温かい目でみてください。
『卒業までの間、世間との接触を強制的に絶ち外に出ることを禁じる』
オレがこの学校を選んで入学した理由はこの校則が目当てだったからだ。普通に考えれば不自由極まりない校則だが、オレにとってはこの上なく理想的なものだった。
しかし、不本意ながら入学時からの目論見は大きく軌道修正を強いられることになっている。それはオレを取り巻く環境が確実に変化し始めているからだ。その要因となっている人物が二人いる。
一人目は担任である茶柱先生。この無人島での試験が始まる前に『ある男』が無理やり外からこの学校に接触を計ろうとしていると告げられた。そして、あろうことか茶柱先生はAクラスを目指すための協力をしなければ強制的にオレを退学に追い込むと脅しをかけてきた。教師としてあるまじき行為だが、そんなことは今更だ。厄介なのはオレには受け入れる以外の選択肢が今のところは存在しないこと。何故ならその話が嘘か真かを確かめる術がないからだ。取りあえずは真実だと想定して行動するしかない。
茶柱先生については情報を集めつつ、場合によってはこちらから仕掛けることも検討する必要がある。退学にされる前に辞職に追い込む手立てなど幾らでもある。それをしないのは兎にも角にも情報が少ないから。今は動く時ではない。それにあの男がどう出るかわからないこともある。
あの男というのが二人目の人物である倉持勇人。オレは倉持は茶柱先生と何かしらの関係があるとみている。それがオレと同じで脅迫されているのか、協力関係にあるのか、はたまた恋人関係であるかは分からないが、つながっているのは間違いない。となると茶柱先生を相手取るということは同時に倉持も相手取る必要が出てくる可能性が高い。
倉持勇人という男はコミュニケーション能力が高いだけの男かと認識していたが、それだけではなかった。やつは教室内でうまく立ち回り、クラスの中心人物であるという共通認識を持たせることに成功していた。それだけであれば大したことではない。クラスメイトの中でも平田や軽井沢も同じような立ち位置にいる。倉持が異質なのは誰にも
さらに倉持が異質であると感じたのはCクラスと須藤がもめた事件での立ち回り。あいつはクラスメイトである佐倉のために動き、佐倉の証言が嘘ではないことを証明した。だが、それだけではない。本来ありえなかったCクラスからポイントを奪取することに成功していた。これは佐倉の証言を真実だと証明するための副産物でしかないと奴は言っていたが、果たしてそうだろうか。佐倉の証言が正しいことを証明するだけであればCクラスのポイントを要求する必要はない。最初からCクラスのポイントを奪取することも奴の目的の一部だったのではないだろうか。
つまり、佐倉の証言の証明も、Cクラスから得たポイントも、本来の目的の副産物でしかないのだ。奴の本当の目的はクラスメイトからの絶大な信頼を得ることに他ならない。今回の騒動は詳しい内情を知らないクラスメイトからすれば、倉持が退学になるかもしれない須藤を救っただけにとどまらず、Cクラスからポイントを奪い取り、あまつさえ佐倉の為に身を挺して動いたという認識になっている。騒動を経て、倉持はDクラスにとって絶対的な存在になったといわざるを得ない。
こうなってしまっては倉持を敵に回すのは骨が折れる。こいつの動き次第でDクラスの動きが変わるといっても過言ではない状況だ。現に無人島試験では当たり前のように倉持が仕切る流れになっているし、誰もそれについて指摘することもない。倉持勇人は一番の要注意人物だ。
故に
倉持勇人を協力者にする。それがオレがだした結論。DクラスをAクラスに上げるにはクラスをコントロールできる人物が必要不可欠。特にDクラスは個々の能力は悪くない連中が多いが圧倒的に団結力にかける。それを補うには倉持のような存在が必要になる。
では、どうやって倉持を協力者にするか。1番手っ取り早いのは脅迫だが、オレに逆らえない状況を作るに値する脅迫の材料がまだない。軽井沢や佐倉の弱みを餌に倉持を従わす方法もあるが、倉持にとってその二人がどの程度重要な存在であるか分からない以上、得策では無い。下手をすればそれを逆手に取られる危険性もある。結論的に今の段階では倉持を手駒にするのは難しい。
そう考えていた矢先に倉持からアクションがあった。互いに質問をし合い、仲を深めようとのことだが、オレの情報を引き出そうという魂胆だろうか。しかし、倉持の目的がなんにせよこちらとしても都合がいい。利用できるものは利用させてもらおう。
︎︎ 話の内容は何気ないものだった。学校の事、クラスの事、取るに足らない会話だ。だが、何かを探ろうとしている気配は感じる。しかも、それをオレに感づかせるように意図してる節があった。オレがそれに食いつくのを期待しているのだろうが、生憎そんな安い餌に食いつくつもりは毛頭ない。
ここまで話をしてきてオレが抱いたのは『期待外れ』という失望。倉持がアクションを起こしてきたことに少なからず期待をしていた。おそらくだが、倉持はオレが本当の実力を隠していることに気が付いている。それだけ彼奴の人を見る眼に長けており、脅威を感じるほどだ。だからこそ彼奴がどう動くかに期待をしていた。しかし倉持との会話には探るような気配を出してきても、核心を突くような話はしない。
そこでオレは
少なからず失望を
それは常人であれば気付くことは絶対にない程度の限りなく小さな変化。感情を表に出さないように訓練を重ねてきたオレの、ほんの些細な変化に気付ける人間がいるとすれば、オレが知る限り一人しかいない。その人間の前で失望という感情を抱いてしまった。
オレが倉持の提案に乗って話を始めた時点で二つの可能性があった。それは、提案に乗る上で打算があるか否か。一つは何の意図もなく、ただ話に付き合っただけ。もう一つはこちら側にも話したい内容があり、聞き出したい情報があったか。倉持はそれを探っていたのではないだろうか。他愛のない話をし、それに失望した。即ち、期待していた話ではなかったということになる。つまりはこの提案に乗ったのには何らかの意図があったということになる。
その程度の情報では何の役にも立たないと普通は思うだろう。だが、倉持に限ってはそうではない。その程度の情報を得たことにより、倉持の考えていた可能性は確信に変わる。その通りだと言わんばかりに彼奴は不敵な笑みを浮かべ話し出す。
「僕はこの学校で『自由』を手に入れた。きっと綾小路君もそうなんじゃないか?」
確実に一歩踏み込んできた。これまでの話とは違い、核心を突く質問。
「なぜそう思う?」
「ただの勘だよ。君は否定するだろうけどね」
ここが重要なターニングポイントだろう。もちろん適当にはぐらかすことも可能である。倉持もオレがはぐらかすことを予測しているのか、ここまで話せれば満足だという表情をしている。だからこそオレは乗ることにした。
「お前が言う『自由』が何なのかは分からんが、オレも『自由』
を手にしたという点については否定はしない」
倉持はオレの返答を予想していなかったのか、先程までの余裕が嘘みたいに、驚きの表情を珍しく前面に出している。
「そして、俺の邪魔をするやつは排除する。倉持、お前でもだ」
その表情が小気味よく、殺気をのせて倉持を威圧する。どうやらオレは倉持の思い通りの結果になったことに少しばかり苛立ちを覚えていたようだ。
『まさかオレにもこんな感情が残っていたとはな』
倉持に視線を向けながら、自身の変化に軽い衝撃を受けていた。