彗心学園の職員室はその学校の規模からも、かなり優遇された環境がそなえられている、と思われがちだが、基本的には一般の学校の設備とそれほどの大差はない。
しいて言うなら職員の人数に対して余裕のある広さであるくらいしか、一般の学校の設備との違いは感じられない。
いい学校の職員なのだから給料もいいんだろう、という考えは改めなければならないかもしれない。
つまり、彗心学園はどこまでも生徒を第一に考えているということだ。
わざわざ校門の前には警備員を配備し、用事のある人間、あるいは生徒以外の人間は徹底的に中に入れないほどには過保護だ。
そんな学校の職員室に、学校にとって大切な大切な収入源、じゃなくて、女子生徒が5人ある一人の教師を訪ねて職員室まで足を運んでいた。
「よしっ、わかった。あたしの方から話はつけておいてやるよ。」
一人この学校に招きたい人間がいるから、警備員に話を通しておいてほしい。
それがこの5人の頼みだった。
承諾の一声で、5人全員が安堵を漏らす。
制服を着ていないから、教師であると分かるというものの、その教師は顔立ち、身長そしてストンとまっすぐに落ちたように錯覚するほどない胸からも、制服を着ていればまるで小学生、とは言いすぎでも中学生辺りには間違えられるに違いなかった。
服装の違いさえなければ、はた目からこの6人を見ていれば十中八九一番年上に見られたのはその教師ではなく愛莉だっただろう。
「さっすが、みーたん。話わっかるー!」
「にゃふふ、そうだろ、そうだろ。」
生徒である真帆からもあだ名で呼ばれ、それに対して威厳を見せて名前で呼ばせようとするどころか、むしろ積極的にそれを推奨しているかのように受け入れてくれる。
生徒の目線を第一に考えていて、容姿のこと抜きにしても、生徒とまるで友達ように接し(むしろ普通に友達と思っているかもしれない)皆から親しまれている。
それが、篁 美星という人間だった。
だが、思慮の深さはと言えばそこはやはり人生経験を積んできている大人のそれで、真帆の提案を受け入れたのにはそれなりの理由があった。
甥っ子がもっとバスケで熱くなるため、そして自分が出した無茶な頼みを聞いてくれたお礼という意味も込めて。
(昴のいいライバルになってくれるといいんだけどなー。)
美星は、そんなことを浅はかにも考えていた。
☆
真帆の連絡に俺が気づいたのは家に帰ったときのことだった。
午後からは予想通り、いや予想以上に俺は勧誘の嵐に巻き込まれることになった。
どうやら、俺がクラスメイトから逃げる姿を見ていた生徒が何人かいたようで、そのスピードがさらに注目を集めたらしく、一年の間に妙な噂が広がり、放課後は教室から出るのにさえ一苦労した。
授業中もいくつもラブレターじみた手紙をいただいた。
学校から出てもまだ、ついてくるという執念深さには舌を巻いたが、それでも俺は部活に入る気は毛頭なかったので、わざわざついてきてもらって申し訳なかったが、撒かせてもらった。
真帆からの連絡内容は、簡単に言えば真帆の通う学校『彗心学園』に来てほしい、ということだった。
俺と真帆との契約関係は俺に特別用事がない限り、真帆の呼びだしには応じ、その日数でバイト料金がきまる。ようするに日給ということだ。
だが、このバイトという話はまったくもって曖昧なもので、日給と言ってもその額を俺はまだ知らないし、契約書を交わすこともしていない。
まだまだ口約束程度のもので、どこまでが本気なのかさえ分からないし、本当に俺に給料なんてものが入るのかさえ不明だ。
だが、つまらなかった日々に対して真帆の存在は俺にとってなかなかにいい刺激だ。
だから、俺もその辺りはあまり深く考えないようにしている。
別に俺が特別損をしているわけではないのだから、もらえたらラッキー、くらいの気持ちだ。
だからこそ、今日の呼びかけには応じづらかった。
特別、真帆の呼び出しに応じる使命感を持っているわけでもない俺には、まだ潜んでいるかもしれない部活勧誘グループの目を再び必死に欺きながらそこまで行くための気力がないからだ。
テキトーな嘘を並べてごまかそう。
きっと信じてくれるだろう。
そう思った瞬間、真帆のあのひまわりのような笑顔が頭に思い浮かんだ。
そう、きっと真帆は俺の嘘をまるで本当のように受け入れてしまうだろう。
俺が嘘をついているだなんて微塵も考えずに。
全てを俺が言うままに受け入れてしまうだろう。
……ほんと、純粋な子ってやりにくいなぁ。
『今から向かうよ』
この短い文が俺のケータイから真帆のケータイに送信された。
きっとその時の俺の顔は苦笑をしていたに違いない。
☆
昴が体育館について、女子バスケ部の練習の指導に当たってすでに数十分が経過した。
いつもならば、もっと気合いの入った練習をしているはずの女バス部員たちが、今日は妙に練習に身が入っていないように感じたのは、何も昴だけではない。
本人たちだってそんなことは十分に理解していた。
だが、そう感じている昴自身も自分の思考にのめりこみ、コーチングをおろそかにしている面は否めなかった。
ようするに、誰一人として今日の練習には身が入っていなかったのだ。
この場にいる全員がたった一人の同じ高校生のことに頭をいっぱいにしているという事実を本人たちが知る由もない。
だが、やはりそこは年齢からくる経験の差というものだろうか、一番早くに昴が頭を切り替えて再びコーチングに集中する。
だがどうも、女バス部員たちはどれだけ時間がたっても練習に身が入らないらしい。
そのことを見かねて昴は、一度休憩がてらに彼女たちを全員集合させた。
「どうしたんだ、みんな?今日はぜんぜん練習に集中できてないじゃないか。」
その言葉に真っ先に反応したのは紗季だった。
「ごめんなさい。でも、ちょっとどうしても気になることがあって。」
いつもこのような時には最初にテキパキと原因を説明してくれる紗季が今日に限ってはどうも歯切れがわるい物言いだ。
昴の不信感は強まるばかりだった。
当然紗季としては、せっかく女子バスケ部存続のために奮闘してくれた昴に対して、高校生としての昴自身の実力が知りたい、なんて不躾なこと言えるはずもないのだが。
だけど、それは本心だ。
昴がどれだけ強いのかを知りたいのはおそらく紗季だけではなく、女バス全員の意思と言って間違いないだろう。
だけど下手なことを言って昴の心証を悪くすることは避けたい。
だからいっちーが来るまでの辛抱なのだ。
いっちーが来てしまえば、下手なことを言って昴の心証を悪くすることもなく、自分たちの目的を達成することができる。
結果として紗季は歯切れの悪い回答を昴に渡すことになってしまったが。
それでも、不躾に失礼なことを言うよりはましだと、紗季は思っていたのだ。
「今日は、もうこれで終わりにしよっか。また、明日から頑張ればいいし。」
昴はのんきにもそんなことを提案していた。
もう今は、男バスとの試合を一週間前に控えていた時のような切羽詰まった状態ではないのだ。
だったら、無理して練習する必要もないと、昴は判断したんだろう。
自分にも心に大きな疑問が残っていることだし。
その言葉を聞いた女バス部員は当然焦った。
今、昴に帰られては困る。
すでに、真がこちらに向かっている、という連絡は受けているのだ。
あと少しというところで逃がしてしまうわけにはいかない。
真っ先に声を上げたのは真帆だった。
「あたしならもうだいじょーぶ!皆もだいじょーぶだよな!?」
真帆が作ってくれたこの土台に乗らないわけにはいかないと、みんな全力で大丈夫アピールをする。
必死のアピールの最中みんなは心の中で団結して叫んでいた。
―――いっちー、早く来て!
そんな全員の想いの声が天に届いたのか、閉じられていた一つの体育館のドアが開く音がした。
女バスメンバーは、待ち望んでいたものが来た時のような目で、昴はいぶかしがる様子で、そのドアの方を見た。
そして入ってくる人の姿を認めた瞬間真帆は盛大に叫んだ。
「いっちー!!」
今回
ついに、試合には至りませんでした!
申し訳ないです!
歯切れの悪い終わりなのは、まぁいつものことですので、読んでくださっている方なら大体理解していただけると思ってますw
次では、たぶん行けるんじゃないかな、と思いますが
その時に私にどんな思考が働くか現在の私では想像もつきませんので何とも言えませんね。(^_^;)
試合が見たい、という感想をいただいているのに、引っ張りまくってすいません。
私としては、全然引っ張ろう、なんてつもりはないのですが、何分へたくそですのでご容赦くださいませ。
また、感想などお待ちしておりますので、どんどん書いてください。