魔界戦記ディスガイア~魔界の王子とプリニー教育係~ 作:あららどろ
#1 新入のプリニー
そこはどんな海よりも深くどんな闇よりも暗い場所にあるという。闇に魅入られた禍々しき者どもが集う暗黒世界。彼の地がどこにあるのか? それは定かではない。しかし、誰しもが心の奥底でその存在を信じ、畏れていた……。
魔王クリチェフスコイ、死す。長きに渡り魔界を統治してきた偉大なる王の死は、異空の闇を駆け抜け、瞬く間に魔界全土へと広がった。これを機にクリチェフスコイ施政下でくすぶっていた野心旺盛な悪魔たちがつぎつぎと台頭。魔界は群雄割拠の乱世を迎えることになる。
そんな混沌とした魔界に突如人間たちが侵攻を始める。
戦火の中で、人間の背後に天界の影を見た魔王ラハールは大天使ラミントンを問いただす為に天界へ向かう。
だがその際、天使を傷つけた罪で天使見習いフロンが罰を受け、花へ変化させられてしまう。
怒り狂ったラハールはラミントンを殺害。だが、それはラミントンが仕掛けたラハールの心を試すための試練だった。
ラミントンを殺さなければフロンは戻ってくるはずだったのだ。
中ボスにそのことを知らされたラハールは、自らの心の弱さに絶望し、自分の命と引き換えにフロンを蘇らせ、戦死。
こうして魔界・天界・人間界を大混乱に陥れた大事件は、大天使ラミントンと魔王ラハールの死を持って閉じられた。
そして月日は流れ――指導者を失った天界がようやく落ち着きを取り戻してきた頃……魔界は今日も変わらず騒がしかった。
「プリニー! ちょっと聞いてんの、プリニー!?」
「なんスかエトナ様~!」
少女の声に呼ばれて現れたのはプリニーと呼ばれる最下級悪魔。出来損ないのペンギンのぬいぐるみのような見た目の悪魔で、罪を背負った人間がその罪を償う為の姿である。
「あんたら、いつになったら掃除するわけ?」
革製の露出度の高い服を着た少女が、寝転がってスナック菓子を食べながら、部屋中に散らばったゴミを尻尾で指さした。
主人に叱られたプリニーは大慌てでぱたぱたと手を振りながら頭を下げる。
「す、すいませんッス~! け、けど、新入りプリニーの奴が生意気で俺たちをこき使うんスよ! そのせいでエトナ様の命令を聞く時間がないんス!」
「なにぃ~!? あんたら、あたしの言うことよりもその新入りプリニーの言うことを優先したってわけぇ?」
エトナが槍をプリニーに突きつける。
「すいませんッス! すいませんッス!」
「あんたらの主人は誰だ? あぁん?」
「エトナ様ッス!」
「ならあたしの命令を最優先に働けっての!!」
「すいませんッスーーー!!」
大粒の汗をだらだら垂らしたプリニーは早送りのような速度でてきぱきと掃除をこなしていく。その後ろ姿を不満げに見ながら、エトナは舌打ちをする。
「にしても生意気な新入りがあたしのところに紛れ込んだみたいね。たまにいるのよね~。前世の人間の記憶が残っていて強気な奴が。一回痛い目見せて誰がご主人様か思い知らせてやらなきゃ」
エトナの脳内に、緑色の目つきの悪いプリニーが浮かんだ。
あのプリニーもカーチスという人間の記憶が残っていた。だが、プリニーとしての仕事も嫌々ではあったがこなしていた。
ましてや他のプリニーたちを自らの下僕のようにこき使うなんてことは無かったから、今度のプリニーは中々に面倒くさいやつかもしれない。
さーて、どんなお仕置きをしてやろうか。
エトナ目が怪しくきらめく。
そこに近付く1人の少女がいた。
「あれ? エトナさん、どこに行くんですか?」
話しかけてきたのは、大きな赤いリボンを付けた金髪の少女。
彼女の名前はフロン。元天使にして、ラハールが自らの命を捨ててまで救った少女だ。
「あ、フロンちゃん。よかったら一緒にくる? ちょっと新入りのプリニーを教育しに行くんだけど」
「ま! プリニーさんたちに愛を教えに行くんですね! 私も行きます! むふー!」
この少女、元天使ということもあってかかなりの愛マニアだ。愛という言葉が大の苦手だったラハールは、よくフロンに苦しめられていたものだ。
――ハーッハッハッハッ。
エトナの脳裏に赤いマフラーをなびかせる少年の笑い声が聞こえた気がした。
その瞬間、エトナは胸に激しい痛みを覚えて思わず胸をおさえた。
(まただ……)
ふとした拍子にラハールを思い出す。その度に、理由のわからない激しい胸の痛みがエトナを襲う。エトナはこの痛みが嫌で嫌で仕方が無かった。
この痛みを消そうとすればするほど、ラハールの姿が浮かんできて、苦しいほどに痛みが強くなる。
あれほど嫌いだったはずのラハールが死んで、魔王の座につけた。これ以上ないほど望んだ環境だというのに、エトナの胸にはぽっかりと穴が空いたような虚無感だけが残っていた。
『エトナ、あとのことは頼んだぞ……』
ラハールが自分に向けて言った最後の言葉が忘れられない。
自分はあんな風にはなれない。
自分には魔王の資格なんてない。
そんな言葉が絶えず浮かんでくる。それがまた、エトナの胸の痛みを激しくする。
この痛みがエトナを苛立たせる。この苛立ちをごまかすために、エトナは毎日、プリニーをこき使ってスイーツをむさぼる自堕落な生活を送っていた。
ガヤガヤと騒ぐプリニーたちの声で、エトナははっと我に返った。そうだ。今は生意気な新入りのプリニーとやらを懲らしめてやらねばならないのだ。
「ここね……」
そこは厨房だった。
中を覗くと、プリニーが大量の料理を作ってテーブルに並べている。
「まずい! 次だ!」
どうやら、1匹のプリニーが料理を作らせてはその出来に文句を言って新しい料理を作らせているらしい。
そのプリニーの姿は大量のプリニーに囲まれよくは見えない。だが、どのみちプリニーの見た目なんて全部似たり寄ったりだ。
「あいつね……生意気な新入りプリニーは……こりゃきついお仕置きが必要そうだわ……」
そう言いながら、エトナがメガホンを取り出す。
『こおらプリニー! なぁにさぼってんだーー!!』
エトナが叫ぶ。悪魔よりも恐ろしい主人の怒りの声を聴いたプリニーが一斉に隅にわかれて道を開ける。それはまるで海を割るモーゼのようだった。
割れたプリニーの海の先には、こちらに背を向けて椅子に座るプリニーが。そのプリニーはエトナの声に耳を傾けようともせず、目の前の机に置かれた料理をむさぼっている。
「へぇ……あんた、死にたいみたいね?」
エトナが槍を取り出し、牙を光らせる。
「ああ、暴力はいけません!」
フロンが咄嗟に止めるが、エトナの怒りは頂点に達していた。
「邪魔しないでフロンちゃん! こいつらは調子に乗らせたらだめなの! 自分の立場をわきまえさせないとすぐつけあがるんだから!」
「だめです! 確かにあのプリニーさんはちょっとだけ悪い子かもしれませんが、愛を持って接すればきっとわかってくれるはずです!」
「ぶほっ!」
フロンの声を聴いたプリニーが、口に含んでいたチャーハンを噴き出した。
「……ん?」
そのリアクションに、エトナは少しだけ既視感を覚えた。
そうだ。
よくラハールも食事の際にフロンに愛を説かれては、食事を噴き出していた。
そしてそのたびに……
「やかましいぞ! 俺様の食事の最中に愛などと言うな! 飯がまずくなる!」
そうだ。こういったのだ。
「へ?」
「えっ?」
取っ組み合いをしていた2人の動きが止まる。その視線は、生意気な新入りのプリニーに注がれている。
ぴょこん。
背丈の関係で、椅子の背もたれから僅かに見えていた頭部に、2本の触覚が生えていた。
そのプリニーは、椅子をゆっくりとこちらへ向けた。
鋭い赤い瞳。2つの触覚。
そしてそのプリニーは、赤いマフラーを巻いていた。そのマフラーは風もない室内の中で、バタバタとなびいている。
「ハーッハッハッハッハッ!!」
プリニーの笑い声が魔王城にこだました。
その笑い声に呼応するように、魔王城に暗雲が立ち込めていった。