ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ 作:ぐーたら提督
「あの、ジョージさん。……最近、捨てられたポケモンっていませんでしたか?」
「……捨てられたポケモン?」
一旦、サトシのその質問をした頃まで時間を戻す。サトシの恐る恐るの問いに、ジョージも真剣な表情を浮かべていた。
「……どうして、そんな質問を?」
「さっき、ジョージさんは言ってました。それなりに時間が経ったのに、はぐれたポケモンの件が広まってないのは変だって。って事は、もしかすると……」
「……そもそも、捜す気がない。つまり、捨てられたポケモン。という事だね?」
「……はい」
そう考えると、辻褄が合ってしまうのだ。
「……一匹、いた」
「いたんですか……!?」
違ってほしかった推測だが、無情にも当たってしまった。
「あぁ……以前ここを訪れたトレーナーが、捨てていたポケモンが。ポカブだ」
「ポカブ……」
『ポカブ。火豚ポケモン。鼻の穴から炎を噴き出すが、体調が悪くなると炎ではなく煤けた煙を出す』
「でも、どうしてそのトレーナーは……」
「……バトルに負けてしまったポカブを、弱いポケモンはいらないからと杭に繋いで去って行ったんだ」
「自分の力の無さを棚に上げて捨てるなんて、なんて酷いことを……!」
今はリザードンとなったヒトカゲを捨てたトレーナー、ダイスケや、モウカザルとなったヒコザルを手放したライバル、シンジを思い出す。
しかし、焦っていた時期にあった、相性や相違から手放し、ヒコザルも渋々だが納得しており、その後も気にはしていたシンジはともかく、身勝手で手のひら返しまでしたダイスケと同じ――いや、それ以上に悪質なトレーナーだった。
「君の言う通りだな」
先のバトルを見ていたからこそ、ジョージは断言出来る。サトシの言葉の正しさに。
彼はポケモンの力を見事に引き出し、勝利していた。その彼や、先のバトルを見たジョージからすれば、そのトレーナーはポカブの力を全く引き出せてない未熟かつ、最低のトレーナー以外の何者でもない。
せめて、自分達に一言でも言っていれば、話は違っただろうが。
「そのポカブは……?」
「分からん。保護しようとはしたが、その前に自力で縄を噛みきって何処かへ行ってしまったんだ」
「縄……。もし、その時の縄が口に絡まってたら」
少しずつ、ピースが填まっていく。今回の事件との。
「まともな食事など出来んな……。相当痩せ細っている事も考えられる」
「って事は、謎のポケモンの正体は……!」
「ポカブに違いない! 直ぐに捜索、保護せねば……!」
最悪命を落とす可能性もあり得る。一刻も早く、保護する必要があった。
「だが、その前に……。一つ対策せねばならん」
「対策?」
「アイリスくんが言っていた、ロケット団についてだ。儂等がポカブを保護している間に、また倉庫を狙うかも知れぬし、何よりも保護の邪魔になる可能性が高い」
ジョージの心配は尤もだ。捜索をしている間、ロケット団が倉庫に向かう可能性がある。邪魔や妨害も考えられるし、対策は必須だ。
「じゃあ、こうしませんか? 謎のポケモンの正体はまだ俺達しか知りません。だから、表向きはブラッキーを捜すという事にするんです」
「なるほど。そうすれば、ロケット団は儂等を遠ざけようと偽のブラッキーで誘き出そうとするはず。そうして、引っ掛かったフリをして連中を捕まえる。うむ、悪くない策だ」
ジョージはサトシの案を採り入れ、捜索をしている職人に他に然り気無く説明する様に伝え、その後サトシとポカブが来る可能性が高い、倉庫に移動したという訳である。
「しかし、あんなに痩せてるなんて……」
身体もかなり汚れている。これでは別のポケモンに間違われても無理は無かった。
「今はとにかく、ポカブを保護しよう。タイミングを見計らい、決して刺激はせんようにな」
「分かってます」
不幸中の幸いだが、ポカブは弱っている。上手く行けば簡単に保護出来る筈だ。
ポカブがポケモンフーズに気を取られている隙に、二人は草で身を隠しながらポカブの左右に動く。
前後にはピカチュウとミジュマル、空にはマメパトがいる。逃げ場はない。
「三……二……一――!」
ジョージが手でサトシにタイミングを送り、サトシも同様の方法でにピカチュウとミジュマル、マメパトに伝える。そして、一斉に確保しようとしたその時だった。
「サトシ? こんなところで何してるのよ?」
「アイリス……!?」
「キバ?」
「――ポカ!?」
運悪くアイリスとキバゴが戻って来てしまった。その声に反応し、ポカブはその場から逃走。サトシ達が気を取られた事も有り、包囲から出てしまった。
「もう! こんな時に戻って来るなよ!」
「ポーポー!」
「ピカピカ!」
「ど、どういう意味よ!?」
本人にその気に無いとは言え、機会を潰してしまったアイリス達に、サトシ達は怒りの声を上げる。
「サトシくん! 今は言い争っている場合ではない! ポカブの保護を! ミジュマルも既に追っているぞ!」
ミジュマルはサトシの指示通り、ポカブを追跡していた。ジョージも続いている。
「そうでした!」
今はポカブが最優先だ。アイリスを放って、サトシはポカブが去った方向へと全力で走り出す。
「えっ、ポカブ? どういうこと? 待ちなさいよ~!」
「ピーカ……」
「ポー……」
やれやれと、頭を振るピカチュウとマメパトだが、背後から自分達を狙う存在が近付いていたことには気付けなかった。
「待て、ポカブ!」
「ミジュジュー!」
「ポカー!」
「待ちなさい! 儂等はお前さんを保護しに来たんだ!」
「だから、どういう事なのよ、これ~!?」
「キバ~!?」
逃げるポカブを、サトシとミジュマル、ジョージが追い、その彼等をアイリスが追うという奇妙な状態があった。
「――ポカ!?」
しかし、その追いかけっこも、ポカブが行き止まりの道に差し掛かった事で終わりを迎える。
「うむ、ここなら安全に保護出来るな」
「ポカブ。俺達はお前を助けたいだけなんだ。心配ないよ。――よし」
ポカブが逃げ場の無い場所に戸惑う間に、サトシは静かに優しく抱える。
「カブカブ! カブカブカブ!」
「怖くないって。なっ?」
恐怖から、ポカブは暴れるもサトシは離さず、去れど優しく微笑む。
「――カブ!」
「うわっ!」
しかし、ポカブは警戒から鼻から煤けた煙を発射。サトシの顔に諸に当たってしまう。
「ミジュ!」
「サトシ!」
「サトシくん! 大丈夫かね!?」
「けほっ、けほっ。――ほら、何もしないだろ?」
「カブ……」
煙をぶつけられたにも拘らず、全く怒らないどころか、自分に笑いかけてくるサトシに、ポカブは少し警戒を緩める。
「お腹空いてるんだろ?」
「……カブ」
「これ、今取ってやるからな」
ポカブは少し脅えながらも、サトシに任せることにした。
サトシは縄を外そうと手を掛ける。かなり強く絡まったのか、中々外せないがだからと言ってポカブに苦しませたくはない。力を抑えたまま、何とか外していく。
ミジュマル、アイリス、ジョージ達はそれを不安げながらも見守る。
「――よし、出来た!」
少し時間は掛かったが、サトシは何とか縄を外し、ポカブは口の自由を取り戻した。
「ポカブ。これを食べなさい」
ジョージがポケモンフーズを容器に入れて用意し、ポカブの前に出す。
「あと、喉も結構乾いただろうから、水もな」
隣には、水を注いだ容器を置く。ポカブは先に水を飲んで喉を潤すと、次にポケモンフーズを貪るように食べていく。
「そんな焦らなくても良いよ。ゆっくり食べな」
「カブ!」
サトシ達は敵ではない。それを理解したポカブはゆっくりとポケモンフーズを味わい、空腹の身体に取り込んでいく。
「お代わりもある。欲しかったら言いなさい」
「カブ!」
一通り平らげると、ポカブは満足と安心からスヤスヤと寝始めた。
「カブ……カブ……」
「寝ちゃった」
寝たポカブを、サトシは優しく抱える。その様子にミジュマル達も安心した。
「これで一安心だ。バトルクラブに戻ろう」
「はい」
「は、はい」
話がまだよく分からないが、アイリスは二人と一緒にバトルクラブへと戻って行く。
「ねぇ、サトシ。このポカブは?」
「あぁ、そう言えばまだ話してなかったっけ」
サトシはポカブに関しての出来事や、このポカブが倉庫を荒らした犯人だと知る。
「という訳なんだ」
「酷い……! 何なの、その最低なトレーナー!」
「キバキバ!」
「ミジュミジュ!」
「俺もそう思うよ」
憤りから、アイリスやキバゴもそうだが、ミジュマルも怒り浸透で地団駄を踏んでいた。サトシやジョージも怒りを隠せない。
「ポカ……?」
「あっ、ごめん。起こしちゃった? ゆっくりしてて良いよ」
「カブ」
ポカブはサトシに身を委ね、再度眠り出した。その様子に一同は再び安心する。
「そう言えば、サトシ。ピカチュウやマメパトはどうしたの?」
「あれ? 言われて見れば……」
自分に付いてきていたはずだが、二匹ともいない。
「何処かではぐれたか? 職員達に呼びかけて、一緒に探そう」
「ありがとうございます」
バトルクラブに到着し、次はマメパトやピカチュウを探そうとする。
「ん? 待ちたまえ。君達」
「はい。何でしょうか?」
ジョージがある二人に目が止まる。自分達の服を着ており、台車で何かを運んでいた。
「何を運んでいる?」
「僕達は他のバトルクラブから急用で来ました。トラブルで資材が必要になって、職員の許可を得て譲って貰ったんです」
「そうだったか。ならば――」
「ピカー!」
「ポー!」
荷物が揺れた。しかも、聞き覚えのある声が響き、ポカブも目覚める。
「この声、ピカチュウとマメパトじゃない!」
「何を入れている!」
「お前達、まさか!」
「ちっ、気付かれたか!」
「仕方ないわね!」
そう、この二人はバトルクラブの職員の服を着て偽装していたロケット団だったのだ。
二人は偽装したあと、隙を見て然り気無く職員達に紛れ、事情を知りながら倉庫に行き、ピカチュウとマメパトを電気対策のカバーで捕らえつつ資材を強奪したのだ。
「ふーん、それが例のポカブか」
「あたし達の元に来れば、ロケット団の戦力にしてあげたのに。残念ね」
「ポカー……!」
「こいつに悪事なんかさせるか! ピカチュウとマメパトを放せ!」
「そう言われて、放すと思うか?」
「だったら! ミジュマル、みずてっぽう!」
「ホイッと」
ムサシが鞄から何かの機械を取り出し、そのスイッチを押す。すると二人を覆うバリアが展開されて水を弾く。しかも、浮き出した。
「コロモリ! ミジュマルを足止めしなさい! エアスラッシュ!」
「コロー!」
バリアを展開する前に出したコロモリでミジュマルの妨害をしつつ、逃走の時間を稼ぐ。
「くそっ! このままじゃあ!」
ピカチュウとマメパトが連れ去られてしまう。しかし、ミジュマルはコロモリに妨害され、これ以上進めない。
「……ポカポカ!」
「ポカブ!?」
その時、ポカブがサトシの胸から降りた。
「カー……ブー!」
「コロ!?」
「ひのこ!」
ポカブは鼻に力を込め、コロモリに向けてひのこを放つ。ミジュマルに気を取られていたコロモリは諸に受け、体勢を崩す。
「ミジュマル! シェルブレード!」
「ミジュ~マーーッ!」
その隙に、高く跳躍したミジュマルが水を纏ったホタチでコロモリを攻撃。地面に落下していく。
「――カブゥ!」
「コロー!」
「かみつくか!」
そこに素早く距離を詰めたポカブが、コロモリに強く噛み付く。エスパータイプのコロモリに悪タイプの技は効果抜群。大きなダメージを与える。
「ポカァ!」
「ミジュ!」
「あぁ! ミジュマル、みずてっぽう!」
ポカブは加えたコロモリをミジュマルに向け、放り投げる。直ぐにその意図を理解したミジュマルはサトシに向けて呼び掛け、指示を受けてみずてっぽうを発射。迫って来るコロモリを吹き飛ばす。
「コロ~……!」
「コロモリ、戻りなさい!」
立て続けの連続攻撃に、コロモリは戦闘不能になり、ムサシがモンスターボールに戻す。
「ミジュ!」
「ポカ!」
ミジュマルとポカブ。二匹は並んで立つと、サトシに伝える。今だと。
「あぁ頼むぜ、ミジュマル! ポカブ! みずてっぽう! ひのこ!」
「ミ~ジュ~……マーーッ!」
「ポ~カ~……ブーーッ!」
水と炎が同時に放たれ、バリアに命中。先程みずてっぽうを弾いたバリアだが、そこにひのこも加わったため、耐久力を超えて爆発。ピカチュウとマメパト、資材が落下していく。
「ピカチュウ、マメパト!」
サトシは全速力で走り、身体を地面を滑らせ、傷を負いながらも二匹を見事にキャッチ。直後に、資材が入った箱がドスンと痕を残しながら地面に落下した。
「大丈夫か? ピカチュウ、マメパト」
「ピカ!」
「ポー!」
サトシが空を見上げる。ムサシとコジロウがハングライダーで飛び去っていく姿が見えた。
逃がしたのは悔しいが、ピカチュウとマメパトが無事なのでよしとした。
「ポカポカ」
「ポカブ。ありがとな、お前のおかげだよ」
サトシがポカブに礼を述べる。実際、ミジュマルだけではピカチュウとマメパトを助けられなかっただろう。
「ポカ~」
「……ミージュ」
「勿論、ミジュマルも頑張ったよ。お疲れ様」
「ミジュミジュ」
ポカブは笑みを浮かべるも、隣ではミジュマルは自分も頑張ったのにと不満の表情をしていた。
とは言え、サトシに誉められると、ミジュマルもふふんと満足げな表情になったが。
「ふーん……。ポカブって、可愛いわね! 頬っぺたプニプニ~」
アイリスがポカブに近寄り、頬っぺたで遊ぶ。プニプニ感が癖になった様だ。
「あたし、ゲットしちゃおっかな~」
「ポカポカ」
どうやらポカブを気に入った様で、アイリスは空のモンスターボールを持つ。しかし、ポカブはお断りと言いたげに顔を左右に振る。
「カーブー! カブカブカーブー!」
そして、サトシに近付くと甘えるような口調で尻尾を左右に振りながら彼を見上げる。
「え、えぇえ!?」
「はははっ、どうやらポカブが選んだのは、サトシくんのようだね」
「そんなぁ~……。ミジュマルと言いポカブと言い、何でサトシばっかりぃ~……」
「キバキバ……」
二度連続で振られたアイリスは傷心から、涙目で愚痴を溢す。そんな相棒を、キバゴがまぁまぁと慰めていた。
「ポカブは漸く、素晴らしいトレーナーに出会えたんだ。サトシくん、大切に育ててくれないかね? 君なら儂も大賛成だ」
事情を知った他の職員達も、ジョージの提案に同意していた。サトシなら、ポカブを大切にするだろうと。
「――ポカブ。俺と一緒に来るか?」
「カブゥ!」
サトシはモンスターボールを投げ、ポカブに当てる。
赤い光がポカブを包み、数度揺れるとパチンッと閉じた。
「ポカブ……ゲットだぜ!」
「ピッピカチュ!」
「ミジュミジュ!」
「クルーポー!」
決めポーズを取るサトシと、新しい仲間に喜ぶ三匹。
「早速。出てこい、ポカブ!」
「カブ!」
「賑やかになったなあ、ピカチュウ」
「ピカピ」
数日前までは、自分だけだったのに今では四匹。随分と賑やかになった。
「皆、ジム戦頑張ろうぜ!」
「ピカ!」
「ポー!」
「ミジュ!」
「カブ!」
ピカチュウの不調が不安要素だが、新たに加わったポカブを含め、この四匹でサトシはイッシュ地方最初のジム戦を望む。勿論、目標は勝利だ。
「ふぅ、ここまで逃げれば大丈夫ね」
「しっかし、あの様子じゃあ、ポカブもジャリボーイの手持ちを加わりそうだし……戦力の補強は必須だな」
ハングライダーで逃走したムサシとコジロウ。二人はカラクサタウンの一ヶ所の角にいた。
「そうよね。あれだけの戦力が相手だと、コロモリだけは分が悪すぎるわ」
「にゃ……にゃ……」
ピカチュウ、マメパト、ミジュマル、ポカブ。これで四匹手持ちがいることになる。対して、こちらはコロモリ一匹。余程の策を立てても、全員を捕縛しない限りは強奪は無理が有りすぎる。
「一旦、ピカチュウの強奪は諦めて、幾つかの任務の方に集中しよう」
「そうね。他にも任務はあるし、その中で戦力増強も行えば良いわ」
「ムサシ……コジロウ……」
自分達に呼び掛ける声に、小さい事もあって二人は気付かない。
「じゃあ、さっさとここを離れよう」
「えぇ。確か、任務の一つに、この次の街で行なうのが有ったはずよ。先ずはそれから――」
「聞いてるかにゃ! おみゃーらーーっ!」
とそこで、二人は漸く自分達に迫る存在――ボロボロのニャースに気付いた。
「おぉ、ニャース。無事だったか!」
「本当に心配したのよ」
「さっきまでにゃーの名前を一度も出さにゃかった癖に、白々しいにも程があるにゃ! 絶対に忘れてたにゃ!」
ニャースの言う通り、ムサシとコジロウは先程のやり取りでは一度も出なかった。ついつい忘れていたのだ。
「……にゃーは、あいつらからの厳しい追跡を潜り抜け、やっとの想いでここまで辿り着いたのに、おみゃーらと来たら……!」
「……いや、済まん」
「……悪かったわよ。これで良いでしょ」
「誠意が全く込もっていないにゃ!」
両爪を立て、ニャースはじりじりとムサシとコジロウに迫る。並々ならぬ迫力に後退する二人だが、壁にぶつかってしまう。
「きっちり、罰を受けてもらうにゃ……!」
「ま、待て、話し合おう。話せば解るはずだ」
「そ、そうよ。アタシ達は仲間なんだから、きちんと話せば納得するわよ」
手持ちで応戦しようにも、コロモリは戦闘不能。道具も二人で話している間にニャースに奪われており、ムサシとコジロウは絶対絶命だった。
「その仲間を囮にした挙げ句、忘れてたおみゃーらが言うなにゃー!」
悲鳴が上がったのは、その数秒後であった。
「あー、今日も色々あったなー」
「ピカピカ」
夕暮れ。ポケモンセンターでポカブにより良い治療をしてもらっている最中、サトシはピカチュウと外に出ていた。町は夕焼けの色で仄かに染まっている。
「次はサンヨウシティ。そして、サンヨウジム。頑張らないと――」
「ピカ?」
途中でサトシの言葉が止まった。どうしたのかとピカチュウがサトシの視線の先を見ると、そこには一人の青年とポケモンがいた。
青年の背は高い。髪は長く、薄い緑色をしており、ハイライトの無い瞳。頭には白黒の帽子を被り、特徴的なアクセサリーを身に付けている。
その側には、赤が混ざった黒い体毛をした狐のポケモンがいる。
「――やぁ」
青年は笑顔を浮かべると、隣のポケモンと一緒にサトシとピカチュウに近付いてきた。
「ピカチュウ。イッシュにはいないポケモンだね」
青年は然り気無い動作でピカチュウに触れ、頭を撫でる。それはあまりにも自然で、そして優しくて、まるでサトシにされてるみたいで、ピカチュウは何の抵抗感も抱かなかった。
「ピカ~」
「よく鍛えられてる。ただ、ちょっと体調は悪いかな?」
(そこまで……?)
少し触れただけなのに、少年はピカチュウの実力や健康状態まで把握した。凄い洞察力だ。
「はい。イッシュに来て直ぐに事故に遭って、その影響で……」
「そう。なのに、一緒に来てくれる。良い関係なのが一目で分かるよ」
並程度の関係ならば、こうは行かない。彼とピカチュウの絆の深さ、強さを青年は感じ取っていた。
「ピカピカ」
まあねと、ピカチュウは胸を張る。自分とサトシは長い時を過ごしてきたパートナー。良い関係で当然であると告げる。
「そっか。キミ達はそんなに一緒にいるんだね」
うんと返すピカチュウだが――途中で違和感に気付いた。まるで、自分の言葉が分かっているような、そんな感じがした。
「聴こえてるよ、キミの声」
ピカチュウの言葉に頷くように、青年はそう答えた。
「あの……あなたは、聞こえるんですか? ピカチュウの声が」
「――うん」
何の迷いもなく、青年は微笑み掛けてそう頷いた。
「まぁ、もしかしたらボクがそう思っているだけかもしれないけどね。それに、一番重要なのはポケモンの心を感じ取り、強い絆を結ぶこと――ボクはそう思うよ」
聴けることは、あくまでそのための手段に過ぎない。ポケモンの想いを理解し、確かな信頼関係を築くことこそが、重要なのだと青年は語る。
「まぁ、キミには言わなくても必要無さそうだけどね。ピカチュウとこんなに強い信頼を築けるキミには」
「あ、ありがとうございます。ところで、あなたは……」
「あぁ、自己紹介がまだだったね。ボクの名は――N」
「N……?」
変わった名前に、サトシは怪訝な表情で呟く。
「ふふ、変わっているだろう?」
「ま、まぁ……。あっ、俺は最近カントーのマサラタウンから来たサトシって言います」
「サトシくんか。宜しく」
「はい、Nさん」
二人は互いに、自己紹介を済ませた。
「サトシくん、キミは他の地方から来たと言っていたね。だったら、イッシュの英雄伝説は知っているかい?」
「英雄伝説?」
その話自体は知らない。しかし、最近似たような言葉を何処かで聞いた覚えがあった。それは確か。
「理想の英雄……?」
ゼクロムと直接会ったその時、アララギ博士がそんなことを言っていた。
「あれ、知っていたのかい?」
「あっ、はい……」
どうしようかとサトシは悩む。イッシュの理想を司る伝説の雷竜と出会ったなど、普通は信じないだろう。初対面なら尚更。
「どうしたんだい?」
悩むサトシを心配したのか、Nが問い掛ける。少し迷ったあと、サトシは打ち明ける事にした。
「あの、信じてもらえないかもしれませんけど……俺、ゼクロムに会ったんです」
「ゼクロムと……!? ……詳しく聞いても良いかい?」
サトシはNに、ゼクロムと一日に二度遭遇し、その影響でピカチュウが体調不良になったことや、その内の一回は直接接触したことを話す。Nは真剣な様子でそれを聞いていた。
「ということなんです」
「なるほどね。しかし、ゼクロムと二度も会うなんて……キミにはもしかしたら、『英雄』の素質が有るのかもしれないね」
「英雄の、素質……?」
ただのポケモントレーナーでしかない自分に、そんなものがあるのだろうか。
「そう。もう一つの英雄、『真実』と対なる存在のね」
「真実?」
「イッシュには理想の英雄ともう一人、真実の英雄と呼ばれる人物の伝説が有るんだ」
「真実の英雄……」
それは初耳だった。と言うより、サトシはあまり歴史に関して詳しくないので知らなくて当然だが。
「あの、一つ気になるんですけど……。もしかして、真実の方にもいるんですか? 伝説の存在が」
理想を司るのが、ゼクロム。ならば、対と言った真実にも、司る存在がいるのではないか。サトシがそう考えてもおかしくはないだろう。
「勿論存在するよ。ゼクロムと対となる存在、真実を求める英雄に現れ、真実を司る竜。その名は――レシラム。炎を操る白き竜」
「炎のドラゴン……レシラム」
まだ見ぬ真実の炎竜、レシラム。一体、どんなポケモンなのか。気になって仕方ないサトシだった。
「会ってみたいかい?」
「ポケモントレーナーとしては。ただ、英雄の前にしか現れないじゃ、無理だと思いますけど。俺は所詮、ポケモンマスターを目指す、一人のトレーナーですから」
「……ポケモンマスター、トレーナーか」
「Nさん?」
Nの様子が変わったのを、サトシは気付いた。
「サトシくん。一つ聞いても良いかな?」
「何ですか?」
「キミはモンスターボールについて、どう思う?」
「モンスターボールについて?」
「そう。これから言うことは、キミを不快にするだろう。それでも言わせて欲しい。ボクはね。ポケモンをトモダチと呼んで、親しみを待っている。そのトモダチを無理矢理捕らえ、閉じ込め、自由を奪う。そんな、人に都合が良い道具としか思えないんだ」
Nの堂々とした批判。しかし、全て間違っているかと言えば答えは否だ。
「だから、ボクはモンスターボールを使っていない」
「じゃあ、そのポケモン……」
「この子はボクとしばらくいるけど、野生だよ」
「ゾロ」
自分達にはモンスターボールは必要ない。それが伺えた。
「ボクの意見はさっきの通り。キミはどうかな?」
「……否定は出来ないと思います。だけど、それだけじゃないとも俺は思います」
「と言うと?」
「怪我をしたポケモンを安全に運ぶや、危険から守る事が出来ます」
「……なるほど」
確かにそれはモンスターボールの利点とも言える。ボールの中に入れば、酷い怪我の状態でも安全な場所にまでの移動がスムーズに行える。
災害時なども、ボールの中に入れ、遠ざければ危険から守れる。
「他にも転送装置を使えば、離れた場所の救助だって出来ます」
被災地に素早くポケモンを送れれば、犠牲は大幅に減らす事が可能だ。これもモンスターボールがあってこそ。
「それに、モンスターボールに入ったからと言って、自由が無くなるとは思えません。勝手に出ることや、出ないことだって出来ますし、入る事を嫌がるポケモンだっています。このピカチュウみたいに」
「そのピカチュウ、モンスターボールを嫌がるのかい?」
トレーナーのポケモンにしては、出ているのは妙だと思っていたが。
「はい。だから、モンスターボールがあるからと言って、自由が無くなるとは思えないんです」
「だけど、狭まることは確かじゃないのかな? 例えば、心無いトレーナーだった場合、ポケモンを放ったり、捨てたりすることもあるだろう。勝手に捕まえて置きながら、トレーナーの都合で手放すなんて、それはポケモンに失礼じゃないかな?」
「……それは俺も思います。今日もそれに関係する件に遭遇しましたし」
「それは?」
「俺、今日ポカブを仲間にしたんですけど、そのポカブ、前のトレーナーに捨てられたんです。……しかも、杭に紐で縛り付けられた状態で。そのせいでポカブ、痩せ衰えていたんです」
「……酷いトレーナーだ」
「ゾロ」
心底軽蔑した表情を、Nとゾロアは浮かべた。
「ただ、そんなトレーナーばかりじゃないとは思ってます。さっき言ったポケモンを手放すトレーナーの中にも、彼なりの配慮の結果、それが互いに良いと思ってからの行動ですから。……一時、無茶苦茶したことはありましたけど」
「……失礼だけど、ボクにとっては良いトレーナーとは思えないかな」
「俺も最初はそう思ってました。だけど、勝つための最善の戦術を常に練ったり、ポケモンの鍛錬に余念はないですし、響く言葉も有りました」
「自他共に厳しいトレーナー、という訳だね」
サトシの言葉を聞き、Nは完全に嫌悪感は消えないが、少なくともポカブを非道な方法で捨てたトレーナーよりは数段マシだと理解していた。
「良くも悪くも、それぞれ付き合い方がある、か。なるほどね。サトシくん、今日は話に付き合ってくれてありがとう。おかげで、色々と良い意見が聞けたよ」
「いえ、俺の方こそ」
Nにとっては、モンスターボールがただポケモンを捕らえる檻ではないことを知ることが出来た。
サトシにとってはレシラム、真実の英雄の話もそうだが、特にモンスターボールの話は、少し考えさせられる話だった。
「機会が有れば、また会おう」
「はい、Nさん」
Nは帽子を被り直すと、ゾロアと共に町の向こうへと消えて行った。
「不思議な人だったな、ピカチュウ」
「ピカピカ」
今までと出会った人達とも、異なる独特の雰囲気、思考を持つ人物、N。ただ、彼もまた、ポケモンの事を深く思っているのだろう。それをよく理解出来た。
「また会えると良いな」
「ピカ」
Nとの再会を想いながら、サトシとピカチュウはポケモンセンターへと戻った。
「サトシくん、か。あんなトレーナーもいるんだね」
町を行く中、Nはサトシの事を考えていた。あれほどにポケモンの事を想い、ポケモンとの強い繋がりを感じるトレーナーは初めてだ。
「やはり、会っていくべきだね」
世界を知るためにも、この考えは正しかったとNは確信する。
「――カブ」
「おや、散歩は楽しんだかい?」
「ポカ」
そこに一匹のポケモン、サトシの仲間になったのとは別の個体のポカブがNの元に駆け寄った。
「N様」
「ロットか」
そこに更に一人の人物、ロットと呼ばれた老人がNに歩み寄る。
明るい顔と髭が特徴だ。二人は二匹のポケモンと共に一ヶ所に移動すると、話を始める。
「最近はどうなってる?」
「相変わらず、躍起になっております。ヴィオからは、現状が続いた場合でもその内行動を起こすとのこと」
「……いようが、いなかろうが、お構い無しという事か」
「誠に残念ながら……その様です」
「仕方ない。もう少ししたら戻るしかないね」
「力足らず……申し訳ございません」
「あなた達は頑張っている。ボクにもその時が近付いている。たったそれだけさ」
自分の運命と向き合う時が近い。それ以上でも以下でもない。
「その時は、頼むよ」
「お任せください。全力で御支えします」
ロットは深々と頭を下げた。
「周りに気付かれてはなりませんので、私はここで失礼します」
「またその時に」
「はっ」
ロットはまた頭を下げると、Nから静かに離れていった。
「ゾロア、ポカブ。ボクがこれから進む道はとても厳しいものだ。それでも、ボクに付き合ってくれるかい?」
「ゾロ」
「ポカ」
二匹のポケモンは頷く。彼が進む道がどの様なものでも、共に歩みたい。それが彼等の意志だった。
「じゃあ、行こう」
少しでも知るために。青年は二匹のポケモンと共に、目的地の町を向けて歩み出した。