ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ 作:ぐーたら提督
あと、この作品ではポケモンが話す時は『』を使うようにします。かなり少ないですが。
「着いたぁ!」
「ピッカー!」
この日、港にやけに騒がしい、されど楽しそうな二つの声が飛行機の入り口から響く。
発生源の一つは、元気を形にした少年で、その目はわくわくで輝いている。
もう一つは少年の肩に乗っている黄色の身体に、先が黒い二つの耳、赤い頬っぺや稲妻を形をした尾が特徴の可愛らしいポケモンだった。
「ここがイッシュ地方か~、どんなやつがいるのか、今から楽しみだな。ピカチュウ!」
「ピカピ!」
少年の名はサトシ。今いるこの地ではなく、カントーと呼ばれる地方のマサラタウン出身のポケモントレーナーだ。
まだ若くはあるが、こう見えても様々な地方が多くの実績を残してきた経験者である。
そんな彼が見知らぬ地方である、イッシュに訪れたのは、ここで新たな旅を始めるためではなく、単に母親のハナコの旅行に連れ添って来ただけである。
にも拘らず、ハイテンションだが、サトシもピカチュウもその程度気にもしない。
「じゃあ早速、新たな地方への第一歩を――」
「……ピカ?」
何はともあれ、イッシュへの第一歩を踏み出そうとしたその時だった。ピカチュウは感じたのだ。向こうにある雷雲と――『何か』を。
「ふーん? 何か起きそうね……。行こっ、キバゴ!」
「キバ!」
「……雷? 今日は晴れのはずだけど……やれやれ、折角の日なんだから、早く止んでくれないかな」
「間違いないね。あの雷……。いや、でも僕達の目的地はあそこじゃない。ゾロア、行くよ」
「ゾロ」
同時にその雷を、少女と幼竜、少年、青年と子狐がそれぞれ違う場所で見ていた。彼等はそれぞれの目的を持ち、その地へと向かう。
その『何か』は、ピカチュウが感じる雷雲の中で、今は身心を休めるべく風に身を任せながら静かな眠りに着いていた。
雷雲の中にいるのは、『何か』は過去、その巨大な力を狙われた事があり、悪人や面倒な存在に目を付けられぬよう、激しく轟く雷雲の中でこうしていたのだ。
(……何だ?)
ピカチュウがその何かを感じた様に、その何かもピカチュウの存在を感じ取っていた。
それは同じ属性の存在だからか。本来はこの地にいない稲妻の波動を感じたからか。ピカチュウが鍛えられた強者だからか。それとも他の理由が有るのか。
何れにせよ、今互いは互いの存在を強く認識していた。何かはゆっくりと意識を覚醒させる。
その下に写る景色には、自分が感じた存在であるピカチュウと、一人の少年がいた。ピカチュウの主だろうか。
ただ、何かは直後に気付いた。ピカチュウは棒に繋がった何かの檻に囚われており、助けようとしているのか少年がしがみついている。
棒の先に視線を動かすと、黒衣を纏う男女とこれまた見たことないポケモンが何かの瞳に写る。
何かは知らないが、その男女とポケモンはロケット団と呼ばれる悪の組織のメンバーであり、今はサトシのピカチュウを奪おうとしていたのだ。
(……)
存在は何を思ったのか、青き稲妻を落とした。その稲妻はピカチュウを捕らえる檻を容易く破壊。
サトシとピカチュウ、ロケット団を軽々吹き飛ばし、辺りの機器に大きな負荷まで与える。その力の凄まじさが伺えた。
(……!)
しかし、ここで何かも予期せぬ事態が発生する。自身とピカチュウは同じ属性。それ故か、辺りの雷雲の稲妻が誘発され、避雷針の様にピカチュウに叩き込まれてしまったのだ。
「――ピカチュウ!」
その様にサトシは叫ぶも、ピカチュウの視線に釣られ、雷雲を見つめる。
先の稲妻を攻撃と認識してしまったピカチュウは、自身の金色の稲妻を雷雲目掛けて開放するも、蒼い雷鳴に相殺されてしまう。
しかも、雷雲が反応したのか膨大な雷が嵐のように荒れ狂う。
「ポケモン、なのか……?」
辛うじてその存在を感じ取ったサトシは、ピカチュウと一緒に見据える。
(……ふむ)
こんな危険の最中にも関わらず、ピカチュウから離れようとせず、瞳も戸惑いの色は混じれど、真っ直ぐで純粋。何かはサトシにそんな印象を抱いた。
(去るか)
これ以上は目立つ。サトシやピカチュウだけなら未だしも、他の多くの目に着くのは避けたい。
何かは周りの目眩ましに雷を放射、雷雲を消滅させる。その一瞬の隙にそこから姿を消した。
しかし、その際の雷の一つが再度ピカチュウに叩き込まれてしまったのは、気付けなかった。
「う……」
さっきまでの雷雲が嘘のような快晴の空の下、サトシが辺りを見渡す。
ロケット団も、雷雲も無く――次にピカチュウが倒れていることに気付き、駆け寄って抱き抱える。
「大丈夫か、ピカチュウ?」
「――ピカ!」
幸いなことに怪我は無く、サトシは相棒を抱き締めた。
「サトシ!」
其処に年の差がある男女が近寄る。サトシの母のハナコとオーキド博士だ。
「貴方もピカチュウちゃんも、大丈夫?」
「何ともないかの?」
「大丈夫です。なっ、ピカチュウ」
「ピカ! ――ピッ?」
サトシもピカチュウも大丈夫と告げるも、その瞬間、ピカチュウの頬っぺに小さな雷電が迸る。しかし、特に異常は感じず、何時もの動作でサトシの肩に乗った。
「それにしても、凄い雷だったわ……」
「全くじゃ、無事で良かったわい」
そのやり取りでサトシは先程の件を思い出した。
「そうだ! あいつは?」
「あいつ?」
「あの雲の中に、何かがいたような気がしたんです」
「なんと? しかし、わしらは見とらんが……」
「私も……」
「そう、なんだ……」
(……なんだったんだろ?)
二人は見てない様だが、自分とピカチュウは確かに感じた。あの雷雲の中に潜む存在を。
「あらら、オーキド博士。ここにいましたか」
そこに、一人の女性が近付いてきた。明るめの茶髪を独特な髪型にしており、耳には赤い菱形のイヤリングを付けている。
「おぉ、アララギ博士」
「お迎えが遅れてすみません。さっき、凄い雷が鳴っていましたが……お怪我は?」
「大丈夫じゃとも。サトシ、ハナコさん。この方はアララギ博士。この若さでイッシュ地方のポケモン研究を牽引する大人物じゃ」
「へぇ~!」
見たところ、オーキドの半分も年を取ってなさそうにも関わらず、博士の称号も持つ女性。それだけでも才気と実績に溢れた人物なのだと理解出来る。
「凄い方ですわ。わたしはハナコと申します」
「俺はサトシです! こっちは相棒のピカチュウです!」
「ご丁寧にありがとうございます。ここではなんですから、続きはわたしの研究所で」
その提案に異を唱える者はおらず、三人と一匹はアララギが用意した車で研究所に向かう。
「どうかしら、サトシくん。初めて見るポケモンばかりでしょう?」
「はい!」
「ピカ!」
向かう最中、森でピンク色の体毛が特徴の鹿に似たポケモンがこちらと平行して走り、空では灰色の体毛に胸が白いハートのような形をした鳥ポケモンが大量に飛び、葉や木の影では、赤い目と明るい茶色の体毛に白い尻尾のねずみのようなポケモンがいた。
一匹一匹を見る度に、少年の心はわくわくで満ちていった。
「――ピ?」
また、ピカチュウの電気袋からバチバチと雷電が溢れる。
「そう言えば、さっきもバチバチしてたわね……」
「うん……」
ピカチュウはぶんぶんと顔を振り、何ともなさそうに笑顔を見せるも、相棒としてサトシは不安だった。
「着いたら、調べてみましょう。何かしら調子が悪いのかもしれないわ」
「お願いします」
「ただ、カントーのポケモンは珍しいので、教えてくださいね。オーキド博士」
「うむ。了解じゃ」
「こっちでは珍しいんですか、ピカチュウ?」
「えぇ、野生のピカチュウはまだ確認されてないの」
今までの地方では、ピカチュウは差ほど珍しくは無かったのだが、イッシュでは違うらしい。こっちでは珍しい存在と知り、何となくピカチュウを見つめる親子。
「アララギ博士の研究所でも、初めて見るポケモン達に会えるじゃろう」
「楽しみにしててね」
「はい!」
また新しい、水辺で毛繕い白鳥の様なポケモン達。彼等はサトシ達に気付くと、水辺から空へと優雅に飛び立った。
「新しいポケモン達かあ……!」
その様を眺めながら、サトシとピカチュウは新しい出会いに期待を募らせていった。
しばらく立つと、景色に人工物が混ざる。人の町が近い証だった。
「――ここがカノコタウンよ」
「カノコタウンですか」
特別目立った建物や派手さはないものの、良い感じがする町だとサトシは感じていた。
「研究所はもうすぐよ」
その言葉通り、十分もしない内に立派な外見の建物に到着。多少の説明をされると、早速、ピカチュウの検査が行われる事となった。
「ピカチュウ~……」
器材の上で、頭や頬っぺ、腹に検査の為の道具に繋がれたピカチュウ。かなり不満そうだ。
「どうかね?」
「彼の話では、かなりの量の電気を浴びたそうですが……数値上では問題は見当たりません」
モニターを慎重に確認するアララギだが、データ上では異常は存在しなかった。
「大丈夫なんですね!? 問題ないみたいだぞ、ピカチュウ!」
「ピカ!」
「ピカチュウ。もうちょっとだけ我慢して頂戴。まだ幾つかだけ検査があるから」
「……もう少し辛抱な」
「ピカ~……」
やったと喜ぶピカチュウだが、もう少しだけ続くと知り、落ち込んでしまう。
「――アララギ博士。宜しいでしょうか?」
扉が開き、一人のふくよかな助手が入ってきた。
「何?」
「今日旅立つ、新人トレーナーの子がやって来ました」
「あらら、もうそんな時間だったの?」
「新人トレーナー?」
もう時間になったのかと呟くアララギの近くで、サトシは新人について気になっていた。
「アララギ博士はわしと同様、この地の新人トレーナーに最初のポケモンを渡す役目も担っているのよ」
「最初のポケモン!?」
つまり、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメの様なポケモン達がいるということだ。ポケモンが大好きなサトシとしては当然気になる。
「新人の子の用だから、あなたに渡すには行かないけど……。見るだけなら構わないわよ。どうする?」
「その、新人トレーナーも見てみたいのでお願いします!」
「決まりね。こっちよ」
玄関で、シャッター音とフラッシュが何度も発生する。薄緑に近い金髪とグレーの瞳をし、カメラを持つ少年が、慣れた手付きで撮影していたのだ。
「シューティー君、お待たせ」
少年の名は、シューティー。今日からポケモントレーナーとして旅立つ新人である。
「こんにちは、アララギ博士。やっと僕にもポケモントレーナーとして旅立つ日が来ました」
「今日を心待ちにしていたものね。ポケモンの世界へ、ようこそ!」
少年の門出を祝う様に、アララギは微笑む。
「ねぇ、君! 昨夜は眠れなかったんじゃないか? 俺もそうだったもん~」
そこにサトシが自身の旅立ちの日の前日を語る。あの日は本当に楽しみだった。興奮のせいか、遅刻して色々あったの余談だ。
「君は……?」
外見から分かるように、子供だ。ここの研究員とは思えない。シューティーが疑問を抱くのも当たり前の反応だろう。
「紹介するわね。彼はカントー地方のマサラタウンから来たサトシくん」
「宜しく、シューティー!」
「カントー、マサラタウン……」
その二つを知ると、シューティーは不敵な笑みを浮かべる。
「何がおかしいんだ?」
「いや、随分と田舎から来たんだな、と思ってさ……」
「田舎とは何だよ!」
小馬鹿にしたような発言に、サトシも流石にムッとする。
「シューティーくん。それは失礼よ」
冷たさが少し混ざった声が響く。アララギだった。彼女は腕を組むと、続きを語る。
「遠い地方から来たからとはいえ、田舎呼ばわりは偏見と変わらないわ。それに、マサラタウンはポケモン研究の第一人者であるあのオーキド博士が熱心に調査をなさっている町。……あなた、それを田舎と馬鹿するのかしら? 失礼極まりないわよ」
子供の手助けをするのが自分達の役目。それは時に叱咤することも含まれている。
「も、申し訳ございません」
遠い地方と聞き、つい田舎なんだなと感じたシューティーだが、自分の発言の失礼さに慌てて頭を下げる。
もし、オーキド博士がいたら、失言では済まされないのだ。当然の対応である。
「シューティーくん? あなたが謝るべきはわたしかしら?」
他に謝るべき人物がいる。それに気付き、シューティーはサトシにも頭を下げる。
「……さっきの発言はごめん。田舎呼ばわりして済まなかった」
「分かってくれたらいいよ。そうだ、一度マサラタウンに来ないか? すっげぇ良い所なんだぜ! 空気は綺麗で水は美味しいし、草木は生い茂ってて、ポケモンが生き生きしてるんだ!」
サトシは少年だが、謝罪をした相手を許さないほど子供ではない。あっさりと許し、その上来ないかと勧誘している。
「へぇ……」
さっきとは違い、シューティーは興味深そうにサトシの話を耳を貸す。
彼もまだ少年だ。偏見さえなくせば、意外と他の場所の事は気になるものである。それに、高名なオーキド博士がいるのだ。気にしても仕方ない。
「あらら? シューティーくん、こっちのこと忘れてない?」
「あっ……ごめん、サトシ。先ずはこっちから終わらせてほしい」
「良いよ良いよ。こっちこそ話しかけちゃってごめんな」
シューティーはありがとうと告げると、助手が運んできたカート。それに乗っている三つのモンスターボールに目を向ける。
「じゃあ、この三つのモンスターボールにいる子達の中から、選んでね。先ずは炎タイプのポカブ!」
アララギが一番右のモンスターボールを放ると、中からオレンジの身体に頭の上側や耳、爪先や尻が黒の火豚ポケモン、ポカブが現れる。
「へ~、ポカブってというのか~」
サトシが近付くと警戒したのか少し離れ、そこで火が混じった鼻息を吐き出す。それを見てサトシは元気が良いなと感想を抱いた。
「続いて、水タイプのミジュマル!」
アララギが二つ目のモンスターボールを投げる。中からは、期待に満ちた眼差しをした、濃い水色の身体にホタテがあり、頭や手が白く、目や尾、足は黒いラッコポケモン、ミジュマルが出てきた。
「お~、可愛い~!」
「ミジュ? ミジュ~~」
サトシにかわいいと言われて嬉しかったのか、さっきのポカブと違って喜びの笑みを浮かべるミジュマル。
「最後の子は、草タイプのツタージャ!」
最後のモンスターボールが投げられ、自信に満ちたつり目に緑と白の身体、葉っぱの尾を持つ草蛇ポケモン、ツタージャが両手を身体に当てて鳴く。
「あははっ、お前は自信満々なやつだな!」
三体は一列に並ぶと、シューティーと向き合う。
「三体とも、良いな~! どれも育て甲斐がありそう~!」
「……一応言っておくけどサトシ、選ぶのは僕だよ?」
「思うのは自由じゃん!」
「……まぁ、そうだけどね」
それに、サトシの発言には一理ある。確かに育て甲斐が有りそうで、正直自分も迷っている。しかし、選べるのは一体だけだ。
「……」
しばらく見つめ、シューティーはカメラで一枚撮る。
「ツタージャにします」
自信満々な態度が気に入ったのか、シューティーはツタージャを最初の相棒に決めた。
少年の決定に、ツタージャは当然!と言わんばかりに笑みを浮かべ、ポカブはむーと不満気な顔に、ミジュマルに至ってはショックから石へと化して倒れてしまった。
「OK、じゃあこれ、ポケモン図鑑よ」
「ありがとうございます」
シューティーはアララギからスライド式のポケモン図鑑を受け取り、早速ツタージャの情報を確認する。
『ツタージャ、草蛇ポケモン。常に冷静で物事に動じない。尻尾の葉っぱで光合成して、エネルギーを作る』
「へぇ、尻尾からエネルギーを作るんだ」
「みたいだね」
後は実際に確認するべきだろう。日がある内は外に出した方が良いかもしれないと、シューティーは考えておいた。
「次はモンスターボール」
情報を知ると、アララギから五つのモンスターボールを手渡される。
「ポケモンは連れて行けるのは六体までよ」
「えぇ、基本ですね」
次にもう一つモンスターボールを渡される。これはツタージャが入っていたものだ。
「行こう、ツタージャ」
「タジャ」
シューティーはツタージャをモンスターボールに仕舞わず、そのままにする。さっきの説明を見て、今日一日の様子を把握しようと考えたのだ。
「シューティーくん。今からあなたの旅が始まるわ。頑張ってね」
「はい! ありがとうございました!」
シューティーは力強く頷き、アララギに一礼。サトシにもじゃあと告げると研究所を出る。
サトシは少し考えると、シューティーの後を追う。そんなに時間は経ってないため、直ぐに追いつけた。
「シューティー!」
「サトシ? まだ何か用があるかな?」
話し掛けられ、シューティーは足を止める。足元ではツタージャがサトシを見上げていた。
「これからジムに向かうのか?」
「あぁ、ジムに巡り、バッチを八つ集めればイッシュリーグに挑戦出来る。基本だろ?」
但し、シューティーの目標は其処ではない。彼にとってイッシュリーグは通過点と考えている。勿論、簡単に行くとは思っていないが、挑戦するだけの価値も意味もある。
「そっか、カントーとか他と同じなんだ」
「他? それにカントーも? ……一つ良いかな?」
大差は無いらしいと考えていたサトシだが、その発言からシューティーは一つ引っ掛かっていた。
「何?」
「君は――」
「ピカピー!」
シューティーの質問に入り込むように、聞き覚えが何度もある声にサトシが反応する。
向こうを見ると、ピカチュウが軽やかな動きで駆け寄り、自身の肩に乗っかった。
「検査は終わったのか?」
「ピカ!」
「その、ポケモン……!」
良かったと喜ぶサトシだが、シューティーは相棒のツタージャと違ってそれどころではない。咄嗟に図鑑を使い、確認する。
『ピカチュウ、ねずみポケモン。ピチューの進化系。尻尾を立てて周りの様子を探っていると、時々雷が尻尾に落ちてくる』
「やっぱり、ピカチュウ……! どうして――」
このイッシュに、とシューティーは溢し掛けたが、気軽にサトシの肩に乗っている点や彼がカントー出身の人物であることを考慮すれば、誰でも簡単に気付くだろう。目の前のピカチュウはサトシのポケモンなのだと。
「そのピカチュウの写真、撮らせてくれないか?」
「写真……?」
さっきのシューティーと同じ様に疑問を抱くも、アララギの説明を思い出した。ピカチュウはイッシュでは珍しいポケモンなのだ。
「まぁ、少しぐらいなら……」
「ありがとう」
ちょっと眩しいよとサトシとピカチュウに告げると、シューティーは数回だけカメラで撮影する。
「これで終わり。良い記録が撮れたよ」
「どういたしまして。にしても、本当にピカチュウって珍しいんだなあ……」
「ピカ~……」
「まあね。アララギ博士から聞いたかもしれないけど、こっちじゃあ他の地方のポケモンはほぼいないんだ。だからびっくりしたよ」
「それなのに、田舎は失礼じゃないか?」
「……忘れてくれ」
さっきの失言を蒸し返され、シューティーは気まずそうだ。
「冗談、冗談」
「やれやれ、君は意外と意地悪だね。まぁ良いよ。それよりもさっきの質問だけど……」
「質問?」
「カントーや他の地方の話だよ。君、もしかして、今まで色々な場所で旅をしてきたのか?」
「うん。カントー、オレンジ、ジョウト、ホウエン、シンオウの計五つ」
「五つも……!? り、リーグは!?」
「全部出たよ。優勝はオレンジだけだけどな」
遠くから来た新人かと思いきや、実際は経験豊富な先輩。しかも、一つとはいえ、優勝までしている。またまたシューティーは驚愕する。
「……えと、サトシ先輩。一つ宜しいですか?」
(先輩?)
シューティーの先輩発言や言葉遣いに、サトシは困惑気味だが、とりあえず質問に答えることにした。
「そんなに旅をしているのなら、サトシ先輩はどうしてピカチュウを進化させていないんですか?」
ピカチュウにもう一つの進化、ライチュウが有ることをシューティーは知っている。それ故に、気になったのだ。サトシのピカチュウがライチュウに進化してないことに。
「シューティー、俺はさ。進化の判断はポケモン達に委ねてるんだ。だから、こいつらが嫌なら俺はそれを尊重するよ」
「……何故ですか? 進化すれば、もっと強くなります。その方が――」
「シューティー」
経験が込められたかのような強い声色に、シューティーは息を飲む。
「進化ってさ。そんな単純じゃないんだよ」
「単純じゃない……?」
「そっ、心はそのままなのに、身体は大きく変わるんだぜ? 戸惑いも出たりする。それに、進化のせいで苦しむ事だってある。技が使えなくなったり、大きな身体のせいで今までの速さを失ったり」
今まで知識しか調べて来なかったからこそ、知れなかった進化の欠点。それを知り、シューティーはまた驚愕に包まれる。
「だから、俺はこいつらに判断を任せる。そして、困難が有ったら一緒に解決していく。そう決めたんだ」
誰に何と言われようが、これを変えるつもりはない。それはサトシの大切な信念の一つなのだから。
「勿論、シューティーにはシューティーの考えがある。それをどうこう言う気は無いよ。ただ――俺達には俺達のやり方がある。それは理解して欲しい」
「……すみませんでした」
反論を出すだけの経験もない、新人のシューティーには謝ることしか出来なかった。
サトシの言う通り、彼には彼のやり方がある。それに他人の自分が口を挟むのは失礼だろう。
「分かってくれてありがとう。あと、何でさっきから敬語だったり、先輩なんて付けたんだ?」
「いや、だってサトシ先輩は僕よりも多くの旅をしてますし……」
「そんなこと気にすんなよ。俺はジムリーダーでも四天王でもチャンピオンでもない、ただのトレーナーだぜ? 気楽に話し掛けてくれよ、なっ?」
屈託のない笑みと差し出された手に、シューティーは思わず苦笑いすると手を握る。その手は、暖かかった。
「そうさせてもらうよ、サトシ」
「それでよし!」
ニヒヒと笑うサトシに釣られ、シューティーも微笑む。直後、真剣な顔付きになった。
「サトシ。頼みがある。――僕と戦って欲しい」
「俺と?」
「あぁ」
何しろ、五つのリーグを経験し、その内一つは優勝までした実力者だ。壁を知る相手としては申し分ない。いや、寧ろ有りすぎる。この先の為にも、是非とも勝負して見たかった。
「――良いぜ、シューティー」
サトシは、その勝負を受けた。
研究所の外にあるバトルフィールド。そこでサトシとシューティー、ピカチュウとツタージャが向かい合う。
しかし、一匹のポケモンがそれをこっそりと見ているのは、誰も気付かなかった。
「何時でも良いぜ、シューティー!」
「ピカチュ!」
「あぁ! ……ツタージャ。僕達の初戦、そして、初めて体験することになる敗北だ。胸を借りるつもりで挑もう」
「タジャ!」
さっきまでこそ、陽気な雰囲気を漂わせていたサトシとピカチュウだが、今は歴戦の実力者に相応しい、戦意と迫力に満ち溢れている。
こうして向き合うと、一層強く認識でき、思わず怯みそうになった。ツタージャも同様だ。
「先手は譲るぜ」
「なら、遠慮なく! ツタージャ、たいあたり!」
「ター、ジャ!」
足に力を込め、ツタージャは身体ごとぶつかろうと突進する。
「ピカチュウ、かわせ!」
「ピカ!」
その体当たりを、ピカチュウは軽やかにかわす。ツタージャは何度も行うが、全て当たらない。
研究所でそれなりに鍛えられてはいたのだろう。かなりの速さがある。
しかし、所詮は初心者用のポケモン。幾度の戦いで磨かれた実力を持つピカチュウには、速さもキレも及ばなかった。
「速い……!」
それでいて、動作に無駄が一切ない。こちらの体当たりが当たるどころか、掠りすらしていない。全て余裕を持って避けている。
まだ回避だけにも関わらず、サトシとピカチュウの実力の高さ、即ちリーグのレベルをシューティーは痛感していた。
「そろそろ、こっちも行くぜ!」
「来るぞ、ツタージャ! 回避に専念しろ!」
「タジャ!」
「でんこうせっか!」
ツタージャはかわそうとした。しかし、その時には既にピカチュウは目前におり、その突撃をただ食らうことしか出来なかった。
「タジャ……!」
「大丈夫か!?」
「タジャ!」
ダメージはキツいが、ツタージャは踏ん張った。
「良かった。それにしても、なんて速さだ……!」
文字通り、電光石火。対処する間もなく、攻撃を受けてしまった。
(あれが連続で来たら……!)
間違いなく、それだけで敗北してしまう。その確信があった。
まだ一つしか技を使っていないのに負ける。絶対的な実力差があるとはいえ、それはごめんだ。
(やるしかない!)
ツタージャが今放てる技にして、最強の技を。
「ツタージャ、グラスミキサーだ!」
「――グラスミキサー?」
(知らない?)
サトシの態度に、シューティーは彼がこの技を知らないと把握する。
そう言えば、この技は最近発見された技とも聞く。だとしたら、彼等が知らなくても無理はない。そして、知らない以上は格上の彼等にも意表は突けるはずだ。
「ター……!」
ツタージャがその場で回転。その動きに合わせ、大きな渦が大量の葉を伴って出現する。
「こりゃ、かなりの技だぞ、ピカチュウ」
「ピカ!」
「やることは分かるよな!」
勿論、と言いたげにピカチュウは頷く。十万ボルトで迎撃するのだ。
「――発射!」
「ジャーーッ!」
木の葉を伴う渦が、音を立てながらピカチュウ迫る。
「ピカチュウ、十万ボルトだ!」
「ピ~カ~、チューーッ!」
力を込め、大量の電気を放とうとした。しかし――何も出ない。
「……えっ?」
その呟きはサトシだけでなく、シューティーもだった。そして、無情にも木の葉の嵐はピカチュウを飲み込み、ダメージを与えていく。
嵐が消えると、そこにダメージを負ったピカチュウの姿があった。
「タ、タジャ?」
「ミジュ……?」
その場にいる、全ての者が戸惑っていた。
「どう、なって……?」
「ピ、カ……!」
「ピカチュウ……! もう一度、十万ボルトだ!」
「――ピカ!」
「ツタージャ、構えろ!」
今度こそ来る。そう思ったシューティーとツタージャだが――やはり、何も出ない。
「これは、一体……?」
明らかに何かがおかしい。冗談にしては、サトシもピカチュウも戸惑っている。
ミスにしても、あれほどの電光石火を放てる彼等がこんなミスを犯すだろうか。
「ピ、カ……! ――ピカァーーッ!」
何が何でも放とうとしたのか、ピカチュウがまた十万ボルトを使おうとした。その時バチッ、と火花と雷電が電気袋から溢れる。
「――シューティー! ツタージャ! 避けろ!」
「……えっ?」
サトシの言葉に頭が付いて行けなかったが、直後にピカチュウから眩しい程の輝きが放れたのを見て、危険を察知。慌てて、ツタージャをモンスターボールに戻す。
「ピ……カアァァアァアアァ!」
ピカチュウの悲鳴と共に、バトルフィールドを飲み込むのではないかと思わせ、天に高く届くほどの雷の柱が、大気と周囲に大地に炸裂した。
「あ、危なかった……!」
一分ほど経った頃、離れた場所から黒焦げになったバトルフィールドを見て、シューティーは冷や汗を大量に掻く。あのままいたら、確実に巻き添えを受けていた。
「それにしても……!」
凄まじい威力の雷に、シューティーは戦慄を感じざるを得ない。これがピカチュウの力。
「……サトシ!」
そう言えば、彼はどうなったのか。探すと、雷撃の余波を受けたのか、服が焦げているがピカチュウの側にいた。シューティーも近付く。
「大丈夫かい!?」
「平気! それよりも……!」
抱えているピカチュウは呼吸は荒く、ぐったりとしていた。明らかに無事ではない。
「何かしら? 凄い音が鳴ってたけど――って、サトシくんとシューティーくん?」
「どうしたのじゃ?」
ただならぬ音を聞き、確かめに来たオーキドとアララギは二人に気付くと近寄る。
「それが、試合をしていたんですが、ピカチュウはどうやら電気技を使えなくなったと思ったら、突然とんでもない電気を放って……そのあと、こうなったんです!」
「間違いはありません。僕も見てました」
「とりあえず、研究所でもう一度検査を――」
「……ん? なんじゃ?」
「空が……暗く?」
二人は素早く事情を語る。それを聞き、二人の博士が研究所での再度の検査を行なうとしたその時。急に空が暗くなったのだ。
四人が空を見上げる。すると、膨大な量の雷雲が立ち込めていた。
「な、何で急に雷雲が!?」
「この、雷雲……!」
天気の急変に、シューティーや二人の博士が驚愕する一方、サトシとピカチュウはさっき感じた『何か』を再び感じ取っていた。
一つの線が、迸る。直後、光が彼等の視線を塞いだ。
「…………えっ?」
光が消え、眩みから回復したサトシが呆然とした声を溢す。他の三人に至っては、声も出せずにいた。
何故なら彼等の目の前には、さっきまでいなかったはずの存在がいたのだから。
「……」
「……ポケモン?」
現れたのは、黒い巨大な身体、大きな翼に逞しい腕、発電機と一体化したような尾を持つ竜のポケモン。その風格、威圧は並々ならぬものだった。
「お前は……?」
初めてのポケモン。当然サトシは知らないが、シューティーとアララギは別だった。
「あ、アララギ博士……! まさか、まさかこのポケモンは……!」
「え、えぇ、間違いないわ……! イッシュ地方に存在し、理想を持つ英雄の前に姿を現し、力を貸すと言われる、伝説のポケモン――ゼクロム!」
イッシュ地方に生まれ育った者として、シューティーもアララギもその存在は知っていた。
しかし、まさか目の前で目撃することになるとは、予想外以外の何者でもない。
「伝説のポケモンじゃと!?」
「ゼクロム……!」
物語の始まりを告げるかの様に、理想を司る雷竜は今降臨した。