、なんだ……、わりぃなライサちゃん。ヨーク即興。“俺は行く。あんな腐敗を目の当たりにして保安官でいられるものかっ!”でペングィンは場に出ていない扱いになり、カルガルゥとの一騎打ちとなる。だとさ」

「うわっ、私のカルガルゥが!」

「しょーい! これで六ゲームしゅーりょーー! 結果はっぴょー!」

 

 六ゲームを終え、最終的な結果としてはロッテが一位、二位シーラに、三位倬、四位チャラーノ、ヨークは五位だ。

 

 ヨークの“即興札”にトドメをさされた最下位のライサは悔しそうに自分の出したカルガルゥを撫でている。

 

「うぅ……、まさか初心者のヨークさんにも負けるなんて……」

「わりぃなぁ。んで? 罰ゲームだよな?」

「ねぇ、チャラーノ、変なの無いんだよね……?」

「へーき、へーき! “文化の街”マグレーデの罰ゲームはちょー優しいで有名だって」

「うー……、変なのじゃありませんように」

 

 チャラーノがどこからか持ち出した箱の中には、ルール説明の最中に六人それぞれが罰ゲームの内容を書いた紙が入っている。こういった罰ゲームもまた“ゴーコン”での定番。ただし身分を伏せているとはいえど、普通に王侯貴族が混ざっている可能性が否定できないマグレーデでは、基本的には一発芸を披露させたり、恥ずかしい失敗談を要求する程度までに抑えるのが暗黙の了解だ。

 

 一発芸だけは嫌だと呟きながら、えいやっとライサが掴み取った紙片を開く。恐る恐る読み上げた罰ゲームにライサの()()()()()()()()

 

「えーっと……、“課題、手伝って下さい”……?」

「あぁ、私のですね。来週提出期限の“大規模結界魔法陣効率化について”です。街の魔法陣更新に使えそうなら参考にするって言ってた課題の手伝いをお願いします」

「うぉーい、シーラっちゃん真面目かっ! あんなんノリっしょー?!」

「アッハッハッハッ!! 罰ゲームに興味ねぇ奴が書いたってのが丸分かりだな」

 

 “ゴーコン”を盛り上げるつもりなど皆無の罰ゲームだ。シーラはいそいそと鞄を弄り、課題として渡された用紙を取り出す。ひらひらと揺れる厚手のレポート用紙にライサは顔をひきつらせていた。

 

「やだ、シーラってばこんなとこに課題持ってきたの?」

「大学からの帰り道で無理矢理連れてこられましたからね。三人で食事の約束だったのに、です」

「あははは。……てへっ?」

 

 “てへっ?”じゃあないんですよ。とシーラがライサを睨むのを横目に、倬の関心は三角、四角、波線(なみせん)に、破線(はせん)等で描かれた陣に注がれていた。一般的な魔法陣とは明らかに異なる描かれ方だ。

 

「これが魔法陣なんですか?」

「これは簡略図ですよ。大規模な魔法陣を紙面に書き出す為の手法です」

「へぇ……」

 

 当然のようにメモを始める倬に、くすりと笑ったシーラが鞄から出した小冊子を差し出す。

 

「対応表も読んでみます?」

「あ、是非」

 

 貪るように冊子を読み込み、ブツブツと呟く倬は実に活き活きとしていた。今日一番のハイテンションである。

 

「この二重丸が属性で、こっちの逆三角形が拡散率と。はぁ~……、覚えちゃえばメモするのに便利かもですね」

「覚えられれば、ですけどね。そもそも個人で使用する魔法陣の規模では不要な知識ですし」

 

 あくまでも大規模な魔法陣用で、倬には高い魔法適正とオスカー・オルクス晩年の作“悠刻の錫杖”がある為、これに頼る機会はまずもって無いと理解している。

 

 とは言え好奇心には勝てないようで、倬はメモしながら課題文にも目を滑らせ、別に取り出したメモ帳に魔法陣の簡略図を構築していく。

 

「えーっと、問われているのは効率化ですよね。なら持続性の指定とっぱらちゃって……――。こんなんでどうでしょう」

「どれどれ……」

 

 倬に見せられた魔法陣をどれどれと読み解いていくと、次第にシーラの黒眼が大きくなっていった。

 

「…………君、一体どこで魔法を習ったのですか?」

「? 自分の基礎は修行した山です。後は独学で。有難いことに文献に当たる機会が多かったもので」

 

 この返答にシーラはうーむと唸ってから、倬の書いた魔法陣を更に改変していく。

 

「ちなみにこう直した場合はどう思います?」

「えっと、範囲指定を細かくする感じですか。それならこっちを……」

「むむむ、また奇抜な発想をしますね……。私ならばそこからこう……」

 

 互いに魔法陣を書き直し合う二人。次第に白熱していく様子に、他のメンバーが面食らっているのもお構いなしだ。

 

「おっと? それで起動しますか? 折角組み込んだ魔法式を適正で無視するのが前提って、美しくないですよ?」

「おや、言いますね。ですがちゃんと理屈があるんですよ。確かこっちの教材に……」

 

 国語辞典並みに分厚い教材を開き、シーラは得意げに改変した魔法陣の根拠を説明し始める。

 

 倬とシーラが“ゴーコン”そっちのけで勉強モードに入ってしまったと、ライサは口を尖らせていた。 

 

「……ぶー。なんか二人だけで盛り上がっちゃっててつまんなーい」

「まぁまぁ、シーラとあれだけやり合える男の子なんて珍しいし」

「倬ノ助パイセン、ホントにできる子だったんすね……」

「人は見かけじゃねぇって事だ。あれで魔法師としては並みの実力じゃあねぇのは確かだぞ。田舎者だからか妙なとこで常識なかったりするんだが」

 

 小鬼(ゴブリン)討伐で有名人になりつつあるヨークが倬の実力を認めていると改めて知り、チャラーノが膝の上で拳を握り締める。

 

「……なんかちょっと悔しいっす」

(ほぉ……。大学生やりながら“冒険者”になろうってんだもんな。おちゃらけてるだけじゃねぇのか)

 

 小声で呟かれた台詞にヨークは少し意外に思ってしまったのを恥じる。ノリは軽いし、身なりも派手で一見すると軽薄な男のようにしか見えないが、チャラーノとてマグレーデ大学の入学試験を突破している。そういう意味では、ここに集まった大学生達は全員が“エリート”なのだ。

 

「なら俺らも混ざろうぜ。最新の魔法陣構築学ってのは俺も齧っときてぇしよ」

「意外……、ヨークさんって魔法得意なの?」

「おいおい、ロッテちゃん。俺だって一端の“冒険者”だぞ? 適正低いからこそ構築学くらいは一通り頭に叩き込んでるっての。“(わらべ)の頃に覚えた聖典”ってな」

 

 “昔取った杵柄(きねづか)”に近い意味の諺を決め台詞に、ヨークも魔法陣の課題に口を挟み出す。流石の老練さで、若者二人が組み上げた魔法陣の無駄を次々に暴いていった。

 

「……ちょーっとこれは負けられねぇっつーかぁ? なぁ? ロッテ?」

「そうね。これは魔法学科としては見過ごせないわ。ライサ、詠唱理論得意だったでしょ? 呪文の組み直しは私達でやりましょう」

「え……? いや、私、芸術学部だし? 見てるだけでイイかなって……。え? みんなして課題やるの? こんなオシャレな酒場で? 正気?」

「いやいや、つってもこれライサの罰ゲームだし? これ乗んなきゃ引き直しだし? やるっきゃないっしょ!」

 

 渋るライサも巻き込み、“ゴーコン”はいつの間にか“大規模魔法陣改変研究会”へと変貌を遂げていた。全員がああでもない、こうでもないと意見をぶつけ合って防御結界に手を加えていく。

 

 特に倬とシーラの集中力は圧倒的で、他のメンバーが頭を休めている間に光系魔法の特性を変質させた針山みたいな防衛機構が完成しつつあった。

 

「やれやれ、久方振りに頭使うと疲れんな」

 

 背もたれに思い切り体重を掛けるように寄りかかって、ヨークは追加で注文した蒸留酒(トラッパ)をくいっとあおる。

 

 倬と二人だけのパーティー――“だけ”と言うには精霊と妖精で随分と賑やかではあるが――を組んで五日ほど。ヨークからすれば倬は“祈祷師”として修行の身とはいえ成人したての遊び盛り。“ゴーコン”の場を設けたのには、もうちょっと年相応の遊びをさせてみたかった意図もあるのだが、倬の様子からは全く浮ついたものを感じない。

 

(ま、あれが楽しいってんならいいんだけどよ)

 

 魔法や技能に対して倬が示す態度は、ヨークの知る学者のそれとも少し違う。もっともっと純粋に目の前で起こる“現象”に感動しているように見えていた。“田舎者”だと聞いてはいるが、王国にも伝手(つて)があるにしては時折垣間見せる常識の無さに引っ掛りも覚える。

 

 だが、ヨークはそこまで進んだ疑問を飲み干すように再び蒸留酒(トラッパ)を喉に流し込む。ヨークには詮索した所で意味は無いのだろうと確信に近い勘があった。

 

 まだテーブルに残るナッツを摘まむつもりで視線を動かすと、足元の暗がりに揺れる深淵の如き“暗闇”と目が合う。

 

『………………ヨーク、ヨーク、ちょっと確かめたい事があるんだけど、……いいか?』

 

 ちょっと、いやかなり驚かされたヨークだが、なんとかお酒を零すのだけは阻止して、要件を伺う。

 

(え、えーっと、“闇の精霊様”? どうなすったので?)

『………………“滝壺でおまじない”って話、してたろ? 詳しく聞いてくれると、助かる。………………倬は今、楽しそう、だから、さ。代わりに頼んでいい、か?』

(なるほど、お安い御用で)

 

 ゆっくりゆっくり言葉を選びながら喋る“闇の精霊”宵闇様に、ヨークは二つ返事でお願いを了承する。

 

 ちょっとした話題でも誰が主体となっていたのかを記憶しておく、これもまたヨーク流“ゴーコンの鉄則”の一つ。

 

(さて、おまじないの話してたのは確か……)

「そう言えばよ、ライサちゃん。さっき“縁結びで有名な滝に行こうとして迷子になった”っ()ってたよな?」

「えぇ、その話またするの? そんな面白い話じゃなかったでしょ?」

 

 ライサからすれば、たまたま流れで話しただけのちょっとした想い出話に過ぎない。ヨークが掘り返した事に驚くのも当然だろう。

 

 しかしながら、今回の“ゴーコン”には“滝壺でやる恋のおまじない”を掘り返すだけの名目があるのだ。

 

 ちらと倬とシーラの横顔を盗み見て、他のメンバーに耳を貸してくれと手招きをしてからヨークは小声で囁く。

 

「いやいや、失恋中の倬ノ助にちょうどいいかと、な?」

「そう言えば今日って“倬ノ助君を励ます会”だったもんね。だけどあれ、アスボス村の子供達が度胸試しも兼ねてやるような、ただのおまじないなんだけど」

 

 “ただのおまじない”だと言うライサとは反対に、チャラーノにはその効果に思い当たる節があるらしい。

 

「でもでもでもさぁ、マジ効果あるっぽいってオレの姉ちゃんは言ってたし? “滝壺ドボンで彼ピゲットっしょ!”とかアゲアゲで。したらさぁ、倬ノ助パイセンにもワンチャンあるんじゃね?」

 

 声量は控えめではあるが身振り手振りは絶対に入れてくるチャラーノの(やかま)しさが理由ではないだろうが、ロッテも“おまじない”について何か思い出したようだ。

 

「あー……、そういやウチのパパ、滝壺に願掛けしてからママとダンスのペアになれたとか言ってたような……。いやドボンって飛び込むような“おまじない”じゃなかったはずだけど」

 

 三人の故郷アスボス村近くの山に存在するという“恋願いの滝壺”なる縁結びスポット。この滝壺の存在を知った精霊達の顔つきに真剣味が帯びる。

 

『ふーむ、滝壺か。“月の”が“寝床”に選ぶ場所としては、さもありなんといった所だのぅ』

 

 ぷるんと灰色の身体を震わせて、土司様がヨークの背後に躍り出た。そのつるつるヘッドの上では“海の妖精”うみちゃんが寝ているので、真剣な様子でも緊張感は皆無だ。

 

 うみちゃんの髪を精霊サイズの櫛で()きながら、海姫様も滝壺を“寝床”している可能性は高いだろうと同意する。

 

『幼い人の子の足でもどうにか辿り着ける程度に人里に近い、と言うのも“らしい”な。今の話からすると余り大きな滝でもないのだろう。滝壺から川が直接産まれているのではなく、一度地下水脈へ流れて出ているのだとしたら、ぼくが気配を辿り切れなかった理屈とも繋がる。空姫、どう思う?』

『そうね~、“月の精霊”ちゃん、湖なんかで水面に映ってるお月様を見ながらお酒呑むの好きだったのよね~。行ってみる価値はあると思うわ~』

 

 詳しくは倬も教えて貰えていないが、“月の精霊様”とは微妙な関係にあるらしい空姫様。だが同時に“月の精霊様”についてはどの精霊よりも良く知っているとあって、次の目的地は決まったも同然だ。

 

 “ゴーコン”が役に立ったと精霊様達からヨークが褒められている最中、倬とシーラの組み上げていた魔法陣がようやく完成する。

 

 一仕事終えた満足感に、二人の瞳は綺羅星の如くだ。

 

「ふー……。こんなものでいいでしょう、良いものが出来たと思いますよ!」

「我ながら会心の出来です。ちょっと起動に必要な人数が多くなっちゃったのが気がかりですが、この街なら平気ですよね」

「……ったく、楽しそうでなによりだよ。全く色気なくなっちまったじゃねぇか。それよか倬ノ助、ちょっと面白そうな話を教えて貰ったんだがな?」

 

 自分が“ゴーコン”を開いたお陰で次の目的地が決まったのだと胸を張ろうとするヨークだが、精霊契約を重ねた倬は常に十人以上の精霊様や妖精達と“念話”での意思疎通を行っているので、話ならばっちり聞いていたとあえて言わせない。精霊様達に褒められていたヨークに対し、無自覚の内にちょっと嫉妬しているのだ。

 

「“恋願いの滝壺”ですか。わざわざ滝壺まで行かないといけないようなおまじないが流行ったきっかけの方が気になりますね」

 

 当たり前のように話を合わせた倬に、ロッテとライサが上擦った声を上げる。

 

「わぁ……、倬ノ助君、その感想はちょっとどうかと思うよ?」

「うん……、ちょっとノリ悪いかなぁ……。って言うか、めっちゃ集中してたのにこっちの話も聞いてたの、ちょっと怖い……」

「ぱ、パイセン、オレは嫌いじゃないっすよ! パイセンらしいって感じ? 多分っすけど!」

「あれ、結構本気(ガチ)で引かれてる……?」

 

 チャラーノ渾身のフォローも虚しく、“変わってる年下の男の子”から“修行を重ねた近寄り難い男の子”へと評価が変わってしまったのを肌で感じる。ヨークの成果を素直に受け止められなかったが故の自業自得と言えよう。

 

 唯一の救いといえば、魔法陣の完成度に満足していたシーラは一連のやり取りをちゃんとは聞いていなかった事くらいだろうか。

 

「滝壺の事は知りませんが、アスボス村と言えば付近の山がここ数年ずっと閉山したままですね。なんだか妙なスライムが出るんだとかで」

「あー……、しばらく帰ってないから忘れてた……。まぁでも遠回りすれば村まではいけるでしょ? 村から滝壺見に行くだけなら別に強い魔物も出ないし。ロッテ、大峡谷側通る馬車ってどれくらい掛かるっけ?」

「村までの迂回順路だと高速馬車で三日くらいだったかなー。山道使えば一日も要らないんだけどね」

 

 倬は“飛空”で空を飛べる上、空間魔法もあるので村まで向かうのに支障はない。ただ、今はヨークと活動を共にしている為、極端なショートカットをすればギルドに移動手段について疑問を持たれてしまいかねない。迂回順路を利用するのも視野に入れなければならないが、移動だけで三日を費やすのは少し悠長に感じてしまう。

 

 ギルドとの関係について考えを巡らせた辺りで、街と村との移動に著しい悪影響を与えている魔物の存在に、誰も対策を打たないわけがない事に思い至る。

 

「あれ、年単位で複数の山を閉山させるスライムなんてのが居座ってるのなら、依頼出てるのでは?」

 

 水を向けられたヨークはといえば、やけに居心地が悪そうだ。お金を勝手に使って倬に怒られた時と似た態度である。

 

「……まぁ、あったな。あるにはあった。銀色のスライムが邪魔して通れねぇって依頼が」

「そんな変な魔物が出てるなら教えてくださいよ。小鬼(ゴブリン)討伐よりかなり実入り良さそうじゃないですか」

「まぁな。経費も報酬も依頼者持ち、戦闘報告だけで金二十(二十万ルタ)、封印成功で金五百(五百万ルタ)ではあった。……いや、だって、スライムだぞ? “冒険者”の天敵だぞ? 俺様の剣技もそうそう通用しねぇし、魔法耐性高ぇ奴も多いしよぉ。割に合わねぇんだって」

 

 金ランク“冒険者”であるヨークすらも避けたがる依頼、それが不定形の魔物に対する封印依頼だ。バチュラムやスライムを代表とする不定形の魔物には、物理攻撃受け付けないモノや、魔法耐性が異常に高くその粘液自体に毒や麻痺の効果を持つモノが多く、トータスの“冒険者”にとってあらゆる依頼(クエスト)の中でも最も依頼達成が困難とされているのだ。如何に相手取るのが難しいのかは、討伐依頼ではなく封印依頼である事からも窺い知れる。

 

 ヨークの言い分は理解しているが、小鬼(ゴブリン)討伐で受け取った報酬がマグレーデのギルドの負担になっていると聞いたばかりだ。“月の精霊様”探しのヒントを得た今、この街に長居をするべきではないだろう。

 

「不定形の魔物に遭遇した事って一度しかないんですよね。その魔物からは逃げちゃいましたし、後学の為に見に行きたいなぁ、なんて」

「そんな物見遊山で相手するもんじゃねぇんだっつの。……はぁ~、決まりでいいんだな? 倬ノ助が相手しろよ! 俺は知らねぇからな」

「じゃあ、取り分は“10:0(ジュウゼロ)”で?」

「ちょっと待った。道中の魔物は俺が潰すし、ゼロってお前、そりゃねぇだろ?」

「流石にゼロってのは冗談ですよ。そうだ、小鬼(ゴブリン)の“巣”になりそうな土地にも寄って潰しながら行きましょうか。あ、これ、シーラさんに手伝ってもらって“巣”に目星を付けた地図なんですが」

「どれどれ――」

 

 懐から取り出した地図を広げ、明日からの計画を手早く決めていく“冒険者”二人に大学生達はただただあっけにとられるばかり。

 

「これがプロ、なんですね……」

 

 小さな小さなシーラの呟きは倬とヨークに対する敬意に満ちているのだった。

 

 少なくとも、今日のこの集まりは彼女にとって刺激になったのは間違いないといえそうである。

 

 

――――――

 

 

 

 歓楽街の夜は長い。様々な色の灯りで彩られる賑やかな大通りを、四人の大学生達がのたのたと歩いている。

 

――ふん、ふん、ふふーん――

 

 気の抜けた調子の鼻歌は、とんがり帽子の下で奏でられているようだ。

 

「“今日も今日とて警邏(けいら)に励むー”っと」

「シーラ、最近それお気に入りだよねー。大学でもよく音楽科が演奏してるの聞くけど、なんの歌なの?」

 

 ロッテから口ずさんでいた歌について聞かれ、シーラはそっと耳に触れてから首を横に振る。

 

「さぁ、私も耳に残ってしまっただけなので。なんでも声楽科の方がダンディーンの小さな教会で聞いたのがきっかけとか何とか……。ライサさん芸術学部ですし、何か聞いてないんですか?」

「あぁ、あれでしょ? “ダンディーンの歌う妖精”。変わった曲ばっかり歌うらしいね。“楽士”とか“聖祷師”の子が言うには“音階から違う”とか、“歌詞に聖典との関係性が一切見い出せない”とか。普通なら教会で歌うようなものじゃないみたいだけど」

「なになになにそれぇ、ちょー興味そそられまくりなんだけどぉ! 妖精さんの生歌聞いてみてぇかも的な?」

 

 歌そのものはともかく、“ダンディーンの歌う妖精”なんて渾名を付けられる()()()の存在に俄然喰いついてみせるチャラーノ。妖精としか呼ばれていないのだから実際には女の子かどうか判断出来ない筈だが、チャラーノの中では既に可愛らしい女の子のイメージが出来上がっているようだ。 

 

「はいはい。せっかく冒険者登録したんだし、冒険でもしてきたら? 大峡谷沿いにずっと歩いてけばその内に辿り着くんじゃない?」

 

 ロッテから冷たくあしらわれてもめげないチャラーノは、「うぇ~」と()()()()()も一応は護衛役を全うしている。

 

 “ゴーコン”らしからぬ“ゴーコン”がお開きになった後、大学生達は飲み直す事もせず真っ直ぐ寮へと向かっていた。寮生には一応の門限が決まっているのだ。

 

「それにしてもさぁ……、シーラ?」

「ん、ロッテさん? どうかしましたか?」

 

 ロッテの口調が普段と違う。どこか湿っぽさを感じたシーラは、肩が触れ合う程度の距離まで身を寄せる。

 

「あのままお別れしちゃうの勿体なかったんじゃない? 次いつ会えるか分からないみたいだしさ」

「……二人はこちらの門限に気を遣ってくれたんじゃないですか。これもきっと“強者一会(つわものいちえ)”ってやつですよ」

 

 誰もが知っている冒険譚【神山道中強者一会(つわものいちえ)】のタイトルから引用して、シーラは暗に一度でも出会えて、共に語らえた事を喜ぶべきだとそう言った。

 

 が、ロッテがヨークのナンパに乗った意図はもっと俗っぽい理由なので、その手のカッコ良さげな話はノーサンキューらしい。

 

「いやいやいや、そうじゃなくて。倬ノ助君、()()()()()()()()悪くなかったでしょ?」

「…………ッ?!」

 

 ロッテの言葉に一瞬固まってしまったシーラの顔が真っ赤に染まっていく。酔っ払いの三人よりもよっぽど赤い。

 

「な、何を言ってるんですか! は、破廉恥極まりない!」

「あっれあれ~? 何を言ってるのかにゃ~? ロッテは今、“初めてのお付き合いの相手に”悪くなかったんじゃないかって言ってたんだけどなぁ~? 何を想像したのにや~?」

  

 羞恥から早足になるシーラを追いかけるライサ。ニマニマ笑いを隠しもしない。

 

「ぬなッ! う、う、うるさいです! 何度も言っていますが、私の好みの男性と言うのはお爺様の様な知的で落ち着いていて、包容力があるような年上の人で……」

 

 一瞬でも想像してしまった内容をかき消すべく、シーラは自分の好みの男性像について捲し立てる。

 

「はいはい。ノーベルトお爺ちゃんね。“王国で今も現役の司書長としてバリバリ働いてるホンスキト家の鏡のような人”でしょ。何度も聞きました。聞き飽きました」

 

 ロッテは続くシーラの台詞を奪い取り、呆れ顔を浮かべた。この“憧れの男性はお爺ちゃん”と言って憚らないシーラを心配して、ロッテ達は強引に“ゴーコン”に参加させたのだ。

 

「ん~~~っ。……大体二人とも私の事ばっかりですが、お二人こそどうなんですか、浮いた話を一切聞きませんよ?」

「……んんん? ライサ、今のは聞き捨てならんよなぁ~」

「ほんとねぇ、余計な事を口走るのは~……、この口かぁ!」

「ふぁ?! やめ、止めてくらはい……! ほこりましゅよっ!」

「うぇーい! 三人ともイイ感じにアゲアゲじゃ~ん? う・ら・や・まし~ッ!」

 

 シーラ以外のメンバーは何だかんだでお酒が回っているらしく、動き回っている内に会話がグダグダになっていく。こんな光景もマグレーデでは特に珍しいものではない。学生寮までの道には似たり寄ったりな学生グループがちらほら見受けられる。

 

 そんな真夜中でも騒がしい路地に、古めかしいローブに身を包み、フードを目深に被った女性がたった一人で歩いているのが四人の視界に入った。

 

 ただ歩いているだけ、なのに不思議とその女性に目が奪われて離せない。顔立ちがハッキリ見える訳ではない、どうにか髪色が銀髪だと分かった程度なのに、だ。

 

 思わず足を止めてしまったチャラーノの口からは、覇気のない口癖だけが零れる。

 

「うぇい、うぇーい……」

 

 その呟きを聞き咎めたのかどうかは分からない。あるいはただ女性の進行方向にチャラーノ達が居ただけかもしれない。だがその女性は真っ直ぐに近付いてきて、フードを脱いでからその儚げな唇を開いた。

 

「もし? この辺りで真っ黒な革のローブを身に纏った商人を見かけた事はございませんでしたか?」

 

 唐突に訊ねられた内容を、四人は直ぐに理解できなかった。

 

 チャラーノの顔は赤く火照り、視線は激しく泳ぎ続けている。ライサとロッテは、女性の薄紅色よりも更に薄い色の唇に目を奪われたままだ。

 

 どうにか返事が出来たのはシーラだけ。

 

「“黒ローブの商人”でしたら、その……、えっと噂程度の事しか……」

「どんな些細な事でも構いません。教えて下さいますか?」

「は、はいっ。その、数年前にアスボス村へ越してきた元貴族の資産家と関わりがあるらしいと、その程度の噂なのですが……」

(なんでしょう、なんでこんなに緊張してしまうんでしょうか……)

 

 “経験のない感情を初めて出会った女性に抱いている”、この事実にシーラは恐怖すら感じてしまう。身悶えしそうになる身体を抑えつけ、呼吸を整えようとする。

 

 そんなシーラや、陶然と自身を見つめる周りの学生達など意に返さぬまま、女性は小さく会釈をしてから別の路地に消えていく。

 

 女性の背中が視界から外れた瞬間、三人の大きな溜息が重なる。

 

「「「はぁ~~~…………」」」

「ちょっと今の(ひと)凄かったよね……?」

「もうスケッチ出来る気がしないくらい綺麗だった……。チャラーノは無事……、なわけないか」  

 

 ぶつぶつと口癖をリピートし続けるチャラーノは、まるで壊れた玩具のよう。

 

「うぇいうぇーい、うぇいうぇーい、うぇい、うぇーい……」

 

 流石に不憫に思ってシーラがチャラーノの目の前で手を振っても、普段の過剰なリアクションは見る影もない。

 

(また“黒ローブの商人”、ですか……。あんな女性にまで探されてる“商人”とは、一体……?)

 

 “商人”の噂話をヨークに伝え忘れていた事を思い出し、シーラはちらと東の空を見上げる。

 

「……あの二人なら大丈夫、ですよね」

 

 

 

――――

 

 

 

 歓楽街の夜は長い。賑やかな大通りは日付が変わっても灯りに照らされ続けている。古めかしいローブに包まれた女は、そんな明るさから逃げる様に狭い裏路地へと歩みを進めていく。

 

 ふと女が立ち止まり、まるで瞑想するかのように瞼を閉じた。

 

 女と全く同じ“声”が、女の頭の中で小さく響く。

 

『ツェーント、ヨーク・サルニッケなる人間族の男について情報を求めます』

 

 この“声”は“念話”によって送られてきたもの。“念話”の送り主からツェーントと呼ばれたローブ姿の女は、五秒程の間、動きを完全に停止する。一切の揺らぎもない立ち姿は、まるで彫像の如くだ。

 

『ズィープト、あなたの任務は“裏切り者”の調査では』

『“裏切り者”とヨーク・サルニッケに関係があるとの疑いが』

『妙な剣技を使用する男でした。現在は軍の預かりです』

『兵士が四人、“裏切り者の情報を得た”との書き置きを残し、ヨーク・サルニッケを牢から連れ出して行方不明』

『……ズィープトとの情報共有を了承。任務の変更は』

『ツェーントは現状維持、“黒ローブ”調査を続行。“裏切り者”及びヨーク・サルニッケ、兵士四人の捜索はこちらで――』

 

 感情など皆無の“念話”が、背後から呼びかけてきた男によって中断させられる。

 

――おいっ、おいっ! そこの女っ!! 俺様を無視するな!――

 

 亜人族の奴隷を三人引き連れた太鼓腹の男は酷く酔っている様子で、視線が定まっていない。酔いに任せて、ツェーントなる女の肩に掴みかかろうと男が手を伸ばす。

 

 瞬間、ひゅっと風を切る軽い音が二度、裏路地を通り抜ける。

 

「あ゛あ゛ぁ……???」

 

 ぼとり、鈍い音が足元から二度聞こえた。地面に転がっているのは、ゴテゴテと指輪や腕輪で飾り立てられた太い腕。他の誰のものでもない、男の両腕だった。

 

「あ……ッ、がぁ゛ぁぁぁぁ……ッ?!?! 腕ッ、俺の腕ぇ……ッ!?」

 

 遅れて噴き上がる鮮血を避け、ツェーントなる女は男の背後に回る。

 

 同時に男が引き連れていた奴隷達はツェーントに視線を向けられただけで、何も出来ないままその場にへたり込んでしまう。

 

 ツェーントは背後から囁くように男へ向けて問いかける。

 

「お前、黒のローブが特徴の妙な“商人”について何か知っているか」

「黒……、ローブぅ? あぁ! 知ってる、知っているぞ、教える、教えるからッ、命ッ、命だけは……ッ!」

 

 肥え太った男は、必死で“商人”について知り得る限りの情報を叫ぶ。

 

「ノヴィコタルっ、ノヴィコタルから奴を紹介されたんだ! そこでへたり込んでる亜人族共も二人から買った!!」

「今は?」

 

 あまりに端的な問いに、男は必死で思考を巡らせて、思いつくままを答える。

 

「い、今? 今は……、そうだ! 確かデカい商談があるとかでショーウントに……ッ!」

「ショーウント……?」

「きっ、北に真っ直ぐ! こッ、ここからなら直行便も出てる! おっ、俺の口利きがあれば今直ぐにでも馬車を出す奴を紹介できるぞ……っ」

 

 男は自分の価値を必死で主張しながら、肘から上だけが残った両腕を抱きかかえて止血を試みていた。だが、彼は気付いていない。両腕を切断されていながら、痛みを感じていないという事実に。

 

 そう、男は問いに答えさせる為だけにツェーントによって生かされていたに過ぎないのだ。

 

「――“緋槍”」

 

 男の耳に届いた言葉は返事などではなく、男には絶望を感じる僅かな時間すらも与えられなかった。

 

 燃え盛る()()()()()()()を恍惚とした瞳で見守る亜人族の奴隷達。

 

 炎に踊るツェーントの影が、ぶよぶよと膨らんでいく。

 

 今まさに燃え果てようとする男の姿に成り代わり、ツェーントは虚空に向かって呟いた。

 

「ズィープト、こちらはショーウントに。ええ。そちらは任せます」

 

 この女は神の使徒。エヒト神の忠実なる僕。

 

 “黒ローブの商人”ルネートを追う影が一つ、“天”より大地に降りたった。 

 

 




かなりお待たせした最新話が繋ぎ回になってしまったの、大変心苦しいのですがいかがでしたでしょうか。
 
今回のタイトルは《宴もたけなわ》を元にしています。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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