「なんだこれ?病院のベッドか?」
いつものように世界を移動する際に降ろす垂れ幕を目にした門矢士は、そこに描かれた風景に端正な眉をひそめた。白い壁に囲まれた白いベッド、その横に並ぶ医療器具と複雑そうな機械類を見れば、そこが病院であることは一目瞭然だ。しかし、中には病室にしては異質な物も置かれていた。それこそが士が疑問符をつけた理由である。
旅の仲間である小野寺ユウスケも同じ疑問を抱いたらしく、士同様に首を傾げて唸っていた。
「にしては変な機械がいっぱいあるよなあ。心電図はともかく、なんで病室にアーケードゲームが置いてあるんだ?」
ユウスケの言う通り、描かれた部屋の一角には大抵の若者なら必ず目にした経験があるであろう、ゲームセンターのゲーム筺体が設置されていた。アーケードゲーム周辺は目に悪影響を与えそうな程に鮮やかなショッキングピンクで彩られているせいか、その異質っぷりが際立っている。
この絵の中では、人の命を預かる医療と、現代娯楽の象徴と言えるゲームという対極な存在が共存を果たしているのであった。
「ニュースを見る限り、この世界では怪人が出現して人を襲ってる……なんて事件も起きてないみたいです」
男2人がうんうん頭を捻っている後ろで、光夏海がリモコンでテレビのチャンネルを次々と変えていく。どのテレビ局のニュースでも芸能界のスキャンダルのようなありきたりな話題ばかり。少なくとも、異形の存在が関与していそうな案件は見当たらなかった。
「ここで考えてても仕方なさそうだな。とりあえず外をウロついてみるか」
「そうですね。おじいちゃん、お留守番をお願いします」
「はいはい!行ってらっしゃい!みんな気をつけてね!」
夏海の祖父、光栄次郎に見送られて写真館を後にした士達を最初に迎えたのは、見慣れた光景である白色の歪なオーロラの輝きであった。ドロドロとした汚泥にも見える不気味なオーロラは士達をあまなく包み込むと、1人の中年男性との対峙を果たさせた。男は3人がよく知る人物だ。
「やれやれ。またお前か、鳴滝。さっそくお迎えとはずいぶんと気が利いてるな」
士による嫌味もどこ吹く風といった様子で、鳴滝と呼ばれた異様な雰囲気を身に纏った男はニヤリと口角を上げた。目だけが笑っていないだけに不気味さはより際立っている。
「ようこそ!ディケイド!『未来』のライダーの世界へ!」
両手を掲げて声を張る鳴滝。様々な複雑な感情がないまぜになっているのが窺えるために、口ぶりに反して全く歓迎しているようには到底思えなかった。
「未来のライダー?どういう意味だ」
「そっくりそのままさ。お前はとうとう禁断の領域に踏み入れてしまったのだ!これはまさしく世界の破壊者である貴様の呪いが産み出した罪!まったく罪作りな男だよ!お前は!」
鳴滝の舞台役者顔負けのオーバー気味な身振り手振りもあって、まるで道化師を彷彿させた。ますます語気が荒くなっていく鳴滝に対し、当の士は黙って睨みつけているだけだ。
「この『エグゼイド』の世界こそがお前の最後の旅となる!フハハハハハハ!!!ハハハハハハハハハハハハッ!!!!!」
高笑いと共に、鳴滝の姿が徐々に朧げになっていく。気づけば士達は元の写真館前へと戻っていた。既に先ほどのオーロラは影も形も残っていない。もちろん鳴滝という男などどこにもいない。まるで何事も無かったかのように、静寂な住宅街が士達を迎えていた。
「つまり、ここはエグゼイドの世界……ってわけか……」
3人はとりあえず歩き始める。既に士は鳴滝の煽りなど気にもかけていないようだ。逆にユウスケは引っ掛かりが拭えずにいるようだった。
「未来のライダーの世界か。なんか気になるな」
「どうせいつもの大した意味の無いハッタリだろ。深く考えたところで、得られる物なんて何も無い」
士にとって鳴滝は単に迷惑なストーカー紛いの存在でしかない。こうやって容赦無く切って捨てるのは、今までさんざん嫌がらせを続けてきた鳴滝への細やかな仕返しのようなものだ。
「ったく、海東といい、キバーラといい、どいつもこいつも好き放題やりやがって……」
ここにいない、仲間と呼んで良いのか微妙なラインの付き合いを持ってる1名と1匹に対して愚痴を漏らす士。悪態を吐く士を宥めようとユウスケが振り向いた時だった。
「あっ!士!お前の格好……」
ユウスケに指差された士は自分の全身をくまなく見渡した。
「白衣に聴診器……それとこいつはカルテか」
突然、服装が変わっても士は特に驚いた様子は見せない。なにせ、数々の世界を渡り歩いて来た彼にとってこの程度の不可思議な現象など日常茶飯事。もはや慣れたものである。むしろ、士が果たすべき使命に関する大いなるヒントになってくれる。
世界にとって特異な存在である門矢士は世界を超える度に様々な役割が与えられる。時には警察官、時にバイオリニスト、あるいは弁護士、また時には学生。これらの役割を果たすことが各世界が抱えている問題の解決の鍵となっていた。それはこのエグゼイドの世界でも変わらないはずだ。
「ってことはつまり、この世界での士君の役目はお医者さんというわけですか?」
「だろうな。っておい、変な所を触るな」
夏海が好奇心でキラキラさせた瞳を向けながら士の白衣を手探っている。士はそんな彼女を煩わしそうに手で払った。
「だろうなって士、お前もしかして病診とか経験あるのか?」
「いーや、全然。でも、まあなんとかなるだろ」
かなり不安そうに聞いてくるユウスケに対し、士は相変わらずの仏頂面で何も問題無いと言わんばかりの口ぶりで返す。
「そ、それ本当に大丈夫なのか?」
士の能力の高さには全幅の信頼を寄せているユウスケだが、それでも彼に自分の体を検査してもらおうという気にはなかなかなれそうにない。なんせ士は本音ではどうかはわからないが、常識を逸脱した物騒な発言が目立つ人物だからだ。決して極悪人ではないものに、かなり露悪的な性分なのは間違いない。
そこは長い間彼と共に旅をしてきたユウスケにとって、かなり頭が痛い部分であった。
「ふん、そうだな。どうだ、夏ミカン?試しに俺がお前の頭の中を解剖して診察してやろうか?その残念なオツムを少しくらいは改善させてやれるかもしれないぞ?」
さっそくニヤニヤと小馬鹿にした笑い顔を浮かべて夏海を見下す士。彼の性格を熟知している近しい者でなければ医者としてのモラルを完全に疑ってしまいかねない言動もあって、どう見ても悪役の振る舞いそのものだ。
身長差もあって高いところから見下されている形になっている夏海は、無表情で笑い続ける士を黙って眺めている。
次の瞬間、夏海は無表情のまま士の首元に素早く指を突き入れた。
「笑いのツボ!」
プシュッ!
「フハーーーハハハハハハハハハハハ!!!!」
夏海お得意の技が炸裂すると同時に、士は往来の通行人達の目も気にせず大笑いを始めた。
「おい!ハハッハ!やめろ!!ハハハハ!夏ミカン!!」
士がその性分ゆえに決して謝ろうとしないのもあり、ユウスケの説得のおかげで夏海が機嫌を治すまでそれなりの時間を要したのだった。ようやく許しを得た士は首元を抑えながら、不機嫌そうにそっぽを向く夏海を恨めしそうに睨みつけている。
「ったく、このくらいでキレるとかどんだけ沸点が低いんだこの夏ミカン」
「士もさ、いつも一言多すぎるんだよ。少しは夏海ちゃんに優しくしてやりなって」
とはいえ、士の性格を熟知しているユウスケは本音では無理だろうと諦めている。実際、士は彼のなけなしの助言を完全に無視して、手に持っているカルテに集中していた。
「そんなことより、先にこのカルテの患者を探し出さないとな。えっと、なになに?『芸間エム』?それがこの患者の名前か」
「そのエムって人はどんな病気なんですか?」
士への怒りよりも好奇心の方が勝ったのだろう。身を乗り出してカルテを覗きもうとしている。だが、士から返ってきたのは気の抜けた返事だけだった。
「さあ?」
「さあって……」
「このカルテにはこいつの名前と意味不明な症例しか書かれてない」
そう言って士はユウスケにカルテを気怠げに手渡す。カルテの文面を目の当たりにしたユウスケは怪訝そうに首を傾げた。夏海も同様だった。
「『疲れた後はスイーツを食べたくなる』『オバケが苦手』『嘘をつく時に一人称が変わる』なんじゃこりゃ?」
「これ……本当に症例なんですか?」
「いや、少なくとも俺はこんな病気知らないけど……」
ユウスケとて医療の知識など一切持ってなどいないが、それでもこの内容がまともに病気について記述されたわけではないことくらいは理解出来る。彼から奪って再びカルテを手にした士は、太陽にかざしたり扇いだりと色々試してみるものの、全て無駄に終わってしまう。
「肝心のカルテがこんなんだと、例えどんな天才医師でも芸間エムとかいう奴がどんな病気を患ってるかなんてわかりやしないだろ。今のところ、名前以外ヒントなんて無いも同然だな」
「だったらなおさら会ってみないとですね」
今までの経験から考えて、写真館から転移してきた場所から遠くにいるなんてことはないはずである。ひとまず芸間エムの所在を知るために、地道な聞き込みでもするべきか。3人がそう思い始めた時だった。
「急げ急げ!」
「おい、もうすぐ始まっちまうぞ!」
大勢が大挙して士達の横を通り過ぎていく。怪人に襲われて逃げている……わけではないようだ。どちらと言えば、目的を持って一心不乱に何処かへと向かっているように見えた。
「なあ、いったいみんなどうしたんだ?」
ユウスケが街道を全力疾走していた集団の1人に声をかける。その青年はなにやらずいぶんと興奮しているようだった。
「仮面ライダークロニクルのゲリラクエストだよ!この先にある公園で出てくる敵を倒せば高得点が貰えるんだ!」
「仮面ライダー?」
「クロニクル?」
理解が追いつかずに頭にハテナマークを浮かべる夏海とユウスケ。
仮面ライダー。
それは悪と戦う異形の戦士。時に傷つき、迷いながらも正義と自由と平和を愛し、誰かのために拳を振るい続けるヒーローの称号。2人にとっては当たり前の認識となっている存在が、ここでは意外な形で登場したのだ。
というか、そもそも士を含めた3人全員が仮面ライダーへの変身能力を有している。ゆえに訝しく思わないほうが無理な話だろう。
しかし、そんな夏美とユウスケの事情など梅雨も知らない青年には彼らの姿が滑稽に見えたらしく、大げさなまでに大きなため息を漏らした。
「あんたら今時仮面ライダークロニクルも知らねえの!?そんなんじゃ時代に乗り遅れちまうぜ!」
青年は自身のスマートフォンに映し出された公式サイトを士達に見せつける。3人は揃って首を伸ばし、画面を覗き込む。仮面ライダークロニクル。そのままのタイトルロゴの下には何人もの仮面を被った男達が控えていた。
「こいつは……仮面ライダーか?」
影のみであるが、攻撃的な甲殻を纏った男達のシルエットは間違いなく、士が知る『仮面ライダー』の系譜に連なるそれだ。
「おい早く行こうぜ!急がねえと誰かが倒しちまうかもしれねえぞ!
「おう、そうだった!悪いな!あんたらに構ってる暇は無いんだ!」
駆け足で去っていく青年達を見送った士は、腕を組みながら思案する。
「
「えいっ!せいっ!」
ブラウンの装甲を纏った仮面戦士が短剣を振るう。その刃が狙うのは、ナメクジのような意匠とシルクハットが特徴的な怪人ソルティバグスターだ。人気ゲーム、マイティアクションXのラスボスとして名高い彼を打破すべく、ライドプレイヤーと呼称される量産型仮面戦士は銃と剣の機能を共有するマルチウェポンを駆使して戦いに臨んでいた。
仮にも超人的な力を得たことで、格闘選手も真っ青な鋭い動きで殺陣を演じるライドプレイヤー。だが、肝心の斬線は空振りを繰り返すばかりであった。
「ふふん!甘い!甘いな!その程度では私を倒すなど到底不可能だぞ!」
「くっ!なんで当たらねえんだよ!」
攻撃が失敗したことを示すMISSの表記が虚しく宙を漂っている。短刀の動きを全て見切った上で容易く回避していくソルティバグスターが、時折余裕のダンスを披露してライドプレイヤーへの挑発を繰り返す。わざと誘い込むような動きで一見いくらでも攻撃を与える隙などありそうなものだが、相変わらず短剣は掠りもしない。
むしろライドプレイヤーの変身者にとって今の状況が焦りに繋がっているらしく、攻撃パターンは逆にどんどん稚拙になり、短剣を振れば振るほど酷くなっていく。
気づいた時には肩で息をする程に体力と気力を削られていた。
「さあ、次は私の番だ!」
薄ら笑いをこぼしながら、右の拳に電流を溜め込んでいくソルティバグスター。一方、さっきまでは勇敢に立ち向かっていたはずのライドプレイヤーの動きは著しく硬い。伯爵を名乗るに相応しい堂々とした足取りで迫るソルティ前に、恐怖に駆られて短剣をカタカタと震わせている。
「はわわ……」
全く歯が立たない相手であるソルティから狙いを定められたせいか完全に腰が引けてしまい、体が思うように動かせずにいるようだ。だが、その隙を逃すほど甘い相手ではなかった。
可視化される程の電流を帯びたソルティによるフックが物の見事に炸裂し、ライドプレイヤーは無残にも装甲から火花を激しく散らしながら地面を転がっていく。
「うわああああああああ!!!」
《ゲームオーバー……》
無慈悲な死刑宣告が流れる。次の瞬間には、地べたを這うライドプレイヤーの装甲は塵となって消滅し、どこにでもいそうな青年の姿を晒し出す。
彼の命の危機を感じ取ったユウスケは慌てて腰に手をかざした。
「くっ!待っててくれ!今助けに行く!へん……」
「待て」
「なんだよ士!このままじゃあの人が……」
今にもソルティに立ち向かっていこうとするユウスケの肩を抑える士の背後で、ゲームオーバーを宣告されたはずのライドプレイヤーがゆっくりと立ち上がった。そして、肩を落として空を仰ぎ見る。
「あーあ……もう終わりか」
変身が解除されて元の姿に戻った青年は意気消沈したまま、トボトボとした足取りでギャラリーの中へと引っ込んでいく。一方的な負け試合を晒してしまった精神的なダメージこそあれど、あれ程派手な攻撃を受けた割には肉体的なダメージは見受けられない。
彼の身を危惧していたユウスケは呆気にとられた様子で目をパチクリさせていた。
「あ、あれ?」
「早とちりするな。どうやら、こいつは正真正銘のゲームらしい。つまり命なんて掛かってないただの『遊び』ってことだ」
そう言って士は目の前の手すりに上半身を預けた。視線の先ではナメクジを模した敵キャラであるソルティ伯爵が得意げに高笑いを周囲に響かせていた。
「フッハッハッハッハ!!!どうした?もう終わりか?」
いかにも悪役らしいセリフを吐きながら観衆に混じっているであろう他のプレイヤー達を挑発するソルティ。その光景を憮然と眺め続けつつ、士は自分のスマートフォンをユウスケ達に気怠げに見せびらかす。スマートフォンの画面には今そこにいるソルティの姿が映し出され、具体的な解説やステータスと共に紹介されていた。
「なんでも、この世界にある幻夢コーポレーションとかいうゲーム会社が開発した最新のバーチャルリアリティゲーム、それが仮面ライダークロニクルなんだそうだ。文字通り、仮面ライダーに変身して設定されたバグスターと呼ばれる敵キャラと戦うんだとさ」
ようやく状況を理解したらしきユウスケは毒気を抜かれた様子で頭をガシガシと掻いている。
「ってことは……あの怪人もただのゲームのキャラってわけか。なーんだ、びっくりした」
「命の掛かってない戦い……なんだか龍騎の世界のライダー裁判みたいですね」
「だとしたら、この世界はずいぶん平和そうだ。もしかしたら
悪と正義は表裏一対。悪がいないのならば正義の戦士もまた不要な存在である。とはいえ、戦いが無いのは良いことなのかもしれないが。
「おーい、次誰か行けよー」
「やだよ。あんなん勝てるわけないじゃん」
ギャラリーからは囃し立てる声が時折飛び出すが、誰もソルティと闘おうとしない。
「このクエストやばくねえか?誰もソルティにダメージ与えれてねえぞ」
「最近多いよな、この手の激ムズ難易度のクエスト。幻夢の連中なにサボってんだよ。もうちょっと考えてバランス調整しろよな」
停滞感はやがて不満へと変化していく。しかし、徐々に不平不満の矛先が運営に向けられ始めた頃、突如周囲の雰囲気が一変した。ソルティを囲い込むような配置で、あちこちにレンガ色のブロックが出現したのだ。
「こ、今度はなんだ!?」
ユウスケが慌てふためいている隣で、観客の1人が呆然とした様子で呟いた。
「天才ゲーマーMだ……」
その観客だけではない。士達を除く誰もがざわざわと騒めき始めていた。
「「「「「「「エグゼイドだーーーーー!!!!!」」」」」」」
観衆達が突然熱狂に包まれていく中、エグゼイドの名が飛び出たことに士は目を丸くした。
「エグゼイドだと!?」
乱入者の登場を知らせるエフェクトに合わせて、赤い閃光が公園を一瞬にして駆け抜ける。次の瞬間、仁王立ちしていたソルティは突然宙を舞った。
「ふおっ!?この私に反撃の余地を与えぬとは……何者!?」
先制攻撃を与えられて憤慨するソルティに応えるかのように、辺り一帯を駆け巡っていた閃光は突如広場の中央で立ち止まった。
《マイティジャンプ!マイティキック!マイティマイティアクション!X!》
閃光はその全貌を明らかにする。目を引くほどに鮮やかなマゼンタ色の装甲。人間の髪を彷彿させる頭部パーツ。そして、これまた人間のような瞳が描かれた複眼が特徴の仮面を備えた戦士がそこにいた。
突如現れた仮面戦士エグゼイドは小槌型の武器ガシャコンブレイカーを出現させると、ソルティバグスターへと立ち向かっていた。
「おおー!出たぞ天才ゲーマーM!」
「今回はどんなスーパープレイを見せてくれるんだ!?」
さっきまで倦怠感に満ちていた観客達の代わりように、夏海とユウスケは思わず呆気にとられてしまう。
「天才ゲーマーM?」
「お姉さん知らねえの!?ネットで話題の超有名ゲーマーだよ!あらゆるゲームのランキングで1位を獲得し、数々のゲーム大会で次々と賞金を掻っ攫ってきたハンドルネーム『M』以外は一切が素性不詳な謎のスーパープレイヤー!それが通称天才ゲーマーM!」
夏海の隣で鼻息を荒くしている男が興奮気味に答える。
「この仮面ライダークロニクルでも当然のようにトップランカーになった上に、特典で特別仕様の仮面ライダー変身ガシャットを幻夢コーポレーションから譲ってもらったって話だ!いやー、マジで羨ましいぜ〜」
その憧れは相当なものらしく、緩みきった視線を激しくぶつかり合うエグゼイド達に向けていた。それはこの男に限らず、公園で観戦している大衆全員に言えたが。
「なるほど。あれがエグゼイドか……」
パシャリ!
「ん……?」
士の隣では観客の1人が夢中でポロライドカメラのシャッターを切っている。
「なかなか良いカメラだな。ちょいと借りるぞ」
「え……ちょ、ちょっと!」
有無を言わせずポロライドカメラを奪った士は、レンズをソルティへ攻撃を仕掛けるエグゼイドに合わせ、すかさずシャッターを切った。しばらく間を置いて、ジジジと機械音と共に現像された写真が出てくる。
「おい、あんた!」
「やっぱり駄目だな」
現像された写真を眺めていた士は、カメラを持ち主に返しながら落胆した。なぜなら写っている光景はありえないほどにグチャグチャに歪んでいたからだ。鮮やかなショッキングピンクから辛うじてエグゼイドとは認識できるが、それ以外は現代芸術に匹敵する複雑怪奇な模様を描いている。士としては、エグゼイドがガシャコンブレイカーをソルティの胴体に叩き込む瞬間を見事捉えたつもりだったのだが、結果は見ての通りである。
表情には出さずとも内心落ち込んでいる士が写真をポケットに突っ込んで顔を上げた頃、エグゼイドとソルティの戦いは既に決着を迎えつつあった。
「はあっ!」
ガシャコンブレイカーを受け止めるため両手で防御の構えをとったソルティに対し、それによって隙の生まれた横腹を抉るように回し蹴りを間髪入れずに放つエグゼイド。
彼の目論見通りに、痛烈なキックによってソルティは地べたをゴロゴロと転がり回りながら砂埃を舐めるはめになる。
「この私が……手も足も出ないとは……!」
伯爵の名の通りにプライドが高いソルティが屈辱をなんとか晴らそうと立ち上がった時に目に飛び込んできたのは、エグゼイドが余裕綽々でガシャットをガシャコンブレイカーに設けられた窪みに装填する光景であった。
《ガシャット!キメワザ!》
虹のように派手な色彩のエフェクトがガシャコンブレイカーへと収束を始めた。
《マイティクリティカルフィニッシュ!》
エネルギーの奔流が最高潮に達すると同時に、エグゼイドは一気に駆け出す。
「こ、このー!」
誰の目にも死に体なソルティは破れかぶれで渾身の右ストレートを対抗して放つ。しかし、その起死回生を狙う拳は届くことはなかった。ガシャコンブレイカーのハンマーとぶつかり合うと共に、電流をみなぎらせていた右拳は力負けした挙句にバラバラに砕けていった。
《カイシンノイッパツ!》
エグゼイドにとってその名の通りの会心の一発は見事ソルティの肉体を叩きのめした。
「しょっぱい!しょっぱいぞおおおおおおお!!!!!」
実に悪役らしい大絶叫と共に、虹色のエネルギーを纏ったガシャコンブレイカーを盛大に叩きつけられたソルティは木っ端微塵に爆散するのだった。
《ゲームクリア!》
ボスキャラであるソルティが下されたため、勝者であるエグゼイドを讃える表示が映し出される。あちらこちらから歓声が沸き起こった。
「すげー!さすが天才ゲーマーMだぜ!誰も手も足も出なかったソルティをあっさり倒しちまった!」
誰もがエグゼイドの強さを前にして興奮冷めやらぬ様子の中、今まで他の観衆と共に黙って観戦していた士は顔色1つ変えないままに広場の中央へと歩き出す。その迷いの無い瞳はまっすぐこの世界のライダーであるエグゼイドを捉えている。
「あ、おい!士!」
毎度ながら突拍子の無い友人の行動を見かねたユウスケが止めようとするのにも構わず、士は衆目も意に介せずにエグゼイドと対峙を果たす。
「よう、お疲れさん。お前がエグゼイドなんだってな?」
背後から声を掛けられたエグゼイドは、漫画のキャラクターを思わせる生物的な瞳状のセンサー部を士へと向けた。初対面にも関わらずやたらと偉そうな見ず知らずの男の登場に、流石の天才ゲーマーも困惑を隠せずにいるようだ。
「えっと……お兄さん、何か用?お医者さんの格好してるみたいだけど」
「実はこの世界の仮面ライダーに用があってな。幸いにも探す手間が省けた。ちょっと話を聞かせてもらおうか」
しばし腕を組んで考え込むエグゼイドだったが、この無礼極まりない男が逆におかしく見えてきたのか、やがてプッと吹き出した。
「ははっ!お兄さん、面白いこと言う人だね。でも、あいにく俺も暇じゃなくてさ」
そう言ってエグゼイドはガシャコンブレイカーの柄で自分の肩をポンポンと叩いた。
「……もしも俺が嫌だって言ったら?」
まるで試しているかのような口ぶり。仮面の下ではおそらくニヤニヤと薄ら笑いでも浮かべているに違いない。だが、挑発の応酬はそれこそ士の得意技である。
「この世界にはこの世界の流儀がある。だろ?」
上手くエグゼイドを乗せることに成功した士は不敵な笑みを浮かべながら、バックル型の変身システム『ディケイドライバー』を取り出して腰に装着する。それを見ただけでエグゼイドは納得したようだ。
「なるほど。ゲームで決めようってわけだ」
続けて士は腰に付属した万能ツール、ライドブッカーからマゼンタカラーの仮面戦士が描かれたカードを取り出す。それを目にしたエグゼイドは首を傾げた。
「……なにそれ?ガシャットじゃない?」
「ゲームはゲームでも、どうやらお前とは少し違うらしい」
「カードゲームの仮面ライダーさんか。へえ、面白そうじゃん」
どうやら異世界からやって来た未知の仮面ライダーの力を前にして興奮を隠せないようだ。
「変身!」
士はカードをディケイドライバーのスロット部に装填、バックルの回転させてカードのデータを読み取らせる。次の瞬間、士の周囲に彼と同サイズの人型のオーラが並び立つ。
《カメンライド・ディケイド!》
高らかに鳴った音声に合わせ、周囲を漂っていた仮面戦士のオーラが士の全身を包み込んでいく。続けてバーコードを模したマゼンタカラーのエネルギーがディケイドライバーから飛び出し、頭部の仮面を構築。一瞬の内に、士はマゼンタと黒色の装甲に覆われていた。
これこそが士が変身する仮面ライダー。世界を渡る仮面の戦士、または世界の破壊者『仮面ライダーディケイド』がその姿を現わした。
《ジャ・キーン!》
戦闘態勢に入ったディケイドの登場に合わせて、この場にいるもう1人の仮面ライダーであるエグゼイドはガシャコンブレイカーを斬撃攻撃に比重を置いた形態であるブレードモードに変形させた。
《 DECADE VS EX-AID 》
闘いのゴングと共に、2人の仮面ライダーは駆け出した。まずは戦いの主導権を握ろうと先手を仕掛けるエグゼイドの薙ぎ払いがディケイドに迫る。しかし、ガシャコンブレイカーの刃はディケイドの装甲に届くことなく、彼の眼前で停止した。ガシャコンブレイカーとディケイドの間には、細身の刃が飛び出したライドブッカーが阻んでいた。
力押しでエグゼイドを跳ね除けた後、続けざまに剣を振るう。当たりはしなかったものの、エグゼイドの攻勢は完全に削がれてしまっていた。
「ふっ!」
出鼻を挫かれたエグゼイドは、慌ててディケイドから距離を置いた。しかし、ディケイドはすかさずライドブッカーをガンモードに変形。エグゼイド目掛けてエネルギー弾を発射した。逃げ惑うエグゼイドの足元から砂煙が飛び散る。
「ふう、やばいやばい。あのお兄さん、もしかして俺と同じくらい……いや、あの剣さばきと銃の正確さなら、下手したら俺より経験値上かも?何者だよ」
エグゼイドはブラウンカラーのブロックの後ろに身を潜めて飛来する銃弾をやり過ごす。彼とて伊達に全プレイヤー達の頂点に立つ天才ゲーマーと名高いわけではない。ほんの僅かな斬り合いの中で、ディケイドが自身に匹敵する力量の持ち主であると察したようだ。正面からのぶつかり合いはジリ貧に陥る可能性が高い。
「けどさ、ゲームってのはただ強けりゃ勝てるってわけじゃなんだよね!ってわけで、見せてやるよ。天才ゲーマーの戦い方って奴をさ!」
ならば、とディケイドから距離を置いて、宙に浮いているブロックを破壊。中から飛び出してきたコインを我がものとした。
《高速化!》
「アイテムゲットだ!」
次の瞬間、エグゼイドの姿が消失した。そして、何が起きたのか思考する前に、エグゼイドが姿を現わすと同時にディケイドの体が宙を舞った。火花を散らしながらゴロゴロと地面を転がる。
思いも寄らぬ一撃を受けたディケイドはふらつきながらもなんとか立ち上がる。
「なるほどな。クロックアップに似た奴ってことか」
おそらくソルティバグスターを翻弄していたのも、このアイテム強化による物だろう。高速移動の恐ろしさは他の世界を回ってきた士も身をもって知っている。だが、
「悪いな。速い奴らの対策法はよーく知ってるぜ?」
それゆえに有効な戦法も心得ていた。ディケイドはライドブッカーを開き、新たなカードを引き出す。
《カメンライド・クウガ!》
真紅の装甲と瞳に金の装飾、そして全身に散りばめられた謎の古代文字。ディケイドはかつてユウスケと築いた友情の証であるカードの力で、炎を司る古代の超戦士クウガへとその姿を変えた。
続けて、さらに別のカードを使ってクウガの力の真価を引き出す。
《フォームライド・クウガ・ペガサス!》
クウガの赤色の部分が、草木のように鮮やかな緑色へと変化する。同時にディケイドが握りしめていたライドブッカーが『銃』と認識され、専用兵器ペガサスボウガンに変貌を遂げた。今のクウガは風を司る戦士クウガ・ペガサスフォームと呼ばれている姿だ。
これぞ仮面ライダークウガの能力。状況に合わせて様々な姿に切り替え、戦術も臨機応変に変化させていく。9人の平成ライダーの力を内包したディケイドならば、このクウガの特性を再現しているのも当然と言えるだろう。
今のディケイドは本物のクウガ同様に、遥か遠くの声すらも容易く捉えてしまう超感覚を有している。標的を見つけ出すために、仮面の奥で士は集中を始めた。おかげで有象無象の声が耳に飛び込んで来る。
『士君は大丈夫でしょうか?いつも無茶するから心配です』
『あー、お腹空いたー。これ終わったらラーメン食いに行こうかな』
『おいおい、さっきからあいつどうしてぼーっと突っ立ってんだ?やる気あんのかよ』
『どうせ天才ゲーマーMの勝ちに決まってるっしょ』
『なんでこのお兄さん動かないの?でも、今がチャンス!』
「そこだ!」
ディケイドが真後ろに向かってペガサスボウガンのトリガーを引いた。銃口から圧縮された空気の弾丸が飛び出した。放たれた弾丸はそのまままっすぐ突き進み、背後からディケイドの背中を斬りつけようとしていたエグゼイドの胴体を撃ち抜いた。
「くっ!?」
高速化の効果が途切れて再び姿を露わにしたエグゼイドが胸を押さえながら呻き声を漏らす。
クウガの宿敵グロンギにとっては猛毒に近い封印エネルギーこそ発揮されなかったとはいえ、それでも十二分に強力な破壊力を有していたのには変わらない。エグゼイドの胸部装甲に表示されたゲージは今の一撃だけで、かなり減衰してしまっていた。
「高速化を使ってる最中の俺に当てるなんて……」
「この姿は多くの
カウンターで大ダメージを受けてフラつく足を抑えて、エグゼイドはゆっくりと立ち上がる。
「ははっ!お兄さん、なかなかやるじゃん!」
「お前もな」
端から見れば、劣勢なのは痛烈な反撃を受けたエグゼイドのはずだが、今の彼には余裕が失われたようには思えない。むしろ声は弾んでるようにさえ思える。
「けど、ここから本番だよ!」
《ゲキトツロボッツ!》
腰のホルダーから別のガシャットを取り出して起動したエグゼイドは、そのままガシャットをゲーマドライバーの空きスロットにすぐさま装填した。
「大・大・大変身!!!」
異空間から飛び出してきたロボットが変形しながらエグゼイドの二重装甲となって融合する。
《アガッチャ!ぶっとばせ!突撃!ゲキトツパンチ!ゲ・キ・ト・ツ・ロボッツ!》
細身だったこれまでとは違い、重厚でマッシブになった上半身。そして、ロボットらしい無骨な左腕のガントレットが目を惹く。
仮面ライダーエグゼイド・ロボットアクションゲーマーレベル3がここに誕生した。新しい姿になったエグゼイドは、銃口をこちらに向けたままのディケイドへと駆け出す。
「うおおおおっ!!」
「ちっ!」
迫り来るエグゼイドに向けて再び圧縮空気弾を放つディケイド。しかし、本来なら獲物を確実に仕留める威力を有しているはずのそれは、頑強な装甲で覆われた左腕を盾代わりにすることで、ただの豆鉄砲のように無力化されてしまった。そのまま勢いをつけて一気に距離を詰められ、振りかざした拳を叩きつけられた。
「うおっ!?」
ロボットゲーマーの巨大な拳がディケイドの胸部装甲を穿つ。たったの一撃だが、そのダメージ量は馬鹿にならない。なにせ感知能力に特化している分、ペガサスフォームのステータスは他のライダーと比べても著しく劣る。一撃必殺のペガサスボウガンが通用しないならばもはやどうしようもない。
「なるほど。だったらこっちもロボットで攻めるか!」
その身に受けたパンチの威力のあまりに、火花を散らして後ずさったディケイドはクウガとは別のライダーが描かれたカードを取り出した。
《カメンライド・キバ!》
吸血鬼の王にのみ許された真紅の鎧を纏ったディケイドは、王に使える従者を呼び出す。
《フォームライド・キバ・ドッガ!》
重大なストリングの響きと共に、キバの胸部と肩の装甲がより強固な物へと変質。さらに各部が紫色に変化を遂げた。これこそが人造人間フランケンシュタインをモチーフにした仮面ライダーキバ・ドッガフォームである。ドッガフォームの専用武器であるドッガハンマーを振り上げ、迫り来るエグゼイドを迎え撃つ。
「はああああ!!!」
「ふんっ!」
互いにロボットと怪力を誇る形態に変貌した仮面ライダー達がぶつかり合う。巨大な槌と巨大な拳が鈍い音と共に盛大な火花を散らした。その反動で両者とも後ずさる。どうやら威力は全くの互角。しかし、まだ負けぬともう一度互いの武器をもう一度叩きつけてやろうと、力を込めて振りかざした。
「きゃあああああああ!!!!!」
戦いに熱中していた2人は手を止め、慌てて悲鳴のした方向へと振り向く。そこでは2体の怪人が観客達を襲っていた。