★ (一時間後)神殿・ハイエロファントの寝室
陽も落ち切り、薄暮時。
ハイエロファントの寝室のベッドの縁に、上半身を起こして座っているデス。
ミトラ(司教冠)を外し、すぐ横に座るハイエロファント。心配げな眼差し。
目の前で並んで立ち、やはり心配げな表情を表すジャスティスとワールド。
ワールド「気分はどうですか?」
デス「(ふうう、と長い息を継ぎ)・・・問題ない。ハイエロファントに治してもらったから、な」
ワールド「いいえ、回復したとは言え、あれだけ大量の血を一時的に失ったのですから、身体の抵抗力が落ちている筈ですワ。とにかく、今日はゆっくり休みなさい」
ジャスティス「そうだよ。今夜は絶っっっ対に、無理して帰らないこと。判った?」
デス「(フッ、と微笑んで)・・・あたしの保護者ではないだろ、お前たち」
ジャスティス「そう! ボクたちは保護者じゃないよ! キミの保護者はエロファントだもの、ね!」
デス「(カアッ、と頬を朱に染めて)な! 何をいきなり!」
ジャスティス「だから、今日はここに泊りなよ! エロファント、後はお願いして、いいかな?」
ハイエロファント「(微笑を浮かべ、頷き)もちろんだよ」
デス「(慌てて)いや! ちょっと待て! いくら何でも急過ぎだ!」
ジャスティスとワールド、寝室の扉を開き、振り返ってふたりに視線を投げる。
ジャスティス「それじゃね、おふたりさん、おやすみ。デス、ちゃーんとエロファントの言うことを聞きなよ」
ワールド「ワタクシたちは、これで失礼しますワ。(優しい目を向けて)デス、お大事に・・・」
ハイエロファント「ふたりとも、本当にありがとうございました。おやすみなさい」
何か言いたげな表情で凝り固まっているデス。
隣で、穏やかな顔で右手を挙げて軽く振るハイエロファント。
パタン・・・と、静かに閉められる、扉。
★ 神殿前の広場
夕暮れの中、神殿正面、広い幅の石段を降り切って、並んで広場を横切っているジャスティスとワールド。
急に、ジャスティス、歩みを停める。
目線を落とし、俯き、憂いを帯びた表情。
ワールド、少し先に進んだ後、気付いて振り返る。
ワールド「どうしました? ジャスティス」
ジャスティス「(顔を伏せ)ボク・・・あまりにもデスのコト、解ってなかったな、って思って・・・」
身体をジャスティスに正対させ、ス・・・と近付くワールド。
ジャスティス「あの時・・・瀕死のデスを抱き締めたまま、エロファントが言ってたコト・・・ボクにも沁みたんだ。(胸の辺りに右掌を当て)こう、ジワッ、って、ココロの真ん中に深く・・・今までのボクは、デスと遭う度、すぐに闘おうとしてた。言葉よりも剣を向けてた。そして『首刈りは悪だ』って、何度も何度も言った。端っから決めつけて、問答無用とばかりに剣を振り上げて、デスと話をしようともしなかった・・・(右掌を、グッ、と拳にして握り)エロファントの言う通り、デスは好きで首刈りをやってるワケじゃなくって、それが死神としての運命で、使命だから仕方なしにやってるんだろうな、って、今は思えるんだ・・・」
ワールド「そうですワね・・・」
ジャスティス「(顔を上げ、ワールドを見詰め)ね、ワールド・・・ワールドも前、デスを止めに行ったコトあるんだよね? どうしてだったの?」
ワールド「それはですね・・・(物憂げな眼差しで)デスが“壊れる”前に何とかしたかったから、ですワ」
ジャスティス「“壊れる”?」
ワールド「デスは、このマジカルランドに死神として生を受け、生命輪廻の一端を担う大きな存在として、父なる神より使命を授かりました。それが『首刈りにより生命を終わらせ、魂を送り、転生へと導く』という、ふたつとない使命でしたワ。しかし・・・(沈んだ表情で)それは、意志を持つ者にとっては、余りにも過酷で、余りにも悲し過ぎる運命、余りにも残酷な定めでした。まだ年端もゆかない幼い歳から、デスは『首刈り』を始めてました。でも彼女は、感情があり、心がある。繰り返される血塗られた日々は、やがてデスの心を蝕み、破壊寸前にまで追い詰めましたワ・・・」
ワールドの話を真摯な表情で聞き入り、ゴクッ、と唾を飲むジャスティス。
ワールド「デスは一時期、嬉々として鎌を振るおうとしていたことがあります。『首刈り』行為のみに悦楽を覚え始めていたことが・・・その頃ですワ、ワタクシがデスを止めようとしたことがあるのは・・・(キッ、とした目線を投げ)ワタクシはデスに、死神として“正しい”道に戻ってほしかった。本来授かった使命を冷静になって理解してほしかった・・・それが望みでしたワ。しかしその時のデスは、ワタクシの話にはまったく耳を貸さず、ただただ闘いに明け暮れてました。そして結局、彼女を止めることは叶わなかったのですワ」
ジャスティス「そうだったんだ・・・全然知らなかった・・・」
ワールド「(遠い目をして)でもそれも、ワタクシの老婆心から来たもので・・・その頃のデスも、自分自身と必死に闘っていたのでしょう。運命に翻弄されながらも、悩みながらも、向き合おうと・・・結果、彼女は踏み止まりました。ある時期を境に、目に見えてデスは冷静になっていきましたワ。今思えばですが、ワタクシの想像するに、その頃に・・・」
ふう、と一呼吸置いて、ジャスティスを見詰めるワールド。
ワールド「デスは、エロファントと出逢っていた、筈ですワ」
ジャスティス「(目を見開いて)・・・あ・・・そうか・・・そうだったんだ、ね・・・なーるほど・・・」
ワールド「正確かどうかは判りませんが、そうであればすべての展開に合点がいきますワ」
ジャスティス「いや、恐らくワールドの読み通り、だと思うよ。納得出来るもの。(神殿を振り返り)やっぱデスにとって、エロファントは特別な存在なんだね。この世にふたりといない、たったひとりの、全部許せる男性、ってコトなんだね」
ワールド「ええ。デスにとってのエロファントは『唯一にして絶対』なのですワ」
両手を後ろ手に組み、視線を下げて、はにかんだような微笑みになるジャスティス。
ジャスティス「ボクは、デスがエロファントに恋してる、って知った時、自分でもビックリするくらい親近感が湧いたよ。それまで剣を向けといてホント今更だけど、ね・・・(顔を上げ、ニコ、と笑顔で)デスのさ、真っ赤になってテレた顔、もっっっんの凄く可愛いんだよ」
ワールド「判りますワ。“恋する乙女”は無敵ですものね」
ジャスティス「ねねね、ワールド、キミが知ってるデスのこと、もっと教えてよ。ボクはまだまだ、デスへの理解が足りない。だから少しでも、その溝を埋めておきたい。次にデスに会った時に、ちゃんと解った上で話がしたい・・・だから、いいかな?」
ワールド「ワタクシの知っている範囲で良いのでしたら、お話ししますワ。でも今夜はもうこんな時間。明日以降にでも、あなたの家にお邪魔しても、よろしいかしら?」
ジャスティス「(頷いて)じゃあ、明日来てよ! 時間はいつでもいいよ! 待ってる!」
★ 神殿・ハイエロファントの寝室
ベッド横、サイドテーブルの上、柔らかな橙色の光を放つランタン。
その光が、抱き締め合うデスとハイエロファントを優しく照らしている。
互いの腰に手を回し、きついくらいに身体を寄せ合う。
ふたりとも、固く瞼を閉じ、相手の肩に顔を埋めている。
ハイエロファント「(怯えたような声で)・・・あの時・・・目の前が真っ暗になった・・・」
目を開けて空を見詰め、ぶるっ、と全身を震わすハイエロファント。
ハイエロファント「君を永遠に失うと思った・・・今、思い出しても・・・震えが、止まらなくなる・・・」
ハイエロファント、視界の焦点を、遥か彼方を見るようなものに変える。
ハイエロファント「もう二度と・・・あんな思いはしたくない・・・デス、君がいなくなる以上の怖ろしさは、僕にはないんだよ・・・」
デス「ハイエロファント・・・」
ハイエロファントの腰を抱く腕に、ギュッ、と力を込めるデス。
潤いを瞳いっぱいに覆わせ、瞼を半分閉じて、口元に微笑を湛える。
デス「あの時・・・あたしの耳には、ハイエロファント、お前の声だけが聞こえてた・・・あたしのことを話してくれてた・・・そして『離さない』とまで、言ってくれた・・・嬉しかった・・・正直、このまま朽ち果てても悔いはない、とまで思った。あたしには過ぎた言葉ばかり、お前が言ってくれて・・・」
ハイエロファント「デス・・・」
デス「しかし本当に朽ち果ててたら、今、こうしてお前の温もりを感じることは二度と出来なかった。お前が力を取り戻して、あたしを治してくれたから、またお前の温かさを覚えることが出来たんだ・・・ありがとうな、ハイエロファント」
ハイエロファント「お礼なんて・・・(自虐気味に)肝心なところで力が使えなくて、君の苦痛を和らげることさえ出来なかったのに・・・」
デス「(首を左右に一度振り)お前はあたしを救ってくれたんだ。今回だけじゃない。出逢ってから今まで、何度も、何度も、何度も・・・今、この瞬間も救い続けてくれてる・・・」
ハイエロファントの腰から背中に、腕を移動し、もう一度力を込めるデス。
瞳の焦点が、急速に近くに戻り、デスの襟足に眼差しを注ぐハイエロファント。
デス「ハイエロファント、あたしも、お前がいなくなる以上の恐怖は、ない。お前がいてくれるだけで、あたしは救われ続けてるんだ」
目を丸く見開き、感嘆に打ち震えるハイエロファント。
僅かの、後。
スッ、と一度身体を離し、向かい合うふたり。
これ以上ないほど艶やかに、溶けそうに絡まる眼差し。
ハイエロファント「僕は、本当に欲が深いと思う。(切なげな声で)君を、何処にも行かせたくない」
自然に、顔を近付けていく、デスとハイエロファント。
唇と唇が、磁石のように吸い寄せ合い、重なる。
今まで以上に深く、長く。
暫く、そのまま。
更に、そのまま。
惜しむように、ゆっくりと離れる、ふたりの唇。
そして、至近距離で見詰め合う。
ハイエロファント「(暖かな眼差しでデスを見詰め)・・・デス、一緒に住もう」
デス「(ハイエロファントを見詰め返し、瞳を潤ませ)・・・本当に、いいのか?」
ハイエロファント「(頷いて)君さえ良ければ」
デス「・・・判った・・・いつからだ?」
ハイエロファント「今から」
再び、顔を寄せていくデスとハイエロファント。
今度は、確認するように一度密着して、すぐに間を置くふたりの唇。
ふと、デスがハイエロファントの左手首に目をやる。
法衣の袖の奥、ちら、と見えた血糊。
ガバッ、と思わず彼の左手を取って、手元に引き寄せるデス。
少し驚いた表情のハイエロファント。
デス「お前・・・まだ、血を落としてなかったのか?」
ハイエロファント「あ、うん。君が落ち着いてからで充分時間はあると思ったからね」
デス「(ハイエロファントの姿を一通り見詰めて、唖然として)法衣まで、こんなに・・・(焦った口調で)早く着替えて、血を洗い落としてくれ。お前に、血は似合わない」
ハイエロファント「僕は大丈夫だよ。それより、君が流すのが先だと思う。服との間にも、入り込んでいるだろうからね・・・少し待ってもらえば、お風呂にお湯も沸かせるから、身体も温めた方がいいよ。傷に沁みなければいいけど」
デス「いや! あたしは血に慣れてるからいい! (目を伏せ)血に染まるお前は、見たくないんだ」
直後、一旦目線を外し、斜め下方に向けるハイエロファント。
何かを、考えてる様子。
暫くの、間。
ハイエロファント「・・・じゃあ・・・提案なんだ、けど・・・」
両手をデスの肩に乗せ、すっ、と顔を近付け、彼女の右の耳に口を近付けるハイエロファント。
ハッ、として固まったデスの耳元に、囁く。
ハイエロファント「(艶やかな声で)・・・一緒に、入ろうか?」
沈黙。
沈黙。
沈黙。
カアッ・・・と鮮やかな朱に染まるデスの顔。目を正円に見開く。
少しの、間。
小さく、しかしはっきとした動作で、コクン・・・と頷くデス。
★ (翌朝)神殿・ハイエロファントの居室
太陽が仰角を上げ、燦々と照っている。
その光が満ちる居室から、パタン、と扉を開けて廊下に出るデス。
大鎌を右肩に掛け、左腕を、グゥッ、と真上に挙げて伸びをする。
すぐ後ろに、ハイエロファントがミトラを被り直し、デスの背中を見て立っている。
ふたりとも、酷く眠たげな表情。
デス「(小さく欠伸をして)・・・すっかり陽が昇ってるな・・・」
ハイエロファント「(軽く目を擦り)そうだね・・・流石に少し、眠い、かな」
くるり、と振り返って、身体をハイエロファントに正対させるデス。
デス「まあ、仕方ない。昨夜は・・・」
【回想シーン】
月明かりの差し込む、神殿の湯殿。
湯船で、裸で抱き締め合い、唇を重ね合うデスとハイエロファント。
【回想シーン終了】
途端。
同時に、ボフンッ!!!と、爆発したように全身真っ赤になるふたり。
盛大に湯気を出し、思わず俯き合う。
ハイエロファント「(恥ずかしそうに)いっぱい・・・夜更かししちゃった・・・もの、ね・・・」
デス「(恥ずかしそうに)・・・ああ・・・」
上目遣いで、ちら、とハイエロファントを見詰めるデス。
デス「お前でも、照れるんだな・・・」
ハイエロファント「思い出すと、ちょっと照れ臭いよ・・・」
右頬を掻き、嬉しそうに笑顔を見せるハイエロファント。
それから、すうっ、と自然に落ち着いていく、ふたり。
ハイエロファント、真摯で優しさを込めた視線でデスを見る。
ハイエロファント「(心配げに)でも、本当に大丈夫? 今日は一日休んでもいいと思うよ」
デス「無理はしない。だが、この穴だらけの服でいつまでも、という訳にはいかんからな。今日は、着替えと身の回りの品をいくつか取ってくるくらいにしておく」
ハイエロファント「(微笑んで)判ったよ。気を付けてね」
くるっ、と踵を返し、廊下を先に進もうとするデス。
彼女の背中を、じっ、と見詰めたまま、息を継ぐハイエロファント。
ハイエロファント「デス!」
ぴた、と足を停めて、振り返るデス。
緩やかに表情を暖かくして、両手を後ろ手に組み、柔らかな眼差しを送るハイエロファント。
ハイエロファント「(目を細め、満面の笑みで)いってらっしゃい」
見詰め合う、デスとハイエロファント。
互いに、堅くしっかりとした感情を、目線に漲らせる。
デス「(満面の笑みで、頷き)行ってくる!」
バサッ、と鮮やかにマントを翻して、再度踵を返し、前方を見詰めて歩き出すデス。
彼女の背中に、愛しさを惜しみなく包括した瞳を向けるハイエロファント。
廊下の先、差し込む陽の光。
祝福するように、虹色の輝きで染め上がっている。
【 目覚めよと、呼ぶ声が聞こえ : 了 】