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それではどうぞ。
ㅤショッピングモール内を走り回ること数分。僕はまだ、佐倉さん達を見つける事が出来ないでいた。とにかく今は走り回るしかない。
「あ、勇人くーん」
ㅤそんな中、僕を呼び止める声が前方から聞こえた。だが、僕はその声を無視して、横を通り過ぎ、捜索を続ける。
「ちょっと、待ってよ!」
ㅤしかし、後ろから腕を捕まれ、強制的に止められる。
「無視は酷くないかな?そんな急いでどうし───」
「今はお前に構ってる暇はない」
ㅤ相手が話し終わる前に突き放す。急がないといけないんだ。それでも、掴んだ腕を離そうとしない。
「離せ、一之瀬。急いでるんだ」
「ダメ。離さないよ」
「いい加減にしろ!今はお前のおふざけに付き合ってる場合じゃないんだよ!」
ㅤ急に大きな声を上げた僕に、周りにいた生徒達は何事かとこちらに視線を向ける。そんな中で一之瀬の顔を見て、僕は少し面食らった。
ㅤその表情は、驚いたものでもなく、困惑したものでもなく、ましてや、笑顔でもなく、真剣なものだった。いつもみたいに、絡んできただけだと思っていたから、想像もしない真剣な表情に面食らったのだ。
「事情は全く分からないけど、何か大変なことが起こってるのは分かるよ。でもね、落ち着いて。焦りや怒りは思考を停止させる。緊急なときこそ、一旦落ち着こう」
「……ああ、そうだね。その通りだ」
ㅤ一之瀬の言葉に冷静さを取り戻す。僕はかなり焦っていたみたいだ。普通に考えて、ただ走り回るだけでは意味がない。
「それで、何があったのかな?お姉ぇさんが協力してあげよう」
「まったく、僕は君の弟じゃないって言ってるだろ」
ㅤ冷静になった僕は、掻い摘んで事情を説明する。
「あくまで僕の予想だけど、あの男は危ない」
「それは私も同意かな。話を聞く限りだと、佐倉さんが危険だね」
ㅤ今僕が言った通り、確証があるわけではない。もしかしたら、話がうまく運んで何事もなく終わってるのかもしれない。それでも、嫌な予感がするんだ。
「二人はお店から出て、どこかに向かったんだよね?」
「うん、軽井沢さんの連絡ではそう言ってた。それからは連絡がつかない」
「となると、佐倉さんが店員を連れ出したか、店員が佐倉さんを連れ出したかだね」
「そうだな……」
ㅤどちらが連れ出したかによって、行く場所は大きく変わってくるだろう。
「前に聞いた話だけど、佐倉さんはモールに来たのは2回だけらしい。それも、デジカメを買いに来たのと、修理に来た2回だ。だから、この辺の地理には疎いはずだ。その佐倉さんが行きそうな場所はあらかた探した」
「それなら、店員の方が連れ出したと考える方が妥当かな」
「店員が連れ出すなら人気が少ない所だろうな」
「うん、でも、お店にいたってことは、今は仕事中ってことだよね?それならあまり遠くには行けないはず」
「それに、あの手の人間が連れていくとすれば、自分が良く知っている所だろうね。気弱な人間ほどホームでなら強気になれる」
「イニシアチブを取れる場所か……」
ㅤ人気が少なく、店からあまり離れることなく、よく知る場所。そんな都合のいい場所。
「搬入口……」
「え?」
「店の裏手に商品の搬入口があるはずだ。そこなら条件にあう」
「そっか。それにそこなら、在庫確認に行くとかで仕事を抜けることができる!」
「急ごう」
ㅤ考えればすぐに浮かんできそうなものだが、それほどまでに僕は焦っていたのだろう。一之瀬が止めてくれなければ、未だに走り回っていたに違いない。
「ふふっ」
「急に笑い出して、どうした?」
ㅤ搬入口に走って向かってるときに、一之瀬か僕の顔を見て笑う。
「嬉しくってつい」
「嬉しい?」
「うん。あの他人に興味がなさそうにしてた勇人くんが、今は友達のために必死になってる。焦って思考が停止するほどに。それが嬉しいんだよ」
「……」
ㅤ確かにいままでの僕では考えられない。誰かを心配するフリをすることがあっても、心から心配することは無かった。
「成長したねー」
「……うるさいよ」
ㅤどこか気恥しさを感じて、走るスピードをあげた。
「いるとしたらこの辺だと思うけど」
ㅤ搬入口付近に到着した僕らは周りを見渡す。何事も無ければそれでいいんだけど。
「あ、あれ!」
ㅤ一之瀬、驚いた声を出しながら、指をさす。その先を見ると、探していた人物の姿が見えた。しかし、安堵はしてられない。店員の男がカッターナイフを持ち、二人に迫っているところだった。
「一之瀬は警備員を呼んできて」
「へ?ちょ、ちょっと!」
ㅤ一ノ瀬に一言残して僕は駆け出した。
「お前らァ!殺してやる!」
ㅤ男がカッターナイフを振りかざす。しかし、それは二人に届くことはなかった。僕が腕を掴んだからだ。
ㅤ痛みが来ないことに不思議に思った軽井沢さんが顔を上げ、僕を見る。驚いた顔がすぐに安堵の顔に変わる。
「遅いよ」
「ごめん、でも、間に合ってよかった」
ㅤ見える範囲では怪我などはないようなので安心した。僕の存在に気づいたのか、佐倉さんも伏せていた顔を上げた。
ㅤ
「倉持くん?」
「やぁ、佐倉さん。さっきぶりだね」
「倉持君、私……」
「話は後で。今は離れといて」
ㅤ佐倉さんにも色々と思うところがあるだろう。でも、今はそれは後回しだ。その前にこいつを片付ける。
「な、なんなんだよお前!」
ㅤ突然の僕の登場に唖然としていた店員の男が我を取り戻したかのように、後ずさって距離をとる。腕を離さないことも出来たが、それはしないでおいた。
「お前はあの時僕の邪魔した生徒か!また、僕の邪魔をしに来たのか!?」
ㅤ僕の顔を見て、佐倉さんがデジカメを修理に出しに行った際に一緒にいたのを思い出したみたいだ。邪魔をした覚えはないんだが。でもたしかに、彼のストーキングの邪魔はしたか。
「まずはお前から殺してやる!今更謝ったって許してやらないからな!」
「謝る?何に対してですか?」
ㅤ僕は今、かなり不思議な顔をしているんではないだろうか。それほどに彼の言っている意味が分からなかった。殺す?許さない?こいつは何も分かってない。
「あなたの気持ちが悪いストーカー行為を邪魔したことですか?」
「死ねぇぇぇぇ!!」
ㅤ店員の男は雄叫びをあげながらカッターナイフを前に突き立てながら迫ってきた。男の動きは直線的なので避けるのは容易だ。少し体を捻るだけでいいし、こんな光景は見飽きている。
ㅤだが、僕はそれを
ㅤカッターナイフが僕の脇腹に刺さり、血が滴り落ちる。
「く、倉持君!」
「う、うそ……」
ㅤ僕の背後から悲痛な声が聞こえる。
「ち、違う……僕は悪くない……」
ㅤ人を刺してしまった事実を認識して、店員の男はカッターナイフから手を離し、後ずさろうとする。
ㅤしかし、今度はそれをさせない。男の胸ぐらを掴み引き寄せる。
「何が……違うんですか?」
「ぼ、僕は、殺すつもりなんてなかったんだ!ほ、本当に刺さるなんて思ってなくて……」
ㅤああ、ダメだ。こいつはやっぱり分かってない。
そのまま男の胸ぐらを思いっ切り引っ張り、地面にたたきつける。ろくに受け身も取れずに硬い地面へと叩きつけられた男は、蛙が潰れたかのような声を出した。
「僕を許さないんでしょ?殺すんでしょ?」
「そ、それは……」
男に馬乗りになり、冷たく言う。人を殺すことがどういうことなのかこいつは分かっていない。
「ふざけるなよストーカー野郎。その程度の覚悟で殺すだの死ねだの言ってんじゃねぇよ」
「ひっ……」
軽く殺気を出しただけで男はガタガタ震えだす。だが、こんなもんじゃ足りない。佐倉さんが受けた恐怖はこの程度ではない。
「まぁ、仕方ないですよね。大好きな人との仲を邪魔されてカッとなってやってしまったんだ。そういうときもありますよね」
「え?そ、そうなんだよ!ちょっと頭に血が上って、だ、だから───」
「ええ、だから僕が今、あなたに報復をしてしまっても
「……へ?」
何を呆けた顔をしているのだろう。本気で許してもらえるとでも思っているのだろうか。それは無理だ。こいつは僕の大切な人たちを傷つけようとしたんだから。
僕は脇腹に刺さっているカッターナイフを自分で抜き、逆手に持つ。それをみた男は再び恐怖で震えだした。
「ま、ま、ま、待ってくれ!あ、謝るから!僕が悪かった!頼むから許してくれ!」
「面白いことを言いますね。じゃあ僕はあなたの言葉を引用させてもらいます。『
「あ……あ、あ……」
あまりの恐怖に言葉になっていない声を出す男。
「それじゃあさようなら」
僕はカッターナイフを持っていた手を男に向けて振り下ろした。
「ま、こんなもんでいいかな」
白目をむいて気絶している男の上から起き上がりながら、そうつぶやく。僕が振り下ろしたカッターナイフは、男の顔をかすめ、地面に突き刺さっていた。さすがに僕もこいつを刺すつもりはなかった。こんなやつを刺してしまってここに居れなくなるのはごめんだ。
「倉持くん!」
大きな声で僕を呼ぶ。その声の方を向くと、心配そうにこちらを見つめる二人がいた。
「二人とも怪我はない?何かされなかった?」
「う、うん。私たちは大丈夫だけど……」
「そっか。よかった」
特に何もなかったみたいで良かった。後は一之瀬が警備員を連れてきてくれれば終わりだな。
「よかった、じゃないっ!倉持くん刺されてるじゃん!」
「そ、そうだよ!血も出てるし、早く病院に行かないと」
「ああ、大丈夫だよ。そんなに深い傷じゃないから。止血さえすれば問題ない」
血は出ているが、見た目ほどの重症ではない。というのも、男が刺してきた際に腰を後ろに引いて力を相殺していたから、カッターナイフは軽く刺さっただけで済んでいるのだ。
「そういう問題じゃないじゃん!馬鹿じゃないの?絶妙なタイミングで現れてヒーロー気取りなわけ?だいたい倉持くんはいつもすました顔してかっこつけて……」
「ちょっと待って、言いすぎじゃないかな?」
「うっさい!本当に心配したんだから……」
そこでようやく軽井沢さんが泣いていることに気付いた。横の佐倉さんも、声を出しながら泣いている。そうか、僕が二人を心配していたのと一緒で、彼女たちも僕が刺されたのを見て心配してくれていたんだ。僕としてはカッターナイフごときで死ぬはずは無いと分かっていて、わざと刺されたのだが。二人には申し訳ないことをしたな。
「ごめんね、軽井沢さん、佐倉さん。逆に心配かけちゃって」
「ホントだよっ、バカ!」
「良かった……私のせいで倉持くんが死んじゃうかと思った……」
とりあえず二人が泣き止むのを待とう。ろくに話もできない状態だし。おっと、止血はしとかないとな。傷は浅いが、出血が多すぎると後々ヤバいからな。
「倉持くん、私───」
「おーい!みんな大丈夫ー?」
佐倉さんが泣くのをやめて、僕に何かを言おうとしたが、大きな声にかき消される。どうやら一之瀬が警備員を連れてきてくれたらしい。
「おまたせ。あそこで伸びてるのがストーカーの人だね。警備員さんに連れて行ってもらおう、って勇人君怪我してるじゃん!」
「大した傷じゃないから大丈夫だよ。それより何があったかを警備員さんに説明しないと……」
「そんなの後回しだよ!早く病院に行かなくちゃ!さ、私につかまって」
「ちょ、おい、待てって」
結局、一之瀬に強引に引っ張られ、その場を後にすることに。病院(敷地内)に行き、医者に診てもらった。僕の考え通り、大した刺し傷ではなく、数針縫って、自宅で療養で問題はないとの事だった。
その後は、すぐに警察の人や、茶柱先生が事情を聴きに、僕の部屋へと訪れた。事件の内容を話し終わり、先生たちが帰った後僕は、さすがに疲れたのか、すぐに眠りに落ちてしまった。
「んっ……」
トントントン、とリズミカルな音で目を覚ます。それが包丁で何かを切っている音だと認識すると同時に、みそ汁のおいしそうな匂いがした。体を起こし、台所の方を見る。
「あ、起きた?もうちょいでご飯できるから、顔でも洗ってきて」
「う、うん」
まだ意識が覚醒していないのか、彼女の声に従い、洗面所へ。冷たい水で顔を洗う。ようやく完全に目が覚め、部屋へと戻る。そこには、もうすっかり見慣れたエプロン姿でおいしそうなご飯を並べる軽井沢さんの姿があった。
「えっと、軽井沢さん、おはよう?」
「残念。もう夕方だよっ」
その言葉に外を見てみると、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。その次に時計を確認する。時刻は18時過ぎ。
「そっか、丸一日寝てたのか」
「うん、学校行ったら倉持くんが休みって聞いて心配したんだよ。それで様子を見に来てチャイム鳴らしても出ないし、でもドアは空いてるしでビックリしたんだから」
ドラマとかだと、訪ねて行って留守だと思ったらドアが開いている、これは間違いなく中で人が死んでいるパターンだな。
「あ、茶柱先生が今回の休みは事情が事情だから、クラスポイントからマイナスはされないって。次からは連絡を必ずするようにだってさ」
「先生にしては寛大な処置だね」
茶柱先生のことだから問答無用で無断欠席扱いにしそうだが、今回は見逃してくれるらしい。助かった。無断欠席しようものなら、クラスメイトに何を言われるか分かったもんじゃない。
「そういえばクラスはどんな感じだった?」
「須藤君の件で持ち切りって感じかな。須藤君の無罪を証明した上にクラスポイントまで増えて、みんな倉持くんに感謝してたよ」
「待って、『須藤君の無罪を証明した』というより『事件そのものを無かったことにした』だけど、それは堀北さんの手柄だろ?」
「そうなんだけど、ほとんどの人は倉持くんが一人でCクラスを撃退したって思ってる」
「マジかよ……」
多少目立つのは仕方ないとして、ほとんど堀北さんがやったように見せかけようと思っていたのだが、そうはいかないらしい。今日学校を休んでしまったのが失敗だ。その場に居ればやりようはあったんだけど。
「じゃ、あたしは帰るね」
「あれ?食べて行かないの?」
いつもなら一緒に食べるのだが、今日は用事でもあるのだろうか。
「あたしより話したいことがある人がいるからね。邪魔にならないように帰るの」
「それって……」
「さっき連絡したからもうすぐ来ると思う。倉持くんはあんまり怒らないであげてよね」
そう言って軽井沢さんは部屋を出て行った。怒らないであげて、か。おそらくだが、危険な真似をしたとして、先生か警察の方に叱られてしまったのだろう。
程なくして、チャイムが鳴った。扉を開けると、弱弱しく俯く佐倉さんが立っていた。
「とりあえず中にどうぞ」
「うん、ありがとう」
適当なところに座らせ、お茶を出す。佐倉さんは俯いたままだった。僕から何かを話そうかと思ったが、待つことにした。数分間沈黙が続き、佐倉さんがようやく口を開いた。
「本当にごめんなさい。私のせいで怪我までして」
「怪我は佐倉さんのせいじゃないよ。でも、少し無茶はしすぎだったかな」
「うっ」
涙を目に溜め、ギュッと手を握る佐倉さん。僕に怒られると思っているのだろうか。
「よく頑張ったね」
「ふぇ?」
佐倉さんの頭に手を伸ばし、優しく撫でる。佐倉さんは目を丸くして僕を見ていた。色々と説教したいこともあったが、先に僕がやるべきことは、彼女の気持ちを汲んでやることだ。
「佐倉さんは、自分で悩んでいた気持ちに一人で立ち向かい清算しようとした。その勇気は素晴らしいものだよ」
「倉持くん……でも私は結局一人じゃ何もできなかった」
「そうだね、結果的には男が逆上した。軽井沢さんが助けに入らなければどうなっていたか」
「うん、ダメだね。本当に」
「でも、一人で出来ないのが悪いことじゃない」
「え?」
再び落ち込んだと思うと、次は不思議そうな顔をする。この子は本当に分かりやすいな。表情がころころ変わって面白い。
「今回の佐倉さんの失敗は一人で解決しようとしたことだよ。勇気を出したことはすごいと思う。でもね、今回の行動は
彼女の勇気をただ褒めるのは簡単だ。だけど、それだと彼女は勇気をはき違えてしまう。そうなればきっとまた、今回のような危険な目に遭ってしまうだろう。
「厳しいことを言うけど、危険を全くかえりみず、衝動のままに行動するのは勇気とは言わない。無謀だ。勇気というのは危険を考えたうえで、その恐怖と戦い、打ち勝って、実際の行動に移す心の強さだと僕は思う。佐倉さんは考えることが足りなかったんだ」
「それじゃあ私はどうすれば良かったの?」
「さっきも言ったけど、一人で出来ないのは悪いことじゃないんだ。だから、誰かを頼ればいい。相談すればいい。頼りないかもしれないけど、僕がいる。軽井沢さんだって手を貸してくれる。なんなら洋介だって助けてくれるだろうし、堀北さんもなんだかんだ言って助けてくれると思う。だからさ、約束してほしい」
「約束?」
「これからは一人でできないことは、誰かを頼ること。無茶はしないと約束してほしい」
「うん、分かった。これからは頼りにしちゃってもいいかな?って言っても、もうすでに頼ってばっかりなんだけど」
僕の目をしっかりと見てそう答える。これで佐倉さんが無茶をする事はないだろう。さて、言いたいことは言えたし、この話は終わりにしよう。
「そういえば軽井沢さんと連絡先交換してたんだね。ここに来るように言ったの軽井沢さんなんだよね?」
「えっと、倉持くんが病院に連れて行かれた後に、恵ちゃんと色々お話しして交換したの」
「そうなんだ……ん?恵ちゃん?」
佐倉さんが軽井沢さんを名前で呼んでいるのに違和感を覚える。今まで名字で呼んでいたと思うんだけど。
「あ、あのね、その時に恵ちゃんとお友達になって、名前で呼び合うことになったんだ。まだ恥ずかしいけど……」
「そっか、良かったね」
「うん!」
佐倉さんは笑顔で返事をする。よほど嬉しいのだろう。僕も洋介と友達になれた時は、内心すごく嬉しかったしね。しかし、仲良くなれそうとは思っていたが、一日で名前呼びをするまでになるとはね。
「それじゃあ、僕たちも名前で呼び合う?」
「ふ、ふぇ!?」
「あれ?僕たちは友達じゃないの?」
「そ、そ、そんなことないけど、私なんかが倉持くんの友達なんて恐れ多いというかなんというか。べ、別に嫌とかじゃなくて、むしろ大歓迎というか、願ってもないというか……」
僕の意地悪な質問に顔を真っ赤にして慌てふためく佐倉さん。本当に佐倉さんは反応が面白い。もう少し意地悪しようかな。
「じゃあ、名前で呼んでみてよ、
「あ、あいり!?ななな、名前で……はう~」
あたふたしすぎて、佐倉さんの眼鏡が落ちる。さすがにからかいすぎたかな。僕は眼鏡を拾って佐倉さんに返す。
「ごめん、ごめん。はい、眼鏡」
「あ、ありがとう……勇人……君……」
「なっ」
完全に不意打ちを食らった。佐倉さんはかなり可愛い。グラビアアイドルとして人気になるくらいには可愛いのだ。それをいつもは眼鏡をしてごまかしているが、今はその眼鏡はしておらず、尚且つ、顔を赤らめ、上目遣いで恥ずかしそうにこちらを見る。単刀直入に言ってヤバい。可愛すぎる。
お互いに顔を真っ赤にして停止する。この何とも言えない雰囲気をどうしよう。
「あ、あの、その、や、やっぱり名前呼びは無理~!」
「ちょ、佐倉さん!?」
恥ずかしさが頂点に達したのか、僕の部屋から飛び出して行ってしまった。名前呼びは無理と言われ、地味にショックを受けたのだった。
それから洗い物をしたりお風呂に入ったりして、夜になった。明日も学校だから寝たいのだが、丸一日寝ていたので全く眠気がない。諦めて本でも読もうと思っていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。普通なら、勝手に誰かが入ってきたと不審に思うのだが、僕は特に不審には思わない。来訪者が誰か分かっているからだ。
「やぁ、マイフレンドよ。元気にしているかね」
「勝手に入って来るなって何回言えばわかるんだよ」
「実にナンセンスだ。この私が来てやったのだ。まずは感謝するのが普通ではないかね」
「そんなのが普通なら僕は普通にはなりたくないね」
いつも通りのナルシストぶりで入ってきた高円寺。こいつが勝手に部屋に入ってくるのを慣れてしまっている自分が怖いよ。かといって鍵を掛けたら文句言われるし。
「ときに、小耳に挟んだのだが、腹を刺されたらしいね」
「どこで挟んだんだよ」
そのことを知っているのは、軽井沢さん、佐倉さん、一之瀬、茶柱先生くらいなのだが。
「知っている人の中でお前に言うとなると一之瀬か」
「その通りなのだよ」
あのお喋りさんめ余計なことを。まぁ、高円寺になら話しても大丈夫と踏んで話したのだろうけど。
「刺されたからお見舞いに来てくれたのか?随分お優しいんだな」
「フッ、当たり前であろう」
こいつには皮肉は効かないらしい。知っていたが。
「それで?」
「はい?何だよ?」
「何故刺されたのかを聞いているのだよ」
「何でって、ストーカー男の邪魔をしたからで……」
「そんなことは
こいつは本当に侮れない。僕がわざと避けなかったことを確信した上で話している。どこからそんな自信が来るのだろう。こいつそのものが自信の塊だったな。
「はぁ、理由は二つ。一つはあの男に恐怖を与えるため。人を殺すことの恐怖を、人に殺される恐怖をね」
「ほう、もう一つはなんだね」
「あいつの
「そのために自分の身を差し出したのかね」
「そんなたいそうなもんでもないでしょ。カッターナイフごときでは人は殺せない。そんなの分かり切っている」
あの程度で人を殺せたら、苦労はしないさ。尤も、カッターナイフでも殺そうと思えば殺せるのだが。
「はっはっはっは!勇人よ、やはりお前は面白い。実に
「夜中に高笑いするなよ。近所迷惑だ」
壊れている、か。まぁ、いいさ。大切な物を守れるならどれだけ壊れようとも構いやしない。そう思えるようになったのだから。
高円寺と話していると、テーブルの上に置いていた端末が震える。どうやら電話がかかってきたようだ。番号を確認すると、知らない番号。こんな時間に誰だ?無視しようかと考えたが、一応出てみる。
「もしもし」
「よぉ、坂上を標的にするとは面白いことやってくれるじゃねぇか」
「……龍園か……」
「今度は俺が鈴音もろとも相手してやるから、楽しみにしてな」
一方的にそれだけを言って切られた。どこで僕の番号を入手したのだろう。方法なんかいくらでもあるか。何はともあれ、面倒くさそうな奴に目を付けられた。しばらくは平穏に過ごすことは出来そうにないかもしれないな。
そんなこんなで波乱の一学期が終わろうとしていた。
「高円寺、お前はいつまでいんの?」
「遠慮するなマイフレンドよ」
どうやら、高円寺がいる限り、僕には元々平穏はなかったようだ。それもまた悪くはないだろう。