デスとハイエロファントの物語:REBOOT   作:桁石スミオ

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恋せよ死神 ―コイセヨヲトメ― 【第3話】

★ 街の端・森の入り口

 

 雲が厚みを増している、天候。

 森に少し入った道端の樹の傍で、ハアッ、ハアッ、と荒い呼吸を繰り返すデス。

 そして、肘を支点にして、ダンッ!と渾身の力を込め、幹に右拳を叩き付ける。

 繰り返し、ダンッ!、ダンッ!と何度も何度も殴る。

 

デス《何て馬鹿だ! あたしは本当の大馬鹿だ! 結局言ってるじゃないか!》

 

 ダンッッッ!!!と全力の一撃を放ち、動きを止めるデス。

 拳を幹に押し当てたまま、頭を深々と下げ、地面を見る。

 目は虚ろで、絶望の表情が貼り付いている。

 

デス《終わりだ・・・全部終わりだ・・・やはり、あたしには不釣り合いなひと時だった・・・》

 

 両眼を、ぐっ、と閉じ、歯を食い縛り、顔を左右に振るデス。

 

デス《・・・もう・・・逢えない・・・ハイエロファントに嫌な顔されるくらいなら・・・それを見るくらいなら・・・逢わない方がいい・・・》

 

 デス、ゆっくりと目を開け、足元の地面を見る。

 遥か彼方を見るような、視線。

 

デス《いっそ・・・この世界を離れるか・・・》

ハイエロファント(やや離れた距離から)「デスっ!」

 

 デスの身体が、ビクッ!っと反応するが、顔は俯いた体勢のまま。

 橋の方角から森の道を、息を切らせて走り寄ってくるハイエロファント。

 デスのすぐ近くまで勢いを落とさず、彼女の背後で、ザッ、と急停止する。

 はーっ、はーっ、と深呼吸を繰り返し、やや落ち着いてから改めてデスを見詰めるハイエロファント。

 

ハイエロファント「追いついた・・・待ってよデス・・・話はまだ終わってないよ」

 

 ハイエロファントを振り向くことなく、身体を起こすデス。

 自分が殴り付けた樹の幹を、焦点を外した視線で見る。

 

デス「・・・あたしの話は・・・もう・・・いい・・・」

ハイエロファント「でも・・・まだ・・・」

 

 言葉が繋がらず、躊躇した様子のハイエロファント。

 暫くの、間。

 右手を戻して下げ、ぐっっ、と血が滲むくらい強く握り締めるデス。

 ギリッ、と奥歯を噛み、大鎌を持つ左腕にも力を込める。

 

デス「(顔を伏せたまま、振り絞るような声で)察しの通りだ! 滑稽な三文芝居だったろ? その割にはちっとも笑えない話だがな! 相談と称して、最初からずっと当の本人に話をしてた、ってオチだ!」

ハイエロファント「え・・・」

 

 茫然と、デスの後ろ姿を瞳に映したまま立ち竦むハイエロファント。

 

デス「・・・気持ちを伝えるどころか知られるのを怖がってて、知られまいとしてて、それでも逢いたくて、我慢出来なくて、逢いに行って、黙っていればいいものを他人事のように自分の気持ちを調子に乗ってベラベラと語って、挙句の果てに・・・(更に一度、奥歯をギュッと噛み締め)結局は知られて・・・しかも自分から告白してるんだからな・・・情けない話だ・・・上手く立ち回ることすら出来なかった・・・あたしが『恋に生きる』なんざ、最初から望んではいけなかったんだ・・・これが・・・死神風情が高望みをした、笑えない結末だ・・・」

ハイエロファント「デス・・・」

デス「これ以上の話は・・・(深く沈んだ声で)ない・・・」

 

 顔を伏せ、両目を閉じるデス。

 一瞬、何かを言おうとするハイエロファント。

 しかしすぐに、緩やかな長い息をゆっくりと吐き、デスを見詰め続ける。

 長い、間。

 さわ、と穏やかな風が、ふたりの間を抜ける。

 少しだけ微笑んで、ふっ、と息を継ぐハイエロファント。

 

ハイエロファント「解ったよ・・・君からの話は、取り敢えずない、ということだね・・・じゃあ、今度は・・・(少し重めの声で)僕から話があるんだけど」

 

 ビク、と肩を反応させるデス。瞼を薄く開く。

 

ハイエロファント「差し支えなければ、今から聞いてほしい。我儘だと思うけど、すぐ話したい。時間、どうかな?」

 

 デス、無言のまま、目線を少し上げる。

 しかし、何も答えず。

 少しの、間。

 短く、小さく、コク、と頷くデス。

 それを見て、安心したような瞳を彼女に向けるハイエロファント。

 

ハイエロファント「あと勝手なことだけど、こっちを向いてくれるかな? ちゃんと君を見て話したいんだ」

 

 視線を泳がせ、戸惑った様子のデス。躊躇している。

 思いを巡らせた雰囲気で、立ち竦む。

 

デス《もう逢えなくなるんだ・・・最後にちゃんと顔を見ておこう・・・》

 

 おずおず、と緩慢な動作で身体を返し、ハイエロファントに向き直るデス。

 目線は彼から外したまま、顔を伏せている。

 身体の正面、膝上辺りで、大鎌を地面と水平に、ギュッ、と両手で持って握る。

 それを目の当たりにして、僅かに頷くハイエロファント。

 

ハイエロファント「まず、謝らせて。話を誘導するつもりはなかったんだ。でも、君が話したくないのを無理に言わせてしまったんだね・・・本当に、ごめんね(頭を下げる)」

デス「(震える声で)・・・あ・・・謝ることなど、何も・・・ないだろう? あたしが勝手に喋った・・・ことなんだから・・・」

ハイエロファント「(頭を上げ、首を左右に振り、しっかりとした声で)君は僕の質問に答えてくれただけだよ」

 

 潤いの光を帯びる、デスの瞳。

 それでも尚、顔を上げられずに俯いたまま。

 

ハイエロファント「だからこんなこと言えた義理じゃない、んだけど・・・どうしても気になるから、また質問させてもらいたいんだ・・・いいかな?」

 

 何も返答しないデス。

 ゆっくりと目を閉じ、ゆっくりと開ける。しかし、視界は落とした状態。

 少しの、間。

 一度、ゴクリ、と唾を飲み込み、少し前屈みになってデスを見詰めるハイエロファント。

 

ハイエロファント「(言葉を紡ぐように、丁寧に)・・・今まで君が話してくれてた、君が『恋に生きる』きっかけになった相手って・・・」

 

 暫しの、間。

 

ハイエロファント「・・・僕・・・だったの?」

 

 長い、間。

 雲の切れ間から、ふたりが立つ森の道に、陽の光が注がれる。

 ふわっ、と周囲の空気が暖かくなっていく。

 更に、間。

 真っ直ぐに、デスを目の奥に映すハイエロファント。

 対してデスは、顔を伏せたままで、段々と頬を朱に染める。

 直後。

 コッ、クンッ、とはっきり判る動作で、大きく頷くデス。

 沈黙。

 沈黙。

 ハイエロファントの両目が見開かれ、瞳が潤いで輝く。

 方や、ギュッ、と両瞼を思い切り閉じ、唇を引き締めて震わせるデス。

 

デス《駄目だ!・・・真面に顔も見れない!》

 

 驚きの表情のまま、僅かに俯くハイエロファント。

 

ハイエロファント「そう・・・そうだったんだ・・・僕だったんだ・・・」

 

 ハイエロファント、緩やかに、何かが解かれたような顔になる。

 再度、デスを両眼いっぱいに映し、徐々に明るい色を表情に出し始める。

 

ハイエロファント「驚いた・・・本当なんだね? 本当に僕のこと、でいいんだね?」

 

 少しの、間。

 固く目を閉じた状態で、コクン・・・と小さく頷くデス。

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 一瞬、視線を下に向け、すぐにデスをしっかり見詰めるハイエロファント。

 直後。

 

ハイエロファント「(やや強めに)デスっ!」

デス「(思わず顔を上げ、声が裏返り)はいぃ!」

 

 ビクゥゥゥッ!!!と飛び跳ねるように身体を起こし、正円に近いほど目を見開くデス。

 途端、ハイエロファントとデスの眼差しが、宙で絡む。

 そのまま、停止。

 驚いたままの顔で、すべての動作を凍て付かせるデス。

 貫くような淀みのない視線を、彼女の瞳に真っ直ぐに送るハイエロファント。

 

ハイエロファント「やっと目を合わせてくれた・・・」

 

 蕩けるように表情を和らげ、目を細めるハイエロファント。

 

ハイエロファント「今まで、僕を見てくれてたんだね・・・(満面の笑みで)嬉しいよ、デス。ありがとう」

 

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 少しずつ、少しずつ、普段の顔に戻っていくデス。

 一旦落ち着いた後、今度はハイエロファントを見たまま、焦点の合わない目線を向ける。

 

デス「・・・何・・・言ってるんだ・・・」

 

 小刻みに、大鎌を持つ両手が震え始める。

 

デス「(覚束ない声で)ハイエロファント・・・何を言ってるか解ってるのか・・・?」

 

 直後。

 バッ!と右腕を真横に水平に振り抜き、左足を、ダンッ!と一歩前に踏み出すデス。

 

デス「(劈くような大声で)あたしは死神だぞ! 血塗られた運命を背負った死神だぞ! 厄介者と呼ばれ! 忌み嫌われ! 誰もが恐れる! 死を拒むのは生き物の本能だから当然だがな! そんなあたしに! 死神ごときに気持ちを寄せられて! おぞましいと思うのが普通だろ!」

 

 スッ、と右手をデスに向けて上げ、掌を翳すハイエロファント。

 首を大きく左右に振る。

 

ハイエロファント「死神ごとき、なんて言わないで。ましてや、おぞましい、なんて、思う訳ないよ」

 

 デスが、それを聞いてから右足を戻し、通常の状態で立つ。大鎌を左手に持って下げる。

 眼差しを彼に向け、信じ難いという雰囲気を纏う。

 悠然と腕を戻し、両手を後ろ手に組むハイエロファント。

 

ハイエロファント「君の役目は本当に大変なものだと考えてる。この世界の生命環の一端に位置するのが死神だよね。命は生まれて、育って、そして必ず死ぬ。それが古の大昔から続いていて、未来永劫へと繋がっていく。生命を誕生させるのが父なる神の役目なら、それを終結させて転生へと導くのが死神の役目だからね。君は、そんな大変な役目をずっと続けてきた。誰かに代わってほしい時だってあったろうし、もしかしたら辞めたくなったことだってあったかも知れない・・・でも、君は続けてきた。それだけの重い役目を、ずっと続けてきた。正直言うけど、『代わりに死神を』って言われたらすごく悩むと思う。続けられる自信もないし・・・君は、そんな大変な“仕事”を誰に委ねることもなく、責任と決意をもってやってきたんだ。本当に、凄いと思う。僕はね、デス・・・(すう、と一息つき)君を、心底尊敬してるんだよ」

 

 言葉を発する気配もなく、ただただハイエロファントを見詰め続けるデス。

 

ハイエロファント「本当に、心から尊敬してる。君はこのマジカルランドにとって、なくてはならない存在なんだ」

 

 ビクッ、と身体を一度反応させるデス。

 目線が泳ぐ。

 またハイエロファントを見て、再度泳がせる。

 

ハイエロファント「それと・・・(目を細め、柔らかい微笑みで)僕にとっても・・・ね」

デス「(視線を戻し)・・・え?」

ハイエロファント「君と話してると、とっても満たされるんだ。何より楽しい。その後、君と離れると、寂しくなる。そしてまた逢えた時は、前以上に嬉しくなるんだよ。だから、デス・・・(芯の通った声で、きっぱりと)もっと、僕と一緒の時間を過ごしてくれない?」

 

 掌を上にして、右腕をデスに向けて真っ直ぐに伸ばすハイエロファント。

 顔は暖かな笑みを浮かべたまま。

 デス、目を丸く見開いた状態で、唇を半開きにして停止。

 沈黙。

 沈黙。

 長い、長い、長い間。

 更に、間。

 すーっ・・・と、デスの両目頭から、二本の涙。

 続けざまに流れ出る。次々に流れ出る

 それが頬を伝い、ポト、と地面に落下する。

 次の瞬間。

 デスが、ぶわっ、と滝のように涙を溢れさせる。

 表情を崩れさせ、顔を真下に向け、嗚咽を喉元から込み上げさせる。

 尚も止まらぬ、涙。ポタッ、ポタッ、と次々と繋がる落涙。

 デスのブーツのつま先が、滲んでいく。

 優しい目を彼女に固定して、一歩ずつ近付いていくハイエロファント。

 目の前まで歩み寄って、両方の手をデスの両腕に、そっ、と添える。

 僅かに、ピクッ、と反応するデス。

 それから、おずおずと、頭をハイエロファントの右肩に軽く当てる。

 微笑んで、両目を閉じるハイエロファント。

 暫く、そのまま。

 

デス「(しゃくり上げながら)もう・・・終わったと思った・・・」

ハイエロファント「(首を左右に振り)終わってないよ。むしろ、これからだよ」

 

 デスの右の耳元に顔を寄せ、瞼を薄く開くハイエロファント。

 

ハイエロファント「これから、始めたい。(深く、優しい声で)僕も『恋に生きる』よ、デス・・・君さえ良ければ、君と、僕とで」

 

 デスは目を強く閉じ、口を、キュッ、と結ぶ。

 そしてハイエロファントの胸元で、コクン、とはっきりと頷く。

 再び瞳を閉じ、嬉しそうな笑みを惜しみなく表すハイエロファント。

 雲が大きく切れ、柔らかな陽の光が、森全体に降り注ぐ。

 森の道で、いつまでも身体を寄せ合う、ふたり。

 

 

★ (数日後)神殿・ハイエロファントの居室

 

 窓の外から、柔らかい光が差し込んでいる。

 書斎机の前に、腕組みをして立つジャスティス。明るい笑顔。

 椅子に座り、両手を机の腕に重ね、微笑んでいるハイエロファント。

 ハイエロファントの傍らに立ち、憮然としてジャスティスを見るデス。

 

ジャスティス「そっかー、それは良かった良かった。めでたしめでたし、だね!」

 

 突然。

 ジャキッ!と大鎌を瞬時に構え、刃をジャスティスの首元に当てるデス。

 

デス「(重低音を効かせた声で)・・・何を恩人みたいな顔をしている・・・」

ジャスティス「(平然として)やだなぁ、そんなコト言ってないじゃない。でも、どーせキミのコトだろーから、あのままだとエロファントに気持ち伝えらんなかったでしょ? いいキッカケにはなったと思うケドな」

デス「ぐ・・・(短く息を継ぎ、大鎌を戻し)ま、まあいい。だが・・・」

 

 クルッ、と身体を返して、大鎌を窓際に立て掛け、すぐにジャスティスに向くデス。

 

デス「(睨みながら)お前は何をしに来たんだ?」

ジャスティス「様子見だよ。エロファントにその後の経過を聞こうと思ってさ。そしたら君がいたんでしょ?(笑顔で)またまたそんな怖い顔しないでったら。まぁ、エロファントとふたりん時は、流石にそんな顔しないんだろーね」

 

 ぐぅっ、と言葉に詰まった様子で、頬を染めるデス。

 そんな遣り取りを、ニコニコと満面の笑みで眺めているハイエロファント。

 

ハイエロファント「ありがとうジャスティス、お陰様で、楽しく過ごしてるよ」

デス「(ハイエロファントを見詰め)こいつに礼など言うことはないだろ」

ジャスティス「ま、様子は判ったから、ボクはおいとまするね。まーたデスに、邪魔された、とか言われたくないしさ」

デス「だからあたしはそこまで言ってない!」

 

 くるり、と軽やかな足取りで踵を返し、扉の近くで右手を振るジャスティス。

 

ジャスティス「バイバイ、おふたりさん、まったねー!」

 

 ハイエロファント、右手を少し上げて、左右に振る。

 デス、腕組みをして、ふう、と小さく息を継ぐ。再びハイエロファントの傍らに立つ。

 扉を開けて廊下に出て、閉めようとするジャスティス。

 ふと、何かを思い出したように止まり、顔を居室内に向ける。

 

ジャスティス「あ、そうそう。(満面の笑みで)結婚式には呼んでねー!!!」

デス「(ボフン!と一気に真っ赤になり)なあっっっ!!!」

 

 パタン、と扉の閉じる音。

 一瞬、あっけに取られたような顔になるが、段々と照れた表情になるハイエロファント。

 

ハイエロファント「(頬を染め)ジャスティスってば、気が早いなぁ・・・どう思う? デス」

 

 ハイエロファント、傍らのデスを、艶やかな眼差しで見上げる。

 デス、顔だけでなく、肌全体を真っ赤に染め上げた状態で、硬直している。

 全身から蒸気が上がり、白目を剥いている。

 驚いて、目を見開くハイエロファント。

 沈黙。

 沈黙。

 スーッ、と緩やかな動きで、ハイエロファントに覆い被さるように倒れてくるデス。

 はっ、と間髪入れずに立ち上がり、ガシッ、とデスを両腕で受け止めるハイエロファント。

 

ハイエロファント「(大慌てで)わーっ! デスっ! しっかりしてっ!」

 

 数回、デスを軽く揺さぶるハイエロファント。

 どうしていいか判らない様子で、彼女を見詰め続ける。

 目を回して、完全に気絶しているデス。

 窓の外、二羽の鳥が飛んできて近寄り、中のふたりを羽ばたいたまま覗き込む。

 暫く見ていた後、綺麗な鳴き声を調和させ、空高く飛び去っていく。

 

 

 

【 恋せよ死神 ―コイセヨヲトメ― : 了 】

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