夏は嫌いです 作:缶詰
風が吹き、風鈴が鳴る。
縁側で冷えた西瓜を食べながら、扇風機に当たっている俺だが、夏の暑さはそんなものでは誤魔化せない。額から汗が垂れてきて、鬱陶しい事仕方がない。
扇風機の回る音と風鈴の音、それをかき消すかのようにセミの鳴き声が耳に刺さる。成体になってから一週間という短い寿命の中で、求愛行動に必死なのもいいのだがもう少し静かにできないのだろうか?セミの鳴き声を聞いていると、ただでさえ暑苦しい空間がさらに暑く感じてしまう。まあ、寝るときに頭の周りを飛ぶ蚊の羽音よりはマシだが。あれは本当に五月蠅い、安眠妨害もいいところである。
「まあ、虫に文句言ったところでどうしようもないけど」
そう言って、西瓜をまた一口かじる。口の中で弾ける水分が、渇いた喉を通り暑さで干からびてしまいそうな体を潤してくれるようだ。やはり夏の西瓜は美味い、というかこれと扇風機が無ければ夏なんて生きていける気がしない。
夏なんていい事無しの季節だ。
虫は沸くし、汗はかくし、おまけに食べ物だってすぐに腐る。
考えても考えても思い浮かぶことは嫌なことばかり。いい事なんてありゃしない。
そしてその中でも最も嫌なことが……
「あら、気持ちよさそうね」
噂をすればなんとやら。
聞き覚えのある声がしたと思うと、いきなり扇風機の風を感じなくなる。何事かと思い後ろを振り向くと、なぜか扇風機の固定された首は今まで向いていた自分の方向とは90度逆の方を向いていた。そして、その扇風機の風がちょうど当たる所には、見知った顔の女性が座っていた。
「幽香さん……扇風機、せめて首振りにしてくれないですか?」
「いいじゃない、さっきまで一人で当たっていたのだから」
「いやまあ確かにそうですけど……」
でもそれ俺の家のものなんですけど……。
と、文句は言ったところで無駄なので言わないでおく。女性はそんな俺を見て嬉しそうに笑った。
そう、この人こそが俺の夏の最大の天敵 風見幽香。短髪の少しウェーブのかかった植物を彷彿させる緑色の髪に同色の瞳、カッターシャツの上に赤いチェックのベストを着て、同じ模様のロングスカートを履いているのが特徴である。
まあなんというか……すごく、派手だ。なんたって髪の毛が緑色、しかも着ている服は真っ赤ときた。いやまあ別に似合わないことも無いのだが、あまりにも派手すぎる。
しかし、派手なのはまだ許そう。この真夏なのに長袖カッターにベストまで着て、さらにはロングスカート。問題なのはその恰好は誰がどう見ても暑苦しいと思えるような格好だ。勿論、俺とて例外ではない。見てるだけでこっちが暑くなってしまう。
「扇風機当たる前に、その暑苦しい格好やめてくださいません?」
思わずそう言う、扇風機の風がなくなり、残っていた西瓜も幽香さんに独占されたせいで熱くて死にそうだ。そんな中こんな暑苦しい格好を見せられてはたまったものではない。
「ああ、別にいいのよ。暑くないし」
じゃあ扇風機当たる必要ないでしょ!?
なんて言おうと思ったが、それは声には出さないでおいた。
わかりきっている。どうせ幽香さんの事だ、俺にいたずらして心の中で愉しんでいるに違いない。この人はそう言う人種だ。
俺は心の中でため息をついた。すると幽香さんは俺の思っていることが分かったのか、口元を手で押さえながら愉しそうに笑っている。
結局、俺は幽香さんの思うように動いていたのだ。そう思うと無性に苛立ちを覚えたがすぐに収める。その程度でいちいち苛立っていては俺の身体は持たない。
全く、これだから幽香さんの相手は嫌なのだ。精神的に疲れる。
「それで、ここへ来たのは何か用事があって?」
「特に何も、暇だから来ただけよ。ここへ来たら愉快な玩具で遊べるからね」
あーはいはい、俺はどうせ愉快な玩具ですよ。
そんなことを思い、俺は幽香さんとは逆の方を向かって頬杖をついた。
幽香さんは何かを言っているが、それも聞かないようにする。相手にしているだけで無駄だ。
「ふふふ、いつもいい反応をしてくれるわね。だからこそ弄りたくなる」
「……」
「あら、黙っちゃった」
「……」
何を言おうとも、俺は無視をし続ける。
すると、幽香さんも、俺と同じように黙った。
会話は無く、ただ風に当たった風鈴が鈴の音を鳴らすだけ。
いつも、幽香さんは俺を弄るだけ弄ったら満足そうに俺の隣にいる。
なんなのだ、この人は。毎日のように俺の家に来ては、毎回の様に俺から色々なものを奪っていって、いじるだけ弄って……そして最後にはこの空間が生まれる。
数分もこの状態が続くと、苛立ちで熱くなっていた感情も、この静かな空間のせいで徐々に薄れていく。
「……」
「……ねえ」
この静寂を破ったのは、幽香さんだった。俺はその言葉に「何?」とだけ返答しておく。
「暑くないかしら?」
「ああ、誰かさんのせいで」
恨みの念を込めて言った言葉でも、幽香さんはただ笑うだけ。どうせそんなのもわかっている。俺は今まで通りそっぽを向くように頬杖をついて横を眺める。
「そう思うのなら、扇風機の風をくれてもいいんじゃないですか?」
「いやよ、あなたの言う事なんて聞きたくないし」
「いい加減にしてくださいよ……俺は死ぬほど暑いん……」
「代わりに、こうしてあげる」
そう言って、幽香さんは俺の手を引っ張って自分の横へと引き寄せた。そして、彼女の体に俺の体が触れる。するとそこで幽香さんは俺の頭を自分の膝に置いた。
「な……」
「こうすれば、風も当たるでしょう?それにあなたの戸惑う顔もこんなに間近で見れて一石二鳥ってわけね」
戸惑った、それが幽香さんの思惑通りだったとしてもさすがにこれは戸惑う。
こうやって、女性に密着することなぞ俺にとっては初めての事だった。しかも幽香さんはこんな性格だが一応は美人なのだ。美人にここまで迫られて、困惑しない朴念仁なんてこの世には存在しないだろう。
「あらあら、真っ赤にしちゃって。面白いわね」
「うぎぎ……」
俺の顔が想像通りだったのか、俺の上で幽香さんはくすくすと笑う。なんだかとても悔しい気持ちだ。
しかし、このままの状態は非常にまずい。何とかして離れてもらわねば非常にまずいのである。
「あの、幽香さ……」
「すぅ……」
……この人、寝ちゃったよ。よくその態勢で寝れるな……。というか寝つきよすぎじゃないですか?
仕返しをする最高のチャンスなのだが、どうせ何倍にもして返されるのでそんなことはできない。
「はあ……」
結局、俺は何もできず遊ばれるだけである。
「畜生め……」
扇風機の風が吹き、風鈴が鳴る。だが、風鈴も扇風機もちっとも俺の身体の熱をを冷やしてはくれない。
願わくば、この胸の高鳴りが、今は眠りについている幽香さんに聞こえないでほしいと思うばかりである。
「……畜生」
そうつぶやくと、笑い声が聞こえてくるような気がする。もしかしたら、これもすべて幽香さんの思い通りなのかもしれない。
「こっちの気も知らないで」
……仕方ないだろ、こんな可愛い人。惚れないほうがおかしい。
扇風機とセミの声が全く気にならない日なんてのは、多分今日くらいだと思う。
大きなため息が出た。そのままふてるように俺も目を閉じた。
やはり、夏はいい事なんてない。
思った、なんで幻想郷に扇風機あるねん。