★ 神殿・ハイエロファントの寝室
デス「あの日のことを忘れたことはない・・・あの時、あたしの中で何かが弾けた。その日からだ、ハイエロファント・・・お前があたしの中にいつもいるようになった、のは」
ハイエロファント「(微笑んで)そうだったんだ・・・」
ふぅ、と小さな吐息をつくハイエロファント。
少しの、間。
ハイエロファント、一度僅かに頷く。
ハイエロファント「・・・僕の方も、話してもいい?」
デス「(間髪を入れず、嬉しそうに)聞かせてくれ!」
期待に満ち溢れた視線を、ハイエロファントに向けるデス。
再び首を縦に振り、柔らかい表情になるハイエロファント。
ハイエロファント「君と初めて逢うずっと以前からいろんな話を聞いてたよ。蒼いマントを着てて、髑髏の面をしてて、大きな鎌を持っている、とか・・・ただ、声は女性だっていう話も聞いてた。そう知って、何となくだけど、髑髏はお面で、素顔は別にあるんじゃないかな、って思った」
デス「(フッ、と笑い)正解だったな。面は“仕事”の時にしか着けない」
ハイエロファント「素顔はこんなに綺麗で可愛いのに、ね」
途端。
ぐうぅっ、と口を真一文字に結んで、頬を朱に染めるデス。
暫くの、間。
デス、ぷはぁぁぁ、と息を盛大に吐き、赤みの引かない顔を向ける。
デス「(照れた声色で)・・・いきなり言うな・・・言い過ぎだろ・・・」
ハイエロファント「言い過ぎじゃないけど、本音は言っちゃった、かな」
再度、ぐぅ、と押し黙るデス。
しかし今度はあまり間を置かず、しっかりと見詰め返す。
デス「(籠った声で)・・・続き・・・話してくれ」
ハイエロファント「あ、うん・・・(しっかりとした口調で)それで、勝手だったんだけど、どんな女性か想像してたよ。死神の役目に就いてるんだから、きっと落ち着いて重みのある雰囲気じゃないかな、って思ってた。今考えるに、君に初めて逢った時、名乗り合う前に判ったのは、予想していた通りの雰囲気だったからかな。むしろ、紅玉のような透き通った目とか、纏った神聖さとか、想像以上だったね」
デス「・・・だから褒め過ぎだ・・・あたしは今まで褒められたことなどないんだ・・・(拗ねたように、口を尖らせ)褒めても何も出ないぞ」
ハイエロファント「あ、声は思ったより僕好み、だったかな」
一気に赤面化して、何かを言い返そうとするデス。
息を飲んで停止し、凍て付いたように、それ以上何も出来ず。
申し訳なさそうに一度だけ目を伏せ、すぐに彼女を見詰め直すハイエロファント。
ハイエロファント「結論を言えば、君の存在を・・・死神の存在を知った時には、もう気になって仕方なかったんだ。だから、デス、君が僕の中にいるようになったのは、かなり前からなんだ。君と逢うより早かったと思う。そして君と逢って・・・決定的な気持ちになったんだよ」
デス「(驚いた様子で)そんなに・・・早かったのか・・・」
ハイエロファント「でも、僕がもっと早く気持ちを伝えていれば・・・君に負担を掛けなかったかも知れない」
デス「負担?」
ハイエロファント「・・・僕に話をするかどうかで、ずっと悩んでたんだよ、ね?」
数回、瞬きをするデス。
それから、ゆっくりと大きく確実に、首を左右に振る。
デス「負担なんて、思ってない。それどころか、知られまいとしていたくらいだからな」
ハイエロファント「デス・・・」
デス「負担を掛けた、なんて言うな。あたしが好きでお前を想い続けてたんだ、ハイエロファント。お前を想っている時間は、至福だった。(凛とした声で)今は、こうしてお前といられる時間が、至福以外の何物でもない」
直後。
目を見開き、これ以上ないほどの感激を表情に出すハイエロファント。
暫く、停止。
更に、間。
ハイエロファントの左腕が、急にデスの背中に回る。
彼女の左肩を掌で掴み、ぐぃっ、と強く自分の方に引き寄せる。
思い切りデスを抱き寄せるハイエロファント。
ハッ、とした顔を彼に向けるデス。至近距離に、彼の顔。
ハイエロファント、瞼を固く閉じ、嬉しそうな笑みを満面に湛えている。
ハイエロファント「・・・本当にありがとう・・・僕を好きになってくれて・・・」
デスの瞳が、艶やかさで輝く。
そして目を細め、そっ、とハイエロファントの首元に頭を委ねる。
それを感じ取り、更に、ぐっ、と肩を抱く腕に力を入れるハイエロファント。
互いの温もりを噛み締めている、ふたり。
暫くの、間。
ハイエロファント「デス、聞きたいことがあるんだ」
デス「(視線を向けて)何だ?」
すぅ、と息を吸い、ゆっくりと目を開けてデスを見詰めるハイエロファント。
ハイエロファント「君が良ければ・・・ここで、一緒に暮らさない?」
緩やかに、デスが両眼を開き、口元を少し引き締める。
目線を外し、何度か泳がせる。
それから、ハイエロファントの膝頭辺りに視界を落とし、切なげな表情を表す。
デス「(やや重い声で)それは・・・お前に迷惑が掛かるぞ。誰も神殿に寄り付かなくなる。死神がいる、って知って、喜んで来る奴などいない。お前の本来の役目は、ここに来る連中の救けになることだろ? あたしがいれば、それは本末転倒になる・・・死神の存在が与えるものは救けじゃない。(ギッ、と奥歯を噛み)ただの恐怖だ」
ハイエロファント「(首を大きく振り)そんなことはないよ。君は死神の役目に忠実に、多くの命を送ってきた。それは、この現世で苦しみ続けることから解放して、来世への橋渡しをすること・・・君がいなかったら、それは叶わない。転生することも出来ず、魂は無限の闇を彷徨っていると思う。でもね、デス、君が頑張ってくれているお陰で、命はちゃんと終わりを迎えられて、来るべき次の生に旅立てるんだ。君が、導いてくれているんだ。これは『救い』そのものだよ」
思わず、ハイエロファントを見詰め返すデス。
真摯で揺るぎない眼差しをデスに注ぐハイエロファント。
ハイエロファント「そのままでは迷い続ける数多の魂を救ってきた・・・(張りのある声で)それが、デス、君なんだ」
途端。
両目を驚嘆したように見開き、大きく呼吸をするデス。
そして段々と、非常に長く、ゆっくりと息を吐く。
同時に緩やかに、この上なく嬉しそうな、明るい笑みを浮かべ始める。
躊躇うことなく、ハイエロファントの背中に右腕を伸ばすデス。
そのまま彼の腰に掌を当て、ギュッ、と掴む。
デスの笑顔を目の当たりにして、優しく柔らかい微笑みを彼女に向けるハイエロファント。
ハイエロファント「(穏やかな声で)君は、何も気にしなくていいんだ。不安があるなら、僕が必ず取り除くよ。心配しないでほしい。だから・・・(囁くように)一緒に暮らす話・・・考えてもらって、いいかな?」
デス「・・・判った、考えておく。だが・・・どうしても一緒に住めない、となったら、その時は・・・(小首を傾げ)どうする?」
ハイエロファント「それでも、こうして逢ってくれれば・・・僕と同じ時間をいっぱい過ごしてくれれば・・・」
デス「(微笑みを湛え)そうだな・・・その時は・・・今以上に、逢いに来るから・・・今以上に、同じ時間を過ごしてくれ・・・」
大きく頷くハイエロファント。満面の笑顔。
直後。
ハイエロファント、右手をデスの腰に回し、両手でしっかりと抱く。
デス、両手をハイエロファントの両肩にしっかりと乗せる。
互いに密着するように、正面で向き合って身体を寄せる。
ハイエロファント「君と、ずっと一緒にいたい・・・それが、僕の望みだよ」
デス「ああ・・・それは・・・(目を細め)あたしと同じ望みだ」
顔を近付けていく、ふたり。
瞼を閉じ合い、流れる動作で唇を重ね合う。
デスの腰を、ぐいっ、と一際抱き寄せるハイエロファント。
ハイエロファントの両肩に置いた掌に、ぐっ、と力を込めるデス。
更に深く重なり合う、ふたりの唇。
寝室の高窓に差し込んでいる陽が、一瞬虹色に煌く。
直線の光が、静かに柔らかく変わっていき、夕焼けの彩りを部屋に注ぎ込み始める。
【 主よ、人の望みの喜びよ : 了 】