今話から無人島試験が始まります。
「どういうことだよ倉持!」
「ちゃんと説明しろよ!」
「……」
雨が降りしきる中、僕は俯いて黙り込む。
「何とか言えよ!」
「……ごめん」
クラスメイトの誰かに胸倉を掴まれた。力なく引っ張られる。
「お前のせいで俺らは負けちまうじゃねぇか!」
「そうだよ!せっかく頑張ってきたのに!」
複数の生徒に詰め寄られる。仕方がない、僕のミスでDクラスが負けてしまうかもしれないのだから……
「うおー!最高だあああ!」
池君の大きな声が辺りに響き渡る。視線を向けると両手を挙げている姿が見えた。
「見て見て、凄い眺め!マジ超感動なんだけど!」
「わぁ」
池君から視線を僕の横に移すと、軽井沢さんが満面の笑みを浮かべていた。その隣には佐倉さんの姿もある。
「ねぇねぇあっち行ってみようよ」
「わわ、ちょっと待って」
軽井沢さんは佐倉さんを連れ、走って行った。
「みんなテンション高いね」
「仕方ないよ、こんな豪華なクルーズ船に乗ったらさ」
「そうだよね。まさかここまで豪華だとは思ってなかったよ」
今僕たちがいるのは太平洋のど真ん中、豪華客船のデッキの上だ。見渡す限りの青い海に青い空。夢でも見ているかのようだ。
色々あったが、何とか一人も欠けることなく1学期を終え、夏休みに入った僕らを待っていたのは2週間の豪華客船での旅行だった。
「噂は知っていたけど、まさか本当に旅行があるとはね」
「ただのご褒美であるならいいんだけど」
「裏がありそうで怖いよね」
洋介が言う通りこの旅行には裏がある。この2週間で内容は分からないが、確実に特別試験が行われる。おそらくクラスポイントが大幅に動くものだ。
「それにしても豪華すぎるよね。色んな施設があるし、それが全部タダなんだから」
「一人あたり何十万とするだろうね。それが1学年分なんて考えるだけで恐ろしい」
「ポイントが少ない僕たちにとってはありがたいことだよ」
「羽目を外しすぎないといいんだけどね」
そう言って視線を騒いでいる三馬鹿トリオに向ける。洋介もそれを見て苦笑いを浮かべた。本当に余計な問題は起こさないでほしい。変なフラグが立ちそうだから考えるのは止めよう。
その後も洋介と世間話をしていると、見知った顔がデッキに現れた。
「おーい、堀北さーん」
「倉持くん、ここにいたのね」
堀北さんは僕のことを探していたらしい。
「昨日は助かったわ」
「別に気にしないで。それよりその様子だと良くなったみたいだね」
「ええ、おかげさまで」
「二人とも何の話?」
横に居た洋介が不思議そうにこちらを見る。別に大した話ではないのだが、言ってもいいのだろうか。堀北さんに視線を送ると、それに気付き溜息を吐いた。
「別に隠すことでもないわ。昨日階段でふらついて落ちそうになったのを助けてもらったのよ」
「体調が悪そうに見えたから心配になって声をかけに行ったら落ちそうになってるのが見えてね」
「ふらついたって大丈夫なの?」
「気付かないうちに熱があったみたいなの。今は倉持くんにもらった薬のおかげで平気よ」
「僕の家に代々継がれている漢方薬でね、風邪なんかはすぐに治るんだ。家から持って来ておいてよかったよ」
「そんな事があったんだね。病み上がりなんだから無理しないでね」
「ええ、分かっているわ。それじゃあ」
堀北さんはそのまま船の中へと戻ろうと僕たちに背を向けた。ここは騒がしいから長居はしたく無いのだろう。それに堀北さんは洋介のことをあまりよく思っていないからだろうな。僕としては仲良くしてほしいのだけれど。
しかし、突如として流れ出したアナウンスによって堀北さんの足が止まった。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたらぜひデッキにお集まりください。間もなく島が見えてまいります。しばらくの間、非常に意義ある景色をご覧いただけるでしょう』
どこか引っ掛かりを覚えるアナウンスが流れた。周りの生徒は誰も気にした様子は無く、島が見えてくるのを楽しみにしていた。
「確か最初の一週間は無人島に行くのだったかしら」
「そうだね。ペンションがあるらしいからそこで過ごすらしいね」
「それにしては変なアナウンスじゃないかしら」
「堀北さんもそう思う?」
僕だけが引っ掛かっているわけではないようだ。堀北さんと洋介も気になったらしい。
「意義ある景色か……」
「ただペンションで過ごすだけならそんな言い方はしないだろうね」
「島の景色を見ていれば有利に働く何かが無人島にある、ということかしら」
話をしている間にも続々と生徒が集まって来る。そのうちの一人が大きな声を上げた。どうやら島が小さくだが見えてきたようだ。
「ここで話していても仕方がないし見に行こうか」
「そうね。百聞は一見に如かず、実際に見て見た方がいいでしょう」
集団の方へ近づくと、数人の生徒が揉めているようだった。よく見てみると片方は我らが問題児の須藤君であった。その後ろには綾小路君や櫛田さんもいた。
「ちょっと様子を見てくるよ」
洋介はそれを見るなり一目散にかけて行った。洋介が行ったのなら問題はないだろう。
「相変わらずのお人好しね」
「それが洋介の良い所だよ」
「私には理解できないわね。したくも無いけど」
こちらも相変わらずのご様子だ。しかし堀北さんが本当にAクラスを目指すのであれば今のままでは到底無理だろう。誰もが分かる事だが、個人の力だけではAクラスに上がることは到底無理なのだから。それを真に理解する日がいずれ来るのだろう。
遠巻きに様子を窺っていると、洋介が場を治めたようで須藤君たちは談笑を始めていた。洋介はもう自分が必要ないと思ったのか、こちらに戻ってきた。
「お疲れ様。大丈夫だったみたいだね」
「うん、特に問題なく」
「まったく。問題を起こしたばかりなのにのんきなものね。やっぱり退学になっていた方が良かったんじゃないかしら」
「きっと彼も彼なりに成長しているよ」
「人はそう簡単には変われないわ。特に彼みたいな人はね」
洋介のフォローを堀北さんはバッサリと切り捨てる。まぁ、僕も堀北さんの意見に概ね同意だ。人はそう簡単に変われるものじゃない。痛いほどよく分かる。
当の須藤君は綾小路君と何やら話しているようだ。距離があるので何を話しているかは分からないが、須藤君の声は大きいので時より堀北さんの名前を出しているのは分かった。
「なんか堀北さんの話をしてるみたいだけど行かなくていいの?」
「冗談でしょ。あの中に入るくらいなら海に飛び込んだ方がマシよ」
「風邪がぶり返すからそれはやめた方がいいよ」
「本当に飛び込まないわよ」
堀北さんは少し呆れたように溜息をついた。
話をしていると、周囲が騒がしくなった。島を肉眼で見れる距離まで船が近づいたようだ。どんどん島との距離が近づき、浅橋に近づいてきたが、船のスピードが緩まる気配がない。
「親切に島全体を見せてくれるようね」
「こうなったら何かあるのは疑いようがないね」
騒ぐ生徒を尻目に島をよく観察する。今のところは意義がある景色の意味が分からないな。試験内容が分からない限りそれは分からないだろう。取り敢えずメモ帳に見て気になったものを書いておこう。今できることはそれくらいだ。
「何か見つけた?」
「ううん。余り目ぼしいものは無かったかな。堀北さんはどう?」
「ダメね。そもそも無人島で何が行われるかによって変わってくるわ」
「そうなんだよね」
意義ある景色とかいうからもっとインパクトがあるものが見れるかと思ったが、そう簡単なものではないらしい。
「もしかしたら僕たちの考えすぎで、実際は特別試験とかじゃないのかもしれないね」
「その可能性もないとは言い切れないのだけど、意義ある景色なんて言い方は気になるわ」
「何にせよ今見た景色は一つでも多く覚えておいたほうが良さそうだね」
そのまま船は島を一周してから浅橋についた。アナウンスが流れ、30分後に集合する旨が伝えられる。
「服装はジャージ。持ち物は所定の鞄と荷物のみ。私物の持ち込みは禁止か」
服を着替えるために客室に戻ってきた。洋介とは同じ部屋であり、他にも綾小路君も一緒の部屋だ。
「うむ、今日も私は美しいな」
「ポージング取ってなくていいから早く着替えろよ」
そしてこの金髪ナルシスト男の高円寺とも同じ部屋なのだ。班決めするときに押し付けられた。高円寺はもちろん倉持が面倒みるんだよな的な視線が凄かった。
「マイフレンドよ、私の美しい肉体をタダで見れるというのに何が不満なのかね」
「不満しかないよ。何で旅行に来てまで金髪のガチムチ野郎がパンイチで鏡の前でポージングしてるところを見なくちゃならないんだよ。地獄か。金払うからやめてくれない?」
「この美しさが分からないとはまだまだなのだよ。出直してきたまえ」
「どこに出直すんだよ。何でもいいから、さっさと服を着ろ!」
用意を終え、船のデッキへ戻る。程なくして全員が揃い、Aクラスから順に下船していく。もちろん僕たちDクラスは最後になるわけで、暑い日差しの中、しばらく待機となった。
「おっそーい!まだ降りれないわけ?」
「思ったよりも時間がかかってるね」
「原因はあれだね。ひとりずつ荷物検査をしてるんだよ」
僕が指をさした先には先生が生徒の鞄の中身をチェックしている姿があった。指定されたもの以外を入れていないかのチェックだろうが、慎重すぎやしないか。私物があるとまずい、もしくは試験の結果に影響するものなのだろうか。
「ねぇ、なんかおかしくない?海で遊ぶだけであそこまで警戒する必要ある?それに携帯まで没収するって言うじゃん。マジ意味わかんないんだけど」
「確かに携帯を没収するなんて今まで一度も無かったね。テストの時もされなかったし」
「だよね!絶対なんかある」
軽井沢さんは見た目はギャルだが、結構鋭い所がある。佐倉さんが同意したことで確信に変わったようだ。まぁ、そうなったところでできることは待つことだけなのだが。
ようやくDクラスの番になりチェックを終えた僕らは早々に整列させられ点呼が始まる。どうでもいいが茶柱先生や他の先生もジャージに着替えており、いつもスーツ姿しか見ていなかったから新鮮だ。茶柱先生は見た目がかなり若いので、ジャージ姿になると生徒と言われても違和感がないほどだ。性格は置いといて、見た目は美人だから教室に居たらかなりもてそうだな。性格は置いといて。
「じー」
「どうしたの?」
「先生の事じっと見て何鼻の下伸ばしてんの?」
「鼻の下は伸ばしてない」
「見てたことは認めるんだ」
簡単な罠に嵌ってしまった。更にジト目で見られる。別に悪いことをしていないのに謎の罪悪感を感じる。
「どうせ変なこと考えてたんでしょっ」
「別に変なことなんて……考えてない」
一瞬返答に詰まってしまう。確かに変なことと言われれば変なことを考えていたな。
「やっぱり変なこと考えてたんじゃん。変態」
「なんでだよ。変なことっていってもそういうやつじゃなくて」
「おい、お前らうるさいぞ。点呼中だ、静かにしとけ」
軽井沢さんの誤解を解こうとしたら、茶柱先生に怒られた。変態呼ばわりされて引き下がるのは癪だが、これ以上騒いだら怒られるどころじゃなくなるかもしれないので黙っておこう。
点呼が終わると前に置かれた壇上に男性が上がる。Aクラスの担任である真嶋先生だ。英語を担当する先生で、かなり堅物で有名。高身長でプロレスラーのような体格をしていることから、一部の生徒からは恐れられている。
「今日、この場所に無事に付けたことを嬉しく思う。その一方で1名であるが病欠で不参加のものがいるのは残念でならない」
真嶋先生が壇上で話し出す。無事に付けたというのは船のことなのか、はたまた、退学者が出なかったことなのかどちらなのだろう。1名の病欠者は間違いなくあの人だろうな。
それにしても、先生たちの様子がおかしい。表情は険しくそこに笑みはない。真嶋先生が無言で生徒たちを見つめだし、生徒たちは一様に困惑の色を浮かべる。先程までの浮ついた雰囲気は一変し、張り詰めた空気が漂う。それを待っていたかのように真嶋先生が冷たく言い放つ。
「ではこれより……本年度最初の特別試験を行いたいと思う」
僕たちの天国は早々に終わりを告げた。
堀北さんの体調不良は回避です。