魔界戦記ディスガイア~魔界の王子とプリニー教育係~ 作:あららどろ
フェンリッヒから受け取った新聞には、デカデカと大きな見出しでこう書かれていた。
『地獄の反逆者、鎮圧』
事実と真逆なその内容に、ヴァルバトーゼら一行は怒りを募らせていた。
「俺たちはこうしてピンピンしているぞ」
政腐が揉み消したことは疑いようがない。問題を解決するのではなく、蓋をするようなやり方しかできない政腐には、頭痛すら覚える。
ほんの数百年前までは――悪魔らしく暴を主軸と置いた政治でこそあったが――それなりにしっかりとした政治をしていたというのに、いつの間にここまで腐り切ってしまったのか。
世のことを知ろうとしなさ過ぎた自分にも非があると、ヴァルバトーゼは1人胸を痛ませた。
ヴァルバトーゼが真面目に魔界のことを考えている一方で、何のためにもならないことを考え、怒鳴り散らしている者もいた。
「俺様の活躍を全て揉み消すとは許せん! 政腐め、今この場でラハール様が消し炭にしてくれるわ!!」
先日の一件で、ヴァルバトーゼの知名度に嫉妬したラハールは、自分も何とかこの世界で名をあげようと必死だ。
だが、残念ながらその願いは叶わなかったようだ。
そんなラハールと争うように、フェンリッヒが前に出る。
「"ヴァル様の活躍"を揉み消すとは政腐め……これではヴァル様に触発されて我が党に加わる悪魔も現れまい」
「何……? 俺様がいなかったら1瞬でゲームオーバーになっていた癖に、何を言うか!」
「馬鹿を言え! お前の助けなどなくとも閣下と俺だけで十分だっただろう!」
主のこととなるとどこかおかしくなるフェンリッヒが、大人げなさを全開にしてラハールと言い合いを繰り広げる。
が、その無意味な争いを止めようとするものはいない。フロンですら、感心を示さず、新聞を掴んではえーだのほえーだの唸っている。
ふと、エトナが小さく書かれた記事を見つけた。
「あ、見てくださいよ殿下。『大統領の息子、死神エミーゼル様死去』だって」
「ええーーっ! エミーゼルさん、死んだんですか!?」
疑うことを知らないという意味ではヴァルバトーゼと互角以上の勝負をする堕天使フロンが、素っ頓狂な声をあげた。
フェンリッヒとの口争いを中断したラハールが、エトナの持つ新聞を覗き込み、指さされた記事に目を通す。
なるほど。確かにエミーゼルは反逆者鎮圧の際、勇敢に戦って命を落としたことになっている。突っ込むことすら躊躇してしまうような内容の記事に、ラハールはただ息を漏らした。
「フン。あいつも失敗続きでついに親にも見放されたか」
権力を失ったエミーゼルがこの魔界で生きていけるとも思えない。今頃はどこぞの悪魔に殺されて本当に命を落としているかもしれない。
「うーん。昔の誰かさんを見ているみたいで、ちょっと親近感湧いてたんだけどな~」
エトナの視線が自分に注がれていることに気が付いたラハールが、軽くこめかみをひくひくさせる。
「それは俺様のことか?」
「あ、わかりました? やっぱり自覚あったんですか?」
「どこが似てるというのだ!!」
ラハールが吼え、エトナが軽い悲鳴を上げる。だが、それ以上責める気も無いようで、ラハールはすぐに地面にどっかりと座り込んだ。
「いや、そんな記事よりも重要な問題がある……ここを見てくれ」
ヴァルバトーゼが妙に真面目な声色で新聞の記事を指さした。
「何よ、そんな深刻そうな顔をして……」
「この記事の2行目だ……」
エトナがヴァルバトーゼの指先を目で追う。
「何よ。別におかしいこと書いてないじゃない」
エトナが言うと、ヴァルバトーゼはとんでもないとばかりに天を切り裂く勢いで吠えた。
「よく見ろ!! ここだけ「プリニー」じゃなく「プソニー」になっているではないか!! 何故ここだけ違う!!!」
「「どうでもいいわ!!」」
そんな記事呼ばわりされたエミーゼルに若干の同情すら覚えたラハールとエトナが、見事にハモったツッコミを入れた。
「情報の正確無比さがウリの情報局がこんな情けないミスをしていいはずがない! やはり、今の政腐には任せておけん……今ここに宣言する! ただいまを以て政拳奪取の為の活動を開始する!」
こんなくだらないことで政拳奪取の決意をしたのか、と呆れ顔の面々であったが、ヴァルバトーゼがどこかずれているのは薄々理解していたのでツッコミは無い。
フェンリッヒに至っては、ヴァルバトーゼがやる気を見せてくれたので嬉しそうですらある。
ヴァルバトーゼはマントを翻し、地獄に蠢くプリニーたちへと命令を下した。
「情報局の制圧へ向かう! プリニー共よ、戦闘用意!」
「「「アイアイサーッス!」」」
妙に統率の取れたプリニーたちが、元気いっぱいに翼を広げて敬礼をする。やや遅れて、ヴァルバトーゼ配下に加わった地獄の囚人共が、争いの匂いを嗅ぎつけて集まってくる。
「俺たちも出るぞ!」
「いいだろう。まずは俺たちが先陣を切る。情報局のセキュリティは侮れん。合図を待て。そうしたら後は存分に暴れてくれ」
ヴァルバトーゼの言葉に、地獄が震えるほどの大歓声があがった。
ヴァルバトーゼ一行は、まず、情報局のある下層区へと向かった。
魔界――下層区。
魔界では力が全て。魔界では、住む場所ですら力で決める。結果的に、条件のいい場所には強力な悪魔が集まり、悪い環境の地域には力の弱い悪魔が集まる。
最下級悪魔の集うこの下層区は、砂塵の吹き荒れる最悪の環境だった。
「さ、最悪……」
粉塵を吸い込まないように口元に手を当てて、フーカが不満げに愚痴を漏らす。
一方で、ヴァルバトーゼやフェンリッヒはどこか嬉しそうだった。
「久しぶりだな……魔界の空気は」
砂嵐にマントをなびかせ、ヴァルバトーゼは笑う。
「ええ……この空気だけは、あの頃と……閣下と初めて出会った時と何も変わっていませんね」
想い出に浸るように、フェンリッヒは口元をほんの僅かに緩ませた。
「あー、もう! お肌に悪そうな場所ね。とっとと終わらせて帰りましょ」
髪に積もった砂を落としながら、エトナが言う。
「そうですね……私も、これはちょっと……」
白い服が、黄ばんだような色合いに変わってしまったフロンが、表情を曇らせて言った。
「で、どこだ、その情報局とやらは?」
障害物がほとんどない砂漠を見渡しても、それらしき建物は見つからない。今か今かと戦いを望むラハールの声色は、苛立ちが含まれている。
「もう少し先にある。だが気をつけろ。場所こそ下層区とは言えそのセキュリティは魔界でも最高クラス、上層以上の脅威ともいえる。」
「それは楽しめそうだ」
不敵な笑みを浮かべたラハールが、満足げに頷く。今すぐにでも暴れたいラハールは、正しい方向もわからないというのにずかずかと先へ進んでいく。
ヴァルバトーゼらがそれを修正しながら進むこと1時間。周囲にゴツゴツとした岩山が見えるようになり、それらに囲まれた巨大な建造物が姿を現した。
「さて、慎重に行くぞ。静かにな」
フェンリッヒが岩陰に身を隠し、全員に目で合図を送る。
「あああーっ!!」
1人ずつ、アイコンタクトで返事をしていく中、フーカが大声をあげた。
「貴様、この馬鹿小娘!! 口を閉じるという簡単なことすらできんのか!」
フェンリッヒがフーカにつかみかかる。フーカはそんなフェンリッヒをかわすと、わたわたしながら情報局を指さす。
「だ、だってラハっちが!」
「何ッ!?」
フェンリッヒが情報局へ顔を向ける。フーカの示す先には、情報局へ向かって高速で飛翔する光の球体がいた。
その正体は、魔力で自らの身体を覆ったラハールだ。
ラハールの身を覆っているそれは、防御用の呪文ではなくただ魔力を解放して身を覆っているに過ぎない。
普通の悪魔ならば精々砂嵐や吹雪から身を護るのが精一杯の筈だが、ラハールのそれは生半可な攻撃魔法ならば完全に防いでしまうほどの防御力を有している。
偏に、圧倒的な魔力が成せる技である。
が、攻撃が始まっていない状態で使っても魔力の無駄遣いでしかない。むしろ、敵に見つかりやすくなるド派手な光なのだ。
勿論、ラハールとてそれはわかってやっている。
襲撃を知らせる狼煙がわりをしてやっているのだ。
「ハァーッハッハッハッハッ!! いいか、愚か者共!! この魔王ラハール様の恐ろしさを魔界全土へ知らせるといい!」
その目的は当然、自身の力をこの魔界全土に知らしめるためだ。
その為にはより目立たなくてはならない。
さらに出力を上げ、派手な光を放ち始めたラハールを見て苛立ちが限界を突破したフェンリッヒが頭をかきむしった。
「あんのクソ馬鹿野郎ォ~ッ!!」
「あ~あ~殿下ったらしょうがないんだから~」
頭の後ろで手を組んで言ったエトナに、フェンリッヒが詰め寄る。
「貴様も保護者ならきちんと見張っておけっ!」
「え~っ。だって保護者じゃないしぃ~」
フェンリッヒの怒りゲージがみるみる溜まり、爆発しようというその直前、ヴァルバトーゼがフェンリッヒの肩を叩いた。
「おい。呼んでるぞ」
「なっ……はい?」
見ると、ラハールは魔力の放出をやめ、マフラーを大きく広げてこちらを呼んでいた。
全滅させたにしてはあまりに早すぎる。
「何かあったようだな。行くぞ」
ヴァルバトーゼが翼を広げ、ラハールへ向かって飛ぶ。それに続いてエトナが飛ぶ。
「ああ~、置いてかないでよ~!」
その場でぴょんぴょん跳ねていたフーカを、フロンが抱えて飛んでいく。
何とも言えない怒りに襲われたフェンリッヒは、先ほど自分が身を隠していた岩を蹴り砕くと、足元の不安定を感じさせない速度で砂漠を駆け、情報局へと向かった。